怨嗟羅列
一瞬、自分の耳を疑った。
二ノ宮君が、三好君達を、殺そう、と、言い出したからだ。
彼がそう言った後、少し強めに私の手を握る事で、私は彼が本気なのだと理解する。
……するが、まだ何もされても居ないのに、こちらからの先制攻撃で殺すのはどうなのだ、と、考えてしまう私。
「織部さん。 早く。」
そして、私を急かす二ノ宮君。
あんな魔法を人間に使ったら、使われた対象は確実に死ぬだろう。 しかも、爆発点から周囲3mくらいにも効果がある。 想像するに、相手の一人に魔法を使えば、その周囲に居る人間にも致命傷を与えられる可能性があるという事。
だが……本当にやるというのか?
遂に部屋の中に入ってくる不良二人。
二ノ宮君は私の手を離し、戦闘準備を開始したのか、ざり、と、石畳を踏みしめる音が横から聞こえた。 三島さんも私の手を離し、弓に手を掛けた様だ……。
「……織部さん、あれは社会のゴミなんだよ。 やろう。」
っ!? 二ノ宮君がそんな風に言うなんて……。
過去によっぽどの事をされたのでは無いだろうか。 基本的に二ノ宮君は、周囲に気を使ってくれる、優しいタイプの人間だ。 そんな彼に恨まれるという事は、それ相応の仕打ちを、奴等が彼にしたと言う事になる。
「でも、この一回を使ったら、もう炎の剣が出せないよ……。」
「っ! そうだった……。 回数があったんだ……。」
手持ちの松明は燃やし尽くしてしまったし、もし相手の松明が奪えなかったら、私達は暗闇の中を歩いて帰らねばならない。
と、中に入って来た三好君と古田君。
彼等の持つ松明に、私達の姿も照らされる……が、二ノ宮君のスキルのお陰か、隅に居る私達に気付かない。
そして、2人で勝手に会話をし始めた。
「やっぱなんもねーじゃん。」
「……だな。 ったく。 あいつらめ。 本当に嘘付いたのかもしんねーな。」
「え? 殴る? 殴っちゃう?」
「なんか、準備区画だとやばいって。 お前、警告とか聞かなかったん?」
「あー。 あの戦闘行為は禁止とかってヤツ? 何あれ、バレなきゃ良いんじゃん。」
「や。 何か魔法とかで分かるんじゃねぇの? だってあん時頭ん中に聞こえた声って、あいつら殴ろうとしたら聞こえたんだぜ。 それに、あの、秋月美緒。 何か人殺したのがバレて、死ぬまで輪姦だって。 お前聞かなかったんかよ。」
「俺寝てたかも。 ってか、まじで!? 誰にされんの?」
「え? 何お前、やりたいの?」
「ったりめーじゃん。 あんなアイドルみたいな子をぐっちゃぐちゃに出来るなんて、最高じゃん。」
やがて、そんな、下卑た会話になった。
何かを強く握り締める音が、隣から聞こえる。 私が横目で見ると、ショートソードの柄を握り締めて居る二ノ宮君の姿があった。
秋月さんの話題は、私達にとっては、とても……繊細だ。
助けてあげられなかった気持ち、それでも、輪姦だけは避けてあげたい、と、二ノ宮君が覚悟を決めてやった行動を、古田君……いや、古田は……踏み躙るような発言をしたのだ。
「ゆ、許せません……。 あんな風に秋月さんの事……。」
ぼそり、と、三島さんが口にした。
「ん?」
その時だった。 三好が、私達の方を見る。
これは拙い。 ……やるしかないのかしら。 と、右手を前に出して、詠唱体勢に入る私。
「ねー。 幸雄、まだぁ?」
と、扉の外から、女の声。 幸雄、とは、三好の下の名前だ。 三好の彼女の保科由香だろう。 彼女もギャル系で、私に良くちょっかいを出していた稲本と一緒に居る事が多く、私の苦手な人物のうちの一人である。
「……ま、いっか。 何か聞こえたと思ったんだけどよ。」
「幸雄、帰ってお酒飲もーよ。 あ、そういやさ、草も普通に売ってんだって。」
「草って……ヤニか?」
「ヤニはヤニだべ。 草っつったら、アレよ。 マリファナよ。」
噂をすればなんとやら。 稲本の声もした。 嫌悪感がぞわりと背中を駆け巡る。
「まじで!? この世界最高じゃん!! 俺マリファナやった事無いんだよね!!」
「中二でやった事ある奴の方が少ねーべ。 そうだ、いなもっちゃん、草買ってやっから、俺に一発やらせてくんない?」
