口血未乾

 キャンプセットの中は大変な事になっていた。

 二ノ宮君は、殺した相手の荷物から必要な物とそうでないものに分けて居たにも関わらず、結局盾男が使っていた盾や少年が使って居た大剣まで持ち込んで居て、入り口がそんな荷物で一杯になっていたのだ。


「これどうすんの……。」


 つい愚痴を溢してしまう私。


「そりゃ売るよ。 あの盾とか高く売れそうだし。」


 と、あっけらかんとして言う二ノ宮君。 まあ、それもそうなのだが、主婦っぽい歴が長い私にとって、玄関にこんな荷物があるのは生理的に嫌だ。


「せめて入る物はクローゼットに片付けようよ。 三島さんがベッドに行けないじゃない。 あとほら、その盾の下に血が付いてるから、ちゃんと拭いて。」

「はいはい。 お姉ちゃん。」


 む……。 そういう事を言うのか。


「あはははっ。 二人共、今さっき死闘を潜り抜けて来たっていうのに、何やってるんですか。」


 私と二ノ宮君のやりとりがツボに入ったのか、お腹を抑えて笑う三島さん。


「人間、色々と慣れるものみたい。」

「そう言えば織部さん、あんなに強くなってたなんて吃驚したよ。 どこであんな動きを覚えたの?」

「二ノ宮君。 話を逸そうとしてるでしょ。 ちゃんと片付けてよね。 で、動きの事だけど、二ノ宮君も前と違ったよ。 レベルが上がったから身体が自然に覚えたんじゃないの?」

「そう言えばそうかも。 何か身体が軽かったからなぁ。 でも、織部さんみたいに、あんな……いや、本当に自覚してないの? 人間の動きじゃないよあれ。 あの大剣の少年に斬り掛かった時、一瞬で後ろの魔法使い達に突撃した様に見えたけど。」

「ああ……あれ。 魔法使ってたんだ。 加速発火イグナイトアクセラレーター。 あんなに効果があるなんて私も吃驚したよ。」

「あれ、魔法だったんだ……っていうか、一々織部さんの魔法って魔法使いっぽく無……あれ? 何か滅茶苦茶怒ってない? 織部さん。」

「人が気にしてる事言うからでしょ! 私だって遠距離魔法使いたいよ!」

「ご、ごめん……。 ほ、ほら、お昼ごはんにバゲットとメロン食べようよ。」


 ◇


 お昼ごはんはパンとフルーツとカフェオレにした。

 まあ、肉は正直食べたく無い気分だったので。 ちなみにメロンは2日連続でも飽きませんね。


「今日はこれからどうするの?」


 目の前に座っている二ノ宮君に声を掛ける私。


「そうだなぁ。 僕も織部さんも、今日の分の魔法は結構使っちゃったし、キャンプでゆっくり休むってのはどう?」

「良いけど、一階の壁の池谷さんの痕跡が気になるんだよね。」

「んー……。 三島さんはどう思う?」

「そうですね……少し矢を使いすぎてしまったので、補充しないとならないと思うんですよ。 あの人達から剥ぎ取った物も売らなければならないでしょうし、一旦準備区画に帰るというのはどうでしょう。」


 心もとなさそうにミニアローの入った矢筒を見る三島さん。 そこには既に20本程しか残って居ない矢の束が。 確か200本は買った筈だが、もうそんなに使ってしまったのだろうか。

 ……まあ、あんなに連続で撃っていたらそうもなるか。


「今度は十倍くらい買っておこうよ。」

「すいません……あんなに高い矢なのに。」

「まあ、収穫はそれ以上にあったから良いんじゃないかな。」


 クリスタルを指差しながら言う二ノ宮君。

 そう言えば昼ごはんの払いは二ノ宮君だったが、あの人達を殺して幾ら稼いだのかは聞きにくくて聞いて居なかった。

 へへっ。 あいつらこんなに溜め込んでやがった。 なんて考えてる悪党っぽい感じがしませんか。


「16570ポイント。 全員合わせると意外に持って無かったね、あいつら。」

「そこで言っちゃうんだ……。」

「え? 僕、何か変な事言った?」

「まあいいけど。 でも確かに意外ね。 もう少し持ってるかと思ったのに。」

「多分、ポイントは溜めないで、随時装備品とか消耗品とかに使ってたんじゃないでしょうか。 織部さんの攻撃を一度防御した玉の話ですが、チラっと見た覚えがあるんです。」

