徹底抗戦
『第二、第八迷宮への敵の侵入を確認。』
柊さんの道具で迷宮に戻った私達の頭の中に、人間達の念話が飛んで来た。 迷宮のシステムを利用して、司令部が情報共有しているのだろうか?
『全、前線基地の放棄を決定。 連絡員は各前線基地の兵士にその旨伝えよ。 迷宮に帰還後は準備区画で補給を済ませ、次の命令まで待機。 第三迷宮の人員は、挑戦者も含め一旦準備区画からグランセリアに退避せよ。 その後、指示を待て。』
フィアーデはそう念話で司令を下すと、迷宮の5階の入り口へと足を進めた。
『ここが第三迷宮なの?』
『そうだ。』
フィアーデに聞いたつもりだったが、柊さんから答えが返って来た。
『リゼラ君。 我々にも迷宮の連絡網は使えるのかね?』
『いえ……能力を持つ一部の人間だけが念話を発信出来ますので……。』
『相変わらず挑戦者には優しくない設計だな。』
『すみません……。』
『フィアーデ君。 ポーションや対魔法の道具をピピナ商店に補充する指示を出したまえ。』
『最終防衛線だからな。 ここで出し惜しみはせぬよ。 ――――補給部。 高級ポーションを10万本、アンチマジックオーブを3万個ピピナ商店に補充せよ。』
『補給部、了解。 残存するエウパの9%を消費しますが、承認を。』
『こちらフィアーデ、承認する。』
ひしひしと伝わって来る緊張感に、私はぶるりと身体を震わせる。
作られた戦争、計算された被害、そんな物から解放された本当の闘いに、私も高揚感を高めされられずには居られなかったのだ。
『第二迷宮の連絡員からの連絡途絶。 これにより第二前線基地は壊滅と断定。 第二迷宮は5層入り口を最前線として指定、全部隊で防衛を開始します。』
『ダメだ! 固まらせるな! 分散配置せよ!』
フィアーデの檄が飛ぶ。
『了解。 第二迷宮の兵士、及び挑戦者は分散しながら敵を確固撃破せよ。』
『中々良い指揮だ。 亜人と密通して小競り合いを繰り返していただけでは無いのだな。』
『柊殿。 戦えと兵士に言うのは簡単だが、
『フィアーデ君……君は織部君がもたらしたこの状況に結果的に喜んでいるように見受けられるが……。』
『正直言えば長年の
『子供達を亜人に渡す事にも罪悪感は無かった、と?』
リゼラもこの際だから、と、聞いてみる事にしたらしい。
『自分の子供でもクリスタルを使えない人間は人間では無い。 そう言うルールを厳守せねばならなかったのだ。 ……ただ、今は彼女のお陰で
ちらり、と、私に視線を合わせて言うフィアーデだった。
◇
準備区画に戻った私達は、司令部に行くフィアーデと別れた後、ピピナ商店へと足を運んだ。
商店のある部屋には避難命令が出されているせいか誰も人はおらず、私達は耳や尻尾や翼を隠さず、堂々と戦闘物資を補給する事が出来た。 これもフィアーデが第三迷宮から人払いをさせたもう一つの意図だったのだろう。
私が危惧していた通り、亜人の風貌の私達がいきなり準備区画に現れたならば、『敵』がいきなり来たと勘違いされて攻撃されたかもしれなかったのだ。
私やパーシャは迷宮攻略時に使い切れて居なかったポイントが余っているので、ポーションやアンチマジックオーブを持てるだけ購入し、余ったポイントで柊さんとリゼラにポーションとオーブを分け与えた。
