逃亡開始

「参ったね……。」

「全く。 何でこう次から次に……。」


 ぼやく私に、そう言って返す二ノ宮君。

 私達が悩んでいるのは、勿論、長谷川さんの件だ。

 何らかの方法、まあ、多分スキルなのだろうが、私が池谷さんを殺した事を看破し、それを委員長に報告するというふざけた事を言い出したのだ。

 いきなり私達を殺す為に攻撃してくるという可能性は多分無いだろうが、私達、主に私を糾弾する為に、その私達を拘束しようと考える可能性は高い。

 そして、拘束という事に限定すれば、例え準備区画に居たとしても、安全とは言えないのだ。

 逆に、私達には相手を無力化する方法が相手を殺すという手段しか無く、私達が長谷川さんに言った様に、準備区画でそれをすれば極刑に処される。

 更に最悪なのが、二ノ宮君の隠蔽のスキルを無効化し、こちらの位置を特定出来るスキルも、長谷川さん、もしくはそのチームの中に居る誰かが持って居るのだ。

 既にこの宿屋の部屋の位置も、特定されているのかもしれないという事でもあり、まあ、総合してこの上無い最悪の事態である。


「もうここも特定されてるかもしれない、か。」

「私のスキルと効果範囲が同じなら、まず間違い無く特定されたと思います。」


 私と同じ事を思ったのか、二ノ宮君がそう言うと、眉間に皺を寄せて答える三島さん。


「ここでじっと待って居ても始まらないよね。 まずは急いで神殿に行って、レベルアップしない?」


 私はそう二人に提案すると、


「そう……ですね。 私達自身が強くなれば、相手に対抗する手段が出来るかもしれません。」

「そうだね。 早速行こう。」


 と、二人は合意し、早速準備をして神殿へと向かうのだった。


 ◇


 神殿と呼ばれる部屋には無事到着し、中に居た他の挑戦者が知り合いや、殺人グループで無い事を目視で確認すると、前と同じ、真ん中付近のカウンターに入る私達。

 そして、早速クリスタルを差し入れ、レベルアップを開始する。


『レベルヲアゲマスカ』


 という文字が、今回は――――三回出た。

 私達が前回のレベルアップから稼いだ経験値は……578200。 ちなみに通常の敵で稼いだ分は、20000に満たない。 残りは――――同級生12人を殺した分である。

 LV0から1までが28600、次は57200、そして114400、228800と、必要な経験値は倍で増えて行く様だ。 現在の次のレベルに必要な経験値は274000となっている。


 LVが三つも上がったというのは、死んだ同級生達には悪いが、とても嬉しい。

 自分が生き残る可能性がまた上がったという事だから。


 私は、逸る気持ちを抑えつつ、スキル選択画面に行き…………


 フォックスインパーソネイション:キツネノミミガハエマス


 絶望した。 いや。 絶望を通り越して、呆れかえった。

 スキルが選択式じゃないのですが。

 しかも、耳が生える? 何言ってんのこの画面。 壊れてるんじゃないかしら。


「お、織部さん、それ……。」

「ねぇ、三島さん。 私の画面壊れてるみたい。 って、何見てるの? 私の頭?」


 手袋をしたまま、私は頭を触ってみる。 と、帽子は脱いで居た筈だが、何か手に当たった。 うん? 頭に何か触られた感覚があるわ。 寝癖かしら。 って、寝てないわよね、私。

