迷宮侵入

 召喚された部屋を出た私達三人、私、織部加奈と、車椅子の少女、三島陽菜、そして、男子の二ノ宮孝太君。

 私は三島さんの車椅子を後ろから押して歩いて居て、その前を、二ノ宮君が後ろを気遣いながら歩いて居た。


 扉から出た先は、6m程の幅の広い通路。

 その通路には、左右、等間隔に扉が付いており、その扉の間にオレンジ色の光の玉が壁に埋め込まれて居て、周囲を照らして居た。

 

 と、通路の右側から、人がこちらに歩いて来るのが見える。


 クラスメイトかと思い、目を凝らして見ると、そうではなく白人と、黒人の6人の集団だった。

 6人、という数字で、彼等が何者なのか瞬時に理解する私。

 迷宮を攻略するチームなのだろう。

 私達を召喚した女性が説明に慣れて居た理由も同時に分かった。

 私達だけでは無く、世界中から人が召喚されて、攻略に送り出されて居ると言う事なのだろう。


 三島さんが、近づいて来るその集団を見て、びくり、と、身体を震わせる。

 皆、身体が大きく、白人の男性が三人に、黒人の男性が一人、そして白人と黒人の女性二人という組み合わせの集団だった。

 彼等にいきなり何かをされるとは思わないが、身体の小さい女子中学生の私達が、彼等になんだか怖いという印象を持ってしまうのは致し方ない。

 その集団は、まるでゲームの世界の主人公の様な恰好をしており、カラフルな鎧や、剣、装飾品、女性は上品なローブや、外套、それから豪華な杖を持って居たりする。

 まるで神話の中の人みたいな恰好をした人達なのに、まだ完全に迷宮を攻略してはいないのだろうな。

 そうでなければ、弱々しい私達が彼等の後に召喚される理由が無いもの。

 そう考えると、急に不安になる私。

 そもそも私達三人で、生き残って行けるのかな……。


 やがて、その集団とすれ違う私達。

 先頭の豪華な銀色の鎧に身を包んだ男性が、ちらり、と、私と三島さんを一瞥し、やがて興味が無さそうに視線を逸らした。


「What are you looking at Dave. I didn't know you have that kind of taste of woman.」


 その先頭の男の人に、話しかける黒人の男性。


「She is not even a woman ass hole. You think I'm a Pedophile? Go fuck yourself Alex.」


 何を言って居るのかは分からないが、多分、英語だろう。

 黒人の男性は急に笑い出して、白人の男性の背中をバンバンと叩き……通路の左側を奥に歩いて行ってしまった。

 あっちが、迷宮の入口がある方向なのだろうか……。


 それにしても、何と言って居たのだろうか?