『助かる。 またポイントが必要になる時が来るとはな。 エウパの事しか考えて居なかった。』
『柊さん、武器は良いんですか?』
『……そう言えば見せていなかったな。』
柊さんは両手を前に伸ばすと、何も無かった筈の空間に光の粒が集約していき、長さ1・5m程の棒状の何かが形成される。 光の集約が終了し、刃渡り1m程の日本刀が柊さんの手に重量感たっぷりの音と共に落ちた。
『俺のスキルの一つだ。
『ちなみにそれは?』
『青江の大太刀。 真田家所縁の名刀だ。』
柊さんは太刀を背負うと、両手で振りかぶる様にして鞘から抜いて見せる。
美しい刃文が白く輝くが、一部刃こぼれしているのが気になる。
『あくまでも俺のスキルは再現、だからな。 見た事がある物しか再現出来ない。』
『成程……。』
『だが、これ以上この刀が刃こぼれする事は無い。 俺が死なない以上、この刀に傷を付けるどころか、破壊も不可能だ。』
『それも再現のスキルの恩恵ですか。』
『まあ、そうなるな。』
言いながら折角背負った刀の鞘を下ろし、地面に置いて刀身を鞘に横から滑り入れる。 やがて鯉口が閉じる音と共に刀は鞘に収まった。
ああ、あれほど長い刀となると、鞘に収めるのも一苦労なのか、と、納得する私。
実際に戦う時はほぼ抜き身の状態で戦うのだろう。
『そういえば君は武器を使わんのか?』
と、柊さんは手ぶらのパーシャを見て言う。
『これがパーシャの武器です。』
自分の頭に生えている悪魔の角をひっこ抜いて柊さんに見せるパーシャ。
『……なる、ほど。』
まさか自分の角が武器だと言うとは思わなかったのか、少し目を見開きながら納得する柊さん。
『第二迷宮……5層陥落しました。 挑戦者及び兵士の生存は不明。 第八迷宮、第九迷宮の5層に敵の侵入を確認。』
『拙いな……この第三迷宮にも敵が侵入して来るのは時間の問題だろう。 ……覚悟は良いか。』
迷宮に流れる情報を聞いた後、私とパーシャとリゼラに聞く柊さん。
勿論、三人とも深く頷いた。
◇
柊さんを先頭に、右後ろにパーシャ、左後ろにリゼラ、そして最後尾に私が付くとういう陣形で第三迷宮の5層に舞い戻った私達一行は、5層の入り口付近の通路で敵を待ち構えていた。
『織部君、遠視での索敵を開始してくれ。 5層の出口付近だ。』
『わかりました。』
柊さんに言われるがまま、私は左目を閉じて視覚を5層の出口付近に移動させる。
『カナ? 何してるです?』
『……ああ。 パーシャ君は知らなかったのだよな。 彼女の眼鏡に遠視の機能を付けたのだよ。 ……右眼の替わりに、な。』
『そう……ですか……。』
目を瞑っているので表情は分からないが、パーシャは何やら不服そうな声を上げていた。
『もう無い物は無いのよ……。 仕方ないのよ、パーシャ。』
『……あの女が裏切らなければっ……。』
『その話もやめましょう。 逆を言えば、止めを刺されなかっただけマシよ。』
……と、自分で言って気付く。
何故あの二人は私達に止めを刺さなかったのだ?
既にこと切れて居るとでも勘違いしたのか?
それともパーシャの黒薔薇の庭のスキルのお陰で単に私達に近寄れなかったのか?
『っ!? 来ました! エルフと思わしき敵……一人?』
二人の事を考えている間に、私の遠視の視界にエルフの姿が入った。 だが……一人?