「へぇ。 で、幾らなの?」

対魔法宝珠アンチマジックオーブ、一回だけ魔法を防御出来るオーブで、値段は確か2500ポイントくらいだったと思います。」

「高いね……。 一回だけの為にそんなに払うんだ……。」

「結果的には織部さんに蹴り殺されましたが、織部さんの魔法を一度は完璧に防御出来たんですよ。 消して高い物じゃないと思います。」

「確かに。 どんな威力の魔法だって防御出来るなら、考えようによっては、自分を一撃で殺す様な魔法も回避出来るって事だからね。」


 成程。 そう考えると確かに高い物では無いな。 私もポーチに一個や二個持って置いても良いだろう。

 というか、武器が欲しい。 切実に武器が欲しい。

 こんなに接近戦をするのに、最後は何の変哲も無い革のブーツを使うしか無かったのだから。

 あれで相手が物理防御の宝珠なりを追加で持って居たのなら、私は両腕の骨と足を砕いた女の様に床に転がって泡を吹いて倒れて居たかもしれないと思うとぞっとする。


 ……あれ?

 よく考えたら、私はあの女と一緒で両腕が使えない状態だった。

 右腕に関して言えば、複雑骨折状態だっただろう。

 ……私は痛みに対しても耐性が付いたのだろうか。 それとも脳内アドレナリンが痛みを緩和していただけなのだろうか。

 そう考えた途端、頭の中に勝手に情報が入って来た。

 ――――加速状態の痛覚は、通常の四分の一に軽減されます。 だ、そうだ。

 加速状態が切れる前にポーション飲んでおいて良かったわ……でも、その効果は便利なんだか不便なんだか……。

 例え腹を切り裂かれて内蔵が一部はみ出していたとしても、普通は痛みでのたうち回って攻撃どころでは無いだろうが――――加速状態ならあんまり痛く無いからそのまま突っ込めヒャッハーって事?

 二ノ宮君じゃないけど、私の魔法って本当に肉弾戦寄りなのね……。

 業火噴出ヘルファイアエラプションだけね。 私から少しだけ離れたところで効果があるのは。

 そう考えると、ああ、なんて可愛い子なの。 ヘルファイア。

 60秒のクールダウンが無ければもっと良い子なのに。


「で、どうするんですか?」


 私に改めて意見を求めて来る三島さん。

 ……しまった。 変な方向に現実逃避していたわ。


「準備区画に慎重に戻って、神殿に行って、商店に行って、また迷宮の一階に戻って……証拠隠滅かな。 これでどう?」

「はい。 私はそれで良いと思います。」


 と、笑顔で言い返す三島さん。 しかし…………


「…………。」

「え? 何? 何で私を見てるの二ノ宮君。」

「マーキングされてるのが織部さんなら、織部さんは準備区画には行かない方が良いのかな、って。」

「えっ……。」


 それは事実であるのだけれど、仲間外れの様に言われてしまい少し胸を痛める私。


「あー。 ごめん、織部さん。 そういう意味じゃないんだ。」


 つい泣きそうになってしまう私に、慌てて取り繕う様に言う二ノ宮君。


「そういう意味じゃなければって、じゃあどういう意味よ……。」

「織部さんを危険に晒したく無いって意味。 別に仲間外れとかじゃなくて……。 もし、僕と三島さんだけで証拠を隠滅出来るのなら、それに越した事は無いでしょ?」

「……私の炎の剣以外で、どうやって証拠を隠滅するの?」

「火炎瓶とか……炎の魔法のスクロールとか。 そういうのもピピナ商店で売ってたし。」

「言ってる事は分かるけど……私は一人で何処に居ろっていうの。」

「ここ。 このキャンプの中に居たら、鍵も掛けられるし安全でしょ。 このキャンプを展開した小部屋なら僕達も場所を覚えてるし。」

 