「……行こう。」


 私は彼等の発言に気になって居たのだが、その考えを遮るように、行こう、と、私達を促す二ノ宮君。


「う、うん……。」


 同意して、彼の後に付いて、三島さんの乗った車椅子を押す私。


 ◇


 通路を右側に進んで左側、今私達の目の前にある扉には、剣と盾のマークが付いて居た。

 雑貨屋、なのだろうか。 まずはそこで準備を整えようと考えたのか、その扉の前で立ち止まる二ノ宮君。

 と、その扉が内側から開き、6人の集団が現れた。

 今度は、クラスメイトであった……。


 アニメ好きの女の子二人と、アニメ、ゲーム好きの男子の集団であった。


 女子の飯田さんと菊池さんとは、普段、良く話をしたりもしたが……誰一人として、こちらとは目を合わせずに、そそくさと何処かに行ってしまった。

 彼等、彼女達の手には、既に武器が携えられており、恰好も、革の鎧などを着込んで、冒険者風の恰好に変わって居た。 これから迷宮に向かうの……だろう。

 6人の姿は、通路の奥にと消えて行った。


「挨拶くらい、してくれたって良いのにね。」


 苦笑いしながら三島さんが言った。


「それだけ後ろめたいんじゃないかな。」


 と、それに返す二ノ宮君。 まあ、ごもっとも。

 そして、二ノ宮君は剣と盾の絵が描いてある扉、多分雑貨屋だろう、に、手を掛けて、押し開いた。

 ぎぃ、と、音を立ててその扉が内側に開いて行く。


 扉の中は、薄暗く、盾に細長い部屋。

 その細長い部屋の両側には6つづつ、計12個のカウンターテーブルが並んでいた。

 それぞれのカウンターテーブルは、仕切りで区切られており、それぞれに6つの椅子が置いてあった。


 部屋の中には何人か人が居て、そのカウンターに座って黒い板のような物を弄りながら、チーム同士で何やら話をしているようだ。

 きょろきょろと周りを見て見ると、右の斜め前、私達と同じ、アジア系の人達がいる隣のカウンターが開いて居たので、


「二ノ宮君、あそこ空いてるよ。」


 そう言ってそのカウンターを指差す私。


「……うん。 あそこにしようか。」


 二ノ宮君が一瞬考えたのは何故だろう? 同級生かと思ったのかな。

 まあいいか、と、三島さんの車椅子を押してカウンターに向かう私達。


 カウンターには、黒い板のような物が6枚斜めに立て掛けてあり、その板の横に、丸い穴が開いて居る。 隣のカウンターをこっそり覗いて見ると、なるほど、クリスタルをその穴に入れて、黒い板に浮かび上がった文字で操作するらしい。

 早速、私も制服のスカートのポケットからクリスタルを出し、その穴に入れる。

 三島さんと二ノ宮君もほぼ同時に入れた様だ。


『ヨウコソピピナショウテンヘ』


 そうカタカナで表示された後、商品のリストが同じくカタカナで表示された。

 結構読み難いのだけれど……。

 にしても、ピピナ商店って、なんだか響きが変な感じ。

 そんな事考えても仕方ないんだけどね。


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ナイフ - 50P ― X

ショートソード ― 120P ― X

ロングソード ― 300P ― X

モーニングスター ― 260P ― X

ロッド ― 80P ― 〇

ショートソード+1 ― 1200P ― X

↑ ↓             *1000P*


ブキ ボウグ ニチヨウザッカ ホウセキ モドル

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黒い板には、白い文字が浮かび上がって居た。

 一番右の、バツと丸は何なのだろうか……ああ。 装備出来るか、出来ないか、か。

 って、私、ロッドしか装備できないじゃない……。


 矢印を下に操作しても、私が装備出来そうな物はそれくらいしか無かった。

 ロッド+1というのも売って居たが、効果が分からない上に、いきなり2500Pにまで跳ね上がるなんて。

 私がお母さんが福引で当てたノートパソコンでやっていたネットゲームなんて、武器は+4にするまでタダ同然だったのに。

 ついゲームと一緒にしてしまったが、プラスいくつとか見てしまうと、ゲーマーとして反応してしまうのは仕方が無いのです。


 と、ちらりと二ノ宮君の黒い板を覗いて見る。


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ナイフ - 50P ― 〇

ショートソード ― 120P ― 〇

ロングソード ― 300P ― X

モーニングスター ― 260P ― X

ロッド ― 80P ― X

ショートソード+1 ― 1200P ― 〇

↑ ↓             *1000P*


ブキ ボウグ ニチヨウザッカ ホウセキ モドル

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 二ノ宮君はやっぱり近接戦闘系っぽい。 でも、ロングソードは装備出来ないんだ?

