革命乃時

 人を殺せば、悪人。 だが、戦争で人を大量に殺せば英雄。

 そんな話を聞いた事がある。

 しかし、英雄などと言う肩書が、私に相応しいとは思えない。

 私の元居た世界で勃発した第二次世界大戦。 大日本帝国の特別攻撃隊、所謂いわゆる自爆攻撃を命令した人物は、どんな気分だったのだろう。 広島と長崎に原爆を落とした米軍のパイロットや、大都市を焦土に変える命令を出した米国の大統領は、どんな気分だったのだろう。

 前の世界で言葉で人を殺し、この世界で無差別に大量の人の命を自分の目的の為に奪った人間に問われたくは無いと言われそうだが、圧倒的な火力を無慈悲に使うというのは……単純に気持ちが良いと言える物では無かったのは確かだった。


『浮かない顔をしていますね。』


 核攻撃が終わった後、私の様子がおかしいのに気付いたリゼラが念話で話しかけて来た。


『こんな力……個人で持つ物じゃないわ……。』


 愚痴を言うつもりでは無かったけれど、そんな言葉しか私の口からは発する事は出来なかった。


『私も、正直言えば恐ろしい、と、感じました。 人間相手にもあれ・・を使うとなれば……グランセリアは良くて半壊、悪ければ全壊するでしょう。』

『フィアーデの様子はどう?』

『貴方の提案を受け入れる、そうです。』


 顔面蒼白のフィアーデを見ると、彼は私の攻撃を見て即決したようだ。 リゼラの言う通り、人間の最後の根拠地を破壊する事が出来る手段をその目で見たのだから、首を縦に振るしかあるまい。


『人間にも、召喚者達にも、真実を伝える事も約束してくれたかしら?』

『はい……。 更に、メリダへの攻撃が終わったならば、貴方達召喚者を前の世界に帰すという約束もさせました。』


 ……リゼラがそんな提案までしていたなんて。

 それが可能なら、私は元の世界に帰って……今まで奪って来た召喚者達の魂を、一部でも魂の輪廻に戻る事が……出来るという事だ。

 他の召喚者も、自分の存在を取り戻して……死ねる、という事だ。


『死ぬ為に前の世界に帰るなんて、変な話だと思う?』

『……いいえ。 元はと言えば、死ぬ運命だった貴女達を無理矢理召喚した私達が悪いのです。 元の場所に還すのは、当たり前だと思います……。』

『残りたいと考える人も居るかもしれないわね……。』

『その人達は、こちらの世界で受け入れる、そうです。 子供は作れませんが、余生を過ごすという考えなら……まあ、本人の意思次第でしょう。』

『…………。』


 召喚者達にとっては究極の選択だ。 エウパを使わない原始的な農耕生活を受け入れて余生を過ごすのも良いが、その余生を、前の世界で自分の存在が無くなっているのだと、ずっと心に抱いて過ごさねばならないのだ。

