真意模索
秋月さんの手を引っ張り、宿のカウンターまで来た二ノ宮君は、ポケットからクリスタルを出し、ピピナ商店で買い物した時の様に、6つある穴のうち一つに突き刺した。
私と三島さんも、彼に倣ってクリスタルを刺す。
「やめて!! ねぇ、皆、冷静になって!! あたしを孝太君が犯しても、何にもならないよ!?」
秋月さんは、これからまた部屋でそういう事をされるのを想像してか、泣き叫びながら私達に考え直すよう懇願する。
だが、今、この場で彼女に言う言葉は何も無い。
それを、私と二ノ宮君は理解していた。 が、三島さんは、何が起こっているのかわからない、と言った表情で、私と二ノ宮君を交互に見て、状況を把握しようとしている。
心配そうに私を見る三島さんだが、私は、ふるふる、と、首を横に振った。 秋月さんを、今すぐに解放するつもりは無い、という意味だ。
二ノ宮君が、宿のカウンターのパネルを操作し、二人部屋を二つ、選択した。
と、私のパネルに、ハイ、イイエの選択肢が現れた。 上の方を見ると、イッパクシハライ13Pと書いてある。 迷わず私は、ハイを選び、ポン! と、音がして、147と148と書かれた白い金属のプレートが二つ、カウンターの前の箱に落ちて来た。
横を見ると、仕方無さそうな表情で、同じく、ハイを選択していた三島さんの手が見える。
私達は、その白い金属のプレートを箱から取ると、カウンターの横に表示してある部屋の位置が書かれた地図を見る。 地下なので、窓側に部屋を設置する、という概念は無いらしく、カウンターの後ろの通路は横に伸び、その通路から更に四本の通路が奥に向かって伸びていた。
私達の部屋は、左から二番目の通路の、右奥の方だった。
それを確認した二ノ宮君は、まだしっかり秋月さんの手を握り、部屋の方へと引っ張っていく。
どういう仕組みになっているのか分からないが、秋月さんに掛けられた魔法なのか、術なのか、は、彼女の行動は縛るが、外的要因で動かされると、それに抗う事が出来ないらしく、二ノ宮君の後ろを引っ張られるがままに、そのまま歩いていく秋月さん。
私は、三島さんの車椅子を引っ張り、二人の後を付いて行くのだった。
◇
石畳の廊下を進むと、147と書かれて居る大きな金属製の扉の前に着いた。
その扉の右側に、何かを差し込む穴があり、二ノ宮君は147と書かれた金属のプレートをその穴に差し込むと、がち、と、外側に扉が5cm程開いた。
その隙間に手を差し込み、扉を開け放つ二ノ宮君。
ここまで連れられて来た秋月さんは、既に諦めたのか、既に文句や抗議をするのをやめ、たださめざめと泣いて居た。
二ノ宮君が扉を潜った後、私を見て、首を傾げる。 入るか、という意味なのだろう。
勿論、入るわ、と、頷いて、三島さんの車椅子を押し、同じようにその部屋の扉を潜るのだった。
部屋はシンプルな作りで、入り口から右側と左側にベッドが一つづつ設置してあるのが見える。
部屋の中は淡い白い光に包まれており、ベッドの横にある丸い水晶の様な物が発光しているようだ。
水周りの設備も一応あるらしく、入り口の右側に、トイレと、シャワーらしき設備。 らしい、というのは、見た目で想像しただけで、私達の世界の物とは似ては居るが全く違うからだ。
と、私がそっちに気を取られて居る間に、二ノ宮君は泣く秋月さんをベッドに座らせ、遂に、されてしまうのか、と、秋月さんは二ノ宮君を悲壮感に溢れた表情で見る。
が、私と三島さんも同じ部屋に居る事に気付き、え? という顔をする彼女。
「勝手な事してごめん、秋月さん。」
「孝太君? え? どういう事……?」
頭を下げた二ノ宮君に、意外そうな顔で返す秋月さん。
「……皆に、色々されてから、死ぬよりは……二ノ宮君が、殺してくれるって言う事、だよ、秋月さん。」
「え!?」
驚く秋月さん。 だが、私がそう代弁すると、やっぱり、織部さんには伝わっていたか、と、私を見て頷く二ノ宮君。
秋月さんは驚いた後、どういう意味だ、と、一瞬考えるが、彼女も答えに行き着いたのか、ああ……と、肩を落とした。
ローブの女は、なんと言ったか。
『死ぬまで犯される。』と、言ったのだ。
