生存確率

 本宮と三ツ池、その二人の死亡は孝太のみが確認出来た事実であった。

 だからこそ、彼には他の仲間に報告する必要、いや、仲間としてとしての彼の立場ならば報告する義務があったのだのが、それが彼にも分かっていても、その場に彼を繋ぎ止めて居る理由があった。

 彼は、今まで麻痺していた感覚、もしかしたら自分が殺されるかもしれないという可能性、その事への恐怖を、本当の意味でと成り得る相手に覚えてしまい、情けない事にその恐怖で足を震わせ、その場から一瞬動けなくなってしまっていたのである。


「Le halo de la gloire, du pouvoir, est ce que tu connais que mes fleurs aimer ta lumière. pour...grandir. Mes fleurs vas fleurir, et après fleurir elles vas bien bien grillés. quoi? c'est la. ララ、フォルテ、サル、エスクート、メランティアリア。」

「You, the darkness neverland has been cast by me. I shall command you to show your existence of power of darkness soul due to our old promises. As known as sinful as simple but thankless thing. Splash your faithless dirty spit on the opponent. ロルクランタ、ララ、フォルテ、グリアーゼ。」


 ――孝太が恐怖で動きを止めたその瞬間、敵の後衛の二人が驚く程速い速度で魔法の詠唱を始め、そして先ほど三ツ池を殺したラテン系の男と、大きい盾を持った前衛の白人の男が孝太との距離を詰めて来た。


「っ!!」


 その詠唱と、前衛の攻撃行動に身の危険を感じた孝太は、動物的感性による、ある意味反射的な行動で彼自身が抱いていた恐怖という感情の呪縛から自身を解き放つ事に成功し、立ち竦んで居た場所から、瞬時に吐いた息と共に、力の限り床を蹴って大きく後方に飛んだのだった。

 その身体能力は流石人間離れしており、一瞬で8m以上ものバックステップを見せられた敵側の前衛二人は、驚愕の表情を浮かべる。

 そして、敵の二人がその表情を浮かべた時――――

 敵の後衛の二人が唱えた魔法が、孝太が身の危険を感じた通り、孝太が僅か一秒前に居た場所に向かって発動していた。

 一つの魔法、炎華一面ファイヤフラワーブルームオールアラウンドは地面に大きな薔薇を咲かせた後に地面を、ごう、と、業火が音を立てて広範囲に燃え上げ、もう一つの魔法、漆黒豪雨ダークネスクラウドバーストは黒い棘がまるで雨の様に、だが、一つ一つの粒は黒い槍の様にかつて孝太が居た場所半径5mに円状に無数に降り注いだ。

 が、結果的に孝太はその2つの致死性の魔法を一瞬の身体能力だけで躱したという事になる。

 その時点で、『敵は人間の範疇である』という、いや、孝太達にも何とか出来る・・・・・・範囲の相手である、と、まるで自分に暗示を掛ける様に、『いや、そうでなくてはならない。』と、ある意味今為さねばならない事に思考の焦点を絞った彼は、今度は冷静な面持ちで二度程後部に向かって床を踏み付け、距離にして約20m程離れると、丁度敵に向かって駆け寄って来て居た佳苗の横に降り立ったのだった。


「樫木さん。 本宮と三ツ池がやられた。」


 前方に居る筈の彼が、突然横に降り立ってそんな事を言い出すと、驚いて身を斜めにして及び腰になる佳苗。


「……えっ!?」


 しかし、彼が言った事を頭の中で反芻して、その言葉の意味に声に上げて驚いてしまう彼女。


「……本宮は……樫木さん、君が僕に掛けた魔法が敵の盾に反射されて、半身を吹き飛ばされた。 三ツ池は、敵の前衛に斬り殺されてしまった。」

「ちょ……何を言ってるの。 意味が……。」

「二人は死んだんだ!! 何でも良いからこれからやれる事をやるしか無いって言ってるんだよ!!」


 多少声を荒げてしまう孝太だったが、それが功を奏したのか、キュッと口を一文字に紡ぐ佳苗。


『日立君。 本宮君と三ツ池君がやられたわ。 まだ風は来ている?』

『樫木!? な……あの二人がやられたのか……。 ……いや、こちらにもう風は、来て、いない。』

『なら魔法は撃てるのね。』

『その通りだ。』

『なら……今よ。』

『……わかった。』


 簡単に、そして淡々と日立との念話を交わす佳苗。

 だが、そうして 矢継ぎ早に念話を終えたすぐ後、まるで感情の無い機械の様にしか日立と話せなかった理由が、彼女の両眼から零れ落ち始めた。

 それは、本宮と三ツ池が命を落とした事への哀れみの涙なのか、それとも何も出来なかった自分を情けなく感じて居る感情から来る涙なのかは彼女には分からないが、口をへの字に曲げながら、そして嗚咽を堪えながら、魔法の詠唱を始める佳苗。


