虎視眈々

「あの人達、朝はかなり遅いみたいですね。」


 三好達が酒場に現れたのは、朝の10時頃だった。

 古田と佐藤は、ぐったりとした顔をしており……まさか本当に麻薬を使って、男と女の大人の遊びをしたのだろうか、と、考えてしまう私。

 彼等が丸テーブルに座った後、私達は彼等の声が聞こえる距離まで間合いを詰めようとしたが、酒場の喧騒の為、相当な距離に近付かないと話を盗み聞きは出来ないようで、テーブルを二つ挟んだところで私達も空いて居る丸テーブルに座り、それ以上近付くのは断念した。

 私達と三好達の間は、距離にして、約10m。 昨日、迷宮の中で、部屋の入り口に居た彼等と、隅に隠れていた私達と同じくらいの距離である。

 もう少し近付くのを試すのは、実際に殺す時だけで良い、と、言う、二ノ宮君の指示に従った形であった。


「この様子だと、すぐには迷宮に行きそうに無いね。」


 と、言う二ノ宮君に頷く私と三島さん。


「それほど焦らなくても良いのでは無いですか? 昨日で私達は相当ポイントを稼ぎましたし、彼等を確実に殺せるタイミングを待った方が良いと思います。」

「そうだ。 その感知のスキルって、マーキングみたいな事出来ないの?」


 カフェオレ(3P)を飲みながら聞く二ノ宮君。


「出来ないみたいです。 ただ、何となく点に特徴、特有のパターンと言えば良いでしょうか。 そんな物を感じるので、感知範囲に入れば彼等だと識別は出来ると思います。」


 べ、便利だわ……。 人間レーダーみたいな物じゃない……。


「じゃあ、ここから準備区画を移動して、例えば、雑貨屋に居ても、彼等を感知出来る?」

「迷宮の入り口の方や、宿屋の奥の方でなければ、感知内に入りますね。 迷宮内ですともう少し感知の範囲が狭まりますが。」


 へぇ。 更に、そんなに広い範囲を感知出来るのか。 もしかして、三島さんの資質やスキルって、相当レアな部類に入るのではないかしら。

 ふと、自分達のスキルを総合して、一番使えそうなスキルを持って居るのが三島さんなので、ついそう思ってしまったが、私達のスキルを総合して考えると、ある恐ろしい事に気が付いてしまった私。

 私達、対人戦のスキルに特化してるんじゃ……ないかしら、と。


「あいつ等は、これからご飯食べたりするだろうから、僕達は雑貨屋で準備を整えて来ない?」

「え? 何か準備する物とかあったっけ。」

「何か良い物が無いかな、と、思って、ね。」


 あいつらを殺す為に、有用な道具が何か無いかという意味だろう。

 別に断る理由も無いし、私もポイントで何か他の装備が買えるかもしれない。


「そうだね。 賛成。」


 ◇


 私のポイントは1702P。 次に欲しい防具はマジックマントだったが、2500Pだったので、今回は諦める事にした。

 が、日用雑貨の項目に、とても興味深い物が二つあった。


 センジョウザイ(10カイ) ― 50P :イフクノヨゴレヲオトス


 早速買ってみると、それは香水の様な瓶で、その中身を、試しに自分のタイトローブに一回分振りかけてみると、淡く白い光でその液体が発光し、なるほど、昨日犬と戦った時に少し汚れた部分などがすっきりと綺麗になって居た。 洗濯がこんなに簡単に出来るなんて、毎日洗濯機で洗って手で干して居た自分に買って送ってあげたい気分になる。

 さて、もう一個は、


 セイハツリョウ(10カイ) ― 120P :ナメラカデツヤヤカナカミニスル


 昨日シャワーを浴びた時、備え付けのボディソープの様な液体で頭も洗ったのだが、これが失敗だった。 朝になったら髪が絡まって大変だったのである。 

 三島さんにも手櫛で髪を梳かすのを手伝って貰ったが、トリートメントが無い世界で、頭を洗うのは大変だから、三日に一回くらいにしようかと思って居た矢先、この整髪料が目に飛び込んで来たのだ。