 対して、言い方は悪いが、エウパ、つまり魂の存在証明は、ある可能性を肯定する事が出来る。

 その可能性とは、輪廻転生。 魂の輪廻、で、ある。

 自分の魂が、未来に繋がるだろうという希望は……。


 何千、何万という人を殺して来た自分の手を見て、思う。

 この織部加奈という血塗られた魂を、浄化するという希望を、私はきっと、叶えてみせる。


『王女……さま……私……は……。』


 ふと、目を覚ましたであろう狐族の少女から私に声が掛かる。

 何が起こったのか、彼女は理解して居ないのだろう。


『もしかして、魔法が失敗したんですか?』

『いいえ。 成功したわ……。』

『でも……私は……何で……。』


 自分の身体を確かめるように触り始めた彼女は、やがて自分の腹部を触り、気付く。


『あ……え……?』

『貴方のお腹に居た子供が、貴方の身代わりになってくれたのよ。』

『そんな……まさか……。』

『お母さん、ありがとうって言ってたわよ。』


 本当の事は言わない私。 何故そんな嘘を私が付いたのかは自分でも分からないが、知らない方が良い事もあると思う。


『あの子が、そんな事を?』

『ええ。 最初で最後の一言だったわ。』


 私がそう言うと、ぺたりと両膝を地面に付けて泣きじゃくる少女。

 安堵の涙なのか、それとも子供を失った悲しみの涙なのかは、私には分からない。


『故郷に、帰りましょう。』


 少女の肩に手を置いて、そう呟いた私だった。


 ◇


 猫族の兵士が狐族の少女を集落まで送ってくれる事になり、私はリゼラとフィアーデと共に、新しい跳躍装置を設置する為、私の核攻撃の爆心地へ向かう事になった。

 現在、その新しい跳躍装置は前線基地にて準備中で、装置が現在のリープポイントに到着し次第出発となる。


『王女さま……お元気で。』

『皆に宜しくね。 私の核攻撃の爆風で何の被害も出なかったなら良いんだけど。』


 そう言って、少女に別れを告げ、猫族の兵士には軽く会釈をする。

 猫族の兵士は頷くと、少女の手を引いて歩き始めた。

 真っ赤な夕日に照らされた二人の背中が、段々と遠くなって行き、やがて夜の帳が完全に降りるまで、二人を見送る私達。


『亜人側は大混乱でしょうね。』


 やがて、星空を見上げながら言うリゼラ。


『主力が一瞬で燃やされたのだから仕方ないわ。 リゼラ、亜人の軍はあとどれだけ居るの?』


 つまりは、その情報をフィアーデから聞き出せという事だが、その意図を汲んでフィアーデに話しかけるリゼラ。


『マルサーラに居るのは約20万だそうです。』

『まだ結構居るのね……人間の大反攻戦が始まった事で、前線に分散させて配置しているのかしら。』

『それぞれのリープポイントの守りもありますし、数時間で一万集めただけでも大したものです。 人間側にあの短時間で集められるとしたら、2000人かそこらだったでしょう。』


 私の核攻撃は、あと11回残って居る。

 使う予定なのは、敵のマルサーラの本拠居への一発と、メリダへの一発。

 それ以上使いたくは無いが、時と場合によっては使わざるを得ないかもしれない、と、心を引き締める私。


『リゼラ、貴女が亜人側だったら、次はどう動く?』

『そうですね……貴女の攻撃には魔法障壁も意味が無く、数を出しても意味が無い、となれば……。』


 ちらり、と、私を見るリゼラ。


『私を殺しに来る、か。 当然ね。』

『それか、メリダへの一時撤退も考えられます。』


 それも有り得る、な。 だが、まさか逃げ帰ったメリダへの攻撃までも可能だとは亜人が知る由も無いが。


『新しい跳躍装置を設置し終わったら、一度前線基地に戻りましょう。 亜人達が混乱している間に、まずは情報の開示と……子供の解放ですね。』

『生きてると良いわね。 貴女の子供達も。』

『誰が自分の子か、分かるでしょうか……。』

『分かるわよ、多分、ね。』


 多少無責任な言い方をしたが、微笑を浮かべるリゼラ。


『人間側の上層部の情報も欲しいわね。 リゼラ、フィアーデから聞き出せる?』

全て・・を知っているのはフィアーデを含めた12人の幹部と子供達の収容区で働いている職員80人。 あとはエリクス様達の子孫の方々です。』


 既に聞き出して居たのか。 しかし、エリクス達の子孫……?

 逆迷宮のシステムを作った英雄の……子孫、か。


『子孫の情報は何も無いのよね?』

『人数も把握出来て居ないそうです。 フィアーデ達はその子孫達から命を受けて現在のシステムを運用していたらしいですが……。』


 その子孫達が素直にエウパの使用をやめるかどうかは未確定、か。

 結局はフィアーデも、その子孫達の手の平で踊らされて居ただけの様にも聞こえて、寒気がする。


『ただ、現在のシステムの運用には携わって居ないそうなので、他の11人の幹部を説得出来れば、グランセリアから人間達をマルサーラの大地に呼び出し、クリスタルを全て放棄させる事は可能だろうと言っています。』

『前線基地がある大陸は、迷宮に貯め込んであるエウパで何とかなる?』


 草木一本生えて居ない荒野を、どうにか復活させられないかという話だ。


『やってみないと分かりませんが、もう攻撃に使うエウパの必要が無いので……まあ、試してみる価値はあると思います。』

『……フィアーデにクリスタルを返してあげて。』

『よろしいのですか?』

『亜人に情報を流すメリットが無いのはもう分かってるでしょう。 多分、大丈夫だと思うわ。』


 リゼラは、没収していたクリスタルをフィアーデの手に乗せ、


『カナ様からの許可が下りました。 協力して作戦を遂行させましょう。』


 と、念話で言う彼女。

 おいおい、いきなり私を様付けにするのか、というツッコミを入れたくなるが、確かにリゼラもフィアーデも説得して、あとは誰が作戦を先導するのかと言えば、やはり私となるのだろうな、と、自分を納得させる私。