「ばーか。 ポイントならあたしらだってあるっつーの。」
「シャブとかあったら、セックスめっっっちゃ気持ちいいんだって。」
三好とそれを使って行為に及ぶ事を想像しているのか、気持ちを込めて言う保科。
「あー。 それ聞いた事ある。 じゃ、さ、シャブもあったら皆で4Pしようぜ。」
「ばかじゃん!」
「お前の頭そればっかかよ!!」
「シャブなら、うちやってみたいかも。 気持ちいいならしてもいいよ。」
稲本の他に居た、遠藤と佐山の声もした。 これで六人……か。
「まじかショーちゃん! よし、俺予約な。」
あはは、と、笑いながら部屋を出て行く古田と三好。
キィ、と、扉は音を立てて閉じ、また漆黒の闇が私達を包み込んだ。
「…………。」
私達三人、誰一人としてすぐに声は上げず…………
「畜生! 好き勝手言いやがって!!」
「あの人達、やっぱり最低です!!」
だが、一分程経った後、怒気の込められた声を二ノ宮君と三島さんが上げた。
確かにあの人達は酷いけど、いきなり殺せって言われてもやっぱり困るよ……。 という、私の本音は取り敢えず胸の中に秘めておく事にし、
「じゃ、炎の剣出すけど良い?」
と、三島さんが居るあたりに声を掛ける私。
「あ……はい。 あの人達は、もうさっきの通路を戻って行っているみたいです。」
まだ怒りが収まらないのか、口調は丁寧だが、節々に怒気を込めて居る三島さん。
それにしても、二ノ宮君も三島さんも、私以上にあの人達を嫌っているとは知らなかった。
二ノ宮君なんて、あいつらは社会のゴミだとか言っていたし……。
◇
迷宮からの帰り道も、まだ雰囲気は悪かった。
二ノ宮君は無言ながらもまだ怒りが収まらない様子で、更に、口を開いたかと思えば、たとえ炎の剣が出せなくなって暗闇の中を歩く事になっても、私にあの時魔法で攻撃するべきだったと言い出したのだ。
それには、流石の私も少しカチンと来た。
来たが、あまりにも真剣な顔で言うので、文句は言えなかったが。
三島さんも三島さんで、俯いて何かを考えて居る様子だった。
彼女も昔何かをされたのだろうか、と、想像した私。
では、二人から話を聞こうと決め、話をするなら菓子と飲み物でも用意するか、と、迷宮から準備区画に戻って更に宿の部屋に戻った後、夜食を酒場で購入する事を提案した。
そして、二人を部屋に置き、酒場のカウンターから一皿のクッキーと、ピッチャーに入ったオレンジジュースを買ってきて、148号室に帰って来た私。
「ねぇ、二人とも。 三好達と昔何があったか教えてくれる?」
ピッチャーに入っているジュースを、同じく酒場から持ってきたトレイに乗った三つのグラスに注ぎながら言った。
二ノ宮君は、秋月さんの事を古田と三好が話す前から、彼等を殺したい程憎んで居るのだ。 絶対に何かあると、ある意味確信めいた物を私は抱いていた。
だが、簡単には言えない事なのか、下唇を噛んで、考え込む二ノ宮君。
すると、最初に口を開いたのは三島さんの方だった。
「あまり、稲本さんと保科さんを知らない時の事でした。 いつも介助してくれる堅木さんが休みだった時に、トイレに連れて行ってあげると、言われた事があって……それで、お願いした事があるのですが……。」
その先は言い難いのか、目を伏せて横を見る三島さん。
「障碍者用のトイレに連れて行ってくれた後、中から鍵を閉めて……あの人達も一緒に入って来るのは、何か変だなとは思ったのですが……好意なのだと勘違い……して……二人の前で、トイレをしたんです……それを、あの人達は、興味深そうに見て……へー、ちゃんと出来るんだ、って言われて……稲本さんに無造作に制服のスカートを捲られました。」
「えっ!?」
そ、それは……酷い。 そして、その光景を思い出したのか、鼻を啜りながら泣き始める三島さん。
「あの人達は……私の下半身がどうなっているか、興味があっただけだったんです……。 足が細いとか、あそこの……詳細とかを言われて、最後に……。」
ちらり、と、二ノ宮君を見る三島さん。
