破滅乃炎

 猫族の兵士二人のうち、若い方の兵士が亜人側に偽の情報を伝える事に志願してくれた。

 だが、その若い兵士を故意に押して地面に転ばせると、リープポイントに勝手に歩いて行ってしまう他の猫族の兵士。

 若い兵士に、何かを言い残してリープポイントから消えて行くその兵士。

 若い兵士は彼に何を言われたのかは分からないが、集落に帰って一族と暮らせ、とでも言われたのだろうか? 悔しさからか、身を震わせて地面を殴りつける。

 ぽたり、ぽたり、と、地面に涙の雫が落ち、だが、すん、と、鼻を啜ると、顔を上げて再び剣を握る彼。

 そして、私を見る。 その彼の眼差しに、戦意を感じた私は、軽く頷いた。

 つまりは、彼も集落に帰る事を選ばず、私達と共に戦う事を選んだという事だ。


 更には、兎族の少女達と兵士も、集落に帰る事を選ばず、私と共に歩む事を選んだ。

 狐族の少女の決意が、彼等をも動かしてしまったらしい。

 そこで、私の覚悟が揺らいでしまう。 私に、彼等の命をも背負う覚悟があるのか? と。

 元々、狐族の命を使ってメリダを攻撃するつもりではあった。 その時に全力で攻撃する事に抵抗は無い。

 だが、7人もの核弾頭でマルサーラを対地攻撃をした場合の威力は、どんな物になるのか想像も出来ない。

 現在地から北に位置するリープポイントを爆心地と仮定すると、その爆心地から更に北に60km程しか狐族の集落は離れて居ないので、私の攻撃の影響が無いという確信は、無い。

 ただ、柊さんからは私の核攻撃は放射能を巻き起こす様な物では無いとは聞かされている。 事実、私の今まで使って来た魔法が、放射能汚染を敵にも味方にも及ぼした事は無い。

 最悪爆風で狐族の家屋の一部は吹き飛ぶかもしれないが、集落全体を全焼させる事は無いとは……思う。


『何故迷い始めたのですか?』


 リープポイントを人間側に置き換える作業をしていたはずのリゼラは、私達が集まっている場所にいつの間にか移動していた。

 彼女に念話で指摘された私は、眉をひそめる。


『貴女にしか出来ない事、なのですよ?』


 リゼラは、核攻撃がどういうものか、知らない。

 威力の高い、炎の範囲攻撃だとでも思って居るのだろうか。

 前の世界で唯一の被爆国に産まれた私としては、あの広島や長崎に落とされた原爆のキノコ雲の写真や映像が、脳裏に焼き付いている。

 多分、エルフ達の支配から逃れたいと考えている種族の兵士も、次のリープポイントに強制的に出兵させられる筈だ。

 ここに居る7人の獣人の命を弾頭にして、同族の兵士を殺させる事に、本当に意味はあるのだろうか?


