目標回帰

 迷宮の一階から戻った私達三人は、真っ直ぐに、宿屋に向かった。

 ちなみに、宿は朝方に、本日からも同じ部屋をもう一週間借りる様に支払を済ませており、その部屋の中に色々と置いて来た物もある。 まあ、私達の、仮の住まいと言ったところだろうか。

 で、時間は午後4時過ぎだった。


 殺人を犯した殺人犯が、現場から去って帰宅した後、まず何をするかというと、実は普通に帰宅するのとあまり変わらない様だ。 少なくとも、私達の場合はそうだった。

 まず、私達は部屋の中に入ると、二ノ宮君は剣と鞘を、そして三島さんは回収出来るだけ回収した矢の矢尻を、シャワーの水で洗い落して居る。

 三好、稲本、保科をそれぞれその得物で殺した二人だが、殺した後のスッキリした顔とは裏腹に、今は半分生気が抜けた様な顔つきになり、ただ淡々と、武器を洗って居た。

 服に付いた返り血や、擦り傷など出来た自分の血で滲んだ部分は、私が二人の服に洗浄剤を振りかけて、綺麗にした。 勿論、私もタイトローブにも、池谷さんか、藤木君達の誰かのかは分からないが、飛沫となった血が付着していたので、自分のローブにもまた洗浄剤を振りかけて、綺麗にした。

 まるで殺人犯が自分達が被害者を殺した証拠を隠そうとしている行為に見えるが、正にその通りなので何も言えない。

 更に、迷宮内で、燃やせるものは、死体も含めて全て炎の剣で燃やして来た。

 飛び散った細かい内臓や、血痕は、流石に燃やしきれないのでそのままにしてきたが、通常の敵と違って倒した後に消えたりするような事は無いようだ。

 これも一つ、私達が学んだ事でもある。 人は迷宮の中で死んでも、死体は消えない、という事だ。

 そしてもう一つ学んだ事は、二ノ宮君のスキルは、こんなに血みどろな私達が宿屋に入ってくるのを見かけても、他の挑戦者の意識から隠す程に優秀だったという事。


 さて、服や武器を洗浄した後は、自分達も洗い流す。

 今回、一番接近戦が多く、そのせいで返り血を沢山浴びた二ノ宮君を、今日は一番最初にシャワーを浴びる様に促した私達は、酒場の方に赴き、自分達が飲む予定のシャワーの後の飲み物を選んでいた。


「なんか、果実系の飲み物とか、コーヒー、紅茶系とかしか無いんですねぇ。」

「さっぱりするのとか飲みたいよね。」

「織部さん、普段何飲むんです?」

「レモン系の炭酸かな。 あ、そういうの無いかな。」

「レモン、と、炭酸はあるみたいですけど……それで良いですか?」

「それで自分で作るの? って全然甘くないじゃんそれじゃ。」

 

 私が微笑んで言うと、ふふ、と、笑う三島さん。

 これが殺人犯の台詞か、とも思われてしまうかもしれないが、それは自分達も良く理解している。

 実は、二人の暗黙の了解で、その殺人という罪を考えるのとは逆に、出来るだけ明るく振る舞おうとしているのだ。 多分、傍から見たら不自然なくらいに明るく見えるだろう。

 だが、心理的な話で言えば、まず、私の場合は自分の真意が分からない。

 故意では無いが、池谷さんを殺したのは紛れもない無い事実。 それを責められたならば、私は何も言い返す事は出来ない。 だから、私は、三島さんと二ノ宮君に、委員長達に言うぞ、と、脅して来た藤木君達を殺させて、原因を作った私の尻拭いをさせたくなかったのだ。