「どこまで感覚があるのか、って、シャープペンシルの先で……色々な場所を刺して、確かめられたんです。」
きょ、局部にシャーペンって、酷すぎる……。
「それ以降も、色々されました……。 けど、一番悔しかったのは、その時です……。」
「どうして先生に言わなかったの?」
流石にそれは、悪戯では済まないだろう。
しかも、三島さんの様な障碍者にそんな事をするなんて、最低以下だ。
「何て言うんですか……。 同級生にトイレに連れて行って貰ったら、下半身を見られて、ゲラゲラと笑われながら、あそこをシャープペンシルで突かれたって、織部さんなら言えますか?」
「そっか……。 そうだよね……。」
あいつらは、三島さんが恥ずかしくて誰にも言えないであろう事を分かっていて、やったのだ。
そういう所は狡猾な奴らなのである。
同級生の鞄に牛乳を入れた時は証拠が無いの一点張りで通していたが。 いずれにせよ卑怯な奴らである。
「あ、もしかして、今日の昼に簡易トイレでした時に泣いたのって……。」
「……はい。 本当はそれも思い出してました……。 でも、どうして自分は何も出来ないんだろうって、悲しかったのも本当です……。」
「そうだったんだ……。」
「だから、稲本さん達が死のうが何しようが、私は何とも思いませんし……むしろ、今回、あの人達の話を聞いて……織部さんが出来るなら、皆、殺してくれたら良いのにな、って、思いました。」
凄く過激な言葉が、三島さんの口から出た。
秋月さんを助けてあげようとした時の、優しさ、というか、何とか助けてあげようと言う気概とは、間逆の言葉に、それほど因縁の深さを感じる。
感じるけれど……。
「でも、今、何もされてないのに、いきなり殺すのは、おかしくない?」
「それは……そうです……けど……。」
口ごもる三島さん。
「何か、されてからじゃ――――遅いんだ。」
そこに、いきなり割り込んで来た二ノ宮君。 じろり、と鋭い目で私を見る。
そ、そんなに怖い顔で見なくても……。
「僕の母親は――――三好に殺されたんだ。」
「「えっ!?」」
そんな事って……。
私と三島さんは、驚いて二ノ宮君を見る。
「あいつが小学6年生の時、自転車で、母さんの自転車と……事故を起こしたんだ。」
「なん……て……事。 お母さんはその事故で?」
「その時は、軽傷だったと思ったんだ。 けど、次の日の朝に、起きたら、頭を抱えて台所で……倒れてたんだ。 日立の父親の病院に、ちゃんと、行った、のに!!」
脳検査をしなかったのだろうか。 打ち所が悪く、死亡するのは、脳の血管が詰まったりするからだ、と、本か何かで見た事があるが……。
それよりも、日立君の名前がここで出て来たのは意外だった。 そういえば、私は違うが、皆、同じ小学校の出身らしい。
「母さん、事故のあった日の夜、何ともない筈なのに、どんどん頭が痛くなって来るって言ってたんだ。 あのヤブ医者が母さんをちゃんと診なかったから!!」
日立君の父親の病院と言えば、個人病院ではあるが、地元では結構大きな病院だ。 私が診て貰った事は無いが、お母さんが仕事場で包丁を足に落とした時に行った覚えはあり、日立君の父親である医者の顔も覚えている。 頭を打って居るのに、大した事無い、で、済ませたというのは、確かに納得いかない。
「診断が間違って居たのは、認めたよ。 だから、病院側から慰謝料は払われた。 けど、そんなお金よりも……母さんに、生きて居て…………欲しかった。」
そうか。 ちゃんと診察しなかったのは、病院側のミスだとは認めた訳か……。
お母さんの事を思い出したのか、涙ぐんで話す二ノ宮君。 確かに、病院としてはお金を払う事しか解決法が無いのだが、二ノ宮君は、二度と、お母さんに会う事が出来なくなった。
親が死ぬという事が、子供にとってどれだけ辛い事か、私も父を失っているから痛いほど分かる。
「しかも、母さん、ただの自転車同士の事故だから、別に何ともないからって、警察に届けて居なかったんだ。 そうなると、調書も無い訳で……三好はお咎めなしになった。」
