虎口侵入

 三島さんとリーザが逃亡者の追撃を完了した後、私達五人は23番隊のところで一旦合流し、その後自分達の持ち場である中央付近に移動して小休止を取っていた。

 二人とも、具体的にどのように逃亡者達を討伐したのかは言わなかったが、リーザが大量の返り血を浴び、三島さんの鎧にも多少の血が付着していた事から最後は接近戦になったのだと思う。

 二人とも遠距離攻撃タイプだから綺麗なままで帰って来るのかと思って居たわ。

 そう一人ごちながら砂糖とミルクのたっぷり入った珈琲をすすった後、ドライフルーツを一つまみ口に入れて咀嚼する。

 ……はぁ。 戦った後は甘い物がおいしいわね。

 ちなみに珈琲とミルクと砂糖はリーザが持って来ていたのだが、彼女の食に関するこだわりには頭が下がる思いだ。 そのリーザは洗浄剤で身体に付いた血を落としながら濃い珈琲を飲んで居る。 血の匂いを嗅ぎながら珈琲を飲むのに抵抗は無いのかという考えが一瞬過るが、本人は全く気にしていないようだ。 むしろ珈琲の香りで血の匂いを誤魔化しているのかもしれないなぁ。


『――――この部隊で逃亡者が出た件は不測の事態でしたが、即応して頂き有難うございます。』


 そんな風にまったりと休憩していた私達にいきなり念話が聞こえて来た。 この声は中隊長のリゼラか? 逃亡兵を抹殺する様に命令した時の口調とは全く違うから一瞬誰だか分からなかったわよ。

 口調を変えたのは私達が実際相当な戦力になる事と、彼等の命令を順守するという確信を得たからだろうか?

 手の平を返した様な態度だと言えるかもしれないが、信頼して貰える様になった事に私自身は悪い気はしなかった。


「戦争前の良い小遣い稼ぎになったわよ。」


 と、くく、と、嘘笑いで悪態を付く私。


『頼もしい限りです。 前線でもなるべく亜人より先にエウパを回収して下さい。』


 ぶっ! と、口に含んだ珈琲を噴き出した。


「そこまで言っちゃう訳……?」

『その様子ですとこの作戦の全貌を理解しているようですね。 ユズキにでも聞きましたか?』


 いやいや。 これから味方は結構死ぬけどその味方のエウパを亜人に取られる前に掠め取れって事よね。 えげつないわ本当に。


「わざと味方を殺させる様な指揮はしないでよね。」

『中央である貴女達を先頭にして突撃させるというのが当初の作戦でしたが、V字型の陣形に変えて最後部にするだけですよ。』


 ほぅ、と、安堵のため息を漏らすユズキ。

 こと戦闘に関してはほぼ無能と言って良い彼女にとっては朗報だったのだろう。

 私とパーシャは近接戦闘タイプなので、何もしないでただ前方の味方が死んでいく報告を聞くというのはあまり気持ちの良い物では無いのだが……。

 と、待てよ。 それなら遠距離攻撃系のリーザと三島さんを置いて私とパーシャの前衛が遊撃に出るというのは戦術的には有りなのか?


『そして、貴女達には友軍を殺した場合のペナルティを一切課さない事にします。』


 ……この中隊長、食えない人ねぇ……。

 

 逃亡者を炙り出した私とパーシャの連携技の事をユズキからでも聞いたのだろうか。 その範囲攻撃スキルを味方ごと使っても構わないって意味でしょそれ。


「私はね。 味方は殺さないって決めてるの。」

『あれ程の威力なのですから味方を巻き込まないという方が無理なのでは無いですか? 積極的に使った方が貴女達の為になると思いますよ。』

「まあ、味方に誤射した時の保険だと思って聞いておくわ。」

『それでは30分後に出発しますので準備をお願いします。 日が暮れる前にはキャンプ予定地に着いた方が貴女達もゆっくり休めるでしょう?』


 予定から二時間遅れだから急げって意味よねそれ。 どれだけ捻くれてるのよ貴女。


「私達は良いけど他の隊は間に合うの?」

『既に他の隊は出立させましたので問題ありません。 予定より一時間遅れなので多少急ぐ様には言ってありますが。』


 抜かりは無いという感じで言うリゼラだった。


 ◇


 まだ両足で歩く事に慣れて居なかった三島さん。 一時間程歩いた時点で申し訳なさそうに、私に小声でもう歩けそうに無いと伝えて来たので、パーシャには私のポーチを持って貰い、私は三島さんを彼女の荷物ごと背負って目的地へと急いでいた。

