戦慄夢現

 佳苗と陽菜がトイレからピピナ商店のブースに戻った後は、武器を物色していた孝太と合流し、まだ暗い顔をして明後日の方向を向いて座っている里香と石塚を余所にして、買い物を続ける事にした。

 勿論、二人の頭の中には最優先事項として作田志乃の件があったのだが、彼女の件を秘密にしようとしている里香と石塚が居る前で、彼女を殺す話をする訳には行かないので、取り敢えず普通に振舞う事にしたのである。


 さて、孝太は、自分のメインの武器の事で悩んで居た。

 買うか買うまいか迷っていたのは、バゼラルド(カッコカリ)という武器で、魔法使いが使えるショートソードでは、最高額の46000P。

 しかし、どんな効果があるのか分からないそれに、大金を払う事を渋って居たのである。

 すると、いきなり孝太の横に座った佳苗が、迷わず自分のクリスタルを端末に刺してその武器を購入したではないか。


「はい。 使って下さい。」


 そして、購入した時と同じく迷わず孝太に手渡したのを横目に見て、驚く陽菜と、受け取った本人の孝太。

 彼女の持ちあわせの59200Pから買ったにしてはあまりにも豪気なプレゼントと言えるが、彼女曰く、自分の紫魔法を使う為の専用杖であるディープパープルロッドは、改造しても壊れないギリギリの+5の段階にまで既に改造しており、今一番戦える孝太の戦力を上げるのが自分達パーティの戦力の一番の底上げにもなるという論理を展開した。

 あまりにも高価なプレゼントに多少戸惑いながらも、


「あ、ありがとう。 樫木さん。」


 そう佳苗に礼を言って、右の腰にそのバゼラルドを刺す孝太。


「いえ。 自分の為でもあるのですから、お気になさらないで下さい。」


 その孝太に、本当に嬉しそうな表情で言葉を返す佳苗。

 今朝、無理矢理孝太は彼女を抱かされたとは言え、彼女が自分の所有物であるという概念は本物だったのだろうかと考える孝太。

 それとも、無理矢理抱かせた事に対する贖罪のつもりなのだろうかとも考えたが、この場で勘繰っても仕方がないと、再度、佳苗に向かって礼代わりの笑顔を返す孝太。

 陽菜は自分が何も出来ない事に少し寂しそうにしていたが、今回自分が使える追加ポイントは無いし、孝太に強くなって貰うのは、彼女にとっても悪い事では無かったので、佳苗の行動に抱いた僅かな嫉妬心を隠し、無理矢理『信頼している仲間から夫への高価なプレゼント』である、と、微笑ましく思う事にした。

 さて、かつて孝太の右の腰に刺さって居たショートソードオブライトニングは、今は左の腰に移され、それは+5に改造され、メインの防具のシャドウウォーカーも修理され、更に+5に改造されると、次に孝太は他の皆に必要な消耗品や、石塚の服、後は日用品などを買い、本日の買い物を終了とした。

 佳苗は、自分のマジックローブを修理した後、+3だったそれを+5に改造し、自分と陽菜と里香の分の女性用の服を三セットを購入し、それから陽菜と孝太、それぞれの念話の為の指輪リングを受け取って、彼女のポイントを使って修理してあげる事にした。

 陽菜は、佳苗に部屋着を買って貰ったり、リングを修理して貰ったりと、彼女にあまりにも良くして貰った為、彼女への好感度を自然に上げて居た。

 ポイントは現金の様な感覚なので、彼女が本当に孝太と佳苗を迷宮攻略の仲間として信頼して居ないのであれば、こんなに奉仕的なポイントの使い方はしないだろう、という考えからだったが、以前陽菜は佳苗の事を、『現金な女』だと心の中で呼んだ事があり、今はそう呼んだ自分こそが現金な女に感じ、多少恥ずかしさを覚えて居るのだった。

 しかしながら、その羞恥より何よりも、陽菜の心の中では、かつて加奈と孝太と三人で迷宮を攻略して居た時の様にポイントでも助け合うという行動で、彼女も本当の仲間の様に思えて来たのである。

