煉獄乃灯
柊さんが夕夏さんの口に付いていた呼吸器を取り外した後、夕夏さんは10秒も経たぬうちに眠る様にゆっくりと瞳を閉じ……やがて絶命した。
ぽたり、ぽたり、と、夕夏さんの顔に柊さんの涙の雫が落ちる。
「お前もお母さんの様に、この子のお手伝いをするんだよ。 頑張りなさい。」
言って、優しく少女の頬を撫でる柊さん。 いつも淡々とした喋り方の彼が、父親として愛娘を愛でるような口調で言った事に、普段はそういう感情を押し殺して話しているんだろうなという感想を抱く私。
「では、マントを脱いでその布団で仰向けになってくれないか。」
「あ、はい……。」
言われるがまま、空いている布団に横になる私。
「どこまで腕の神経が生きているか探らねばならん。 触るぞ?」
こくりと頷くと、私の腕に巻いてある布を解く柊さん。
「……内部から腕が破裂したのか。 上腕骨が薄皮一枚のみで見えているが……ここは普段、痛まないのかね?」
「はい。 何も感じません。」
「神経が何処かで途切れてるのか……ここは?」
と、私の肩を触る柊さん。
「触られてるのは分かります。」
そして段々と腕の方へと手をずらして行くと、
「あ、そこから感覚がありません……。」
急に何も感じなくなったのでそう言う私。
「……ふむ。 上腕骨の形状に合わせて内側から神経を繋ぐ、か。 一応スキルは使うが、手探りで神経を探すことになるだろう。 そして、神経を探る以上、麻酔は使えん。」
「つまり……痛いって事ですか?」
「肘と手と指を動かさなくて良いというのならそのまま移植も可能だが?」
柊さんが本気で言って居るのかどうかは分からないが、動かさせない右手など、私には飾りにしか思えない。
「我慢します。 神経を繋げて下さい。」
「わかった。 では手の長さを調整するので左手を寝ながらで良いから真っ直ぐ伸ばしてくれ。」
言われた通りに腕を伸ばすと、個々の指の先から関節毎に長さを測り、手首、肘などの長さを測る柊さん。 やがて計測し終わると、切った私の髪の毛と少女の遺体に向かう彼。
「
柊さんの手が淡い光を放つと、少女と私の髪が融合し……やがて漆黒の腕が現れた。
これが……私の新しい腕、か。
「他のプロミネンスの道具と同じ効果だ。 硬化したり、炎状態にも出来る。 さて……次は君の身体との接続だ。」
「……はい。」
「通常は私がエウパを使用してそのプロミネンスの効果を付与するのだが、今回は君の一部である髪が融合しているので、君の保持しているエウパで付与しなければならん。 一応現在のエウパの量を測るので、これを持ってくれるか?」
言って、私の左の掌に金色に淡く光る玉を乗せる柊さん。
「これは?」
「エルフとドワーフ達が使って居るクリスタルを更に改造したものだ。 人間が使って居る物に比べれば二世代先の道具だな。 クリスタルがエウパで強化した肉体の
「な……良い事だらけじゃないですか……。」
「問題は、それが俺達元人間の亜人しか使えない事だ。」
「何故他の亜人は使えないんですか?」
「我々の様な混ざりものにしか反応しないのだよ、こいつは。 論理としては、人間のクリスタルと、亜人が使うクリスタルを混ぜた物、だからだろうな。」
「成程……。 二世代先って言ってましたけど、一世代先というのは何ですか?」
「エルフとドワーフのクリスタルだな。
二ノ宮が使って居たのが、そのクリスタルの事なのだろう。 何故詠唱も無くいきなり魔法を発動出来たのか気になっては居たが、そういう事だったか……。
「ただ、そのクリスタルも亜人しか装備出来ん。 君を裏切って亜人側に付いた人間は、結局装備出来なくて落胆している事だろう。」
右目がずくり、と、鈍い痛みを覚えたような気がしてしまい、私は左手の拳で今は無き瞳を覆う。
――――あの女、せいぜい亜人達に可愛がって貰えると良いわね。
「君の目を撃った少女の事かね。」
「…………。」
図星だったが、何も言わない私。 何かを言おうとすれば、きっと恨み言しか言えないだろうから。
