戦地到達

 前線基地の中、先程居た宿舎と廊下で繋がっている建物に案内された私達。

 建物の中は天井が高く、まるで前の世界での学校の体育館の様な広い空間が広がっており、その空間の中には紫色に光る直径50cm程の球体の跳躍リープクリスタルが20個程、20mの幅に等間隔で並んでいて、そのうちの二つの玉が周囲を照らす紫色の光と共に、ゴウンゴウン、と、地に響く様な重低音の作動音を発して居た。

 クリスタルの光と壁に備え付けてある青白い魔法の光に照らされたその空間に、続々と人影が四方八方から現れる。

 どうやらこの空間への入り口は多数あるようで、前線に到着する為のゲートの役割をしているのだから、他の建物からのアクセスが便利でなくてはならないのだろうなと勝手に納得する私。


 最終的に私達の他には40人程の人間がその建物の中に集まった。 この世界の兵士の制服なのだろう、見覚えのある服装をしている男性が11人に、その横に立つ同じく見覚えるのある白いローブを纏った女性が四人がおり、そのマルサーラの人間達と少し距離を置いて25人程の人間がおり、その構成はアジア人や白人、ラテン系や黒人。 その様に、色んな人種が混じっている事から、多分私達と同じ手段でこの世界に召喚された人物なのではないかと思われる。

 特徴的なのはその25人の表情には恐怖や絶望の表情が見て取れるというという事。

 折角迷宮をクリアしたのに、待っていたのは自分が持って居る全てのエウパを消費してただ一つの願いを叶えるか、人間側の兵士としてこれからも戦って生きるかという二択。

 それで後者を選んだのが、今ここに居る人達。 言わば自分が生きたいならば戦えと強制された人達だ。

 戦いの果てに待っていたものが結局は戦いなんて、絶望的になって当たり前だという心境なのだろう。

 ……だが、全員が全員、絶望的な表情を見せているのは何故なのだろうか。 一度や二度実戦経験があるならば、ここまで怯えはしないのでは無いか……?

 そう私が考えた時には結論が頭の中に出ていた。

 この場所に居る彼等――――その全員は今回初めて出兵する新兵なのだ。

 そう私が結論付けた時、彼等からも私達に視線が注がれる。 訝し気なその視線で、怯えて居ない私達こそ異分子に見えるのでは無いかと互いに視線を交わす私達。

 25人の人間の中では、女性はたった3人しか居なかった。 対してこちらは日本人の女子中学生二人、更にその二人の女の子の年下にしか見えないパーシャ、唯一大人には見えるが、やはり女のリーザ、そんな女だけの集団が今ここに居る事もしかりだが、全員が戦争に行く覚悟を決めた目をしているのだから、疑問に思われない方がおかしいかもしれない。

 まして、今回私とパーシャは亜人としての特徴である悪魔の翼や角、狐の耳や尻尾を皆に晒していた。 ユズキから他の人達に故意に見せつけるようにと、上から指示があった事が伝えられていたからだ。

 さて、その亜人である特徴を見て、私達二人の事を指差しながらひそひそと会話を始める彼等だったが、


『事前にそれぞれの担当官から話は出て居たと思いますが、このお二方が今回人間側として戦争に参加して下さる亜人です。 協力して戦術目標に向かって下さい。』


 ユズキでは無い誰かの女の人の念話が脳内に響く。

 その念話は範囲伝達型なのか、この場に居る全員に届いた様だ。

 と、その念話を発した人物なのだろう、歳は16歳くらいのゆったりとした白色のローブに身を包んだ女の人が私達が立っている数歩前に出て念話を続ける。


『AJ121とAJ122地区は亜熱帯地域で、周囲には背の高い木々が群生して居ます。 よって、遠距離からの攻撃は困難となり、敵とは中距離から近距離で戦う事になると思います。』


 ふむ……亜熱帯地域、背の高い木々……今向かう戦地はジャングルの様な密林地帯なのか。


『先発の索敵部隊の情報によると、敵の総数はこちらと同等の200前後、エルフやドワーフ等の高エウパ反応はそのうち10人程度だという報告がありました。』


 ……敵にはエルフ達も居るのか。 自分がそのエルフ達とどれだけ戦えるのか分からないが、まずは油断せずに相手の出方を見よう。 パーシャに最初空中から攻撃して貰うのも良いかもしれない。

