宿敵抹殺
ダガーを身に受けたウツィアは、瞬時にそのダガーを抜いて孝太に投げ返して来た。
左肩と右腕に確かに刺さった筈だが、と、孝太はウツィアを見るが、刺さった筈の場所に見えるのは僅かばかりの傷。 良い防具でも着ているのか、掠り傷程度のものだったのだろう。
――流石に一筋縄では行かないか、と、舌打ちする孝太だが、その舌打ちと同時に投げて来たダガーを右手で二本とも掴み取る。
そんな芸当が出来るのか? と、目を丸くするウツィア。
そして、孝太はそのダガーを再びウツィアに投げ返す。
今度は横に一歩飛んでそれを躱すウツィア。
と、その時、孝太の周りにいきなり紫の薄い膜が現れ、残像が見えるようになると、少年を支援している魔法使いが居る事を理解し、彼女も彼の身体能力は魔法の支援によって底上げされていると勘違いした。
その勘違いは、別に彼女にとってはどうでも良い事で、それよりも今は、孝太のあまりの速さと、今度は残像のせいで動きまで読めなくなった事に危機感を覚えていた。
その彼女は、今は攻撃するよりも防御という判断をし、
「Moja droga król ostrza.(我が親愛なる刃の王よ。)Przynieś mi osłonę ostrza.(私に刃の盾を下さいませ。)ラヴィアル・ララ・エシュタミーテ。
と、やや短かめの詠唱を、即時に行い、刃の盾を召喚した。
その詠唱速度は孝太が今まで聞いて来た中で誰よりも速かった。
そして、防御するという即座の判断も、間違ってはおらず、苦い表情を浮かべる孝太。
孝太の剣は既に彼女の胴を薙ごうと振り出されて居たのだ。
剣と盾がぶつかり、激しい金属音が響き、刃で出来た1m程の大盾は、その一部の刃を飛び散らす。
本来は、その飛び散った刃は敵に向かい、少なからずとも敵にダメージを与える筈――
そうウツィアは考えて居たが、即座にそれが甘かった事を知る。
孝太のバゼラルド、今は大剣の姿をしているそれの中心は金属だが、表面は燃え盛る炎。
その炎に、飛び散った刃の破片は溶かされて居たのである。
こんな魔法剣は見た事が無い、と、顔を青くするウツィアだったが、それよりも何よりも、この少年がいきなり自分を攻撃して来る意味が分からなかった。
しかも、探知者である自分が感知する前に、いきなり目の前に現れたのである。
何かがおかしい。 そう考えて、彼女は一つの答えに行き着いた。
この少年は、昨日取り逃がした、隠蔽のスキルを持つ少年だ、と。
そして、次に彼女が導き出した答えは、かつての仲間である日本人の少女を、意図的に殺したのも、この人物であるという事だった。
彼女は知らずのうちに、笑みを漏らしていた。
まさか、人質として置いておいた少女を、何の躊躇も無くラルフに殺させ、あまつさえ咎人になった自分にいきなり襲い掛かってくるという……何という胆力を持った少年だろうか、と、まるで好敵手を見つけた様な感覚だったのかもしれない。
と、ウツィアが考えて居た一瞬に、孝太は再度バゼラルドに炎の弾丸を召喚し、それを放ち始めた。
それを必死に刃の盾で躱すウツィアだが、刃の盾は物理防御寄りの盾であり、装甲の薄い部分を二発が貫通し、ウツィアの胸と腹に当たる。
「Au!(痛っ)」
彼女の着ているローブは、孝太の推察通り白銀のマジックローブ+10であり、流石にその防御力は高く、炎の弾丸は服を貫通はしなかったが、多少の衝撃は彼女に与えた。
「
瞬時に、次もまた魔法攻撃が来ると感じた彼女は、刃の盾を反転させて、魔法防御の障壁を作る薄い膜に変換する。
先ほど孝太の弾丸を弾いた物と同じ膜である。 魔法攻撃を、膜に着弾してから約5秒間は無効にする事が出来るというものだ。
秒単位での魔法防御が出来る魔法というのは実は結構珍しい部類に入る。 大抵は防御する回数制限があるか、ある程度の耐久力があるかのどちらかなのだ。 この魔法は味方にも使えるので、今まで幾度と使って来た魔法である。