「水面寄りて風吹かば、其処に眠りし賢者の晶石の影が揺らめいた。 ふっ!! うぅっ!!」


 半ば自動的に佳苗の口から詠まれる魔法詠唱は、彼女の感情とは関係無く紡がれる。

 だが、彼女の感情に反応して液体を分泌している喉頭部は、詠唱の途中、彼女が生きる為に必要な措置である呼吸を求めて、喉を咳込ませてしまい、同時に彼女は歪む視界を紫色の魔法のローブの裾で拭うのだった。


「紫煙を吹かせて賢者は問うわ。 貴方の姿が見たいのよフィオーリア。 貴方の姿を見られるのは……くぅ! うっ!!」


 それでも、彼女は詠唱を続けた。 彼女の魔法詠唱の共有部分、つまり前置きの段階で止める事も可能だったのにも関わらず。


「人生で、一度だけだそうですね、フィオーリア。 賢者は貴方の部屋の扉を……うぅ! うっ!! ……一度開ける、その鍵を、今っ!! 使うと言うわ……。」


 佳苗が唱える魔法のその旋律に、とても切ない何か・・を感じる孝太。

 しかし、切なさが何なのかを理解する間も無く、彼女の詠唱が終わる少し前に、日立達の魔法が発動したのだった。


 ◇


水平光放出ホリゾンタルライトエミッション!!」


 日立の唱えた魔法は、日立が手を翳したその正面方向に、平面上に光の壁を作るという魔法であった。

 正確には、日立が手を向けた方向に光がその手の幅で放射線状に放たれて居るのだが、光という性質上、一瞬で日立の手の平の厚さの光の壁が出来た様に見えたのだ。

 その光の壁に、敵の一団は照らされて、6つの影が出来た時。

 ――――よし、魔法が敵に当たった。

 そう、日立が何かの手応えを感じた瞬間だった。

 パリン! と、ガラスが割れた様な音が連続で通路に響き渡る。


「魔法障壁か!」


 彼が叫んだ通り、パーティに掛ける全体魔法で障壁を駆けて居た敵の集団は、その障壁によって日立の魔法を防いだのだった。

 そして、尚悪い事に、敵には魔法障壁によって遮られた彼の魔法は迷宮の壁に反射して再び光の壁を作り、敵の更に先に居る孝太達へと降り注ぐ事となるのだった。


 ◇


 ――その時、またもや動物的な感性で日立の魔法が発動した瞬時に危険を感じ取った孝太は、横に立って居た佳苗に飛び付いた。

 彼女の肩をしっかりと抱き止めると、意外そうな顔を孝太に向けた彼女などお構い無しに、自分と佳苗の身を石畳の床に寝転ばせる。

 その時――――光の壁が彼等の頭上を凪いだ。


「日立め! こっちまで巻き込むなよ!」


 じゅう、と、佳苗の髪の先端を焼いた日立の魔法の光に悪態を付く孝太だったが、抱き止めた佳苗は未だに涙を湛えた瞳で、きょとんとした表情を浮かべて孝太の行動を見ているだけだった。

 だが、自身の肩甲骨まで伸びた髪の毛の先端が、風に靡いて一部宙に取り残され、それが焼け焦がされて居るのを見て、ゾッとする佳苗。

 もし孝太の判断が一瞬でも遅れていたならば、自分達の胴はきっと床とは繋がっては居なかっただろう、と、顔を青ざめさせて。

 そして、床に転がって居た二人に、更なる轟音が迫って来て居た。

 孝太と佳苗の遠目に、背丈が人間の五倍程ある人形の影が、炎を身に纏って迫って来ているのが見える。

 光の魔法が日立であれば、炎の魔法は、櫛田峰子の魔法。

 それが二人に瞬時に分かると、期待を一瞬抱くが、それがやがて恐怖に替わり身を固くする二人。

 日立の魔法の威力は先程彼等が見た通り、孝太達まで危険に晒す程の威力であった。

 ならば目視出来る程の炎の魔神のを召喚した魔法の威力とは如何ほどの物だろうか、と。


 ◇


「出発の時よ、フェリストス!! 業火之王キングオブヘルファイヤ!!」


 炎の魔神に命令する櫛田峰子の顔は悦に浸っていた。 訳の分からない風によって、ただその最後の詠唱だけを言うのを妨げ続けられ、魔法が失敗するかもしれない恐怖から開放されたせいもあるが、彼女がこの魔法を使うのは、実は初めての事なのである。 その高揚感が彼女を満たして居たのだろう。