 ちなみにパーシャの腕で三島さんを抱えて上空から進むという手もあったが、上空は目立つので、今敵に察知されるのは拙いと考え、徒歩での行軍を選んだ。


「すいません織部さん……。 いつも私が迷惑を掛けて……。」


 背中越しにそう私に言う三島さん。


「私が戦えなくなった時は、三島さんが背負って逃げてね。」

「勿論です!」


 と、そんなやりとりをしていた私達をリーザが見ていた。 その視線の冷たさに何か違和感を覚える私。 三島さんの事を足手まといだとでも考えて居るのか? そう考えた私は、


「ユズキ。 リーザに伝えておいて。 彼女が歩けなくなっても背負ってあげるわよって。」


 私達の強行軍に必死になって付いて来て額から汗を流しているユズキに言う。 息を切らせながらも念話でリーザにそれを伝える彼女。

 リーザはその念話で表情を変えると、右側の口の端を上げて微笑を浮かべた。


「で、ユズキ。 目的地まではあとどれくらいなの?」

『約6kmと言ったところでしょうか。 なので、もう少しペースを抑えても良いかと……。』


 既に息の上がって居るユズキがそんな弱音を吐く。 彼女の体力があまり無いのは知っていたが、こんなに早く音を上げるとは……。


「それがこの作戦を遂行する上で必要で、この部隊のリーダーとしての命令なら聞くけど?」

『……いえ。 このまま急ぎましょう。』


 多少意地悪な言い方になってしまったが、自分の発言の軽率さにそれで気付いた彼女は息をのみ、表情を変えて歩みを正す。

 迷宮仕えだったユズキが強制的に前線に出された事は彼女にとって不本意な事なのだろうが、この戦争は彼女達の世界を守る為の戦争であり、彼女がその戦争に一人の兵士として参加するのは当然だ。

 少し前のただの中学生だった私なら戦争という概念さえも理解出来なかったが、今の私ならもし祖国が侵略されたとしたならば、祖国の兵士として戦う事に何の疑問も抱かないだろう。

 というか……祖国、か。 思い出すんじゃなかった。

 もう帰れないとは知って、それを覚悟をしてはいたが、故郷への郷愁がじわりと心の隅から湧いて来てしまったのだ……。

 もしも、この戦争に勝利して全てが終わっても……元の世界に帰るという可能性は無いが。

 自分の居場所が無いのもしかり、それに帰ったとしても、私は崖から落ちるバスの中なのだから。

 ちらりとパーシャを見る私。

 ん? と、首を傾げるパーシャ。

 ……彼女の場合は極寒の海の上、浮かぶ沈み行く船の中に転送され、やがて冷たい海水に身を飲まれて最後を迎えるだろうのだろう……。

 ――――うん。 この世界がどんなに理不尽だろうが、大切な仲間が居るこの世界で生きる事を私は選ぶ。

 そう心に決めて軽く目を瞑り、下唇を歯で噛みながら軽く一つ頷く私。


『どうしたですか? カナ。』

『何でもない。 この作戦が終わったら何かロシア料理を作って。 私は日本の料理を作るから。』

『パーシャはあまり料理出来ないです……。』

『……なら、パーシャの奢りでロシア料理を注文してそれを食べましょう。』

『それなら良いです。 ボルシチは食べたですね? パーシャはウハーが食べたいです。』

『ウハー?』

『魚の料理です。 作り方は分からないです……。 カナは日本の料理出来るですか?』

『一応ね。 私が調理するよりもエウパで出した方が早いと思うけど。』

『……カナの手料理……食べたいです!』

『そ、そう? 口に合うと良いんだけどね。』


 ふふ、と、二人で笑い声を上げる私達。


「二人で念話で話をしてたんですか?」


 その様子を見て背中越しに話しかけて来る三島さん。


「あ、うん。 この作戦が終わったらロシア料理と日本食を食べようって。」

「……そう、ですか。」


 すると、消沈した様子で返事をする彼女。 何か気に障る様な事を言っただろうか?