『仕方ありませんね。 こうしましょう。』


 リゼラの動きは一瞬だった。 狐族の少女の両手を後ろ手に左手で拘束し、右手で抜いた長剣の刃を少女の喉元に付ける。


『お、王女さま……。』

『…………。』


 そう、来た……か。 リゼラとて不本意なのだろう、剣の切っ先が震えている。

 役に立つ筈の命を、意味も無く殺す意味は、リゼラには無い筈だ。


『リゼラ。 一つだけ貴女の意見を聞かせて。』

『なんですか。』

『貴女の司令官とやらは、私の攻撃を見て・・、本当にエルフ達との馴れ合いの戦争をやめると思う? エウパの搾取を、やめると思う?』

『……簡単には行かないでしょう。 しかし、説得する材料には成り得ると思います。』

『その根拠は?』

『司令官が提案を断った場合、私も貴女の魔法に代償になる事を約束します。』


 リゼラの目を見る私。 いつもと変わらず不愛想な顔ではあるが、同時に目が笑って居ない事で彼女の本気を感じる。


『何を隠してるの? 』

『…………。』


 自分を犠牲にしても、成し得たい事が、彼女にもある筈なのだ。

 でなければ、こんな提案をする訳が無い。


『実は、私も、子供を二人産んでるんですよ。 生きて居れば、5歳、と、7歳になります。 勿論、貴女の言う通り、死産だと言われて、亡骸も見せて貰えませんでしたが。』


 ようやく、リゼラのいつもの仏頂面が、何故いつもそう・・なのか、理由が分かった気がした。

 自分の感情を押し殺しても、最善の選択をしなければならない、そんな指揮官を演じて居た彼女の本音が見えたのだ。


『何故今まで言わなかったの?』

『言ってしまえば、貴女の提案に……全面的に協力すると言っているようなものではないですか。』


 つまりは、人間の軍の指揮官として、私と狐族に主導権を奪われるのを恐れていた、と言う事か。


『ですが、これまでの戦闘で貴女が本気なのは十分分かりました。 もし私の子供達が生きて居るのだとしたら、私は、その子供達に未来を与える事が……出来るのですよね?』


 狐族の少女の首から剣を離し、拘束した手も放すリゼラ。

 慌てて私のところに駆け寄る少女を左手で抱く私。


『大丈夫よ。 この人は……意気地が無い私に発破を掛けてくれただけ。』


 ぽかん、と、口を開けてリゼラを見る少女。


『ごめんね。 貴女達の覚悟を、私が台無しにするところだった。』


 私は少女を強く抱き締め、少女も私の腰に手を回して、私の胸の中で嗚咽を上げる。


『でも……猫族と兎族は説得して頂戴。 彼等の命が必要な程の威力は本当に要らないの。』


 まずは一度でも使ってみないと威力が分からないのは本当だし、下手に火力を上げすぎても問題なのは先ほども考えて居た事だ。


『貴女の犠牲で、十分。 お願い。 他の皆に、集落に帰る様に説得して頂戴。』

『わかいました……。』


 ◇


 兎族は少女達を集落を送り届けるという大義もあるために、何とか説得に応じてくれた。 何かあったら、狐族と私に全面協力するとも言い残して、5人はリープポイントを後にする。

 猫族の兵士は、せめて狐族の少女を犠牲にした私の攻撃を見届けたいと、私に同行する事にした。

 その威力を直に見て、猫族を説得する材料にするらしい、が、彼曰く、猫族の少女と兵士を一度逃がしている事によって、一族の総意はほぼ決まっている様なものだと言って居た。


