百花百咲

 私、パーシャ、リーザ、三島さんの四人は手負いのユズキを庇いつつ、大樹の陰に隠れながら、北へ北へと進んで敵との距離を詰めて居た。

 何故敵に近づくのかと言えば、答えは、『ドワーフの作った武器であろう遠距離攻撃から逃れる。』 なのだけれど、正確には自棄的行動ヤケクソだった。

 後退すればまた遠距離から攻撃されるかもしれない。 なので、リゼラの言う通り前進するしか今の私達に選択肢は無かったのだ。


「三島さん。 もう一回探知。」

「わかりました。」


 言って、目を瞑る三島さん。 と、下唇を軽く噛みながら、


「前方距離約200m……に多数の反応があります。」


 と、落胆した声で告げる。

 距離は詰める事は出来たが、状況は変わっていないようだ。


「味方の反応は?」

「……ありません。」


 期待はしていなかったが、やはり……私達以外全滅、か。 隊長であるリゼラとの連絡も途切れた今……私達に何が出来る? と、逡巡するが、答えは一つ。 戦うしかないのだ。 ユズキが戦闘出来ない状態の今、実質4:200の戦い。

 絶望的過ぎて、苦笑いしか浮かべられないわ。


「ただ、敵は私達に気付いてないようです。 リープポイントと思われる場所に、円形に布陣して、動きがありません。」

「気付いてない?」


 ならばどうやってあんなに遠距離から私達を攻撃出来たのだ?

 と、ふとその疑問と共にパーシャを見る。


「空……?」


 その空を見上げて独り言の様に呟く私。 釣られて、皆も空を見上げる。

 V字の陣形のまま、真っ直ぐ北上した私達。 一部が発見された後に陣形が見破られ、そこに最大射程の火力を投入した、と。

 こちらにも空から偵察出来る人物が居たというのに、その可能性を全く考えて居なかった……。

 指揮官であるリゼラがその可能性を何故考えて居なかったのかという疑問もあるが、私達もパーシャを飛ばす事を全く考えて居なかった。 進軍が相手に察知されて居ない前提での行軍だったのだ。

 仕方ないと言えば仕方ないが、別動隊が私達が飛んで来たリープポイントを取ったと仮定するならば、私達の行動は昨夜の時点から敵に筒抜けだったのかもしれない……。


「どうしますか……?」


 少し声を震わせながら私に問う三島さん。


「戦うしかないよ。」


 自分にも再度言い聞かせるように、はっきりとそう答える私。 現状で後退は出来ないし、ただ待って居れば敵が動き出すのは明白だ。 私達を殲滅したと仮定したならば、私達のエウパを回収するために必ず敵は動くだろう。


『ユズキの様子はどう?』


 目を瞑って肩で息をしている時点で大丈夫とは思えないが、一応パーシャに念話で様子を聞く私。


『危ないです……。』


 先程まではまだ意識があったが、無理な移動に付き合わせたせいか、今は目を瞑って木の幹の下で身を横たえているユズキ。 パーシャが言う様に彼女を今動かすのは無理だろう。

 そして、この状態で戦闘となると、彼女を守りながら戦うという状況になり、確実に不利だ。

 かといって、彼女一人をここで放置する訳にもいかない。 もし敵に発見されたら止めを刺されてお終い。 しかし、一つ希望があるとすれば、当初の予定では味方の本体が来る手筈になっている事だ。 その場合、彼女が付けている腕輪が救難信号代わりになって、味方が来てくれるだろう。

 逆を言えば、彼女の腕輪の反応が無くなったとなれば、私達は戦死したと判定される。 最悪、味方から攻撃されてもおかしくは無い……。

 現状で敵に探知されて居ないのであれば、誰か一人がユズキのところに残り、彼女を守る、か。

 では誰が残るか……だが、戦力の高い私とパーシャが交戦しないというのは有り得ない。 探知能力者である三島さんも、必ず前線に必要だ。

 消去法で言えば……。


『Mi prenderò cura di lei.』

「え?」

「私が彼女を見る、そうです……。」


 そうリーザの言葉を翻訳して教えてくれる三島さん。 リーザも状況を理解しているのね……。


「プリーズ。」


 私の言葉に頷いたリーザは、太い木の幹にレイピアを突き立て始めた。 そして、少しづつ幹を削り、くり抜き始める。 成程。 その幹に開けた穴にユズキと共に潜伏すると言う事……か。

 ……ならば次に考えるのは私達の攻撃方法だ。 如何にして200人の敵をほふれる?

 前情報だと、エルフやドワーフなどの高レベル帯の戦力は約10。 ……私の最大瞬間火力は、爆破派出エクソダスブラストだろう。 拳が対象に接触インパクトした瞬間、対象から後方100mに向かって収束した炎の渦が伸び、魔性障壁が存在した場合高確率で貫通と同時に障壁を破壊する、というLV5の魔法だ。

 相手が密集していればいるほど、この一撃は大きい筈。 そして、密林地帯であるこの地形も良い。 大樹を攻撃目標にして拳を接触インパクトさせれば良いのだ。 敵から約50m離れて発動させれば、最大距離である100mまでの敵を炎の渦に飲み込める。 ただ、炎の渦の攻撃の幅が分からない。 使用者の知力によって増幅すると書いてあったが、元の幅が分からないので計算出来ないのだ。 こんな事なら一度でも使ってみれば良かった……。

 二発目から調整する……か? ……いや、一撃目だけに効果があると思う。 私が敵ならすぐに散開して、次の攻撃に備えるだろう。 流石にLV5魔法なだけあって、詠唱は長いし、連続使用出来ない事も考えられる。

 

「三島さん、敵の強さは判別できているのよね?」

「はい。 前情報通り、高レベルの反応が10、いえ、11居るようです。 他は人間のレベルで言えば15前後、数は大体ですが200前後だと思われます。」

『カナ、暗黒弾丸オペークブリッツと火の玉の攻撃、どうです?』


 ……どうだろうか? 爆破派出エクソダスブラストの一撃と、暗黒弾丸オペークブリッツとバゼラルドの火球の範囲攻撃。 どちらが強い……?

 ……いや、その考えはどうなのだ。 一撃目が重要なのは事実だが、もっと他に有効な使い方があるのではないだろうか?

 そして気付く。 何故分ける必要があるのか・・・・・・・・・・と。

 パーシャの暗黒弾丸オペークブリッツを発火させるのに、バゼラルドの火球である必要は無いのだ。 爆破派出エクソダスブラストでの発火も、同じ火属性であるから可能なのだ。

 そして、暗黒弾丸オペークブリッツを先に撃たなければならないという制約も無い。 炎の渦に向けて暗黒弾丸オペークブリッツを空から撃って着火させ……爆発させる。 ――――これだ。


『パーシャ、私が爆破派出エクソダスブラストを放ったら、空から暗黒弾丸オペークブリッツを炎の渦に連続で撃って。』

『っ!? 後から着火させるですか!』

『そう。 暗黒弾丸オペークブリッツの連続使用制限は無いわよね?』

『確か無かったはずです! 叫ぶだけなので、3回連続で撃てるです。』

『多分奇襲出来るのは最初の一回だけ。 パーシャは炎の渦の左右と、敵後方に暗黒弾丸オペークブリッツを放って。』

『後ろも、ですか?』

『え?』

『逃げられる場所に誘導した方がパーシャは良いと思うです。』


 そうか。 混乱させて分散させるより、逆に逃げ道を作ってやればそこに誘導出来る。

 私の爆破派出エクソダスブラストで射線は開いてるだろうから、三島さんが狙撃出来る、か。

 よし、これで行こうと頷いた私は、大樹をくり抜いているリーザを横目にしながら、作戦内容を三島さんに話し始めた。


 ◇


「三島さん、敵の反応は?」

「まだ動きは無いです……相手に探知能力者は本当に居ないのかもしれません。」


 私達は予定通り敵から約50mのところへと臨戦態勢のまま静かに距離を詰める事に成功していた。

 ――――いよいよ行動開始、だ。 と、気を引き締める私。


『パーシャ、私が詠唱を開始したら空に飛んで。』

『はいです。』

「三島さん、私の少し私の後ろに下がってて。 詠唱を始めるわ。」

「わかりました。」


 言って、同じく気を引き締める三島さん。

 どくん、どくん、と、心臓が高鳴り、緊張からか狐の尻尾の毛が逆立つのを感じる。


「我が親愛なる紅蓮の炎よ。 我が拳に満たせ百の真紅の花の種を――――。」


 詠唱と共に利き腕である右手の拳が熱くなっていくのを感じる。 パーシャは飛び立ち、三島さんは三歩後ろに下がり弓に矢を継がえる。


「――――満ちし時、踊り咲かせよその花を。 狂い咲かせよその花を。 して、漆黒を照らせ、炎の渦で。」


 ――っ!? 不味い。 拳が眩い程に赤く輝き始め、私の周囲の温度が急激に上がり始めた。

 三島さんも私からの熱波を感じたのか、更に遠くに下がる。 そして、いきなりハッとした表情で、


「――敵、動き始めました! 気付かれたようです!」


 と、敵の動きを告げた。

 ――く。 あと三節。 間に合うか!?


「深淵を照らせ、炎の渦で。 咲き誇れ、百の紅蓮の花たちよ! ララ、グレーゼ、フルーレ、エトマキア。 エラグレーゼ、ソンフルーレ。」


 更に拳の光が強くなり、私が立っている地面から水分が蒸発して白い煙が上がり始める。

 ――あと一節!


「敵、こっちに真っ直ぐ向かって来てます!」


 と、叫ぶ三島さん。

 ――――真っ直ぐ、なら、好都合だわ!


「グレーゼ、エトマキアージュ! 爆破派出エクソダスブラスト!!」


 大樹に叩きつけた私の拳から、真っ直ぐ炎の渦が吐き出される。 大樹は一瞬で内部の水を沸騰させられたせいか爆発を起こし、文字通り木端微塵となり、爆ぜた。

 木片は周囲に飛び散り、他の木々に当たって激しい音を立てる。

 炎の渦の幅は約10mだった。 それが約5秒間、私の拳から吹き出し続ける。


『カナ、今、暗黒弾丸オペークブリッツ当たるです!』


 と、念話でのパーシャの報告。 その報告とほぼ同時に前方から巨大な爆発音が一泊置いて二度聞こえて来て――――爆風が私と三島さんを襲う。


「くっ!」


 私はプロミネンスブーツを硬化させ、左手で帽子をと眼鏡を抑えながら、三島さんの前に立って足を踏ん張らせ、その二度の爆風を耐える。

 ――――なんでこんなに威力が高いんだ!? 以前使った時の倍以上よ!

 と、以前使った時と今回の違いを考える私だが、すぐに分かった。 今回は暗黒弾丸オペークブリッツの起爆点が地面より高い位置で、爆風が上に分散せずに地表に広がった。 その上、燃焼温度も以前よりもかなり高い。 相乗効果で爆発力が大幅に上がったのだろう。


 なんとか爆風に耐えきった私は、まず後ろの三島さんの姿を確認する。 彼女は数m後ろに飛ばされたようだが、四つん這いになって身体を固定させ、なんとか耐えきったようである。


「三島さん! 探知をお願い!」

「っ!! ……反応、60!!」


 やった! 一撃で140人も倒したのか!!

 と、一瞬ぬか喜びしそうになる私だったが、60人もあの攻撃を耐え切ったというもう一つの事実を反芻する。

 っ!? 爆破派出エクソダスブラストの二発目は撃てるか!? と、詠唱を開始しようと私、だが、再使用可能時間は100分後という虚しい結果が頭の中に入って来てしまった。


 ツパァァン!!


 激しい音と共に、三島さんの弓から矢が放たれ、私の横をボッ!と、横切る。


「織部さん! 射線を開けて下さい!」

「っ!?」


 そうだった。 次の爆破派出エクソダスブラストがすぐ撃てないからって呆けてる場合じゃない。

 慌てて三島さんの射線を開けて、右側の大樹の裏に身を隠す私。


『パーシャ、残り60。 接近戦でやるわよ!』

『はいです!』


 念話を送ってすぐ、木々をすり抜けて疾走する私。

 魔法と爆発で開けた場所には、ほぼ一瞬で辿り着き――――

 阿鼻叫喚の光景を私は目にする。

 生き残ったからと言って、五体満足であるとは、限らないのだ。

 様々な種類の亜人の黒焦げた死体が地面に転がる中、まだ息がある亜人達が地面に蠢いていた。


「イイィン! イイィン!」


 私から一番近い位置に肌が緑の亜人が、左肩を押さえて地面に転がりながら叫び声なのか、それとも何か意味のある言葉なのかを上げていた。

 左肩には既に腕は無く、付け根は真っ黒に焦げており、身体も服が焼け焦げて、その下は黒緑に肌が変色している。 火傷の跡だろう。

 私はすぐさまバゼラルドを逆手に構え、飛び上がり――――その亜人の喉元に切っ先を上から突き刺した。


 そして、抜き抜いて飛び退く。 と、緑の体液が噴水の様に噴き出し、黒焦げた大地を緑に染めて行った。

 一瞬だったが、敵の顔が見えた。 耳は長く尖っており、瞳は灰色。 ――――一体何の亜人だ?


 次に私の視界に入ったのは、毛むくじゃらの濃い紫色の肌の亜人。 その亜人の赤い瞳が私の視線と交差する。 亜人は両刃の斧を私に向かって構える。 ――――やる気か。

 私はそれに呼応するように左手に炎の剣フレイムブレイドを召喚し、まずはその左手で亜人に上から斬りつける。


 パキィン! と、何かが割れる音が響き、炎の剣フレイムブレイドが弾かれ、だが、爆破派出エクソダスブラストの直撃を食らって無いのなら、魔法障壁があると予想していた私は、弾かれた衝撃を利用して身体を捩り、

 

「ふん!」

 

 と、右手のバゼラルドを相手の顔面に向けて突き出した。 それを見切ったのか、紫色の右腕で顔面を隠す亜人。

 刀身の半分を食い込ませる事には成功――だが、切っ先は亜人の顔面に僅かに届かず、更に力を込めても無駄、と、剣を抜こうと右足を軸にして身体を回転させようとするが、抜く力を込めた時、なんと刀身が相手の腕の筋肉によって止められてしまっており、私は一瞬態勢を崩す。

 そこを狙って、亜人の左手に持たれた両刃の斧が振り被られる。 が、私はバゼラルドの柄から手を放して更に右足に力を込めて自身を蹴り出し、亜人の側面に移動する事で斧の一撃を回避し、左足を地面に付けるとその足を軸にして身体を回転させ、


「ふっ!」


 と、硬化した右足のプロミネンスブーツの踵を激しく亜人の毛むくじゃらの顎に叩き込む。

 ツパン! と、何かが弾ける音が聞こえ、亜人の顎を破壊したのを感じた私は、その右足の勢いを利用して、更に身体を回転させ、今度は右足を軸にして左足のつま先を突き出す。

 その左足が向かう先は、亜人の右腕に刺さったままの、バゼラルドの柄。

 引いてダメなら押してみろの論理で、バゼラルドの刀身は亜人の腕の筋肉を切り裂き――――ごぷりとその腕と顎から大量の体液が噴き出した。

 じゅぷう、じゅぷう、と、亜人の顎から音が聞こえる。 激しい呼吸と共に、噴き出して来る体液。

 声帯も蹴り飛ばしたのだろうか、亜人からは悲鳴は上がらず、やがて大地に両膝を付け、


「るぁ!!」


 と、右足を軸にした左足の裏回し蹴りの渾身の一撃を亜人のこめかみに叩き込む。


 私の左足の踵は亜人のこめかみに深く突き刺さり、パチュン! と、言う音と共に首と胴体を蹴り離した。

 更に身体を右側に捻って左足を地面に突き刺し、ゆっくりと地面に落ちて来る亜人の右腕から、バゼラルドを逆手にした右腕で引き抜く。

 バゼラルドを突き刺してから約三秒の間に繰り出された自分の連続攻撃に身を震わせる私。 前の実戦は荒野で人間14人と戦った時だが、その時より確実に私は強くなっている。


 大丈夫だ。 この数相手でも戦える! と、再度右手にバゼラルド、左手に炎の剣フレイムブレイドを構えて次の標的を探す私。

 だが、緑の亜人と紫の亜人が私に一瞬で殺されたのを見ていた亜人達が――――脱兎の如く後方へと逃げ出し始めた。


 そこに襲い掛かるのは三島さんの矢。

 ボツン! ボツン! と、背中から身体に風穴を開けられる亜人達。 約10人が三島さんの矢で倒され、残りの亜人は彼女の射線から逃げようと散会する。

 その散会した敵に文字通り飛び掛かるパーシャ。 空から助走を付けたパーシャは、一瞬で二人の亜人の首を悪魔の角で引き裂くと、その血は黒薔薇の蔦に変化し、ぷくりと蔦の一部が膨らむと、黒薔薇の花が咲いて血を周囲にまき散らした。 同時に地面に降りたパーシャは周囲を一瞥、彼女に弓の狙いを定めようとした亜人、狙いを定めて襲い掛かろうとする亜人、腰を抜かして地面に座り込んで居る亜人に黒薔薇の種を一気にばらまく。

 種は相手の武具も関係なく、合計7人に着弾。 そして、黒薔薇の蔦が着弾点にから伸びて、蔦は再度膨れだす。 パァン! と、合計24個の爆発。 武具で咲いた花は爆発と共に敵の武器を破壊していた。 と、そのパーシャを後ろから隠れて見ていた亜人がパーシャに近距離で矢を向ける――――するとパーシャは自分の右手に持って居た角を全力で弓兵に投げ放った。

 角は見事に亜人の額に突き刺さり、がくりと身をもたげる亜人。 間髪入れずに距離を詰めたパーシャは亜人の額から角を引き抜くのと同時に、亜人の腹に右足を突き出した。

 衝撃で行き場を無くした亜人の内臓が、折れた背骨の隙間から噴き出し、大地を赤く染める。


 パーシャの速さは最早私が目で追うのもやっとの速さで、彼女が踊るように亜人を殺す様は、まるで演武を4倍速で見ているような気分だった。

 真っ黒なドレスには敵の返り血の一つの汚点しみも無く、太陽に照らされた金髪を靡かせ、再度漆黒の羽を羽ばたかせ、空に舞う彼女。


 私の胸が高鳴る。

 この感情は何だ? 高揚感と、自分の隙間が何かで埋まっていく満足感。

 くくっ、と、苦笑いを浮かべる私。 そうか。 私は……愉しいのか。 こんな殺し合いが、愉しいのか。

 遠距離攻撃で味方を全滅させられ、自身も見えないところからの攻撃に絶望感を抱いていたが……。


「やってみなければ分からない事もあるのね!」


 と、喜々として次の獲物に切っ先を向けるのだった。


 ◇


 それから掃討戦に移った私達だったが、既に敵には戦意は無く、瀕死の10人程の亜人、と、武器を捨てて投降して来た6人の亜人だけだった。 私達に捕縛する道具が無く、目を離した隙に逃げられても困るので、今は両手両足の腱を切って放置している。 殺す事も考えたが、もしかしたら三島さんが何か情報を引き出せるのではないかという考えからだ。

 それから私とパーシャは周囲をエウパを拾いながら跳躍リープクリスタルがあった・・・であろう敵中央部周辺を調べ始めた。 まあ、敵が跳躍リープクリスタルを使って逃亡しようとしなかったので、ある程度察してはしていたが、残念だ。


『カナ。 これ見るです。』

『ん?』


 と、何かを見つけたらしいパーシャが私を念話で呼び付けて来た。

 死体や肉片を踏まない様に数度軽く跳んでパーシャの元に行く……と、これは何だ? 自分の腕くらいの長さと太さの濃い緑色の筒が、小高い丘の裏に無数に転がっている。 ただのパイプ? ではないだろうし、中身が入っているものが何も無い。


『…………ねぇパーシャ。 もしかして敵の遠距離攻撃って……弾切れだったのかな?』

『……パーシャもそう思うです……。』


 何故急に攻撃が収まったのか分からなかったが、答えは簡単だった。 全部撃ち尽くして弾が無かったのだ。 全部撃たないで一部でも残しておけば接近した私達にも攻撃出来たのかもしれないのに、と、逆に変な事を考えてしまう私だったが、ところどころ土が抉れているのを見て、この武器の使い道が本当に遠距離しか攻撃出来ない仕組みになっているのかも、と、妙に納得もする。

 ……さて、三島さん達にもエウパを拾って貰おうか。 と、踵を返して小高い丘から南へと足を進める私。


「ん?」


 ふと、黒焦げた肉の残骸が目に入る。 腕や足、に、胴体、も? しかも一部の肉は骨が見えている。

 私の魔法にしてもパーシャの爆発にしても不自然な感じだな。 そう思いつつ肉の残骸に近づき――――

 激しく後悔した。


「うぷっ!!」


 昼間は何も食べて居ないので、朝方に食べてまで消化出来なかった物が私の口から吐き出される。


『カナ!? どうしたです!?』

『パーシャ!? こっちに来ちゃ――。』


 ダメ、という前に、パーシャは私の横に立ち、私と同じ物を見てしまった。

 そして、彼女の場合は私とは違った反応をした。 憤怒の表情で、肉の残骸を見つめ、


『あいつら……人間の子供を……食べてるですか。』


 そう私に念話で告げると、まだ生き残って居た亜人達を皆殺しにしたのだった。


 ◇


 これを、他の三人に見せるわけにはいかない、と、私は炎の剣で、子供達の肉片を燃やして行った。

 人数にして、20人程だったろうか。 調理済み・・・・の肉片は。

 調理前の30人程の子供達――小麦色の肌の、子、白い肌の色の、子。 様々な色の肌の、子、の、生の肉片は、何故か冷たい状態を保っている袋の中に、程よい大きさで切られ、血抜きされた状態で入って居て、それも、燃やした。 後は既に食べられて無数の骨だけになってしまっているのも、灰にした。


『見た目から、12歳から15歳、でしたかね。』

『うん……。』

『亜人が欲しいのはエウパだけだじゃ、なかったんですね。』

『うん……。』


 パーシャはいつしか嗚咽を漏らしていた。 青い瞳から、止めどなく、雫が零れ、彼女の頬を濡らす。

 釣られる様に、私の双眸からも雫が零れ、慌てて眼鏡を外し、空いている手で瞼を押さえる。

 ふるふる、と、震える瞼の隙間から、こんこんと溢れて来る液体。


『今まで見て来た中で……一番、きつかったです……。』

『奇遇ね。 私も、よ……。』


 パーシャの後頭部を軽く撫でる私。


『でも、これで迷いなく……亜人達を殺せるわ。』

『はいです……。』

『『これ、ユズキには……』』


 と、二人の念話が重なり、どちらからともなく無理矢理笑顔を作り始めた私達。

 その笑顔を隠すかの様に、急に雲が日差しを遮った。


 ◇


「敵の反応、ありません……。」


 三島さんと合流した私とパーシャを待って居たのは、怪訝な表情を浮かべた彼女の一言だった。


「殲滅したわ。」

「そ、そう……ですか。」


 多分彼女は反応で気付いて居たのかもしれない。

 戦闘が終了してから私達は亜人達を一つの場所に集め、それから30分程でその全ての反応が、消えた。 それがどういう事か……。


「それよりも、雲行きが怪しくなって来たわね。 一雨来るかもしれない。」

「さっきまであんなに天気が良かったのに……。」


 私の唇が少し震えてたのが分かったのだろうか、パーシャは何気にプロミネンスマントの裾を軽く引っ張った。


『大丈夫よ。 今までだって、戦意を無くした人も、殺して来たじゃない。』

『今日のは、何か、違ったです……。』

『わかってる。 わかってるから……。』


 わかってるから、何がわかってるのか、言わない私。

 私達にとって、あの亜人達のエウパなど、取るに足らない物。 後で戦闘に参加していないユズキ達の為に、後回しにしておいたような、物。

 今回は、殺すタイミングが悪かった、だけ。 二度と亜人と話そうとは思わないし、止めを刺すのに手間は惜しまない。 ただ……それだけ。


「あ、三島さん、お水まだ持ってる?」

「あ、はい。 ありますけど。」

「ちょっと貰って良いかな。 私とパーシャのはもう飲んじゃってて。」

「勿論構いませんよ。 あんなに激戦でしたし、汗もかきましたよね。」


 そう言ってリュックサックから水筒を取り出し、私に手渡してくれる三島さん。 私はその水筒に口を付け、ゆっくりと喉に流し込む。

 これから雨が降るかもしれないけど、飲めるかどうか分からないから節約しないと。

 二度、喉を鳴らすと、私は水筒をパーシャに手渡す。 と、彼女も二度喉を鳴らして水を飲み、


「スパシーバ。」


 と、笑顔で三島さんに言った。 パーシャの生の声は久しぶりに聞いた気がするが、少しだけ作った様な明るい声だった。


「……あ、どういたしましてはロシア語で何でしたっけ?」

「ヌー、シトーヴィ、だよ。」

「え? あ、はい。 ヌー、シトーヴィ、パーシャ。」


 三島さんがそう言うと、笑顔で水筒を返すパーシャ。


『……あれ? ロシア語間違ってた?』

『え? い、いえ。 合ってるですよ。』

『いや、私が言った時と何か反応違うな、って。』

『……ちょっとだけ違うだけです。 ちょっとだけ。』


 何だろう。 何が少し違うのか?


『それよりカナ、早くユズキ達のところに戻るです。』

『あ、そ、そうね。』


 今度は私が誤魔化される番だった。


 ◇


「二人は攻撃前に居たことろから動いてないですね。」


 改めて三島さんに探知して貰ったが、たった150mしか離れてないのだ。 歩いて確認しに行っても良かったのかもしれない。

 と、空が急に暗くなり、最初はポツポツ、と、だったが、急に激しい雨が降り出した。


「うわ……。」


 私達三人は慌てて近くの大樹の木陰に避難する。


「もしかして、織部さんの魔法のせいじゃないですか? この雨。」

「え? 何で?」

「何か町が空襲を受けて燃えた後に、強い雨が降るとか、聞いた事ありません?」

「そういえば……。」


 そんな事を聞いた事があるような、無いような。 でも……あの雨って黒くなかったかなぁ。


「っ!?」


 と、いきなり身体を震わせて、どちゃり、と、濡れた地面に膝を落とす三島さん。


「え、どうし……。」

「二人の反応が……消えました。」


 私は手を引こうと三島さんに伸ばした自分の手を、止めた。

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