 さて、彼女に召喚されたフェリストスと呼ばれた炎の魔神は、炎を撒き散らしながら、大きな足音を立てて敵に迫り走って行く。

 そして敵に加えられる魔神の【物理攻撃】。 魔神の手や足が、敵に振り下ろされ、それに翻弄されている様に見受けられる彼等。

 そして、そこに更に追撃が入る。


「エルメ、トュライ、ラメーティア!! 炎踏発破フレイムスタンプイグニッション!!」


 魔神の足が大きく持ち上げられ、一段と大きな炎を足に纏うと、その足は敵の集団の中心に向かって踏み付けられる。 そして、それは【魔法攻撃】。

 ドズゥン!! と、音と共に魔神が床を踏み付けた衝撃波と炎が広がり、衝撃波の後に熱風を櫛田も自分自身の肌に感じる。


再度アゲイン!」


 櫛田峰子の声に、魔神の足は再度持ち上げられ、そして踏み付けられる。

 再度広がる音と、少し遅れて衝撃波と熱波。

 

「日立君、全力で行って良いわね!?」

「……ああ。」

「憐れなフェリストス。 役立たずなフェリストス。 まだ敵を殺せて無いの。 一度その場で身を滅ぼす程の力を見せて頂戴。 ならば少しは溜飲が下がるという物よフェリストス。 リヴラ、エスメストス、リフォータ。 自己爆破セルフエクスプロージョン!!」


 峰子が唱えられるLV5魔法からのLV4魔法の回数の全てを使っての最後の連続魔法攻撃である。 ここまで唱えてしまうと、魔神が復活する一週間後までもうLV5魔法でのフェリストスの召喚は出来ないという制限があるが、今使わずしていつ使うのか、と、歯を食いしばる峰子だった。


 ◇


 次に来るのは、大きな爆発かもしれないと言うのは孝太と佳苗も予測していた。

 二度程飛んできた衝撃波と熱風が魔神の足踏みの後に起こり、そして今、魔神は『ルォォォォォ!!!!』と、雄叫びを上げたのを最後に、身を抱き締める様にしてその身体を収縮させて行くと、やがて両腕を広げると同時に弾け飛んだ様に見えたからだ。

 より強く佳苗を抱き締めて、床に突っ伏す孝太。

 せめて孝太の防具で熱波を遮ったならば、佳苗に与えるダメージは少ないのでは無いかという孝太の無意識の優しさであった。


「っ!!」


 佳苗も、好いた相手では無いものの、そんな事を言っている場合でも無いし、自分を必死に守ろうとしている孝太に逆に失礼だ、と、遠慮無く孝太の腰に手を回して自身を固定した。

 その時、轟音が響き、通路全てを焼き焦がす様な熱波を帯びた衝撃波が彼等を襲う。


「あっ!! あっつ!!」


 熱波は残念ながらも、床を這って押し寄せて、伏せて固く抱き合いながら身を守って居た孝太と佳苗の身体を吹き上げた。 その熱波に苦悶の声を上げる孝太。

 更には、二度目の衝撃波が、時間差で上から這ってきた炎と共にやってきて、彼等の身を焦がす。


「くっ!!」


 再度その熱波に苦悶の声を上げてしまう孝太。

 だが、熱いと感じた部分は背中の部分で、幸いにも腕の中に抱き止めて居る佳苗の方には感じなかった。

 その事に安堵する孝太だが、焼けた背中は――――


 消して軽症と言える度合いでは無かった。


「うあぁぁぁぁ!! あぁぁぁぁ!!!」


 強化したばかりの、孝太のシャドウウォーカーという高価な真っ黒なスーツの背中の部分が焼き切れて、やがて櫛田峰子の魔法は孝太の背中と、彼の尻尾をも真っ赤に燃え上げたのだった。