「そう言えば織部さんの料理、食べ損ねてしまいましたね。 私と孝太。」


 ……ああ。 二ノ宮君の事、か。 三島さんにとってはそれが最優先よね……。

 私とて二ノ宮君の事を忘れていた訳では無いが、まずはこの作戦で生き残る方を最優先に考えて居たわ。


「二ノ宮君に会うのもご飯を食べるのも、まずはこの戦闘で生き残ってから、でしょ?」

「あ……はい。 そうですよね。 少し悲観的になっていたようですいません。」

「ユズキも、生き残ったら弟に会えたりするんじゃないの?」

『……どうでしょうか。 上次第ですが、相当な戦果を上げれば一時帰宅許可が出る可能性は無いとは言えないですね。』

「なら貴女もいつまでもヘコんでないで生き残って弟の貴女への誤解を解く事を考えたら?」

『…!? ………。』


 私からそんな言葉が出た事が意外だったのか、呆気にとられ、やがて無言になり下を向くユズキ。


「理不尽さを呪うのは簡単だけれど、その安易な考えに逃げれば上には好まれないんでしょ。 なら望まれる行動をすれば良いのよ。」

『貴女は本当に強い……ですね。 でも、それは貴女に力があるから言える事なのでは無いですか?』

「私は私がやれる事をやるだけ。 貴女は貴女がやれる事をやれば良いのよ。 上だって無茶は言わなかったでしょ。」

『本隊が来るまで私達で持ち堪えろというのが無茶では無いと?』

「ああ。 それがダメなのよ。 相手に殺される事を前提に考えたら保身に入るでしょ。 相手を殺す事を考えないと。」

『相手を殺す事を考える……?』

「その腰に下げた剣は飾りなの? 敵が現れたら逃げるより前に剣を抜いて構えなさい。」

『……自分より年下の異世界人にそんな事を言われるなんて思いませんでした。』

「cosa ha detto?」

「え? 何? リーザ。」

『カナが何と言ったのか気になるようです。 伝えても宜しいですか?』

「別に構わないけど……。」


 私がそう言うと、リーザに念話を送るユズキ。 すると目を細めて私を見た後、一つ頷いて安堵の表情を浮かべるリーザ。 どういう意味なんだろう……?

 しかし彼女は何も語らず微笑みを浮かべるだけだった。


 ◇


 日が完全に暮れるまでには休憩地点に到着した私達。 隊長であるリゼラの指定したその場所は森が半径15m程に開けており、10cm程の長さの雑草の先端がそれぞれ夕焼けに照らされて赤く輝いて居た。

 先程まで歩いて来た密林地帯の様な湿気もあまり感じないその場所は、野営をするに実に適切な場所に見受けられるが、人工的に作られた場所なのだろうか……?

 と、ふとその地形を左右に眺めてみると中心地が若干沈んでいるように見える。 どれくらいの時が経ったのかは分からないが、過去にこの場所に敵なり味方なりの攻撃が行われた後に草が生え、現在の草原が作り上げられたという事なのだろう。


『今夜はそれぞれ指定された場所で野営をするように。 あと、けして大きい光や火を使ってはなりません。』


 と、草原の多少涼やかな風に吹かれた時と同時にリゼラの念話が私達に伝えられる。

 この場所には私達以外は誰もおらず、リゼラが言った様にそれぞれの部隊は私達と同じような場所に分散して野営をする事になるのだろう。

 分散するのはもし奇襲攻撃されても、全滅するのを避ける為なのかしらね。

 それは既に敵に襲撃される恐れがあるという事に他ならないと判断した私達も半分臨戦態勢を取り、まずは即応出来る様にパーシャは戦闘態勢で草原の北側で何もさせずに待機させ、三島さんには草原の南側で寝床の準備をして貰いながら探知も続けて貰っている。