『一人……なのか?』
『はい。』
『…………何を考え……っ!?』
柊さんが何かを言おうとした時、エルフが杖の先端を身体の前に突き出した。 それと同時に、迷宮全体と、私達の身体がいきなり水に濡れたのだ。
『水……だと?』
『いけない! 氷結魔法が来るかもしれません!』
リゼラが念話で叫ぶのとほぼ同時に、私はプロミネンスマント、ブーツ、アームをプロミネンス状態にして身体に纏わり付いた水分を飛ばして身構える――――が、
バツン! という音と共に、迷宮全体が青白く光り、私以外の三人が持ったアンチマジックオーブがパリン、と、音を立てて割れてしまう。
『違う! 電撃だ!』
『っ……皆! 私の周りに固まって!』
柊さんの指摘で、私にアイデアが浮かんだ。 その私の一言で皆が私の近くに距離を詰め、
「
瞬時に唱えた魔法で炎の壁を作り、周囲の水を蒸発させた。
と、その炎の外側から、再び、そして三度、と、電撃が走る音が聞こえる。
幸い、私の読みは当たった様で、水を伝導して来た電撃は、私の炎の壁によって絶縁されたようだ。
『初手で雑魚を一掃してからの突入、か。 流石に戦い慣れているな……。』
柊さんは冷や汗を垂らしてそう漏らす。
『しかし、こちらはカナ様の機転でほぼ無傷です。』
『確かに……な。 しかし、どうする? このまま防戦一方か?』
『床にも壁にも触れずに移動出来る人物に心当たりがあるんですが。』
私はそう言ってパーシャを見る。
やれる、と、頷くパーシャ。
『パーシャ、炎が途切れた瞬間に前に飛んで! 後は私が遠視で案内するわ!』
『はいです!』
ばさり、と、悪魔の翼を広げて飛び立つパーシャ。
『次を右……左……真っ直ぐ……右……左……左……真っ直ぐ……右! 目標正面のエルフ!』
『はいです!』
バツン! バツン! と、電撃が流れ続けるが、飛行状態のパーシャにその電撃が届く事は無く、やがてパーシャがエルフの頭に右手に持った悪魔の角を突き立てたのが遠視の視界に入った。
『パーシャ! 今来た道を全力で後退して!』
と、すぐさま指示を出す私。
『はいです!』
『リゼラ君! 今の戦闘情報を司令部に報告したまえ!』
『はっ!』
司令部に、敵が水と電撃の攻撃魔法を使って来るであろう事、絶縁体となる靴を履くか、何らかの対処をしてから5層で敵を迎え撃つ事を伝えるリゼラ。
『――――敵本隊、来ました。』
私の遠視に、無数の亜人の軍団が見え、それを皆に伝える私。
『数は?』
『数え切れません。 敵は……明らかに……こちらに真っ直ぐ向かって来ています。』
『パーシャ君と合流する。 前進するぞ。』
抜刀して足を進める柊さん。 それに続くリゼラと私。
『カナ! 道を間違えたです!』
だが、そんなパーシャからの念話で私達は足を止めた。 私は慌てて遠視でパーシャと敵の姿を探ると、敵は私達では無く、パーシャを追いかけているように見える。
『柊さん、敵は真っ直ぐパーシャを追って居るみたいです。』
『……敵の探知に引っかかったか?』
『かもしれませんし、目視で捕捉されているのかもしれません。』
本当に分からないので、現状分かる事だけ伝える私。
『――――パーシャ君。 そのまま囮になれるか?』
『やってみる……です。』
柊さんの意外な言葉に驚く私とリゼラだったが、
『俺達はその後ろから斬り込む。 そうしたら反転して敵に攻撃を仕掛けてくれたまえ。』
敵を挟み込んで殲滅させるつもりなのか、と、剣を握る手に力を入れるリゼラと、右手の拳を握り締める私。