 尻尾は、毛が殆ど燃え上がってしまい、尾骶骨から伸びた細い尻尾の芯だけが残り、不幸にもその尻尾の感覚が、孝太に更なる激痛を感じさせていた。

 佳苗とて、ローブのスカートの裾や孝太と同じくローブの背中の一部が焼け落ちていたが、もし孝太に守って貰えて居なかったならば、自分は既に炭化していたかもしれない、と考えると、その恐怖にごくりと喉を鳴らす。

 

 やがて重力によって床に叩き付けられる孝太と佳苗。

 火傷した背中を再び床に叩き付けられて、その痛みに顔を顰める孝太。


「痛い!! あぁぁぁぁぁ!! 熱いっ!! 痛いっ!!」


 味方の魔法に巻き込まれて痛がりながら床を転げる孝太に、何か何だか分からないといった表情を見せる佳苗。

 しかし、瞬時に孝太が言っていた事を思い出す彼女。


『迷宮で受けた攻撃は、大抵ポーションで治る。』


 慌てながらも、自分のローブの腰紐に付いているポーチの中に入っているポーションの瓶を取り出す佳苗。

 詠唱の途中なので、佳苗は孝太に声を掛ける訳には行かず、そのポーションの瓶の口を無造作に孝太の口に当てる彼女。


「ぷっ!! 痛いっ!! くっ!」


 痛みからか、孝太は佳苗が咥えさせたポーションの瓶を口で吹き出してしまう。

 火傷はかなり痛いと佳苗は聞いた事があり、それを思い出した彼女は、飲ませるのが難しいなら、傷の上から掛けるのはどうか、と、孝太の背中にポーションの残りを振りかけた。


「くっ! うっ!」


 まだ孝太は顔を顰めて苦悶の表情を浮かべており、ポーションが効いて居るのかどうかは分からない佳苗は、再度ポーションの瓶を懐から取り出して、今度は一本分全部を孝太の背中に振りかける。

 しゅう、と、炭酸水の様な音を立てる液体に、今度は何らかの効果を感じる佳苗。

 勿論飲んだ方が効果が高いのだろうが、痛みで飲めないのであれば仕方ない、と、次々と手持ちのポーションを使う佳苗。

 やがて、孝太の痛みも落ち着いて来ると、


「……た、助かったよ、樫木さん。」


 そう掠れ気味の声を上げながら、自分の腰のポーチからポーションを取り出し、飲み始める孝太。

焼け焦げた背中と尻尾が、段々と回復して来て、尻尾からは再び毛が生えて始めて、やがてふわふわとしたタヌキの尻尾が復活した。

 佳苗が持っていたポーションは一個を残して使いきっており、彼が常備していたポーションもようやく5本目を飲み尽くして、である。

 つまりは相当な重症だったという事だが、 


「日立も櫛田さんも、ほんと容赦無いな……。」


 その5本目のポーションを飲み終えて、ようやく憎まれ口を叩ける程に回復した孝太に、安堵を覚える佳苗。

 しかし、安堵を覚えた佳苗はふと、何かが・・・気になって、敵とは反対側の通路に視線を向ける。

 ――――そこには、上半身と下半身が真っ二つに分かれ、そして真っ黒に焼け焦げた長谷川美弥の死体が転がって居た。

 佳苗は、美弥が死んだという事よりも、自分がああなって居たかもしれないという恐怖で感情を埋め尽くされ、やがて、それは怒りに変わって行く。


『日立君。 こっちを巻き込む事は考えて居なかったの?』

『え? 念話をしてくるって事は、大丈夫だったんじゃないのか?』


 ぎり、と、拳を握り、お門違いとは知りつつも、自分は敵に素晴らしい攻撃をしたんだけど? と、言わんばかりにあっけらかんと念話を返した日立に、憎らしさを覚えてしまう佳苗。

 日立に自分達を巻き込む意思があったとは佳苗には思えない。 それに、魔法を撃てと日立に言ったのは彼女自身だ。 だが、自分達を全く考慮して居なかったというのは、佳苗にとっては話が別だったのだろう。

 彼は自分が好きだった相手で、その相手におざなりにされたのが尚更佳苗には腹立たしかったのかもしれない。

 正に百年の恋が覚めるという感覚を味わった佳苗だった。


『……長谷川さんが日立君と櫛田さんの今の魔法で死んだわ。 二ノ宮君は大火傷だったわよ。』

『はぁ!?』


 まるで逆ギレするかの様に、驚愕の声で念話を返す日立。

 それが癇に障ったのだろう、佳苗は自分の左手の薬指に嵌っていた指輪を抜き取り、床へと叩き付けた。

 キィン! と、高い金属音を鳴らして、その指輪は床から跳ね返り、やがて幾度かまた音を立てると、石畳の床の溝に嵌って動きを止める。


「な、何やってるんだ、樫木さん……。」


 それを見て、唖然とした表情を浮かべる孝太。 日立達と唯一連絡が取れる方法を彼女が放棄したのだ。 一体何故、と、佳苗の方を見る孝太だが、当の彼女は声を殺して涙を流しており、その彼女の背中には、黒ずんだ遺体が上半身と下半身に分かれて転がって居るのが孝太の目にも入り、