 そして私とリーザは中央で魔力を使った携帯コンロでの食事の準備、ユズキは行軍の疲れからか中心から西の草原の上に横たわって自分の荷物を枕にして寝息を立てている。 彼女には深夜の見張りをして貰う約束をしているのでこのまま十分に休息を取っておいて貰うつもりだ。

 と、リーザが何か私に話しかけて来た。 私は何を言われたか分からないので、三島さんを呼んで翻訳して貰う。


「ビーフジャーキーを割いてパスタソースに入れないかって言ってますけど。」


 私が持っていた荷物の中身を把握していたらしいリーザ。 目ざといわね……。

 微笑みながらパスタソースをかき混ぜているリーザに自分のポーチに入っていたビーフジャーキーを渡すと、レイピアの刃の根元部分で器用に削ぎ切る彼女。 彼女の料理の手際は結構手慣れたもので、普段料理する私と同じかそれ以上だ。 きっと前に居た世界で彼女も料理をしていたのだろうな。

 一瞬彼女の過去を聞こうかと口を開きそうになった私。 だが、帰れない故郷の話をしても仕方ないわよね、と考え、口を噤むのだった。


 ◇


 リーザと私で作った食事でお腹を満たした私達一行は、草の上に毛布を敷いて満天の星空を天井に寝床に就いて居た。 私の両隣にはパーシャと三島さんが身を横たえて寝息を立てており、リーザはまだ飲み足りないのか毛布の上に座ってワインボトルを口に傾けていた。

 まだ眠気を感じない私は何気に星空に手を翳す。

 ――――明日は遂に亜人達との実戦、か。

 しかし出撃前に感じていた様な恐怖は今は感じない。 逃亡者達を殺したのが良いウォーミングアップになったのだろうか。

 ……他を殺す事で自分の強さを実感するのは生物としての本能なのかしらね。

 しかし、思えば遠くまで来たものだ。 一月として経って居ないのに、私は全く別の人間になってしまった様な感覚を覚える。

 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、寝ている私の頭の上に飲みかけのワインの瓶をどすりと音を立てて置くリーザ。

 私は身を起こすと無言でそのワインの瓶を手に取り、リーザと同じ様に直接瓶から中身を口に含む。

 ワインの味など全く分からなかった私だが、ほのかな甘さと若干の苦みを舌に感じ、鼻に抜ける葡萄の風味と共に、これは悪くないものだとその液体を喉に流し込む。

 すると、狐の耳と尻尾がぞわりと逆立つのを感じ、やがて腹にじわりと暖かさも感じると、これが酒が旨いという事なのかと勝手に解釈し、その心地よさに身を委ねながらもう一口ワインを口に含んで喉に流し込んだ。

 リーザは私の横に座り、私の手からワインボトルを取り上げると、月明りの影になって表情は良く見えないが静かに笑い声を上げた。 その声に釣られて私も微笑むと、再度ワインボトルを私に寄越すリーザ。

 お互いに言葉の分からない私達二人は、ただ座って互いに向かい合い、ワインの瓶に一口口を付けては中身を啜り相手に手渡す。 それを瓶の中が空になるまで繰り返していた。

 リーザも私も、時折遠い目で星空を眺めながら……。


 ◇


 いつの間にか眠ってしまっていたのだろう私は、明朝7時頃、パーシャに身体を軽く揺さぶられて目を覚ます。 そして背伸びをしながら起き上がると、パーシャから既に部隊の両翼から北への進軍が始まって居る事を伝えられ、その三十分後に私達も侵攻を開始する手筈となっているようで、私以外の皆が準備を既に開始していた。

 私も急いで整髪剤で髪を整え、パーシャに三つ編みにして貰った後に戦闘準備を整える。 幸い三島さんの足は一日の休息で回復している様で、彼女は自身の荷物を持って二つの足で立ち、弓を構えて調子を確認しているようだ。