 私に見られたのが分かったからか、えへへ、と、ふわふわの頭を手で触りながら笑う二ノ宮君。

 こんなのしか装備出来ないやって、自虐的に笑っているのかな。

 

 ◇


 結局、私の装備はこんな感じ。

 ハット 80P

 ローブ 80P

 ロッド 80P

 レザーブーツ 80P

 レザーグローブ 80P

 ポーション X 6 480P


 残り 120P


 駆け出し冒険者まんまと言ったところか。 ポーションは、高く感じたけれど、見たところ私達に回復役は居ない。 ポイントに余裕のある私が、人数分の倍買って持っておく事にしたのだ。


 二ノ宮君は、こんな感じ。


 レザーヘルム 120P

 レザーアーマー 200P

 ショートソード 120P

 レザーブーツ 80P

 レザーブーツ 80P

 スローイングダガー X 12 120P

 ダガーホルダー X 2 60P

 

 残り 220P


 軽装備の前衛という感じだ。


「盾は装備しないの?」

「……うーん。 なんか気持ち悪いんだ。」


 スモールシールドが装備出来た筈なのに、選ばなかった事を不思議に思った私は彼に聞いてみた。

 その答えが、『気持ち悪い』だとは意外であったが。

 まあ、本人が嫌なのなら嫌なのだろう。

 敢えて突っ込まず、


「スローイングダガーって、投げナイフだよね? 二ノ宮君、出来るんだ?」


 投げナイフに興味を持った私は、彼に聞いてみた。


「うん。 おじさんに教えて貰ってね。 結構上手いと思うよ。」


 なんだ。 資質がタヌキとか言われてたけど、結構戦えるんじゃない。

 少なくとも私のキツネよりはマシなようだ。


 ちなみに三島さんはこう。


 バンダナ 20P

 アイアンブレストプレート 320P

 ロングボウ 200P

 アロー X 24 48P

 レザーグローブ 80P

 レザーブーツ 80P

 キャンプセット 200P


 残り 52P

 

 彼女も、ゲームに関しての知識があったのか、キャンプするかもしれないならこれは必ず必要だと言い出して、私達の為に買ってくれた。

 そう言えば、日用雑貨の項目には沢山種類があったが、私達は迷宮を攻略するにあたり、日々の生活もしていかなくてはならないのだった。

 そして、日々の生活という時点で、女としてあれはどうすれば良いのかという疑問が沸く。


「ね、ねぇ。 三島さん。 あの、トイレとかどうすれば良い……のかな。」


 と、小声で彼女に聞いて見る私。

 それは私も考えて居たとでも言わんばかりに、黒い板のニチヨウザッカの項目を押し、カンイトイレボトル―オンナという文字を指差す三島さん。

 値段は……10P。

 ……これは、多分……必需品だ。 私達は一つづつ購入する事にし、


「三島さん、アレは大丈夫?」


 と、トイレボトルの下にあったサニタリーグッズという文字を指して言う私。


「……買っておいた方が、いいと……思います。」

「うん……そうだね。」


 二ノ宮君が居る横で生理用品を買うのはかなり恥ずかしいが、始まってから焦るという失態を見せるよりはマシだ。

 20Pでそれをそれぞれ購入する私達。


「物を入れる袋とか、リュックとか用意した方が良くない?」


 と、いきなり二ノ宮君が私と三島さんに話しかけて来た。

 自分達が今何を買って居たのか見られたのかと一瞬考えてしまったが、私達の焦った顔に、うん? と、首を傾げる二ノ宮君。

 他意は無かったようだ……。


「あ。 私……ポイント足りないみたいです。」


 と、三島さんがリュックサック―Lを買おうとすると、40Pの表示が出て、残り22Pのところが点滅し、ポイントが足りない、と、教えて居るのだろう。


「そうだ。 僕が二人に買うよ。 織部さんは皆にポーション買ってくれたしね。」

「え? 良いの?」

「うん。 まだポイント結構余ってるし。 じゃ、三つ買うね。」


 と言って、三つを購入し、トップ画面に戻り、カイケイという文字を押す二ノ宮君。


 そう言えば、商品はどこから出て来るのだろう、そう思って居た時、カウンターの前の黒い石が、白い光を出して点滅し、ゴドン!! と、音がした。

 黒い石の下に、取っ手があるのに気が付くと、二ノ宮君はその取っ手を引いた。

 中には、彼が購入した商品一式が入っており、それを一つ一つ取り出す二ノ宮君。


 そして、私と三島さんに一つづつ、リュックサックを渡してくれた。

 布と皮で作られて居たそれは、両脇に小さいポケットが二つ付いている他、中には結構物が入りそうな空間があり、シュルダーベルトには金具が二つ付いて居て、何かを引っ掛けられるようになっていた。