 うん……。 二ノ宮君の言っている事は、正しい。

 私だけがマーキングされているのというのなら、その私が一緒でなければ二ノ宮君の隠蔽の効果は絶大だ。

 そして、三島さんの探知があれば、寄ってくる敵も分かるだろうし、危険は少ないだろう。


「心配しないで。 もし証拠隠滅が出来る道具が無さそうなら、すぐにここに戻って来て織部さんと一緒に一階に行くから。」

「う……うん…………。」

「でも、一人でここで留守番っていうのはやっぱり寂しいんじゃないでしょうか……。」

「織部さんの装甲が紙なのは……さっきの戦闘で分かったでしょ。 運が悪かったら、織部さんは二回死んでたんだよ。 すぐに前衛に行かなかった僕も悪いけど……彼等の拘束をそのまま解除していたら、もっと状況は悪くなったかったかもしれないし……。」

「…………。」


 何も言えない私。 それは事実だからだ。

 敵に情けを掛けられて一度目の命を拾い、二度目は両腕が使えなくなって、辛うじて足で攻撃して難を逃れた。 あの時、何らかの攻撃方法が相手にあったならば、私は今頃屍になって迷宮に転がって居ただろう。

 敵を倒しきったのは私達の実力ではあるが、運がかなり左右したと言っても過言では無い。

 そして、二ノ宮君が指摘した通り、私の防御力は致命的だ。

 モンスターが放つ軽い攻撃くらいはローブでも弾くが、他の人間の刃や魔法は容易く私の防御を貫いた。 今回私達が戦った相手を格下だと見下して居たのはそのレベルだけを見ていたのであって、彼等は総合的には私達を打ち倒せる力を持っていたと思われる。

 血液膨張ブラッドエクスパンションが効いたかどうかは分からないが、私の使った魔法や三島さんと二ノ宮君の攻撃、どれも無効化させる手段を持っていたのだから。

 裏を返せば、彼等はモンスター相手にも確実に被害を出さない様に対処していて、更に万が一、他の挑戦者に襲われる事も想定してああいった装備の準備をしていたのだと考えられる。

 私達やあのPK集団以外にも、人を殺して利益を得ようとする集団は意外にも多いのかもしれない。


「準備区画に行く間も、行ってからも、何かあって、織部さんが攻撃されたり捕縛されたら、僕らにはどうにも出来ない。 例えば長谷川だって、三島さんと同じ遠距離攻撃をしてくる。 それを防御する方法が現時点では無いんだ。 織部さんが長谷川の攻撃を全部躱せる確証も無いでしょ。」

「まあ……そう……だね。 全部躱すのは多分無理だと思う。」


 多少消沈して言う私。 詠唱している間に矢を三島さんみたいに連続で矢を放たれたら……うん。 確実に死ぬわ。


「だから、証拠隠滅の道具もそうだけど、取り敢えず織部さんが携帯出来る様な、魔法防御と物理防御の品物を買ってくるよ。 値は張るかもしれないけど、うちの一番のストライカーの為の物だからね。」