つまり、彼女が犯されている間に殺すならば、それも刑のうちに入る、という意味である。
「孝太君、優しいもんね。 ……そっか。 皆に弄ばれる前に、殺して、くれるんだ。」
「こんな事しか出来なくて、ごめん。」
「違うよ……私が、あの男を刺したから、だよ。 うっ!! ううっ!! 何でこんな事にっ!!」
自分の行動を悔やんで居るのか、それとも、自分の運命を怨んで居るのか、止めどない涙を流し、嗚咽を上げる秋月さん。
今死ぬか、それとも、死ぬまで犯されて、死ぬか。
確かに、究極の選択である。 私とて、果たしてどちらを選ぶか、と、聞かれたら、後者を選ぶと言いたいが、
「死にたくない!! 死にたくないよ!! お母さん!! お父さん!!」
と、泣き叫ぶ秋月さんの言葉の様に、私も多分、そうやって迷ってしまうと思う。
先程は、いっそ殺して、と、言って居たのは、犯されて殺されるよりはマシだという考えからだろうが、今は、どちらかを選択出来る。 それが、迷いを産むのだろう。
「二ノ宮君、織部さん、なんとか秋月さんの事を助けてあげられないんですか?」
ようやく話が見えたのか、そういう方向も模索しようと提案する三島さん。
それに、希望を見出したのか、はっ、と、こちらを見上げる秋月さん。
「無理だよ三島さん。 どうするの? 迷宮に逃げるの? 私達もずっと迷宮の中に居るの? そんな事できないでしょ? こういうのは、変に希望を与えちゃ、ダメなんだよ……。」
私だって、本当はこんな事を言いたくはないが、二ノ宮君の覚悟を
やがて、自分が何を言ったのか、しまった、と、気付き、
「ごめんなさい……二ノ宮君。 軽率な発言……でした。 織部さんも、そんな事言わせて、ごめんなさい。」
二ノ宮君と私に向かって頭を下げる三島さん。
「そ、そんな事無いよ! 方法はあるかもしれないよ。 考えようよ!!」
と、秋月さん。 ……そう考えたいのは分かっているわ。
けれど、方法は無いのよ……。
「一時間で何が出来るの? もう10分くらい経ったから、あと50分くらいしか無いわよ…………。」
「秋月さん。 今、ここで決めないと、本当にされる事になっちゃうよ。 それに、それをされる事だけじゃない。 知らない男の人に、どんな殺し方をされるのかだって分からないんだ。 これは僕の我儘だって、思ってくれても良い。 僕は、同級生の女の子がそんな殺され方をされるのは、見たくも無いし、それよりはいっそ、楽に逝って欲しいんだ。」
「やだ!! やめてよ二人とも!! やっぱり聞きたくないよそんな事!! 助けてよ!! お願いだから!!」
秋月さんは、喚いて、私達の説得など聞きはしない。
その気持ちは、痛いほど分かるし、出来る事なら助けてあげたい。
「もう、説得は無理みたいですから、さっきの場所に置いて来ませんか。 それで、皆、今日の事は忘れるんです。」
と、今度は秋月さんを思い切り突っぱねる三島さん。
その後、ごめんなさい、私のせいで事を難しくしてしまって、と、私に耳打ちをした。
「や、やだよぅ! 陽菜ちゃんまでそんな事言わないでよぅ!」
「でも、どっちも嫌だと言われたら、私達にはそうするしか無いんです……。」
「陽菜ちゃん……。」
三島さんも涙を流し、嗚咽を上げる。
しかしながら、止め、とばかりに、私は口にする。
「あの男を、殺したのは……秋月さんだよ。 その事実は、どうにもならないよ……。」
「だ、だって! あたし! 犯されたのに! あんなに、いっぱい! いっぱい! 中にもいっぱい出されて! それなのに! あいつ、あたしも気持ちいいだろって言ったんだよ? 気持ちいい訳ないじゃん!!」
「殺すのと犯すのと、どっちがより悪い事なの?」
「え……。」
これを言うのは、卑怯だって分かってる。 そんなの、答えなんて無いし、私だって、自分が同じ立場だとしたら、殺したいくらい相手の事を憎むと思う。
けれど、実際に弁明できない場面で、刺し殺したならば、それこそ、言い逃れ等出来る筈も無い。
あのローブの女が言う様に、残念ながら、秋月さんの運命は、あの時点で決まったとしか言い様が無いのだから。