 だが、高い。 日用品にしては高い。 パスタが10回食べられるのだ。

 例えば1Pを100円として計算すると、12000円である。

 今も一部の髪が絡まって居て、それを無造作に一つに纏めてポニーテールにしている私は、そのセイハツリョウの文字を見つめて――――


 ――――つい、買ってしまいました。


「織部さん、武器とか……先に揃えた方が良いんじゃない?」


 と、二ノ宮君の冷ややかなお言葉も頂きました。

 武器を持ったら、炎の剣と血液膨張を同時に使えないから、と、言い訳をしてみるが、三島さんも、整髪料よりは、有用な道具があったのでは無いか、と、私を見て来た。

 しかも、整髪料のボトルは結構大きく、ペットボトル1本分の大きさの、水筒の様な容器に入っており、重さも結構あるので、ちょっと荷物が増えましたね、と、言われてしまった。 洗濯だって整髪だって、大事な事だと……思うのにな。


 しかし、実際にリュックに入れると、他のポーションや水の重みもあって、全体的に結構重くなってしまった。 せめて一回分使ったら少しは軽くなるかな、と、思い立った私は、フィッティングルームで整髪料を使ってみる事にした。

 掌に、一回分の量、結構あるな。 おにぎりくらいの大きさのゲル状のピンク色の物、感触はあれだ。 おもちゃのスライムの様なものだろうか、を、ボトルから出し、ポニーテールのゴムを解くと、自分の髪に馴染む様に塗り付け始めた。


「ぬおっ!?」


 一瞬で、自分の猫毛気味な髪が、艶やかに、尚且つふんわりとして、指通りが、信じられなくスムーズになった。 これが、さらつやというやつなのだろうか……。

 す、凄い。 鏡を見ると、頭の上に、艶でエンジェルリングが出てる……。

 しかも、頭を振り回しても、元の形に纏まるので、全然邪魔にならない……。

 更に、高級なシャンプーの様な良い香りが広がる……。

 髪を束ねなくても広がらない、魔法の髪。


 これは、女なら12000円どころか、更に倍出しても買いたくなるアイテムだわ……。

 三島さんにも体験させないと!


「髪がサラサラになっても、あの人達を殺すのに有利にはなりませんから。」


 しかし、見事に断られた。 でも、ちょっと気になってはいるのか、私のサラサラになった髪を、ちらちらと見て居た。 けれど、あいつらを殺すという事に意識の殆どを向けているのだろう。 

 こっちの方が大事、と、矢の矢尻に、小さい筆で何かを塗りつけていた。


「それ、何塗ってるの?」

「毒薬ですけど。」


 さらっと怖い事を言う三島さん。


「……そう。 どんな毒なの?」

「ふふ。 刺さった部分が、溶けるんだそうです。」


 にんまり、と、笑う三島さん。 目が笑っていないのがとても怖い。


「僕のは、刺さったところが腐るやつだよ。 はは。」


 彼が手にしているスローイングダガー。 それが淡く光っているところを見ると、+1のヤツでも購入したのだろう。 それに同じく小さい筆で何かを塗り付けて居た二ノ宮君。 ちなみに彼も、目が笑って居ない。

 二人とも、三好達を痛くしながら殺す気満々であった。

 正直、髪がサラサラよ! なんて、やってる場合じゃなかったらしい。

 反省して、私も有用な物が無いかどうか商品の閲覧を再度開始する。


 何かあった時のハイポーションを2個と、マジックポーチというのを購入した。

 商品説明は分かり難かったので、一か八か買って効果を確かめようとしたのだが、案外当たりだったようである。

 腰に付けるタイプのポーチなのだが、内側の大きいポケットには、水のボトルと整髪料のボトルを入れる事が出来、外側にはポーションを入れるポケットが4つ程あり、取り出しやすい様に、だが簡単には落ちない様に工夫されている。 それを腰に装備すると、何がマジックなのかと言えば、重さを全く感じないのだ。

 400Pならば良い買い物だろう。 

  

 ちなみに三島さんも、マジッククイヴァーという、魔法の矢筒を二つ購入していた。

 私のポーチと同じコンセプトで、装備すれば重さが無くなるという仕組みであり、それを右足の膝の部分と、右肩に装備して、どちらも瞬時に矢を抜いて番えられる位置に調整していた。