 しかし、佳苗から陽菜への施しは、実は佳苗の贖罪の意味も込められて居た。 

 佳苗とて、孝太の所有物だと豪語しておきながらも、彼を脅して抱いて貰った事に、何も感じない程厚顔無恥では無かったという事だろう。 ちなみに、罪を感じた方向性は、陽菜という正妻と、孝太という夫の所有物である筈の佳苗が、主人に無理矢理手を出させたという点に向かっているので、若干罪としての認識というよりも、もっと上手く出来なかったのだろうかという後悔に近いのだが。

 

 ◇


 それからは、陽菜の探知によると殺人集団の動きにも目立った物は無い事から、商店から宿屋の部屋に戻った一行は、各々、孝太の買ってくれた部屋着に着替え、陽菜が里香に宣言した様に、今日はこれから丸一日休もうという事になった。

 そして、佳苗から提案があった紫之愛情ヴァイオレットアフェクションというリラックスの効果がある魔法を全員が掛けて貰い、午後はゆったりと昼寝をし、英気を養ったのだった。

 

 夕方4時。


 先に目を覚ました孝太は、バスルームの前に移動すると、全身鏡の前で先ほど佳苗に買って貰ったバゼラルド(カッコカリ)を構えて自分の戦闘スタイルをシミュレートし始めた。

 孝太は左利きなので、まずはそのバゼラルドを左手一本で構えてみる。

 と、そこでカッコカリの意味が理解出来た。 この武器、承認すれば自分専用の武器となり、何と手に持って居なくても、所持しているだけで、炎之弾丸ファイヤブリッツという火炎系のLV1魔法が使えるのである。

 遠慮無く、孝太はその武器が自分に属する事を承認すると、バゼラルドの横から『カッコカリ』という文字が消え、『ニノミヤコウタ』という名前が刻まれるのを感じる。

 すると、追加情報が孝太に与えられた。 シャドゥウォーカーと一緒で、道具に魔法を使う場合には、詠唱は要らないらしい。 ならば、瞬時に自分のLV分の数の弾丸を、自分の手首の周りに具現させる事が出来るのか、と、息を飲む孝太。

 物理攻撃に交えて、魔法の弾丸を撃つ事が出来るというのは、戦術的に言えばこの上無く理想的である。

 