 と、一拍置いて、私達以外のほぼ全員がざわめき始める。 エルフやドワーフという単語に反応したのだろうか。

 彼等も私達と同じくマルサーラの歴史を教えられ、エルフやドワーフには人間が侵攻された当時手も足も出なかった事を聞き及んで居たのかもしれない。


『皆さん、エルフもドワーフも、現在では落ち着いて戦えば勝てない相手ではありません。 1対1で戦わない事を念頭に置いて、皆さんがそれぞれ持っている最大攻撃方法で同時に攻撃するようにして下さい。 そして、自分の攻撃が一見通用して居ないように見えても、攻撃の手を緩めないように。 魔法障壁には限りがありますし、物理攻撃も相手の防具の耐久値を超えればいつかは通ります。 装甲が薄いところを狙うのも手です。』


 ローブの女のそんな『たられば』の話には全く現実味を感じない私達だったが、私達の小隊以外の人間には一応精神安定剤になったらしい。 恐々と出していた話し声がいつしか収まり、女の人の次の念話を待つかの様に彼女を注視し始めたからだ。 マルサーラの大地を蹂躙し尽くされた人間達だが、しかし現代の人間の技術ならば亜人達に対抗出来るという事が希望を持たせたのだろうか。

 まあ、悪く無い手ではある。 実戦経験が無いという事は彼等は亜人やエルフ、ドワーフ達の強さを知らないからだ。

 かく言う私も実際にエルフと戦った事がある訳では無いが、ユズキからの情報で大体の目処は付いて居るし、亜人としての特質を持って居る自分達がどれくらい戦えるのかも知っている。

 ちなみに白いローブの女が言って居る事は間違い無く誇張表現されている。 私にはプロミネンスマントやブーツという装備があるが、これは人間の手によって作られた物では無いらしい。 何となくだが、亜人や、もしかしたらドワーフが作成した物なのではないだろうかと私は考えている。

 同等の装備を相手が用いているのだとしたら、その防具の耐久値とやらは未知数だ。 今まで私が酷使しても、このマントが完全に壊れるという事が無かったのだから。

 そして、魔法障壁の話も疑わしい。 何故かと言えば、パーシャの存在があるからだ。

 彼女は特質的に魔法防御力が高いらしいが、ならば魔法を得意とするエルフは、本当に障壁に頼るしか魔法を防御する方法が無いのかという疑問にぶち当たる。

 それに、かつて戦った物理防御の魔法と魔法防御の魔法を使い分けていた人間達の事を考えれば、エルフに同系統の魔法が使えない訳が無い事も少し考えれば分かる事だ。

 つまるところ、装甲が薄いところを狙う、要は隙を突くという部分だけは真実で、後は適当に奴らが話を作り上げたのだろう。 

 

『皆さんにはそれぞれの部隊ごとに行動して頂きますが、広範囲に展開する味方の同士討ちを避ける為に、これから配布する腕輪をリーダーの方が身に着けて下さい。 これらは相互に存在を探知する事が可能な腕輪で、もし人の気配があっても腕輪の反応が無かった場合には敵だと判断する事が出来ます。』


 そう女の人が告げると、この世界の人間であろう制服に身を包んでいる男の兵士が数人、件の腕輪をそれぞれの小隊に手渡して行った。

 やがて、ユズキにも一つの腕輪が手渡される。

 それを早速腕に装備するユズキだったが、ユズキ以外のこの世界の人間は戦闘に参加しないのか、他の小隊のリーダーと称された人物は、私達の世界から召喚された人間の様だった。


「貴女以外のこの世界の人間は出撃しないの?」

『はい。 先発隊として今回この前線基地からAJ122に向かうこの世界の人間は私だけです。』


 私の疑問にさも当然だと言わんばかりにさらりと答えるユズキ。 


「こんなに重要な作戦を……本当に初心者の私達だけに任せて大丈夫なの?」

『話したとは思いますが、この作戦を立てた当初からこの先発隊に敵の殲滅は期待されていません。』

「っ!?」

『相手の数を減らす事が出来れば成功、最悪は相手を疲弊させれば良いという作戦ですね。 そして、先発隊の後に真打である本隊を投入し、敵を一気に殲滅する手筈になってます。』

「…………。」


 開いた口が塞がらない私。 つまり迷宮での扱いの様に、この人達はまた最初から捨て駒扱いだと言う事なのか。

 私達が居た迷宮では久しく攻略者が居ないという話をユズキから聞いて居たが、今居る前線基地の迷宮や他の迷宮では捨て駒にする程の数の人間が攻略を完了していた、と?

