白銀双弓

 加奈達が19番隊を全滅させユズキと合流しようとして居た頃、三島陽菜とリーザは逃げた24番隊を補足しつつあった。 陽菜の探知では距離にして約120m。

 自身の射程距離内ではあったが、リーザの射程距離がどれだけあるのか分からない為、ユズキに念話でリーザに尋ねるように言う陽菜。

 すると、自分が言う言葉を陽菜が理解出来ると知っているリーザは母国語であるイタリア後で『400mほどならば届く』と答えた。


「よ、四百mって……。」

「che cosa?」(何?)


 スナイピングという目標を視界にズーム出来るスキルとマキシマムベロシティという矢の威力が上がるスキル、その両方を持って居る陽菜だったが、幾ら射出した矢の初速が速くても、矢は風を切って飛行する故に空気抵抗による減速と重力による落下現象は必ず起こり、直線状で殺傷能力が維持出来る有効射程距離は約140~160mとなる。 無論、目標を補足しており、樹木等の障害物が全く無い状態で放物線状に射出する場合であれば射程距離は500mを超えるが、今回はその場合では無い。

 その自分よりも射程が長いという事は、リーザの使うスキルは物理法則を無視し、遠距離でも威力を損なわないという事だ。 自分の弓とは性質の違うリーザのスキルに一瞬驚いた陽菜だが、今は詮索する必要も無いので、何でも無い、と、首を横に振り、シルバーグローリーという弓の両端に付いている刃物の部分を使って地面に絵を描き始める。

 丸を2つ描いて、片方の丸の横に『me』と書き、もう片方に『lisa』と書き、更に一つ大きな丸を少し離れた場所に書いて、『me』の方からいくつもの真っ直ぐな線を書いて、大きな丸に繋げる。

 そして、次に『lisa』と書いた丸からも線を引いて大きな丸に繋げ、自分の弓をトントン、と、叩く陽菜。

 陽菜が先に攻撃して自分が追撃するという意図が分かったリーザは頷き、左手の人差し指と中指を付き出して前に構える。 陽菜はそれが彼女の攻撃の準備が出来た態勢なのだと分かると、一つ頷いてユズキに念話を伝え始めた。


『ユズキさん。 私達はこれから24番隊の攻撃を開始します。 もし分が悪くなったら23番隊の方に撤退しますのでその時はよろしくお願いします。』

『わかりました。 くれぐれも無理はしないようにとカナが言っております。』

「リーザ、アタック、オッケー?」

「In qualsiasi momento.」(いつでも。)


 陽菜は矢を弓に番えると、大きく息を吸って少し吐いて止める。

 そして、ツパン! ツパン! ツパン! と、凄まじい威力で空気を割きながらも一秒間隔で射られる陽菜の矢。

 もう少し距離を詰めてから攻撃を開始するものだと思っていたリーザだったが、その予想に反してその場で攻撃を開始した陽菜に視線を向ける。

 だが、陽菜が探知能力者でもあった事を思い出した彼女は、この攻撃にははっきりとした意図があると認めると視線を陽菜の撃った矢の射線の先、リーザにとっては密林にしか見えない場所に向ける。

 もしや陽菜の矢はこの群生した木々をすり抜けるのではないかと一瞬考えるリーザだったが、陽菜の矢の一本一本は前方の木々に真正面から当たり、破裂音に似た音と共に木の裏側から木片を弾き出させた。 その破孔は人間の大人の頭程の大きさで、幹の半分以上が抉られた木々は上部を支えきれずに右へ左へと折れて倒れて行く。