「は、長谷川さん……か……。」


 と、独り言を漏らし、その遺体を作り出したであろう日立と櫛田に、佳苗が憤怒を覚え、それが理由で悔し涙を流しているのだと察する孝太。

 しかし、その後、


「フィオーリア。 見ーつけた。」


 とても切なげな旋律、佳苗の口が奏でた魔法の旋律が、孝太の耳に入って来た。

 まるでかくれんぼで遊んでいる相手を最後に見つけた様な旋律が。


極限之紫エクシーデドヴァイオレット。」

 

 ――切なさという意味では、孝太は的を射ていた。

 ある魔法使いは、その存在さえも知らずに過ごすかもしれない。

 しかし、彼女はその存在を知っている居る側の魔法使いの一人であった。

 実は、樫木佳苗が唱えようとして居た魔法とは、LV6のカテゴリーの魔法。

 魔法使いの中でも、僅か一割の者しか覚えられない魔法。

 その、LV6のカテゴリーの魔法とは、『絶対に使用回数が回復する事の無い』魔法であり、覚えた一部の魔法使いからは極限魔法とも呼ばれていた。 そして、その性質上、文字通り極限状態で無ければほぼ使われる事が無いであろうと言われている魔法であった。

 彼女がこのタイミングで使うと決められたのは、ある意味奇跡とも言える。

 例えば人が人生に幾度、と、回数を定められたのならば、その仰々しさに使う事を躊躇うだろう。

 使ってしまった事の口惜しさを想像して、惜しむだろう。

 しかし、彼女は生きてきた13という年齢の中で、今この時に使うと決め、それを詠唱していた。

 日立から攻撃を受ける前から唱えて居たその魔法。 攻撃を受ける前は日立という想い人の為に自分が何か役に立つ事をしたいという、彼への想いによって紡がれ、そしてその詠唱は、最後、彼への憎しみによって放たれた。

 紫の光線が通路を満たし、そして敵に向かい、そして更にその先に居る日立達に向かうのだった。


 ◇


 例えば、人が人を殺そうとまで憎む時、どんな理由が必要かと言えば、佳苗の場合は『自分が殺されそうになって、その相手が好きな相手だったから。』であり、そう結論付けた彼女の行動の理由は、責められるものなのだろうか、と、孝太は紫の光線の眩しさに目を細めながら、考える。

 佳苗は、敵がまだ健在かどうかも確認せずに、日立よりも櫛田よりも強力と思われる魔法を唱えたのだ。

 目から大量の涙と、鼻水を流しながら。

 ――――まるで悪戯をされて泣かされ、その悪戯を仕返す子供の様に。

 

 もしその魔法の射線の先に、自分の妻である陽菜が居たのなら、孝太は彼女の首を瞬時に切り落として居たかもしれないが……今回は、その紫の光線を放つ彼女をただ見上げていた孝太だった。