 矢筒の中には、約50本の矢がそれぞれ入っており……それ全部射る気なのかな、と、考えてしまう私だった。


「あ。 そうだ。 SPっていうの、やっぱりここで使うらしいよ。」

「え? ああ。 あのボスの時の。」


 二ノ宮君がそう言うので、私はまたクリスタルを穴に刺して、画面を見てみる。

 すると……


「ほんとだ。 一番右下に、SPツカウってのがあるね。」

「どうする? 最初に僕やってみようか。」


 否定する理由が無いので、頷くと、ツカイマスカの次に、ハイ、イイエの項目があり、それを指で押す二ノ宮君。

 途端、画面の象形文字の様な物が、スロットマシーンの様にグルグルと回り始めた。

 そして、ガチ、ガチ、ガチ、と、その文字が左から止まって行き……最後にガチ! と、止まると、画面にオメデトウゴザイマスの文字が。

 すると、目の前にある黒い石が白い光を出して、商品を購入した時と同じように点滅すると、ゴトン! と、何かが黒い石の下にある箱の中に落ちて来た。 恐る恐る取っ手を引いて中を確かめる二ノ宮君。


「……剣だ。」

「え? 二ノ宮君が使えるヤツ?」

「分からない……な。 なんだろこれ。」

「商品を売る時みたいに、箱に入れたまま、取っ手を押してまた閉めてみたらどうでしょう?」

「ああ。 三島さんそれ良いね。 商品の確認項目があったもんね。」


 その三島さんのアイデアで、二ノ宮君の画面に、剣の詳細が出て来る。


 アイテムランクB ショートソード+2 オブ ライトニング 6000P


 ショートソード+2ニ、ライゲキノマホウガフウジコマレタモノ


「……ねぇ。 それって、結構……いや、かなり良い物じゃない?」

「う……うん。 冒険二日目でこんな武器持っても良いのかな……。」


 いきなりゲームの話を持ち出して来る二ノ宮君。 っていうか、ゲームの話で思い出した。


「これ、ガチャって事?」

「それっぽいよね……。」

「ガチャって何ですか?」


 ああ。 三島さん、ネットゲームはあまりやらないのだったわね。


「ポイントとか、コインとかで、ルーレットを回して、当たれば良いアイテムが出るの。 それで課金させてゲームの運営資金にしてるゲームもあるんだよ。」

「あー。 あの、コンプガチャとか、セットガチャとかいう、アレですか。」

「まあ、そんな感じかな。 三島さんもやってみたら?」

「あ。 は、はい。 何が出るんでしょうか。 不謹慎だけどドキドキしますね。」


 確かにこれから同級生を殺すのに、ガチャで一喜一憂するのは不謹慎かもしれないが、ガチャの結果によっては、二ノ宮君の様に、あいつらを殺すのにも有利になる道具が得られるかもしれないのだ。

 やがて、カタン、と、軽い音が、箱の中に響いた。


 その軽い音という事で、少し嫌な予感がするが、取っ手を引いて中を見てみると、そこにはポーションの様な小瓶が一つ。

 ただ、色はポーションとは違う様だ。 二ノ宮君と同じように、鑑定の為に扉を閉める三島さん。


 アイテムランクC ポーション オブ スピード+2 800P


 スベテノソクドガ3ジカンアガリマス


 おお。 これも良い物じゃないか。


「今回に打ってつけですね……。」


 うっとりと小瓶を見つめ、頬を擦り付ける三島さん。 普段そんな事をしたら、変な人に見られるかもしれないが、彼女は本気なので、私は逆にぞくり、と、した。


 さて。 次は私の番だ。

 画面の象形文字が回り――――やがて止まった。


 大丈夫。 大丈夫だ。 運が私より低い二ノ宮君だって良い物が当たったのだ。

 私だって、結構良い物が……。


 何故だろう。 何も音がしないわ。

 でも、黒い石は光った。 という事は、もう中に入っているのか?