『織部君、範囲魔法は使えるかね?』
『使えます、が……。』
『何か問題でも?』
『威力が強すぎて迷宮を破壊してしまうかもしれません。』
私の能力が全体的に底上げされ、更に出力が165%上昇した状態で
『成程……。 そう
こくり、と、頷く私。
『ならばやはり
太刀を握り直して言う柊さんに、私とリゼラが頷く。
『敵の先鋒、右の通路を通過します。』
『もう少し引き付けられるか、パーシャ君。』
『だ、だいじょうぶ! です!』
既に遠距離攻撃を受け、それを避けている光景が私には見えていてハラハラさせられるが、パーシャは狭い通路ながらも立体的な動きで魔法や矢などを上手く躱していた。
『よし、横っ面を叩くぞ。 全員突撃!』
『はい!』
私が返事をするか否や、柊さんは
「ふっ!」
そして一閃が決まると、4人の敵の胴が上半身と下半身に分かれ、血しぶきを上げる。 柊さんは更に一歩前に進み、右下に振り下げた太刀をエルフの足元から振り上げると、エルフは股間から腰までを切り付けられ、バランスを崩し、柊さんは振り上げられた太刀の柄を突き出すとエルフの眉間にめり込ませ、エルフの耳や鼻から大量の緑の鮮血が噴き出してそれが絶命した事が分かる。
柊さんを
伊達に十年以上もこの世界で人間から討伐対象とされずに生きて居た訳じゃないのは最初の一撃で分かった。
そして、躊躇無い剣筋からは、私と同じく、何人もの人間の命を奪ったであろう彼の過去を感じる。
そして、それはリゼラに対してもだった。
柊さんの一撃からは少し遅れたものの、すぐに柊さんの後ろをカバーする形で敵陣に飛び込み。細身の剣を突き出しながら敵の鎧の隙間から急所を突いて、既に二人程絶命させていた。
その間、私もただ見ていた訳では無く、左手に持った小太刀で敵を二人斬り落としながら、敵軍の央へと足を進めて居たが。
私の目標は、『魔法防御が比較的弱そうな敵』である。
ふと、敵の集団の中、頭二つ程抜けた背の高さの亜人の姿が目に止まる。
黒い体毛に覆われており、身長240cm程の大型の獣人。 一目で熊族だと分かった私は、狙いをその熊族に定めた。
人より獣寄りである熊族の特徴は、圧倒的な筋力。 その筋力で振り回す大型の斧や柄の長い槍は、周囲の敵を薙ぎ倒す、という使い方をする武器だが、この混戦状態においては思う様に動けて居ない様に見受けられる。
そして、私が熊族を標的に選んだのはもう一つ理由がある。 人よりも熊に近い容姿の彼等は、武器を持つ事は出来ても、背嚢を持つ事を快く思わない。 体毛で背中が蒸れるのか、それともなで肩なので背嚢が下にずり落ちてしまうというのが理由なのかどうかは分からないが、標的の熊族は例に漏れず、武器以外の『荷物』を持って居なかった。 槍を持つ毛むくじゃらの手にも、指輪の類は見え無い。
つまり、一目で魔法障壁を持って居ない、と、一目で判断出来たのだ。
熊族の獣人の近くにエルフの姿が見える。 下手に武器を振り回すと上司であるエルフを巻き込んでしまうと考えて居るのか、熊族の獣人は間抜けにも3m程の長さの鋼鉄の槍をただ棒立ちのまま縦に持っているだけだったのも僥倖。
私はまずそのエルフと対峙し、エルフは魔法を私に打ち込もうと杖の先端を私に向ける、が、私は横に居た他の獣人の頭を右手で掴み、その杖の先端と自分の間に獣人の身体で肉の壁を作った。
エルフはそんな味方である筈の獣人の身体が私への射線を遮っているにも構わず、氷柱魔法を繰り出した。