 そして、木々が薙ぎ倒された場所の視界は段々と晴れて行き、真っ直ぐな道を作って行った。

 これほどの威力の矢を放つ事も出来たのかと目を少し細めて横目で陽菜を見るリーザ。

 以前受けた・・・陽菜の矢の攻撃は高速で射出するものであったので、彼女の素質は速度に特化しているのだとリーザは思い込んで居たが、威力のある攻撃も可能なのか、と、


『ブラーヴァ。 そんな攻撃も出来るのね。』


 そう関心するように言うリーザ。 彼女のスキルの射程距離は長くとも、陽菜の様な威力のある攻撃は出来ないからだ。 結局二人共、自分のスキルに無い性質に対して羨望を抱いて居ただけなのだと気付き、苦笑する二人。

 そして一瞬二人は見つめ合った後、陽菜はまた前方に矢を放ちながらリーザを一瞥して、


「ウェイト。」


 と、告げる陽菜。

 攻撃を待てと言う事かと首を傾げるリーザ。 ならばいつなら良いのだ、と、空いている手の人差し指で自分の唇を軽く叩く。

 すると、再びリーザに視線を向けた陽菜が一言。


「カウント、10アンドシュート。」


 そう言って更に10本の矢を撃つ。


「Si. Hina. ………tre, due, uno. adesso!」(分かった、陽菜。 ……3、2、1、今!)


 そう言って片目を瞑ると、陽菜が薙ぎ倒した木々の方向に人差し指と中指を向け、その指先から白い棘を高速で放ち始めるリーザ。

 彼女が自分で言った様に彼女のスキルで出せる棘の射程は400mであるが、それはあくまでもリーザの視界に目標が入っている場合のみであり、今回は目標に攻撃を叩き込むというより木々の隙間全体を薙ぎ払う面攻撃となった。

 千本槍サウザンドスピアと呼ばれるリーザのスキルは、その名の如く千本の白い槍を指定方向に撃ち出す物理攻撃のスキル。

 ツパパパパ! と、子気味いい音を立てて秒間10発、計100秒で千本の槍が撃ち出される。

 そのリーザの攻撃が終わるのを見届けて、目を瞑って探知を行う陽菜。 そして、首を横に数度振った。


「……ダメ、ですね。 何発かは目標に当たったのかもしれませんがまだ反応は消えてません。 リーザ、ワンモアタイム。」

「OK。」


 再び千本の白い槍を放つリーザ。 そして攻撃の効果があったかどうか、陽菜の顔を覗う。 が、再び首を横に振る陽菜。


『もう少し距離を詰めないとダメなのではないかしら?』


 そう言って一旦攻撃態勢のまま振り上げていた手を下に降ろすリーザ。

 さて、自分達の身を守るためにも、なるべくならば遠距離から仕留めたかった陽菜だが、彼女の持ち矢は半分を使ってしまったので残りの矢は50本と心もとない。 荷物が置いてある場所まで戻れば再び身体に装備している矢筒への補給は行えるが、それはこの戦闘が終わってからの話。 今はこれ以上の無駄打ちは避けるべきと考え、リーザの考えに頷く陽菜。

 2人は薙ぎ倒された木々を足場にして軽い足取りで跳躍しながら前方へと進んで行った。

 そこで、薙ぎ倒した木々の幹の太さが太い物で1.5mを超える物もある事を見ると、遠距離から道を開けて攻撃するという自分の判断が間違って居た事を理解する陽菜。

 陽菜の矢が命中した木々はほぼ全てが陽菜の作った道の内側に向かって倒れてしまっており、そのなぎ倒された木々の上をリーザの白い棘で攻撃した事になるが、それでは相手が身を低くして巨木の陰に隠れてしまえば攻撃は敵の頭上を通り抜けるだけとなってしまうのだ。

 事実、陽菜が感知している相手は陽菜とリーザの攻撃以降その場から動いておらず、相手はやはり倒れた木の裏に身を隠して居るのか、と、溜息を一つ付く陽菜。

 それでは相手を目視する為にはぐるりと回り込まなければならず、陽菜の最初の攻撃は結局敵に有利な遮蔽物を作り上げてしまっただけという事だった。


『でも、足止めは出来た。 問題は無いわ。』


 跳びながら無表情で陽菜に言うリーザ。


「……そう……ですね。 あとは至近距離から一気にやりましょうか。」


 そう言ってユズキに念話を送り、リーザに伝えて貰う陽菜。 それに静かに頷くリーザ。

 さて、そのリーザだが彼女は彼女で一つ考え事をしていた。 攻撃からその場で身を隠して動かないという事は、彼等が追撃される前に逃げていた方向に特に意味は無かったという事。