 自分達が置かれて居た環境を考えれば今一つ腑に落ちないが……。


『貴女達の実力を考えると本来ならば貴女達は本隊に配属されて居た筈なのですよ。』

「本来……ならば……?」

『それを覆す理由があったという訳です。 もし、この絶望的に不利な状況を打破する事が出来たなら……人間側の亜人として本当に戦えると証明出来たのなら、貴女達の存在を認めざるを得ないでしょう。 そう言う訳で急遽この部隊に配属となった訳です。』


 私達が戦況を変える? それを証明する? そんなバカな……。

 確かに私一人だけでさえ亜人とも戦える人間12人と戦闘して勝ち残ったのは事実だけれど、戦局を変えるとまでは自分を過大評価しては居ない私。 というか……。


「もしかして、他の前線基地から出兵するのもこんな……まともに戦え無さそうな新兵ばかりなの?」

『……その通りです。』

「なんで態々戦力を減らす様な事を……。」

『私達の居た迷宮では、迷宮内で大量のエウパを産み出して居ました。 言わば過剰な程に。』


 人間が迷宮内で死んで誰かの手にポイントと経験値が入った場合、結局それはエウパの元の持ち主の総量の半分が迷宮のシステムによって搾取された後に換算された物、だったか。


『私達の迷宮で召喚する人間の量も他の前線基地の3倍の量でした。 しかし、その人間達の殺し合いのせいで攻略者が中々出ず、それが上層部の懸念でした。 エウパを大量に稼ぐのは良いが、戦力を前線に全く出せないのには問題があると言う事ですね。』

「そこで例え亜人だとしても、戦力的には高い私達を説得して、無理にでも迷宮を攻略させようとしたのね……。」

『結局前線基地は壊滅させられ、破壊される筈の無い迷宮の五層の入り口を壊されるという結果になりましたが。 まあ、私達の迷宮の管理部隊はほぼ全員降格でしょうね。』

「降格って実際にどうなるの?」


 私の問いに少し驚いた顔をし、一つ溜息を付くユズキ。


『例えばですが、迷宮の管理からは外され、前線に出される等ですかね。』


 ああ……なるほど。 既にユズキは降格が確定しており、それが理由で前線に出される訳だ。 まあ、彼女の場合は私達の監視という名目もあるだろうが。


「しかし、これは好機でもあるのですよ。 カナやパーシャの力、亜人の素質を持つ人間の力は、本当にこの戦争を変えます。 人間が戦争に勝つ為の布石になると私は本当に信じて居るのですよ。』


 泣き腫らしたのであろうユズキの目はまだ充血しており、だがその瞳の中には希望、いや、野望だろうか、が、確かに見え隠れしていた。 人間が亜人に勝つ為の鍵が、私達にあるのだと本気で信じているのだろう。

 少し穿った見方をすれば、彼女はそれを証明する事で自分の功績に出来るが故、必死になってそれを信じるしか無いのかもしれないが。


「そう言えばユズキ、貴女昨日……私達と話をした後、部屋に戻らなかったわよね。」

『……え? はい……。』


 声のトーンを落とし、静かにそうユズキに尋ねた私に対して、沈みぎみな念話を返す彼女。


「もしかして、前線送りが決定した事で家族の誰かと話をする機会でも与えられたの?」

『……どうしてそれを……。』

「なんとなくね。 泣くならそんな理由かなって。」

『はい……。 カナの推察通りです。 私の父も母ももうこの世にはおりませんが、今年13になる弟が一人おりまして、その弟との会話を許可されました。』

「そう……。 弟さんはなんて?」

『ある意味朗報だと思って明るい声で連絡したのですがね。 逆に喧嘩になってしまいました。』

「朗報?」

『私が貴女達と前線に出る事を承諾した代わりに、弟の一年後の前線勤務の予定が無くなったのですよ。 ですので……おめでとうと言ってしまいました。』

「……自分の代わりに戦地に赴く姉を喜ぶ弟は……多分あまり居ないのではないかしら。」

『その通りです。 ……逆に詰られてしまいました。 どうしてそんな勝手な事をするんだ、折角私は念話が使えるが故に迷宮管理に就いたのに、何故いきなり前線なんかに出る事になったのだ、と。 貴方達の存在はまだ公には出来ませんので、弟に本当の理由は伝えられませんでした。 ですので、弟は念話の使えない彼を後方に据え置く為に、私が勝手に前線勤務に志願したのだと勘違いしたのです。』

「バカね。 念話が使えるからこそ前線でも後方で伝令兵になる、だから心配するなと嘘でも付けば良かったものを……。」

『そうですね。 でも……弟を少しでも安心させたくてそこまで頭が回りませんでした……。 父も母も前線で命を落としてますから。 せめて彼だけは安全な場所で人生を過ごさせてあげたかったんです。 ……でも最後は、姉さん、お願いだから行かないでくれと涙声で繰り返し懇願され……私は一言謝って端末の電源を切ました。』