『リープポイントの接続が完了しました。 今から司令官を呼んで来ますが、何か必要な物資はありますか?』


 ぎゅるる、と、腹の虫が鳴る。

 時間は現在午後4時を回った頃で、朝に握り飯を食べて、昼に飴玉を舐めたっきりの私のお腹が遂に悲鳴を上げた様だ。


『エウパで作られて居ない食べ物……で、なくてはならないのですよね?』


 こうなっては背に腹は替えられないのだよ、と、私の胃は訴えるが、私は頑として首を縦に振ってエウパで生成された食事を断った。

 すると、猫族の兵士が私の肩を叩き、何かを私に見せる様に手を広げる。


『これ……は?』


 兵士の手の中にあったのは、直径5cm程の白い……団子の様な物。


『王女さま、猫族が良く食べう小麦粉で作った団子です。』


 猫族も自給自足の生活をしているのだった、か。 彼等は小麦粉を使った食事を主としている。


『貴方の分もあるの?』


 私が言った言葉を狐族の少女が翻訳してくれ、頷いて腰に下げて居る袋を開く猫族の兵士。

 そこには、沢山の団子があり、その袋ごと私に渡して来る猫族の兵士。

 それじゃ貴方の分が無いじゃないの、と、言い返そうとした私を余所に、果敢に戦った猫族の兵士の亡骸へと足を向けて、その亡骸の腰の袋を拾い上げる彼。


『有難く頂戴するわ……。』


 狐族の言葉でそう言った私は、手渡された団子を口にする。

 表面は少し硬く、塩が掛かっているのか少し塩辛いが、中はもちもちとした触感で、中に入っていた砂糖の甘味が口の中に広がる。


『リゼラ、貴女も食べる?』

『……ええ。 頂くわ。』


 彼女も本音ではもうエウパを使った食事を口にしたくは無かったのだろう。

 私の申し出を受け、袋から団子を数個取り出すと、まずは一つ口の中に放り込んだ。


『素朴だけど、自然の味、という感じですね。』

『農耕は獣人達に教えて貰わないといけないわね。』

『戦いの無い、世界で……ですか。』


 彼女にとって、それは夢物語みたいなものなのだろう。 幾度戦をしたのかは分からないが、指揮官という立場になるまでも、なってからも戦漬けの毎日だった筈だ。


『狐族の食事は美味しいわよ。』

『是非ご相伴にあずかりたいものですね。』


 言って、二つ目の団子を口に入れるリゼラ。

 私は、この硬さでは食べにくかろうと、右手で団子を軽く潰して、少しだけ右腕をプロミネンス状態にして熱した後、それを狐族の少女に手渡す。


『私にも、くえるのですか?』

『最後くらいお腹いっぱい食べて。 私は少しで十分だから。』


 まだ折れて居ない方の歯で団子を必死に咀嚼して、飲み込む狐族の少女。

 喉が詰まってはいけない、と、私の水筒も差し出すと、喉を鳴らして水を飲み、再度私が潰して焼いた団子を口に入れた。


『美味しいです……本当に……。』


 彼女が人間に拉致されてからどんな食生活をさせられていたのか分からないが、粗末な物であったのであろう。 彼女は、集落がある北の方の空を眺めながら、僅かに涙を滲ませ、郷愁を漂わせるのだった。


 ◇


『では、司令官をお呼びします。 準備は宜しいですか?』

『え、ええ……。』


 腹を満たした後、10分程小休止を取って行動を始めるリゼラ。

 遂に、人間側の、上層部との対面、か。


『まだ貴女の計画は何も話して居ません。 ただ、亜人のリープポイントを連続で奪取している最中だと報告してあります。』


 つまり、交渉は今からが本番という事、か。


『リゼラ。 もし司令官が真実を知っていたとしたらどうするつもり?』

『逆に何も知らなければおかしい筈です。 貴女達召喚者の部隊の位置情報を亜人側に流したのは、同じ作戦室に居た彼で間違い無いでしょう。』

『つまり、その司令官とやらは何からの方法で亜人と連絡を取れる手段も持って居ると言う事?』

『その可能性は高いと思われます。』


 しかし、リゼラの手前、攻撃を停止しろなどとは言えないだろう。

 亜人が人間の前線基地を攻撃したのと同様、一部の軍の暴走だと言ってしまえばそれまでなのだから。


『その司令官は亜人側に私の情報を漏らすと思う?』

『今回はあくまでも極秘裏の作戦ですので、私と司令官しか人間の側では知る者は居ないという事になります。 その上で情報が漏れたのであれば、犯人の特定は容易いですね。』


 亜人側と内通している事が確定されてしまうので、すぐに私の事を亜人に漏らす事は無い、と。


『貴女の攻撃を見せる前に全てを話して交渉するか、見せ付けた後に交渉するか、その二択になるでしょう。』


 どちらの方が無難なのか正直私にも分からない。

 敢えて期待するならば、先に話して亜人達のリープポイントを攻撃せずに奪還する事……だが、獣人の4種族が裏切った事が発覚する事になり、それぞれの集落が亜人の攻撃を受ける可能性は高い。