それは獣人の腹を貫通し、私の身体にも向かって来たが、私は冷静にタイミングを計って獣人の頭を少し右に回転させていた。 すると、獣人の身体も倣って右に回転させられ、氷柱の先端は私の左側に居た猿族の獣人の喉に突き刺さり、血しぶきを上げた。
私はエルフに向かって突進していた足を緩めず、右手に掴んで居た獣人の頭をエルフの顔面に叩き付け、瞬時に獣人の首を後ろから小太刀で突き刺した。
やがて小太刀の切っ先は獣人の喉を突き抜け、エルフの脳天にも突き刺さり、獣人の首とエルフの頭とで団子状態に串刺しにしてやる私。
左手に持った小太刀を引き抜き、獣人の頭を持ったままの右手をプロミネンス状態に変化させると、頭は髪の毛から燃え上がり、やがて獣人の身体もにも炎が広がる。 その炎を纏った獣人を熊族の獣人に全力で投げ付ける私。
熊族は慌てて槍の柄で燃え上がる獣人の身体を受け止め、獣人の燃え盛る上半身と下半身が真っ二つになって熊族の両後方へと飛んで行った。
「
すかさず20m程の炎の壁を生成して周囲の敵を焼き尽くす私。 魔法障壁が次々と割れる音が周囲から聞こえるが、敢えて熊族の獣人は炎の壁の内側に残した。
周囲の炎に慌てた熊族の獣人は、これが勝機とばかりに渾身の力で槍の先端を私に向かって振り下ろした。
その槍の軌道を既に見切って居た私は、振り下ろされる槍を右腕でいなし、槍の先端は迷宮の床に叩き付けられ、刃の部分が『く』の字に曲がる。
槍の柄はいなした私の右手で押さえられ、
「
物質を破裂させる私の魔法で槍は粉々になって私の右手の周りに集まり、パツン! と、小爆発を起こす。
槍を構成していた鉱物の礫が周囲に撒き散らされ、様々な種族の亜人の悲鳴が上がる。
――――前回も試したが、やはり私が
だが、魔法の使用者である私には薄い紫色の光の膜が張られ、私に向かって飛んで来た破片は左右に軌道を変える。 これも以前実証済みだ。
ちなみに爆心地の一番近くに居た熊族の獣人は全身を鉱物の礫に貫かれ、身体中に無数の穴を開けられていた。 しかし、その穴から鮮血が噴き出す前に、私の左手が熊族の腹に添えられ、
「
その熊族の腹がぼこりと膨れると、瞬時に
私の魔力が上がったのも魔法の威力に影響するのだろうが、今回は魔法の媒体となる熊族の身体の血の総量が通常よりも多かった事により、爆発も大きな物となった。
更に、迷宮の通路という狭い場所での爆発というのは、指向性を持っており、通路を這うように爆風は広がる。
敵の一部は魔法障壁を持って居ないか、既に先ほどの私の炎の壁で障壁を砕かれたからか、その身体を爆風で吹き飛ばされ、他の獣人の身体にその身をぶつける。
鎧と鎧がかち合う音、肉と肉がぶつかり合い、骨が砕ける音、衝撃で内臓が弾ける音が周囲に広がった。
「
無論、私は更に追い打ちを掛ける。 味方に損害が無いと分かっていれば、迷宮を破壊しない限り手加減する必要は無いのだから。
しかし、私の考えが甘かった事を次の瞬間認識させられる。
私の魔法の衝撃波が迷宮内を駆け巡った後、迷宮の出口付近から大爆発が発生し、私達4人どころか、迷宮内部に侵攻していた亜人の部隊を
「っ!!」
炎が前方から襲って来るのを感じた私は、身体を丸めてプロミネンスマントに身を隠し、マントをプロミネンス化して炎を相殺しつつ、爆風に飛ばされないように迷宮の床の溝に手を掛けて爆風に身体を持っていかれない様に固定する。
『パーシャ! 床に伏せて翼で身体を覆って!』
空中でこの炎と衝撃をまともに受ければ拙い、そう判断した私はパーシャに指示し、
『柊さん! リゼラ! 大丈夫!?』
他の二人の安否を気遣う。