「今、秋月さんは死にたくない、どうにかして生きたいって言ってるけど、死んだあの男は、そんな事も言えないよ。 だって、死んでるんだもん。」
「なんでそんな事言うの!? だって、あいつは!! あの男は!!」
「あのね、秋月さん。 これで最後だからもう一度だけ聞くね。 ここで、二ノ宮君に、殺して貰うか、それとも、あの男達に輪姦されて、いつ死ぬとも分からない生き地獄を味わうのと、どっちが、良い?」
「あ……や……あ……。」
秋月さんの目が泳ぐ。
そして、自分がおもちゃの様に犯されたのを思い出したのか、ぶるる、と、身震いした後、彼女が履いて居る私のスカートの上から自分の局部を押さえた。
やがて、目を瞑る秋月さん。
「だ、ダメかぁ……。 なんで、勢いで、刺しちゃったんだろ……。」
「うん。 なんで、だろうね。」
そしてようやく、秋月さんは、自らの行動の愚かさを認め、後悔の言葉を口にした。
私は、答えの無いその質問に答える事も出来ず、そりゃ、私にも分からないよ、とだけ答える。
「ただ、殺されるだけじゃ、ダメなんだよね?」
諦めた表情で言う彼女。 ようやく自分がどうなるのかの覚悟を決めたのだと分かった。
私は、二ノ宮君を見る。 私と、三島さん、そして二ノ宮君。 この三人で、秋月さんを物理的に犯す事が出来るのは、彼だけだ。
「あのローブの女の言葉通りに取るなら、犯されながら、殺されない、と、ダメなんだと思う。」
その二ノ宮君は、眉間に皺を寄せながら、そう、言い切った。
「ふ……はは……。 そうだよね。 ダメ、だよね……。」
もう涙も枯れ果てたのか、泣くのももうやめて、遠い目で、部屋の隅を見る秋月さん。
部屋を照らす淡い光を出す水晶に、視線を何秒か合わせると、
「ねえ、最後に、気持ち良く、って、して、それで……殺して、くれる?」
そんな事を言い出した。
「どういう意味?」
二ノ宮君が尋ねる。
「あたしね、実は孝太君の事結構好きだったんだ。」
結構好き、という尺度は分からないが、それは否定的な意味では無いと解釈する私。
つまり、ちゃんと、抱いて、そして、殺して欲しいという意味なのだろう。
「…………。」
と、何故か二ノ宮君が無言で私を見る。
一瞬戸惑う私だが……ああ。 彼もそう言われて戸惑って居るのか。
「ねぇ、告白されたんだよ。 そして、
私は二ノ宮君の背中を押すつもりで、そう言った。
私が言う、せめて最初で最後、愛されるという気持ちを味わって、秋月さんに逝って欲しいという、そういう意味での初めての意味が伝わったのか、二ノ宮君は俯き加減ながらも、
「ああ。 ……わかった。」
と、頷いた。
◇
残り時間は、たった40分。
それが、秋月さんに残された、せめて幸せに死ぬ事の出来る、時間だった。
5分で、シャワーを浴び、身体にこびりついて居た自分の血や返り血の跡を洗い流し、そして、あの男の痕跡を、せめて身体の表面は拭った彼女。
その彼女は、私と三島さんが147号室の部屋から出る前に、
「ばいばい。 ……ごめんね。 でも、ありがとう。」
と、涙を流さず泣いて居る様な、でも、困惑しているような、そんな表情で、私達に告げた。
◇
それから20分後、私と三島さんは、隣の148号室におり、私はぼーっとしながら、ベッドの上に寝転がり、三島さんは車椅子に座りながら、祈る様に、手を合わせて居た。
「今、その、してるんでしょうか。」
沈黙に耐えかねたのか、そんな事を口走る三島さん。
「三島さん、そういうの言わないで。 考えたく無いんだから。」
「でも、しないと、終わらないですし……。」
尤もな話なのだが、二ノ宮君の事を考えると、そんな下卑た事を考えたく無いのだ。
彼は、本当にそれがしたくてしたいのか。 それとも、仕方なくしているのか、そんな事を考えると、胸が締め付けられそうになる。
あの悲しげな表情に、したくてしたい、という意思は感じなかった。
でも、男なんだから、そういう事もしたいという気持ちもあるのかな、って、私だって疑わない事も無い。
つまり、疑う事も嫌だし、完全に否定もしたくも無いし、結局は……その事を考えたく無いのだ。
「もう、寝る。 おやすみ!」