 結局逃げ場が無いのならば自分達が補足された場合、逃亡者として殺されるしかない事は分かって居るのに、何故逃げたのか、それが彼女には理解出来ない。

 リーザは、生きる為ならば何でもするという生き方でこの世界を生き抜いて来た。

 迷宮の各装置が亜人達の攻撃によって破壊されていたせいで、選択の余地は無くなってしまったが、迷宮攻略の報酬の願い叶えるかどうかと実際に問われたならば否と答えたであろう。

 かつての仲間の一人でも生き返らせてやろうと考えては居た。

 しかし、自分のエウパ全てとその仲間一人を天秤に掛ければ、たとえこの世界に仲間の一人をまた呼び出せたとしても、自分のエウパを選んだであろう。

 この戦場に居るという事は、逃亡者はその選択を迫られて、全員が願いを叶えない選択をしたという事だ。 戦場から逃げて衣食住を全て奪われる事を理解して居ないのだろうか? と、逡巡するリーザ。

 亜人達に蹂躙された彼女こそが亜人達の暴力性を良く理解しているのだが、初陣の彼等は亜人達を実際に見たことが無いのだろうな。 と、軽くため息を付く。


『どちらが嫌かと問われたら、亜人よりも……人間に蹂躙された方がまだマシよね。』


 リーザ小さくそう呟いた時、陽菜が不意に足を止め、弓に矢を番えた。

 その矢の射線の先を見ようとするリーザだが、彼女の立ち位置側からは木の枝が邪魔になりよく見えず、一歩身体を横にずらす――――と、どうやら逃亡者が立ち上がってこちらを見ているようだと気付くリーザ。


『何をしているのかしらあれは。』


 陽菜が答えるとは思えなかったが、つい口にしてしまうリーザ。

 それは陽菜にも気になったのか、すぐに逃亡者に向かって攻撃はせず、攻撃態勢のまま神妙な面持ちで木の上を跳ねて前に進んで行き、その陽菜を追うような形で進むリーザ。

 やがて相手の表情まで見える距離まで近づいた彼女たちは、逃亡者達の顔が恐怖で引き攣って居るのを理解し、また、その逃亡者達が戦場から逃げた理由もおぼろげながらも理解した。

 現時点よりも遥かに遠くから攻撃出来る相手に接近され、『何もしない』という事は、『何もできない』もしくは、『抵抗する意思が全くない』という事であり、単純に彼等は戦場という人殺しの場所に怯えて逃げ出した臆病者なだけだった。

 それでも何か考えがあるのかと逃亡者を一瞥(べつ)するリーザだったが、ああ、こういう怯えた目をした人達を自分達が日々の糧にしてきたのを覚えている、と、自身の目を少し細める彼女。

 欧米系白人種、リーザと似た人種の男5人、女1人の逃亡者達は、人を殺す事無く、そして殺される事も無く、運良く迷宮を攻略出来たのであろう。 装備も貧相で、LVも二桁に届いているかどうかも怪しかった。 こんな連中が自分達の迷宮に存在したならば、彼等のエウパが熟したところで狩られていたであろう部類の集団。

 ……リーザには何故かそれがとても腹立たしく感じられた。

 かつて自分が持っていて、失った物。 純粋さというのだろうか、この世の理不尽さを知らない感性というのだろうか、いずれにせよリーザが取り戻そうとしてももう二度と取り戻せない物。 それを彼等が迷宮を踏破し、褒美も結局得られなかったという理不尽さを越えても尚持っているのがどうにもやるせないのだ。