「あ。 そうだ。 水は?」


 その金具に引っ掛ける水筒を連想した私が二人に言うと、『あ。』という顔をする二人。


「じゃ、水は私が買うよ。」


 ボトル―水入りは12Pだった。 それを三つ買う私。 残りは54P。 まだ何か必要な物は無いかと考えるが、お昼ご飯は二時間前くらいに食べたばかりなので、食べ物系はまだ良いか、と、私も会計をした。


 トイレボトルとサニタリーセットを二ノ宮君に見られないようにささっとリュックに入れる私。

 そして他の荷物も引っ張り出すが……。


「どこで着替えたら良いんだろ?」


 と、私はキョロキョロと周りを見渡す。


「あれじゃないかな?」


 二ノ宮君が指差した先には……ああ。 なるほど。 フィッティングルームなのだろう、木の扉がいくつか並んだところがあった。

 早速私は行こうとするが、ふと、三島さんが悲しそうな顔をした。


「あ。 ご、ごめんね。 一緒に行こう。」


 良く考えなくても、三島さんは一人でフィッティングルームに入って着替えは出来ない。


「こちらこそ、ごめんなさい。 コレ、もっと上手く使えれば良いのですけれど。」


 そう言って、車椅子を指す三島さん。

 まだ使い始めてから一年半だからか、自分で車輪を手で回すのが上手く無い彼女。

 それに、石畳の上では、それが更に難しい。

 ちゃんと分かってあげないと、な。 と、反省する私だった。


「じゃ、会計して。 一緒に行こ?」

「うん。 ありがとう、織部さん。」


 にこ、と、笑みを浮かべながらそう答えた三島さん。


 ◇


 フィッティングルームの中は、奥行があったのでそれほど狭く無く、三島さんと一緒に入っても窮屈には感じなかった。

 私達は制服だったのだが、三島さんは制服の上から鉄の胸当てを装備し、私は制服を脱いで、ローブを着込んだ。

 最初は制服の上から着たのだが、結構厚い生地で、なんだかモコモコして動きにくかったのだ。

 脱いだ制服は畳んでリュックの中に入れた。

 同じく、ローファーも脱いでリュックの中に。 そして、革のブーツを履く。


 三島さんの革靴も脱がせて、革のブーツを履かせてあげた。

 三島さんは、私よりも一回り足のサイズが大きいようだった。 が、ぴったりとフィットするのに驚く私。 自分のブーツのつま先を触っても、隙間は感じない。

 知らない間に個人情報を盗まれている気分になって、多少嫌な気持ちになるが、勝手にサイズを計ってくれて便利な事には変わり無い、と、自分を納得させる私。


 さて、後は皮の手袋を履いて、ロッド、まあ、杖だな。 長い木の杖を持って……ちらりと帽子を見た。

 三島さんのバンダナは、白銀。 それを、髪の毛の上からする三島さん。

 弓を射る時に、髪が邪魔にならないようにする為らしい。

 バンダナを付けた三島さんが、こちらを向いて、どうですか? と、言った。

 正直、凛々しくて、似合って居た。


「良いと思うよ。 ……うん。」


 何故ちょっと私の元気が無いのかというと、私の購入した帽子、なのだが……なんで真っ赤なのかしら。

 ちなみにローブは真っ黒である。