だからだろう。 彼女はその魔法を過信し過ぎて居た。
自分のその魔法に、実は耐久値があった事を、今回始めて彼女は知ったのである。
孝太は、また11発の炎の弾丸を放ち、そして同時に炎の剣で斬り付けた。
弾丸は全て弾かれ、そして自分の剣も弾かれる。
「
そして、ウツィアによって再度構築される魔法の膜。
さて、魔法攻撃と物理攻撃が同時に出来る武器であるバゼラルドに、孝太は少し苛立ちを覚えて居た。
その苛立ちとは、物理防御でも、魔法防御でも、この武器が止められてしまうからだ。 両方の特性があるが故の、デメリットととも言える。
勿論、ウツィアの魔法の様に、数秒間魔法防御を維持出来るという魔法以外ならば、障壁をその剣で壊した後に斬り付けるといった攻撃方法は可能なのだが、始めて使う剣に、そこまでの考えは孝太は至らなかった。
だから、少し自棄になっていたのだろう。
孝太は物凄い速度で、バゼラルドをその障壁に打ち付け始めたのだ。
ギギギギギン! と、バゼラルドの魔法の炎が弾かれる音がホールに響き、やがて、その時は訪れた。
遂に、ウツィアが過信していた障壁が、じゅわ、と、一瞬で蒸発したのである。
「To dock!(何ですって!?)」
孝太も、それが意外だったからか、つい追撃する事を忘れて、傍観してしまい、
「Get the fuck off you son of a bitch!(失せろこの野郎!)」
クリストファーという咎人が、束縛の魔法を使った兵士が死んだ事でいつの間にか自由になっており、孝太を攻撃する為に接近して来ていたのを察知するのにも少し遅れてしまったのだった。
「Chris!(クリス!)」
ウツィアが彼の名前を呼んだ時、彼の大剣は、孝太の肩に向かって振り上げられて居た。
孝太も、自分の油断に死を覚悟するが――身体は勝手に動いてくれた。
無意識のうちに右手で抜いた+5ショートソードオブライトニングとバゼラルドを交差させると、肩口にあと約10cmという距離で、男の剣を止める事に成功したのだ。
「How can you do that!?(何でそんな事が出来るんだ!?)」
「He has supporter. Somebody is giving him some kind of boost!(彼には支援者が居るわ。 誰かが彼に何らかのブーストを掛けているのよ!)」
戦闘中に話をするなど、普通はしないクリスだったが、殺したとほぼ確信した渾身の一撃を止められて、ついぼやいてしまったらしい。
そして、その隙を孝太は見逃さない。
クリスの大剣を両手に持った剣で跳ね上げて、二歩後ろに下がる。
すると、そこから右手を振りかぶって、斬り下ろす動作に入る。
そんな距離で届く筈が無い、そうクリスは孝太の得物の長さを見て判断し、逆に孝太が自分の大剣の範囲に入るように、一歩足を踏み入れながら、斜め下から剣を振り上げた。
その時、孝太の右手に持たれて居たショートソードオブライトニングが、なんと、孝太の手から離され、正面からクリスに向かって飛んで来た。
剣を振り上げる動作に入っていたクリスは、投げられた剣をまともに鎧の胸の部分で受ける。
そして、発動した。 ショートソードオブライトニングの剣の効果が。
クリスに、金属の鎧を貫通した電撃による痛みが走り、剣の動きが鈍る。
孝太は、左手に持ったバゼラルドで、剣を振り上げる動作に入っていたクリスの手首を狙う。
――それは、飴を斬る様な感覚だった。
初めて味わうバゼラルドの切れ味に、デメリットばかりを愚痴って悪かったと反省しながら、クリスの右手首を焼きながら斬り落とし、返した剣で、今度は左の手首を斬り落とした。
焼けた肉の匂いと、血が蒸発する匂い。
何だか少し香ばしい、と、思ってしまう自分が嫌になる孝太。