 と、更に追加情報が孝太に与えられる。 実は、剣にはもう一つ力があったのだ。

 LV2魔法の力を一つ消費すれば、バゼラルドは炎の魔法の剣となり、直径約1.2m程の大剣となるらしい。

 その際、刀身の芯は漆黒に変化し、硬度は通常状態から更に増すという恐ろしい代物だった。

 魔法攻撃と物理攻撃を同時に出来る、前衛系魔法使いにはこれ以上無いとも言える装備だが、改めて考えると普通の魔法使いには使い勝手が悪そうな武器である。

 ちなみに、佳苗は装備出来ないそうだ。

 と、ふと、その武器を買ってくれた佳苗を見ると、彼女はまだベッドの上で寝息を立てて居た。


 ――とても、幸せそうに。


 彼女を抱いてしまった記憶は、今でも罪悪感と一緒に孝太の中に刻まれて居る。

 だが、排除したいと思う程の負の感情を、既に孝太は佳苗に抱いて居なかった。

 むしろ、自分に尽くしたいという気持ちが、ああいう行動を起こさせたのだと思うと、それが逆に陽菜と佳苗、両方への罪悪感を増幅させて、孝太に感じさせるのだ。

 孝太の学校のクラス内で言えば、佳苗と陽菜は、どちらも美人の容姿に入り、里香や秋月美緒は、可愛い方の、見目麗しい少女たちであった。

 加奈も、いつも前髪で隠して居る顔を上げていれば、それなりに可愛い方に入るのだが、前の世界ではいつも俯きがちだった彼女が、可愛いと評価されている事は無かった。

 さて、そんな女性陣の中、孝太は三人も抱いてしまった。

 しかも、二人には迫られたという、他人から見れば羨ましがられそうな彼だが、素直に喜べないのが、現在二股を掛けて居るという状況であった。

 陽菜が佳苗との事を知れば、彼女は自分を糾弾し、自分だけで無く、佳苗も赦さないだろうと孝太は考えて居た。

 つまりは、陽菜は物理的に孝太と佳苗を殺しに来ると思って居たのだ。

 陽菜にはそういう一途なところがあり、だからこそ孝太との関係を定義する際に、夫婦という絆を欲しがったのだろう、と。

 だが、孝太とて自分から裏切ろうと思って陽菜を裏切った訳では無いという、ある意味被害者意識があった。 だからこそ、全てを白状して、陽菜に赦して貰うという事も考えたが、その場合、確実に佳苗は殺されるだろう。

 佳苗を陽菜に殺させない為には、やはり佳苗との関係は秘密にするしかないと言う結論に至ったのは、ある意味仕方無いとは言えるが、そのどっち付かずの結論が、二人に対して罪悪感を産んで居た。


「――もう、起きてたんですか?」

「っ! ひ、陽菜。 おはよう。」


 誰が起きてバスルームに来ても良い様に、部屋に続く扉は開けていたのだが、今の今、罪悪感を抱いていた張本人からいきなり声を掛けられて、つい驚いてしまう孝太。


「ごめんなさい。 驚かせてしまいましたか?」


 しかし、本当に申し訳無さそうに孝太を上目遣いで見る陽菜に、つきりと胸を傷ませる。


「いや……大丈夫だよ。 陽菜もゆっくり休めたかい?」

「はい。 何だか今朝は車椅子で寝てしまったので変な感覚だったのですが、お昼寝はベッドでしたので、良く休めましたよ。 ああ、佳苗さんの魔法の効果もあったんですかね。 とてもリラックス出来ました。」

「それは……良かった。」


 そして、陽菜の口から佳苗の名前が出ると、今度は彼女の事でつきりと胸を傷ませてしまった孝太。

 ――本当にもう。 こんなに小心者の僕に、浮気なんて……させるなよ。

 心の中で毒付く孝太だったが、


「孝太、話があります。 今、樫木さんを起こしてきますので。」


 と、陽菜はいきなり佳苗と孝太とで話があると言い出した事に、彼の意識は一瞬固まるのだった。


 ◇

 

 陽菜がする話は、佳苗と孝太の関係の事では勿論無く、作田志乃の事であった。

 バスルームに三人篭って内緒話をしているのは何だか不思議な感覚だったが、孝太とて志乃が裸で犬の様な扱いをされているという情報に、そんな事を言っている場合では無かった。


「多分、こちらが何か行動を起こすのを待っているのでしょう。」


 と、状況を説明した後、敵の意図を推察する陽菜。


「……狡猾だな……。 まあ、最悪僕達が取り返そうと思わなくても……女として、慰み物にしておけば良いとでも考えて居るのか……。」

「そうでしょう。 いくら作田さんのLVが6で、多少普通に人間よりも筋力は高くなっているとは言え、LV30越えの歴戦の戦士に、武器を持てないヒーラーが敵う訳がありませんから……。」

「二人とも……その……作田さんの事は……大丈夫なのか?」


 この、孝太が言った意味の大丈夫とは、既に彼等の慰み物になっていると思われる志乃が、例えば今から死んだとしても大丈夫かという意味であったが、


「はい。 大丈夫です。 私も樫木さんも、覚悟は出来てます。」


 と、意図を読み取って陽菜はあっさり孝太に返したのだった。


「わかった……。 そうか……なら、殺そうか。」

「そうですね。 流石孝太さんです。」


 上気した顔でそう言う佳苗。 自分と同じ結論を孝太がさらりと出したのが余程嬉しかったと見える。


「でも、問題はどうやって殺すか……だね。」

「まず……近距離では敵に察知されますし、遠距離から殺すしか無いでしょうが、この準備区画で殺した場合、殺した人物が極刑になってしまいますね。」

「そう……だね。 それに、彼等が作田さんを迷宮に連れて行くとも考え難い、か。」

「はい。 迷宮に行くとしても多分宿屋の部屋の中に監禁して、置いておくのではないでしょうか。」


 陽菜の言う事は尤もであり、そして、孝太も同じ場所で考えを詰まらせて居たのだ。


「陽菜の場合は弓矢での狙撃、僕と樫木さんの場合は魔法攻撃になる……か。 ……彼等の居ない間に部屋に忍び込んで、殺す? いや、そもそも部屋を開けるのが無理だろうな……。」