 ちょっとバカにされているとしか思えないわ……。

 私はその真っ赤なとんがり帽子を踏み潰したくなる衝動に駆られていた。


「それ、可愛いですよ。」

「え……?」


 ……可愛いのか? これ。 ……想像してみる私。

 は、と、自分の眼鏡を取る。 眼鏡のフレームと……同じ色だ。

 まあ……被ってみるか。


 きゅ、と、頭が多少締め付けられる感覚。 だが、そんなに悪くは無い。

 そして、眼鏡を掛けて、三島さんにどう? と、聞いて見た。


「織部さん可愛いです!! 凄く似合ってますよ!!」

「そ、そうかな? へへ。」


 他人に褒められるのは慣れて居ないので、照れ隠しに頬の両側に手を当てる私。

 皮のグローブのひんやりした感触が頬に伝わる。


 さて、と、自分の恰好を見直して見る私。

 ……なんだか、本当に魔法使いになった気分である。

 まだ魔法は使えないから、(仮)という事にしておこう。


 ◇


 フィッティングルームを出た私達を、同じく着替えを済ませてリュックを背負っていた二ノ宮君が待って居た。

 彼の革の帽子は……深緑ふかみどり。 頭の装備は属性によって色が分かれるようだ……。

 彼も、私の頭に乗って居る赤いとんがり帽子を見て、ああ、という顔をした。

 けれど、私の頭からつま先までを見て、意外そうな顔もした。


「え? な、何? 変かな?」

「い、いや! なんか本当に魔法使いみたいだなって。」

「二ノ宮君だって……なんか盗賊っぽいね。」

「……うん。 シーフっぽいよね……。」

「ま、まあ、キツネとかタヌキとか言っても、魔法使いと盗賊みたいな資質はあるって事だから、ね。」

「赤いキツネと緑のタヌキですか……。」


 ボソリ、と、そう言ってしまう三島さん。

 なんて事をっ!!

 敢えてツッコもうとしなかった私と二ノ宮君なのに!!

 三島さんがつい言ってしまった、と、口に手を当てる。

 ……私達はカップ麺じゃないっつの!!


「ご、ごめんなさい。 つい……。」

「そりゃいつかツッコまれるかと思ってたけど……ね。」


 額に指の先を当てて、溜息を付く二ノ宮君。


「赤いとんがり帽子を見た時には踏み潰したくなったわ……。」

「僕も、この皮の兜、わざわざ緑色に染めてあって殺意を抱いたよ……。」

「二人共!! ごめんなさい!! 本当に悪気は無かったの!!」

「もう良いよ、三島さん。 気にしてないから。 ね? 織部さん。」

「う、うん。 だってね。 仕方ないもんね。」


 自分の属性と資質なのだ。 何であれ、受け入れるしか無いのだ。


「これからどうするの?」


 と、話題を変える私。


「うーん。 迷宮、行ってみようか? ただじっとしててもポイントは増えないんだし。」


 そう答える二ノ宮君。 まあ、それしかないよね。


「あの、他の人を誘って、6人で編成するっていうのはどうですか?」

「三島さんが言いたい事は分かるんだけどね……多分、無理だと思う。 今周りに居る人達、見て。 皆6人編成でしょ? 5人の編成の人も居るけど。 それに、ド素人の僕達が3人居て、人を募集しても集まるとは思えないんだよね……。」