 だから、責任を持って、自分で全員殺した。

 ――――だが、本当に殺す必要は、あったのか。

 殺した後、この疑問が私の中に産まれたのだ。  


「甘い炭酸系、ですか。 これとかどうでしょう?」

「……さぁ。 え? 飲んで……みる?」


 アップルシードルと書かれたそれを指差す三島さん。

 一瞬考え事をしていたので適当に頷いた私。 普通に炭酸飲料を指したのかと思ったが、これはお酒なのでは無いかしら。


「日本の法律とか、関係無いですし。」

「まあ、殺すのは大丈夫で酒はダメって事は確かに無いよね。 っと、声大きかったかな。」

「二ノ宮君のスキルはこういう時に便利ですよね。」

「……二ノ宮君に、悪戯しちゃおっか。」


 二ノ宮君の名前が出てきたので、ついそんな事を言ってしまう私。


「え? どうやって、です?」

「これ、ジュースだ、って言って飲ませちゃうの。」


 ◇


 きっと、笑いとか、潤いとか、そういうのが無理矢理欲しかったんだと思う。 私達は。


「二人共、何考えてるの?」

「ご、ごめんなさい。」

「ごめん……。」


 炭酸系のアップルジュースだよ、と、シードルを、シャワーから上がった二ノ宮君のグラスに注いだら、飲む前に、匂いで一発でバレてしまった。

 私は床で正座。 三島さんは、車椅子の上で上半身を屈めて、二ノ宮君に頭を下げて居る。


「こんなの子供が飲んだら、背とか伸びなくなって……大変な事になるんだよ?」

「ごめんなさい。」

「……ごめん。」


 ……背の成長は、止まったんだけどな。 なんて言えない私。 というか、男の子にしては背が小さめなのを二ノ宮君は気にしてるのかな。

 もし真っ直ぐ立ったら、二ノ宮君と三島さんは、同じくくらいか、三島さんがちょっと小さいくらいか。


「……なーんてね。 じゃあ、僕おつまみ買って来るから、二人でシャワー浴びちゃいなよ。」

「「え。」」


 ぐい! と、グラスに入ったそれを飲み干して、いきなり笑い出した二ノ宮君に、しまった! 逆にやられた! と、顔を見合わせる私と三島さん。


「も、もう! ほんとに怒ってるのかと思ったじゃない!」

「だって、二人共、僕を騙す気で来てたじゃない。 ジュースだって言ってる時、口の端がヒクヒク動いてたし。」


 お見通しだったようだ。 こういう事で二ノ宮君には敵わなそうだわ。


 ◇


 そして、私と三島さんは、二人でシャワーを浴びる事になった。

 昨日も一緒に浴びたのだが、立つ事の出来ない彼女は、シャワー室の床に座って、シャワーを浴びる。 最初どうやって使うのか分からなかったこのシャワーだが、壁に付いて居る丸い玉を触ると、水色に光って、天井に付いた器具から、シャワー状のお湯が出て来る仕組みな様だ。

 温度は、丸い玉の横をなぞると、玉の色が変化して、もっと青くなると水、薄くなればなるほどお湯に近くなる。

 車椅子を、トイレと洗面所がある方に置き、裸になって貰った三島さんの脇の下に、正面から私の両手を入れ、背中で腕を交差させ、しっかりと両腕を掴みながら、三島さんを持ち上げ、その後、引っ張る様にして、このシャワー室に入って貰う。

 女同士なので、恥ずかしいという感じは無いが、そうして肌を触れ合った時に感じる柔らかさとかは、自分が感じても良いものかどうなのか、悩ましく感じてしまう困惑はある。

 背丈の関係もあって、なるべく三島さんの足をシャワー室と洗面所のところにある段差にぶつけないようにするには、三島さんの裸の、中学二年にしては大き目の胸の部分に、私の顔を押し付け、その胸に埋めるくらいしっかりと抱いて持ち上げてないとならないのだ。