「二人を擁護する訳ではないが、逆の立場ならば自分も同じ事をしたとは思わないかね?」
「逆、ですか……?」
「仲間が凌辱され、自殺に追い込まれた。 それを目の当たりにしても、人間の味方をしようと思うかね? それに、彼等は君と君の大事な仲間に止めを刺さなかった。 いや、刺せなかったというのが正解か。」
「二人を許せって言うんですか?」
「そんな事は言って居ない。 感情論で言えば、逆に君が彼等を殺せなくなるかもしれんのだ。 我々と同じ魂の迷い子なのだよ、彼等も。 今ならば彼等に同情すべき点があるのも君は知ってしまったのではないかね。」
柊さんの言う様に、再度彼等と対峙した場合、私は彼等を殺せるのだろうか。 この世界の真実を知らない二人に、真実を伝えた後、それでも彼等を殺せるのだろうか。
「我々がするべき事は、二度と我々の様な被害者を出さない事だ。 復讐などという単純な感情で惑わされてはならない。」
「……つまり、彼等が真実を知る必要は、無いという事ですね。」
「そういう事だ。 君を失えば私達の計画は全て無駄になる。 話す機会も慈悲なども与えず、全力で戦いたまえ。」
こくり、と、小さく頷く私。
「ああ、それでエウパの量だが、クリスタルの脇に表示されて居ないかね?」
ふと左手に握りしめたクリスタルの横を見ると、確かに数字が見える。 これの事だろうか?
「447701468、です。」
「……相当な量だな。」
「これが私が今持っている魂の総量なんですか?」
「君が既に
そう柊さんに言われるが、そのくらいの量は確かにあるのかもな、とも思う私。 300人を殺した人を100人殺せば三万人分である。 私とパーシャで分けたとは言え、戦った亜人達の中にはエルフとドワーフも居た。 彼等が平均で何人の魂を搾取していたのかは分からないが、それ相応の魂を持って居たとしても不思議では無い。
「では、10万分を使って貰うが大丈夫かね?」
なんだ、その程度で良いのかと一瞬考えてしまう私だが、それでも人の魂9人分である事を思い出して、気を引き締め直して、
「大丈夫です。」
と、答える。 が、ずっと気になって居た事も聞かずには居られなかった。
「あの……私のその魂で、パーシャを回復する道具を作る事は出来ませんか?」
「エルフの霊薬、か。 作れない事も無いが、話を聞く限り外傷性の問題では無いと思うぞ。」
「外傷性、じゃ、ない?」
「心の問題だ。 生きる希望を失って居るのかもしれない。」
「それはどうすれば……。」
「そうだな……念話も会話も何度も試したのだな?」
「はい……。」
「ふむ……少し時間をくれ。 きっと何か方法はある筈だ。」
何か、か。 何が……あるのだろう。 と、私も考えていると、
「では接合を開始するぞ。」
柊さんのその言葉から、腕に針が刺される様な痛みが始まったのだった。
◇
「く……ううぅっ……。」
私は額から滝の様に汗を流し、狐族の女性の一人がその汗を冷やした布で拭ってくれる。
痛みが酷くなるに連れて私の身体が動いてしまうようになったので、私の口には
両足はそれぞれ狐族の女性一人づつに抑えられ、そして左腕も一人の狐族に抑えられ、完全に身動きが出来ない状態である。
「今、頚椎との神経が繋がった筈だ。 右手の中指を動かす様に意識してみてくれ。」
「んっ! んんっ!!」
首と肩にも鈍い痛みを感じ、声にならない声を上げる私。
「良いぞ。 少しだが指が動いて居る。 後は神経接続が馴染むまで待ってからの微調整となる。 さて、小休止としようか。」
言って、私の猿轡を縛っている布を解く柊さん。 すると、一人の狐族の女性が私の涎や汗まみれの猿轡と布を木の桶に素早く入れて、水瓶の方に向かって行った。
「良く頑張ったな。 肩と首の神経を直接引っ張った様なものだからな。 相当痛かっただろう。」
私は痛みに慣れているつもりは無かったが、度重なる戦闘で実際に少しは慣れていたのかもしれない。