「うん……そっか。 そうですよね。 ごめんなさい。 私、頑張りますから。」


 弓を持って、それを前に出して、ふん、と、気合を込める三島さん。


「私は、頑張って三島さんを運転するね!」

「えっ!! 何でそんな、私に乗るみたいな言い方なんですか!!」

「お湯を注いで5分経ったら食べられそうな属性と素質でごめんね?」

「えー! もう、気にしてないって言ってたじゃないですか!」

「冗談だよー。 じゃ、ほんとに行こうか。」


 笑いながら二人に言う私。 軽く頷いて、歩き出す二ノ宮君。

 その後に、私は三島さんの車椅子を引いて付いて行った。


 ◇


 もし、階段があったら三島さんをどうしようかと考えて居たが、迷宮に行く入口がある場所は、通路の行き止まりに書かれた魔法陣の上だったようだ。

 私達は、多分そうだろうな、とは考えて居たが、確信が持てなかったので、他の人達が来るのを、三人で何かを相談しているフリをして待った。

 と、先程雑貨屋に居たアジア系、多分中国人だろうか、の、6人組がやってきて、魔法陣の真ん中に立ち、何かを言う。

 すると、一瞬光った後、彼等の姿が居なくなっていた。


「やっぱり、ここが迷宮の入口なんだ?」

「だと思う。 中国語の数字って、イー、アル、サン、スー、ウー、リョウ、チー、パーとかだっけ?」


 そんな事を言い出した二ノ宮君。 そんな事いきなり言われても……。


「うん。 確かそうな筈です。 という事は、さっき言ってたのは三階って事ですかね。」


 聞き取れたのか、そう言う三島さん。 凄いな、2人とも。 私には全然分からなかったよ。


「じゃあ、僕たちは勿論、一階だよね。 というか、最初は一階にしか行けないんだろうな。」

「よ、よし。 行こっか。」


 二ノ宮君が魔法陣に向かって歩き出したので、私は気合を入れる意味も込めて言った。

 どんな敵が出て来るのだろうか。 ちゃんと帰って来られるのか。

 そんな不安はあるが、私達は前に進むしか無いのだ。


「じゃ、二ノ宮君。 お願い。」

「ぼ、僕で良い? じゃあ、一階に転送!!」


 彼がそう言った瞬間、ギュン、と、世界が暗転した。


 …………。

 

 ……………………あれ?


「真っ暗だよ?」

「う、うん。 真っ暗……ですよね。」


 私が言うと、前の方から三島さんの同意の言葉が。


「二人共、居るんだよね?」

「居るよ! 三島さんも私の前に居る!」

「……灯り、買って来ようか。」


 いきなり失敗した私達だった。


 ◇


 まだ100P残って居た二ノ宮君が、自分に一本、それから私達に一本買ってくれた。 二本で10P。

 それを、魔法陣の横にある篝火で灯し、三島さんに手渡す私。

 私は車椅子を引くので、移動する際に手は使えないのだ。 敵が出たら私がたいまつを持つか、地面に放り投げて戦う事にしている。

 たいまつの灯りは、約6時間ほどで完全に消えてしまうらしい。

 ので、三島さんが携帯をポケットから出し、現在時刻を確認すると、午後14:48。

 小手調べなので、三時間程迷宮に潜る事にする私達。


「一階に転送!!」


 と、暗闇を、私達の二本のたいまつの灯りが照らす。

 迷宮の中は、しん、と、静まり返っており、床は石畳。 壁も同じく石で出来て居るようだ。

   

「……どっち、行こうか?」


 と、右と左に通路が伸びて居た。


「二ノ宮君、右利き? 左利き?」

「え? 左利きだけど。」

「じゃあ、右手の法則で行こうよ。」

「……ああ。 右手を壁に付けて進むダンジョンの攻略方法だね。 了解。」


 そして、私達は右側の通路を恐る恐る歩き出した。 


「敵って、何が出るんですかね。」


 車椅子に乗った三島さんがそんな話題を振って来た。


「さー。 ゴブリン、とか、オークとか?」

「織部さんも結構ゲームとかやるんですか?」

「も、って事は、三島さんもやるの?」

「う、うん。」


 と、主に家庭用ゲーム機で遊んで居ると言う三島さん。 私はそういうハードは持って居ないので、専らネットの無料ゲームだ。 しかもノートパソコンなので、高いスペックが必要なゲームは出来なかった。


「え? 三島さんもアレやってたの?」


 と、私がいくつかMMORPGのタイトルを言ったら、いきなり食いついて来たのは二ノ宮君だった。


「うん。 最近やってないけど。 LV上げがしんどくて。」

「へー。 職業何?」

「……笑わない?」

「なんで?」


 私は、自分をちょいちょい、と、指差す。


「魔法使い、か。 良かったんじゃない? ネットゲームと一緒で。」


 何が良いのか分からないが、真っ直ぐにこっちを見て言われたので、なんだか照れる。

 とんがり帽子のつばをくいと下に引っ張り、同時に下を向いて顔を隠す私。


「そういう二ノ宮君は何使ってたの? それこそシーフ?」

「残念。 実は同じだよ、織部さんと。」

「え? そうなんだ?」

「良いなー。 魔法使い。 僕も魔法使いたいよ。」

「ま、まだ分からないよ? LV上がっても魔法覚えなかったりして。」

「その恰好で魔法が使えなかったら詐欺だね。」


 あはは、と、笑う二ノ宮君と三島さん。

 と、そんな風に、ゲームの話をしている時だった。

 二ノ宮君の前に、何か光る物が見えた。

 たいまつの光に反射したようで、黒光りする……え。

 あれは……まさか……!!


