一触即発
私達の目標である亜人と人間の戦争を止める為の作戦の第一歩が始まった。
まずは人間達に占拠されているリープポイントに赴き、獣人に対して蛮行を行っている人間を一部粛清させ、
上の事情など何も知らない人間を殺す事に抵抗があるかと言えばあるが、メルサーラのこれからを考えれば獣人と人間が共存する為にはお互いにルールを作る必要がある。
少なくとも狐族には人間とは争う意思は無いという明確な意図を伝える必要があり、だが蛮行には抵抗するぞという姿勢も見せる必要があるのだ。
「これから君には一人で向かって貰う。」
「ひ、一人で、ですか。」
てっきり他の狐族と柊さんも付いて来てくれるのかと思っていたが、
「俺も、他の狐族も今の君には足手まといにしかならん。 俺は狐族と一緒に集落に戻り、君の友人の容態を確認する。 あと、他の狐族には俺の家から使える物を全て運んで貰うつもりだ。」
と、淡々と言う柊さん。
「柊さんの家から……? 拠点を移すんですか?」
「いや。 この家はもう捨てる。 君がリープポイントから前線基地に移動する事が出来たなら、その場所を教えてくれ。 俺は一旦迷宮に入った後に仲間を集め、その座標に拠点の移動地点を書き換えてから君の近くに転送して合流する。」
「わかりました。」
私が頷くと同時に銀色の指輪を懐から取り出して差し出す柊さん。
「遠距離通信に特化させたコミュニケーションリングだ。 約五分程しか使えないのがネックだが、これなら大陸を超えても念話で通信出来るはずだ。」
その指輪を右手の義手で受け取り、左の人差し指にはめる私。
「今、狐族の皆に手伝って貰って、食べ物や使えそうな道具は家から運び出して居る。 それが終わったら、君の
「た、試し焼き、ですか。 つまりあの家を……燃やしてしまうんですか?」
「そうだ。 俺達は将来的にはエルフやドワーフ、そして今だその亜人達に組する獣人達とも戦う事になるだろう。 家を残しておけば俺と取引をしていた他の種族に変に勘繰られるかもしれん。 となれば、俺が居た痕跡を元から消してしまう方が良いだろう。」
柊さんは今まで亜人達と交易して日々を暮らして居た。
この作戦で全てを終わらせるという覚悟を、彼からひしひしと感じる私。
「あと、これは君の左手用の武器だ。」
桐の箱の中から80cm程の長さの小太刀を取り出し、私に手渡す柊さん。
「日本刀、ですか。 これも柊さんが?」
「ああ。 これ自体も迷宮の中で出回る武器の中では逸品と言えるが、魔力を込めた分だけ切れ味が増す特殊効果も付与してある。 攻撃を受け流す様な使い方ならまず刃こぼれもしないだろうが、鈍器などとの打ち合いには向いておらん。 その場合、右腕で防御して左手で攻撃する様な戦法の方が良いだろう。」
「何から何まで……すいません。」
「礼を言うのはこちらの方だと言っている。 俺達にとっての最後の希望なんだからな、君は。」
そう言われても、お世話になりっぱなしで申し訳ない気持ちの方が上回ってしまう私。
「そんな顔をするな。 結局俺は、俺達が望む死に場所を作ってくれと君に強いて居るようなものなのだ。 まだ若い君にも、
「それは……もう理解してます。 私だって、自分の死に場所くらい、自分で選びたいです。」
「今度は良い顔だ。 俺達の魂を――――故郷に還してやろうではないか。」
◇
小一時間経過して柊さんの家から荷物が運び出されると、私は言われた通り炎の剣を召喚し、左手に持って居るそれをプロミネンス状態の右手に持ち替え――――
上空に向けて火柱が上がった。
長さは約4m。
「こ、これは……。」
流石にここまでの威力だとは想像しておらず、たじろいで上半身を反らしてしまう私。
しかし、自分に危害を加える物では無いと実感すると、気を取り直してその炎の剣を虚空に振ってみる。
炎の剣の切っ先が弧を描いて伸び、4mだった刀身は、約3倍の距離の空気を焼いた……。
ふと柊さんを見ると、彼の当初の予想も超えていたのか、その威力に唖然とした表情を浮かべる彼。
「そのまま家を斬ってみたまえ。」
だが、躊躇う事無く言い切る柊さんに一つ頷いた私は、一晩お世話になった家を一閃する。
石造りの壁が真っ赤になるとやがて溶岩の様に溶け出し、木のドアや家具が一瞬で燃え上がり、飴細工を斬った様な感覚を手に残しながら、家は端から端まで炎の剣の業火により薙ぎ払われた。
続いて、家が建って居たであろう地面から、パツン、パツン、と小爆発の音が聞こえる。 まだ湿気を含んだ物があったのだろうか?