 恐る恐る取っ手を引いてみると――――パタン。 私は瞬間的に取っ手を押し戻した。  


「あれ? 何入ってたの? 織部さん。」

「織部さんも中身鑑定するんですか?」


 いや。 鑑定よりも何よりも……。

 もう私が一番のハズレを引いたのは一目瞭然で……。


 アイテムランクD シルクブラ 80P


 ツケゴコチノヨイブラジャー


 ああ。 なんだろうこの、昨日赤いとんがり帽子を見た時と同じく、地面に落として踏みつけたくなる衝動は。

 二人は、私の画面を覗き込んだ後、これは長く画面を見てはいけない! と、私の画面から瞬時に目線を逸らして、それぞれまた戦う準備を始めたのだった。


 後日談だが、実はかなり付け心地の良いブラな事だけは本当だった。

 しかも、自分のサイズに合っていて、カップ付きのタンクトップを愛用していた私には初めてのブラジャーだった……。


 ◇


 時刻は、正午を回った。

 それでも、まだだらだらと酒場に居て、迷宮に行く様子は無い三好グループ。

 私達も、サンドウィッチなどの軽食を食べて空腹を満たすと、なんと、三好達がビールやワインなどの酒を飲み出したではないか。

 もしかしたら今日は行かないのかもしれないな、と、少し諦めの気持ちを込めて、ため息を付く二ノ宮君と三島さん。


 と、その時だった。 朝から迷宮に入って居て、今帰って来たのか、日立君のグループが酒場に入って来たのだ。

 ビクン、と、身体を緊張させ、日立君の方を見る二ノ宮君。

 私も、昨日の今日なので、小便臭いと言われた事を思い出しながら日立君を見つめた。


 昨日の午後から、更に迷宮に篭ってパワーレベリングでもしているのか、日立君の篭手や盾が、光る物に変わっており、魔法職の女の子は、光るマント、あれがマジックマントだろうか、や、光るワンドなどを持って居た。


「日立達は、どれくらいの強さなの?」

「ええ……と、日立君が赤で、もう1人の女性、樫木さん、ですかね、も、薄い赤です。 あとの4人は白ですね。」


 そう二ノ宮君の質問に答える三島さん。 一緒に行動しているのならば、同じレベルだろうに、資質の差が出るのだろうか。 そういえば、三好のグループも、三好だけが白だと言って居たわね。