「ゴ、ゴキブリ!?」


 でかい。 超でかい。 人間の3歳児くらいの、大きさのゴキブリが、6匹、こちらに向かって来ている!!


「織部さん!! これ持って下さい!!」

「わかった!」


 と、三島さんからたいまつを受け取ると、私も背中に挿してある杖を取り出した。

 こんなもので攻撃出来るのかどうかは分からないが、何も無いよりマシである。

 三島さんは、早速左手に持って居た弓を構え、車椅子の右に備えて居た矢筒から一本の矢を弓に番えた。


「織部さん!! ちょっと斜めに動かしてくれませんか!?」

「あ。 うん!」


 正面からだと、敵が狙えなかったらしい。 私は慌てて車椅子を動かし、敵に対して斜めに向ける。

 と、二ノ宮君は足に片方6本づつ挿してあるスローイングダガーを左手で二本抜き、人差し指と中指の間に一本、薬指と小指の間に一本づつ挟み、身体を横にして腕をくの字に曲げて構えた。

 右手には、たいまつを持ったままである。


 最初に攻撃を加えたのは、三島さんだった。

 ビシュ!! と、小気味良い音を立てて矢は敵に向かって飛んで行き……一匹のゴキブリの頭に突き刺さる。

 どっ、と、背中を地面にひっくり返してじたばたと暴れるゴキブリ。

 と、投げナイフの射程に入ったのか、右から左に腕を振って一本のダガーを投げ、再度左から右に振り回して二本目のダガーを投げる二ノ宮君。

 投げナイフの扱いは結構上手いと本人は言って居たが、投げるモーションが綺麗で、まるでプロの様に感じてしまう私。


 ドツッ! ドツッ! と、二本のナイフが一匹のゴキブリに命中。

 やがてそのゴキブリも背をひっくり返してじたばたと足を動かす。

 痛みによってもがいているだけなのだろうが、沢山の足が動いて気持ちが悪い。


 再度、三島さんが矢を射る。 が、今度はゴキブリが空を飛んで躱した。


 …………と、飛ぶのかこいつら!!

 

 まあ、ゴキブリが飛んでも当たり前なのだが、あまりの大きさに、飛んだ瞬間寒気がした。

 が、その飛んだゴキブリに、二ノ宮君が2m程の近距離から投げナイフを二発打ち込み、地面にべしゃりと落ちるゴキブリ。

 それを躊躇せず、足でぶち! と、踏み潰す二ノ宮君。

 小さくて可愛らしいイメージがあったけれど、結構男らしい二ノ宮君に、がんばれ! と、応援する私。 同時に、何も出来ない私自身に悔しさを覚える。

 次に二ノ宮君は、腰に挿したショートソードを抜いて構える。

 既に残りの三匹のゴキブリは、攻撃範囲内だ。


 まずは二ノ宮君を狙って二匹が飛び上がり、そして頭から突進してきた。

 それを目で追って、サッと右に一歩ステップして攻撃を躱す。 そして、躱した瞬間、ショートソードを持った左手を、前から後ろに振り上げた。

 その瞬間、背中の羽の片方を斬ったのか、ダン!! と、床に落ちるゴキブリ。

 そして、そのゴキブリの頭に、三島さんが放った矢がブツッ!! と刺さる。  


 先ほど二ノ宮君を攻撃したゴキブリは、反転せず、そのままこちらに向かって来た!!