 ◇


 紫の光線はを薙ぎ払う。

 通路に居た、自分と仲間・・である孝太以外の全てを。

 日立は、自分の念話が佳苗に届かなくなった事に気付いておらず、今だに彼女に向かって必死に念話を飛ばして居た。

 だから、それは反射の様なものだった。

 前面から何かが来る、と、察した彼は、盾を前にして身を隠す。

 同時に、越野も何かを感じて、盾を前面に押し出した。

 その瞬間、ビシュカ!! と、激しい音を立てて、紫の光線が彼等を襲う。


「ぬぁっ!」

「樫木ぃぃぃ!! 撃ちやがったなテメェ!!」


 自分の事は棚に上げて置きながら、随分な言い草だとその佳苗に言われそうな程憎々しげな声を、越野の声の後に上げた日立。

 日立と越野の盾は、極限之紫エクシーデドヴァイオレットの光を盾が破壊される限界まで何とか耐え切ったものの、日立と越野の目前に居た櫛田が、紫の光に包まれ――――


 一気に燃え上がり、服を焼き、皮膚を焼き、肉を焼き、やがて骨までもを焼いて、光線が放ち終わる瞬間には、櫛田峰子の身体を灰にしていたのだった。


 やがて訪れる静寂と共に、櫛田峰子を形成していた筈の灰が、宙に舞う。

 ぼそり、と、まるで土になった様に崩れ落ちる日立の盾。 越野の盾は、バリン! と、ガラスが割れたような音を立てて床に割れ落ちた。


「な、何……? どうなってんの、これ。」


 越野の後ろに隠れて居た作田志乃が、青い顔で口元を押さえながら、そう漏らす。


「……くっそ! 樫木が魔法を撃ちやがった。 俺と櫛田の魔法が、長谷川に当って……くっそ! 仕返しのつもりかよ!!」


 いつも冷静な彼らしく無く、声を荒げてそう言う日立。


「仕返しって……そんな……。」

「作田! 櫛田を何とか出来ねーのかよ!!」

「何とか、って、もう……灰になってるよ、無理だよ。」


 震える声でそう言い返す作田志乃。


「使えねぇヤツだな! どいつもこいつも!」

「な、何よ! その言い方!」


 日立の言葉に憤慨する志乃だったが、振り返った見ていた日立の背中に、紫の玉が6つ迫っているのが見え、やがて自分と越野にも、一つづつ紫の玉が迫って来たのが視界に入る。


「あ……。」


 この魔法は知っている。 そう彼女は認識したが、その時は既に何もかも遅かった。


 ◇


『孝太! 日立君の後ろに敵の反応が出ました! 数は6つ!』


 陽菜からの念話が入ったのは、佳苗が魔法を撃ち終わった直後の事だった。


『なっ……今の今かっ!?』

『私が探知出来るギリギリのところを避けて、後ろに回ったんだと思います。 探知者を探知出来る人は、私よりも広い範囲で感知出来るのでしょうか……。』

『っていうか陽菜、ちょっと待って。 数がおかしい。』

『でも、確かに6つなんです。 そちらの6つの敵の反応はちなみに今、消えました。』


 殺人集団は、8人な筈。 だが、8人だと決め付けたのは誰だ?

 ……孝太達自身であった。 別に誰にも確認していた訳でもない。

 やがて、孝太は6人の顔と、あの時酒場に居た人物を頭の中で照合してみると……一致すると思わしき人物が誰一人として居なかったのである。

 酒場の時は、ちらりと見た程度で、距離も遠かったのもある。

 外国人で、欧州系やラテン系だとは認識して居て、それで一致していると勝手に思い込んで居たのだ。


『あっちも囮を出して居たって事か!!』


 ◇


 孝太の予想通り、孝太達が挟んで攻撃していたのは、殺人集団に依頼された、ある意味同業者の6人の集団だった。


『補足している女子供の集団が居るが、ちょっと遊んで来ないか。』


 と、殺人集団に唆された彼等は、下心を丸出しに、顔をニヤつかせながら、二つ返事で了承したのである。


 彼等に与えられた情報は、相手がLV10程度の駆け出しである事、弓矢での攻撃である物理攻撃と、魔法攻撃を、何の考えも無しに補足した彼等に放って来るであろう事。

 その二つの攻撃を凌ぐ方法は、六人のそれぞれの魔法とスキルで補完出来る。

 それが分かって居て殺人集団は持ち掛けたのだろう。 そして、男達が女に飢えて居るであろう事も。

 リーダー的存在であるアレクセイ・ミカエンコフは、美味しそうな餌を目の前にちらつかされて、既に心は半分その気にさせられて居た。

 だが、彼等に圧倒的に足りない物、それは、敵を感知出来る方法だったのである。

 するとなんと、今回は殺人集団の方から更にこういうオファーがあった。


『こちらの余っている伝達リングを4000P相当の宝石と交換して貰えるなら、随時敵の場所をお教えしましょう。』


 と。 そのオファーの後に、アレクセイ含む6人全員が、顔をニヤつかせながら首を縦に振った。


 ◇


 子供達の攻撃は、まるで素人丸出しのだったと言わざるを得ない。 最初は補足して居ない敵からの遠距離からの捕縛魔法に驚いた彼等だが、それに続いた攻撃が稚拙であった。 遠距離からの弓矢の連続攻撃と、そして、二人の前衛の突撃の事である。