 流石にそこまで言われると、悪い気どころか、心遣いが嬉しい私。


「分かった……ごめんね。 二人共。」

「こっちこそごめん。 寂しいかもしれないけど、少しだけ待ってて。 ドアは三回連続でノックして、間を開けてもう一回するから。」

「うん。 じゃあ二人共気を付けて。 って、二ノ宮君、その荷物持てるの?」


 先ほど玄関にあった荷物をひとまとめにして、よいしょ、と、背負った二ノ宮君に対して言う私。

 明らかに重量過多オーバーウェイトだと思うのだが……。


「大剣も盾も、装備しなきゃ筋力の低下は無いからね。 これくらいは大丈夫。」


 そういうものか。 ……なら良いけど。


「あ、これ拾って置きましたので、万が一の為に持っておいて下さい。」


 と、三島さんから渡される大規模放出マッシブエミッションスタッフ。


「え? でもこれ使わないと光が出せないんじゃ?」

「あ……そうでした。 二ノ宮君、灯りになるものって他に持ってます?」

「しまった。 考えて無かった……。 どうしようか……。」


 ちなみに、キャンプに入ると同時に、魔法の効果は切れるらしい。 炎の剣も光の玉も、どちらも入る際に消えて無くなった。

 なので、両腕の骨を蹴り折ったあの女をこのキャンプに連れて来て拷問しようかと考えたのは、最初から愚策だったという事だ。 しなくて良かった、拷問。 まあ、外では拷問したけど。


「私は炎の剣が出せるから、二人が持って行ってよ。」

 

 そう言って、再びスタッフを三島さんに返す私。

 ……ああ。 でも私の可愛いエラプションちゃんの威力増加もなくなるのか。 それは勿体無いな。

 あの子を詠唱して敵の真ん中に飛び込んで、一気に敵を焼いてみたかったわね。

 なんて一瞬考えてしまうが、合流した後に杖を持って使えば良い事なので、短時間でもそれが無くなる事を危惧してしまう浅ましい自分に苦笑いを浮かべる私。


「わかりました。 じゃあ、二ノ宮君。 お願いします。」


 笑顔でその杖を二ノ宮君に渡す三島さん。


「……じゃあ、多分夕御飯前までには戻るよ。」

「それまで暇だから何か作っておこうか。 何か食べたい物とかある?」

「えっと……私は特には……って、織部さんが作るんですか? でも、どうやって?」

「こっそり携帯調理器具セット買っておいたんだ。 後は材料を買うだけだね。 調味料もか。」 

「僕も洋食より……和食が良いな。 そうだ。 煮物とか作れる? 山菜とか入ったの。」

「え? うん。 山菜は良く施設のおばちゃんから貰ってたからね……。」


 休みの日に公共施設に行くと、良くお菓子をくれるおばちゃんが居たのだが、その人とは違うおばちゃんが、まるで張り合う様に家で採れた野菜や、山で取ってきた山菜をくれたのだ。 