「何か……看破されないような殺害方法は無いものでしょうか。」

「毒殺とかはどうでしょう?」


 と、あっけらかんと言う佳苗。


「毒……例えば食事に盛るとか?」

「はい。 それならば、誰が殺したのかは分かりにくいのでは無いでしょうか。」

「察知されるかどうかが肝だね。 ――よし、ちょっと商店で毒薬を買ってくるよ。」


 じゃ、と、片手を上げて部屋を出る孝太だった。


 ◇


 孝太が用意した物は、リンゴジュースと、ドクヤク(エシ)。

 毒の効果は、その名の通り、例えば武器などの刃部分に塗布した場合は、斬ったその切り口から肉体が壊死して行くという物。

 孝太が三好達を殺す時に使った物と同じ物である。


「まず、僕がジュースと毒を混ぜて、それを樫木さんに渡す。 そしたら、樫木さんはそれを洗面台に置いて、それから陽菜が僕にジュースを渡してくれる?」

「「えっ!?」」

「……何で二人共、そんなに驚いてるの……。」

「だって、孝太が……。」

「孝太さんが……。」


 すると、陽菜と佳苗は目を合わせ、


「「石塚君で試してみましょう。」」


 と、迷わず言ったのだった。


「いや。 万が一の為に解毒剤はあるんだけど……。」

「「それでもです。」」


 ◇


 女子二人に押し切られて、結局石塚に毒が盛られる事になった。

 ならば自分がやる、と、孝太は自分で実行犯になる事にはしたが。


「……あれ? 何これ?」


 彼のベッドの横のサイドボードに、ことん、と、孝太によって置かれたグラス。

 その中には毒入りリンゴジュースが入っている。 それを見て、ベッドの上から孝太を見上げる石塚。


「さぁ、何でしょうか。 孝太さんからの差し入れ――――ちょっと待って下さい!!」


 慌ててグラスに駆け寄る佳苗。 そして、おもむろにそのグラスを手に取ると、バスルームの洗面所の流しに、中身をばしゃりと全て流し捨てた。


「……な、何やってるんだ、樫木。」

「何でもないわ。」

「なら何で俺のジュースをいきなり捨てるんだよ。」

「……このグラスに陽菜さんが口を付けて居たのを思い出したからよ。」

「はぁ? それだけで何で……。」

「孝太さんに気を使いなさい。 妻の口を付けたグラスに口を付けて良いのは、旦那様だけでしょうが。」

「まあ、そこまで言うなら別に良いけどさ……。 でも、別に捨てなくたって良いじゃねぇか……。」


 少し喉が乾いて居たらしい石塚は、そうぼやきながら再びベッドに腰掛けて、何か納得いかんな、という表情を浮かべて腕を組み出した。

 孝太は、ちょっと、と、佳苗を呼びつけて、バスルームに向かう。


 ◇


「何が起こったの?」

「孝太さんからの差し入れ、と、口に出した瞬間に忠告の念話が来ました。」

「それはどんな感じに?」

「準備区画での戦闘行為は禁止されています。 毒薬を使った殺害も、等しく死に至らしめた原因を齎したという意味で、極刑にします――という感じの内容だったと思います。」

「……つまり、毒を作った者では無く、毒を毒として認識して、摂取させた者の責任になるって事か……。」

「毒は、どんな場合でも準備区画で使ってはダメみたいですね。 予備知識で与えられたんですが、殺そうという意識を感知出来ずに誰かが毒で死んだ場合は、最後に毒の瓶に触った者が極刑となるそうです。」