 最初、捕縛魔法に足を取られた時には正直彼等も少し焦った。 何せ身動きが取れないのだから。

 しかし、だからと言って魔法の詠唱が出来ない訳ではない。

 即座に唱えられた真夜中の青ミッドナイトブルーの魔法使い、ポール・アレキサンダーの直前悪夢ビフォア・ザ・ナイトメアという魔法で、その物理攻撃は全て無効化されて居た。

 この魔法は、自分達から攻撃をしない限り、10分間ほぼ全ての物理攻撃を無効化出来るという物である。

 更に相手は愚かな事に、前衛二人に狂暴化の魔法を掛けて居た。

 彼等の剣撃は突風となり、アレクセイ達の後方に受け流され、囮となっている敵の一団に襲い掛かって居たのだから。

 

 モンスター相手や、もっと格下の相手には狂暴化も有効だったのかもしれないが、彼等のLVは殺人集団に引けを取らないLV20オーバーの実力者。

 今回の様に冷静な判断力で対処法を見出した相手に対して仕掛けるには、佳苗の狂暴化の魔法は愚かな初手だったと言わざるを得なかった。

 実は、本宮と三ツ池の二人の攻撃は、孝太の魔法の蔦を切り裂き始めており、その連続攻撃によって自由の身体をこの時点でほぼ全員が足元以外取り戻して居たのである。


 そこに、三人目の前衛として飛び込んで来た孝太。

 彼の突進により、足元の蔦が消え、魔法使いでありながら前衛もこなすという相手に一瞬気を取られたアレクセイ達だったが、飛び込んで来た孝太の周りに六つの玉が浮かぶのを目視すると、それが単体魔法攻撃だと看破したアレクセイが、魔法を跳ね返して本宮を沈黙させると、遂に攻勢に転じたのだ。


 ◇


 アレクセイ達の誤算は二つあった。

 一つは孝太というとんでもない身体能力の前衛が相手に居た事だったが、もう一つは攻撃される方向。

 彼等が指摘されて居た攻撃予想方向は、主に後方からという物であった。

 この情報は殺人集団から与えられた物であるが、だから前方に居る敵がアレクセイ達に向かって、更に後方に居る味方にも当たるかもしれない距離で、範囲魔法攻撃を繰り出して来るとは思っても見なかったのである。

 日立の魔法の初撃を躱せる物は誰も居なかった。

 一瞬でそれぞれが事前に掛けて居た二重の魔法障壁を割られ、更にそれぞれが装備していた魔法攻撃を無効化する道具も壊された。 そして、その後に炎に身を包まれた巨人が姿を表したのだった。


「You must be kidding...」(ふざけんなよ……。)


 アレクセイは唖然とした表情でその巨人の姿を目に止めて、即座に防御態勢に入る。


 炎の巨人の物理攻撃は、一発一発がかなり重く、振り上げられた拳や足の裏を盾や剣でなんとかいなしながら、魔法使い達を守る事に必死になっていた彼等。

 しかし、そこに二度の巨人の足踏みによる魔法攻撃が加わり、遂に前衛の一人が鎧の腹の部分を砕かれ、その腹に大きな火傷を負ってしまう。

 即座に、ヒーラーもこなす紅樺色の華使い、ジャン・ピエールの回復魔法、椿之抱擁カメリアエムブレイスが飛び、椿の花ビラが前衛の一人の傷を癒やし――――


 しかし、その時点でなんと巨人が爆発した。


 魔法使いは前衛の後ろにそれぞれ陣取っており、だが前衛が咄嗟に構えた盾を一瞬で焼かれ、更に鎧まで魔法の効果が到達すると、肩や脛の装甲、更には炎という性質上、装甲の隙間から入り込んだ熱風が、彼等の肌を焼く。

 そうして前衛の態勢が崩れると、抱えきれなかった魔法の勢いは、後衛にも襲い掛かる。

 

 ローブが焼かれ、だが強化してあるそのローブのお陰で一命は取り留める後衛の三人だが、三人共に手足に火傷を負ってしまっていた。


 だが、迷宮で受けた傷はポーションで治ると彼等も知っている。 飲める物は即座にポーションを飲んで身体を治すと、前衛の一人が倒れこんで動かないのを見ると、全員でポーションをその前衛の身体に振りかけ続けた。

 ようやく前衛の一人が立ち上がるのを確認すると、彼等は遂に敵の攻撃を凌ぎ切ったと確信し、魔法を撃ってきた後方の集団に狙いを定めると、誰からともなく足を進めた。

 が――――後方から襲い掛かった紫の巨大な光線が、一瞬で彼等の身を焦がし、肉を焼き、やがて骨までもを焼き尽くすと、六人全員の身体の灰は、その場に塵の様になって宙を舞い、仲良く混ざり合うと、やがて石畳の床に雪のように落ちて行ったのだった。