 リーザに至っては、これから戦争だと言うのにまるでピクニックに行く様な朗らかな表情を浮かべながら珈琲を飲んでいて、大人の余裕の様な物を彼女から感じる私。

 かく言う私も荷物を纏めた後はドライフルーツを口に入れて水を飲みながら進撃開始の合図を待っていたが。


『20番隊、進撃を開始して下さい。 両翼の足並みが遅いのでそれに合わせてゆっくりで構いません。』


 遂にリゼラから念話が聞こえ、私達5人は顔を見合わせると、全員で静かに頷いて北に歩みを進めるのだった。


 ◇


 それから20分、30分と前進した私達。 既に人間側の軍の両翼は敵の勢力範囲であるAJ122に足を踏み入れているが接敵の報告は未だに無いようである。


「ユズキ、いつ頃接敵するのか予想は出来てるの?」

『それは全く分かりませんね。 ただ跳躍リープクリスタルがある位置には必ず布陣して居る筈です。 最長であと二時間で接敵と言ったところでしょうか。』


 私とリーザが寝てから夜の番をしていたユズキは、若干眠そうな表情で私にそう念話で伝えてきた。


「偵察で戦力は把握してるんでしょ? 敵の布陣も把握してるんじゃないの?」

『布陣はおろか、戦力もおおよそしか把握しておりません。 今回は探知能力者による強行偵察だったのですが、その能力者の探知では範囲20km以内にどの程度の強さの生物が居るのかという情報を得られるのみでしたので。』

「なるほどね……そんなに広い範囲を探知出来ても、性能に制約はある、か。」

『万能な能力者は相手側にも滅多に居ない筈です。 特に探知系の能力は人間側に発現しやすく、エルフやドワーフには発現しにくいですね。』

「探知能力だと人間側が有利って事?」

『一般的には人間側が有利ですね。 ただし獣人族の中には特にエウパによる能力向上に関わらず匂いや音による敵の探知能力が元から高い種族がおりますので、その獣人族が地形の開けた場所で風下に居た場合はこちらが不利になる場合もあります。』

「今回に限っては密林地帯、で、私達が風下だから……。」

『先行した我々の部隊が敵を先に発見する可能性が高――――。』


 そう、ユズキが念話で言いかけた瞬間だった。


『各自防御態勢!! 北から遠距離攻撃が来ます!!』


 隊長のリゼラの悲痛な念話が頭に響き渡る。

 私は後ろを歩いて居た三島さんを抱き、自分ごと三島さんをマントで覆ってその場で身を低くする。

 マントの隙間からはユズキとリーザをそれぞれ右と左の翼で覆うパーシャの姿が見えた。

 ――――刹那、私達の左右から突風が襲い、少し遅れて局地的な地震が起こったかの様に地面が上下に揺れ動き、更に爆発音の様な轟音が後から続く。


「くっ!!」


 私は歯を食いしばりながら揺れ動く大地にへばり付く。


「あ……ああっ……!」


 私の身体の下でか細い悲鳴を上げる三島さん。


『再度遠距離攻撃! 各自防御態勢を維持!』


 リゼラの指示が再び頭の中に響く。

 何故この距離から!? 探知はどうなってるの!?

 そんな疑問を抱いた直後に、マントの隙間から見えたのは閃光――――そして、爆発。


「ああっ!!」

「きゃぁぁぁ!!」


 私と三島さんは自分達のすぐ左で生じた爆発によって右方面へと吹き飛ばされる。

 身体が宙にふわりと浮いた直後に、背中に感じる数度の衝撃。 その衝撃と共にべきべきと木々がなぎ倒されて行く音が聞こえる。

 そして私の身体は三島さんを腕に抱いたまま地面に転がると、天と地がぐるぐると視界の中で回転し、やがて、ドンッ!、と、一際強い衝撃が私の背中を襲った。


「ぐっ……ぁ!!」


 背中への衝撃で息が詰まり、声にならない声を上げる私。 そして仰向けで地面に倒れると、眼鏡越しの視界の上に一本の太い樹の幹が見える。 多分最後その樹に激突したのだろう。