「使い古された手なだけに、穴も塞がれている……か。 ――毒は使えないな。 じゃあ、僕はバスルームから出るから、陽菜にも樫木さんの口から伝えておいてくれるかい?」

「わかりました。」


 孝太はバスルームから出ると、何故か不安そうな顔を浮かべた石塚と里香――孝太が佳苗を叱り付けていると思っていたらしい、と、それとは違う意味で不安を覚えていた陽菜が居た。

 陽菜を手招きして、自分はバスルームから出る孝太。

 中に居る人物から話を聞けという事なのかと軽く頷く陽菜。


 ◇


「そうですか。 毒はダメですか。」

「良い案だと思ったんですけどね。」


 溜息混じりに言う陽菜に、同じ様な溜息を一息吐いて答える佳苗。


「爆薬……罠……駄目ですね。 どれも毒薬と同じ縛りがあるみたいです。 一度道具を使って殺そうと考えると、連鎖的にそういう情報が与えられるような仕組みになっているのでしょう。 少しでも考えた瞬間に毒と同じ条件だと念話で指摘されました。」


 と、他の案も考えて居たらしい佳苗から、そうため息混じりに漏らされる。


「やはり、準備区画で殺す方法は存在しないのでしょうか。」

「人を殺した人物が極刑になる……以外には。 ですね。」

「極刑……。 そうですね。 極刑になる条件は……人を殺す事。 つまり、人を殺させれば、その人を殺す事が出来る?」

「ただ、その人が望む希望が『死にたくない』である限りの事ですが。」

「そうですね……仮に、秋月さんの様に犯されて死にたく無いのであれば、犯されて殺されないといけないのでしょうし……。」

「極刑……。 何かそこに解決策があるような気がします。」

「解決策ですか?」


 何かを思い付いた様子の陽菜に、首を傾げる佳苗。


「何とかして、毒を作田さんに渡せないでしょうか。 そして、手紙で自害を訴えるんです。」

「えっ!? ……陽菜さん、それはあまりにも博打が過ぎると思います。」

「そうでしょうか? 私なら、強姦されて犬の様に扱われている毎日よりも、死を選びますが……。」


 はっきりと言う陽菜の言葉に、背筋に寒気を走らせる佳苗。


「それでも死にたくないと思うのが、作田志乃という少女だと思います……。」

「そうですか。 ならばこの作戦は使えませんね……。」

「死を覚悟しての攻撃をするしか無いのでしょうか。」

「……誰かを使う……例えば、小野寺さんにジュースを持たせて、それを作田さんに届けさせる……。」

「ダメですよ、陽菜さん。 渡そうとした時点で念話が入りますので。」

「あ、そうでしたね……。」


 と、そこで、ん? と、首をひねる佳苗。

 人に殺させる? ならば……。


「陽菜さん。 これならいけるかもしれません。 私の魔法で殺人集団に作田さんを殺させる・・・・んです。」


 ◇


 作戦が決まった後は、すぐに決行という事になった。

 作戦の内容は孝太に話され、実行は孝太と佳苗が行う事になり、レーダーである陽菜は小野寺と石塚の監視という役割も含めて部屋で待機となった。

 陽菜の探知によると、現在殺人集団は酒場に居るらしく、作田も同じくその酒場に居るらしい。


 緊張した面持ちで、宿屋の通路を歩く孝太と佳苗。


「顔を見るのは始めてなんですか?」

「いや。 二回目だよ。 前回はちゃんと顔を覚えて居なかったからね。 今度は覚えないと。 というか、本当に大丈夫なのかい?」

「魔法の事ですか? もし、念話が入ったらダメだと思いますが、元々支援の為の魔法ですので、作田さんに掛けるつもりで使えば、イコール殺すという事にはならないと思います。」