ガラン、と、床に落ちていく、クリスの大剣と手首。
「Chris! Chris!」
「Fuck! My hands are gone!! Ahhhh!(クソ! 俺の腕が!!)」
斬られたその部分を悔しそうに見ながら、その手首の痛みで床をのたうち回るクリス。
――と、その時、クリスを斬った孝太の行動で、『殺してはいけない筈の者を攻撃している。』のだが、少年に刑は何も執行されて居ない事が分かると、『そうだ、殺さなければ大丈夫だという事か。』と、遂に気付いてしまった、残された4人の殺人集団、彼等が動き出した。
彼等とて、もしかしたら殺さなければ大丈夫なのでは無いかという考えを以前から持っては居たのだが、リスクを犯して試そうとまでは思って居なかった。 結局迷宮で殺せば良いだけの事だったのだから。
嫌な気配を背後に感じた孝太は、落ちているショートソードオブライトニングを拾うと、クリスの腕が両方共斬られた事に動揺して、隙だらけのウツィアの首を左手のバゼラルドで跳ね飛ばした。
そして、すかさずその場から離れる。
その一秒後、炎の魔法、
そして、氷の魔法、
本来ならば味方に影響がある筈の無い魔法だったが、首をはねられた事でただ肉塊だとこの世界に定義されたのであろう、身体のローブが纏われて居ない部分を一部赤く焼かれ、頭髪は完全に焼かれて居たウツィアの遺体が孝太の視界に入る。
彼女の遺体は瞬時に孝太にとってサンプルとして認識され、その程度の火傷ならば、もし首が繋がっていたら息はあるだろう、という程度の怪我を自分と置き換えて、その程度の傷で自分の被害も済ませ、その後で捕縛でもするつもりだったのかと、敵の下した判断と連携に顔を青ざめさせる孝太。
彼は、そう判断すると、勿論反撃や追撃などはせず、すぐに人混みの中に紛れる事にした。
すると、流石に集団の中に魔法を撃つのは躊躇ったらしい殺人集団は、孝太を見つけようと人混みの中に駆け込んだのだが……。
その時既に佳苗を見つけて居た孝太は、彼女を抱き上げてその場から離れて居たのだった。
◇
まず最初に二人が逃げた場所はピピナ商店の女子トイレの個室だった。
あの後、自分達がまさか買い物に行くなど想像もしないだろうという考えと、女子トイレは流石に探さないだろうという考えからだ。
「や……やった……。」
殺人集団に、ようやく一矢報いる事が出来た孝太は、成し遂げた事実を心の中で反芻すると、佳苗を抱き締めながら達成感に酔いしれて居た。
「やりましたね、孝太さん……。」
何故自分が抱き締められて居るのか分からない佳苗だったが、勿論好きな相手に抱かれて嬉しく無い訳が無い。 頬を上気させ、孝太の未だに激しく踊っている心音を聞いて、目を瞑るのだった。
そんな佳苗の姿を見て、自分は一体何をしているのかと自覚して、慌てて佳苗から離れる孝太。
陽菜では無い相手に、女子トイレの個室で抱き付くなど、一体自分は何をしているのか、と。
少し佳苗と距離を離すと、慌てて陽菜と念話を始めようと、薬指に嵌めた銀色の指輪に目を落とす孝太だった。
◇
同時刻――食堂ホール
そこでは、未だに沢山の人が集まっていた。 むしろ、一件があってから、噂を聞いて集まって来た人達で、人数は倍近くになっていたのだ。
その中の二人、グレンとフェルノーという青年達は、惨事を酒の肴にして居た。
『一体、何だったんだあれは。』
『まだ子供に見えたが、ラゼットグループの人間を殺るなんて……とんでもねぇな。』
二人は、実際に孝太が戦っているのを最前線で見ていた人物で、辛うじてウツィアの魔法から逃れた人物でもあった。 目の前で人が沢山死んで、更に自分達も紙一重で生き延びたのにも関わらず、現在平然と酒を飲んでいるというのは、彼等もそういった人の死に慣れている人物だと言える。
実際に二人共、迷宮で10人以上は殺して居るので、死に関する感覚は彼等の様に段々と麻痺して行くのかもしれない。