「それで女一人、酒場の隅のテーブルにでも座って泣いて居たのかしら。」

『貴女達を迷宮に召喚し、本当は叶えられる筈の願いに縛り付けて戦わせた人間の側である私が、その貴女達の前で自分の事を嘆いて泣ける筈が無いじゃないですか。』


 その時の事を思い出したのか、ぐすりと一度鼻をすするユズキ。


「それを私に看破されたなら意味が無いじゃないの……。 ……ユズキ、貴女が戦えないのは知っているわ。 でも、貴女はこの世界の人間と私達との橋渡し役という重要な役目を背負っているのよ。 貴女を今失う訳には行かないわ。 だから戦闘は私達に任せて。 ……結局、生き残れば良いんでしょう? しぶといわよ私達は。」

『カナ……。』


 結局、そうなのだ。 今は悲観的になっても仕方ない。 周りが全部新兵だろうがなんだろうが、この作戦で私達が目に見える結果を出さなければ試験は終了、素質が亜種だと判定された人間の運命は今までと変わず、迷宮内でその命を散らすしかないだろう。

 私は気を引き締めてパーシャ、三島さん、リーザの三人を見る。

 最初に反応したのは、日本語が理解出来て居た事でユズキと私の話が見えていた三島さんだった。


「そうですね、織部さん。 私達はこの戦争から生きて帰って、孝太達と合流するんです。」


 そう言って私の前に拳を付き出す三島さん。 二ノ宮君達の事は結局彼女の口から今まで聞けなかったが、そうか……二ノ宮君達が生きている可能性はまだあるのか。

 彼女の言葉に胸を撫で下ろしながらその彼女が突き出した拳に自分の拳を軽く打ち付ける私。

 それを見たパーシャとリーザも私の前に拳を付き出してくる。 そして、一拍置いてユズキも。

 その三人ともそれぞれ拳を合わせた時に私は言う。


「ユズキ。 皆に伝えて。 ――――生きて、またここに帰るわよって。」

『皆さん、カナが、生きてまたここに帰りましょうと言っています。』


 そのユズキの念話に全員で頷く私達だった。


『では、皆さんの準備が出来たようですので二手に分かれてクリスタルを囲んでください。』


 戦意が上がった私達を見たからかどうか分からないが、私達の誓いの後に指示を出して来た白色のローブの女。

 二つあるクリスタルのうち、左側に足を進める私達。

 と、何故かその私達と同じクリスタルに殺到する新兵達。


『慌てなくても出現先は皆同じ場所です。 半分は右側のクリスタルに移動してください。』


 それを静止する様に念話を伝えるローブの女。

 成程。 私達のところに殺到した人達は、私達が強いと見越して出現場所が同じになる様にしたかった訳か。 頼りにされるのは悪い気分では無いが、強面の成人男性達に殺到されるのは少し怖かったわ。


『では今から約4分後に跳躍リープを開始します。 現地には一瞬で到着しますが、到着後は動かずその場で部隊の集結を待って下さい。』


 いよいよか、と、身体中の筋を伸ばして準備運動をする私。

 パーシャも軽く悪魔の翼をはためかせたり、尻尾を動かして自分の動きを確認する。 それを見て、本当に翼も尻尾も動くのかとパーシャに視線を向ける新兵達。

 その新兵達の視線に怯えながらも微かな微笑みで答えるパーシャ。 だが、目が笑って居なかった。

 男性から自分に向けられる視線に、過去の嫌な思い出でも思い出したのかもしれない。

 私はそっとパーシャの後頭部を撫で、額の脇から生えて居る鋭利な悪魔の角に気を付けながら彼女の頭を自分の胸に抱く。


『別に無理に笑顔を返す必要なんて無いのよ。』

『何か反応しないといけないと思って、つい……。 ありがとうですカナ、もう大丈夫ですよ。』


 念話でそう言われて身を離す私。 パーシャは私に微笑みを返すと、今度はちゃんと目も笑っていた。


『一分前です。 クリスタルから5m以上離れないように。』


 白いローブの女が再び念話を送り、私達全員は出来るだけクリスタルの近くに移動しようと足を進める。


『30秒前です。 それでは皆さん、ご武運を。』


 突如、クリスタルが出す紫の光が強くなり、響いていた重低音も速度を上げて行った。

 ゴゴゴゴ、と、地鳴りの様な音が続いた後、まるで張り詰めた糸が切れたかの様な音が響くと同時に私達を浮遊感が襲う。

 そして、それは正に一瞬の事、私達はジャングルの中に降り立って居た。


 ◇


 むせるような緑の匂い。 そして高温で、湿気を帯びた大気が肌に張り付いて来る様な感覚が私を襲う。

 私はプロミネンスマントを使いマント内部の温度を下げ、周りを見渡す。 近くに居るパーシャは私のマントお蔭で少し額に汗をかいている程度で収まっていて、その他の人達はあまり気温を気にして居ないのか、平然とした顔をしていた。 三島さんとリーザも汗一つかいて居ない。