「しかし、良く考え付いたね……。」

「皮肉な話ですが、私はその魔法で二人仲間を殺してますので……。」

「ああ。 そうか……。 っ!?」


 と、通路の途中、いきなり孝太の首に腕を回して、彼の唇を自分の唇で塞ぐ佳苗。

 ひとしきり孝太の口内を舌で舐め回すと、最後に孝太の舌を吸って、唾液と共にごくりと飲み込む。


「そういう優しい表情を見せる時が、――大好きです。」


 ◇


 同時刻、宿屋区画280号室バスルーム内。

 そこに、小野寺里香は一人で居た。 そして――


「清浄なる我等が水よ、遠くを見渡す術を教えて下さい。 清き水よ、我が手にあれ。 ルメイラ・エルフィース。 精神清水スピリチュアルウォーター。」


 遠くを見渡す事の出来るLV2魔法を唱えていたのである。

 里香が召喚した水は、280号室の排水口から空き部屋である隣の279号室の排水管から出ると、ドアの隙間から出て、その後部屋のドアもくぐり抜けると、天井を這いながら、孝太と佳苗の二人の後を追った。

 と、丁度二人が水を通して里香の視界に入った時、なんと佳苗が孝太の首に腕を回し、熱い接吻をしていたのだ。


「な……何やって……。」


 しかも、その次は佳苗が孝太に抱き付いて囁く。


『これが終わったら、ご褒美くれますか?』

『……わかった。 また皆に魔法を掛けてくれ。』


 自分達に、魔法? 何の事だ? と、考える里香。 しかし、今朝、異様に眠りが深かった事を思い出すと、それが彼女の魔法の効果であり、自分達が寝ている間に、そのご褒美とやらを、孝太が佳苗に与えて居たのだと考える里香。

 そして、瞬時にそのご褒美が、彼等が今していた行為から、性的な物だと結びつける事が出来た。


「け、汚らわしい……。 陽菜さんが居るっていうのに、なんて事を……。」

 

 しかし、これから彼等がしようとしている事は、里香の想像を更に超えて居たのだった。


 ◇


 改めて見ると、殺人集団は明らかに異質な集団だと孝太は認識した。

 全員が白人で、金髪碧眼のロングヘアーの女性が一人に、もう一人は赤毛のボブ・ショート。

 他の6人は男性で、金髪碧眼の短髪の男性が二人に、黒髪のロングヘアーの男性が一人、それから銀髪に近いちょっと長めの髪の男性。

 孝太が捕食者の側になって、改めて感じるのは、彼等の自分より鋭いその視線だった。

 あれが人を殺し続けて来た集団か、と、改めて認識し、喉を鳴らす孝太。


「作田さんも居ますね。 裸にされて、首に鎖を付けられて、お腹に何か書かれてるみたいです。」

「……何を書かれてるのか想像したくないな。 ――早く殺してあげよう。」

「はい……水面寄りて風吹かば、其処に眠りし賢者の晶石の影が揺らめいた。 目前に映る我が戦士達に、そろりと御手を差し伸ばし、優しく背中を押して下さいな。 紫煙は支援だけど私怨。」


 最後の詠唱を終え、発動する段階になった佳苗を抱きかかえると、一気に距離を詰める孝太。

 2回の跳躍で、約20mを進むと、


紫之製法ヴァイオレットフォーミュラー!」


 佳苗の狂暴化バーサクの魔法が発動したと同時に、一気に距離を離す。

 幸い、孝太達の作戦は成功したようで、敵に感知されないまま、紫の煙は作田志乃と、短髪の白人男性二人を包み込んだ。


「ルァァァァ!!」

「うぁぁぁぁ!!」

「おぉぉぉぉ!!」


 三人の雄叫びが、ホールに響く。

 最初に仕掛けたのは、意外にも志乃だった。 全裸で、股のところから何かの液体を垂らしながら、憤怒の形相で素手で男に殴り掛かったのである。

 しかし、彼女の拳は男には届かなかった。 彼女の右手は下から突き上げた男の手によって……肘の下からを突き上げた部分を粉々に砕かれてしまい、宿主を失った彼女の腕は、ロングヘアーの白人女性の足元に転がって行った。