ぼんやりと天井を向いて、荒い息を整えようとする私。
『王女さま。 どうぞお飲み下さい。』
と、私の口に水差しの先を付ける狐族の女性。 甘くて、少し塩辛い液体が口の中に入って来るのを感じてそれを飲み込む私。
『ありがとう。 少し落ち着いたわ。』
その私の言葉に笑みを返す狐族の女性。
「では、少し話の続きでもするか。 聞きたい事はまだあるかね?」
「え……。 ええと、この腕に感覚は戻るのでしょうか?」
「自由に動かせるという意味ではそうだが、痛覚は無いし触覚も無いだろう。」
やはり生身の腕のようにはいかない、か……。
「あと、この右目は……治りますか?」
「……眼球が完全に破裂しており、眼鏡のガラスの破片が肉に食い込んでいる状態だ。 義眼を埋め込む事は可能だが……先にガラスの破片を除去せねばなるまいな。」
「義眼っていうのは……また見えるようになるもの、ですか?」
「悪いな。 それが出来る様なら私も最初から言っていた。 私の技術では不可能だし、エルフの霊薬でも眼球そのものを復元させるのは不可能だ。」
「そう……ですか。」
そんな予感はしていたが、落胆せざるを得ない私。
自分の横に置いて居た眼鏡を手繰り寄せ、せめて残った左目で周りを見渡す。
「……待てよ。 眼鏡……か。」
「え?」
「眼鏡の柄の部分を右目の神経系にバイパスさせ……魔具で映した情景をそのまま伝達、する……?」
柊さんの言って居る意味が分からないが、何かを思い付いたらしく紙に数式の様な文字を書き出す柊さん。
「情景をそのまま映し出す魔具は無い……。 だが、温度を感知する魔具ならばどうだ? ……いや、温度が分かったところでどうなる。 距離が分からない分、逆に視覚を混乱させるだけだ。」
温度が分かるだけでも何も無いよりはマシだと思うのだけれど、確かに左目で見ている物に対して同時に温度が見えても、混乱してしまうかもしれないな。
「…………そう言えば君は高級キャンプセットを持って居たと言っていたな。」
「はい。 ポーチの中にそのオーブが一つ入っていると思います。」
私は狐族の女性に預けて居るポーチを指差す。
「自動転送装置を切って魔法駆動に切り替え……位置情報を魔力で変換して座標を固定……。 転移機能を情報伝達機能に作り替えて……相互に……。 右目は元々使えないから神経の遮断機能は不要……。」
難しい事ばかりで何を言って居るか分からないが、柊さんには何か案が浮かんだようで、
「その眼鏡とオーブを貸して貰えないか? オーブは消費してしまう事になるが。」
と、神妙な面持ちで言って来た。
今は何の機能も無い私の右目が何かの役に立つのなら、勿論喜んで、と、柊さんに眼鏡を差し出し、狐族の女性にオーブを渡すように言う私。
そもそも私にとってオーブも迷宮内でしか使えない無用の長物である。 それが無くなったとしても私には何の損も無い。
柊さんはオーブを受け取ると、躊躇いも無く淡く光った小刀で球体の真ん中に切れ目を入れ、小刀の刃をその切れ目に再度押し込むと、もう片方の手に持ったハンマー小刀を叩き、真っ二つに割ってしまった。
「これからこれを眼鏡に入る大きさまで削り始める。」
言うと、黒いザラザラとした布で半分になったオーブを削り始める柊さん。
「どんな機能になるんですか?」
「……魔力を使って遠くの情景を見る事が出来る装備になるだろう。」
「自分が行った事のある場所、とかですか?」
「いや、慣れれば座標をイメージするだけでその座標の周囲100mは見渡せる……筈だ。 あくまでも成功すれば、だがな。」
自分の魔力を使って遠くを見るという感じなのだろうか。
「あと、神経接続の為に、君の髪をもう少し貰えないかね?」
……更に髪を切れというのか……。 まだ肩に触れるか触れないかまでの長さはあるけれど……。
まあ良い。 どうせ今は後ろをざっくりと切っただけの髪型だ。 狐族の女性に、ミディアムショートくらいにまで整えて貰おうか……。