 リーザは顔を引き攣らせながら人差し指と中指を前に向け、スキルで攻撃しようとする。 が、思い直して腰に下げたレイピアの柄に手を伸ばした。

 死ぬ前に自分が味わって来た理不尽さを、彼等にも味合わせたいという嗜虐心を抱いたからだ。


『何故殺されると知って逃げ出したの?』


 通じるかどうかは不確定だったが、前の世界での一般的な公用語である英語で逃亡者に尋ねるリーザ。 そしてリーザの行動を見て、彼女に何か考えがあるのかと手放す寸前だった矢と弦を手の力を緩めて弓を下げる陽菜。


『わ、私達は君に危害を加えるつもりは無い……。』


 リーザの言葉に、代表者であろう人物、頭を剃り上げた三十路を過ぎたか過ぎないかの年の頃の男性が英語で言葉を返した。

 目を瞑って眉を顰めるリーザ。 彼女にとって、男の回答は彼女が求めた質問に対するものだとすれば、点数は零点。 論点が完全にずれていたからだ。


『何故貴方達の様な赤子ベイビーが迷宮を攻略出来たのかは分からなけれど、私の口から言えるのはこの一言だけね。 ――――貴方達は全員ここでチェックメイトよ。』

『なっ……私達をここで殺す、というのか?』

『当たり前でしょう。 この世界で何の為に自分達が生かされて・・・・・来たのだと思っているの?』

『人として何とも思わないのかあんたは!!』

『……私の産まれはイタリア、トスカーナ地方南部の田舎町。 義務教育が終わってからはその町で家の農園を手伝いながら薬屋の店員のパートタイムジョブをしていたわ。』

『はぁ?』

『私が人として生きていた時代の話をしているだけ。 19歳の時、仕事から家への帰り道、いつもの様に行きつけのバールでお気に入りのワインを引っ掛けた後に、車に撥ねられたわ。 それから急斜面の崖に飛ばされ、10mくらい転げ落ちてその時に死んだわ。 車に当てられた腹も、崖から転げ落ちて多分折れたであろう腕も足も、打ち付けた背中も頭も、どこもかしこも痛かったわよ。』

『だから……それが何だって……。』

『ああ。 貴方達には何の関係も無いわね。 だからこれは私の自己満足よ。 貴方等の言う人間・・らしさとやらを自分が失った経緯を、私自身が話したいのよ。』

『…………。』

『さて、話は戻るけれど、最後に首に激痛が走って意識が飛んだ瞬間、私はこの世界に召還されていたわ。 女、一人で、よ。 で、資質は白色の投擲手と言われ、迷宮を攻略しろと言われた訳だけど、その迷宮のシステムなど何も分からない私は、自分を落ち着かせようと取り敢えず酒場に行ってみたの。 笑えるでしょう。 地元のバールに行く感覚で、私はこの世界の酒場に一人で行った訳。 ビールを二杯飲んだ頃、テーブルに一人座って居た私は知らない男四人組にいきなり両手両足を持ち上げられて運ばれてね。 それから宿屋の部屋に連れ込まれて三日三晩弄ばれたわ。』

『ひ、酷い……。』


 六人のグループ中唯一の女性、栗色の髪のリーザよりも少し背の低い彼女は口を片手で押さえてそう漏らす。


『酷いかしら? 私の中ではこれはこの世界の常識よ。 何も知らない小娘が準備区画に無防備に一人で居れば、部屋に連れ込まれて暴行されるのは当たり前。 そんな事も分からない私が愚かだっただけよ。 ただ、私は運がかったわ。』

『よ、良かった? 悪かったでは無くて?』

『だって私は殺されなかったもの。 最初は必死に抵抗したから殴られたり蹴られたりもしたけれど、そういう・・・・趣味がある人達じゃなかったから二日目からは抵抗しなければただ身体を弄ばれるだけで済んだわ。 四日目にはただ為すがままになった私に飽きた彼等は私を部屋から解放して、まるで贖罪とばかりにポイントに換金出来る宝石まで持たせてくれた。』