 今度は手袋を脱いで触ってみる。

 ……ちょっと待って。 ほんとに生えてるわ。 え? 何これ。 感覚もあるんだけど……。 あ、内側のとこ、ちょっと気持ち良い。


「じゃなくって!! なんなのこれ!! こんなのスキルでもなんでも無いじゃない!!」

「お、落ち着いて、織部さん。」


 と、二ノ宮君が、私の方を向いて、ちょっと落ち着いて、と、両手を開いて掌を下に向け、小さく上下させるのだが……。


「……二ノ宮君。 私、夢見てるんだよね。 きっとそうだよね。 だって、二ノ宮君の頭にも……タヌキの……耳が……。」

「え!? 何それ!? うわ! 僕にも何か生えてる!! なんだよこれ!!」


 慌てて頭の上に生えたタヌキの耳を触る二ノ宮君。

 そして、彼にも生えたという事で、理解したくないが、理解した。

 これが私達の……資質。 なんと役に立たない資質なのだろうか。


 いやいや。 ここで落としておいて、次はきっと有益なスキルに違いない。

 私は画面を操作して、次のLVのスキル画面に移る。


 ソウルオブフォックス:ドウゾクノシンライヲエラレマス。 ドウゾクノコトバガリカイデキマス


 ……いや。 それはおかしい。

 これも、スキル扱いの様で、しかも選択肢が無い。

 っていうか、私の同族って……どこ?

 キツネって……迷宮に居たり……するの?


 絶望的すぎて泣きたくなってきたわ……。

 こんな資質じゃ、攻略も、生き残るのも、きっと無理なのよ……。

 半泣きになりながら、次のLVのスキルか魔法を見る私。

 ちなみにもう何も期待していない。


 イグナイトアクセラレーター:5フンカン、ジブンノソクドヲカソクシマス。 タダシ、カソクチュウハエイショウフカ。

 ヘルファイヤエラプション:ジブンノマワリハンケイ2メートルニ、ゴウカガフキダシマス。


 一応、魔法だった……みたいだ。

 この二つは、LV2魔法に分類され、今はLV1魔法が6回、LV2魔法は3回使えるようだ。

 でも……やっぱり遠距離攻撃魔法が、無い。

 一番遠く攻撃できるのが2m先って……私はどれだけ肉弾系なのよ……。

 せめて色々なゲームで有名なファイヤーボールとか、ファイヤーボルトとか……そういうの使いたいよ……。


「それ、どっちも凄い魔法なんじゃ、ない?」


 と、二ノ宮君。 私を慰めようとしてるの?


「いいよもう。 どうせ資質無いんだもん。 慰めてくれなくていいよ。」


 私は肩を落として、投げやりに言った。


「え? いや、ほんとに使えると思う。 上の、加速する魔法なんて、逃げる時にも使えるでしょ。」

「……あ、そっか。 敵に攻撃する事だけじゃなくて、逃げるのにも使って良いんだ。」


 発想の転換である。 そう考えると、確かに便利かもしれない。 詠唱も短いようだ。


「それに、キャンセル出来るなら、その位置に瞬間的に移動した後、詠唱を開始出来るよね。」


 ……そうだ。 そういう使い方も出来る……様だ。


「二ノ宮君凄いね。 自分の魔法じゃないのになんで使い方が思い浮かぶの?」

「なんで、って言われてもわかんないよ。 ふっ、って頭の中で思い浮かぶんだから。」

「そっか。 頭の働きが違うのかな。」


 何か自分の頭が悪い様な言い方をしたが、まあ、そんなに良くは無いのも事実である。


「で、下の、業火噴出ヘルファイヤエラプションって……炎の剣が、自分の半径2メートルに現れるのと……同じ事なんじゃない?」

「そうだけど、血液膨張ブラッドエクスパンションと一緒で、敵に近付かないとならないよ……。」

「いや。 これも一緒で、防御にも使うって考えたらどう?」

「……防御に? でも……うん。 10秒くらいしか効果が続かないし。」


 頭の中で、何秒くらい効果があるの? と、考えたら、勝手に10秒くらいと答えが返って来たので、そのまま伝える私。


「10秒あったら、他の魔法詠唱出来るんじゃない?」

「っ!!」


 そ、そうか。 今までは血液膨張ブラッドエクスパンションだけしか攻撃魔法が無かったから分からなかったが、コンビネーションで使えば、血液膨張ブラッドエクスパンションを詠唱してる無防備な間を、この魔法なら、業火の壁が私の周りを囲んで守ってくれるという事にも使える。