『ラゼット達も必死になって少年を探して居るが結局見つからないらしい。 探知の出来るウツィアがやられたのは痛かったな。』
『うちの探知者もあいつらにやられたんだ。 いい気味さ。』
『――誰が良い気味だって?』
『ラ、ラゼットさん!』
そこに現れたのは、ラゼットと呼ばれる人物だった。
黒い髪を長く伸ばし、ウェーブの掛かったそれは漆黒の鎧まで伸びている。
彼の身長は高く、グレンとフェルノ―の二人からは頭一つ分高い。
その彼が、冷たい表情で二人を見下ろすと、一瞬で今まで笑っていた笑顔が消える。
『お前ら、あのガキの事、知ってるのか?』
『い、いや、知らないですよ。 東洋人に見えましたが。』
『そのくらいは俺だって知ってるよ。 見てたんだからな。 ――良いか。 何か情報があったら寄越せ。 宝石も出してやる。』
『わ、わかりました……。』
ラゼットの提案に、二つ返事で返答する二人。
『ああ。 いい気味だと言われたお礼がまだだったな。』
二人が胸を撫で下ろしたのも束の間、ラゼットはグレンの人差し指を右手で、そしてフェルノ―の中指を左手で瞬時に掴むと、そのままごきりと捻り折った。
『ぬぁぁぁ!!』
『うぉぁぁぁ!!』
絶叫を上げる二人。 その二人に冷たい視線を向け、
『言葉には気を付けろ。 迷宮に引き摺り込んでぶち殺されたくなければ、な。』
そう言うと、ラゼットは振り返ってその場を去って行ったのだった。
◇
その頃、バスルームで魔法を使い、全てを見ていた小野寺里香は、戦慄に震えて居た。
「何なの……あの人。 作田さんを……殺させたの? 樫木さんの魔法で……。」
まるで悪魔の様な所業である、と、孝太の事を考えて居た里香。
震える身体を抱き締める様にして便座に座ると、意図していなかったが恐怖で尿意を覚える。
「そうか……陽菜さんも知ってたんだ。 だから私と石塚君に、危ないから部屋から出るなって言ったんだ……。 そして、部屋の入り口で私達を見張ってたんだ……。」
そうなると、現在彼女にとってまともな考えを持っているのは、石塚だけという事になる。
しかし、その
そして、実際、作田志乃は死んだが、彼女がどんな扱いを受けて居たのか、里香も見た。
お腹のところには、『Please fuck me always free:D』と、書かれており、里香の拙い英語力でも、自由に犯して下さい、無料ですと書かれていた事が理解出来た。
志乃は多分誰かに犯されたばかりだったのだろう、虚ろな目をしながら白い液体を股から垂らしており、里香はそれを思い出して、吐き気を感じる。
そして考える。 もし、自分があの状態だったら――死んだ方がマシだと思うかどうか……。
――だが、やっぱり、あんな風に腹を殴られて、内臓をぶち撒けながら死にたくは、無い。
あんなに風に、おもちゃにされたとしても、自分なら生きたい。
そう、里香は思ってしまった。
ならば、助かる為にはどうすれば良いかと言えば――誰かに助けて貰うしかない。
そして、その誰かとは、自分達の中では一番戦闘能力が高い、孝太でしか有り得ないのだ。
その考えに行き着いた時、彼女は本当の意味で孝太に恐怖を覚えた。
作田志乃が助かるのも、生きるのも、全て彼次第だったと理解した事に、だ。
そう考えると、今の自分も彼の手の平で踊らされている様な感覚に陥って来る。
もし、自分が樫木佳苗で、自分達の失態を隠す為に、私の力が必要だ、と、彼に言われる。
その時、自分は……作田志乃を殺すだろうか。
――いや。 自分には殺せない。 殺せる訳が無い。 そして、殺せないなら……。
「口封じに、私こそが……殺されていた?」
ぶるり、と、里香の身体が震える。
何故、自分と石塚は監視されている?
作田志乃を殺した事を、自分が知ればどうなるのか、彼は理解して居たという事か!?