「目立つな……あれは。」


 何に対して、というのは、勿論……今は居ないが、あの、多分他の挑戦者を殺して居るであろう8人組だ。 いつか目を付けられて、狩られないと良いのだけれど……。


「その前に、僕達が……。」

「え……。」


 私がつい、意外そうな声を上げると、あ、しまった、という顔をした二ノ宮君。

 ……まさか、二ノ宮君……日立君も殺す気になっていたのか。


「でも、今じゃ、無理だと思います。」

「え? ……うん。 そうだね。」


 そんな二ノ宮君に、『今は』無理だと言う三島さんだが、その言葉に、否定的な要素は微塵も感じない。 むしろ、彼女は堅木さんを見つめて、頬を引き攣らせて居た。

 つまり、二ノ宮君の賛同者という事であり、それが分かった二ノ宮君は、三島さんを見て、うっすらと微笑んだのだった。


 何が二人をそうさせたのか、私にははっきり分からない。

 けれど、二人が目に宿してる殺意は、本物である事だけは理解出来た。


 ◇


 事態が動き出したのは、それからすぐの事だった。

 日立君達は勿論三好のグループの事など相手にもせず、また三好も日立君達の実力が分かっているせいか、ある意味隠れるようにして酒場で飲み食いしていた。

 その日立君達が昼食を食べて、宿屋に戻った後、不運にも鬱憤が溜まったであろう三好達の視界に、ヲタグループが入ったのだった。

 彼等は彼等で頑張って迷宮を攻略しているみたいだが、初期の私達の様に、試行錯誤して頑張って、ようやく皆、レベル1になったあたりのようである。

 それよりは度胸もあるせいか、効率良くレベルを上げて居た三好達がヲタグループにへらへらと笑いながら近付いて行った。

 何か起こる、と、思った私達は、目配せして立ち上がると、身を低くして三好達の後ろに近付いて行った。


「お前さ、何嘘ぶっこいてんの。 でけー犬なんか居なかったし。」

「う、嘘じゃない! ちゃんとこの目で見たんだ!」

「じゃあ何か? 俺達が行くすぐ前に、誰かが倒したっつーの?」


 三好に問い詰められる、ヲタグループのリーダー藤木。 寺下と三ツ矢という彼の仲の良い友人は、彼の背中に隠れるようにして立って居る。

 ちなみに三好が言っている事は事実である。 あの犬は私達が倒したのだから。


「し、知らないよ!! ほんとに居たんだ!!」

「でも、居なかったしー。 あ。 そーだ。 お前らさ。 ポーションとか持ってる?」

「……あるけど、なんでさ。」

「ちょっと試させてくんない? 大丈夫。 殺さねー程度に殴ったり刺したりしてみるだけだからさ。」

「「ひぃ!!」」


 と、短い悲鳴を上げるアニメ好きの女子二人。 私と結構仲が良かった、園島さんと、池谷さん。 その二人を見て、ああ、と、さっきの三島さんの気持ちがちょっと分かった。

 裏切られた気持ちって、結構……殺意に結びつくものなんだね。

 最初のグループ分けの時、2人が私をちらりと見て、それからすぐに藤木君に話しかけた事を良く覚えて居る。 その瞬間を思い出すと、何か胸に溜まった物が、噴き出しそうになるのだ。

 普段なら、酷い! とか、何とかしてあげなきゃ! と、思うべき今の状況なのだが、あんたたちが犯されても助けてあげないかもね、という気分になっている私。

 対人戦なら、私達三人は、もうあんた達よりも強いという気持ちも、それに拍車を掛けるのかもしれない。

  

「そ、そんなの、良いって言う訳ないだろ!」

「んじゃ、今からそっちの女二人うちの部屋に遊びに来て貰うけど? どっちが良い?」


 三好の彼女である保科も、稲本も、へらへらと笑って居る。

 自分の彼氏がそんな事をしても別に良いのだろうか。 それとも、自分達も一緒になって、虐めて楽しむのだろうか。

 そして、腕力では敵わないと考えて居るのか、全員後ずさるヲタグループ。 だが、藤木君が皆の前に腕を広げて、一歩三好に向かって足を踏み出した。


「わ、わかった。 僕だけなら、良い。 ただし、ポーションの補充分はそっちが用意してくれ。」

「いい度胸じゃん。 俺らと交渉しようっつーの?」

「僕らはギリギリで戦ってるんだ。 ポーションが無かったら絶対に死んでしまう。 遊ぶなら、せめて金は払ってくれよ。」

「……お前、そんな顔、出来るんだな。」

「ゴキブリ10匹に噛まれてね。 死ぬかと思ったけど……仲間に、なんとかして貰ったんだ。 今回だって、僕がもし死んだら、絶対にそっちの誰かは、僕の道連れにしてくれると思うよ。」

「……ちっ! つまんねーな! なんだよそれ! 完璧喧嘩売ってんじゃん!」

「で、遊ぶの? 遊ばないの?」

「もう良いよ! あっち行け、バーカ!」


 遊べない、と、分かったからか、興味を失って藤木君達に背を向ける三好。

 ……藤木君。 足が震えてるのに、良く言えたな。 と、感心はするが……。

 藤木君の決断は、蛮勇と言える物だった。

 藤木君達に背を向けた三好は、こちら側に顔を向けており、あっち行け、バーカ。 そう言った彼の顔には……悔しそうな感情は見えず、ただ、狂気が垣間見えて居たのだった。


 ◇


 とても、とても面白そうなおもちゃを見つけた三好。

 その三好達は、そのおもちゃで遊ぶために、迷宮の中、追跡をしていた。

 更に、その後ろを追跡する私達。


 三好達が、どうやって藤木君達を追跡するのか不思議だったが、稲本のスキルに追跡用のスキルがあったらしく、彼女が、こっちだ、あっちだ、と、指示して、三好達六人は進んで居た。