「土の中の水分が蒸発しているのだろう。」
そう説明してくれる柊さん。
火の粉を散らして、何もかもが焼け散るのに、僅か一分足らず。
ちなみに土台も、家の背にあった岩も真っ黒に焼けこげ、一部は土と同化している。
「あっ!」
いきなり炎の剣が消えてしまい、声を上げる私。
「威力を出し切ると効果が短くなるようだな。 約120秒くらいか?」
「そうみたいです……。」
「クールタイムが無いのであれば問題無いだろう。 通常は左手で小太刀を、右腕は硬化した状態で防御と攻撃に使うと良い。」
なるほど、と、小さく頷く私だった。
◇
狐族達は独りで向かう私を一応引き留めたが、全て作戦のうちだと説得して私は南へと向かった。
軽く疾走していた私の時速は秒速約100m程で、つまり10秒で1km走れる事になる。
草原が広がる大地からやがて木々が目立つようになり、やがて密林に至るまでの場所に5分足らずで到着した私。 柊さんが言って居た他の人が足手まといだという言葉を身に染みて感じる。
「一旦位置を把握しておこうかしら……。」
と、左目を瞑り、右目の遠視能力を使う私。
推定では100mの範囲が見渡せると言って居た柊さんだが、私の知力が高くなったせいか、上空からだとほぼ地平線まで見える。
ただ、ズームなどは出来ないので、半径15kmを見渡せると言ったところか。
「……まだ……やってる。」
戦場での娯楽と言えばこれだと言わんばかりに、先ほどとは違う人間の兵士が、獣人の少女を弄んで居た。
この兵士達にいきなり斬りかかりたい衝動に駆られる私だが、一応私は人間側の亜人としての生き残りとしてワープポイントに帰り、私が助けられた狐族の少女への暴行を
あと90km。 森を抜ける事になるので多少移動速度は落ちるが、約40分あれば辿り着けるだろう。
「もうちょっと待っててね……。」
そう独り言ちた私は、大樹を避けつつ森を疾走するのだった。
◇
人間達が制圧しているワープポイントには、150名程の兵士しか居なかった。
遠視した時にはもう少し数が居た筈だが、前線基地と人数調整でもしたのだろうか?
私はとんがり帽子を被りって狐の耳を、プロミネンスマントの中に尻尾を丸めて隠し、一目では亜人と思われない様な恰好でそのワープポイントにやってきた。
この世界の人間側の共通語で何やら詰問された私だが、その言葉が理解出来ない事が分かると、ワープポイントへと一人の兵士が歩いて行く。
多分念話が使える人間を送って来るのだろうだと思ったので、一応、
「リゼラ。 リゼラ。」
と、私の
――――さて。
私が問題行動を起こすのはこれからだ。
ポーチから狐族が握ってくれたおにぎりを取り出して食べつつ、ワープポイントの周辺を歩く私。
目的地は分かって居るが、一応色々なテントの中を
医療施設などは無く、駐屯している人たちの生活感が漂うテントばかりだった。
一つのテントに8人づつ泊まるようになっているのだなぁ。
どれも同じようなテントばかりで、隊長クラスと思わしき豪華なテントが無い事から、やはり念話か何かでお偉いさんは高見の見物をしながら指示を出しているのだろうな、と、勝手に思う私。
そして、目的地付近。 駐屯地から少し離れた場所にある、小屋。
何故テントでは無くて小屋なのかは分からないが、小屋で無くてはならない理由が彼等にはあるのだろう。 声が漏れるのを避ける為か、テントだと愉しむ相手に逃げられる可能性が高いからとかそんな下らない理由だろう。
そこには順番待ちであろう兵士が二人おり、私を見てぎょっとした表情を浮かべる。
知らないフリをした私は首を傾げつつ、小屋の近くに足を進める。
「***! *****!」
兵士の一人が驚いた表情で私に何かを言って来るが、私は構わず足を進め……
『た……ず……げ……で……。 た……え……か……。』
何かのリズムに合わせる様に、絞った声を上げる狐族の少女。
それが聞こえた瞬間私は小屋に走り寄ったが、兵士の一人が止めようと私の腕を掴もうとし、その腕を左手で捻って兵士の身を捩らせ、硬化した右腕で軽く腹を殴る。
「ご……。」
身体をくの字に曲げて地面に膝を付く兵士。
これは正当防衛よね? うん?