時間は午後六時くらいだろうか。 そんな時間帯に寝ると宣言するのはおかしいだろうが、私は自分が寝転んだベッドの布団に潜り込み…………瞬時に後悔した。
三島さんは、自分で寝る場所にも行けないのに、自分は子供みたいに拗ねてベッドに潜り込んで居るのだから。
「……ごめん、三島さん。 ちょっとイライラしちゃって……。」
布団の隙間から顔を出し、三島さんに詫びる私。
と、安堵の表情で私を見ると、ふるふる、と、首を横に振る三島さん。
「私こそ、勝手な事を言って、ごめんなさい。 さっきも、だけど……。 私、自分が、今、何をしているのか、いまいち理解出来なくて……。」
さっき、というのは、空気を読まないで秋月さんを助ける方法を模索しないか、と、提案した件だろうか。 申し訳無さそうに俯く三島さん。
しかし、冷静に考えてみれば、クラスメイトを、殺してあげるという発想よりも、なんとかして助けてあげようと言う三島さんの意見の方が、一般的な中学生としてまともな様な気がして来た。
私や二ノ宮君は、何故、秋月さんを、苦しまないで殺してあげる、と、考えられたのだろうか。
ふと思い出したのが、お父さんと、お爺ちゃんの事だった。
『せめて、苦しまないで逝ってくれたら良かったのに。』
という、葬式のすぐ後だったか定かでは無いが、母が2人の遺影を見てそう言った記憶はある。
私は、火葬が終わって遺骨になるまで父と祖父の姿を見て居なかったのだが、5歳だった私に見せる事が出来ない程、遺体の損傷が激しかったと予想出来る。 多分、二人共、苦しんで死んだ跡があったのだろう。
今の今になって母の言葉がどういう意味か理解した私は、秋月さんを同じ目には合わせたく無いと考えたのだろう。
という事は、だ。 二ノ宮君にも、苦悶を味わって死んだ人が、身近に居たのだろうか。
考えても詮無き事だけれど、もしそういう共通点があるなら、二ノ宮君を少し自分の近くに感じられて、なんだか嬉しい、と、感じてしまう私。
「どうしたの? 織部さん。」
「え? う、ううん。 なんでもない。」
黙って考え込んで居たのを、私が何か秋月さんの事で思案していたのかと考えたのか、私の顔を覗き込む様にして、様子を窺っていた三島さん。
その時、コンコン、と、私達の部屋の扉がノックされた。
その音を出した人物は、間違いなく、二ノ宮君であろう。
私は、ベッドから立ち上がると、部屋の扉の前に立ち、静かにドアを開けた。
「……終わったよ。」
部屋の前に立って居た人物、二ノ宮君は、一言そう告げて、俯くのだった。
私は、お疲れ様、も変だし、どうだった? って聞くのもおかしいし、
「二ノ宮君にだけさせて、ごめんね。」
とだけ、告げ、俯いた彼の手を取り、自分の両手で強く握り締めた。
意味は特に無く、自然な行為だったのだが、二ノ宮君は顔を上げると、顔をくしゃくしゃにして、泣き始めたでは無いか。
私は慌てて彼の手を引っ張り、部屋に引き入れると、手を握ったまま自分が先ほどまで寝て居たベッドの上に彼を座らせて、自分も横に座り、優しく背中を撫でる。
「お、織部さん……。」
それが意外だったのか、涙と鼻水を垂らしたままの顔で、私を見つめる二ノ宮君。
「本当に、ごめんね。 でも、秋月さんを殺した責任は、私達も負うから、自分ひとりだけで背負わないでね。」
「……あり、がとう……織部さん。」
「二ノ宮君。 私からも言わせて下さい。 ありがとうございます。 それと、何の考えも無く、秋月さんを助けようって言った事、本当にごめんなさい。」
「……三島、さんも、ありがとう。 けど、ちょっと失敗しちゃったよ。 最後、やっぱり痛いよ、って言われちゃ、って。」
その言葉に、私も目頭が熱くなる。 本当に、秋月さんを殺してあげたんだ、という実感。
そして、それを成し遂げた二ノ宮君の勇気に感嘆した。
「どうやって逝かせたの?」
私は、それを聞く責任があると思った。
「首を、ショートソードで一突き。 した、つもりだったんだけど、すぐに死なせてあげられなくて。」
「気持ちよくは、してあげられた?」
それも、聞く必要があると思った。 それが、秋月さんの、最後の願いだったから。
「痛くは無い、って言ってたよ。 初めてだったから、上手く出来たかどうかは分からないけど。」