 強化装備の効果がそうさせているのかと皆の鎧やローブを見る私。 成程、新兵とは言え彼等は腐っても迷宮攻略者だ。 攻略時代に貯めたポイントで良い防具を購入したか、それぞれの防具にある程度の強化を施しているのだろう。

 私もエウパはまだ大量に余っているのだが、タイトローブを限界にまで強化したとしてもそういった効果は無いだろう。 パーシャのドレスは強化限界の+10に達しているが、防寒防熱効果が無いからだ。 亜種として、基本のパラメーターは高いが、装備に関してはかなり限られて居る私達の不利な点である。

 と、そんな事を考えている時、中央にあるリープクリスタルの周囲に次々と人影が現れる。

 正確な数は分からないが、予定通りならば200人前後だろう。

 ざっと見たところ戦意があるのは大体半数、他の兵は絶望の淵に居る様な表情を見せて居た。

 他の前線基地のいくつかで新兵達の鼓舞に失敗したというところだろうか。

 全く。 大の大人が揃いも揃って情けない顔をして、と、ため息を付きながら右手で顔を押さえる私。 もう引くことが出来ないのならば貴方達だって進むしか無いでしょうに。


『皆さん、私は今回の作戦を指揮する中隊長のリゼラです。 まずは哨戒線を広げる為、腕輪の裏側に付いている番号順に西からそれぞれ20m間隔で横一直線に陣形を整えて下さい。 中央は20番とします。 よって、20番から上の隊は東に同じく20m間隔で展開して下さい。』


 突然頭の中に響いてきた念話。 周りを見てもその念話を伝えてきたと思わしき人物は居ない事から、前線基地から念話を飛ばして来ているのかもしれない。

 さて、ユズキはそのリゼラの念話を聞いて手首を返して腕輪に書かれた番号を見て――――驚愕の表情を見せる。 私も彼女に近寄って腕を見てみると、その番号はなんと20だった。 つまり、私達は意図的に部隊のど真ん中に配置されたという事だ。

 中央という事は、敵と接触する可能性が極めて高い。 まあ、誰かが中央に立たなければならない訳だが、私達はその中央配置という貧乏くじを引かされたという事だ。

 嵌められたという印象を持つ私達だったが、命令を聞かない訳には行かないので溜息を付きながらもその場に立つ私達。 そして、名も知らぬ友軍達は私達を中心に左右に分かれて広がって行った。

 結局五分ほど待った私達。 その時、部隊の展開が終了したようで、リゼラの念話が再び伝わって来る。


『これからその陣形で北のAJ122地区に向けて、徒歩で進撃します。 方向が分からなくなった場合は腕輪を空いている手で軽く握って下さい。 目標までの矢印が腕輪の上に浮かび上がるはずです。』


 言われた通りユズキが左手に付けた腕輪を右手で握ると、50cm程の長さの白く光る矢印が彼女の腕の上に浮かび上がった。


『約12km北にあるAJ122との境界線の手前まで進撃した後、そこで一旦休憩を取ります。 その間、敵の襲撃はまず無いと思われますが、万が一襲撃されたならば任意で反撃してください。 勿論、先に敵を捕捉した場合はこちらから先制攻撃をするのが理想的です。』

「全く……簡単に言ってくれるわね。」


 横一列に等間隔に並び、そのまま前に突撃しろなど、兵法なんて学んでいない素人の私にだって命令できる。

 ユズキが話していたように、私達が捨て駒である事が良く分かる作戦だった。

 しかし、ならばその指揮が素人の私にそれ以上何か良い考えがあるのかと言われれば、それも無いのも事実。 またもため息を付きながら私達は足を前に進めるしかなかった。


『3番隊、19番隊、24番隊、下がりすぎです。 もっと前に出て下さい。』


 三分程足を進めた時の事だった。 突然リゼラからそんな念話が伝えられる。


『……っ!? 2番隊4番隊、3番隊に接近して様子を確認しなさい! 19番隊は20番隊が! 24番隊は――――っ!? 19番隊! 貴方達正気ですか!?』


 は? 何だ? 何が起こって……?