◇
柊さんがオーブを削って居る間、私は狐族の女性に髪を整えて貰った。
鏡に映った自分が自分じゃないみたいで、逆にこの世界の下らない戦争に終止符を打つという闘争心が溢れて来る。
私が召喚された時に貰ったクリスタルも、柊さんが渡してくれた二世代先の物に改造して貰い、私は
レベルは、36となり、ステータスを表示させる私。
筋力 68
体力 55
知力 72
敏捷 82
新しいクリスタルの補正もあるのだろうが、どの能力もとてつもない数値である。 ちなみに亜人には何の関係も無い
あと、魔法の使用回数も格段に増えた。
LV1-28 LV2-20 LV3-14 LV4-32 LV5-9 LVX-12。
究極魔法の使用回数は変わらないが、威力は約1.5倍。 それに、地上核攻撃か対空核攻撃かを選べるLV4の魔法の
柊さん曰く、私が全力でその核攻撃をした場合、TNT換算にして約1000万メガトンの爆発力があるらしい。 だが、そんな数字を言われても良く分からない私に、地球にある全ての核爆弾を爆発させる以上の威力だと説明してくれた。
ならばメリダの星そのものも破壊出来てしまうのではないかと思ったが、拡散力はそれほど無いらしい。 メリダの地表の四分の一は焼けるだろうとは言われたが。
あと、私の魔法が一部変更されていた。 LV1魔法には
LV2魔法の
LV3の魔法に変化は無かったが、魔法障壁を噛み砕ける
LV5魔法に関しては、
それにしても一番驚いたのは……
「でも……何で私の素質が、紅蓮の狐から、
素質が変化するなど聞いた事が無い私は、私の右腕の最終調整をしている柊さんについ訊ねてしまう。
「……俺も聞いた事は無いな。 そもそも君の段階まで強くなった元人間の亜人を私は知らない。」
「素質って何なんでしょうか。」
「ふむ……それに関しては俺も確定的な答えを得ては居ない。 何故咎人である我々に亜人の素質が宿ったのかが分からんのだからな。 これは推測だが、我々の前の世界での咎、業、そう言ったモノが我々の魂に刻まれていて、それがこの世界の人間と亜人に対する呪いと繋がったというところかな。」
「人間が前の世界での咎人を確定する為のシステムだとも聞きましたが?」
「それは方便だろう。 人間側に亜人の素質が現れたのは想定外だったのでは無いかな。 人間のクリスタルを使って居る挑戦者は、絶対的にこの世界の人間には逆らえない様に出来ている。 挑戦者の唯一の安全な場所である準備区画での絶対的な権限を、人間側が放棄すると思うかね?」
確かにそうだ。 だからこそ管理出来ない亜人を討伐するというルールが後付けで出来たのだ。
人間を……憎み……エルフやドワーフを憎む……。 私の場合は狐族の意思と、全く同じ思いを抱いた事になる。
「では、悪魔の素質というのは……何なのでしょう。」
「ふむ……先ほどの仮説からするとかつては実際に存在していた種族なのでは無いのかね。 俺の素質の様に、既に絶滅した種族なのだろう。 ちなみに具体的にはどのような素質なのだ?」
私はパーシャの事を詳しく柊さんに話す。 と、
「信じる事が出来る人物に……従属する事が望み? いや、違うな。 ……庇護だ。」
そう言い切る柊さん。
「誰かに守られたい、想い、ですか。」
「少し違うな。 その人の為に何かをして、褒められたい、そんな想いじゃないかね。 元々のこの世界の悪魔族は、他の種族と共依存して生きて居たのかもしれんな……。」
あくまでも推測だが、と、付け加えて私の腕の調整を続ける柊さん。
ちなみに眼鏡に付けるレンズは既に完成し、眼鏡のフレームに組み込まれたが、その眼鏡は白い箱、柊さん曰くエウパを使った制作ボックスの様な物に入れられており、魔道機構とやらがを定着するまであと12時間程は掛かるそうだ。
そこで、先に腕の調整を済ませた後は一晩柊さんの家にお世話になる事にした。