「十分、だよ、きっと。」
そう言って、二ノ宮君の背中を撫で続ける私。
そして、彼の嗚咽が収まって来ると、私は立ち上がった。
「じゃ、隣の部屋のカードキーを貸してくれる? 二人はここで待ってて。」
「え? 織部さん? ……何をする気なの?」
「せめて、遺髪だけは切って持っておいて、もし元の世界に帰れたら、秋月さんの家族に渡そうと思って。」
帰れるかどうかは、とても微妙な線だが、私に今何か出来る事があるかと考えたならば、そのくらいしか思い浮かばなかったのだ。
「あと、死体は私が処理する訳にはいかないから、部屋に置いておこうと思うけど、二人はどう思う?」
「え? じゃあ、部屋をもう一つ借りるって事ですか?」
と、私に聞いて来る三島さん。
「……二ノ宮君がそうしたいって言うならそうするけど、私がもしクラスメイトを殺したとしたら、せめてその夜は、一人じゃ寝たくない……かな。」
それが、例え異性だとしても、私は二ノ宮君を一人にするつもりは無かった。
ちらり、と、二ノ宮君を見ると、意外そうな顔で私を見ていた。 何故分かったのかと言いたいのだろうか。
「うん……今日は、一人は、ちょっと、寂しい、かな。 ありがとう、織部さん。」
◇
147号室には、血の匂いが溢れて居た。
右側のベッドの上に、裸の上にシーツを掛けられた秋月さんが寝て居る。
人の、死体。 怖い。 触りたく、無い。 そんな感情が溢れて来るが、私も彼女を殺した件に加担しているのだ。 責任を負うと決めたのではないか。
そう自分を奮い立たせて、秋月さんの近くに行く。
青白い顔で目を閉じて、首から大量の血を流して居る。 シーツから出た胸の上の部分には、あの男に付けられたであろう痣が、しっかりと残って居た。 良く考えたら、ポーションを飲んだのに、この痣は何故消えなかったのだろうかと考えたが、実際残って居るのだから考えても仕方ない、と、彼女の前髪に触れた。
さらさらの髪は、私よりも細い。
と、小指のあたりに触れた、秋月さんの顔は、既に冷たくなっていた。
あ、しまった。 髪を切る道具が無かった。
と、その時気付いて、周りを見ると、秋月さんを絶命させたであろう、二ノ宮君のショートソードが、鞘に入れられて左側のベッドの上に置いてあった。
私は、それを引き抜く、と、既に洗った後なのだろう、銀色に光る刃が、鞘から出て来た。
わざわざ鞘を腰から外して置いたという二ノ宮君の行為の理由が、何故だか少し分かるような気がした。
秋月さんを絶命させた道具を、平然と再度腰にぶら下げて歩き回るのを憚ったのだと思う。
ポイントに余裕は無いけれど、出来れば二ノ宮君に新しい武器を買ってあげたいな、と、思う私だった。
私は、そのショートソードで秋月さんの前髪を切ろうとする。
が、なんだか、人形の様な感じの秋月さんの造形を、壊してしまう様な気がして、結局は後ろの髪を切る事にした。
ぞり、と、髪の一部をこそぎ切ると、床に落ちて居た、既にボロボロになった秋月さんの制服の上着を一部切って紐を作り、小さく一束に束ねた。
「助けてあげられなくて、ごめんね。」
秋月さんの冷たい頬に手を添えて、そう言った私。
流した涙が頬を伝い、やがてその涙の滴が、私の顎から、秋月さんの頬に、ぽたぽた、と、落ちた。
鼻水を啜り、一度大きく、息を吸い込み、眼鏡を外して、ローブの腕の部分で、涙を拭う。
「さようなら、秋月さん。」
そして、吐き出すように一言言って、部屋を後にするのだった。
◇
148号室に戻ろうとした私だが、先程思った、二ノ宮君に新しい武器を買ってあげられないかというアイデアを思い出し、ポケットからクリスタルを出すと、廊下で小さく、『プレイエ』と、唱えた。
「えっ!?」
つい声を上げてしまい、私は、ばっ、と、クリスタルを持って居ない方の手で口を押えた。
――――――なんという、事だろうか。
私のポイントが、2068Pになって居たのだ。
私が迷宮で稼いだのは、60Pそこそこだったと思う。 なので、思い当たる節は、一つだけだ。
148号室の扉をノックすると、がちゃり、と、内側から扉が開かれる。
そして、私はその中に居た二人に、