『20番隊。 19番隊を確認後、殲滅なさい。 24番隊。 これ以上下がると貴方達も攻撃対象になりますよ。』

「――――はぁ!?」


 突然の命令に声を上げてしまう私だが、19番隊がどんどん南に距離を広げているという念話がユズキから伝えられ、彼等が脱走したのだと理解する。

 全く……馬鹿な事をしたものね……。 目の前の戦争から逃げたって、この世界で生きて行ける訳が無いでしょうに。


「ユズキ! パーシャが私を抱いて19番隊のところまで飛んで行くわ! その腕輪で位置を確認して念話で――――」

『24番隊……残念です。 20番隊――――24番隊も殲滅なさい。』

「なっ!?」


 24番隊も私達に始末しろって言うのかこの女!?


『20番隊。 貴女達の中に探知能力者が居るはずですね。 24番隊は何らかの方法で腕輪を外して逃亡しました。 探知能力を使って24番隊を捕捉なさい。』


 成程。 腐っても中隊長と言うべきか。 三島さんの能力は既に把握していたらしい。 しかもさらりと言ったが、一度付けた腕輪は簡単には取れない事も教えてくれたわ。 本当に尽く狡猾だと舌打ちをする私。


「……仕方ないわね。 三島さん、どう? 捕捉出来そう?」


 皆に荷物をその場に置くように指示しながら聞く私。


「ちょっと距離が離れ過ぎてますね。 もう少し近くに行かないと探知出来ません。」

「く……。 なら二手に分かれるしか無いわね。 ユズキ、腕輪はどのくらいの範囲を探知出来るの?」

『10番隊くらいまでの距離です。 あまり離れすぎると19番隊の捕捉は不可能になるでしょう。』

「分かったわ。 ならユズキは走って19番隊の方向に向かって。 それからリーザに三島さんと一緒に24番隊の方に向かう様に念話で言って頂戴。」

『わかりました。 リーザ、ヒナと一緒に24番隊の方向に向かって下さい。』

「Sì, non è un problema.」

「三島さん、リーザは何て?」

「問題無いそうです。」

「19番隊が片付いたらすぐそっちに合流するわ。 三島さん、無理はしないでね。」

「え? でもどうやって織部さんが私達を見付けるんですか?」


 あ……そうか。 三島さんから私達が探知出来ても、私とパーシャ、ユズキにも三島さんを探知する方法が無いわ。 こんなジャングルなら上から発見するのも不可能だろうし……。


「Io sono esperto potere magico, e Hina era l'arco e la freccia come capacità fisica. Siamo in grado di farlo da soli.」

「まあ……そうなのですが……そうですね。 オッケー、リーザ。 織部さん、リーザさんは魔法のスキルを持って居て、私が物理攻撃出来るので二人でやれば出来ると言っています。 ……正直少し不安ですが、危なくなったら23番隊の方にでも逃げる事にします。」

「23番隊か……。 それならユズキにも探知出来るわね。 なら、いずれにせよ23番隊の所で合流しましょう。」

「わかりました。 リーザ、レッツゴーアンドキル。」

「OK. Hina, let's go and kill them all.」


 三島さんが英語で言ったからか、同じく英語で返すリーザ。 敵にすると怖い人が味方になると心強いと言うが、正にそんな気分の私だった。


 ◇


 水平線まで濃い緑で覆われた大地。 その木々の上を低空飛行で飛ぶパーシャ。 と、そのパーシャに腰を抱いて貰って同じく飛んでいる私。

 これから人を殺しに行くのに不謹慎だとは思うが、空を飛ぶという感覚に高揚感は隠せないもので、少し口元がニヤついてしまう私。


『カナと飛ぶのは初めてですね。 どうですか、空は。』


 不謹慎なのがもう一人居たようだ。 そう私に念話で話して来たパーシャ。


『気持ち良いに決まってるじゃない。 パーシャこそ空を自由に飛べるってどんな気持ちなの?』

『勿論、最高に気持ちが良いですよ。 正直、人生で最高の気分です。』


 人生で最高の気分、か。 パーシャがそれを語ると何だか重みがあるわね……。


『カナ、パーシャ、もうそろそろ下に19番隊が居る付近になります。 目視出来ますか?』


 ユズキの念話に、おっと、飛行を楽しんで居る場合では本当に無くなったわ、と、気を引き締める私。

 私とパーシャは首を左右に振って人影を探す。 だが、やはり緑が濃すぎて19番隊の人達は見付からなかった。


『ダメね。 木々が邪魔で見付けられないわ。』

『そうですか……多分そのあたりだと思うのですが……。』


 再度大地を見渡して見るが、やはり何も見付けられない。 と、その時パーシャから念話が届く。


『カナ、パーシャが地面に向けて暗黒弾丸オペークブリッツを使ってみるです。 着弾した場所にカナのバゼラルドで出した火の玉を当てて一帯を焼き、目標を炙り出すのはどうですか?』