と、促す様にもう一人の兵士を睨みつける私。
そのまま身体を硬直させた兵士を後ろ目に、問題の小屋の扉を開け放つ。
むわりとした悪臭が私の鼻を突く。 人の体臭と、体液と、血、それが入り混じった匂い。
目前には、6人の獣人の少女達と、私が入って来た事で行為を一瞬止めた6人の兵士達の姿。
――――左手で抜いた小太刀を鞘から走らせ、脇の下から斬り上げる様にして一人の兵士の胴体から頭と左肩を斬り離し、振り上げた小太刀と共に次の兵士の元へと飛び、脳天から腹までを袈裟斬りにする私。
ぽかん、と、それを見ていた他の4人の兵士は慌ててズボンを履こうとするが、間髪入れずに全員の首を綺麗に撥ねてやった。
血しぶきが一斉に吹き上がり、凌辱されて居た少女達にその血が降り注ぐ。
少女達は悲鳴も上げず、目の前の光景にただ困惑している様子で、私が一人一人の首に繋がれた鎖を硬化させた右手で砕いて行くと、よたよたとした足取りで私に近寄って来る。
『大丈夫? 立てる?』
『だ……え……えすか?』
『貴女の同族よ。 一応王女って事になってるわ。』
『助けに、きてくえたんですか?』
可哀想に。 前歯がほぼ折られているので、上手く言葉も喋れないのか……。
『そうよ。 ここに居るので全員?』
『そうえす……他の子はみんな……。』
そうよね。 見てたから知ってるわ……。
『私は貴女の一族に助けられたわ。 今は人間側の兵士として身を置いているけれど、貴女達を見過ごす事は出来なかった。』
嘘と本当を交えて話す私。 嘘の部分は、実はこの子達でさえ交渉の材料としようとしている事、だ。
「***! **!」
外に居た兵士の一人が小屋の中に入って来て、私に怒鳴りつけて来た。
『何を言って居るか分かる?』
『わかあないです。』
『じゃあ身体で喋って貰うしかないわね。』
まずは硬化したブーツで兵士の足の甲を交互に叩き潰す私。
そして、くぐもった悲鳴を上げてしゃがんだ兵士の右腕を抱えると、
「えい。」
ボキリ、と、小気味よく折れる兵士の腕。
「おあぁぁぁぁぁ!」
今度は良く響く悲鳴を上げてくれたようだ。
その兵士の左腕を引いて、彼の身体を地面を引き摺りながらワープポイントへと向かう私。
その後ろを、解放された全裸の少女達がよたよたとした足取りで付いて来る。
私は適当なテントを小太刀で切り裂き、六枚の布を用意してから、飲み水として置いてある樽の中に両手を突っ込み、右手を少しだけプロミネンス状態にしてお湯を適温に沸かす私。
何をやっているのかと怪訝な顔で私を見る獣人達だが、
『身体を洗った後は、ただの布で悪いけどこれを羽織って。』
と、私が狐族の少女に言うと、他の獣人達にもエルフの公用語、だろうかに翻訳して伝える彼女。
すると、一瞬躊躇いながらも、近くに置いてあった桶でぬるま湯を水を掬い、頭から被り始める少女達。
ちなみに、他の兵士から私達は滅茶苦茶見られている。 が、それも私の想定内であり、両足と右腕を負傷した兵士は、逃がさない様に左手を私の足で踏み付けて拘束してある。
他の兵士達にも身に覚えがあるのだろうな。
私がこうして怒って一人の兵士を半殺しにしている事、そして少女達を解放した事。 人間の女とて、女として怒るのが当たり前の事を自分達がしていたのだと自覚するのには十分な証拠がそこにあるのだ。
ここで私に激高するなら、自分もそれをやってましたと自白しているような物なので、誰も口を挟んで来ないという奇妙な状態である。
『これはどういう事ですか?』
頭の中に女性の念話が流れ、この声は聴いた事があるなと認識する私。
『お久しぶりです、リゼラ隊長。』
『あなた……まさか……あの時の人間の亜人……?』
『狐族に助けられて、生き残りました。』