 これが、不快では無いのが、自分は女としておかしいのでは無いかと思う部分はあるのだが、柔らかい物が気持ち良いのは、きっと人間、誰しも同じだと……思いたい。

 ああ。 そう言えば、何も装備して居ない場合でも、レベルアップの恩恵はあるらしい。

 私が三島さんを持ち上げる力や、彼女が自身を腕でコントロールしたりする力は、以前よりも強くなった。 このレベルアップが秋月さんの死で齎されたのだと思うと、多少心は痛むのだが、今日はそれよりも、大変な事をして来てしまった。


「すいません。 ソープ出して貰えませんか?」

「あ、ご、ごめん。 はい、どうぞ。」


 つい考え込んでしまっていた様だ。 私は、壁に付いて居る親指大の赤い玉を触ると、その下から白いボディソープの様な液体が出て来て、それを掌に取ると、三島さんの掌に垂らす。

 それで頭と身体を洗い始める三島さん。

 私は、ゴワゴワは嫌だな、と、思いながらも、後で整髪すればいいや、と、長い髪を思い切り頭の天辺に纏めてぐしゃぐしゃに洗い始めた。 実はこんな事、元の世界でもしたことない。

 お風呂上りにブラシと30分以上格闘するのは嫌なので、手で梳きながら洗うのだ。 だから、いつもこういう洗い方はしないのだが、今日は何か特別な事をしたくて、ついやってみたら、これが気持ち良い。

 え。 そんな洗い方で良いの? と、こっちを見る三島さん。


「整髪料、三島さんも使う?」

「あ! そうか。 あれがありましたね……はい。 後で使わせて頂きます。」


 ◇


「なんか二人共、髪の毛がサラサラなんだけど。 あ、アレ使ったのか。」

  

 と、シャワーから出た私達を見て、第一印象を述べる二ノ宮君。

 彼は、ベッドのサイドテーブルを無理矢理ベッドとベッドの間に引っ張って来ていた。

 なんとあの整髪料、濡れた髪に付けたらどうなるのかと思ったら、シャワーの水分をも一気に乾かし、しかも乾いた時に使った時よりもしっとりサラサラにさせるという効果があったのだ。


