琳瑯羅刹

 私に向かって走って来た少年は、背中に背負っていた彼の背ほど長い大剣を両手で鞘から抜いて――――頭の上に掲げると、そのまま上から私に向けて剣を振り下ろして来た。

 それを、タッ、と、軽く自分の身体を右足で一歩後ろに蹴ってかわす私。

 ガギン!! と、鈍重な金属音の後、大剣は床に弾き返され、その反動は少年の腕に伝わり、彼の両手に痛みと痺れが走ったのだろう。 苦痛に顔を歪める少年。

 自業自得だよ。 そんな風に力任せに振り下ろして目標に当たらなかったら、手が痺れるに決まってるじゃない、と、冷たい視線を送る私。

 すると、少年は私の視線に対して、それよりも何でそんなに簡単に攻撃を避けられるんだ? と、言わんばかりに、唖然とした表情を見せるが、避けなきゃ斬られるんだからそりゃ必死にでも避けるわよ、と、首を傾げて答える私。

 意味が通じたかどうかは定かでは無いが、会話するつもりは元々無いので、私は次の手を打つ事にする。

 その一歩後ろに引いた状態のまま、私は右手に持った炎の剣をその大剣に向かって右上から振り下ろした。

 このまま飴の様に、先端からその剣を次々と切り取ってあげようか。 なんて考えながら振り下ろした炎の剣は――――ブォン! と、音を立て、炎の剣筋だけを描いて大剣をすり抜けた。


「なっ!」


 切れるか燃やせるか、もしくは得物に当って止まるかと思って居たが、まさかそのまますり抜けるとは思わなかった私。

『相手の防御力を超えた場合は防具ごと斬り裂けますが、相手の武器そのものを攻撃しても何ら影響は与えません』――――などという巫山戯ふざけた説明が頭の中に過る。

 だからそう言うのは早く言ってよ!!

 いい加減イライラしてくるわ!!

 と、その説明に頭の中で苛ついて居た私に、少年の剣が突き出された。


「ひぃ!」


 情けない悲鳴を上げながらも、身体を横に反らす。 少年の剣先は私の右側を突き抜け――――だが、更に横に薙いだ。


「っ!!」


 左足を軸にして、身体を反時計回りに一回転させて後退する私。 と、その私が居たであろう場所を、剣の切っ先が薙いだ。

 誰よ! これから戦う相手が弱いとか緑色の点とか言ったの! 普通に強いじゃない!

 彼等と戦う前に彼等の事を分析していた三島さんの意見に同調していたのはかく言う私もであるのだが、誰かのせいにしたくなるくらい、私だけが最前線に出て戦って居るのだ。 少しくらいの愚痴は許して欲しい。

 と、自分に対する言い訳をしていたら、二本の矢が少年の左の二の腕の装甲をかすめ、キキン! と、金属音を奏でた。

 多分三島さんが撃ってくれたのだろうが、音で判別出来た様に装甲で弾かれ、残念ながら有効打には至らなかったようである。 多分私が彼女の弓矢の射線上に入っていて、かつ私と少年が乱戦状態になっている状況から、敵に当て辛かったのだと思うが、この場合、それでも腕に当ててくる三島さんが凄いと思うべきだろう。


「ごめん織部さん! 挟んで二人でやろう!」


 ようやく前面に出てきてくれた二ノ宮君の声に、安堵の溜息を漏らしながら、


「ちょっと! 遅いよ二ノ宮君!」


 と、私。 ここで女の子云々の話をするのはおかしいかもしれないが、鎧も着ていない女の子をひとりぼっちで突撃させるのはどうかと思うよ、うん。 まあ、普通に突撃した私も私だけどさ。


「魔法で捕縛バインドしてる間は動けなかったんだ! ほんとごめん!」


 束縛している魔法の効果中は動けなかった、と。 なら仕方ない。 ちょっと口先を尖らせながらも、


「なら、良いよ。 ――――大丈夫。」


 と、ちょっと我侭な台詞ながらも二ノ宮君の謝罪を受け入れる私。 二ノ宮君は私に説明をしながらも自然な形で少年の左側に移動しており、私は返事をしながら反対の右側に移動した。

 二ノ宮君を見た後、自分の格好を見下ろすと、彼の漆黒の衣装は、赤のタイトローブを着た私と色的に微妙に同調し、二人合わせると悪役ヒールっぽい感じがした。

 ……まあ、普通に人殺しをしてるんだけどさ。

 でも、今対峙している少年も、仲間の盾の男と女の人が殺されたせいか、私がもう女だからとか、子供だからだとかでこちらを侮っておらず、本気で殺す気になって掛かって来ている。 それに対して、何故だか私は軽い共有感シンパシーを感じて居た。

 ああ、君もこっち側に来ちゃったか、みたいな感じ。 

 餌とか言って蔑んでたけど、ちゃんと戦士として反撃して来たり出来るんだね。

 二ノ宮君が来たせいで心に余裕が出来たのか、そんな風に考えてしまう私だった。


「ふっ。」


 短い呼吸を吐いた後、二ノ宮君が床を蹴って前に進み、そしてショートソードを突き出した。

 その動きに気付いた少年は、二ノ宮君の方に視線を向け、振り向き様に下から上に振り上げた大剣の腹で二ノ宮君のショートソードに火花を上げて跳ね返す。 が、同時に無防備な背中を私に向ける事となった。