『そ、そんな……。』


 唇を震わせながら言う女。 そしてそれを鼻で笑うリーザ。


『貴女ならその所業に耐えられなかった? 私だって悔しかったわ。 女に産まれた事を呪ったりもしたわ。 でも……私は生きる事を選んだ。 他の男に身体を売っても生きる事を選んだのよ。』


 リーザの口調が段々と冷たくなって行く。 表情も、微笑を浮かべて居る通常とは違って口の端が笑っていなかった。


『好いた男に抱かれる悦びなんてものを知らなかったのも幸いしたのかしらね。 まるで娼婦の様な……いえ。 あの時の私は娼婦以外の何者でもないわね。 そうしてポイントに交換出来る物で自分の身体を売って日銭を稼いでいたのだから。』

『……何で君はそんなに平然としていられるんだ?』


 一人の男がリーザにそう尋ねる。


『報酬と一緒に情報も色々貰ったわ。 迷宮の中では気兼ねなく人を殺せる事も、その時教わった。 そして、自分も迷宮に入って強くなり、私を初めて暴行した人達を不意打ちで皆殺しにして――――今の私が出来上がったわ。 それで私の話はおしまい。 で、次は貴方達の話。 殺される事が分かっていて何故逃げたの?』

『こ、こんなに広い大地だ! 何処かに逃げれば自分達は暮らして行けるかもしれない!』

『……つまらない回答。 本当に何も考えて無かったのね。 腕輪を外せた時点で逃げ切れるとでも思ったの?』

『き、君こそ何故彼等の味方をするんだ! 迷宮の報酬なんて結局選択にもならなかった! 私達はただ騙されていたんだぞ!?』

『何度言えば分かるの。 私達はこの世界の人達に養って貰っているのよ。 亜人と戦争する為だけに、ね。 その存在理由を自分で否定したのだから、彼等が貴方達を殺してせめてエウパだけは回収するとは考えるとは思わなかった?』


 ごくりと唾を飲み込む六人。 陽菜はその六人に冷たい視線を向けるリーザに、そこまで絶望に追い込まなくても一思いに殺してあげれば良いのに、と、ため息を一つ漏らした。

 リーザがしている事はただの死刑宣告でしかない。 自分達が犯した逃亡という罪がどれほど重いのかという事実を突き付け、その上で殺すつもりなのだろう。

 しかもレイピアという得物を手に持って居るという事は、得意のスキルで瞬殺するよりも残虐に、陰湿に、彼等に罪を後悔させながら死に至らしめるつもりだと陽菜には分かる。


『それともその女だけ生かしてこの世界の人間に引き渡そうかしら? その後どうなるかの想像くらいは出来るでしょう?』

「Damn you bitch!」(このクソ女!)


 言って、殺気を出して剣を抜いた男にうすら笑いを浮かべるリーザ。

 相手を自棄にさせるまで煽る必要があったのかと呆れ顔を浮かべる陽菜だったが、リーザの過去を聞けば、彼女が何故殺人集団に身を置いて居たのかも納得出来た。

 しかし、陽菜はリーザの考えはある意味危ういとも考える。 陽菜にとっては、亜人と戦う事も、逃亡兵を処刑する事も、孝太に再び会うという目標があるが故の行動なのだが、リーザにはその目標と言える物が無いのだろう。