 だが、それでも志乃は攻撃を止めなかった。 残った左手を付き出して、男の顔面を一発殴り付ける事に成功した。

 が、それまでだった。

 本来なら、彼女をおもちゃのようにして殺すつもりだった彼等だが、狂暴化のせいもあり、彼女の腹を渾身の力で殴りつけてしまったのである。

 その衝撃で、志乃の背中は、一瞬膨張すると、内蔵と共にパァン!と、弾け、食堂内に肉片と鮮血が飛び散る。

 騒然となる食堂内。


『咎人が一人産まれました。 名前はラルフ・ヴォーテンベルガー。 27歳、男性。 罪状は殺人。 刑の内容は、男に犯されながら、硫酸を掛けて殺される事です。』


 すると、間髪入れずに女性の念話が響き渡る。

 刑の内容には顔を顰めたが、してやったり、と、心の中で歓喜の声を上げる佳苗と孝太。

 やはり、彼等が予測していた通り、志乃は彼等とは別のパーティだったらしく、魔法の効果である『仲間以外の敵に凶暴的になり、攻撃力が増す』という枠に、ピタリと嵌ったのだ。

 更には、嬉しい誤算がもう一つあった。


 名前を呼ばれた男以外の狂暴化した金髪の短髪の男が、なんと仲間である銀髪の男に斬りかかったのである。

 慌てて止めようとする女二人だったが、その女のどちらかが銀髪の男に斬りかかった理由だったのかもしれない。

 女を罵倒した後に、再度銀髪の男を斬りつける男。

 その間、先ほど念話で呼ばれた男は、丁度食堂に居たこちらの世界の兵士の、ローブを着ている事から魔法使いなのだろうその人物に、以前の秋月美緒の様に全身を拘束されており、やがて兵士たちに引き摺られて行った。

 その兵士達の表情は、『良いざまだ』とでも言わんばかりに、引き摺られて行く男を見る目と、口元に笑みを浮かべており、彼等も彼等で、殺人集団を疎ましく思っていた事が伺える。

 銀髪の男は、何かを必死に言いながら、剣撃を自分の剣で躱して態勢を整えると、金髪の男の腹を蹴って体制を崩させる。

 そのまま斬り掛かるのか、と、思った孝太だったが、男は自分が極刑になるのを恐れたのか、それともかつての仲間を斬る事を躊躇したのか、一瞬剣を頭上で止めてしまった。

 そして、金髪の男はその隙を狙って剣を横に薙ぐと、銀髪の男の腹の甲冑を割り、腹部に剣がめり込んだ。

 それは誰の目から見ても致命傷と見られる一撃だったが、金髪の男は再度剣を振りかぶると、先ほど斬りつけた部分に寸分違わず剣を横に薙いだ。

 勢い良く下半身から切り離された上半身は、その勢いで宙をぐるぐると横に回転しながら天井に向かい、やがて重力によって床に落ちてくる。

 その際、周囲にはおびただしい量の鮮血が撒き散らされ、折角の食事や酒にも、男の血液が飛び散ってしまった。

 同じ血でも、作田志乃の血よりも、男の血の方に嫌悪感を感じるのは何故だろうかと考える孝太だったが、そんな事は考えても意味が無い、と、軽く首を横に振る。


『咎人がもう一人産まれました。 名はクリストファー・ビッツ。 33歳、男性。 罪状は殺人。 刑は、自らの……ああ。 これは嫌ですね。 自らの陰茎を輪切りにして食べされられた後、全身を金槌で殴打されて癒やしの魔法を掛けられ、再度殴打されるのを繰り返す……です。 良くこんな事考え付きますね。』


 召喚士は、珍しい事に自分の意見を交えて男に刑を言い渡した。

 男のあまりにも酷い発想に、嫌気が刺したのだろうか、と、考える孝太。

 佳苗は罪状を言い渡される光景を見るのは始めての為、ただ唖然とその光景を見守っていた。

 やがてもう一人の金髪の男性も連れて行かれるが、赤毛のボブ・ショートの女性が、兵士達に縋り付く様にして何かを懇願し始めた。

 だが、勿論兵士達がそんな言葉を聞く訳も無く、女性を振り払うと――


「Moja droga król ostrza.(我が親愛なる刃の王よ) Jak ja urodził się ostrze jak ty,(貴方の様に剣となる為に産まれた私に、) proszę mnie nauczyć, jak wyeliminować moje wrogie.(如何にして敵を排除するのか、お教え下さい。) O tak.(ああ……。) Tysiąc ostrze.(千の刃ですね。) W rzeczy samej.(確かに。) ラヴィアル・ララ・クリアティカ。 ロス、アラメイテ。 銀之暴風シルバーウィンドストーム!!」