 それを踏まえれば後者しかあるまい。


『まずは見て貰おうかしらね、私達の意地を。』

『わかりました。 では、呼んで参りますので少々お待ち下さい。』


 そう言ってリープポイントから消えるリゼラ。

 私は、必要無いかもしれないが一応帽子で狐の耳を隠し、尻尾も丸めてマントの中に隠し直す。

 一応返り血は拭ったが、小太刀を抜いて鏡代わりにし、自分の顔も確かめる。


 ショートボブの髪に、左側だけレンズの入った赤い眼鏡のフレーム、右目は柊さんが作ってくれた赤い眼帯に覆われて居る。

 眼鏡を外して、水筒から少し水を左手に出して顔を濡らし、ポーチに入っている綺麗な布で顔を拭く私。

 あと、赤いタイトローブには返り血がこびり付いてしまい、簡単にはその汚れは落ちそうにないのでそのままだ。

 普通の血の色よりも、緑の液体や、赤紫の液体の痕跡は、目立つ。

 だが、それがエルフとドワーフの返り血だと分かる人には分かるから、見目は悪くともこれで良い。

 眼鏡を装着し直し、マントをプロミネンス化して塵を払い、その時、リープポイントに二人の人間が転送して来るのが見えた。


『……なんで、この人が……。』


 片方はリゼラ。 もう片方の人間は、かつて迷宮の準備区画で話した事のある……男。


『成程。 あの時の少女が生き残って居たのか。』


 ざわり、と、心が揺れる。

 準備区画でこの男は、私達に迷宮を攻略しろと言った。 だが、攻略の先にどんな未来が待っているのかも知って居て、更に別の前線基地に辿り着いた私達を戦地に送り出し、殺そうとしたのも、この男……。


『迷宮の攻略は簡単だったわ。 けど、亜人との戦争は大変だったわよ。』

『生き残りは君だけなのかね?』

『私の知る限りでは、そうよ。』


 敢えてパーシャの事は言わない私。


『今回は君一人で亜人のリープポイント二つを奪取したそうでは無いか。 大した胆力だ。』

『……ユズキの事は何も聞かないのね。』


 少し怒気を交えて言う私。


『……追跡者トレイサーの事か? 名前を彼女が君に伝えたのかね?』

『友人にも、なったわ。』

『何が言いたい。』

『何も、かも、よ。 迷宮管理の隊長風情が、人間の軍の司令官ですって? 迷宮であんな失態を犯しておきながら、何故出世なんてしてるのよ。』

『ふむ……。 兼任しているから、と、言えば理解出来るかね?』


 兼任? 隊長と、司令官を?


『迷宮の管理は、言わばグランセリアの暗部なのだよ。 迷宮が召喚した人間達からエウパを奪う為の装置なのだと、この世界の人間の全てが迷宮の秘密を知っている訳では無い。』

『良く言うわ。 この世界に産まれた普通の人間なら、エウパの有用性を知っている筈よ。 知らないのは無垢な子供くらいのものなんじゃないの?』

『態々私を呼び出したという事は、何か取引でもしたいのかね。』


 しまった。 煽りすぎたのだろうか……。

 相手から取引という話が出されてしまっては、私も後には引けなくなってしまった。


『取引……ではないわ。』

『では、何なのかね?』

『脅し、よ。』

『……私を、かね?』

『この世界の人間全てを、よ。』


 リゼラがこれ以上は喋らない方が良い、と、首を横に振って私に知らせようとするが、事の始まりから終わりまで全てこの男に仕組まれていた事に、私は我慢が出来なかったらしい。 つい言葉で本音が漏れてしまった。


『亜人達を駆逐している君が、人間を脅す? 意味が分からないな。』

『言い方が悪かったわね。 ――単刀直入に言うわ。 エルフ達に情報を流すのも、受け取るのも、もうやめなさい。』


 冷淡な表情の男の口の端が、私の言葉にピクリと反応する。


『私達の世界から人間を召喚するのも、やめなさい。』

『…………。』

『そして、亜人との戦争を止め、エウパを使うのを、やめなさい。』

『誰に何を吹き込まれたのか知らんが、亜人は侵略者だ。 奴らがこの星から消えない限り、戦争は終わらん。』

『何を言って居るの? だらだらと戦争を続けさせている張本人のくせに。』

『ふざけた事を言うな。 何を根拠にそんな事を――――』

『フィアーデ様。 彼女は全てを知って居ます。 そして、私もです。』


 リゼラの念話に驚き、憤怒の表情を浮かべて彼女を見るフィアーデと呼ばれた司令官。


『貴様……名前を呼んだな? 俺に逆らうつもりか。』


 名前を呼ぶ事が、規則として禁止されているのか、更に怒気を強めてリゼラに言うフィアーデ。


『それに、彼女にも分かる様に敢えて念話を使いました。 もう一度言いましょうか? 彼女は全てを知って居ます。』

『全て? 全て、だと?』

『先程彼女は言いましたね。 エルフ達に情報を流すのをやめろ、と。』

『…………。』

『そして、フィアーデ様はそれを否定なさらなかった。 あまつさえ、根拠を言えとまで仰るとは、自白しているのと同義ですよ。』

『き、貴様……。』

『私もフィアーデ様が迷宮の管理官でもあったのは初耳でしたし、前線基地の一つが破壊されたタイミングがあまりにもおかしいのに、今私も気付きました。』


 前線基地が壊されたタイミング? リゼラは何の話をしているんだ?