「うん。 結構得意だと思うよ。 薄味が好き? 濃いのが好き?」

「僕は濃い目の方が。」

「私は薄めの方が……。」

「そっか。 なら中間って事で。 っていうか、山菜なんてここで買えるの?」

「実は売ってるんだよね。 他の野菜も色々充実してるみたい。 ただ、高いんだけど、それはこの際気にしないって事で。」

「……そうなんだ。 じゃあ、材料を無駄にしないように頑張るよ。」

「やった。 母さんが死んでからずっと山菜の煮物食べた事無いんだよね。 給食じゃ出ないし。」


 ぴたり、と、その材料達を早速端末から買おうとした私は、動きを止める。


「……そういうの、もう普通に言っても良いんだ?」

「母さんの事? まあ……ね。 母さんを殺した当事者を殺したからってのもあるけど、過去の自分を見つめ直すには、この三日間は良い刺激になったと思うよ。」


 刺激、ねぇ。 刺激的過ぎると思うけど、私も極限にまで追い詰められてようやく過去の自分を受け入れる事が出来、母の元に帰らないという選択をしたのだった。


「確かにこんな事が無かったら吹っ切れていなかったかもしれないね。 ……前の世界に居たらずっと引き摺って生きて居たのかもしれないと思うと嫌気がしちゃうよ。」

「私も自分が生きる事にこんなに貪欲になれるなんて思いませんでしたよ。」


 三島さんもそんな事を言って会話に参加して来た。


「稲本と保科には感謝しないといけませんね。 何も出来なかった私に、人を殺す事を覚えさせてくれたのですから。」


 前は名前の後に『さん』を付けて居た筈だが、今はその二人を呼び捨てにしている三島さん。


「あの二人が居なかったら、私は他人に向けた弓に矢を番えた手を離す事は出来なかったと思います。 今は……ふふっ。 こんなですけど。」


 静かに笑うのはちょっと怖いわよ三島さん。


「三島さんのはちょっと極端だけどね。」


 苦笑いを浮かべて言う二ノ宮君。 代弁有難う。


「じゃあ、ちょっと行って来るよ。 お土産期待してて。 あと、晩御飯は宜しくね。」

「あ、うん。 いってらっしゃい。」


 そうでしょうか。 極端でしょうか。 などと首を傾げて居る三島さんが座っている車椅子を動かしながら言う二ノ宮君。


「あ、す、すいません。 じゃあ、織部さん。 行ってきます。」


 急に動かされて、我に返った三島さんは、私の方を見て手を振った。 私も手を振り返す。


「三島さんも、いってらっしゃい。」


 ◇


 ワラビノミズニ・・・・・・・・・・・15P

 フキノミズニ・・・・・・・・・・・・9P

 シイタケ・・・・・・・・・・・・・・12P


 などという項目がずらりと並んで居た。 自分の知らない名前の山菜の水煮までもあるのには驚いた。

 茸の種類も豊富である。 生の椎茸がこの世界で栽培されているというのはにわかには信じられないが、実際に商品の項目にあるのだから信じるしか無い。

 品物の値段は1Pを100円として考えるなら一見すると信じられない程の暴利に見えるが、試しにワラビを買ってみたならば、この世界の単位かどうかは分からないが、500グラムから600グラム程度の量が、瓶に詰められて送られて来た。

 結果的に前の世界と比べて、キャンプへの運搬料が三倍として考えてのこの値段ならば、それ程高いとは思わない私だった。

 材料を全部揃えても17000P以上残っている余裕があるからなのかもしれないが。

 

 ◇


 簡易調理器具は、一見すると一つの鍋だけの様に見えるが、中を空けるともう一回り小さい鍋がもう一つ入っており、その小さい鍋の真ん中には金具が折り畳まれて入って居る。

 その金具を組み立てると、三脚の様な物が二つ出来て、その中央には窪みが付いていた。

 同じく小さい鍋の中に二つ入って居た白い円柱状の石をその窪みの中に入れると、すぽん、と、丁度その窪みに嵌まる石。 これは……固形燃料? そのまま火を付ければ良いのだろうか。

 いや。 三脚の足の一部に赤と青の石が付いている。 これが何か関係あるのだろうか。

 ……爆発するわけじゃないから押してみるか。


 取り敢えず自分の色である安心の(?)赤を押す。


「ぬおっ!」


 一瞬で石が赤く光った後、熱くなってビビる私。 自分の炎の様に私に優しくは無いようだ。

 しっかし、良いなぁ、これ。 携帯式なのにこんな風に一瞬で熱くなるなんて。

 私の炎の剣には負けるけど。 まあ、あの子は熱くするっていうよりも溶かしちゃうからなぁ。

 一瞬で昆布どころか鍋もドロドロにしちゃうわね。

 ――――そうだ。 昆布で思い出した。 鍋に水を入れて昆布を入れておかないと。 

 本当はこのまま水出しで出汁を取りたいんだけど、今回はそんなに時間を掛けられないので湯出しにするか。

 

 ◇


 さて、それから約三時間。

 私にしては調理に時間を掛けた方だが、出汁を取る間に小一時間程シャワー浴びてましたすいません。

 なんか身体が速く動くのが面白くて、シャワーの水相手に全裸でパンチして遊んでましたすいません。


 ……それは良しとして、シャワーの後は御飯も炊いて塩むすびにして、なめこのお味噌汁も出来ました。

 そして山菜の煮物の他に、もう一品何かを作りたかったのだが、肝心の皿が無い事に気付いて凹む私。

 紙皿くらい売って居ても良いものなのだが、それは日用品として判断されないらしい。 皿は武器にもなるかもしれないからという判断なのだろうか。

 ……いや。 紙皿は投げても持って叩いても武器にはならないでしょ。

 などと一人ツッコミを入れながらも、よし。 主菜は各々が好きな物を注文する事にしよう。 と、勝手に決めた私。

 煮物だけ作っておいて後はレトルトという手抜きをしているお母さんっぽい感じがするが、皿が無いのでは仕方が無いのです。

 それに、二人の食べ物の好き嫌いはまだ聞いて無いので、いきなり、


『アジなんて嫌いです。』


 とか、三島さんに言われたら凹むし。

 二ノ宮君だったら小骨を取って口にぶち込むけど。


 …………なんで骨を取ってあげる必要があるんだ? やっぱりそのままぶち込もう。 うん。


 それよりも、昼間はアレだったが、午後になるともうすっかり生々しい惨状は頭から消えてしまったらしく、無性にハンバーグが食べたくなった私。

 その頭の中には、デミグラスソースが掛かったハンバーグが舞っていた。

 

 ◇


 それから一時間。

 暇なので、キャンプの中の荷物の片付けと軽い拭き掃除をした私。

 そう言えば自分と三島さんの制服をリュックの中に入れたままだったので、それを出してハンガーに掛けて、シワを伸ばしてみた。

 今は使う事は無いだろうが、もし前の世界に帰った時の為か、手持ち無沙汰か。

 

 ◇


 部屋の掃除、ベッドメイク、荷物の整理も終わって、何もする事が無くなった頃、私のお腹が悲鳴を上げ始めた。


「そういえば今何時だろ。」


 クリスタルを端末にセットすると、右下に時刻が表示される機能があったのは先程食材を買った時に気が付いた。

 早速端末に向かって時刻を確認する。


「……もう夜の七時か。 ……二人共遅いな。」


 ◇


 嫌な予感がする。

 準備区画に戻って、仮に一階のあの場所に戻って証拠を隠滅してここに帰って来るとして、概算で二時間。 長くても三時間。

 それなのに……。

 出発してから六時間が経過した午後八時。

 まだ二人はキャンプに帰って来て居なかった。


 三十分前、二人を待ち切れずに塩むすびを一つ食べてしまった私は、何だかとても悪い事をしてしまって、それが原因で二人共帰って来ないなどという、子供じみた考えを持ちながら……目に涙を溜めて居た。

 二人に何かあったんだろうか。 このまま待って居て良いのだろうか。

 そんな心配と、焦りが私に襲い掛かり、涙を滲ませる。


「…………………まさか……。」


 そして最悪の考えに至って、頭の中が真っ白になる。


「まさか私…………二人に捨てられたの?」


 遂に言葉にしてしまい、涙の粒がワンピースの裾を濡らす。

 そんな訳無いのに。 二人が私を捨てる訳無いのに。

 私、変な事したかな。 嫌な事したかな。

 してないよね。 して……ないよね?


 ◇


 夜の10時が過ぎて、私は待ち切れずに煮物とおむすびを食べて、それをお味噌汁で流し込んだ。

 自分では、どちらもとても……美味しく出来たと思う。


 それを二人を待たずに食べたのは、必ず帰って来ると言った二人を信じて待つ事にしたからだ。

 心配して小一時間メソメソと泣いてしまったけど、絶対に私が捨てられたなんて事は無い。

 きっと何かトラブルがあって、ここに来るのが遅れてるんだ。

 今私がキャンプを出て行っても何にもならない。

 もしかしたら誰かに追われて居て、ここに辿り着かない様にしているのかもしれないのだから。

 私ならそうする。 だから……待つしかない。


 ◇


 コンコンコン。 …………コン。


 扉を叩く音が聞こえた。 私は慌ててベッドから降りて、その扉の音がする方へと向かう。

 が、どんなに歩いても、走っても、その扉のところに行けない。


 ああ、これは……夢なんだ。


 そう理解して目を覚ました時、私は枕を涙で濡らして居たのに気付いた。

 勿論、二人は帰って来て居ない。


 端末にクリスタルを差して時刻を確認すると、既に日を跨いで朝の五時になっていたのだった。

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