 食堂に居た全員は、自分の耳を疑い、そしてすぐに目を疑った。

 赤い髪の女によって召喚された千の30cm程の銀の刃が、食堂内で女を中心にして半径20mを嵐の様に舞ったからだ。

 金属と金属が当たる音、そして、テーブルや椅子や食器や食事が切り刻まれ、同時に周囲に居た人間の血と、肉も女の魔法の刃によって宙を舞う。

 既に騒動が始まってから彼等とは少し距離を置いて様子を見ていた食堂に居た集団だが、その前方に居た一部の人間、9人と、魔法使いも含む、こちらの世界の兵士4人、そして女とはパーティが別だったのか、先ほど捕まったラルフという金髪の男性も、女の魔法の餌食となり、粉々に斬り裂かれて息絶えた。

 魔法は約30秒程続き、パリン!という音と共に全ての刃が割れて床に落ちると、やがてすう、と、その姿は消えて行く。

 全てが終わった後、流石にこの惨状に動揺したのか、召喚士からの念話はすぐには無かった。


 孝太も、この事態は予測しておらず、口を大きく開けてただ状況を眺めるしかなかった。

 佳苗は、この事態を引き起こした張本人であるので、多少罪悪感に胸を痛めながらも、ただ孝太にしがみつく事しか出来無かった。

 と、事態が本隊の方に伝わったのだろう、今度は10人以上の兵士が宿屋の入り口の方から現れて、ようやく召喚士からの念話が始まる。


『咎人が……産まれました。 名はウツィア・ネレード、25歳、女性。 罪状は、魔法による大量虐殺。 刑は……愛する人の目の前で殺される事、です。』


 愛する人、と、言われた瞬間、先ほど捕まったクリストファーという男を見るウツィア。

 その時――孝太の脳裏に、ある考えが閃いた。


『この女を、今ここで自分が殺しても、罪にはならない。』


 ――と。


 以前戦わずに逃亡したという汚名返上の機会が与えられたと判断した後の孝太の行動は早かった。

 腰に付けていたバゼラルドを抜き、LV1と2の魔法を同時に使い、炎の弾丸と刃を召喚する。

 その間、二度跳躍しながら前に進んでいた彼は、距離6mの時点で炎の弾丸11発を全てウツィアに向けて放った。

 即座にそれを魔法攻撃だと判断したウツィアは、手を前に突き出すと銀色の魔法障壁を身体全体に張る。

 パキキキン! と、その障壁によって孝太の放った弾丸は弾かれるが、突き出したウツィアの手と足に、二本のダガーが突き刺さって居た。

 孝太は、弾丸を放ったと同時に、もう片方の手でダガーを投げて居たのだ。


 そこに居た全員が――孝太の動きに驚いて居た。

 何故なら、彼の動きは普通の人間の物とは思えなかったからである。

 佳苗は、これは拙い、と、孝太が人間以上の動きをしている事を、何かで誤魔化せないかと焦って考え始め、速さなら――魔法によって誤魔化せると結論付けた。

 フェザーリップルは自分を対象にしてしか使えないが、こっちの魔法ならば使える、と、その魔法を唱え始める佳苗。


「水面寄りて風吹かば、其処に眠りし賢者の晶石の影が揺らめいた。 少し悪戯をしましょうか紫の君よ。 彼の者の姿をそうっと隠してあげましょう。 紫之幻影ヴァイオレットイリュージョン!」


 即座に発動させたその魔法は、孝太の身体の周りに、薄い紫の膜を発生させた。

 その膜は、彼の動きをトレースするように残像を描き、彼の動きを少し緩慢に見せる。

 さて、佳苗からの支援の魔法があった事で、周囲の人達も、あの速さも魔法の効果か、と、なんとか誤解してくれたようで胸を撫で下ろす佳苗だった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る