 殺人という手段が目的に対する理由では無く、目的そのものになってしまっているのだ。

 世の中には快楽殺人鬼と呼ばれる人間が居るが、彼女の行動原理はそれに果てしなく近いのかもしれない。

 それがこの世界で生きて行く上では強みであるとは言えるが……。


 陽菜がそんな事を考えている間にも、リーザは既に剣を抜いた男と剣を打ち鳴らして居た。

 男は両手で刀身80cm程の長さの剣を持ってリーザに斬りかかる。 が、それをレイピアで軽くいなすリーザ。

 それでも男は角度を変えて何度もリーザを斬りつける。

 そして、6度目、大きく振りかぶった剣がリーザの胴体を狙って振り出された。

 リーザは軽く身体を捻ると男の剣の切っ先が彼女の胸の下を素通りし、男は振りぬいた勢いで態勢を崩す――――そして一閃、リーザのレイピアの先端が水を汲み上げる様な右の手首を捻る動作によって男に繰り出された。

 金属と金属が擦れる様な音の後と同時に糸がプツンと切れた音が僅かに聞こえる。 リーザのレイピアは男の右の小手の手首の部分、その金属の継ぎ目を手首ごと綺麗に捉えて腕から切り離したのだった。


『動きが遅いわねぇ。 本当に迷宮でボスを倒して来たのかしら?』

「おぁぁぁぁ!!」


 左手に持っていた剣を離し、右腕の手首を押さえる男。 しかし、切り離された手首の断面からは心臓の鼓動のリズムに合わせて鮮血が噴き出し、地面に落ちた剣も、剣を握り締めたままの男の右手も赤く染めて行く。

 これで一気に逃亡者たちが襲い掛かってくる。 そう思って舌で唇を濡らすリーザ。

 しかし、そんな思いとは裏腹に、逃亡者達はかつての仲間だった男に背を向け、一目散に逃げ出したのだった。


「撃ちますよ。」

「?」


 陽菜の声に一瞬首を傾げるリーザだが、彼女が弓の弦を引いて発射態勢にある事からおもちゃを殺しても良いのかという確認なのだろうと認識して首を縦に振る。


 ツパパパパパ!!


 空気を切り裂く音と共に五本の矢が陽菜の弓から発射された。

 それぞれの矢は逃亡者達の首に突き刺さり、至近距離での発射故の威力か、首の骨を砕き、肉の半分程を削いで突き抜けた。

 ほぼ同時に五人の人間が地に落ちる音がする。


『呆気ないわねぇ。 最初に遠距離から攻撃する必要、無かったんじゃないかしら。』


 彼等の体たらくを見れば尤もだと頷かずを得ない陽菜だったが、自分は戦力の分からない相手にいきなり接近戦を挑む程死にたがりの戦闘狂ではないのだ、と、目を細める陽菜。


『あら? コレ・・、まだ息があるんじゃないかしら。』


 地面に突っ伏している五人の逃亡兵に近付き、そのうちの一人、まだ手足を動かしてもがいている女性の背中をレイピアの切っ先で突くリーザ。


「あ……ああ…………。」


 息も絶え絶えだが、その痛みにか細い声を上げる女性。


『良いわね。 まだ遊べそうじゃない。』


 陽菜は五人の頸椎を狙った筈だが、女性に向けた矢だけ急所からは少し逸れてしまったらしい。

 無意識に手加減をしてしまったのだろうか? と、自問自答する陽菜だが、すぐさまリーザによって腕を持ち上げられた女性は、右手を斬られた男の前に引き摺って来られていた。