 そうか。 コンビネーションか。

 炎の剣フレイムブレイドも、加速発火イグナイトアクセラレーターと組み合わせれば、炎の剣を持ちながら、高速移動出来るという事だ。

 うん。 あまり悲観的になるものでは無いな。


 あ、そう言えばステータスを確認するのを忘れて居た。


 キンリョク 13(+6)

 タイリョク 14(+6)

 シンリキ 8

 チリョク 13(+1)

 ビンショウ 19(+9)

 ウン 1(-1)


 うん。 下がるような気がしてたよ。 運は。

 なんか、私のステータス……絶対魔法使いのステータスじゃないよね。

 筋力と知力が一緒になっちゃったよ……。

 まあ、キツネだしな……。

 

 と、ぴょん、と、垂直に飛んでみる私。


「うわっ!」


 び、吃驚した……天井に頭ぶつけるかと思った……。

 すと、と、着地して、上を見上げる。

 天井まで、4mくらいあるんだけど……。

 私の身長が150cmだから、2m以上飛んだって事?

 人の構造として、おかしくない?


「お、織部さん今……。」

「オリンピック出たら、全種目メダル取れる気分だよ……。」

 

 三島さんが、まるで信じられない様な物を見る目で私を見て言った。

 っていうか、ステータスの差って、そんなに違いがあるんだなぁ……。

 でも、最初からステータスが今の私と同じくらいの数値の人も居るのに、この差は何なのだろう。

 そう言えば、二ノ宮君なんて、最初から敏捷度が19あった筈。

 でも、こんな風な跳び方や、動きは出来なかった筈だ。

 ううむ。 不思議である。


 まあ、考えても仕方ないので、結果は結果として受け止め、次は二ノ宮君のLVアップの様子を見る私。 ちなみに、彼のレベルアップの為の必要経験値は、私と同じ数字であるので、同じく三つLVが上がっていた。

 という事は、と、彼のスキルを見ると、


 ラクーンインパーソネーション:タヌキノミミガハエマス

 ソウルオブラクーン:ドウゾクノシンライヲエラレマス。 ドウゾクノコトバガリカイデキマス


 この二つが、やはり出て来た。

 泣きそうな顔で二ノ宮君が私を見るので、私も自分の頭に生えて居るキツネの耳を指差して、その後、今度は私が彼を慰める番だ、と、二ノ宮君の肩を、ぽんぽん、と、叩いてあげた。