だが、炎は一瞬で迷宮の5層全てを駆け巡り、行き場を失ったその炎は更に逆流して無慈悲に私達を後ろから再度襲った。
「っ!」
二度目の熱波は一度目と比べて熱量も風量も落ちていたが、まさか後ろからも来るとは予測していなかった私はその熱波で下から身を巻き上げられてしまった。
マントが靡き、むき出しになってしまった私の両膝と、太腿が熱波で焼かれ、
「熱っ!!」
と、感じたその数秒後、火傷したその部分に激痛が走った。
痛みで一瞬床に膝を付くが、その行為が更なる痛みを私に感じさせ、苦悶の表情を浮かべながら焼けこげた床に身を転がす私。
しかし、床も相当な温度に熱せられていたのだろう、身を起こそうとした私の左の掌に激痛を感じて慌てて引き剥がす、が、私の左手の掌は、既に真っ赤に焼け爛れていた。
痛みで一瞬気を失いそうになり、拙い、と、考えながら、身を捻って右手で身体を辛うじて支える私。
靴と右手は熱を相殺出来るので問題無い。 痛みで混乱する頭を冷静に抑え込み、震える両足と右手で身体を固定しながら、左手を腰に付けているポーチに伸ばす。
左手の指先の感覚は無いが、目視でポーションを確認した私は、まず一本目のポーションを左手で握りしめてポーションの瓶を割った。
更に左手に激痛が走るが、しゅう、と、左手の掌に煙が立ち、段々とその左手の感覚が戻って来るのを感じる私。
だが、それもある意味悪手だった。 ポーションの瓶の破片が左手の掌に突き刺さってしまっていたのだ。
私は歯を使ってその破片を抜き、またも激痛で顔を歪める。
5つ程の大きな破片を掌から取り除いた後、今度は左手の親指でポーションの蓋を開け、中身を震える唇から口の中に何とか流し込み、それを飲み込む。
両膝と太腿の火傷の痛みがそれによって消え、左手の痛みも和らぎ、私は更にもう一本ポーションを喉に流し込む。
「……ぁ……はぁ……。 んっ!?」
と、一息付こうと肺の中の空気を吐き出し、吸おうとして呼吸が止まるのを感じる。 ――――空気が、無い?
いや、正確には、酸素が、無い!?
私は慌ててもう一本ポーションを飲み、肺の息苦しさが収まった事に一旦安堵するものの、周囲に広がる焼け焦げた死体、主を無くした空の鎧、武器や盾が散乱している状況を見て、慌ててパーシャが居るはずの場所に向かって駆けた。
直線距離で100m程南に進んだところに、悪魔の翼がほぼ焼け焦げた状態で床に倒れて居るパーシャの姿が私の目に止まる。
柔らかい金髪が所々焼けこげており、顔の右側が焼け爛れて居たパーシャは、今は完全に気を失って居るのか、まだ熱を持っているであろう床に右半身を横たえて居た。
『パーシャ!』
念話で呼びかけるが、答えは無い。
私はポーチからポーションを取り出して、パーシャの顔に振り掛け、しゅう、と、煙を上げて火傷が治って行く事に一瞬安堵し、次のポーションの蓋を開けてパーシャの口を左手で無理矢理開けて、口の中にポーションの中身を流し込むが、一向に彼女がその液体を飲み込む気配は無く、口の端からポーションが流れ出てしまった。
私は慌ててパーシャの心臓に耳を当て、それが動いて居る事を確認するが、次の一手を決めあぐねて何故か迷宮を見渡してしまった。
ふと、私が先ほど居た場所あたりから明かりが灯るのが見え、再び熱風が私を襲った。
すわ、また敵の攻撃なのか? と、身構える私だったが、先ほどの熱波よりは断然温い温度の熱波に、首を傾げる。 と、何かが焼け焦げる匂いが鼻を突く。
……匂い? 空気が迷宮の中に戻ったのか?
