四面楚歌

 宿の部屋から出た私達に、笑顔は無い。

 強制的に参加させられたデスゲームに、どうして笑っていられようか。

 ゲームっぽい。 迷宮探索だ、魔法が使える、レベルが上がる、もっと強くなって、いつか迷宮を攻略して願いを叶える。

 そんな幻想に包まれていた私達の意識は、 秋月さんの死が齎した結果によって、一気に塗り替えられてしまった。


 周りは――――――全て敵なのだ。


 それが分かった今、例え、ここが準備区画だからと言って、安心もしていられない。

 私達は、生きる為に、これからも迷宮に入る。

 だが、もしも、後を付けられて、範囲攻撃で一網打尽にされたならば?

 秋月さんがされたような、捕縛の魔法や術を掛けられて、それこそ迷宮に引っ張り込まれたら?

 可能性は無限大だ。 魔法や、類似する能力が存在するというのも、悩ましい。

 なにせ、マニュアルが無いのだ。 召喚した女だけの説明では、どんな魔法やどんな武器があって、どんな効果があったり、どんな副作用があるのかさえ、分からない。

 全て手探りの状態のまま、常に警戒して行動するしかないのである。


 隠れるように宿屋の施設を出ると、周りの状況を確かめながら、隣の扉、ハートマークの横に、矢印の上が描かれた扉を開ける二ノ宮君。 この部屋が、私達を召喚した女が言う、神殿という部屋なのだろう。

 二ノ宮君が中を覗いた後、こちらを見て軽く頷くので、私も頷いて、三島さんの車椅子を引いてその扉の中に入って行った。


 ◇


 薄紫色の光を帯びた、神秘的な部屋だった。

 あまり、人は来ないのか、ピピナ商店の様にいくつもカウンターテーブルが並んで居るが、今居るのは私達だけであった。

 私達にとっては、この上無く好都合な状況である。


「真ん中のカウンターにしよう。 何かあっても、最悪、部屋の奥に逃げられるし、逆なら外に出られるから。」


 そう言った二ノ宮君の提案に、頷く私と三島さん。


 カウンターには、ピピナ商店や宿屋と同じように、六つの穴があり、その穴の前には黒い画面がある。

 私達はクリスタルをその穴の中に挿し入れると、


『レベルヲアゲマスカ』


 という文字が、三人それぞれの画面に表示された。

 迷わず、『ハイ』を選ぶと、私と二ノ宮君は、それぞれレベルが1になったようで、それで終了。

 しかし、三島さんの画面には、もう一度、選択肢が出て居た。 更にレベルが上げられる様であった。


「あの、上げて良いんでしょうか?」

「ダメな理由って、あるかな。」


 三島さんが不安げに言うので、背中を押してあげる私。

 もう一度『ハイ』を選ぶと、更にもう一回レベルが上げられるようだ。

 これが、資質の差という物なのだろうか、と、私はつい二ノ宮君を見てしまう。 と、彼も私を見つめて居た。

 ……うん。 これが運命ってヤツだよね。

 唇をぺろりと舐めて、下唇をきゅっと噛む。 それでも、頑張らなきゃ。


 改めて、自分の画面を見ると、レベルが上がった結果が表示されて居た。


 キンリョク 7(+2)

 タイリョク 8(+2)

 シンリキ 8

 チリョク 12(+1)

 ビンショウ 10(+3)

 ウン 2(-1)


 頭が痛い。 プラスになったパラメーターは良いが、運が、下がる、ですって?

 そんな事……あって良いのか。

 だが、実際にあるのだから仕方が無い。

 というか、パラメーターが増えたから何が違うのだ?

 と、背中に挿してあるロッドを抜いて持ってみると……軽い。 何なのだろう。 つい先ほどまで装備した時の重さと、全然感覚が違う。

 何か、不思議な力に腕や足を支えられているような感覚。

 と、二ノ宮君も、同じく感じて居るらしい。


 キンリョク 9(+2)

 タイリョク 10(+2)

 シンリキ 3

 チリョク 7(+1)

 ビンショウ 21(+2)

 ウン 1(-1)


 不思議そうに腕を上げたり下げたりしている二ノ宮君の画面を覗き込んだ私。

 ……なんで私達、運が下がりっぱなしなのかな……。


 ちなみに、レベルが3になった三島さんのパラメーターはこうだ。


 キンリョク 13(+1)

 タイリョク 14(+3)

 シンリキ 15(+2)

 チリョク 15(+3)

 ビンショウ 5(+3)

 ウン 15(+3)


 全部、プラスだった。 しかも、敏捷の値が、2から5に上がって居た。


「え!? な、なんで私! 自分で、自分の腕を使って、自由に動けます!!」


 両手で車椅子のホイールを自在に扱う事が出来る様になったらしく、それが嬉しいのか、回したり、ターンしたり、そしてダッシュしたり、と、部屋の中を車椅子で駆け回る三島さん。