 私達のレーダーである三島さん曰く、稲本は、現在藤木達が居る場所を追跡しているのでは無く、軌跡を辿って居るのでは無いだろうか、という事であった。

 なるほど。 だから時間が掛かっているのか、と、納得する私と二ノ宮君。


 ただ、それは追跡される側にとっては、どんな方法であれ、意味の無い事。

 最終的には、こうして追い詰められて、しまうのだった。


 藤木君達に追い付いた三好は、最初はとても友好的な声を出しながら、彼等の元に近寄って行った。


「あっれ? 藤木? ぐうぜーん。 俺達も、今日の稼ぎを稼ぎに来たよーん。」

「み、三好君……。」


 対する藤木君達は、既に警戒し始めて居た。 私達が居る場所から三好の表情は見えないが、藤木君達の声で、これからおもちゃで遊ぼうとしている表情をしているのだろう、と、考えられる。


「そーだ。 一緒にさ、敵とか倒したり、する?」

「……良いのかい?」

「良いよー。 超良いよー。 一緒にさ、やった方がさ、効率良いんじゃん?」

「で、でもグループは六人だけって……。」

「ふーん。 あれ? そんな事言っちゃうんだ?」


 園島さんが、おどおどしながら言った発言に、苛立ちの声を上げる三好。

 誰もが思った。 これが暴虐の、始まりだ、と。


「我抱くは群青なる水。 果てなきみ……ぱぎゅっ!!」


 焦って詠唱を始めた池谷さんの口が、途中で何かに止められた。 口を何かで叩かれたのだろうか。

 通路の影に隠れて居る私達からは、何も見えない。 声と音だけが聞こえる。


「てめぇ! 池谷ぃ!! やるっつーんだな!!」


 稲本の甲高い声が張り上げられ、パシン!! パシン!! と、鞭が床に打ち付けられるような音がする。 瞬時に、腰にぶら下げられて居た、稲本の鞭を思い出す私。


「漆黒の影よ、我が声を聞け。 這え。 絡め。 そして彼の物の動きを止めよ。 オルゼル、ケラ、プレアターナ、ブライブライ、ノワーリェ。 這いよる影シャドウクローラー!!」


 三好グループの女、遠藤の詠唱、そして魔法だ。


「うわ!! 足が!!」

「こっちもだ! 動けない!!」

「諦めるな!! こっちも詠唱を開始するんだ!!」

「我が友、熱き朱色の炎よ。 現にこ……あぶっ!!」

「ダメだよ藤木君、稲本さんに邪魔されて詠唱出来ない!!」

「漆黒の影よ、我が声を聞け。 我が手に抱くは其の化身。 右に一つ、左に一つ。 そして愧ぜよ!  オゴーシュ、アドロワニ、ラ、エンプリアンテ、レス、ノワーリェ。 影弾シャドウブリッツ!!」

「うおっ!! な……あ……はぁ……ぼ、僕の腕、腕が!!」

「俺の足が!! 足が、太腿の下から感覚が無い!!」


 …………。

 声で、もう……ダメだと判断せざるを得ない程、藤木君達の戦況は、悪かった。


「ねぇ、そろそろ……助けてあげようよ。」


 私は、二人の耳元で、そう囁いた。 しかし……。


「今……助けるのは、どうだろうか。」

「私も、反対です。」


 二人は、いきなりそう言い出したのだった。

 追跡するのは、三好達から藤木君達を守る為だと勘違いしていたのは私だけだったらしく、二ノ宮君と、三島さんは、クラスメイトが酷い目に遭う事よりも、殺す確実性を模索していたのである。

 やがて、藤木君達は、どんな事をされているのかは分からないが、断続的に痛みの声を上げる。


「いたっ!! たっ!! あぐっ!! あっ!!」

「ちょ、お願いだから!! も、もう、やめ!! て、くれ!! たっ!!」

「やだよー。 調子、ぶっこいちゃったね、藤木。 俺等舐めるとどうなんのか、たっぷり身体に教えてやんよ。」

「え? 何で俺を見るのかなー、三好っち。」

「古田! お前に決めた!!」


 ゲラゲラと笑う三好の声。


「よーし。 いくぜー。 俺の魔法は酷いぞ。 死ぬ思いだぞー。 ま、詠唱短いけどねー。 鈍く光る鋼鉄よ。 固まれ、固まれ、塊に、固まれ、長く。 そして、尖れ。 ポルタ、エメ、ネーチャ、スペルタニカモーレ。 楽園消失パラダイスロスト!!」