「内側とか、結構気持ち良いよ。」

「え? ここ?」

「そう。 ちょっとカリカリしてみて。」

「あ、ほんとだ! 気持ち良い! 何か、耳掃除してるみたいな感じだ!」


 でも、キツネの耳にも、二ノ宮君のタヌキの耳にも、耳の穴は開いてないんだよね。 行き止まりは、頭皮なのだ。 不思議である。


「さ、次のLVのスキルは、私が魔法を覚えたみたいに、きっと有用なスキルだよ。」

「あ、ああ。 きっと……そうだよね。」


 ヴェルデューレストレイント:タイショウイチグループヲ、アシモトカラハエルシンリョクノツタデサンプンカンコウソクシマス シャテイ20m

 ニードルリーフブラスト:タイショウイチグループニ、ハリノヨウニトガッタムスウノハヲブツケマス。 シャテイ40m


「ずるい! ちょっと!! それずるいよ!!」


 と、大人気なく叫んでしまう私。 まあ、大人では無いのだけれど。


「え? 僕も魔法使えるの!? ほんとに!?」

「なんで遠距離攻撃出来るの!! シーフっぽい資質なんじゃ無かった!?」


 肩を揺さぶりながら抗議する私。 まあ、抗議しても仕方ないんだけどさ。


「な、なんか、ごめん。」

「……私こそ、ごめん……。」


 正気に戻って、二ノ宮君の肩から手を放す私。 何してんだ私は。

 魔法を交換してとでも言うつもりだったのだろうか。


「あれ? これ、LV2魔法の扱いになるんだ。 LV1の魔法は使えないのに、変なの。」

「え? じゃあ、使用回数は3回?」

「そうみたいだ……でも、魔法か。 不謹慎だけど、ちょっと嬉しいな。」


 まあ、私も初めて魔法を使えると分かった時、そう思ったのを覚えている。


「ん? ちょっと待って。 僕のこの魔法って……織部さんの業火噴出ヘルファイヤエラプションと組み合わせたら……一網打尽に出来るんじゃ……。」


 想像してみる。 木の蔦に拘束された1グループに、私が詠唱しながら近付いて……一気に燃やす。

 うわ。 えげつない。

 えげつないが……とても効果的な気がする。


「ステータスも結構上がってるな。 何か凄く身体が軽く感じるよ。」


 と、二ノ宮君も私と同じくらいか、それ以上跳べるらしく、ぴょんぴょんと垂直に跳ねて居た。

 二ノ宮君の画面を覗き込む私。


 キンリョク 15(+6)

 タイリョク 16(+6)

 シンリキ 3

 チリョク 10(+3)

 ビンショウ 27(+6)

 ウン 1


 敏捷27って、凄いのでは無いだろうか。

 このままステータスが上がり続けるのだとしたら、LV50の人間って、どんなステータスをしているのかしら。

 益々戦いたく無いわね……。


「あの、私もレベルアップして良いですか?」

「え? ……良いけど、何で?」

「い、いえ。 何と無く……。」


 申し訳無さそうに聞いて来る三島さんに、何故だろうと疑問を抱く私だが、その申し訳無さそうな理由がすぐに分かった。

 彼女の経験値のテーブルが最初から違うので、まだ今回もレベルアップの回数が、違うのだ。

 LV0から1への必要経験値が、2300だった彼女は、既に3回のレベルアップを果たして居る。 前回のレベルアップの際に、次のLVへの必要経験値がたった100だったのは今知った。 それなら、迷宮の一階で少し敵を倒して来てまた神殿に来れば、すぐにLVが上がって居ただろうに。

 まあ、資質で言えば、私達は違ってまともな資質を持って居るので、その点で後ろめたく感じて居るのかもしれない。


 今回入った経験値でレベルアップした回数は……5回。

 私と二ノ宮君がようやくレベル4なのに、彼女は既にレベル8である。


 彼女の画面を覗くと、パラメーターは……


 キンリョク 16(+3)

 タイリョク 18(+4)

 シンリキ 18(+3)

 チリョク 17(+2)

 ビンショウ 8(+3)

 ウン 16(+1)


 と、レベルが5つ上がったにしてはパラメーターの上がりは微妙だが、それでも全体的に高くなって居るので、文句の付けようは無い。

 もしかしたら、パラメーターの数値が上がるにつれ、それ以上上がりにくくなるものなのかもしれないな。 それを考えると二ノ宮君の敏捷度がおかしい気がするが。


 そして、薄々は感じて居たが、彼女のスキルは、勿論LVが上がった5つ共に、選択式であった。


 レベル4


 レコグニクション:ホカノニンゲンノゲンゴガリカイデキマス

 ビッグシューター:オオガタノユミヲ、コガタノユミノチカラデヒケマス


 レベル5


 *ピアーシングアロー:エアアローノハセイケイ クウキノマクガカンツウリョクモアタエマス

 シルバープルメージ:カラダガカルクナリマス

 シャイニングボウ:ユミガヒカリカガヤキマス トメルコトモカノウデス

 

 レベル6


 スナイピング:シカイガズームデキマス カゼムキヤモクヒョウマデノキョリガヒョウジサレマス ヤノシャテイキョリガアガリマス

 ホーミングアロー:ロックオンシタテキヲヤガオイマス サイダイニホン


 レベル7


 オブジェクトシルバー:ブツリコウゲキヲウケタバアイ、1ニチサンカイマデギンノヨロイガミヲマモリマス

 プライマリーオブジェクティブ:モクヒョウヲマーキングシテソノイチヲハアクシマス 72ジカンコウカガアリマス


 レベル8


 *マキシマムヴェロシティ:エアアロー、ピアーシングアローノハセイケイ ヤノソクドガサイダイニアガリマス

 モーションエクリプス:ヤヲイルシュンカンカラ1ビョウカン、スガタヲカクシマス


 ……何と言うか、やはり、資質がある人は、世界が違うのだと思う。

 何だろう。 この、使えるスキルの数々。


「あの、何……取ったら良いんでしょうか。」

「えっと……二ノ宮君。 任せた。」

「えっ!? 僕に丸投げなの?」

「私の魔法の時みたいに、組み合わせとか、見つけたら……良いんじゃないかな。」


 ちゃんと笑顔で言えたかな、私。

 うん。 正直言って、滅茶苦茶羨ましい。

 そりゃ、仲間だからスキルの効果がとても高いって事は、良い事なのだけれど。

 強制的に耳を生やされた私はどうすれば良いの? って、比べちゃうじゃない。


「お、織部さん、も。 一緒に考えて、下さいよ。」

「……え? う、うん。」


 不貞腐れて居たら、涙目で三島さんが私を見て、話しかけてきた。

 羨ましいとか思っちゃ、ダメなのかな。

 ……うーん……。

 って、何考えてんだ私。

 そうだよ。 ゲームとかじゃないんだよこれ。

 羨ましいとか、そんな風に考えちゃダメだ。

 このレベルアップっていう過程になると、ついゲームみたいな感覚で自分も仲間も見てしまったが、これは現実で、今も委員長や長谷川さん達から逃走している最中だった。


「ご、ごめん。 何か、レベルアップっていうのが現実から遠くて、なんかゲームしてる感覚だったみたい……。」

「三島さんごめん。 僕もそんな感じだった。 何か変な耳が生えて来て、現実から逃げたくなっちゃって。」


 耳の話はしなくても良いのに。 思い出してしまったじゃない。


「ええ、と。 レコグニクション、ピアーシングアローは、確定で良いかな。」


 と、二ノ宮君。 で、私を見る。

 ええっ! 難しいLV6と7を私が選ぶの!?

 ……いや、凄い難しいってこれ。

 で、そんなに期待混じりの目で見ないで三島さん。


「っていうか、三島さんは、好みとか無いの?」

「LV6と7のは凄く難しくて。」


 そうだよね。 私も頭が痛い。

 そして、私がどっちのスキルを取るか言う事で、三島さんのこれからの人生も左右するんでしょ?

 振り直しとか、きっと出来ないだろうし。

 ……いや、これ無理だって。


「よし。 まずはLV6から。 私とジャンケンしよう、三島さん。」

「は? ジャンケンですか?」

「……だって私も選べないんだもん……。 私が下のスキルで、三島さんが上の。 で、ジャンケン。」

「それで、良いんです…かねぇ……。」


 結局ジャンケンして、私が二回負けて、スナイピングと、オブジェクトシルバーを取る事になった三島さん。

 LV8のスキルは、マキシマムヴェロシティを選んで終了したのだった。


「まあ、結局選べないなら、どちらを取っても問題無いって事ですよね。」


 そして、最後はそう言ってくれた三島さんだった。 


 ◇


 神殿でちょっと時間を使い過ぎたかもしれない。 30分くらい費やしただろうか。

 幸い、私達を糾弾する為の行動を、まだ委員長達や長谷川さん達は始めて居ない様で、『人殺し織部死ね』とか、『調子に乗るなよメガネチビ』などという声は聞こえて来ていない。


 次は、必要な道具や武器を仕入れよう、と、雑貨屋に赴いた私達。

  

 重要なのが、これからどうするか、である。

 宿屋は、一応追加で3週間分支払いを済ませたが、準備区画が安全では無い以上、荷物置き場としてしか活用方法は無い。

 で、私達はどうするかと言うと……。


「やっぱり、これしか無いよね……。」


 サイコウキュウキャンプセット:サイコウキュウノキャンプセット トイレ、シャワー、6ニンブンノベッドカンビ、14カブンノショクリョウコミ 24000P


 私がそれを画面の中で指差すと、うん、やっぱりそうなるよね、と、その結論は自分達も覚悟してた、と、頷く二人。

 三島さんが買ったキャンプセットは結局使わず仕舞いとなったが、これはその最高級品であり、説明文からすると、ベッドとトイレとシャワーが完備されているらしい。

 そんな物をどうやって持ち運ぶのかと、前の世界の常識で考えてしまうが、たぶん、魔法でなんとかしてあるのだろう。

 で、これをどう使うかという点だが、宿屋に居られない、準備区画に極力居ない方が良いとなれば、私達は迷宮で寝泊りしなくてはならないという事になる。

 敵が出るのに大丈夫かという心配はあるが、こうして堂々と雑貨屋で売っている以上、敵に見つからない方法があるか、それとも交代で見張りをするか、しかあるまい。

 

 で、ポイントの移行は出来ないので、誰か一人が買うしかないのだが、現在、私のポイントは25007P。 

 二ノ宮君と三島さんは、前回購入した毒薬が高かったらしく、24000Pに満たないので、消去法で私が購入する事にした。


「織部さん、ごめん。 武器とか、防具とか、欲しいのがあったら僕が買うから。」

「雑貨とか、整髪料とか、そういうのは私が全部買いますから。」

「うん、わかった。 ありがとう、二人共。」


 でも、服とかは自分で買わないとサイズが合わないな、と、思いつつも、マントとか手袋なら大丈夫かと思って、二ノ宮君にはマジックマントと、詠唱キャスティンググローブ、大規模放出マッシブエミッションスタッフの三つを買って貰った。

 詠唱キャスティンググローブは、詠唱が早くなるらしい。 試してみると、なんか滅茶苦茶早口になって気持ちが悪かった。 ちなみに、二ノ宮君には悪いが、緑色じゃなくてほっとした。

 ローブが赤なので、緑だとカラフルすぎるのだ。 グローブとマントは、どちらも安心の白だった。

 マジックマントは、そんなに大きいものでは無く、装着すると、大体肩甲骨の少し下あたりまでの丈しかない。 何か全部装備すると、ちゃんと魔法使いっぽくなった気がして、ちょっと嬉しい私だった。

 あと、基本的には素手で戦うつもりだった私だが、大規模放出マッシブエミッションスタッフには興味を惹かれた。 魔法の効果範囲が1.5倍になる上、LV1魔法の使用回数を一回使えば、光の玉が召還出来るらしい。


「あ、もしかして僕のLV1魔法の使用回数を使うって事?」


 察しの良い二ノ宮君は、私が彼に渡した瞬間、その意図が分かったようだ。

 彼はLV1の魔法は覚えて居ないが、使用回数は私と同じで6回あるらしい。 何に使うのかと疑問に思って居たところで、この大規模放出マッシブエミッションスタッフが目に入ったのだ。

 彼は杖を受け取ると、それがどんなものなのか色んな方向から見始める。


「へー。 唱えるだけで良いんだ。 あれ? 僕、これ装備出来たっけ。」

「えっと。 身体が重くなったりしないなら、装備出来るんじゃない?」


 シーフ系なのに、装備出来るのかと私も一瞬不思議に思うが、実際LV2魔法を使えるので、魔法使いの資質もあるのだろう。


「あ……って事は、僕が魔法使った後に、織部さんに渡せば……。」

「最高のコンビネーションが、更に最高になれるって事ね。」


 と、ちょっとテンションが上がって来た私達。


「なんか、私だけ仲間はずれみたいでちょっと寂しいです……。」

「そ、そんな事言わないでよ三島さん。 二ノ宮君の魔法を使ったら、標的を固定して、矢を撃ち放題だよ?」

「あっ。 そうですね。 じゃあ、二ノ宮君が一番重要な人って事ですね。」


 すると、言われて何故か照れる二ノ宮君。 もしかして重要な人の部分を、大切な人、の様に変換したのだろうか。

 もう人を犯したり、殺したりしているのに、そういうところはまだ初心うぶというギャップが、不思議と微笑ましく感じてしまう私。


「そういえば、荷物が多いみたいですが、どうするんですか?」


 三島さんには、雑貨や道具を色々と購入して貰ったのだが、それは持ち運ぶには大変な量だった。

 整髪料も5本追加で買ったので、それだけでも重過ぎる。


「あ。 私に考えがあるの。」


 私は、先程購入した、最高級キャンプセットの、丸い玉を手に取り、


「エクスパンド。」


 と、唱えると、玉は青い光を出して点滅し始め、カウントダウンの為か、その点滅の感覚が早くなって行く。

 それは床にに置くものだ、という説明が頭の中に入ってくるので、慌ててそれを説明通り床に置くと、点滅がやがて光になり、一瞬強い輝きを見せると、1m四方の床も青く四角く光り始めた。

 そして、青白い光の下から、まるでカーテンを上げる様に、電話ボックスの様な形のベージュ色の箱型の物体が現れて来た。


「これが、キャンプ用‥…? 何か小さく無いですか?」


 そう言って首を傾げる三島さん。

 それは私も思ったが、設備がある事をうたっている以上、何か仕掛けがあるのだろう、と、その箱型の物体に付いている扉を開ける私。

 

「うわ……すご。」


 中を覗いて、本気で驚いた。 

 広さ的には、20畳くらいの部屋が、扉の中に広がって居たのだ。 で、部屋の入り口のすぐ左側にはクローゼット。 右側にはトイレとシャワールームがあるらしい。 奥には左右に三つづつベッドが置いてあった。


「うわ。 広いですね……。」


 三島さんも私の体の横から中を覗き込んで、私と同じような感想を述べた。


「あ。 この中に荷物を入れておけば、私達は身軽に戦えるって事ですね。」

「え? う、うん。 そう。」


 それはそうなのだったが、あまりにも中が広いので吃驚してしまっていた私は、間抜けな返事を三島さんに返してしまった。

 振り返って返事をした時に、三島さんの車椅子が視界に入り、そういえば入り口が狭いけど、通れるのかな? と、危惧した私は、早速三島さんの背中に回って、押して入り口に進めて見ると、


「良かった。 ぎりぎり入りますね。」


 と、本人も危惧していたのか、安心した、と言った感じの三島さん。

 では早速荷物を運び入れるか、と、先程三島さんが買った雑貨を入れていると、何かを買ったらしい二ノ宮君も、こちらに興味を持って、近付いて来た。


「凄いねこれ。 どっかと空間が繋がってるって事なのかな。」

「多分ね。 まあ、最高級なだけあるわよね。 ……あれ? 何か買ったの?」

「あ、うん……ちょっとね。 名前と効果に惹かれて買っちゃった。」

「名前? 何か服みたいだけど。」

「シャドウウォーカー。 これ、LV1魔法の効果一回で、パーティ全員を敵に見つかり難くするんだって。 僕のスキルと重複するかどうかは分からないけど、試す価値はあるかな、って。」

「へぇ。 それは良いかも。 早速中で着替えて来る?」

「あ、そうだね。 そうさせて貰うよ。」


 と、キャンプセットの部屋の中に入る二ノ宮君。


「私もちょっと武器と防具見ますね。」

「あ、うん。 私も見て良い?」

「勿論ですよ。」


 画面を操作して、特殊弓が沢山出て来る部分に行く三島さん。 

 弓の種類は、何故か結構ある。 どうしてこんなにあるのかと考えて、あのSPのガチャの事を思い出す私。 弓が装備出来ない人が、売ってポイントに換えているのだろう。

 弓の資質がある人は結構少ないのかもしれないな。


「どれも良さそうで迷いますね……。」


 見て居るのは、大体8000Pから12000Pの高級品だ。

 ライトニングブリッツとか、ヴィヴィッドストライプとか、なんだか名前もカッコいい。


「あ。 これ……良いかもしれません。」


 と、画面を指す三島さん。 どれどれ、と、近付いてそれを見る私。


 タイニーゲイルメーカー:38cmノコガタノユミ ヤノレンシャソクドトイリョクガアガリマス


「小さいん……だ?」

「ですね。 それが良いんですよ。」


 と、もう決めたらしく、購入する三島さん。

 ちょっと嬉しいのか、なんだかそわそわして商品が箱の中に落ちてくるのを待つ彼女。

 まあ、それほど待たなくてもすぐに来るのだが。

 

「ほら、これだと正面にも弓が射られるんですよ。」


 なるほど。 今までだと、身体を斜めにしないと射れなかったが、これなら正面にも射れる。

 左手に弓を持って、胸のところまで右手で弦を引くと、張りが丁度良いらしく、パパパパッ! と、空気の矢を射て遊ぶ三島さん。 ペシシシシ! と、壁に当たって音がする。

 その連射速度は、既に弓というよりマシンガンの様な気がするわ……。

 しかし、買って後悔した点が一つ。

 矢が、ミニアローという小型の弓専用の矢なのだ。 試しに撃ってみると、


 パツン!!


 と、そのミニアローが発射され、ボッ!! と、水のボトルを貫通。 そして、そのまま真っ直ぐ壁に向かい、パキャン!! と、矢が粉々に砕け散った。


 これが1本3Pと高価であり、今の三島さんのスキルでこのミニアローを撃つと、このように再利用出来ない事が判明した。

 それは他の弓と矢でも同じ事なのだが、他の矢は1Pと安い。


「矢なのに、使い捨てなんて、弾丸みたいですね……。」

「もう三島さんの弓矢ってマシンガンみたいだから、そのつもりで射れば良いんじゃない?」

「マシンガンって……でも、確かに早いですよね。」


 っていうか、三島さんが遠距離から敵を見つけて攻撃すれば、私達の出番って無いんじゃないのかな。

 なんて、思ってしまってつい言いそうになるが、言ったら自分が悲しくなるだけな気がしてぐっと堪えた。


「なんか凄い音がしたと思ったら、三島さんの矢の音だったんだね。 誰も居ないから良いけどさ。」

「ちょっと音も、凄いですよね。 攻撃力強化のスキル取り過ぎたんでしょうか。」


 着替えが終わったらしい二ノ宮君が私達の後ろに立って居た。

 なんというか……カッコいい格好だった。 細身のズボンに、黒のブーツ、上は、丈が長めの細身の黒のジャケット。 ダガーを入れるポケットが左右6つづつ付いて居て、腰の所にはポーションを固定出来るバンドが左右二つづつ付いて居た。 腰にはショートソードが鞘と共にぶら下げられている。

 なんだろう。 暗殺者みたいな印象のジャケットだった。


「似合ってますね、それ。」

「そ、そう? ありがと。」


 三島さんに言われて、少し照れる二ノ宮君であった。

 だが、私は違う意味で驚いて居た。

 二ノ宮君が買った筈なのに、色が緑じゃない事に。

 

「固有名称が付いた防具なら自分の色にならないって事かな。」

「え? 何か言った?」

「な、なんでもない!」


 つい口に出てしまっていた様で、慌てて口の前で手を横に振る私。

 誤魔化せたかどうか分からないが、まあ、次に機会があったらじっくりローブの項目を見てみようとは思った私だった。


 ◇


 念のため、シャドウウォーカーのスキルを発動して、私達は迷宮の入り口に向かった。

 日用品や雑貨を持たなくても良くなったのは、とても便利だ。

 とは言え、マジックポーチには水とセンジョウザイという液体の入ったボトル、それから最高級キャンプの玉とポーションは入れてあるが。 でも、ポーチは元々重さを感じないので、実質重さを感じるのは、手に持つ杖だけだった。

 二ノ宮君もリュックサックを背負わなくて良いのは楽らしい。 こりゃ良いや、といった感じで、腕をぐるぐると振り回していた。


「さて、じゃあ迷宮に逃げますかね。」


 軽々しく言う二ノ宮君だったが、私も三島さんも、それが私達が他の挑戦者を殺戮する始まりの合図なのだと、理解している。


「次は、せめて同級生じゃない方が良いなぁ。」

「どの道一緒じゃないですか。 いつかは殺すなら今でも良いですよ。」


 そう軽々しく返す私達だった。

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