『亜人を討伐対象にしないという命令は私の耳にも入りました。 その直後でしたね、前線基地が奇襲されたのは。』


 驚愕で身体が震える。 人間の亜人、二ノ宮が迷宮を攻略した直後に、前線基地が亜人に強襲された。

 つまりは……この世界の人間が集まる前線基地ごと、人間の亜人を屠らせようとしたのか、この男は……。


『亜人が前線基地までいきなり飛んでくるなんて、今まで無かった事です。 方法も未だに分かっていませんが、そんな簡単な方法があるなら他の前線基地もすぐに亜人達は襲撃出来てしまうのではないですか?』


 リゼラの念話に対して、目を泳がせるフィアーデ。


『あの日、前線基地のリープポイントを亜人様に切り替え、エルフ達に情報を流したのですね。』


 何も言わないフィアーデは、俯き……だが、やがて、笑い出したでは無いか。


『流石、数多の戦場を生き抜いた希代の戦術家と名高い推理力では無いか、リゼラ君。』

『更に、迷宮の一部を破壊して、外部からの侵入も防いだ。 つまりは、前線基地の人間を、誰一人として生かすつもりは無かったのでしょう?』


 ……そうか。 逆だったのか。 亜人達が迷宮の一部を破壊したのは、人間側から増援を出せない様にする訳では無く、人間が迷宮を通ってグランセリアに逃げられない様に……したのか……。

 実際に私達は迷宮から出て来る事が出来たので、亜人の意図が良く分からなかったのだが、迷宮の5層分だけを破壊して、目撃者であるリーザを殺した、と。


『人間のクリスタルにのみ反応する前線基地のリープポイントを、亜人用のリープポイントに書き換える事が可能なのかね?』

『……それは……。』

『それに、彼等はどのようにして帰ったと言うのかね。 前線基地のリープポイントは跡形も無く壊されて居たではないか。』


 まるで、その場を見て来たかの様に言うフィアーデ。


『亜人のリープポイントを、前線基地の近くに設置したのね。』


 私は二人の会話に割り込んで、そう言い切った。

 二ノ宮は言って居たのだ。 前線基地を破壊した後は亜人の本陣に一緒に転送・・して貰った、と。


『いや……違う。 全ての前線基地の近くには、亜人のリープポイントが隠されて居るのね。 非常時・・・の為に。 どうなの? フィアーデ。』


 無言で私を見るフィアーデ。 これで全てが繋がった。


『前線基地の一つが潰されても、貴方には何の損も無いわ。 逆に亜人に恩が売れる、程度にしか考えて無いんじゃないの?』

『フィアーデ様……貴方は……一体何がしたいんですか?』


 私とリゼラから問い詰められるフィアーデは、大きな溜息を一つ付いて、

一歩だけ下がり言う。


『人間を生かす為に、調整をしているだけだ。』


 と、まるで自分が当たり前の事をしているかのように言い切った。


『ふぅん。 調整? じゃあ、私の脅しは貴方にとって有効のようね。』

『だから何の事だと言って居る! 貴様に何が出来るというのだ!』

『戦争をやめ、エウパをこれ以上使わないと約束しないならグランセリアを焼き尽くすわ。』

『そんな事が出来る筈が無い! 鍵が無ければグランセリアまで辿り着く事も不可能だ!』

『もし、鍵が複製出来るとしたら?』

『何だと?』

『クリスタルに記録されてるんでしょう? その鍵は。 なら複製を作ってクリスタルに埋め込めば良いだけよ。』

『君の与太話に誰が協力すると言うのかね? グランセリアが焼かれるのが分かって居て、グランセリアの鍵を渡す者など――――』

飼育・・されている人間の子供の親は、私に協力すると思うわよ?』


 フィアーデの言葉を遮って、言いながらリゼラを見る私。


『今から敵の主力を焼くから、見てなさい。 もし私の言う事が聞けないなら、その何倍もの威力の魔法でグランセリアを攻撃するわよ。』

『まさか……視えている、のか? 亜人のリープポイントの様子が。』

『ええ。 魔法障壁を必死に設置しているようね。 誰かが情報を流したのかしら? それとも、私が送った猫族のスパイの情報操作かしら? リゼラ。 この人に何て報告したって言ってたっけ?』