「ぁ……ぁ……。」


 必死に息をしようと喉と肺を動かそうとする私だが、一度詰まった息は中々元には戻らず、頭に血が上って行くのを感じる私。


「えほっ!! ええほっ!!」


 一瞬、今ので私は即死してしまうのかと思ったが、肺は本来の機能を取り戻したらしく、土埃と一緒に空気を吸い込み、私を咽させる。


「お、織部さん! 大丈夫ですか!?」


 私に駆け寄って見下ろしながら言う三島さん。 どうやら彼女は無事の様だが……。


「う……く……げほっ! えほっ!」


 咽ながら上体を起こす私。


「三島……さん……私の背中……どうなって……げほっ!」

「えっ!? ……マントは、大丈夫の様ですけれど……。」

「ちょっと……捲って、中を見て……くれない?」

「あ、はい……。」

「つぅ!!」


 痛む背中が外気に触れると、焼ける様な痛みが両方の脇の下の背中側から伝わる。


「ローブから肌が出てる部分が……少し赤くなって腫れてます……。」

「……そう。 血は?」

「血は……大丈夫みたいです……。」


 出血が無いならばこの痛みに耐えるだけっ!

 そう意気込んで立ち上がる私。


「三島さん! 探知!」

「あ、はい! ……っ!? 敵の反応……ありません……。」

「えっ!?」

「味方の反応だけです! でも……そんな……もうこんな数しか居ないなんて……。」

『敵は戦場の南側に広範囲の遠距離物理攻撃を行った模様。 生き残った者は各自前進・・して射程外に離れなさい。』


 と、リゼラの念話。

 ……は……? はぁ!? 現状で前進しろ、ですって!?


『カナ! 大丈夫ですか!? カナ!』

『っ!? パーシャ! ちょっと背中を打ったけど大丈夫よ。 そっちは!?』

『パーシャとリーザは爆風で空に巻き上げられたですが、空中で体勢を立て直して地面に降りたです。 ユズキは……姿が見えないです。』

「三島さん、ユズキの反応は?」

「ちょっと待って下さい……あっ! パーシャさん達の南西に反応があります! 生きてます!」

『パーシャ、南西に少し後退してみて!』

『はいです!』

「……段々近づいてます。 あと20mくらいです。」

『パーシャ! あと20m進んで付近を探してみ――――』


 そうパーシャに伝えようとした瞬間、北の空から輝く球体が無数にこちら側に降って来るのが見えた。


「三島さん!! 思い切り後ろに飛んで!!」


 言って、私も南側に大きく跳躍する。

 蹴り出した地面が、めり、と、音を立て、私の身体は上空20m付近へと飛ばされるが、眼下に居る5m程の高さまでしか飛べなかった三島さんの身体は自由落下を始めてしまっていた。

 このまま地面であの爆風を受けたら拙い――――そんな考えが頭を過ぎるが、三島さんが再び地面に足を付ける前に輝く球体は閃光と共に地面に着弾すると、爆風を周囲に巻き散らした。

 その爆風の影響で三島さんの身体は再び宙に舞い上げられ、戦場の南側へと緩やかに落ちて行き、だが更に南側で起きた爆発で今度は北側に押し出され、大木の上に茂った枝葉の中へと押し出されて行った。


「三島さん!」


 20m上空からの自由落下中に彼女の名前を呼ぶ私。 しかし、空中で自分の身体をコントロールする術の無い私はその自由落下にもどかしさと共に身を任せるしかなかった。

 やがて私の身体は地面に近づき、硬化させたブーツの衝撃で、ドンッ! と、地面と回りの木々をビリビリと響かせながら着地する。

 そしてそのまま大地を蹴って三島さんが落ちた方向に飛び上がる――――

 と、べきべきと樹の枝を折りながら、木々の中を落下している三島さんの姿を発見。 枝がクッション代わりになっているのか、落下速度はそれほど早く無いようだ。

 これならば助けられる、と、三島さんが落ちていく手前の木の枝を左腕で掴み、自身の速度と角度を調整して三島さんの下へと向かい、地表1mのところで三島さんを両腕で抱き留め、落下速度を殺すようにして地面に転がって行く。


「――――っ!」


 声にならない声を上げ、目を瞑って私にしがみ付いて身を委ねる三島さん。

 そうやって10m程地面を転がった私達は、回転で三半規管が狂い、目を回しつつもその場に立ち上がる。


「三島さん! 木の裏に身を隠して!」

「はいっ!」


 三島さんにそう伝えつつ、自分も出来るだけ幹の大きい木の後ろに身を隠し、爆風で飛ばされないようにその木にしがみ付いてプロミネンスマントを硬化状態にする私。

 その判断は正解だったらしく、木にしがみついた三秒後、私の5m程左に着弾した光球が爆ぜるが、熱風はプロミネンスマントで遮断され、爆風は私の身を吹き飛ばす事は無かった。

 着弾後に三島さんを見ると、彼女もなんとか木にしがみ付いて爆風を逃れたようだ。

 しかし、何なのだ、この攻撃は!?