 私は三島さんの前に出ると、我武者羅にたいまつをゴキブリに向けて振った。


 しかし、ドフッ!! と、腹の辺りに衝撃を感じる私。


「ぐっ!!」


 腹に、パンチをされた感覚、その痛みに身体をくの字に曲げてしまう私。

 こなくそ、と、右手に持った杖で床に落ちたゴキブリを攻撃しようと、杖の先を床に向かって突き出した。

 が、狙いがずれて、私は自分で自分の足の甲をべきっ! と、杖で叩いてしまった。


「はうぅぅ!!!」


 あまりの痛みに、情けない声を上げてしまう私。

 そしてなんと、ゴキブリは再び羽音を上げて飛び上がり、私の足元から、ローブのスカートの中に飛んできた。

 あまりのショックに頭が一瞬止まってしまう。

 さわさわと、足の内側に感じるゴキブリの羽ばたき。


 くらり、と、眩暈がした。


 その時だった。 私をドンッ! と、突き飛ばす二ノ宮君。


「きゃっ!」


 慌てて受け身を取ろうとしたが、失敗して尻もちを付く私。

 けれど、私のスカートの中に居た筈のゴキブリは、二ノ宮君のショートソードによって羽を斬られ、身体の真ん中に剣を突きたてられて居た。

 その二ノ宮君の横から、最後のゴキブリが飛んで来た。


 せめて何か役に立たなきゃ! と、私は思い、えい! と、そのゴキブリに向かって杖を投げた。


 今回は偶然かもしれないが、見事そのゴキブリの胴の部分に杖が当たり、二ノ宮君を狙って居た軌道が逸れる。

 そして、二ノ宮君はショートソードを地面に置くと、再びスローイングダガーを二本構え、ゴキブリの背中に向けて、シュッ!! シュッ!! と、投擲した。

 一本は外れたが、もう一本がお尻のあたりに命中。

 床に、ドチャッ! と、落ちるゴキブリ。


 それに駆け寄って行く二ノ宮君。

 そして、そのゴキブリにショートソードを背中からざくりと突き刺した!!

 ……やがて、動かなくなるゴキブリ。


 ……これで、全部だろうか。

 と、周りを見渡す。

 知らず知らずのうちに、私は肩で息をしていた。

 動く者は、私達三人以外、居ないようで……ある。


「なんとか、なったね。 織部さん大丈夫?」

「う、うん。 お腹は痛かったけど、もう大丈夫。 二人共ごめんね。 あんまり役に立てなくて。」


 私を心配したのか、尻もちをついたままの私に近付いてくる二ノ宮君。

 その二ノ宮君に、申し訳なさそうに言う私。


「そんな事言わないで下さいよ織部さん。 私は車椅子を織部さんに引いて貰えるから戦えるのですし。」

「……そうだよ、織部さん。 まあ、三人でなんとかなった。 それで良いんじゃない?」

「そっか。 そうだね。 えっと、この虫の死体とかどうするのかな。」

「あ。 見て下さいアレ。」


 と、三島さんが最初に射殺したゴキブリを指差す。

 それが、すう、と、透明になって消えて行った。

 不思議な光景である。


 何故、消えるのだろうか……。 まあ、そういう仕様なのだろうか。


 考えても仕方ないので、二ノ宮君が投げたナイフと、三島さんが射た矢を拾い始める私。

 と、経験値がどれくらいかと、何ポイント得たのか気になって、クリスタルを握って、『プレイエ』と、唱えた。

 次のレベルまでに26200。 2400程、必要経験値が減って居た。

 ゴキブリ6匹で2400か。 悪く無いのだろうか。

 けれど、私にとってはまだまだ遠い道のりだ。

 あと66匹倒さないと次のLVには上がれないし、魔法も使えない。

 

 入ったポイントは、60P。 一匹10Pか。

 水の入ったボトルを考えると、一日一回戦闘すれば、一食分はなんとか賄えるのかな。

 でも、寝る事も考えないと、な。 通路の床で寝るのは嫌だ。

 私達を召喚した女性は、宿屋はあると言って居たから、せめてベッドで眠りたい。


 その時だった。

 遂に……来てしまった。

 ……何がって?

 尿意です……。

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