「でも、どっちも自転車でぶつかったなら、ただの事故だって……事じゃないの? 三好が故意にした事にはならないんじゃない?」
二ノ宮君は気分を悪くするかもしれないが、私は、ただの事故なら三好が殺したというのは変だと思ったのだ。
「坂道を、上から手放しで乗って来ても?」
……それは、バカだわ。 しかも、笑える方のバカじゃなくて、面白くない方のバカだ。
「それなのに、母さん、自分が死ぬ前の日に、あいつの家に電話を掛けて、あいつが大丈夫だったかって聞いてたんだ。 自分が、次の日の朝に死ぬっていうのに!! しかもあいつ、後で母さんが死んだって、俺が言ったら、あっそ、だってよ。 あっそ、って、なんだよ!! バカ面して、あっそ、って!! なんであんなのが生きて、母さんが死なないとならなかったんだ!!」
それは……実に後味が悪い事だろう。 正直に言えば、微量な逆恨み的な物を二ノ宮君の口調から感じなくもないが、彼の身になって考えれば、三好にバカな自転車の乗り方をされて、それで衝突して、結果自分の親が死に、三好は全く責任を感じていない、という事になる。
ならば、殺されたと言うのも当然かもしれない……。
「日立は、日立で、慰謝料を貰ったうちを茶化して、僕が、買って貰えてなかった携帯ゲーム機を、そのお金で買ったか、って聞いて来たんだ!! それが、あいつとの最初の喧嘩になったんだけど……。」
なるほど。 そこで日立君の話が入って来るのか。 そんな言い方をしたら、そりゃ遺族は怒るわよね。
「日立の場合は、あいつが何かを言って、僕がいつも手を出す方だったから、そりゃ、あいつが全部悪いって事は無いけど……。」
それで、小学生の時みたいな軽い怪我、と、日立君が言う様な喧嘩をしていたという事なのか……。
それだけの確執があれば、確かに仲良くなんて出来ないだろうな……。
というか、二ノ宮君が可哀想になってきた。
一学年に4クラスもあるのに、なんでそんな因縁のある三人を一緒のクラスにしたのかしらね。 まあ、こんな異世界に飛ばされてしまった今、そんな事を考えても仕方無いのだが。
「でも、三好は、あいつだけは許せないんだ。 僕だって、別に昨日までは殺そうなんて考えた事無かったよ。 でも……今は、敵同士だ。 やらなきゃ、きっとやられると、思う。」
そう言われても、まだ私は微妙な線だな、と、考えてしまう。 もう完全に敵だと認識している二ノ宮君だが、あの人達は、確かにバカで短絡的で、下品でデリカシーも無ければ、悪意に満ち溢れた存在ではあるものの、私にとっては、こちらの手を汚してやるような理由を、特には感じないのだ。
秋月さんの事を言われた後、こちらに近付いて来たので詠唱を開始しようとはしたが、積極的にこちらから殺そうとはやはり思えない。
「織部さんがやらないなら、僕が――――やる。」
「え……。」
「あいつらに、気付かれない様に近付いて、せめて三好だけは殺す。」
確かに、二ノ宮君のスキルがあれば、気付かれない様に近付く事は可能だし、切れ味の良いあの剣ならば、喉を切って一撃で殺す事も可能だろう。
「それなら、私は遠距離からあの人達の頭を狙います。 二ノ宮君を一人で戦わせたりしません。」
「み、三島さんまで……。」
どうしよう。 彼女まであの人達を殺す気満々になっている。
「先程は言いませんでしたが……実は私、トイレで写真まで撮られたんです。 それを、あの二人の男に見せたのかと考えると、悔しくて!!」
「そ、そんな!! そんな事までされたの!?」
同じ女として、それは最悪に屈辱的だと思う。 それを、他の男に見せて居たと考えたら、益々……許せないだろう。
……二人は本気だ。 本気で殺すつもりだ。
私は、完全に共感は出来ないが、二人の仲間だし、三島さんと友達になったのだ。
友人を手助けするのは、当然だ。 例え……それが、殺人という許されざる事だとしても。
そして、私もそう考えてしまった瞬間、何故二ノ宮君と三島さんが、あの人達をこちらから進んで殺すという発想に至ったか、私も理解した。
秋月さんを、輪姦されないように、と、殺してあげたが、そうして彼女を私達が手をかけて殺した事で、私達は殺人という許されざる行動を……結局は経験してしまったのだ。