 ◇


 囮となったアレクセイ達の生死を知る事は、日立には叶わなかった。

 遠距離から飛んできた見知った魔法攻撃は、既に防御手段を持って居なかった彼の頭に上から襲い掛かかり、六発全ての紫の玉が日立の頭部に直撃したのである。

 一発目の玉は、彼の額の上を破壊し、二発目は右目までの部分を破壊、三発目は鼻までを破壊して、四発目で頭の全てを破壊された。

 五発目は日立の首を破壊して、六発目は彼の鎖骨部分を破壊し、その六回の爆発はそれぞれ肉片と骨、そして鮮血を周囲に飛び散らした。


 不運にも、越野に向かって居た紫の玉も、既に装甲を失った彼の身体に直撃してしまった。

 部位は、丁度胸の中心。 心臓を巻き込んで、その光の玉は弾け、彼は残念ながら一撃で即死となってしまったのである。

 一番最後に紫の玉に当たったのは、作田志乃。 彼女に当たった紫の玉は、彼女の太腿の下、膝の上で炸裂した。


「あぁぁぁ!!」


 叫び声を上げて、弾が当たった部位を抑える彼女だが、彼女は詠唱無しで部位を回復出来る魔法を持っていた。 痛みを堪えて、


甘美鼓舞スウィートエンカレッジメント!! 甘美鼓舞スウィートエンカレッジメント!! 甘美鼓舞スウィートエンカレッジメント!! 甘美鼓舞スウィートエンカレッジメント!!」


 と、瞬時に自分の使える回数の限界まで唱えるが、それでもまだ傷は癒えておらず、腰に付けたポーションを慌てて3本飲み込んだ彼女。


「はぁ……っ……っつ………はぁ……。」


 何とか耐え切った事で安堵の溜息を漏らすが、同時に激しい動悸に汗をかいて居た彼女は、息を整えながら額を拭う。

 が、ねっとりとした感触に慌てて自分の手を見ると、多分日立の物であろう肉片の一部が、血と共に作田志乃の額に飛び散っており、それを彼女は拭ってしまったのである。


「ひぃ!!」


 慌ててその手を振って血を拭おうとするが、彼女はそうして自分の足元を見ると、彼女自身の血を含めて、仲間二人の血と肉片が周囲に広がって居るのを再認識し――――


 その場で気を失った。


 ◇


『こ、孝太! 日立君と越野君の反応が消えました!』

『そ、そんな……。』


 絶望の言葉を念話に使うのは馬鹿らしいと考えて居た孝太だったが、ついそんな念話を陽菜に飛ばしてしまう彼。

 そして、その時点で、自分達の作戦が完全に失敗したと悟った孝太。


『陽菜、撤退だ。 今すぐ逃げろ!!』

『え!? ……あ、は、はい!!』


 同時に、佳苗の手を掴む孝太。 そして、


「樫木さん! 逃げるよ!」


 と、叫ぶのだった。

 しかし、振り返った佳苗の顔には、狂気の二文字が浮かんでおり、


「だって、あの人が悪いのよ! 私達まで巻き込んで殺そうとするから!」


 と、意味の無い言い訳を始めるのだった。


「じゃあ、樫木さん、君の攻撃は悪く無かったっていうのかい? 先に仲間を殺したって言うなら、狂暴化の魔法もそうだし、六つの光の玉の魔法もそうだ。」

「な、何……それ。」

「言わなかったかい? 本宮君は、容易に撃った君の魔法が敵に反射されて、その魔法で半身を吹き飛ばされたんだ。 君が殺したと言っても過言じゃない。」

「だ、だって! そんなの! 誰も教えてくれないじゃない!」

「分かってるよそんなの! だから……自分のしてしまった事に、理由なんて付け無くて……良いんだよ。」

「に、二ノ宮君……。」


 再び涙を流し始める佳苗。 だが、改めて泣きじゃくって居る彼女の腕を引っ張って、逃げるように促す孝太。

 やがて足をもつらせながらも、足を前に進める佳苗。


 今回の作戦で、彼等が倒した敵は、6人。

 失った味方も、6人。


 残った敵の数6人と、味方の人数を考えれば……。


 今回の作戦は生存確率50%、しかも敗北という悲劇的な結果となってしまったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る