激しく震える里香の身体。
遂に、折角便器に座って居たというのに、下着も脱がすにそのまま小水を垂れ流してしまう。
「は……あ……ああっ!」
今、その事を全て里香が知ってしまったという事を孝太に知られたならば……自分も孝太に殺されるかもしれない。
その可能性もある事に、里香は気が付いたのである。
今は、知らなかったフリをするのが一番良い。
それが一番だ……。
と、里香はぐしょぐしょに濡れた下着とスカートを脱いで、下腹部をシャワーで洗うと、何事も無かった様に新しい下着に手を伸ばし、濡れたスカートの裾に洗浄剤を付けて、お湯で洗い流す。
そのスカートはシャワーのカーテンレールに干しておき、佳苗に買って貰った部屋着であるワンピースに腕を通し、一息付く。 が、その間中、魔法を使って覗き見をするなんて考えた自分を後悔していた。
実は、里香は人一倍嘘をつくのが下手だ。
嘘を付いては罪になるという家庭で育ったのだから無理も無いが、そんな自分だから絶対に顔に出てしまう、と、里香は慌ててバスルームを出ると、誰とも顔を合わせずに、ベッドに潜り込んだのだった。
◇
それとほぼ同時刻、孝太は、女子トイレの個室から陽菜と念話で連絡を取っていた。
『ああ。 予定通り樫木さんの魔法で、作田さんを殺人集団に殺させるのに成功したよ。』
『そうですか。 彼女には悪い事をしましたが、仕方ありませんね。』
『もう何回犯されたか分からない様子だった。 あの地獄から早く開放出来た事を、今は良しとするしか無いかな……。』
『そうですか……予想はしていましたが、やはりそうでしたか……。 樫木さんの様子はどうですか?』
『ちょっと興奮気味かな。 実はその後で殺人集団と殺し合ってさ。』
『えっ!?』
『大丈夫。 僕も樫木さんも傷一つ無いよ。 実は、あいつらの半分を殺せたんだ。』
『半分ですか!? 本当に!?』
陽菜の念話も、感情と一緒で踊っていた。
『ああ。 更に、一人分の経験値とポイントが陽菜達にも入っている筈だ。 流石にLV30越えの殺人者。 どっちもたんまり持ってたよ。』
『そうですか……何にせよ、孝太が無事で良かったです。』
『ありがとう、陽菜……。』
「孝太さん。 大変です。
「えっ!?……『ごめん陽菜。 また後で連絡する。』か、樫木さん。 ど、どういう事?」
「今、二種類の魔法が急に使えなくなると言う念話、というか、情報でしょうか。 それが急に頭の中に書き込まれたんです。」
「成程。 上の連中が今回の事件の原因を突き止めて、応急処置をしたってところか。 樫木さん自身に何か罰則は無いの?」
「無いみたいです。 多分この魔法を使って敵を相打ちにさせる事を考えた人はまだ居なかったのでは無いでしょうか。」
「……そう考えると案外、この世界のシステムにはまだ穴があるんだな。 という事は、もしかして……このシステム自体もまだ若いのかもしれない。」
「こんなに人が居るのに、まだ攻略した人が居ないというのは、そういう事なのかもしれないですね。」
「……殺人集団の脅威は半減した。 今は……逆にチャンスなのかもしれない。」
不敵な笑みを浮かべる孝太に、ああ、やっぱりこの人は、堪らないわ。 と、惚けた表情を浮かべる佳苗だった。
そして、笑みを浮かべたまま、再び陽菜に念話を伝え始める。
『陽菜。 これから迷宮に入ろう。』
『え? 迷宮……ですか?』
『ああ。 あっちが勝手に探している状態って言うなら、迷宮で僕達が待ち伏せるのもアリじゃないかと思ってね。』
『……わかりました。 孝太がそう言うなら私は構いません。』
『じゃあ、ピピナ商店の扉の前を過ぎたあたりで念話を僕に送ってくれるかい。 僕達はその後から追い掛けるよ。』
『小野寺さんと石塚君も連れて行くのですよね?』
『隠蔽から外れて殺人集団に見付かりたいなら好きにしろとでも脅してみたらどうかな。』
『もし二人が動きそうに無かったら?』
『本気で見捨てるしかないね。 陽菜、そこらへんは君に任せるよ。』
『わかったわ、孝太。』
◇
「という訳で、今から迷宮に入ります。」
事情を説明した後、里香と石塚の二人にそう告げる陽菜。 無論、作田志乃の事は伏せたまま。
「い、いや……入りますっていきなり言われても……まさか殺人集団と戦うつもりなのか!?」