「ポイント、確認してみて。」
と、半分焦りながらも、伝えた。 え? と、一瞬戸惑う二人だが、私の真剣な表情を見て、それぞれクリスタルを取り出した。
クリスタルを握り、プレイエ、と唱え、表示されたポイントに、私と同じように驚愕する二人。
「ど、どういう事なんだこれは。」
「私と、二ノ宮君、そして三島さんは、パーティを組んで居る状態だと思うの。」
「だからって、何でいきなり……あ!!」
二ノ宮君は気付いたらしい。 そのすぐ後に、三島さんも、あ、という顔をして、隣の部屋の方向を見た。
そうだ。 推測するに、私達は、秋月さんがあの男から奪ったポイント、そして、その秋月さんから、私達がポイントを奪ったという事になる。
そして、一番驚く点が、そのポイントは、三等分にはされず、2000P近いポイントが、それぞれに分配されたという事である。
「こ、これは……なんて、こった。」
二ノ宮君が、頭を抱えて言った。 そうだ。 なんてこった、なのである。
秋月さんが死んだばかりの今、ゲームの様な話をするのは不謹慎だと言いたいところだが、この迷宮世界の根本的、かつ、絶望的なシステムが、今、私達の手の甲に映されて居る。
何が絶望的か、というと、ポイントの他にもう一つ、大きく驚く点がある。
経験値の部分だ。
次のレベルに上がる必要経験値が28600だった私。 それが、-5800になっている。
この世界で、一番効率的なポイント稼ぎ、経験値稼ぎ、それは……。
「馬鹿じゃないか!?
二ノ宮君は、拳を握って、ボスン! と、ベッドに叩き付けた。
そう。 彼が言った通り、
もし、他にこの事を知って居る人が居たとして、そして、その人物が、他人を殺せる程の力があるとしたら……この誘惑に、抗うだろうか。
なにせ、迷宮を攻略して、願いが叶えられるのは、たった六人。
その、ライバル達を殺せて、尚且つ多大なるメリットがあるのだとすれば……。
「皆、殺し合ってるのか……。」
二ノ宮君が、ぼそりと言う。 彼の言葉に、私も異論は無い。
無いが、私は、この事を知って居るのは、やはり一部だけなのではないかとも考える。
「皆、が皆、人を殺してこんなにメリットがあるって知ってる訳じゃないと思うけど……。」
「っ!? そ、そうか……一部の人間だけ、人を殺した事のある人だけが、知ってるって事か。」
一般的に考えて、そんなに簡単に、人は人を殺せない。 と、思う。
思うけれど、私達の様に偶然にも人を殺してしまい、その結果、どんなメリットがあるのかを知ってしまった人が、私達の他にも絶対に居る筈だ。 日立君達に迷宮で会った後、他の人に会わない様に隠れて行動していた私達の行動は、謀らずともこの世界に置いては一番正しい行動だったという事になる。
「あ、あの、ど、どうしたら、私、どうしたら良いんですか?」
慌てて、私と二ノ宮君に尋ねて来る三島さん。 その質問の意図が分からず、私は首を傾げるが、
「僕達からは先に手を出さない。 極力、他の人の近くには行かない、これしか無いんじゃないかな。」
と、あっさりと答えた二ノ宮君。 そうか。 どういうスタンスでこれから生きて行けば良いのか、と、アドバイスを求める質問だったのか。
「酒場には沢山人が居たけど、迷宮に極力行かないで生活している人も居るって事かな。」
「多分、僕達みたいに、人を殺してどうなるかを知った上で、そういう選択をする人も居るだろうね。」
私の質問にも、あっさりと答える二ノ宮君。
その答えは、私が出した回答とも合致していた。
が、何にせよ、実に絶望的な状況である事に変わりは無かった。
少なくとも準備区画に居るだけならば殺されはしないが、それだけで生活は出来ない。 だから、必ず迷宮には行かなければならないという事だ。
「まず、レベルとやらを、上げてみて、それから話し合おう……か。」
「……そう、だね。 宿屋の隣の部屋が、それっぽい施設……かな。」
私達の心の中にあった秋月さんの死は、こうして絶望と不安によって塗り替えられてしまったのだった。
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