実際に首を刺して秋月さんを殺してあげた二ノ宮君には、尚更殺人というタブーへの概念が薄れて居る事だろう。 殺したい程憎い相手が居て、躊躇する理由がもう何も無い、そして、反対にやられる可能性があるとも言うのなら、進んでやらなければおかしいと考えられるのであろう。
三島さんは、その二ノ宮君に感情的に引っ張られた形ではあるが、殺したい程憎い相手が居るのは一緒で、その相手が、二ノ宮君が憎んで居る相手のグループに居るのだ。 確かに、自分もやる、と、言うだろう。
「二人とも、話しづらい事を話してくれて有難う。 私も、戦うよ。」
前の世界の事を引っ張って来て、相手を殺す理由付けにするのはまだ気が引けるが、私だけがそんな温い事を言って、二人の足を引っ張るのはそれこそ嫌だ。
秋月さんを殺す時に気乗りしていなかった三島さんが、最後に納得した様に、今回は私が二人の意見に納得するのも筋という物だろう。
こうして私達は、三好達全員を、殺す事にしたのである。
◇
今日は、色々な事があった。 死んだかと思ったら、変な世界に召還され、迷宮を攻略しろと言われ、クラスメイトに捨てられて、三人で迷宮に入って、私が死にそうになって、秋月さんを見つけて、その秋月さんが運転手を殺してしまって、私達が秋月さんを殺してあげて……一瞬で私達は経験値とポイントを大量に稼ぎ、レベルを上げて、ボスを倒して、三好達に見付かりそうになって、最後にはその三好達を殺す事を決心した。
今まで生きてきて、一番長い一日だったと言い切れるだろう。
そんな忙しさの為か、一番気になると思って居た秋月さんの死は、私達の眠りを妨げる材料とはならなかった。
シャワーを浴びた私と三島さんは、私がタイトローブを買った時同時に買った新しい下着と寝巻き用の薄い膝丈のワンピース、私のは赤で、彼女のは薄いシルバー、の物に着替えると、左側のベッドの中に二人で潜った。
寒い夜にお母さんの布団に潜りこんだ事を思い出して、なんだか少し切なくなった私。
三島さんも、人恋しかったのか、シングルベッドなので二人寝たらどうしても当たってしまう肩を、更に近づけようと寄ってきたので、私が三島さんの腕に自分の腕を重ねると、私の手を軽く握って来た。
そして、二ノ宮君がシャワーを浴びてベッドに入るのを待つ事も出来ず、お互いの温もりを感じながら、二人で眠りの世界へと落ちて行ったのである。
◇
次の日の朝、自分が目を覚ました時、自分がどこに居て何をしているのか一瞬分からなくなった。
ただ、隣に、なんだか良い匂いのする……ああ、これは三島さんの髪か。 それでようやく、自分が異世界に居るのだと思い出した。
部屋の中は薄暗かったが、辛うじて周りは見えた。 壁に付いて居る魔法道具が、淡い色で微かに発光していて、ベッドの脇のサイドテーブルに置いた眼鏡を付ける。
と、自分が寝て居たベッドの中で、もぞりと動く三島さん。 人の寝顔って、なんだか可愛いな、と、つい思ってしまう。
二ノ宮君も寝てるのかな、と、隣のベッドを見ると、何故か布団が丸くなって居て、彼の頭が見えない。 ……布団に潜りこんで丸くなって寝て居るのか。
その寝方に、なんだかくすりと笑みをこぼしてしまう私だった。
ああ、そうだ。 まだ二ノ宮君が寝て居るなら、今、着替えてしまった方が良いな、と、起き出した私は、シャワーとトイレのある部屋の扉を開ける。
まずはトイレを済ませて、昨日洗ってシャワーカーテンの上に干して置いた下着の状態を見る私。 うん。 まだ生乾きのようだ。 一日干して置かないと乾かないかもしれないな。
二ノ宮君に下着を見られるのは恥ずかしかったが、彼を死体と一緒に寝せる訳にも、また一人きりで寝せる訳にも行かない。 まあ、彼の事だから、たとえ下着を見ても、変な事はしないと思うのだが。
その変な事というのと、昨日秋月さんが、二ノ宮君と、死ぬ前に致したという事が何故か急に結び付いてしまい、途端に顔を赤らめてしまう私。
する、って、やっぱり、したんだよね……。