唾を飛ばしながら言う石塚。 きっと戦う事が怖いのだろうと陽菜は彼を一瞥すると、
「ここに残るのも自由です。 ですが、孝太の隠蔽からは外れますし、そのせいで敵に探知されても『何か』をされても、文句は言わないで下さい。」
冷たい声でそう言い放つ陽菜だった。
「それ……脅してんのかよ。」
「さぁ。 そう聞こえたらそうなのではないでしょうか。 勿論、私は行きます。」
「……陽菜さんが行くなら、そりゃ……俺も行くしかないだろう。」
どういう論理かは陽菜には分からないが、石塚は行く事を決めた。
「小野寺さんはどうするんですか?」
「わ、私!?」
急に話を振られた里香は、慌てて青ざめた顔を上げて、陽菜の方を見る。
そして、里香は里香なりに、一生懸命何が得策かを考えるが、今回の場合単純に脅威で天秤に掛ける事にした。 孝太と、そして殺人集団とを。
その天秤は、一瞬で陽菜達に付いて行く方に傾いた。
もし一人になったのだとしたら、里香は作田志乃の様な運命を迎えるかもしれないのだから。
しかし、付いて行ったとして、孝太と今までの様に話す事など出来るのだろうかと自問自答するが、答えは出ず、早速支度を始めている石塚と陽菜が視界に入り、
「わ、私も行く!」
と、陽菜に言うと、慌てて支度を始める里香だった。
◇
五人が再び合流したのは、それから10分後の事だった。
孝太の姿を見つけると、慌てて車椅子を走らせて、彼の前に向かう陽菜。
「……孝太。 お疲れ様、でした。」
彼女は、抱き付いてしまいたい衝動を抑え、孝太に向かって労いの言葉を掛ける。
「ああ。 ありがとう。」
孝太は、迷宮で敵を迎え撃つと考え出した時から浮かべている不敵な笑みを続けながら、陽菜に向かって礼を伸べる。
こんな顔をする人だったか? と、一瞬陽菜は孝太の事を不思議に思うが、殺人集団と戦闘をしてきた余韻が残っているのかもしれないと思い直し、逆にその戦闘に自分も加われなかった事が少し悔くなってしまった。
「そんな顔をしても、あっちの一番の狙いは陽菜だったんだ。 前線に出す訳には行かなかったよ。」
陽菜の表情で察した孝太は、そう言うと、陽菜の頬を軽く撫でる。
それを、羨ましそうに横目で見る佳苗。
と、そこで石塚も孝太の近くに寄って来ると、
「二ノ宮。 本当に迷宮に行くのか?」
怯えながらそう孝太に尋ねるのだった。
「……石塚君。 まだ迷ってるのかい? ――良い加減覚悟を決めて貰わないと困るんだけど。」
溜息混じりにそう言う孝太。 そして、冷たい視線を石塚に飛ばす。
「なん……だよ、それ。 い、いや。 わ、分かった。 そうだよな。 大丈夫だ。」
孝太のその冷たい視線に対して、慌てて取り繕った様に言う石塚。
本当は覚悟など出来ては居なかったのだが、何故か彼は孝太に自分が殺されるという恐怖を抱き、その恐怖で、敵と戦うという恐怖を上書きした。
その様子を見ていた里香も、実は孝太が怖くて堪らないのだが、逃げたところで彼女が一人で何を出来る訳でもない。 石塚の背に隠れるようにしながらも、歩みを始めた孝太に付いて行くのだった。
◇
五人はそれから迷宮の二階に入った。
殺人集団を待ち受けるなら別に一階でも良かったのだが、どうせなら人も狩ろうというのが孝太の本心だった。
「陽菜。 近くに餌は居るかい?」
「え? ――はい。 近くに5人の……かなり弱そうなLVの集団の反応があります。」
「……そうか。」
人差し指をくの字に曲げて、その腹を顎に当てる孝太。 そして、ちらりと石塚と里香を見る。
『……孝太。 やるなら私達二人だけでやった方が良いかもしれません。』
『いや。 ここらへんで経験して貰わないと困るかなと思ってね。』
『そういう事ですか……確かに、小野寺さんと石塚君は、このままじゃちょっと使い物になりませんよね。』
感情論で言えば、石塚と里香の事は今の時点で、半分どうでも良いと思っていた孝太だったが、殺人集団と本気でやり合うなら、やはり二人にも戦って貰う必要がある。
「――陽菜。 ちょっと行ってくるよ。」
冷たい笑みを浮かべながら、バゼラルドに再び火を灯す孝太だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます