暗黒乃庭

 激しく降りしきる雨の中、先ほどの三島さんの言葉が、雨音のせいでおかしく・・・・聞こえてしまったのかな、と、私は無理矢理楽観的に考えようと、した。

 けれど、そんな都合の良い雨音がある筈も無く、地面に付けた両膝を上げようとしない三島さん。

 どうしたのか、と、パーシャが私と三島さんを横目で見て……


『ユズキとリーザの反応が消えたわ。』

「シュトゥ!?」


 私からの念話に思わず大声が出たようで、慌てて口を押さえる。

 だが、やがて、パーシャも肩を落として土砂降りの雨を見下ろす様に俯いた。


『二人がどんな風に散ったのか、見る事も出来なかったのですか……。』


 彼女の念話での言葉に、私は返す言葉を見つけられず、皆と同じくただ俯いた……が、このままここに佇んでどうする? と、泣きそうになった自分の顔、その頬を両手で張り付けた。

 パシン!

 と、張り付けた頬が音を立て、じわりとその痛みが頬に広がる。


『せめて亡骸だけは見つけて……埋葬してあげよう……。』

『はいです……。』


 三島さんにもそう伝えると、三人は雨の中をとぼとぼと足を進める。

 怯えたり、怒ったり、泣いたり、笑ったり、そして……絶望したり。 本当に忙しい一日、だ。 と、溜息を一つ漏らす私。


 ――――それは一瞬の事だった。


 豪雨の中、何かが雨を引き裂き、その何かが私達を襲った。


 パキキン!


 と、甲高い音を立て、私とパーシャの魔法障壁が割れると、対魔法アンチマジックリングが二つづつ指から崩れ落ち――更に三島さんの左手に当たったその何かは、三島さんの籠手を弾き飛ばし、籠手は大きく放物線を描いて地面に落下した。

 

「なっ!?」


 私達三人は慌てて何かが飛んで来た方向からの盾になるように大樹の裏に身を隠し、それぞれの位置を目で追い確認する。

 ……三島さんは左側、ほぼ真横の位置で、距離は約5m。 パーシャは私の右斜め前方で、約3mの距離だ。

 雨音のせいで三島さんとは大声を出さないと会話出来る距離では無い。

 私は右手で剣を構えながら、三島さんに顔を向け、左手の人差し指を立てて唇に当てる。

 こくり、と、頷く三島さん。

 続いて、左手の親指を立てた私は、敵が攻撃して来た方向に二度その親指を指して、首を一度傾げる。

 ……敵は感知出来るか? の、意味だったが、正しく伝わっただろうか。

 と、一瞬動きが止まった三島さんだが、首を二度横に振る。


『……パーシャ。 三島さんが敵を探知出来ない。』

『探知出来ないところに居る、ですか?』


 三島さんが探知出来ない距離からの攻撃? いや、考え難い。 むしろ考えられるとすれば……。


『ううん……違うと思う。 多分、だけど、探知に引っかからない様にしてるんだ……。』


 つまりは隠蔽のスキルか、またはその効力がある道具か装備。 それを使っていると考えるのが一番しっくり来る。

 ……さて、隠蔽のスキルや装備がどの様な物か、私も三島さんも身を持って知っていた。 味方であればその恩恵を、逆に敵であればその恐ろしさも知っている……。

 三島さんの表情は硬く、小刻みに顎を震わせていた。 彼女にとっては目を完全に失ったのと同じ事なのだから。

 相手が何人なのか、どんな強さなのかのかが分からないのは勿論の事、相手が攻撃出来たというのはこちらが捕捉されているという事だ。

 攻撃にしても、パーシャ程の魔法障壁を二度破壊した事から、彼女にとっても障壁が無ければ致死性の威力、つまり私のLV1魔法である血液膨張ブラッドエクスパンションと同等威力のものであり、それが五回分私達に繰り出されたという事だ。


 ――――拙い。 非常に拙い――――。

 冷や汗の様な、雨水の滴りの様な液体が私の頬を伝う。


「ん?」


 木の陰から先程攻撃された方向を警戒していた私だが、ふと雨の一部が歪んで見え――――


『パーシャ!! 地面に伏せて!!』

『っ!?』


 パーシャは服や顔が汚れる事など気にせず、泥水に水音を立てながら地面に伏せ――――その直後、彼女が隠れて居た大樹を5つの見えない刃が襲った。 水切り音だけしかしなかったが、五回輪切りにされた大樹は支えを失って――パーシャの側に倒れて来る。


『パーシャ! 転がって!』

『えっ!』

『早く! 木が倒れて来る!』


 服や翼が更に汚れるのを厭わず、右側に地面を数度転がったパーシャは、すんでところで倒れて来た大樹を回避し、大樹が地面に倒れた衝撃で発生した泥水を背中から被る。


 ――何だ。 何なんだ、今の攻撃は……。


 大樹の後ろに隠れて居たパーシャを確実に仕留めに――来た、ですって?

 目視での攻撃では無い。 まさか探知能力で私達に狙いを付けていたという事?


『パーシャ、狙われてるわ!』

『ど、どうしたら良いですか!?』


 それはそうだ。 自分が狙われてると言われたってどうすれば良いのかなんて分かる筈が無い。

 ……いや、待てよ……。 もし敵がパーシャを亜人だと誤解・・したらどうなる?


『パーシャ、この雨の中でも飛べる!?』

『やってみるです!』


 立ち上がって悪魔の翼を一度強く羽ばたかせ、翼に付いた泥水を弾き、足で地面を蹴って大きく雨空に跳躍するパーシャ。 一瞬で20m程跳ぶと、翼を強く羽ばたいて高度を取ろうとする。

 やはりこの雨では垂直に高度を取るのは難しいのか、だが、旋回しながらも地上から少しづつ離れて行った。


『水を切るような攻撃が見えたらすぐに回避して!』

『わかったです!』


 …………それから30秒、60秒、90秒、と、ただ雨音だけが聞こえる時間が続き…………。


『カナ……雨が止んで来た……です。』

『そう……ね。』


 この手は出来るだけ使いたくなかったが……。

 無事、敵は私達を味方の亜人と勘違いしてくれたようだ。

 薄々とだが、私はこの大雨が自然現象では無い事に感付いて居た。 ユズキとリーザの反応が無くなったのはこの大雨が降りだした直後であり、私達に攻撃を加えて来たのも豪雨の中。 つまり、この雨にこそが私達を探知する魔法か、もしくは道具による効果であると推測出来――それが正解だったようである。


「我が親愛なる紅蓮の炎よ。 我が拳に満たせ百の真紅の花の種を。 満ちし時、踊り咲かせよその花を。 狂い咲かせよその花を。」


 私の拳から熱気が吹き荒れ、じゅう、と、煙を立てながら周囲の水分が蒸発していく。


『カ、カナ? 何してるです?』

『ごめんね。 言ったらやらないかもと思って言ってなかったけど、パーシャに亜人のフリ・・をさせたの。』

『…………からの、不意打ち、ですか。』

『人食い共に卑怯者と言われたって、私の胸は痛まないわ。』


 念話をしながらも詠唱を続けて居た私は、拳に漲る力を感じ――――


爆破派出エクソダスブラスト!」


 ――――その力を開放した。


 水に染め上げられていた森が、炎によって姿を変えた。 炎の渦は木々を薙ぎ払い、真紅に視界が染まる。 直後に、耳が壊れそうな程の爆発音が聞こえて来た。 大地にたっぷりと沁み込んだ水が一瞬で沸騰して起こった水蒸気爆発なのだろう。 


『パーシャ! うえからユズキ達が居た方、見える!?』

『真っ白で何も見えないです!』


 想像以上に広範囲に亘って蒸気が広がっているようで、150m程先に位置するユズキ達が居た・・場所までも蒸気に覆われているようだ。

 こちら側からは爆散したように見えるので、水蒸気がドーム状で空気中に停滞しているのだろうか?


『私の魔法の後、何か変化はある?』

『ない……です。 攻撃される気配も無いです。』


 上空にいるパーシャを敵が視認していたとすれば、敵はこれが彼女からの攻撃では無い事は分かっているだろう。

 だが、彼女の仲間と思われる亜人・・からいきなり攻撃を受けた。 相手は私達が実際に味方なのか敵なのか混乱しているか……私の攻撃で敵を倒せた……か?

 そうだ。 相手の隠蔽はどうなっているんだ?

 私は三島さんの方を見る――が、先程彼女が隠れて居た場所には誰も居なかった。

 周囲を警戒しながら三島さんが居た方向へと足を進める私だが、一向に彼女の姿が見えない。

 ふと先程の水蒸気爆発を思い出し、嫌な予感がしてくる。 まさかあの爆発で彼女を吹き飛ばしてしまったのか!?


 10m程進んだところで、私の嫌な予感が的中していた事が分かる。

 三島さんは大樹に背中をもたれ掛けて地面に座っており、四肢もだらりと重力に委ねていた。


「三島さん!」


 慌てて駆け寄る私。 キャスティンググローブを脱ぎ、彼女の首に手を当て――――


「良かった……生きてる。」

「……う……。」


 私の声に気付いたのか、くぐもった声を上げる三島さん。


「三島さん、大丈夫!?」

「……織部、さん?」


 顔を上げて私に答える彼女。 声の様子からすると大丈夫のようだが、三島さんも自分の手足を見て、動かして、支障が無いのを確認する。

 と、その時だった。 私のキツネの耳が何者かの足音を拾った。

 ……既に距離を詰められて居たのか……。

 絶望感と共にその足音の方向を見る、と……。


「織部、さん……?」


 と、三島さんでは無い人物から名前を呼ばれたのだった。


 ◇


「何でこんなところに……。」


 それはこっちの台詞である。

 深緑の帽子に真っ黒な戦闘服。 まだ幼さを感じさせるおどけない顔。 流暢な日本語。


「二ノ宮君こそなんでこんなところに……。」


 お互い驚愕の表情で相手を見つめるが、二ノ宮の視線が三島さんに向くと、彼は更に目を丸くしてすぐさま三島さんに飛び付き、彼女を抱きしめた。


孝太こうた……?」

「ああ。 ああ! 僕だよ、陽菜!! 生きて……生きていてくれたんだ……ね。」


 二ノ宮君の流した大粒の涙が三島さんの肩当てにぽつぽつと落ち、三島さんも感極まって泣いているのだろう、嗚咽を漏らしながら二ノ宮君の背中に手を回し、しっかりと抱き返した。

 まさかの展開に頭が追い付いて行かない私は、二人の抱擁を呆けながら見る事しか出来ず、


「織部さんと、あの上の子が一緒で助かったんだね?」


 という二ノ宮君の言葉に更に困惑する。


「え……あ、はい。」

「良かった……。 人間・・かと思ってつい攻撃しちゃったんだ。 ごめんね。」


 はっとした表情で私を見上げる三島さん。

 私に答えを求められても困るのだけれど。


「二ノ宮君は何でここに?」


 三島さんの代わりに二ノ宮君に問う私。


「……そうだ。 何も話してなかったよね。 僕と小野寺さんとで迷宮を攻略した後……、僕は拘束されて、小野寺さんは……。」

「小野寺さんは?」


 彼女の名前で口籠ったので、敢えてその名前を出す私。


「僕、つまり亜人の仲間として糾弾され……人間たちに乱暴されて……自殺したよ。 僕の目の前でね。」

「何て……事……。」

「治療師は貴重だから、通常はグランセリアに送られる事になってるんだけど……味見・・には良い機会だったんだろうね。 クソ人間共の考えそうな事だ。」


 忌々し気にその時の情景を思い出す二ノ宮君。 グランセリアって……迷宮の最上階、人間達が暮らしている場所の事だろうか。 最初に召喚された時に聞いた単語だ。


「僕を助けてくれたのは同族の獣人。 たまたま人間の前線基地を亜人達が襲撃しに来てくれて、捕まってた僕を開放してくれたんだ。 前線基地を破壊した後は亜人の本陣に一緒に転送・・させて貰って、そこで改めて亜人軍に正式に加入する事が認められたんだ。」

「…………。」

「……あ、そろそろ終わったかな?」

「え?」


 二ノ宮君は右腕を上げると、そこに飛んできたのは一羽の鷹。 そして淡い光と共に、二ノ宮君の腕に吸い込まれる様に消えて行った。


「取り残しが結構多いね。 150人分くらい、か。」

「え? 敵の事?」

「まさか。 もうここには4人しか居ないよ。 エウパの残骸さ。」


 そんな事が分かるスキルがあるの……か?


「陽菜、クリスタルを持って上に上げて。」

「え、こ、こうですか?」


 懐から出したクリスタルを持って腕を上に伸ばす三島さん。 すると、二ノ宮君は彼女の手に自分の手を重ねて目を瞑る。 やがて光の粒の様なものが二人の手に渦を巻きながら集まり、十秒程で消えて行った。


「亜人の陣地に戻ったら新しいクリスタルが配布されるから、もう人間のリミッターの事なんて考えなくても良いんだよ。 もっと、もっと強くなろう。」

「…………。」


 二ノ宮君が何を言っているのか、理解、出来ない。 いや、理解したく……ない。


「織部さん達はもう十分強いから陽菜に全部渡しちゃったけど、良いよね?」


 こくり、と、頷く私。


「それで……織部さん達はどうやって前線基地からここまで逃げて来れたの? 陽菜の能力で亜人と会話して、どこかの亜人に助けて貰ったとか?」


 頭が全然、回らない。 二ノ宮君は、私達が亜人側である前提で話をしている。

 けれど、私達は人間側だ。 本当の事を言ってはならない。 が……筋が通る嘘など、簡単に付ける筈も無い。


『カナ。 霧が晴れて来たです。』


 …………。


『カナ? どうしたです?』


 パーシャからの念話に何を答えれば良いのか分からず、ただその場に立ち尽くす私。


「しかし、織部さんの魔法はやっぱり凄いね。 魔法障壁全部削られちゃったよ。 一枚足りなかったら消し炭になってたね。」


 はは、と、笑いながら陽気な声で言う二ノ宮君。


「孝太。 私達は人間側の兵士としてここに派遣されました……。」

「っ!?」


 三島さんが真実を告げると、驚きで表情を変えてしまう私。


「それで人間達を皆殺しにして、晴れて自由の身って事だね。 良かった。」


 二ノ宮君の言葉が、ずくり、と、私の胸を刺す。


「二ノ宮君。 ……木の幹に隠れてた人間、殺した?」

「ああ。 あの二人かい? うん。 二人仲良く串刺しにしてあげたよ。」


 ふるふる、と、指先が震える。

 ユズキと、リーザ。 二人を殺したのはやはり……この人・・・だったか。


「三島さんは良くて、あの二人はダメだったの?」

「……ごめん。 織部さんの言ってる事の意味が分からない……。」


 この胸に抱く葛藤は、私がおかしいせいなのか?

 戦争なのだから、敵を殺すのは当たり前。 戦意が無くとも、殺してエウパを取るのも当たり前。

 私だって亜人に対して容赦しなかったし、二人に面識が無いこの人が敵を殺すのは、当然だ。

 だけど……だけど……友達を殺されて、それを嬉しいと思う?

 たった数日間だけど、苦楽を共にした仲間を殺されて……嬉しいと思う?


「あの腐った人間達は駆逐しなきゃダメなんだよ。 僕たちが何をされてたのか織部さんだって知ってるでしょ?」


 わかってる。 わかってる。 わかってる!

 無理矢理召喚されて、クラスメイトの殆どが死んだ。 他の召喚された人たちも、エウパの為だけに殺し合いをさせられて、残った希望は迷宮の攻略。 けれど、その希望を叶える条件が厳しく、殆どの人間が希望を叶える事無く戦場に送り込まれてる。


「……でも、そもそもマルサーラに亜人達が侵攻して来なければ、人間達は迷宮の奥に隠れ住む必要は無かったんじゃない?」

「その人間達が僕達召喚者に非道な扱いをしてるのは人間達の都合で、亜人のせいじゃない。」

「草木も生えない大地に追いやられて、人間達はどうやって生きて行けって言うの!」

「だからって異世界から僕達を召喚して二度・・も死を経験させる事に言い訳にはならない! 戦うなら自分達で戦えば良い! その為の力は既にあるのに、エウパを補充する為だけに僕達は召喚されたんだ!」

「そんな事無い! あなた・・・がさっき殺したこの世界の人間は、自分の弟の為に前線に来たのよ! 人間達だって必死なんだよ!」

「織部さん。 私は孝太の意見に賛成です。」

「っ!?」


 三島さんからそんな言葉が出るとは思えず、悔しさで右の拳を握りしめる私。

 ――――その時だった。 黒い何かが空から舞い降りると、二ノ宮君に襲い掛かる。

 二ノ宮君は三島さんを突き飛ばすと、その何かから繰り出された攻撃――――悪魔の角の一閃を抜いた剣で素早く捌く。

 ギィン! という剣戟の音。 更にもう片方の手から繰り出された悪魔の角の一撃は身を反らして躱す二ノ宮君。


「亜人が……亜人を攻撃するの、かい?」


 パーシャは一度二ノ宮君との距離を取ると、私と彼の間に立ち、更に身構える。

 私が念話で行動を止める事は可能、だ。 だが、私はどうしても、どうしても、許せなかった。

 ユズキ達が殺された事も勿論だが、三島さんが二ノ宮君に同意した事も、だ。

 恋は盲目という言葉があるが、単純に言えば三島さんは私達に見切りを付けて、二ノ宮君に付いて行く事を決心したのだ。 裏切られたという気持ちを、どうしても、私の中から拭えない。


「でも、君じゃ僕に勝てそうに無いかな。」


 言った瞬間、パーシャとの間合いを詰める二ノ宮君。 左手に携えた淡い光を放つ銀色の長剣、そして、いつの間にか抜いて居た右手のショートソードがパーシャを襲う。

 左上からの長剣の切り落とし、それをパーシャは右手に持った角で弾き、空いたパーシャの右側にショートソードの突きが繰り出される。 その突きを見切ったパーシャは、左にステップする。

 ――が、それを予測していたのか、二ノ宮君は身を捻って自分の身体を回転させると、渾身の力でパーシャの胴を左側から薙ぐ。

 その一撃に対処しようとパーシャは両手に持った角を交差させて二ノ宮君の長剣に合わせる。

 が、体重差もあるが、二ノ宮君の一撃は重く、パーシャを右へと突き飛ばした。

 ドコン! という衝撃音と共にパーシャの身体は大樹に叩きつけられ、大樹はその勢いで幹を揺らし――みしみしと音を立てて打ち付けられたパーシャとは反対の方向へと倒れて行く。

 ぶはっ、と、血反吐がパーシャの口から吐き出され――――


 私は我を失った。


「パーシャに何するんだ!!!!」


 バゼラルドを抜き、二ノ宮君に襲い掛かる私。 同時に炎の剣の詠唱も始める。


「織部さん!?」


 驚いた二ノ宮君は、それでも反射的に私のバゼラルドをショートソードで弾く。


「織部さん! 君の仲間だろ! 殺してないからもうやめさせてくれ!」

「そうよ! パーシャは私の仲間よ! でも……貴方の仲間じゃあ、ない!!!!!」

「やめてくれ! 僕達が殺しあってどうするんだ!」


 どうする? どうするって? そんなの知るか!!


「人間の子供達を食べてる亜人を見た? リーザを輪姦する亜人を見た? 私達人間は、亜人に全てを奪われたのよ! 亜人の味方になるなんて、死んだ方がまだマシよ!」

「っ!?」


 亜人の味方になって、また人類を家畜化する手伝いをするなんてまっぴらごめんだ。

 こんな亜人の様な姿にされても、私は人としての尊厳を失う気は無いわ!!

 私の左手に召喚された炎の剣も戦闘に参加し、怒涛の如く二ノ宮君を斬り付ける。 二ノ宮君のショートソードは対魔法効果があるらしく、私の炎の剣がそのショートソードに弾かれる。


「亜人は人間なんて食べない! 取るのはエウパだけだ!」

「うそつき! 子供達の死体を見たわ! 食用に血抜きされた状態でね!」


 そうだ。 二ノ宮君の方が騙されてるんだ。 人間が酷い事をしてきたと一方的に考える様に洗脳されたんだ!


「じゃあ証拠を見せてみなよ! そしたら信じる!」

「……燃やしたわよ! あんなの、ユズキなんかに見せられるものですか!」

「君は騙されてるんだ!」

「違う! 騙されてるのは貴方よ!」


 ツパァン!!!!


「あ……?」


 右目に違和感を感じる私。 バゼラルドを地面に落とし、手を右目に添え……眼鏡にレンズが無くなって居るのを感じ、ぬるりとした液体が――――


「くあぁぁぁぁぁ!!!!」


 激痛と共に、私が何をされたのか理解する。

 私は――――撃たれたのだ。 三島さんの矢によって。


「な…………。」


 二ノ宮君が驚愕の表情で私を見る。 と、同時に、パーシャが飛び出した。


「Что ты с ней сделал!?」『彼女に何をした!?』


 実際の言葉と念話が同時に聞こえ、パーシャが三島さんに襲い掛かるのが見える。


「陽菜に手を出すな!」


 言って、三島さんとの間に入る二ノ宮君。

 パーシャの渾身の一撃が、二ノ宮君のショートソードによって弾かれ、二ノ宮君の左手が長剣を突き出し……それが吸い込まれるようにパーシャの腹に刺し込まれる。


「ニエット……ニエット……ニエッ…………。」


 どくどく、と、パーシャの腹から鮮血が長剣に伝わり――――


「我が信愛なる紅蓮の炎よ。 清く熱く切に赤く、彼の者の血潮をも熱く赤く滾らせ給え。」

「っ!? 織部さん、何を!?」


 二ノ宮君が何かを言うが、知った事か。 パーシャを、私の大事な仲間を、リーザを、ユズキを、串刺しにして、何を言う!!


「して、沸っする鮮血よ、弾け、放て、紅蓮の光と共に。 ララヒート、ナヒートヴォル、クレティアニカ、フォルテ。」

「やめろ!! 織部さん!!」


 三島さんにやられた右目が、疼く。 何が仲間だ。 何が一緒に迷宮を攻略しよう、だ。

 結局お前らは、自分達二人が良ければそれで良いんだ!!

 殺す!! 殺してやるっ!! 


「グレーゼ、グレーゼ、ララ、グレーゼ!!」

「織部さん! やめて下さい! 次は左目を撃ちますよ!」


 不意打ちなら食らうが、集中してればそんなもの避けられるわよ!


「私の足を治してくれた小野寺さんが酷い目にあったんですよ!? この世界の人間なんて、滅びれば良いんです!」


 嘘を付け!! あんたは二ノ宮君が居ればどこでも・・・・良いんだろうが!!


深緑拘束ヴェルデューレストレイント!」


 なっ!? 詠唱無しで魔法を使う、だと!?

 私の足元から茶色い蔦が生え、緑色の葉を芽吹かせながら私の身体へと伸び――――


 ツパァン!


 その瞬間を狙って、陽菜が私の左目を狙って矢を放つ。

 私は顔を捻り、間一髪直撃を逃れるが、耳の一部に掠って私に痛みを覚えさせる。


血液膨張ブラッドエクスパンション!!」


 起死回生を狙い、私は体に絡んできた蔦に魔法を放つ。

 ――が、発動しない。


「木に血液・・は流れてないよ。」


 冷めた声で言う二ノ宮。


 ――くそぅ!! 魔法の特性を見抜かれていたか!!

 ならば蔦を炎の剣で切るまで!!

 と、僅かに動く左手の手首を捻り、炎の剣で出来るだけ木の蔦を燃やそうとするが、次から次へと生えて来る蔦に焼いた先から捕らえられ、やがて左手の手首までも固定されてしまった。


 無慈悲に、魔法失敗ファンブルのカウントダウンが始まり、右手が赤く光り出す。


 -10-


 私達が迷宮の中でした指切りは何だったの?


 -9-


 三島陽菜。 貴女はユズキとリーザを殺したこの男を何とも思わないの?


 -8-


 そもそも探していた男が見つかったから、私とパーシャの事も、どうでも良いの?


 -7-


 そうよね。 そんな冷ややかな目で、私を見るなんて。


 -6-


 殺したい程、私が邪魔なのね? 私の目を撃った時、躊躇しなかったもの。


 -5-


 戸惑わずに究極魔法を、使って居れば……。


 -4-


 私の命が散るとしても、こんな風に嬲り殺されるよりはマシだったのか……な。


 -3-


 でも、こんなところで私が死んだら、パーシャが……。 あんなに血を流してるのに!


 -2-


 血? ――そうだ。 血液、血液は――――


 -1-


 あるじゃないか。 私の身体に!!


「持ってけぇ!! 血液膨張ブラッドエクスパンション!!」


 私は、自分の右手に込められた魔法を、右手の中で、発動させた。


 ツパァァァン!!


「なっ!!」

「きゃっ!」


 突然の爆発で吹き飛ぶ二人。 私の右手の、肉片と鮮血を身体に浴びて。


「……騙される……な……。 いつか亜人は……あんた達を……裏切る……。」


 息も絶え絶えに言う私だが、自分の右腕を見て、驚愕する。


 ――肘から下が、無くなって、いた。


「くうぅぅぅぅぅ!!」


 そして、壮絶な痛みが私を襲う。 腕の神経が外気に触れて、燃える様に、痛い。

 同時に、眩暈を覚え、どちゃり、と、地面に突っ伏す私。


「……織部さん、それ・・は多分もう……治せないよ……。」

「同情……なんて…しないで。 憐れむ様な……目を…私に…向けないで……。」

「何であの子を止めなかったんだ! 僕は言ったじゃないか! 殺すつもりは無いって!」

「私とパーシャは……本当に……見て来たんだ……。 子供達の身体が……バラバラにされて……血抜き……されて……焼かれて……食べ掛けのも……あったんだ……。」

「どこからそんな子供を仕入れてるって言うんだ!」

「いずれ……貴方達も……見る事になるわ……その時になって……後悔……し……。」


 キーン、と、耳鳴りが強くなって行き、意識が朦朧としてくる私。


「あの……子……。 パーシャ……だけは……助け……て……。」

『カナ……死ぬ時は……一緒に……で……す。』

『パー……シャ……?』

暗黒乃庭ダークネスガーデン


 地面が、ざわりと揺れ、何本もの黒い蔦がパーシャの身体から伸びる。

 その蔦は何か・・を探す様にうねり、やがて私達が殺した亜人達の方角へと一斉に動き出し、何か・・を吸って居るかの様に、どくり、どくり、と、養分が蔦に送り込まれ、やがて蔦はいくつも分岐し、パーシャと私の周りを包み込む。

 ……レベル9の、パーシャの……黒薔薇の庭を造るスキル……だ。

 

 やがて蔦は黒薔薇の花を幾千と咲かせ、私とパーシャを包み込む。

 死の間際に見る景色としては……最高じゃ、ないか。

 私は、ほろり、と、涙を流す。

 やがてその涙は私の右目から流れる鮮血と合流し、地面へと染みて行く。


『パーシャ……産まれ……変わって……も……友達……に……なろう……ね。』

『カナ……。 ありがとう……です。』

『合言葉、決めない?』

『良い……です、ね。』

『『黒薔薇の庭を、覚えてる?』』


 ほぼ同時に私とパーシャの念話が流れ、私は口元にささやかな笑みを浮かべると、ついに左腕の力も抜け、ぱしゃり、と、自分の血の血溜まりに落ちる。


 ――――漆黒の庭を見る視界がぼやけ、

 やがて、本当の闇が――――やってきた。






* 暗黒乃庭ダークネスガーデン。 5つ以上の知的生命体の屍を養分として黒薔薇の庭を自身の半径50mの範囲に円状に展開する。 咲いた数千本の黒薔薇は任意でその場で爆破させる事が出来る他、庭の主もしくは最近眷属ネクストオブキン以外の他者の身体の一部が黒薔薇に触れた場合は即座に小爆発を引き起こす地雷的な使用も可能。


 摘んだ黒薔薇を投擲する事も可能だが、地雷に反応する可能性の無い庭の主もしくは最近眷属ネクストオブキンのみがその黒薔薇を摘む事が出来る。 一日の使用回数は1回のみ。

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