 自分のレベルは中々上がらないのに、三島さんは狡い、と、一瞬でも考えてしまった自分を恥じる私。 三島さんは、この世界では特に生き延びにくい障碍というハンデを背負って居るのだ。 普通に歩ける事がどんなに幸せな事か、こうして楽しそうに車椅子で駆けまわって居る三島さんの姿を見れば、すぐに分かった。

 ある程度車椅子を動かして、満足したのか、無邪気にはしゃいでしまった自分を恥じる様に、カウンターに戻って来た三島さんだった。


 私は、また自分の画面に視線を戻す。


「ま、魔法だ。」


 レベルが1に上がった事により、二つの魔法が使える様になっていて、その魔法の詳細が画面に表示されて居た。


 フレイムブレイド:コウカジカン2ジカン ジュツシャノテニ、ホノオノツルギヲグゲンサセル

 ブラッドエクスパンション:タイショウノチヲフットウサセ、バクハツサセル。 カラダノイチブガタイショウニフレテイナケレバナライ


 片仮名表記で、非常に見難いが、二時間炎の剣を具現させる魔法と、血を沸騰させて爆発させる魔法が使えるらしい。

 ……魔法使いの筈なのに、遠距離攻撃が無いとは、これいかに。

 しかも、頭にすう、と、入って来たこの魔法の使い方だが、詠唱しなければならないらしい。

 二時間使える炎の剣ならまだしも、詠唱しながら対象に近付いて、触れながら血液膨張ブラッドエクスパンション! と、叫ばねばならないというのは、使い所が……とても難しいと思われるのだが……。


 使える回数は、どちらかの魔法を、一日に4回らしい。 これも頭の中に入って来た。

 まあ、レベル0の状態よりはまだマシだが、結局肉弾戦の魔法使いの枠は抜けられなかったらしい。

 と、私の画面の覗いて居る人物が居た。 ……二ノ宮君だ。


「魔法、使えるんだ? やっぱり。」

「だ、だけど、これじゃ……敵に近付かないと使えないし。」

「いや。 これは、結構凄いと思う。」

「え?」

「だって、二時間、燃える剣を持てるのだとしたら、松明が要らないじゃないか。」


 ……なるほど。 そういう風に考えたら、確かに少しは使える……のかな。


「でも、杖はどうするのかな。 あっ!」


 と、自分で言っておきながら、すぐ、頭に入って来た情報で理解した。 私の魔法、杖を持って唱える必要は無いらしい。

 それから、レベルが上がった事によって、更に色々な情報が頭の中に書き込まれていく。 不思議な感覚である。

 自分の資質に合わない装備をした場合は、レベルが上がってパラメーターが上がった分の効果が無いらしい。 つまり、私が二ノ宮君のショートソードを、秋月さんの髪を切るのに使った様な場面では、レベルが上がって筋力が上がった部分が、適用されない、という事だ。

 しかも、覚えた魔法やスキルは、自分が装備出来る武器や防具以外の物をもし装備したとすると、その魔法やスキルは使えないどころか、もし事前に使って魔法やスキルの効果を得ていたならば、瞬時にその効果は消え、レベル0の状態になってしまうらしい。

 私がフレイムブレイドを使った後、もしショートソードを装備したら、瞬時にフレイムブレイドは消えるという事である。


 と、私の画面を覗いて居た二ノ宮君だが、彼も画面を見て悩んでいた。

 しかも、彼の場合は私よりも難しい状況だった。


 スキルヲエランデクダサイ


 レイテンシー:ミカタゼンタイヲ、テキニミツカリニククシマス

 トリプルアクション:イチドノトウテキコウゲキデサンドノコウカガアリマス


 どちらも、受動的パッシブスキルのようで、選べば断続的効果があり、その恩恵を得られるらしい。 そして、そのどちらも、とても効果の高そうなスキルだった。


「……こっち、だろうね……。」


 迷いながらも、レイテンシーを選ぶ二ノ宮君。 彼ならそちらを選ぶだろうと思ったが、もう一つのスキルは、勿体ない程に有用そうなスキルであった。


「私、どれを選んだら良いと思いますか?」


 と、三島さんも悩んでいたのか、私と二ノ宮君に聞いて来た。

 彼女の画面を覗き込むと、レベルが1、2、3と、三つ書いてある後に、それぞれ二つの選択肢があった。 レベルが一つ上がる毎にどちらか片方のスキルを選べるという事らしい。


 レベル1


 クイックフィット:ヤヲツガエルソクドガアガリマス

 チャージドアロー:ヤノイリョクガアガリマス


 レベル2


 パーセプション:テキヲカンチスルノウリョクガエラレマス

 オフェンシヴスタンス:セッキンセンガデキルヨウニナリマス ショートソードソウビカノウ


 レベル3


 エアアロー:ゲンヲヒクダケデ、クウキノヤガトンデイキマス ヤノシャテイキョリガアガリマス

 エクスプローダー:ヤニバクハツノコウカヲアタエマス ヤハツカイキリニナリマス


 ……悩ましい。 三島さんのも、どちらも有用そうで、とても悩ましい。


「このパーセプションって、他の人も感知出来るんでしょうか。」

「どうだろ。 テキって書いてるけど、他の人も、敵っちゃ敵よね。」

「僕のスキルもそうだけど……試してみるしか無いんじゃないかな。 もう片方の接近戦が出来るスキルも悩ましいけど……。」

「分かりました。 じゃあ、クイックフィット、パーセプション、エアアローを取ります。」


 言って、その三つを選び、決定する三島さん。


「あっ!! 他の人を、感知出来ます……え。 凄い。 通路を歩いてる人の数が、分かります。 で、何か色が付いて……あ、これは……自分より強いかどうかも、分かるみたいです。」

「なんだって!? 僕達に一番必要なスキルじゃないか!! やった!!」

「凄いよ三島さん!! これなら迷宮に行っても、他の人を避けて敵を倒せるって事だよね!?」


 二ノ宮君も私も、多少興奮気味に三島さんを見る。 と、なんだか照れ臭そうに髪の毛を指でくるくると弄る三島さん。


 二ノ宮君と三島さんのスキルによって、絶望的な状況が少し改善した。

 相手に見つかり難く、こちらが探知出来るという事は、多大なるアドヴァンテージである。

 一番役に立たないスキルを持って居るのは私という事だが……悲観的になっても仕方無い。 松明係だって、必要な役目なんだから。


「これからどうしようか。 僕、かなりお腹空いて来たんだけど。」

「あ、私もです。 織部さんは?」


 そう言えば、食事の事を完全に忘れて居た。 と、意識すると、空腹感を感じ始める私。


「私も空いてるかな。 で、食事、どうしよっか。」 

「……僕のスキルが、どれだけ有用なのか、試してみたいな。」


 二ノ宮君が、苦笑いをしながら言うのだった。


 ◇


 私達は、堂々と酒場で食事をしてみる事にした。 最初は、見られて居ないか、狙われて居ないか、と、ビクビクしていた私達だが、二ノ宮君のスキルのお陰か、誰にも気に留められなかった。

 しかも、酒場には不良グループのクラスメイトまでおり、普段ちょっかいを出して来る女子でさえ、こちらに気付いて居る様子は無かったのである。


「あいつらも迷宮行ってるのかな。」


 あまり彼等の事を良く思って居ないのか、吐き捨てる様に言った二ノ宮君。


「どうせ適当にやってるんでしょ。 別にあの人達が死のうが何しようが関係無いよ。」


 私も良く思って居なかったので、まるで唾を吐く様な口調で言ってしまって、あ、拙い、言い過ぎたか? と、二ノ宮君と三島さんを見る。 が、二人もそう思って居るのか、無言で不良グループを眺めて居た。

 私達三人は、クラスメイトに捨てられた、という感覚を持っており、その中でも一番嫌いな相手が彼等、彼女達なのだ。 最早、敵視していると言っても過言では無いかもしれない。


「そこの隅のテーブルにしない?」


 と、私は、三人の空気が悪くなりそうなのを察して、話題を食事の方に一旦戻す為、隅の方に空いて居る六人掛けの丸テーブルを指した。


「あ、うん。 良いんじゃない。」


 と、二ノ宮君の合意も得たので、テーブルに備えてある椅子を一つ避け、そこに三島さんの車椅子を押し入れると、膝に乗せて居たパスタが乗った皿をテーブルに置き、車椅子のストッパーを掛ける三島さん。

 私もその隣の席に座ると、私のパスタと自分のパスタの二つを持って居た二ノ宮君が、その私のパスタの皿の方を私の目の前に置いてくれた。

 帽子を取り、ポケットからフォークとスプーンを二つづつ出し、その片方のセットを、三島さんの前に置く私。


「織部さん、ありがとう。」

「どう致しまして。 さ、食べよ。 いただきます。」


 私はスパゲッディアラボンゴレ、三島さんはカルボナーラ。 二ノ宮君もボンゴレにしたらしい。

 メニューには色々種類があったが、流石に人を殺した後なので、肉を食べる気にはならなかったのと、さっと食べられるのが良いかな、と思って全員パスタにしたのだった。

 酒場の壁には、いくつものカウンターがあり、一人づつ操作する様に区切られて居た。

 どういう仕組みになっているか分からないが、クリスタルからポイントが引かれた後、調理はそれほど待たずに終わり、チン! という音がした後、カウンターの前にある扉を開けると、熱々のパスタが置いてあったのである。 ちなみに使ったポイントは12Pだった。

 ナイフやフォーク、それから調味料等は三か所に分けて置いてあり、全部で500人程は収容出来るだろうか、の、広さの酒場には、夕食時のせいか、200人程の人間が居た。


 武器や防具を装備している人も居るが、私達が危惧していたようなギスギスした雰囲気は、あまり感じられなかった。 逆に、結構皆、親しくしているような感じがする。


「他の挑戦者の事、皆あまり意識してないみたいだね。」


 と、二ノ宮君がボンゴレのアサリを口にしながら言った。


「助けあったり、してるのかな。 でも、願いを叶えられるのは六人だけなのにね。」

「もしかしたら、もう元の世界に帰る事を諦めてる人も結構多いんじゃないかな。」

「え? ……そう、なのかな。」


 言われて、ざっと周りを見て見ると、確かに、必死な様子は感じられない。 今日の稼ぎで、美味しい物を食べて居る、という雰囲気だ。

 と、一部、必死な雰囲気を醸し出して居る集団も居た。 まだ装備は私達と同じ駆け出しの挑戦者という感じのアジア系の若い集団であり……そうか。 最初は必死なのだが、そのうち諦める人が多いって事なのか。


「迷宮が何階層あるのか、どんな敵が出るのか、そして、どうやったら攻略終了になるのか、全然分からないよね。 ……衣食住全て整ってるこの状況なのに、敢えて危ない橋を渡る必要は無いって改めて考えてしまう様になるのかな。」


 言われて納得である。 元の世界に戻るのを諦めれば、生き易い生活環境である。

 慣れた階層に行って、適当に敵を倒してポイントを稼ぎ、帰って来るだけで、そのポイントを稼いだ分だけ生活が出来るのだ。


「でも、やっぱりそれだけじゃ無いみたいですよ。 あの、奥の集団、あ、ちらっと見るだけにして下さいね。」


 と、いきなり三島さんが言い出すので、酒場の奥の集団を見る。 なるほど。 人を吟味するように、眺めて居る集団が居た。 全部で8人。


「あの人達は異様にレベルが高いみたいです。 この酒場に居る人達の中では一番濃い赤の色をしてます。」


 ……なんという便利なスキルだろうか。 と、一瞬考えてしまうが、いやいや。 それよりも肝心なのは、人を観察しているという事は、あの集団の目的が他の挑戦者であるという事は明白であり、白人の男性が6人、同じく白人の女性が2人、どういう構成で他の挑戦者に挑むのかは分からないが、要注意人物達である。 


「観察して、何をどう判断してるんでしょうか。」


 と、三島さん。 どういう人物を自分達のターゲットに選んでるのかという意味だろう。


「あまり弱そうな人は狙わないと思うな。 だって、ポイントをあんまり稼いで無いのに、殺しても、あまり旨味が無いから。」

「そうだね。 僕もそう思う。 狙うなら、そこそこ迷宮に慣れてきた…………待って。 奴等が目を付けた集団が居るみたいだ。 入口から右に5番目の反対側の壁際のテーブル。」


 そこに居たのは、私達の前に迷宮に入った、中国人らしき集団だ。 彼等も迷宮から帰って来たらしく、各々が好きな料理をテーブルに運び、食卓を囲み始めて居た。


「あっちは何か相談し始めました。 やはり、狙いをあの集団に定めたみたいですね。」


 ちらり、と、要注意人物達を見る私。 確かに、ひそひそと何かを話し合って居るみたいだ。


「あの標的になった人達には悪いけど、僕たちは、極力あの人達が酒場に居る時に来るのはやめようか。」

「そう……だね。」


 とても美味しかった筈なのに、何故か不味く感じるようになってしまったパスタを食べ終えると、私達は酒場を後にするのだった。


 ◇


 他の挑戦者が酒場で酒を飲んだり、食事をしている時間ならば、迷宮は混んで居ないのでは無いかと考えた私達は、部屋に戻って支度をした後、また小一時間程迷宮に入って見る事にした。

 二ノ宮君は途中商店に寄ってショートソード+1を購入し、私は逆にロッドを売り払い、ダボダボしたローブが動きにくかったので、タイトローブ+1というのを1400Pで購入した。

 それは袖なしのタートルネックのワンピースで、着ると、伸びて肌にぴったりと張り付くタイトなローブだった。 スカートの丈は膝より少し上の、同じくタイトなミニスカート気味で、横に太腿のかなり上の方までスリットが入って居た。 流石に下着を履かないでこれを着る勇気は無く、10Pだった女性用の下着を購入し、それも装備している。 

 それでも、その下着が見えてしまいそうなくらいの短さとスリットに少し抵抗はあるが、動き易い上に、+1という効果のせいか、白く光る薄い膜のような物が私の身体を覆っている。 防御力はこれで大分上がった気がする私だった。

 ちなみにローブの色は勿論赤である。 同じ色のハットも、動き易さで言えば無い方が良いかと考えたが、帽子も取ってしまえば、魔法使いという自分のスタンスを全て否定する様だったので、防御的には、無いよりはあった方がマシ、と、気持ちを切り替えて使う事にした。