「うおぁぁぁぁぁ!!! あぁぁぁぁ!!! がぁぁぁぁ!!!」


 響き渡る藤木君の悲鳴。 そんなに酷い攻撃だと言うのか……。


「どーよ。 俺の魔法。 外傷無しで痛みだけ体中に与えるという、モンスター相手にはほぼ役立たずな魔法!」


 確かに最悪な魔法だった。 しかし、効果的なのは本当だろう。

 既に藤木君は痛みからか、遂に三好に謝罪の言葉を述べて居た。


「ご、ごめ、三好君。 もうやらないから、逆らわないから。 お願いだから、許して。」

「んー? どーしよっかなー。」


 ヤンキーの特徴を、ご存じだろうか。

 この、命乞い、そして、助けを乞う言葉が、一番の大好物である事を。

 三好は、絶対笑って居る筈だ。 顔を見なくても分かる。

 そして、それは女のヤンキーも一緒である。 遂に稲本が笑い出した。


「っは!! あははっはは!! 小便垂らしてんよこいつ!!」

「った!! もう、本当、勘弁して下さい!!」

「何言ってんの。 ここまでやって許す訳ねぇじゃん。 そっちの二人、腕と足がもう無いんだけど、ポーション飲ませなくて良いのかよ。」

「池谷さん、リュックからポーション出して! あっ!!」

「あっははっはは!! ばーか。 飲ませる訳ねぇじゃん。 そういや、どんな味すんのこれ。 やべっ! 意外にうめぇ!!」


 そして、保科。 最悪の女コンビだ。

 不良を不良たらしめる指標があるのだとすれば、彼女達はボーダーをかなり超えて居る。

 私達には理解出来ないが、不良は、より不良行為をすればするほど、同じ不良の仲間からは、偉大な存在と指示されるのだ。

 例えば、警察官を殴り殺したなどというエピソードがあったら、その不良は伝説級だろう。

 マジ、ぱねぇ、とか、マジ、やべぇ、とか言われてしまう、憧れの存在だ。

 まあ、そんな事を思い出したのは、二人の女が指示した、最悪の提案からだ。


「三好っち。 池谷と園島、ここで……やっちゃって。」

「おい、マジかよ稲本。」

「こいつら舐め腐ってんじゃん。 で、あたし達がケツほじくってやんよ。 これで。」

「おま、それってナイフじゃん。」

「ちげーよ。 ダガーっつうんだって。 え? 何? やりたくねぇの?」

「やー。 そりゃ、んー。」

「ばっかじゃん幸雄。 あたしそんなんで嫉妬しねーし。 ってか、あたしもケツに刺して良い?」

「なんでお前らそんなにケツ好きなんだよ!!」

「はいはい。 古田も参加だよ。 お前チ〇ポでかいんだからさ。 処女の女一気にやるの見せてくれよ。」

「マジで? 裂けるかもよ。」

「ばっか! そんなに大きくねぇよほんとは!! あははははは!!」

「ってか、同級生レイプとか、マジやばくね?」

「何、三好っち、ブルってんの?」

「な訳ねぇじゃん。 って、おい。 ちょっと待て。 何か池谷、漏らしてんだけど。」

「ああ。 じゃあ良いよ俺そっちで。」

「まじで!? お前そんな趣味あんの!?」

「え? 結構好物だけど。 でもうんこはな。」

「うんこっつーなよ!! これからケツの穴刺して遊ぶのに!!」


 ……どうしよう。 もうこれ以上聞いて居たく無いのだけれど。

 まだ、突入しないのかと二人に聞こうとする私――――だったが、


「男が無防備なのは、ズボンを降ろした時だから。」

「そうです。 それまで待ちましょう。」


 そんな、私の心の声を聞いて、私に囁いて来る二人だった。

 いや。 クラスメイトが犯されて、お尻の穴をナイフで穿られそうになってるのに、その瞬間まで待つってのは……どうなの? 

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