『悪く無いわ。 それで行きましょう。』

『なら、一旦高度を上げるです。 スキルを使う時は両手を空にしないとダメみたいですので。』

『えっ!? じゃあその間私は地面に落ちる訳!?』

『ちょっとの間だけですよ。 カナをパーシャが見殺しにする訳が無いです。』


 まあ、それは分かっては居るのだけれど……。 空からの自由落下に恐怖を感じるなというのは無理だろう。 まあ、作戦が決まった以上やるしか無いのだが。

 と、私の同意が得られたと判断したパーシャはどんどん高度を上げて行き――――空中で私を手放した。

 

「きゃぁぁぁぁ!!!」


 二桁の数の人を無慈悲に殺している女がそんな声を上げるなと言われてしまいそうだが、やはり自分では全く動く事の出来ないという自由落下の恐怖には勝てなかった。 バゼラルドを抜くのも忘れ、右手でとんがり帽子の鍔を引っ張り、左手でタイトローブのスカート部分を押さえて悲鳴を上げる私。


「ニープロヤザイシェナムブリッツクリッグ!!」


 直後、上空でパーシャの声が響き、暗黒の弾丸が12個、パーシャの周囲から地面に降り注ぐ。

 ああ、スキルを発動する時はロシア語なのねと思いながらも段々と意識が遠くなっていく私。


「カナッ!! カナァッ!!」


 翼をはためかせて私に向かって急降下してくるパーシャ。

 その時にはもう半分目を閉じかけていた私だったが、まるで上空で落とした大事な餌を再度捕獲するかのように優しく正面から私を抱き締めて上空を旋回しながら体勢を整えるパーシャ。


『――――はっ! ちょっと意識が飛んでたわ! ごめんねパーシャ!』

『大丈夫です! パーシャもカナに怖い思いさせてごめんなさいです。』

『今、バゼラルドのスキルを使うわ。 ちょっと身体を回転させてくれる?』

『はいです!』


 と、くるりと私の身体をまるで赤子のように回転させるパーシャ。

 そして私の視界に大地が入ると、黒いインクを緑の画用紙に落としたかのように一帯が黒く染まっているのが見えた。 弾丸というからには大きくても拳大くらいの大きさかと思ったが、それよりも大分大きかったようであり、一般的な中学校の校庭くらいの範囲、400mトラック二つ分程が黒く染まっていた。

 瞬時にで抜いたバゼラルドの周囲に19個の炎の弾丸を召喚する私。 そして間髪入れずにその全てを大地に撃ち出した。

 キュン! と、風を切り、空中から大地に向かって光の筋を作る炎の弾丸。

 ――――そして着弾。 重低音の爆音が大地から響くと、更にパーシャのオペークブリッツに引火して周囲の空気が一瞬にして収縮する音が聞こえ、パウンッ!! と、その収縮された空気が弾ける音と同時に炎が一気に緑の大地を燃え上げる。

 と、ぶわりと熱風による上昇気流が私とパーシャを巻き上げた。


「ぷっ!」

「うっ!」


 その熱風が顔に直接吹き付けて顔を顰める私達。

 パーシャは翼を広げていた為にその熱風をその翼で受ける事になり、私を抱いたままの彼女は後ろに何回転も回転しながら上空に飛ばされた。

 大地と空がぐるぐると回り、何が何だか分からなくなる私だが、ある程度上空まで距離を離した時、ようやくパーシャは自分の翼のコントロールを取り戻したらしく、何度か翼をはためかせて体勢を立て直した。


『だ、大丈夫ですかカナ。』

『自分達でやっておいて驚くのも何だけど……爆風って意外に凄いのね……。』


 改めて地面を見下ろす私達。 すると、パーシャが放ったスキルで黒く染まっていた緑の大地、その中心は黒く焼け焦げて炭化しており、更に周囲500m程の木々が今も燃え上がっていた。