『貴様、エリーゼに何をするつもりだ……?』


 右腕の痛みに耐えながら声を絞り出す男。


『コレ、貴方の女?』

『そ、そうだ。 俺はどうなっても良い。 彼女だけは助けてやってくれ……。』

『ブラーヴァ! 良いわね。 良い判断だわ。 私の良心に訴える最後の手段ってところかしら。 でも残念。 私にはそんなクソみたいな良心なんて残ってないの。』

『な……。』


 血を失って青白くなった顔色を更に青褪めさせる男。


『私が男だったら貴方の前で犯して殺してあげるのだけれど……そうね。 代わりにコレでってあげる。』


 リーザが自身の前に突き出したのは、彼女のレイピアだった。


 ◇


 あまりにも無残な光景に陽菜は目を背けざるを得なかった。

 エリーゼと呼ばれた女は男の絶叫の中、乳房を切り取られ、両目の眼球をレイピアの柄で潰され、勿論犯すとリーザが言った以上下半身は執拗に弄ばれた。

 こういう場合女同士の方がより残酷になれるのかと陽菜は震えるため息を漏らす。


『もうどこが何の穴だか分からないわね。』


 クスクスと笑いながら女の下半身を見下ろすリーザ。

 執拗に女の身体に抜き差ししたレイピアは真っ赤に染まり、女の下半身もその下の地面も赤黒く染まっている。


『おぉぉぉぉ…………。』


 その一部始終を見せつけられ、号泣する男。 そして最後、男に向かって必死に伸ばした女の手がパタリと地面に落ちると、リーザによる殺戮ショーはようやく幕を閉じた。

 陽菜も逃亡者の四人を射殺してはいるものの、これはあまりにも酷過ぎると眉を顰めてリーザに視線を向けた。


『あら。 こういうのは好きじゃなかった? 貴女もこちら側の人間かと思ったのだけれど。』


 ユズキを介してでしか陽菜が詳細な説明が出来ない事を知ってか知らずかそう告げるリーザ。

 陽菜はただ首を横に振って男に弓を向ける。


『その男では遊ばないのね。 ……まあ良いわ。 もう十分に楽しませて貰ったから。』


 あまりリーザの事を知らずに、彼女を助けて仲間に引き入れてしまった自分達だったが、今回のリーザの行動は陽菜にとってはあまり好ましい行動とは思えない……。

 そう考えながら、陽菜は渾身の力で弦を引き絞り、矢の先端を男の額に向ける。


『……君には慈悲があるのだな。』

「……そんなの……分かりません。」


 最後の言葉と共に男は額が撃ち抜かれ、後頭部から脳漿と血と骨が噴き出す。

 男の身体全体の力ががくりと抜け、だが左手だけはエリーゼと呼ばれた女性の方向に向けて伸ばしながら地に落ちた。


『健気ねぇ。 女の方は自分を見捨てて逃げ出したというのに。』


 そう笑いながら言うリーザだが、男の死体に向けた彼女の鳶色の瞳はまるで汚物を見る様に鈍く輝いていた。


 ◇


 六人の逃亡者のエウパを回収した後、23番隊の方へと向かって歩く陽菜とリーザ。

 彼女達はその道中、互いに話しかける事をしなかった。 尤も、陽菜からリーザには簡単な英語以外は話せないので比較的お喋りなリーザが無言だったというのが正しい。

 リーザは、この逃亡者達を狩るまでは、陽菜は自分と同じく自分の置かれた環境を呪いながらも理解しているのだと思って居た。

 つまり、自分と同類だと思って居たのである。

 あの迷宮という閉鎖空間、その中の安全地帯とも言える場所で斬り込んで来たのだから、その覚悟が無ければおかしい。 リーザとて自分達を支配するこの世界の人間達への反抗は頭の隅にはあったのだが、それを実行しようという勇気も無謀さも無かった。 だが、陽菜達にはあり、そして自分達と対峙したのだ。

 自分よりも苦しい思いをして、そうせざるを得なかった状況にまで彼女達が追い詰められたとしかリーザには考えられなかった。

 だからこそ、加奈達が力でこの世界の人間達を無理矢理捻じ伏せ、人間の亜種の扱いまでもを改めさせたという話には少し胸がすいた気もする。 そんな武闘派の彼女達なのに、陽菜という人物にはまだ青臭さが残っているのにリーザは驚いて居た。

 いや、良い意味で言えば、先程逃亡者達に語った自分が無くしてしまった純粋さだろうか、と、横目で陽菜を見るリーザ。


『戦う為の理由……ね。』

「…………。」


 リーザの独り言に陽菜は何も答えなかった。

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