想像して自分の下腹部に手を当てる。
ここに、本当に入るものなのだろうか……。
二ノ宮君のが、ここに……。
途端、何を自分はバカな事を考えて居るのか、と、ぶんぶん、と、首を横に振り、ワンピースを脱ぐ私。
同時に見える鏡に映る自分の姿。 うん……貧相だ。 せめて胸がもう少しあったらなぁ、と、思う。
と、それよりも、髪がボサボサである。
私はまたタイトローブを着込むと、長い髪を、ブラシが無いので手櫛で梳かす。 お母さんが、女の子は髪が長い方が可愛いと言い張るのでこの髪にしているが、正直言って……うっとおしい。
腰まである髪を、毎日梳いてくれて、そして結ってくれるのはお母さんだったが……しまった。 こんな時にお母さんの事を思い出したら、ダメじゃないか。
一人の時に、お母さんの事を思い出したら……。
鏡の中の私が、顔をくしゃり、と、顰める。
「うっ……ひっ……うっ……。」
大粒の涙が、止めどなく、大理石の様な素材の床にぽたぽたと落ちて行く。
なんで私は、こんな異世界で、こんな事をしているのか。
お母さんのお味噌汁で、朝ご飯を食べたい。
いってらっしゃいって、私を送り出して欲しい。
沢山の、お母さんとの思い出が、私の脳裏を駆け巡る。
給湯ボイラーが壊れた時、なら折角なら温泉に行こうって車を出したお母さん。
でも、山の中で道が分からなくなって二人で車の中で泣いた事があったっけ。
加奈、泣いちゃだめだよ! って、自分が泣きながら言っても説得力無いよお母さん。
結局温泉まで行けなくて、仕方ないから帰ろうってお母さんが言って、少し道を戻ったら、目的の温泉地だったね。
でも、時計見たらもう夜の8時過ぎてて、一般入浴はもう終わりですって言われて、また泣いたよね、お母さん。
きっと、こんなに私が泣き虫なのも、お母さんの娘だからだよ。
「く……ふぅ! ……うっ……。」
眼鏡を外して、必死に手で涙を拭う。 その涙が、髪の毛にも付いて、頬に髪の毛がへばり付く。
でも、そういう日常から離れて、人を殺して生きるという修羅の道に生きている自分が居て、それを認めてしまっている自分がもっと悲しい。
人間のさもしい部分を、認めてしまっている自分が、情けないのだ。
けど、そんな事を考えても仕方ないのは分かってる。
分かってるけど……頬に付いた髪をそれを指で避けて、でも、涙はやっぱり止まらなくて……。
「織部さん? 大丈夫?」
「っ!?」
コンコン、と、ノックされた後、扉の外から声が掛けられた。 二ノ宮君の声だった。
「ご、ごめん。 何でもない!」
涙声で言っても説得力は無いだろうが、必死に何事も無かったように取り繕う。
そして、もう着替えは終わったので、そう言えば、二ノ宮君はトイレに行きたいのではなかろうか、と、慌てて内側の鍵を開けて、扉を開けた。
「あ……。」
二ノ宮君が、私の顔を見て、泣いて居た事を察したのだろう。 横を向いて、極力私の顔を見ないように取り繕ってくれた。
「ごめん、ほんと、何でも無いから。」
「う、うん。 僕は別に。 ……うん。」
そのやりとりで、三島さんも起きたようで、眠い目を擦りながら上半身を起こして、こちらを見る。
三島さんの最初の行動は、自分の姿が二ノ宮君にどう映って居るのか心配だったようで、慌てて自分の身体の状態を確認した後、乱れた部分は無いと判断したのか、
「二ノ宮君、織部さん。 おはようございます。」
そう言って、微笑んだのだった。
◇
まあ、朝方はそんなこんなで、色々とあった訳だが、私達の今日の予定は、殺伐としまくって居る。
なにせ、元クラスメイト6名を、隙を見て殺害するという計画で動いて居るからだ。
一応朝食を食べる時に、もう一度、本当に殺すのかと二人に聞いたならば、聞いた事を後悔するくらい完結に、出来るならば痛みを与えて殺したい、という返答を頂いた。
迷宮攻略よりも生き生きとしている二人とは裏腹に、美味しい筈のクロワッサンが何故か苦い感じがした私だった。
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