『亜人に何か偽の情報を流す必要はあるかね?』


 急に態度を変えたフィアーデに、何故か背中がむず痒い感覚を覚える。


『一部の人間の兵士と、それに人間側の亜人が協力して前線を押し上げるつもりだって言っておいて。』

『多分、それを阻止する様に亜人側から言われると思うが……。』

『捕捉出来ないって伝えて。 ……あと、エウパの回収を敢えて・・・行ってないようだとも伝えて頂戴。』

『つまり、真実と嘘を交えて混乱させる訳か。』

『エウパが目的で無いのならば、何故その人間と人間に協力している亜人が自分達を攻撃するのかって考えるわよね。 亜人はいつでも人間の前線基地を攻撃出来る状態なのでしょう? けれど、次々とリープポイントを奪還して前線を押し上げ続けるのが私達の目的だとするなら、何としても防衛したい本拠地付近に、私なら戦力を集中させて備えるわ。』


 私が究極魔法を使える回数を知って居る人物は柊さんとパーシャしか居ない。

 敵が私が一度しか核攻撃を出来ないと考えているとは思えないし、射程範囲が各リープポイントから他のリープポイントまでの約50kmだと仮定するとするなら、亜人の本拠地である北に戦力を一旦引いて、様子を見ると思う。

 亜人は一日でリープポイントを三つも失ってしまい、北大陸戦線のほぼ中央部を90km程人間側に食い込まれた形になっている。 更に人間側が進軍するならば、全ての前線を大きく後退させるか、この周囲のリープポイントを守るという選択肢しか無いが、果たして亜人は殲滅させられる危険を冒してまで、大軍を前線に送るだろうか?

 逆にリゼラの言う通り、メリダまでの一時撤退を考えてもおかしく無いという状況なのではないか……?

 

『織部君、聞こえるかね。』

『っ!? 柊さん!?』


 柊さんからの突然のコミュニケーションリングでの念話に身体をビクリと反応させる私。


『先程の爆発は、君の魔法かね。』

『は、はい。 リープポイントに集結した亜人の部隊を殲滅させました。』

『…………何故だ。』

『え?』


 私を咎める様な口調で理由を聞く柊さんに、頭を混乱させられる私。


『何故、今だったのかね。』

『人間の協力者に現状を理解させる為……ですが……。』

『俺は言わなかったか? 亜人と人間は、それぞれエウパの収集で協力し合っている、と。』

『ですから、人間側の上層部に理解させる為に……。』

『そうか……。 俺の言葉が足りなかったのかもしれないな。』


 言葉が足りなかった? どういう意味なのだ?


『敵の本拠地と、メリダへの攻撃が俺達の目標だったが……君は先ほどの攻撃で、自分の手の内を見せてしまった。』

『それが……抑止力にはならないのですか?』

『ならん。 逆に、敵を本気にさせてしまったのだよ。』

『ですが、主力を殲滅させたんですよ? 敵だって簡単には動く筈がありませんよ。』


 未だに柊さんの言葉を理解し切れなかった私は、柊さんに反論する。


『人間が住んで居た南の大陸を全て氷漬けにし、更に遠距離攻撃で草木も生えぬ大地にまで破壊し尽くした相手が、何の策も無しに君の前に主力を送ると思うのかね。』

『でも、魔法障壁を準備して、私の攻撃に備えてましたよ!』

『それも亜人の策だったのだろうな。 敢えて囮に見えない数の兵を君の前に突き出して、様子を見たのだ。』


 ……囮? あの約一万の兵が……囮、ですって?


『君の攻撃をきっかけとして、亜人は人間側に総攻撃を仕掛けるだろう。』

『っ!?』


 なんで……。 そんな事って……。


『カナ様!! 前線基地から現在亜人に攻撃されているとの報告が!!』


 転移装置の配送を待っていた筈のリゼラが、顔を蒼白にして私に伝えて来た。


『他の前線基地も同時に攻撃を受けて居るようです!!』


 夜の帳は下りたばかり。 あの核攻撃を食らってから、たった一時間程で軍を立て直して、前線基地全てに攻撃を開始した、だと?