 リゼラがフィアーデと話して居る間に、左目を瞑って敵を監視していた私。 急に、彼等が魔法障壁を準備し出したのに、違和感を感じるのは当たり前である。


『とある獣人と協力してリープポイントを次々と攻略している、とだけ。』

『フィアーデ。 クリスタルを出しなさい。 貴方、さっき亜人に私の情報をリークしたわね。』

『…………。』

『したわよね? ……出しなさい!』


 フィアーデは渋々ながらも懐からクリスタルを取り出し、私は小太刀の柄に手を添えながら、顎でリゼラにクリスタルを回収する様に指示する。


「***、*****」


 フィアーデはこの世界の言葉で何かを呟き、


『私とは会話出来なくなるが、問題無いのか、って言ってますが。』


 リゼラが念話で通訳してくれた。


『問題無いわ。 リゼラ、作戦の内容をフィアーデに説明して。』

『よろしいのですか?』

『亜人の本拠地とメリダを焼くのだから、もう人間の人口の調整なんて必要無いって分からせるまで説明して。』

『果たして納得するでしょうか……。』

『でなけれなグランセリアを焼くまでよ。』


 それにしても、フィアーデを含めて何人の人間がこの世界の真実を知って居るのだろうか。

 出産管理、子供の飼育なんて、個人で出来る様なものではない。

 柊さんが言った様に、最悪グランセリアにも核攻撃を撃ち込まなければ、腐った上層部を一掃など出来ないのではないか?

 そんな疑問を持つ私だが、今出来る事は一つしか無い。

 準備を進めている亜人の魔法障壁も全て打ち破り、万を超える大軍を一撃で焼いたとなれば、私の脅しに真実味が増す事だろう。


 これから魔法の詠唱を始めるわ、と、リゼラと狐族の少女に伝えた私は、敵のリープポイントの方へと身体を向け、右手を伸ばす。


『詠唱が完了すると、私の魔法に命を捧げるかどうか聞かれると思うわ。』

『……はい。』


 狐族の少女は気を引き締めて、目を瞑る。

 その光景に、私の心に、ちくり、と、罪悪感が刺さる。

 同族の命を弾にするなんて、本当は私だってやりたくない。

 だけど……ここでやらなければ、狐族にも、人間にも、未来は無いんだ。

 

「我が親愛なる煉獄の炎よ、汝の慈悲無き破滅の鉄槌を、我が愛しき贄をもって顕現させたまえ。」


 詠唱が始まると、私を中心に赤い光の輪が大地に広がって行き、共に風が舞う。

 輪の外輪部は100m程私から離れると、熱を発し出して外輪部の外の草木を枯らせ、大地から蒸気を立ち上らせ、夕日が照る方に虹を掛ける。


「破滅の鉄槌よ、果ての大地に業火の海を呼べ。 業火の海よ、荒れ狂え、生きとし生けるもの、全てを飲み込み、贄の愛の対価とせよ。」


 紅蓮クリムゾン朱色ヴァーミリオンの詠唱はこの二節目から分かれる事になる。 今回は対地攻撃なので、朱色ヴァーミリオンの詠唱である。

 赤い光の輪が、やがて色を白く変える。 同時に、周囲の木々が炭化し始めた。 発火温度には既に達しているが、酸素が供給されないせいだろうか。

 熱気は、少し離れた私達にも伝わって来て、狐族の少女も額に汗を浮かべ始める。


「シュゼ、ララエンテ、エフ。」


 ピン、と、ピアノ糸を弾く様な音が、私から発せられ、ここで……詠唱が一旦止められる。

 狐族の少女の方を見ると、肩を震わせているのが分かる。

 今、問われて居るのだろう。 私の魔法の対価に、なるのかどうか、を。

 やがて、目を瞑りながらも、こくり、と、頷く彼女――――


 だが、狐族の少女が頷くそのすぐ前に、私の右手の先に、拳大の小さな太陽が一つ、産まれ、狐族の少女は身体中の力が抜けたのか、その場に倒れ込んだ。

 ――――どういう事だ? 対価になった対象は、その身を全て失う筈だが……。


『お、か、あ、さ、ん。 ご、め、ん、ね。』


 目の前の太陽が――――そう、呟いた。

 まさか……少女が身籠っていた、子供……なの、か?