勿論狐族の人達も一緒だ。 彼等は最初野宿すると言って居たが、折角屋根がある家があり、部屋が空いているのにというのに野宿は可哀想だと家主である柊さんが押し切ったので、男性陣は工房の方に、私も含む女性陣がいつも柊さんが寝ている寝室で休む事になった。
既に男性陣の何人かは床に付いており、念のため順番で玄関の見張り番をするそうだ。
彼等にとっても、最後の戦いとなるのだ。 気合が入るのも無理は無い。
「小指から順番に動かしてみてくれ。」
「はい。」
言われた通り、右手の小指から薬指、中指、と、順番に動かして行く私。
「ふむ。 薬指がまだ少し硬いか。 少し反応を強めるぞ。」
「は……いぎぃ!!」
柊さんは私の中指と肘を軽く触っただけなのだが、びきり、と、無い筈の肘から肩、そして首筋まで激痛が走って私は悲鳴に近い叫び声を上げてしまった。
「す、すまん。 強すぎたか。」
確かにいきなりの激痛に吃驚した私だが、柊さんのその施術のお陰か、ぎこちなかった薬指がスムーズに動く様になったので、大丈夫です、と、言って痛みの走った肩と首を左手で擦る私。
「これで接続は完了、だ。 完全に馴染むまで数日掛かるかもしれんので、積極的に日常生活で右腕を使うようにしてくれ。」
「剣とかを持って素振りとかもした方が良いでしょうか?」
「……通常状態と硬化状態なら持って居る物に影響は与えないだろうが、プロミネンス状態で武器を持っていたとしたら、その武器はどうなると思うかね?」
ああ、成程。 持っている武器が燃えるか溶けて無くなってしまうのか。
「
そう言って私に立ち上がって家の外に出るように促す柊さん。
私は寝ていた身体を起こし、少しふらつくが尻尾も使ってバランスを取って立ち上がると、今日の夕方までは無かった重みを、自分の右腕に感じる。
重さと言っても、それが
私は右手を握ったり開いたりして、取り合えず、と、左手で義手の右手を触ってみた。
熱くも無く、冷たくも無い。 私の体温と同化しているからか?
「ん? 何か違和感を感じるか?」
「い、いえ。 硬化してない状態だと、少し硬い綿みたいな? 感じで、何かぬいぐるみを触ってるみたいですね。」
「硬化させてみたまえ。」
言われた通り硬化させてみると、若干腕が重くなる感覚と共に、左の掌に硬い金属を触っている様な感触を感じる。 少し強めに左手で力を込めてもびくともしない。
それほど硬いのに指や手首はなめらかに動かせるのは不思議だな、と、手を開いて、握ってみる。
ガキンッ! という金属と金属がかち合う音が聞こえたのだけれど?
「気を付けたまえ。 その右手の握力は未知数だ。 硬質化すればダイヤモンドとて砕ける金属の万力のような物だと考えてくれ。」
ダイヤモンドを砕く予定は無いが、鋼鉄の剣の一本や二本は右腕一本で鉄の塊に丸め上げられる様な確信は何故か持てる。
自分のスキルの説明が、勝手に脳内で再生されるイメージと一緒だ。
「……いや、やはり今夜は止めておこう。 眼鏡が無ければ遠くが見えないのだよな。」
「そう言えばそうでした……。」
召喚した剣を振り回した時、柊さんや狐族を間違って燃やしてしまうかもしれないわよね。
早く力を試したいと焦る気持ちを抑えながらも、
「それじゃ、今夜はこれで休ませて頂きます。」
と、柊さんに伝える私。
「何かあったら呼びたまえ。 俺は工房の方に居るからな。」
「何から何までお世話になりました。」
「それはこっちの台詞だよ。 何年も待った甲斐があったというものだ。」
何故か懐かしい物を見るような瞳で私を見る柊さん。
彼の奥さんと、娘さん。 二人を私の姿越しに思い出しているのかもしれない……。
◇
次の日の朝、朝食をご馳走になった後、私は完成した眼鏡を装着した。
右のこめかみの部分に何かがずるりと入って来る感覚に一瞬戸惑うが、自分の身体の一部であると認識された眼鏡はしっかりと私に馴染む。
「左のレンズの強化と、フレームの強化もしておいた。 これで戦闘中に眼鏡が外れる事も無いだろう。」
それは有難い。 何度かそのせいでピンチに陥った事があるのだ。
「では早速魔法を使ってみるかね? 左目を瞑った後、家の外を視る事をイメージしてみてくれ。」
「はい。」
左目を瞑ると、暗闇の世界が待っていた。 が、こめかみの奥から何か光る感覚がして、その光を家の外に出す様にイメージする私。
「あっ!」
一瞬で、朝日に照らされた丘と、柊さんの家が上空からの視界で見え、吃驚して声を上げてしまう私。
「見えているか?」
「はい! 見えてます!」
「では視界を動かしてみてくれ。」
私は光を動かそうとする……が、ノイズの様な物が入り、視界は固定されたままだ。
「動かせないみたいです……。」
「では、一旦視界を遮断して、視界を上に動かす様にイメージしてみてくれ。」
言われた通り一度視覚を遮断。 感じる光を先ほどの位置から更に上空に移動し――――
「え……。」
何と、一つ山を越えた狐族の集落までもが、見渡せた。
「どうだ?」
「狐族の集落まで……見えました。 ほんの少し上空に移動させただけなのに……。」
「ふむ……その視界の移動速度に慣れるしかあるまいな。 高度をそのままで、南に120km程視界を動かせるか?」
「……やってみます。」
何故か東西南北という概念が最初からこの視界の光には備わっており、大体これくらいかという場所に光を動かして止め、視覚を開く。
「……ジャングル……ですかね。 一面の森林です。」
「成功だな。 リープポイントがありそうな開けた場所は見えるか?」
視界を回転させて、開けた場所というのを探す私。
…………あった。
「ありました。 焚き木の煙も見えます。」
「人間か亜人、どちらが占拠しているか分かるか?」
「少し遠くてそこまではわかりません……。」
「では視界をそのリープポイントの近くに移動させてみてくれ。」
言われた通り、リープポイントの上空に光を移動する様にイメージして、視界を開く。
「……人間の、様です。」
視界に入った光景の、全て事を言うのを躊躇った私は、それだけを伝える。
「どういう状況だ?」
聞かれるとは思った。 だが……。
「どうした? 何が見える?」
亜人がリーザという女性を犯した事は知っている。 私もされそうになった事があるから、人間が亜人に……性欲を抱く事も知っている。
兎族、狐族、猫族、などの……小柄な体系の種族が……。
「人間達が亜人の女性を弄んでいる最中なのか?」
こくり、と、頷く私。 首に鎖を繋げられ、好き勝手に弄ばれて居る彼女達の瞳には絶望の二文字しか見えない。 使い捨てられたであろう何人かの少女の無残な遺体は、人間達がゴミ捨て場として使っているであろう大きく掘った穴に打ち捨てられていた。
「魂を搾り取る前に……やれる事だけはやっておく、か。」
柊さんの言葉に、ぎりり、と、自分の怒りで牙が剥けて来るのを感じる。
「嫌な物を見せてしまったな。 すまん。」
「何で……あんな事を……。」
自分で答えは分かっているが、つい口にしてしまう私に、
「敵の女性をどう扱うかの定義などこの世界には無いのだよ。」
と、真面目に答える柊さん。
そんな事は分かっている。 だが、同じ女として、はいそうですかと頷ける訳が無いのだ。
「どうするかね? 乗り込んで人間共を一掃するかね?」
そうしたいのは山々だが、私は
次にこの世界の人間を殺すのは、人間達の上の人間を説得してから、だ。
そう自分に言い聞かせ、心を落ち着かせる私。
……くそっ!! ダメだ!! 狐族の少女まで居るのだぞ!?
同胞を見殺しにするのが、王女の役目なのか!?
「いや待てよ。 案外説得力があるかもしれんな。」
「柊さん?」
「亜人が亜人を助けるのに理由は要らない。 話が出来る人間だけを残して皆殺しにし、君の力を是非彼等に見せつけてやろうではないか。」
戦いの匂いに背筋が震え上がる私だった。
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