『リープポイントが妨害ジャミングされて、大陸に居る兵士の転送が出来ない……と……あと、念話も繋がらなくなりました……。』

『ひ、柊さん……。 人間の前線基地が……亜人に……。』

『やはりな。 織部君、亜人達は、君の攻撃が始まる前に、人間の前線基地に主力を送って居たのだよ。』


 何故、という単語だけが、ぐるぐると私の頭を巡る。

 亜人はいつから気付いて居た? フィアーデは私の情報を亜人側にリークさせていた。 まさか、その時から既に総攻撃の準備をさせて居たのか? フィアーデからの情報で、私と人間が次のリープポイントを狙って居ると知って……。


 ――――違う。 そうじゃない。

 

 私が前線基地に居ない事を確認出来たじゃないか。 猫族の兵士の情報も然り、私はマルサーラの大陸に居て、人間の前線基地には居ない、と、証明してしまったんだ……。

 そして、跳躍装置を無効化すれば、脅威である私達は、前線基地に戻って人間に加勢する事が出来ない、とも。


『柊さん、これからどうしたら……。』

『人間側のリープポイントはもう使えんのだな。 だが、俺の移動手段なら迷宮の内部に転送する事は可能だ。』


 迷宮の五階、つまりグランセリアへの入り口へと転送するのか。


『君の現在地を教えてくれたまえ。』

『亜人から取り返したリープポイントの近くですが……。』

『その場所なら把握している。 では、俺は今から迷宮に入り、転送先を狐族の集落からその場所に移動させる。 そのリープポイントで一旦合流するぞ。』


 ふと、柊さんから貰ったコミュニケーションリングが砕け、灰になると、風に舞って夕闇に消えて行った。


『リゼラ、フィアーデ。 ……これから私の仲間が合流するわ。』

『どうやって……。』


 柊さんの事を説明している暇は無い。


『仲間が移動手段を持ってるわ。 それで、迷宮の五階に転送するのよ。』

『迷宮!? まさか、奴らの狙いはグランセリアだとでも言うのか!?』


 先程まで亜人と内通していたフィアーデは、亜人がそこまでするとは思えないとばかりに反応する。


『……人間を……根絶やしにするつもりなのよ。』


 他人事の様に聞こえるかもしれないが、柊さんが指摘した事を、私も理解している。

 亜人を本気にさせたのは、他でも無い、私のせいなのだ。

 フィアーデにもリゼラにも、恨まれても仕方ないと思う。


『何て事だ……。 まさか、エウパの回収を行って居ないという情報が、交渉の余地は無いと言う最後通牒になってしまったという事か……。』


 フィアーデは肩を落として言うが、亜人に情報を伝えろと言ったのは誰だと言わんばかりに私を見て――――舌打ちをして、続ける。


『何が平和だ! これでは全面戦争ではないか!』

『…………。』


 何も言い返せない私に、畳みかける様に言うフィアーデ。

 私は……失敗ばかりしている自分が、情けなくて、悔しくて……。

 遂には涙が溢れて来てしまった。


「やだよぅ……。 もう、嫌だよぅ……。 誰か……助けてよぅ……!」


 私の心は半分折れかかって居たのだろう、日本語で喚く私は、地面に膝を付け、止めどない涙を必死に左手で拭う。

 前の世界でも、この世界でも、私がやる事成すこと、全てが自分の思惑とは反対の方に行ってしまう。


「何で……何でっ!!」


 感触の無い右手を、左手で触り、失ってしまった物を思い出す私。


「今度こそ、平和な世界を作ろうって、私だって頑張ってたのに!」


 その平和の可能性を、自らぶち壊したのが、私だ。

 強くなった事で良い気になって、ただ殺戮を繰り返して独りよがりになっていた、私だ。

 悔しくて、悔しくて……もう一層の事、自分で自分を傷付けたくなる衝動に駆られ、小太刀の柄に左手を添える。

 だけど、自分を殺す勇気も無い私は、小太刀を握りしめるだけ。

 眼鏡のレンズには涙の雫が溜まり、視界がぼやけて来る。


『…………。』


 と、ふと、背中に何かの感触を感じる。 これは……リゼラの手?