「前の世界にこれがあったら、飛ぶように売れますよね……。」


 自分の肩口までのサラサラの髪を触る三島さん。


「でも、一回12Pってのは高いでしょ。 パスタ一食分だし。 あ。」


 …………しまった。

 ポイントとか……経験値とか……今は禁句だった。

 三人が三人とも、その件に関しては、誰も口にしていなかった。

 何故なら、莫大なポイントと、莫大な経験値が、同級生12人を殺した事で手に入って居る筈なのだから。


「と、鳥の唐揚げと、ポテトフライ。 あと、トマトのサラダ 僕の好みだけど、良いかな?」


 食べ物が乗ったトレイを、無理矢理動かしたサイドテーブルに乗せる二ノ宮君。


「え、ええ。 大丈夫ですよ。 トマト、大好きですし。」

「わ、私は唐揚げ大好きだな。」


 と、それぞれ誤魔化して、グラスを手に取り、シードルとやらを注ぐ私達。


「に、二ノ宮君もどうぞ。」


 ピッチャーに入った、多少ぬるくなってしまったシードルを、二ノ宮君が持って居るグラスに注ぐ私。

 そして、注ぎ終わると、二ノ宮君は、グラスを自分の前に突き出した。


「さっき自分一人で飲んじゃったけど、改めて……えっと……乾杯?」

「なんで疑問形なの二ノ宮君。」

「いや。 だってさ。 その……良いのかな、乾杯、で。」


 …………良いの、だろうか。

 同級生を私利私欲で殺して、乾杯、で、良いのだろうか。


「あの、さ。 これから……全部、本音で話す会の始まりって、言うの、どうかな。」


 …………私の提案に、一度目線を落とす二ノ宮君と、三島さん。

 うん。 そうだろうと……思ってた。 私もそうだから。

 だって、言い難いよね。


 自分達がした行為を、今は…………少し後悔してるなんて。


「私は、賛成……です。」

「僕も、だよ。」

「……じゃあ、始まりの、合図、って事で。」


 三人は、シードルの入ったグラスをカチン! と、打ち鳴らす。


 ◇


「僕は、三好を殺したかった。 殺したい程、憎んで居たから。 でも、実際殺したら……もう、そこには何も無いんだ。 悔しさも、憎しみも。 池谷さんと園島さんに、あいつがしようとしてた事で、更に憎しみは増して、そのお陰で殺した瞬間は、爽快感があったんだ。 苦しませて殺してやった、いい気味だ、って。 でも……それから後は……何も…………無くなったんだ。」

「私も……同じです。 稲本さんと、保科さん。 どちらも殺して……殺した瞬間、達成感はありましたが、結局、私の写真を見られた事実は変わらず残り……その後には……何も…………残りませんでした。」


 二人は、シードルをグラス半分程飲んだ後、吐き出すようにそう言った。


「私は、古田を、なんとか止めなくちゃ。 殺してでも止めなければ、池谷さんが酷い事されるって思って飛び出したんだけど……自分のミスで、池谷さんまで殺しちゃって……。 それで、園島さんから責められて……二ノ宮君と三島さんに、私の尻拭いをさせたくないな、って……でも結局、皆、殺しちゃった。 私の場合は、憎んでた、とかは、無い、けど……。 でも良く考えたら、最初に古田を殺す必要も、今じゃ……あったのかな……って考えちゃって。」


 私も、シードルという物を産まれて初めて飲んで、意外に甘くて美味しいと思いつつ、自分の正直な気持ちを二人に言った。


「でも、極論だけど、遅かれ早かれ、あいつらとは戦う運命だったってのは……僕の中にあって、その点言えば、自分達のした事は、生き残る為には必要な事だったって……思うんだけど、二人はどう思う?」

「わ、私は……そこまでは、正直分かりません。 私は、どちらかと言えば、迷宮を攻略するという感覚よりも、この世界でなんとか生きて行ける様に頑張って行こうと思ってましたので。」

「生きて行くって事は、他の挑戦者に殺されない様にするって意味も含まれるよね。 それなら、二ノ宮君の考えと三島さんの考えは、ほぼ近いと思うんだけど。 それよりも、三島さんは攻略、考えて無かったんだ?」


 意外だったので、ついそう発言してしまう私。


「どんなに強くなったとしても、これ、ですよ?」


 これ、と、自分の車椅子を指差す三島さん。


「それに、本当に強い人は……特に、あの8人ですが、私達、いえ、私がレベル3だとしますと……30は超えて居ると思います。」

「さ、30……。 そういうのまで、分かるんだ。」

「スキルも、一応変化するみたいで……いえ、そのスキルで与えられる情報を、理解する意識が変化すると言えば良いのでしょうか。 あの色で、あの大きさなら、そういう事だなって、今は理解しています。」

「って事は、だ。 そんなLVになっても、迷宮は攻略出来ないって事になるね。」


 シードルを飲みながら、そう言う二ノ宮君。


「もし、迷宮を攻略する気なら、その8人も……いつか私達が殺さないとならないって事も、理解しなきゃね。」

  

 私も、グラスを傾けながらそう言った。


「で、織部さんは、どっち?」

「……攻略、出来るならしたい派。 つまり、卑怯だけど、中間ってところかな。 まあ、死にたく無いってのが、一番……かな。 うん、やっぱり、これだ。 皆で、生き残りたい。」

「そっか……。 うん。 そうだね。 あの8人をどうにかして攻略を考えるのは今はやめておこう。 藪を突いて蛇が出て来ても困るしね。」


 もう一口シードルを飲んで、グラスをテーブルに置く二ノ宮君。

 何かを続けて言いたげにしているので、私と三島さんは何も言わず、静寂が訪れる。    


「しかし、あれだな。 怨嗟で人を殺しても、良い気分にならないのは分かったってのが、僕の結論。」


 と、その静寂の中、はにかみながら口を開いた二ノ宮君。


「じゃあ、日立君とはどうするつもり?」

「……正直言って、分からない。 でも、あいつが前に立ちふさがったら、戦うしか無いとは思う。」

「でも、私達の持ち味は、相手が気付いてない状態からの先制攻撃ですよね。 正面から戦う事になったら、こちらが不利では無いでしょうか。」


 三島さんの言う事も、尤もだ。


「……三島さんは、堅木さんを、不意打ちで攻撃出来るの?」


 そして二ノ宮君も、真っ直ぐ言葉を三島さんにぶつける。


「それは確かに難しい所です。 相手に敵意があると分かれば攻撃出来ますけど、普通に迷宮の敵と戦って居る堅木さん達に、私達を排除する意思があるかどうかは……。」

「敵意、か。 そうだ。 僕達は、既に敵意の中に閉じ込められてる事を忘れてた。」

「敵意の中に閉じ込められている? どういう意味?」

「6人しか、攻略出来ないっていう、上からの敵意さ。」


 そう言って、天井を指差す二ノ宮君。


「この敵意がある限り、僕らはその最後の6人のうちの3人になるまで戦い続けないとならないって事になる。 そして、条件は、他の挑戦者も皆、一緒。 一階のボスを倒した後に、僕らは三好達だから隠れた訳じゃない。 他の挑戦者が近づいて来たから隠れたんだ。」


 そういえば、そうだ。 あの時、こちらが攻撃される可能性があったからこそ隠れたのだし、三好達では無く、他の挑戦者であっても、もしこちらに手を出そうとしたならば私達は必死に反撃しただろう。


「結局、自分達以外は全て敵だと思えって事?」

「僕達とは言葉の通じない外国人だって居る。 そんな外国人に迷宮で会って、もし相手が何かを言ってきても僕達には理解出来ない。 また、あっちだってそうな筈だ。 もう、ここに召喚された時点で、仲間以外は全て敵っていう認識を持たないと、ダメだったんだ……。」

「……それは、迷宮で会う、殺せそうな……挑戦者は、積極的に殺す、って事で、良いですか?」


 悲しそうに言う三島さん。 でも、その悲しみの瞳の奥には、彼女なりの覚悟も見える。

 二ノ宮君は、深く頷いた。

 ――――私も、覚悟を決め、


「私は、それで良い。 三人で、生き残りたいから。」


 そう、きっぱりと言い切った。


「織部さん…………そう、ですね。 私も、三人で、生き残りたいです。」


 そういう、自分達の生き残りたいという私利私欲の為に、これからも私達は人を…………殺す。

 そんな悪意に満ち溢れた私達を、笑うなら笑えば良い。 蔑むなら、蔑めば良い。

 これからも……私達は、この世界で、生きて行く。


 ◇


 これが、酒に酔うという感覚なのか、頭が、ぽわん、として、何故か多少暑く感じる。

 なので、おつまみの後に、まだもう少し食べ足りなかった私達は、再度酒場の方に赴いて居た。

 酒場のメニュー画面には、和風、西洋風、インド風、中華風、アメリカ風、ロシア風などと、あらゆるメニューが網羅されたメニューが表示されている。

 その中で、ほろ酔いの私達が選んだメニューが――――冷たい素麺である。


 じゅるるるる!! と、西洋人も居る中で、麺を思い切り啜る私達。

 二ノ宮君のスキルのお陰で、そんな私達の日本人的な食べ方も、誰も気には留めない。


「こういう食材って、どうやって手に入れてんだろ。」

「魔法で何でもアリって感じなんじゃない?」


 不思議そうに言う二ノ宮君に、そう言って返す私。


「織部さんは良いなぁ。 僕もあんな魔法使いたいよ。」

「発動失敗すると、発動しようとした腕、爆発する魔法なのに?」

「「え。」」

「あれ? 言って無かったっけ?」


 言って居なかった様だ。 でも、園島さんを殺す時言った様な記憶はあるんだけどな。

 じゅるるる、と、素麺を啜る。

 ああ。 園島さんだけに聞こえる様に言ったからか。


「うん。 あれってさ、爆発するっぽいんだよね。」

「その場合、織部さんの腕が、吹き飛ぶんです……か?」


 と、私を見る三島さん。


「うん、そう。」


 とだけ答える私。


「いや。 いやいやいや。 織部さん。 それは拙いでしょ。」

「そうですよ織部さん。 何で今までそんな事言わなかったんですか。」

「だって、知ったの、池谷さんをこ……んんっ。 えっと、あの時発動出来なくなりそうだった時に、カウントダウンが始まって、それで撃って……って、何で二人とも怖い顔してるの?」

「いや……そういう、リスクって、知らなかったから、使わせて、後悔してるとこ。」

「私も、織部さんが、そんなリスクを背負って使ってるって知らなくて……ごめんなさい。」


 と、二人が頭を下げる様にして、私に言って来た。


「だ、大丈夫だって! これから、使う時は、ちゃんと慎重に使うし!」

「そう、池谷さんを殺した様にね。」

「そそ。 池谷さ………………長谷川さん? 何か、用、です、か?」


 長谷川美弥。 弓道部所属。 性別女――――同級生。

 その彼女が、私達の座って居るテーブルの脇に、立って居た。

 他の5人の、運動が得意な同級生と共に。


「池谷さんを殺したのは、織部さん、貴方ね?」


 どくん! と、心臓が跳ねる。

 警察。 逮捕。 懲役。 死刑。 そんな単語が、この世界では関係無い筈なのに、頭を過ぎる。


「な、何言ってるの。 そんな事、ある訳――――」

「あるでしょ? 迷宮の一階の廊下の壁にあった血痕と肉片。 あれは、池谷沙柚子さゆこ。 私達の同級生で……殺害者は、オリベカナって、書いてた。」


 そうか! スキルか! そういうスキルがあるのか!

 となれば、言い逃れは出来まい。 しかも、二ノ宮君のスキルで隠蔽状態にあるにも関わらず、私達に接触して来たという事は、二ノ宮君のスキルを打ち消す能力を、長谷川さん達の誰かが持って居るという事になる。

 私と二ノ宮君は、一瞬にして立ち上がり、私は手を、そして彼は剣を構える。 三島さんも車椅子を引いて距離を取ると、背中の弓に手を掛けた。


「な……そんな、人を殺すみたいな目で、見るって事は、やっぱり本当なんだ。」

「……この準備区画で、人を殺したら極刑になるわ。 やれるものならやれば良いわ。」

「……私も、みんなも、殺した理由を聞きたかっただけ。 なのに、そんなに……敵対心を持って見るって事は、仲間に入れなかった事を恨んで、殺したの?」

「理由は関係無い。 結果的に池谷さんを殺したの私だけど、私的には、事故だった。」


 何を言っても言い訳にしかならないと思った私は、事実だけを告げる。


「謝罪するつもりはあるの?」

「誰に謝れって言うの? 死体に手を合わせて、事故だった、ごめんって言えば良いの?」

「……もう良い。 取り敢えず、委員長には報告するわ。」


 他の挑戦者の殺害を、決心した罰なのだろうか。

 それとも、池谷さんの怨念が、私達の罪を暴こうと、動き出したのか。

 どちらも、有り得ない事なのに、私の中ではそのどちらかに理由を見出したくなっていた。


 私達を置いて、酒場を出る長谷川さんの背中が、何故か凄く、寂しい様な印象を私達に与えた。


 私達も、寂しく感じてしまう。

 また、この世界のルールではなく、あちらの世界のルールで話をしたい人が現れた様だ。

 その話を、私達が聞くかどうかは、別問題として。

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