 被害はそれだけで無く、燃え盛る木々の周りも爆風によって木が折れたりひしゃげていたりと、結局約1キロ平方メートルが私達二人のスキルで破壊されていた。


『いたです! 燃えてる木の横を南に逃げてるです!』


 私より先に19番隊らしき人影を発見したパーシャは、念話でそう私に伝えた後その方向に向かって急降下をし始めた。

 必死に燃える木々の中を掻き分けながら必死に逃げる六人の姿が見える。 構成は40歳代の白人女性一人にラテン系青年男性、他の四人はアジア系の男性。

 まさか空から攻撃されるとは思って居なかったのだろうか、誰も上空は警戒しておらず、距離40mまで私達の接近を許してしまう彼等。


『パーシャ! このまま私をあいつらに向かって落として!』

『分かったです!』


 私は敵から約10m程離れたところでパーシャから手放され、同時にプロミネンスブーツを硬化させて足の先を白人女性に向けて――――衝突する瞬間にその足を突き出した。

 女性はかなり厚めの鎧を着ていたが、その鎧の腹の部分に突き刺さった私の足は容易くその鎧の装甲を突き破り、女性の腹部にめり込んだ。

 自由落下と私の脚力による衝撃は凄まじく、女性の背中の鎧が血肉と共に剥がれて爆ぜた。 噴き出した血肉とほぼ同時に私の足は女の胴体を完全に貫いて女の上半身と下半身が分離しかけており、女性が完全に即死だと確認するともう片方の足で女の胸を蹴り上げて空中で一回転してバゼラルドを構え、女の前に歩いて居たラテン系の青年男性に斬り掛かる。

 果敢にも私の姿に気付いた後すぐに男性は剣を抜こうとするが、少し鞘から刃が見えた時点で私のバゼラルドは男の首を捉えて居た。

 肉を断ち、骨を砕き斬る感触と共に男の首は宙に舞う。

 その時、いつの間にか一人のアジア人の男の足を掴んで宙に舞っていたパーシャは、渾身の力で他のアジア人の頭に男の身体を振り下ろしていた。

 二人が着ていた金属の鎧が、ゴン! と、音を立て、ぶつけられた側の男の足が衝撃で地面にめり込むと同時にぼきりと折れ、ぶつけた側の男の腹にぶつけられた側の男の頭が兜ごと突き刺さる。

 頭か腹か、どちらが潰れた音なのかは分からないが、ぶちゃりと石畳の床に滴り落ちる血肉を叩き付けた様な音が聞こえた。

 すると、次にパーシャはその場で一度羽ばたき、足を掴んで居た手を離すと今度は男の頭にその手を添え、ぐきりと180度回転させる。


 4人が一瞬で殺された事で、背中を見せて全力疾走で逃げる2人の男。 だが、一瞬で距離を詰めた私からはバゼラルドの切っ先が、パーシャからは彼女の手に持たれた悪魔の角が、それぞれの男の鎧を貫いて背中に突き刺されて居た。

 私は深く刺さった剣を男の身体を蹴りながら抜くと、噴き出した鮮血が燃える木々に降り注ぎ、じゅう、と、音を立てる。 男はそれでもよろめきながら数歩前に進み、やがて前のめりになって地面に倒れ、大地を赤く染めて行く。

 パーシャの攻撃は通常ならば傷口がすぐに黒薔薇の蔦で縫われてしまう。 だが、今回は縫った瞬間もう片方の手でパチンと指を鳴らす事で瞬間的に傷口を爆ぜさせるパーシャ。

 悪魔の角によって空けられた鎧の穴から激しく噴き出す鮮血。 それはあまりにも激しく、既に5m程距離を離して居たパーシャにも降り注いだ。

 赤い血の雫が白い頬にいくつか付着し、それをドレスの袖で拭うパーシャ。

 戦闘の高揚感からだろう、彼女の上気して赤く染まった頬に拭いきれなかった血の筋が出来、それはまるで意図的に血で化粧をしたかの様だった。


『早速死体からエウパを取るですか。』

『あ。 え、ええ。 そうね。』


 少し呆けて居た気を取り直し、転がっている死体に自分のクリスタルを押し付けて、『シェフーデン』と、唱える私とパーシャ。

 そう言えばユズキが言っていたが、奪ったエウパの三割は自動的にこの世界の人間に上納させられるらしい。 仕組みは良く分からないが、このクリスタルに何か仕掛けがあるのだろう、と、人の血で少し濡れてしまったクリスタルを白人の女が着けていたスカーフで拭いながら考える私。


『次は24番隊の方ね。 ちょっとユズキに連絡するわ。』

『わかったです。』

『ユズキ。 19番隊は片付いたわ。 今から北に飛ぶから見晴らしの良い場所……そうね、木にでも登って私達の位置を確認して頂戴。』

『も、もう片付いたのですか……?』

『何か拙かったかしら?』

『いえ……中々目標を発見出来ないと先程カナが言っていたので……。 では先程の爆発が?』

『それがあの人達を片付けた直接の原因じゃないけどね。 でも、こんなジャングルで敵を炙り出すには良い方法だったわ。』

『私が居るところまで衝撃波が来ましたよ。 とんでもない魔法ですね……。』


 私はあくまでも点火しただけで、あれほどの爆発物を撒き散らしたパーシャのスキルが異常に強いというだけの事なのだが、スキルの事をあまり人に話したく無い私は適当に相槌を打って、ユズキとの合流を急ぐのだった。

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