『カナ様。 貴女を煽って攻撃させたのはこの私です。 躊躇う貴女に人質を取って従わせる事までもしました。 私こそが責められるべきです……。』


 言いながら、私の背中が優しく擦られる。

 そして……


『カ……ナ……どこに居るです?』

『パーシャ!?』


 私の大切な友人。 パーシャからの念話がいきなり聞こえて来た。


『パーシャ、気が付いたの!?』

『カナが泣いてる声が、聞こえた、です……。 長い間、寝ていたみたいで……カナを独りにして、ごめんなさい、です。』

『そんな事無い! パーシャを守れなくて、私こそ……。』

『カナ、再会の合言葉は何でしたか?』


 私の謝罪を遮る様に言うパーシャ。


『パーシャ……ええ。 覚えてるわよ。』

『パーシャも、覚えてるですよ。』


 心に温かい物を感じ、それが私の涙を一瞬で止めた。

 私は眼鏡を外し、ポーチから取り出した布で涙と鼻水を拭うと、消沈して座り込んで居るリゼラとフィアーデの前に立つ。


『リゼラ、フィアーデ。 私の相棒が目を覚ましたわ。 最強の、相棒よ。』

『今更何を……。』


 諦めた様な声で反応するフィアーデ。


『ねぇ、覚えてる? 迷宮のシステムが生きてるなら、どんなに強い魔法を撃っても、味方には影響が無いって。』

『……それに、迷宮内部なら、階層の機能が生きている限り、回復薬も使える、か。』


 フィアーデの念話と共に、傍観していたリゼラの双眸にもやがて希望の光が宿り始める。


『敵は貴方の言う通りグランセリアを攻めに来る。 つまり、迷宮のシステムを破壊しに来るはずだわ。 逆に、それを阻止出来れば、彼等がグランセリアに送った部隊を潰せるって事になるのよ。』


 そして、もう人間達を説得する意味も無くなったのも好機と言えば好機。

 彼等とて、今必死に抵抗せねば最後の砦であるグランセリアを落とされてしまう事になる。 大陸に残された兵士は、自給自足の生活を知らないので飢え死にするか、亜人に投降するかの二択だろう。


『12個ある迷宮のそれぞれが、階層を5つづつ持って居る。 各迷宮の同レイヤーの階層が一つでも残っていれば、次の階層はおろか、準備区画やグランセリアまで辿り付く事は出来ないだろう。』


 フィアーデも、私の言葉に勇気づけられたのか、淡々と迷宮のシステムについての説明を始める。

 確か迷宮には階層ごとに鍵が掛けられて居て、それを全て開錠するか、破壊しない限りは次の階層には時限的に行けない様になっている、だったかしら。


『つまり、一つでも迷宮を守り切れば……。』

『反転して、敵の本拠居をも攻撃出来るチャンスが産まれるかもしれませんね。』


 私とフィアーデの念話に入ってくるリゼラ。 そのリゼラの念話に頷く私。


『パーシャ。 今から南に向かって飛べる?』

『どのくらいカナと離れてるですか?』

『約60km程よ。 パーシャの速度なら30分掛からないと思うわ。』

『わかりました。 今から飛ぶです。』


 パーシャはまだ目覚めたばかりなのに大丈夫なのかという不安はあるけれど、私は彼女に早く会いたいという一心で、急かす様に言ってしまった。

 柊さんがいつここに移動してくるのか分からないので、私達に時間が無いのは事実だが。


『カナ様、移動手段を持って居る仲間と、その相棒という方は違うのですか?』

『ええ。 私の相棒は空から来るわ。 他の仲間は……。』


 このリープポイントの周辺にいきなり来ると言おうとしたところで、視界に空間の歪みが入る。 そして、歪んだその空間に扉がいきなり現れた。


『もう来たみたいね。』

『なっ!』


 驚きながら、扉から現れた人物を見るフィアーデ。

 柊さんは狼の耳も尻尾も隠しておらず、一見すると亜人だと思われたのかもしれない。


『亜人……なのですか?』


 リゼラも同じ事を思ったのだろう。 そう私に問い掛ける。


『私も、この柊さんも、今飛んで来るパーシャも、元人間の亜人よ。』

『……それでも、貴女の様に人間に手を貸してくれる、と?』

『フィアーデ。 私達は戦争を止めたいだけだと言ってるでしょ。 約束を反故にするなら私達は人間に牙を剥く事もあり得るのよ。』

『そういう事だ。 俺はひいらぎ誠一せいいちと言う。 まずは状況を聞かせてくれ。』


 念話では私を咎めているように聞こえたが、ここに現れた柊さんには怒気は含まれておらず、リープポイントの周辺に置いた松明に近づくと、懐から取り出した煙草に火を点け、紫煙をくゆらせる。