 望まれなかった妊娠で出来た子、そして産まれたとしても生きる事が出来ない子供が、母親の為に……自分の命を差し出したという、のか?


「は……あっ……!」


 堪えきれず、私は声を上げて嗚咽を漏らす。 左目から流れる止めどない涙が、私の頬を濡らし、拭っても、拭っても、滾々と溢れて来る。

 この子は、ごめんなさい、と、言ったのだ。 母親の胎内に宿ってしまって、ごめんなさい。 産まれて来れなくて、ごめんなさい。 どんな意味でも取れるが、自分の命が与えられた事を、その子供に謝罪させてしまうなんて……。

 そして、私はその『ごめんなさい』に、返す言葉が見つからない。


 ……いや、一つだけあった。


『あなたは立派よ。 だって、お母さんを助けたんだもの。』


 嗚咽に声を震わせながらそう言った私に、返って来る言葉は無かった。

 が、小さな太陽は一瞬だけ強く光ったのだった。


「ラセ、ヴィータ、エモース、フィリアンテ、モール。』


 私が最後の詠唱を完了すると、小さな太陽は直径1m程に膨張する。

 太陽が大地を焦がし始めたのを感じた私は、上空に高く跳躍した。

 私が飛び上がった衝撃で地面に突風が巻き起こり、砂埃が舞う。

 風の影響を受けながらも、上空約80mまで飛んだ私は、自由落下を始める身体の感覚を感じるのと同時に、目標に向かって右手を突き出した。


業炎射出フレアシューター。」


 ドン! という、前方からの強い衝撃と共に、太陽は私の手から離れ、光の筋を作りながら一気に敵のリープポイントに向かって飛んで行く。

 マントを靡かせ、自由落下を調整する私だが、地面に足が付く前に――――


 敵のリープポイント周辺で大きな光が産まれるのが見えた。


 光が産まれた後、鼓膜が破れそうな程の爆発音が聞こえ、少し遅れて衝撃波が私達を襲う。

 私は空中でその衝撃波を受け、態勢を崩してしまい、後ろに転がりながら着地する事になった。

 他の皆は事前に用意していた盾を使って衝撃波を防いだらしく、盾の横から前方の様子を見ていた。

 狐族の少女は地面に倒れたままだったので、衝撃波の影響はあまり受けなかったようだ。 だが、まだ意識は回復していない様で、四肢に動きは見えない。


 私は立ち上がり、敵のリープポイントの方向を見る。 と、大きなキノコ雲が、空に立ち上って行くのが見える。


 遂に亜人達の主力に、大打撃を与えたという高揚感と、一方的な虐殺をしたという罪悪感が同時に私の心に襲い掛かる。

 あの敵の主力の中には、確認しては居ないがエルフの支配から逃れたいと考えて居た種族も、居た筈だ。

 だが、その人達に警告も与えず、一気に焼き尽くしてしまったのだ、私は。


 左目を瞑り、遠視で爆心地を見る私。

 爆心地には直径500m程のクレーターが出来ており、その周囲の何もかもが、吹き飛ばされ、周囲3kmには草木も存在しない。

 敵に僅かな生存者は居るように見えるが、酷い火傷を負っている状態か、身体の一部を吹き飛ばされており、ほぼ瀕死の状態だと言って良いだろう……。


『リゼラ。 亜人の勢力、約一万を壊滅させたわ。』

『…………。』


 そんなのは見れば分かる、とでも言わんかの様にただ私を見つめるリゼラ。

 フィアーデと、猫族の兵士は、口をぽかりと開けて、キノコ雲を眺めるだけで、何も言葉を発する事は無かった。

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