初めて見る姿を見る事になったリゼラ隊長。 茶色の瞳に赤毛のロングヘア、鎧は豪華な色を放った銀色のハーフプレートを身に着けて、私の前に立ち、私と獣人の女の子達を交互に見る。 声からもう少し上の歳かと思って居たが、見た目は20代後半と言ったところか。
『その狐族への恩返しが、これという訳かしら?』
『それもありますが、女としてこの子達がされている事に我慢出来ませんでした。』
『っ……。』
『人間の軍ではこういう事を許しているのですか?』
『亜人は敵であり、容赦する必要はありません。』
『この子達はクリスタルすら使えない獣人です。 脅威にすらなりませんよ。』
『クリスタルが使えない?』
どうやらリゼラ程の階級でも、真相は知らない様だ。 眉間に皺を寄せて首を傾げる彼女。
『ステータスが見られる装置って何処かにありますか?』
『それなら……これを。』
言って、丸い球の付いた杖を背嚢から取り出すリゼラ。
『ならそれでこの子達のステータスを見てみてください。』
『……え!? 反応……しない!?』
クリスタルが使えないという事で、多分そんな結果になるだろうとは思っていたが、やはり正解だったようだ。
どうやらこのリゼラという隊長を切り口にした方が今後の展開に良さそうだ、と、内心ほくそ笑む私。
『獣人達にもエウパが一定量に満たない子供が増えてるのよ。 この子達は、そんな獣人族が集まる集落から兵士達によって攫われて来たのでしょうね。』
『獣人達、
そうよね。 貴女ならその言葉に必ず反応すると思ったわ。
『人間達と同じ事が起こって居るだけですよ。』
なるべく感情を出さないように言った私だが、嘘を付いている訳でも無いのに口の端が痙攣して震えてしまう。
リゼラにとっても、本来ならば知らない方が幸せな事なのかもしれない。
そんな考えが頭に過ったからだろうか。
『どういう事? 貴女は何故それを知っているの?』
『エルフとドワーフの好物ってご存じですか?』
『え……なんですかそれは。』
『12歳から15歳くらいの人間の子供達の肉ですよ。』
『そんな……訳が……。』
『人間の子供に死産が多いのは何故だと思います?』
『グランセリアの環境が悪い……から、だから私達はマルサーラの大地を取り戻そうと……。』
『そんなのは嘘です。 エウパに頼った生活に浸り続けている事で、亜人にも人間にも、魂の枯渇が始まってるんですよ。』
エウパが魂であるという概念は薄々分かって居たのか、押し黙るリゼラ。
『でも、死産と魂の枯渇に関係は……。』
無い、とは言い切れない彼女は、そこで発言を止めた。
『生まれた子が死産と助産婦に言われ、ショックを受けない様に稚児の死体を見ないようにすると言う風習に、
『…………。』
リゼラは何も答えない。 答えられないのだろう。
『人間の子供が生まれる確率は、一割か二割。 違いますか?』
これは私のあてずっぽうだが、獣人の状態と同じと考えればあながち間違いでは無い筈だ。
『その……死産だった子供達が……本当は生きていて、亜人に捧げられているって事?』
ようやく答えに辿り着いたリゼラの言葉に頷く私。
『エウパを抜き取った後に、ね。 クリスタルは使えなくてもまだエウパの収穫は出来るから。』
『誰が……そんな事を……。』
『貴女が知らないっていうならもっと上の人でしょうね。』
『狐族が……それを教えてくれたのですか?』
『彼等は、クリスタルが使えない子供達の半分をエルフに捧げて生きてるの。 私がエルフと戦うなら、一族全員私に力を貸すと言ってくれたわ。』
『人間側に立って戦う、そういう事ですか?』
『今は詳細は言えないわ。 リゼラ、貴女も真実を知りたくは無い?』
さて、どう出る? もう一押ししてみるか?
『あと、私達召喚者が子供を作っても、その子供に魂が宿らない事も知ってるわ。 魂のリンクが切れて居る、からかしらね。 だから私達を使い捨てにしてるんでしょ?』
『……それは……。』
『あの戦闘の後、私達の後に増援が来るのは嘘だったのよね。』
『そ、それはAJ121のリープポイントが何者かに壊されたからで!』
『何を言っているの。 増援が本当にあるのだとしたら、何故私達に逃亡者を討たせたのよ。 その増援とやらにやらせれば良かったんじゃない?』
図星を付かれたリゼラは、顔色を青ざめさせ、下唇を噛み締める。
『この世界の人間であるユズキも使い捨ての駒にしたのよ、貴女は。』
『ち、違う……。』
『無いはずの増援がどうやってユズキを助けるの? ……もしかして、貴女が敵に私達の情報を流したのね?』
あの遠距離攻撃は何かおかしかった。 まるで私達の陣形を知って居て、位置まで知って居て、そこに遠距離攻撃用の武器を全て撃ち込んだとしか考えられない。
空からの偵察があったかとも考えたが、あの深い森の中を空から見たところで、
『敵に情報を流す? 何を言って……。』
おや? 読み違えたか。
急に呆けた顔をするリゼラ。
『なら、貴女はどうやってユズキを助けるつもりだったのか聞かせてくれる?』
『……頃合いを見て、彼女にだけ撤退命令を出すつもりだったわ。』
『ようやく本音が出たわね。 私達を見捨てろとでも言うつもりだったの?』
押し黙るリゼラ。 つまり、肯定という事だ。
『しかし、誰かが情報を敵に流したお陰でユズキも含めた私達は壊滅。 慌てて増援を本当に送ろうとした時にはリープポイントが破壊されていた、と。』
『敵に情報を流したってのは聞き捨てならないわ。』
『事実よ。 私達は風下に居て、敵に探知能力者は居なかったわ。 誰かが故意に情報を流さない限り、私達全員が一斉に攻撃される事なんてあり得ないのよ。』
私が与える情報と、自分が持って居る情報を照らし合わせるかの様に考え込むリゼラ。
『何故敵に探知能力者が居ないと分かったのですか?』
『私達が亜人を殲滅した時に探知されなかったからよ。』
『せん……めつ……?』
この女……敵を私達が殺した事も知らないのか?
誰も生き残らず、報告が上がって来ないから知らないのか、それとも上が情報を止めて居るのかどうかは分からないが、この女は交渉相手には不十分かもしれない。
『自分の命令で戦地に赴かせたくせに、戦果も確かめない無能な指揮官さん。 上の人と直接お話させて頂けるかしら?』
リゼラを煽りつつ、右手に魔力を込める私。
身構える彼女だが、圧倒的な魔力を私の右手に感じたのか、生唾を飲み込み、
『詠唱……無しで……そんな魔力……。』
苦虫を噛んだ様な表情で言う彼女。
事実、炎の剣だろうが、
詠唱をしていない以上、
『わかりました。 では……私達の司令官に会って頂きましょう。』
司令官という言葉に心当たりは無いが、彼女の上司な事は分かるので頷く私。
『貴女の言う事が全て事実だとしたら……大変な事になりますね……。』
やはり無能は無能か。 事実を受け入れるのがそんなに辛いのか。
私達なんて、前の世界から魂を切り離され、嘘の希望を与えられ……ただもがき苦しんで死ぬだけの運命だと言うのに。
……このリゼラと言う女。
その司令官とやらに面会した時、見せしめに身体を吹き飛ばしてやろうかしら?
『ところで、貴女は良いとしてその亜人達はどうするのです?』
布切れ一枚を羽織った獣人の少女達を一瞥して言うリゼラ。
『まさか人間の前線基地に一緒に連れて来る、とは言いませんよね?』
『っ!?』
無能どころか食えない女だった。 私にとってこの子達が弱みになる事を分かってるのね……。
『連れて行って困る事が貴女にあるの?』
少し怒気を含ませて言う私。
『私にはありません。 ですが、貴女が彼女達から目を離した隙に何が起こっても、私には責任は負えませんよ。』
尤もだ。 寝ずの番を私がずっとする訳にもいくまいし、私一人なら、姿をくらませるなり何なりと出来るが、彼女達を引き連れてという条件が入るならば難しいだろう。
『三日分の食料と水を彼女達に与えて。』
『それで逃げたところを他の人間に捕まえられて、彼女達がまた同じ目に遭っても構わない、と?』
狐族の集落までは約120km。 それまでに人間のテリトリーであるワープポイントは無い筈だが……。
悔しまぎれのブラフか?