 ちなみに三島さんも、ロングボウ+1を1800Pで購入し、三人共に装備は1ランク上がった状態なので、私達は二階に行ってみる事にした。


 が、二階に転送! と、叫んでも、残念ながら行く事は出来なかった。 一階を攻略しないと、二階に行けない仕組みになっていたらしい。

 ならば、再度一階を探索してみるか、と、二ノ宮君からの提案があり、私と三島さんもそれに同意した。


 ◇


「全部、弱い敵ばかりですね。 あと、私達以外の挑戦者は、今は近くに居ないみたいです。」


 まずは普通に松明に火を点けて迷宮に入った私達は、急いで迷宮を少し進んだところで一旦立ち止まって、自身の装備の状態や状況を観察する事にした。

 迷宮の入口でやらなかったのは、自分達が他人に姿を見られたく無かったのと、万が一私達の後から挑戦者が来た場合の事を考えたからだ。


「じゃ、魔法、使ってみるね。」


 と、私。 どんな感じなんだろう、と、私を見る二人だが、何だか恥ずかしい。


「我が信愛なる紅蓮の炎よ、この手にその身を具現させ給え。 ララヒート、ナヒートヴォル、レ、ブレテニヒテ、グレーゼ。 炎の剣フレイムブレード!!」


 やがて、私の右手に、約1m程の紅蓮の炎の剣が現れた。 絶えず燃え盛る炎が、周囲を照らす。 刀身は見えず、炎の塊が、そこに存在しているかの様である。 ちなみに、その炎に、私自身は全く熱く感じない。 振ってみると、自分の手に吸い付くような炎の剣は、重さを感じず、まるで自分の指先が伸びた様な感覚だった。


「不思議、ですね。 熱く感じ無いです。」


 と、私の炎の剣に手をかざして言う三島さん。 僕も熱く感じない、と、二ノ宮君も言って居た。

 ならば、炎としての効果は無いのだろうか、と、一瞬考えるが、一旦火を消した松明に炎の剣を近づけると――――一気に燃え上がって、なんと一瞬で柄の部分まで燃え尽きてしまった。


「す、凄いんじゃないかな、その炎の剣。」


 その光景を見た二ノ宮君が、あんぐりと口を開けてそう言うのだった。

 味方に一切害が無く、高威力と言うのは、確かに使えそうである。


 ◇


 ゴキブリ、ネズミ、ムカデ、ヘビといった雑魚を倒すのは、不謹慎だが、正直、楽しく感じてしまった。

 我武者羅に剣を振っても、一部が敵に当たれば、燃え上がるか、剣が当たった部分が溶け落ちるのだ。


 巧みに車椅子を扱える様になった三島さんも、正直楽しそうであった。

 弓矢の攻撃も、スキルのおかげもあってか、ビシュ! ビシュ! ビシュ! と、接敵した途端に撃ちまくれ、しかも、その一本一本の矢は薄い空気の膜によって覆われ、射られる瞬間に更に速度が上がるので、かなり遠くから攻撃出来る。

 感知能力も含めると、最強の遠距離攻撃能力と言えよう。


 二ノ宮君は、見た目ではあまりレベル0の時と変わらない様に見えるが、速度と攻撃力が格段に上がって居た。


 だから、現在の布陣は、私が最前線、で、次に二ノ宮君、最後尾に三島さんと言う形になって居た。


 ◇


 迷宮に入ってから、50分が経過し、そろそろ戻ろうかと二ノ宮君が提案した時だった。  


「ここから右の前あたりに大きな白い点が一つ見えます。 多分、挑戦者では無いと思いますが……もしかして、この階層のボスみたいな物なんでしょうか。」


 そんな事を三島さんが言い出した。


「白いって事は、強さ的にはどういう事?」

「自分達と同じくらいの強さって事だと思います。 緑がとても弱い敵ネズミやムカデで、薄い緑がゴキブリなので。」

「……取り敢えず、姿を確認してみようか。 もし勝てそうなら、そのままやってしまおう。」


 と、二ノ宮君。 私と三島さんは頷いて、私を先頭にして通路を前に進んだ。

 進むと、そこは十字路になっており、


「ここを右、こっちです。」


 と、指差す三島さん。 それに従い、私は足を進める。

 その十字路から50m程歩いた時――――


「多分、この扉の中です。」


 通路の左側にあった扉を指差す三島さん。


「僕が中を見てみるよ。」


 そう言って、扉の前に立ち、ゆっくりと内側に扉を開いて行く二ノ宮君。


「見えた?」

「いや。 中が暗くて見えないや。 織部さん、一緒に中に入って部屋を照らしてくれる?」

「わかった。」


 小声で言い合う私と二ノ宮君。 人一人が通れそうな隙間を、扉を開けて作ってくれる二ノ宮君。 私はその隙間に身体を滑らせる様にして挿し入れると、炎の剣をかざして、部屋の中を照らした。

 同じく、扉の隙間から身体を挿し入れて中を覗く二ノ宮君。


 ……部屋の中、丁度真ん中あたりに居たのは、真っ白い、大きな犬のような、動物。

 尻尾がとても長く、それを身体全体に巻くようにして、眠って居た。


 私は、二ノ宮君を見て、頷く。 彼も頷き返した。

 やってみようか、と、言う意味である。


 二ノ宮君は、扉を大きく開けると、三島さんに中に入る様に促して、作戦を決める。


 小声で、私が右から、二ノ宮君が左から攻めるので、三島さんは入口に布陣して、矢を撃ちまくるのはどうかという二ノ宮君。 異論は無いので、小さく頷いて、私は右側にゆっくりと歩き出した。

 そして、二ノ宮君は、左側に歩き出す。  


 大きな犬は全長3m程。 その犬が、すん、と、鼻を鳴らした。

 途端、バッと目を開けて、立ち上がると、まず私の姿を見る犬。

  

 そして、ゴルルル、と、部屋の中に響くように威嚇の声を上げ始めた。


「いくぞ!!」


 と、二ノ宮君の声が上がった。


 ビシュン、ビシュン、ビシュン、と、何本もの矢が、犬に向かって飛んで行き、その尽くが胴体に突き刺さる。


 ルルァ!! と、痛みによる怒りの声を上げる犬。

 と、間髪入れずに、二ノ宮君もスローイングダガーを投げ付けた。


 犬の顔のあたりを狙ったその攻撃は、残念ながらカカン!! と、弾かれ、厚い毛を貫通する事が出来ず、だが、意識を逸らせる事には成功したようだ。

 私は、怯えながらも犬の近くに接近する事に成功し、左の後ろ足の部分を狙って炎の剣を右から左に薙いだ。


 炎の剣が犬の毛に炎が触れた瞬間、お尻の部分まで、ぼう!! と、燃え上がる。

 そして、肉が、じゅう、と、焼ける音がその後に聞こえ、私が剣を左に振り抜いた後には、焼け焦げた犬の足がビクンビクンと、痙攣しているのが見えた。


 ルルルルァ!!!! と、犬の激しい咆哮。 同時に、犬の長い尻尾が私を横殴りに襲ってくる。

 すかさず、炎の剣を前に突き出し、尻尾が私の身体に触れる直前、その尻尾に炎の剣が触れると、ボウッ! と、その尻尾の毛も燃え上がった。

 また、犬は咆哮を上げ、尻尾を引っ込める。 その咆哮が聞こえるとほぼ同時に、左から攻めて来た二ノ宮君の身体が私の視界に入った。

 二ノ宮君は、素早く犬との距離を詰めると、犬の前足をショートソードで突いた。

 剣は私のローブと同じく、淡い白い光を発しており、そのお陰か、スローイングダガーでは貫通出来なかった犬の毛も、その剣ならば突き通す事が出来た。

 一度突き刺した後、抜いて、左上から右下に、そして右上から左下に、素早く二度足を切り裂く二ノ宮君。 赤い血がその斬られた部分から噴き出して、また咆哮を上げる犬。

 一度大きく後ろに下がる二ノ宮君、と、それと同時にその犬の胴体に、また幾本かの矢が突き刺さった。


「いけるか!?」


 と、言う二ノ宮君だが、犬の動きが鈍る事は無く、反撃、とばかりに二ノ宮君に向けて、斬られて居ない方の前足を繰り出す犬。

 それを更に後ろに下がって素早く避ける二ノ宮君だが、その後でぐい、と、繰り出された犬の顔、その鼻によって、ドン! と、突き飛ばされてしまった。

 二ノ宮君は約2m程後ろに飛ばされ、態勢を崩して尻もちを付く。

 と、犬はその二ノ宮君に飛びかかろうと、身を低くした。

 危ない! と、思った私は、二ノ宮君をフォローしようと犬の後ろに回り、既に毛が焼け落ちて居る犬の尻尾に、炎の剣を振り上げた。

 ボジュウ!! と、尻尾の付け根あたりを突き刺した剣が、肉を焼き、中の血を蒸発させる。


 ルルルルァ!! と、その痛みに咆哮を上げ、私を蹴り出そうと、まだ焼けて居ない右の後ろ脚で私が居る方を蹴り上げる犬。 拙い、その足が自分に当たる、と、思い、炎の剣をその足が向かって来た方向に突き出すと、剣はその足の裏に深く入り込み、


 ボジュウゥゥゥ!!!


 と、奥の骨までも焼ける音がするが、私を蹴るという意思は、その痛みをも凌駕したのか、犬の後ろ足は、そのまま私の手に当たった後、私の胴体を蹴り上げ、私はその攻撃により、大きく後ろに弾き飛ばされた。


 私は態勢を崩し、ドン!! と、石畳に背中を強く打ってしまう。

 背中の衝撃で、一瞬息が止まり、キーンと、耳鳴りがする。


「ゲホォ!! ゴホッ!!」


 が、すぐに息を吐き出すように出すと、痛みはあるが、なんとかその場に立ち上がる私。

 だ、ダメだ。 犬にダメージは与えて居る様だが、小手先の攻撃ばかりだと、装甲の薄い私達にこうして犬の攻撃が当たった場合、形勢がすぐに逆転されてしまうかもしれない。

 私は、開いて居る左手を見る。


 ――――やってみるか。


「我が信愛なる紅蓮の炎よ。」


 詠唱を開始して、犬の尻に向かって走り出す私。


「清く熱く切に赤く、彼の者の血潮をも熱く赤く滾らせ給え。」


 しまった。 詠唱を始めるのがちょっと早かった。 私は、既に犬の後ろ脚の範囲内に入りそうになってしまっていた。 一旦、後ろにステップし、続きを詠唱する。


「して、沸っする鮮血よ、弾け、放て、紅蓮の光と共に。 ララヒート、ナヒートヴォル、クレティアニカ、フォルテ。」


 くそ。 まだもう一節あるのか。

 と、焼け焦げた犬の左の後ろ脚が、私を牽制するように蹴り上げられる。

 瞬間、前から接近していた二ノ宮君が、犬の顎のあたりを数度斬り付けて、連続攻撃してくれた!!

 私を牽制しようとした足を引っ込め、二ノ宮君に意識を向ける犬。

 私が何をしようとしているのか分かったのか、必死に自分の方に犬の気を引こうとしているのだ。


「グレーゼ、グレーゼ、ララ、グレーゼ。」


 大きく前に一歩踏み出して、犬の左足の付け根あたり触れる事に成功し、


血液膨張ブラッドエクスパンション!!」


 カッ!! と、真っ赤な光が、私の掌から現れた後、犬の身体に入り込む様に消えて行き――――


 ドッパァァァン!!!


 と、犬の左の後ろ脚が、付け根から文字通り、吹き飛んだ。

 私も衝撃で後ろに飛ばされる。 が、魔法を使用した時に、障壁の様な物、透明な膜の様な物が私の前に現れ、衝撃自体で私がダメージを受ける事は無く、しかもふわり、と、着地が出来た。

 焦げた肉片が、赤い光と共に周囲に飛び散り、が、赤い光は、犬の沸騰した血と共に、犬の足の付け根あたりに、再度収束し、球体を作った。


「え?」


 こ、この魔法、二次攻撃が出来るのか。

 頭に入って来た情報で、同じコスト、つまり、魔法の使用回数一回を使えば、再度爆発させる事が可能であり、その効果は、更に高くなるようだ。 しかも、二次攻撃の詠唱は短い!! 使わない手は無いわ!!


「ディスト、グレーゼ、ララ、グレーゼ。」


 二歩、大きく踏み出す私。 赤く光る自分の手を、自分の頭の上30cm程にある球体に触れさせ、


二次膨張セカンドエクスパンション!!」


 と、叫んだ瞬間、


 ボゴオォォォォ!!!! と、物凄い轟音と、衝撃がその球体から発生した。


 これはちょっと激しすぎる! と、反対側に居る二ノ宮君を見る私だが、なんと、パーティ全員に障壁が張られるらしく、腕を交差させて衝撃に備えた二ノ宮君も、私も、後ろに大きく吹き飛ばされるが、先程と同じく、ふわりと着地に成功。


 その瞬間、犬の末路が見えた。

 足の付け根で発生した大きな衝撃は、犬の下腹部を全て粉々に吹き飛ばし、まるで大きな砲台から上半身が打ち出されたように、部屋の石の壁に向かって飛んで行き、頭から、


 ゴチャァァ!!!


 と、潰れる様に突っ込んで行った。 ズシン!! と、部屋全体を揺らすような衝撃が広がり、石の壁に、真っ赤な血が広がる。 それが天井にも広がって、やがて、ぽた、ぽた、と、地面に落ちて来た。


 三島さんも、衝撃に顔を顰めていた様だが、思って居た程の衝撃は無かったので、あれ? と、不思議そうに自分の身体を見るのだった。


「す……すご……。」


 犬を倒した私の一撃、いや、二撃か、を見て、そう感想を漏らす二ノ宮君。

 私も、ここまで凄いとは思わなかった。

 遠距離攻撃は出来ないが、魔法で皆に貢献出来たのが、とても、とても嬉しい。


「良かった。 役立たずにならなくて……。」


 だから、つい、嬉しくて泣いてしまった。


「織部さん。 またそんな事言って。 ほら、手。」

「え? こ、こう?」


 近付いて、私に手を上げる様に促す二ノ宮君。 そして、私が左手を上げると、パン! と、右手で叩いて来た。


「こういう時は、これで良いんだって。」 

 

 言われて、慌てて手袋で涙を拭い、笑顔を見せる私だった。 

 と、部屋の中に広がった、犬の血や肉片が、すう、と、消えて行く。

 不思議な光景である。 何も無かった事になるというのだろうか。

 そのすぐ後に、クリスタルが、キン! と、音を立てた。

 何事かとそのクリスタルをポケットから出す二ノ宮君。 私のクリスタルはリュックサックの中なので、三島さんの近くに歩き出すと、二ノ宮君も一緒に付いて来た。


「やったね。 援護ありがとう。」


 と、三島さんに声を掛けた後、床に落ちて居るリュックサックから左手でクリスタルを取り出す私。

 右手にはまだ炎の剣があるので、燃やしてはダメだ、と、リュックサックから遠ざける様に右手を伸ばす。 傍目から見れば滑稽な恰好だろうが、仕方ない。


「やりましたね。 凄かったです。 で、どうかしたんですか?」

「クリスタルが何か音を立てたんだけど、三島さんには聞こえなかった?」

「ああ。 何か甲高い音がした気がします。」


 流石にクリスタルは燃えないわよね、と、思うのだが、炎の剣を持って居る手に実際持って試す気にはならないので、一旦自分のクリスタルを三島さんの膝の上に置かせて貰った後、三島さんのリュックサックから、彼女のクリスタルも出し、彼女の手に握らせようと身体の前に出した。

 三島さんは弓を車椅子の背もたれと自分の背中に挟んで置き、私の手からクリスタルを受け取り、それと引き換えに、三島さんの膝の上に置かせて貰った自分のクリスタルを左手で持った。

 私達はほぼ同時にプレイエ、と、唱えると、手の甲に現れる自分の資質が掛かれた象形文字の横に、2Fと書かれて居るのを発見する。

 三島さんの読みが当たった様で、さっきの犬がボスだったらしい。

 私達は2Fへの鍵を手に入れた、という事だ。


「ねぇ、織部さん、これ、何だと思いますか?」


 と、自分の手の甲を指す三島さん。 ポイントは、1282P。 結構敵を倒したし、ボスも結構ポイントが高かったらしい。 それを見せたいのか、と思ったが、三島さんの指は、その横に、SP1と書いてある場所を指して居た。


「なんだろ。」


 と、私も自分の手の甲を見ると、SP1、と、私の手の甲にも書いてある。


「スペシャルポイント、かな。 ポイントって事は、雑貨屋で使うんじゃないかな。」


 二ノ宮君の声が、私の背中の方から聞こえるので、振り向く私。


「何か良い物を貰えそうな響きだよね。」


 と、続けて言う二ノ宮君。


「魔法の回数が増える指輪とか貰えないかな。」

「い、いや、あんな魔法を一日に沢山使えたら、反則だと思うよ。」


 苦笑いで答える二ノ宮君。 他の人がどんな魔法を使えるのか分からないが、威力だけで言えば、確かにブラッドエクスパンションは相当高威力の魔法だった。

 ただ、私の装甲が紙なのに、接近して手で触れなければならないのだ。


「あれが、遠距離から使えたら最高なんだけどね。」

「それじゃ織部さん無敵になっちゃうよ。」

「ふ、2人共、大変です。 あの大きい犬に夢中で気付かなかったんですが、6人の挑戦者が近くに居るみたいです。」

「「え!?」」

「色は、白いのが1人に、薄い緑と白の間くらいのが5人です。 こちらに近付いて来て居ます。」

「……部屋の隅に隠れよう。 出来ればやり過ごしたいよね、織部さんも三島さんも。」


 二ノ宮君がそう言うので、頷く私達。


 三人は、部屋の隅に固まった後、私の炎の剣をどうするか相談し、まだ効果時間はあるが、一旦消す事にした。


炎の剣フレイムブレイド解除コーリングオフ。」


 全てが漆黒の闇に包まれ、不安になった私達三人は、お互いの 手を握る事にした。

 私の右手には、柔らかい手、三島さんの手だろう。 左手には、二ノ宮君の、女の人とは違う、少し硬い感じのする手。


「……もっと近くに来てます。 私達が来た通路を歩いて居るみたいです。」

「この部屋に、入ってくるかな……。」


 私は、言って、三島さんの手を握る。 軽く握り返して来る三島さん。


「入って来たとしても、ここは死角になってるから。 音を立てなければ多分気付かれないよ。」


 私達が隠れて居るのは、扉がある側の、四隅だ。 扉を開けて中を確認しても、しっかり中まで入って照らさないと、位置的には入口からは見えない筈だ。


 お願い! こっちに来ないで!


 と、心の中で願う私だが……。


「扉の前に居ます。 ……足を止めました。」


 そして、キィ、と、扉が音を立て、開かれて行った。


「……あれ? 何も居ないじゃん。」

「ヲタ組が、ここにでかくて白い犬が居たっつってたんだけどな……。」


 っ!? 聞き覚えのある声。

 私の、私達の、クラスメイトだ……。


「嘘付かれたんじゃねーの、三好君。」

「ばっか。 あいつらが俺に嘘付く訳ねーじゃん。 生まれ変わってもパシリな感じだぜ。」


 最悪だわ!! 不良グループだ!!


「違う部屋とか?」

「っかしーな。 地図まで書かせたんだけどな。 ちょっと部屋ん中入ってみようぜ。」


 ……しかも、入って来る様だ。

 どうしよう……。

 彼等、彼女らが、私達を認識したら、絶対に私達を弄ぼうとするだろう。

 特に、ギャルチームの稲本さんは、私や、他の大人しい女子を普段から弄るのが大好きだ。

 イジメ、とまでは行かなくても、それに近い行為は何度かされた事がある。

 例えば、給食で牛乳を飲んで居る時に背中を押されたり、とか、ノートにチビメガネとか書かれて居たり、等々。

 ふと、二ノ宮君の私の手を握る手と、三島さんが私の手を握る手が、同時に強くなった。


「あいつら殺そう。 織部さん、詠唱開始して。 さっきの魔法の方。」


 二ノ宮君が、私の耳元で、そう……囁いたのだった。

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