 私が説明した方が良いかと思ったが、何故か柊さんは周りを見て、リゼラに向かって手で近くに寄れと合図した。

 リゼラは、私が人間のリープポイントから獣人を助け出し、二つのリープポイントを私の武力で接収した事と、核攻撃で北のリープポイントを攻撃させた・・・事などを柊さんに話す。

 ふう、と、ため息を付く様に紫煙を吐き出す柊さん。


『予定とは変わったが、これはこれで悪く無い流れなのかもしれんな。』

『柊さん……すいません。』

『いや、こちらこそすまない。 君の行動を一方的に非難する様な言い方をしたのは俺が軽率だったと思う。 で、君の相棒が目を覚ましたそうだが?』

『はい。 今こちらに飛んで来ている筈です。』

『彼女の体力がだいぶ落ちて居た様だから一応霊薬を飲ませておいた。 それが功を奏したかどうかは分からんが、何にせよ、良かったな織部君。』


 柊さんは狐族の集落に既に到着して、パーシャを見てくれていたのか……。


『狐族の集落は大丈夫でしたか?』

『ああ。 爆風で色々飛ばされはしたが、死人は出なかった。』


 多少引っかかりを覚える言い方だったが、大きな被害は無かったようで何よりだわ。


『カナ! 松明の光が見えたです!』

『パーシャ!?』


 あれから10分しか経って居ないけど、もう近くまで飛んで来てたの!?

 私は急いで松明に近寄ると、地面に刺さっている棒ごとその松明を引っこ抜いて空に見えるように大きく左右に振る。


『パーシャ、見えた?』

『今揺れたのがカナの揺らした松明です? なら見えたです。』


 ドン! というパーシャが着地した衝撃と共に、突風が舞い、私のマントが風に靡く。

 そして目の前に、私が待ち望んで居た人の姿が松明の光に照らされ、現れた。


 どちらからともなく、お互いを確かめ合う様にして近づいた私達は、手繰り寄せる様に手を伸ばし、互いの両手をしっかりと握り締める。


『カナ……その腕は……。』

『……無くなったからね。 その人に付けて貰ったの。』


 私の右手の感触がおかしいのに気付いたパーシャは、続いて私の右目に視線を向ける。


こっち・・・は治せなかったわ。』

『…………。』


 無言で私の右頬に手を伸ばすパーシャ。 そして、撫でる様に触る。


『あいつらは、まだ……生きてるですか?』

『多分、ね。』


 私の頬に伸びたパーシャの手が、次に私の髪を触る。


『あんなに綺麗な黒髪も、切られたですか……。』

『……これは……自分で切ったわ。 この子の為に、ね。』


 言って、私はパーシャの右手を持つと、自分の右腕に乗せる。


『そう……ですか……。』

『そんな顔しないで、パーシャ。 その柊さんって言う狼の人間の亜人の娘さんも、この腕の中に居るの。』

『どういう事、ですか?』

『私達召喚者は、魂が元の世界から切り離されてるわ。 だから、召喚者同士で子供を作っても、その子供に魂が宿る事は無いの……。 柊さんは、娘さんをそれでも10年も延命させて……無くした私の右腕の替わりに、その娘さんを変化させて私に同化させる事を選んでくれたわ。』

『そん……な……。 じゃあ、パーシャも、この世界では子供を作れない、ですか……。』

『それに、私達の存在そのものが前の世界から消えて居るって聞かされたわ……。 貴女の両親も、パーシャの事を覚えて居ないし、多分……産まれた事にさえなってないと思う。』