 完全に魔法障壁が無効化されてるじゃないか……と、そうか。 これは物理攻撃なのか。 ドワーフの作った武器での攻撃と考えれば説明が付く。 だけど、その対処方法が思い付かない。

 三島さんの探知範囲に敵は居ないと言って居た。 しかし、現実として私達は探知されて攻撃されている。 つまり、敵はこちらの索敵範囲を超えた距離から遠距離攻撃を行っており、攻撃を止めるには……。

 くっ……やはりリゼラの言う通り、前進して発射元を攻撃するしか方法が無いではないか。


「三島さん! 木々に隠れながら前進しよう!」

「えっ。 あ、はい!」


 三島さんに言って即座に行動を開始する私。 三島さんも私の後に続く。

 敵の攻撃は絶え間無く続き、だが、ある程度攻撃に慣れて来た私達は光が見えた瞬間に木の裏に身を隠す手段を覚えた。

 そして、敵陣であろう北に近付くに連れて、着弾点が段々と自分達の後方になっているのに気付く。


「っ! 織部さん! 敵の反応です! このまま北に400m……数えきれない程……っ!」

「パーシャ達の反応は!?」

「西に約50mです! 反応が三つあります! みんな生きているみたいです!」

『パーシャ! 東に移動して! そこで一旦合流しましょう!』

『カナ!? 無事だったですか! 今行くです!』

「リゼラ! 他の部隊はどうなってるの!?」


 上空に向かって叫ぶ私。 だが……。


「リゼラ! リゼラ! 聞こえてないの!?」


 叫びは空しく森の中で木々によって反響するだけであった。


 ♢


 程なくしてパーシャ達と合流した私と三島さん。 パーシャとリーザはパーシャの防御のお陰かかすり傷一つ無かったが、ユズキは右肩を左手で押さえており、動かせないいのか、だらりと下げた右の手の指先からぽたりぽたりと血を垂れ流して居た。 しかも頭も切ったのか、顔の右半分が血だらけになっていて、右目は瞑ったままで、血が伝った顎からも地面へ血を垂れ流している。


『多分敵の攻撃の圏外に入ったわ! パーシャ、ユズキの応急手当をして頂戴!』

『わかったです!』


 パーシャがこういう事に詳しいのは知っていた。 彼女は手際良く自分の角でユズキの服の裾を引き裂くと、右肩の付け根と頭をウォッカで消毒してからその切り裂いた布で縛り付けて止血をする。


「うくっ! ……う……。」


 消毒する時と縛る時に痛がるユズキだったが、一旦治療が終わると息を荒くしながらも木にもたれ掛る彼女。


『すみません……逃げ遅れてしまって……。』


 そして、落ち着いたのだろうユズキは、私達に謝罪の念話を送って来た。


「……そういうのは良いからその木で休んでて! それよりもリゼラに連絡が取れないの!」

『えっ……? そんな……。 隊長のスキルは広域念術で、南のリープポイントからの隣接区画全体に届く筈ですが……。』

「っ! 最悪だわ……。 リープポイントがさっきの攻撃で破壊されたか、それこそ最悪取られたのよ!」


 ただでさえ出血で青白くなっていた顔を更に青ざめさせるユズキ。


「……ユズキ、他の隊の反応は?」

『…………。』


 無言で首を横に振るユズキ。


「三島さん……探知で味方の反応を―――」


 言い切る前に首を横に二度振る三島さん。

 こうして孤立した私達5人、それに対するはエルフとドワーフを含む200以上の敵、更には南のリープポイントを奪取したかもしれない判定不能の敵側の増援との戦争が本格的に始まったのであった。

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