『ここから北は亜人の領域よ。 食べ物があれば集落に……。』
言って居る途中、ぞくり、と、背中に嫌な気配を感じる私。
何故なら、リゼラは不敵な笑みを浮かべて私を見たからだ。
『そう。 北に三日程の距離に貴女の一族の集落があるのね。』
そういう事……か。 私は誘導尋問されたのだ。
彼等の位置が特定されたなら、私が司令官とやらと話して居る間、別動隊で集落を強襲するという手がある。
『彼等に手を出したら、私は亜人側に付いて貴女達と戦うわよ。』
『あら? さっきと言って居る事が真逆じゃないですか。 貴女の一族は人間側に協力すると言ってませんでしたか?』
――――刹那、空気から一瞬で水分が抜け、大地から煙が上がる。
私の握りしめた拳に溜められた魔力が、右手のプロミネンスに反応して一気に周囲の熱が上がったらしい。
怒りに震える両手と共に、隠していた狐の尻尾が逆立つのを感じる。
『ねぇ、リゼラ。 これだけはさせないで。』
『な、何の事ですか?』
『私の右目、誰にやられたかわかる?』
『……亜人……ではないのですか?』
『迷宮の攻略に、最初は三人で挑んだの。 戦って、生き残って、そしてまた戦って、戦友だと、親友だと、私は思っていたわ。』
震える唇で、私は続ける。
『その二人に、私は裏切られたのよ。 右目を撃ったのは、紛れもない、私の友人だった人間よ。』
熱気の中、私とリゼラの間に一瞬の沈黙が流れる。
『そして、もう一人の友人である亜人の素質のある人間も、亜人側に付いたわ。 右腕を持って行かれたのは、そいつのせいよ。』
『何て……事……。』
『腹の探り合いなんて、もうやめない? 私は戦争を終わらせたい。 ただそれだけが私の望みよ。』
『…………。』
『もし、それでもこんな事を続けるというなら、マルサーラにある全ての人間の前線基地を焼き払ってから交渉を再開する事になるけれど、それで貴女は満足?』
『貴女にはその力がある、と?』
『メリダ本星を攻撃する力があるわ。 それを貴女達に提供しようとしているのよ、私は。』
司令官とやらに合った時に出す筈の手札を、ここで切ってしまう私だが、後悔は無い。
『……わかったわ。 その子達が集落まで逃げる三日間の間、私はここに駐屯する事にする。 ただ、その三日間、貴女にも付き合って貰うけど。』
私も三日間ここで足止めを食らうという事……か?
だが、悪い提案では無い。 私には急ぐ意味が無いのだから。 最悪狐族の集落が襲われたら、ここに居る兵士を全部……。
いや、成程。 リゼラはここにいる兵士と、自分自身を人質にするという事か。
『エウパを使わない食事を出してくれるなら、良いわ。』
『奇遇ね。 私も貴女の話でエウパ料理を食べたく無くなっていたところよ。』
私は込めた魔力を拡散させ、しゅう、と、周囲の熱気が収まる。
『ただ、困ったわね。 そんな食事なんて私には用意出来ないわ。』
『…………。』
それは尤もだ。 エウパに依存している人間の兵士にそんな物が用意出来る筈が無いのだ。
『リゼラ。 一日でリープポイント三つを回収出来たとしたら、貴女の手柄になるかしら?』
『亜人戦争の歴史に名が残るわね。』
『狐族の協力があった事で可能だったとも付け加えて記録にしてくれる?』
『ええ。 勿論ですとも。 司令官への良い土産話になる事でしょう。」
目を細めて言うリゼラに、私は捕縛していた兵士から足を離して答える。
『あと、小さい子供が輪姦されるのを見るのは、実は私の趣味でも無いのよね。』
言うか言わずか、腰から抜いた剣で私の捕縛から逃れた兵士の頭を貫くリゼラ。
『最初からそれ程正直になっていれば私と余計な喧嘩はしなくても良かったんじゃない?』
『骨董無形な話を信じるには、それなりの本気を見せて貰わないと分かりませんでしたからね。』
男の頭から剣を抜き、その男の服で脳漿の付いた血糊を拭う彼女に、もう心の迷いは見えなかった。
『では、強行軍を始めましょうか?』
急な手の平返しに多少不安になる私だったが、頷いて少女達にも付いて来る様に促して、人間のワープポイントを後にする私達だった。
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