 パーシャは複雑な表情で私を見上げ、やがて地面に視線を落とす。


『カナは、これからどうする……ですか?』


 明確な答えを彼女は見いだせなかったのだろう。 暗い表情で私に問い掛けた。


『人間の前線基地に亜人が攻めて来たわ。 私達はこれから迷宮に戻って、亜人達を迎え撃つ。 そして、亜人の本拠地を攻撃して、亜人の星も攻撃して……。』

『……その後はどうするです?』


 言い淀んだ私の顔を見つめるパーシャ。


『……私は、元の世界に帰るわ。』

『っ!?』


 つまり、死ぬという事だ。

 沢山の魂を奪った私には、その奪った魂を元の世界に少しでも帰す義務があると思う。

 だが、パーシャには……正直、元の世界に帰って死んで欲しく無いという矛盾した思いがある。 ロシアンマフィアに姉を殺させられた事、奴隷の様に男達に弄ばれた日々。 そんな過去までもを、パーシャは取り戻し、冷たい水の中で息絶えねばならないのだ……。 


『魂の輪廻なんて、本当にあるんですね。』


 パーシャの意外な反応に、私が驚く。


『カナの行くところが、私の行くところ、です。』

『パーシャ……。』

『再会の言葉は、また逢うその時まで、おあずけ、ですね。』


 パーシャの身体をつい抱き締めてしまう私。

 その私の身体に手を回し、彼女も私に抱き付いて――――

 嗚咽を漏らすパーシャ。


『泣くのは、今日だけ、です。』


 前よりも少し伸びたパーシャの柔らかい髪を撫でる私。

 そして、落ち着くのを待った私は、柊さん、リゼラ、フィアーデに向かって言う。


『これが多分最後の戦いになるわ。 阻止出来れば私達の勝利。 出来なければ、人間の絶滅。』

『そういう事だな。 ……ん? 何故織部君の念話が俺にも聞こえるのだ?』


 と、首を傾げる柊さん。 そう言えば、先ほどの柊さんとリゼラの念話も私にも聞こえていたわね。


『人間のクリスタルを持って居るなら、私を仲介すれば、相互の念話も可能になります。』


 成程。 通信に特化した技能を持って居たのね。 二か月前の戦闘で、司令部から遠距離念話が出来たのも、その技能の一部だったのだろうか。


『まあ、これでコミュニケーションの不安は無くなったな。 パーシャ君、新しいクリスタルの使い心地はどうかね?』


 柊さんはパーシャのクリスタルも第二世代に改良していたのか。


『前とは比べ物にならないです。 あと、カナの能力も上がったみたいなので……。』


 ちらり、と、私を見るパーシャ。 能力の事なら言っても問題無いわよ、と、軽く頷く私。


『パーシャにはカナの能力の一部が反映されるです。 なので、凄く速く飛べるようになったですよ。』

『それはなによりだ。 それで、リゼラ君とフィアーデ君は、実際に戦える・・・のかね?』


 柊さんの言葉の意味は、私達と肩を並べて戦えるかという意味だろう。

 リゼラとフィアーデはお互いを見た後、私達三人に視線を移し、少し考える様な仕草を見せた。


『では、我々には連絡要員としてリゼラ君のみ同行して貰う。 フィアーデ君は人間達に現状の説明をし、各迷宮の防衛の指揮を執ってくれたまえ。』

『りょ、了解した。』


 主導権を柊さんに取られた事に困惑したのだろう。 一瞬戸惑いながらも、承諾するフィアーデ。


『迷宮に戻ったら、一旦準備区画に転送して必要な物資を補充した後、パーティを組んで5階層で敵を迎え撃つぞ。 俺の仲間がすぐに合流出来るかは分からんから、当面俺達4人で何とか亜人の侵攻を食い止める。』


 他の人間や挑戦者は戦力として数えないのだろうかという疑問を抱く私だが、一見亜人に見える私達がいきなり味方だと言われても、他の人間達は今は困惑するだけだろう。 ……実績を示して、証明すれば話は別なのだろうか。


『自分達のパーティ以外への攻撃は有効だ。 下手・・に我々の攻撃に巻き込む訳にはいかんからな。 フィアーデ君、第三迷宮の挑戦者や人間達は他の迷宮に分散して配置してくれたまえ。』


 成程、そっちの意味の人払いだったのか。

 そういう事ならばと、納得した私は、覚悟を決めて頷いたのだった。

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