そう感じたのとほぼ同時に、迷宮の床の温度も急激に下がるのを感じた私。
私はパーシャの身体をゆっくりと仰向けにしてみる。 幸い、皮膚が床に焼き付いているという事は無さそうで、あっさりとパーシャの身体を回転させる事が出来、彼女の傷の状態を確認する私。
彼女の胴体部分は強化された黒薔薇のドレスのお陰で無事だったが、剥き出しの右腕と右手、それから右足の脛には重度の火傷があり、その三か所にポーションを振りかけた後、パーシャの鼻を摘んだ私は、息を大きく吸い込んで彼女の口に空気を自分の口から流し込んだ。
びくん! と、パーシャの身体が跳ね、やがて咳込み、ゆっくりと瞼を開くパーシャ。
「カ……ナ……。」
『パーシャ! 良かった!』
思わず彼女を胸に抱き締め、それでボロボロになってしまったパーシャの翼を触って、彼女が未だ重症なのを思い出す私。
『何が……あったですか?』
『わからない……わ。 取り合えず、翼が治るまでポーションを飲んで。 ポーチは無事なんでしょう?』
パーシャは自身が首から下げて居たポーチの無事を確認し、中から数本のポーションを取り出して飲み始めと、翼も煙を上げて治り始めた。
『カナは大丈夫ですか?』
『私も結構やられたわ。 一旦ポーションを補充しに帰った方が良さそうね。』
『ヒイラギ達はどうしたです?』
……完全に忘れて居たとは言えないが、パーシャの方を私が優先したのは言うまでも無い。
「おい! 大丈夫か!」
そんな時、私とパーシャの前にリゼラを背負った柊さんが姿を現したのだった。
◇
リゼラの状態が一番酷かったと言える。 頭や顔は血だらけだったが、彼女の血では無いらしく、その血が保護になったお陰か火傷は殆ど無かったが、両足はブーツも焼けて膝上まで完全に焼け爛れ、甲冑に覆われている肩と腕、胸と腹は、甲冑が肌に焼き付いてしまっている。 幸いまだ息はあるが、意識は無く、全員の手持ちのポーションを全て使っても全快とまでは行かないだろうと一目で分かる状態だった。
「……一旦準備区画に戻りましょう。」
「賛成だ。 ところで織部君、一体何が起こったのかね?」
「三回目の爆発までは、私の魔法です。 ただ、味方には効かない筈なので、その影響は無かった筈ですが、謎の爆発と爆炎に襲われました。」
「アンチマジックオーブは最初の不意打ちの電撃を食らった時に一個壊れただけ、だな。 という事は、今のは物理攻撃の一種だろう。 織部君、何度も使って悪いが、迷宮の出口付近を遠視で確認してみてくれないか。」
「わかりました。」
柊さんに言われた通り、迷宮の出口付近に視界を動かす私。
……鉄塊と、焼け焦げた人の山? この鉄塊は……何だ?
「何か、鉄の塊のような残骸と、焼け焦げた亜人の死体が沢山あります。」
「……死体は敵の増援だろうな。 鉄の塊とはどんな形だ?」
「ええと……四角い箱型で、大きさは人の身体4つ分、くらいでしょうか。」
「ドワーフの砲台だ……迷宮を破壊するのに使うつもりが、その砲台の弾を君の魔法で誘爆させられたのだろう……。」
そういう……事だったのか。 危うく焼け死ぬところだった……。
「ところで、柊さんはどうやってあの炎を耐えたんですか?」
「一度目の爆炎は身体のでかい亜人の腹を切り裂いて、そのはらわたに潜り込んで耐えた。 リゼラ君にも亜人の返り血を頭から浴びせてはおいたんだが、量が足りなかったな……。 二度目の爆炎は、咄嗟にリゼラ君を背負ってマルサーラのリープポイントに転送して避けた。」
流石の機転であった。 爆発の大きさから、逆流もあり得ると咄嗟に判断したのだろう。
「しかし、敵にとっても誤算だっただろう。 砲台まで持ち込んだという事は、後詰めの部隊を含むほぼ全ての軍を迷宮に投入させたと言う事だ。 言わば一個軍団を一瞬で失ったに等しい。」
「敵は一旦引くでしょうか?」
「仮に11個戦線があるとして、10個の戦線で勝利し、1個の戦線で敗北した事を戦略的に相手はどう判断すると思う?」
「何かの間違いか、自分達の失態だろう、と。」
「そういう事だ。 そもそも敗北とも考えて居ないかもしれない。 相手は自分達の被害の確認も出来ない上に、こちらの戦力も把握しきれてはいないだろうからな。」
「他の戦線に加勢しますか?」
「いいや。 相手にはこの第三迷宮で踊って貰う。 ……良い案が浮かんだんだ。」
にやり、と、口の端を上げて言う柊さんだった。
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