 ――――馬鹿ね。 何の為に挟み撃ちにしたと思ってるのよ。

 私は踏み出すと、少年の背中に向けて袈裟斬りに炎の剣を振り下ろす。


疾風障壁ゲイルシールド!」

「くっ!」


 敵の魔法使いの一人が作り出した青白い風の障壁が少年の背中に突然現れ、背中に触れるか触れないかの距離で、私の炎の剣を弾き飛ばした。

 障壁は、思い切り切り掛かった私の力に反発する様に跳ね返すだけで無く、更に魔法の剣そのものの魔力にも反応したのか、白い光と共に発生した突風が私を襲い、私の身体はその突風により後ろに吹き飛ばされた。

 大きく後ろに飛ばされた私は、体勢を崩し、ドン! と、背中から床に落ちる――――が、その衝撃をその場に立ち止まる事で全て自分の身体に伝える事を良しとせず、飛ばされた勢いを無理に殺さない様に、石畳の床の上を自ら何度も後転する様に転がって少しづつ勢いを止めた。


「織部さん!」


 それが私の故意の行動だと分からず、派手に吹き飛ばされた様に見えたのだろう。

 私の事を心配してか、その私の名を呼ぶ三島さん。

 その三島さんの声が近いな、と、彼女の方を見ると、彼女と彼女の車椅子の姿が自分が居る場所から5m程先に見えた。

 あの大剣の少年が居る場所から10m程飛ばされたという事か。 そりゃ派手に見えるわね。

 『いたた。』と、痛む身体を無理矢理立ち上がらせる私は、自分の身体を見下ろして確認すると、所々擦りむいていて、肩や背中に、じん、とした痛みは感じるが、一時的な様で、致命的な傷は見当たらなかった。 これならポーションを飲む程でも無いな、と判断した私は、


「後ろの魔法使いの方をやろう。 三島さん、当てられる?」


 そう三島さんに指示すると、


「やってみます。 急所を狙いますね。」


 言ったが早いか射ったが早いか、三島さんの弓からミニアローが一本解き放たれ、20m程先の魔法使いの男の頭に――――

 当たらなかった。

 命中すると思った瞬間、赤い光が見えると、矢は軌道を変えて、通路の壁へと向かって、ギィン! と、金属音を立てた後、更に通路の奥へと飛んで行った。


「なんで!?」


 叫ぶ私だが、心当たりはある。 先ほど私が攻撃した時に展開された障壁の様なものが、魔法使いを覆っているのかもしれないのだ。

 でも、私の剣を弾いた時は青白い光の膜だったのに、赤色になっているのはどういう訳なのだろうか?

 視線を奥の二人の魔法使いに向ける私。

 赤――――炎。 青白い――――風と水。 そういう事か。

 赤い資質を持っている方が物理防御の魔法を使い、青白い方が魔法防御の魔法を使えるという事なのか? と、推測する私。

 

「魔法かも!! あーもう。 三島さんの攻撃も駄目だなんて!」

「ご、ごめんなさい……。」

「う、ううん。 ご、ごめん。 三島さんを責めてる訳じゃないの。 ……よし。 どの道魔法には使える回数の制限がある筈だよ。 逆にあの大きい剣を持ってるヤツを集中的にやって、防御の為の魔法を使い切らせよう。」


 魔法防御と物理防御の魔法の両方の効果は重複するかもしれないが、時間経過にせよ、回数制限にしろ、無限に効果が続くというのは魔法の性質上有り得ない筈。

 ならば、その魔法を使えるレベルの回数をゼロにし、防御方法を無くしてから叩くという計算しか私には浮かばなかった。


「分かりました。 隙を狙って撃ってみます。」


 三島さんもその考えに同調したのを見計らって、


「お願い!」


 と、言い残して再び前に駆け出す私。 だが、折角距離を取れたのだし、この隙に魔法を詠唱しない手は無いのではないか、と、考えた私は、今度は加速発火イグナイトアクセラレーターの詠唱を始めた。

 炎の剣の具現時間はまだ一時間以上残っており、業火噴出ヘルファイヤエラプションを単発で撃つよりは私自身を加速して魔法の剣で攻撃した方が効果的だと思ったからだ。


「我が親愛なる紅蓮の炎よ。 滾る血潮にその炎を宿し、我が身を流れ、迸る火花の如く我が身の中で爆ぜよ。」


 詠唱の中で、自分の身体の中で『爆ぜよ』というのはどうなのよ? 爆発しちゃうの私?

 と、つい考えてしまうが、車のエンジンに爆発物を使って更に加速する方法がある事を思い出し、なるほど、そういう類の魔法なのか、と、勝手に納得する事にした。

 

 詠唱中、前方では二ノ宮君が大剣の斬り合いを続けており、全体的には二ノ宮君が押して居るが、得物の長さのせいで最後まで押し切れないで居るようだ。

 いや。 ……違う。

 列の最後尾に居た女からナイフが二ノ宮君に投げ付けられ、それを避けた二ノ宮君を見て、彼は実質1対2で戦って居るのだと分かった。

 それでも、身を捻ってそのナイフを回避した動作と同時に、少年の右からショートソードを繰り出して攻撃している二ノ宮君の動きは流石と言える。

 しかし、二ノ宮君の攻撃を牽制する為か、男の魔法の詠唱が始まった。 拙い、と、思ったが、その詠唱は信じられない程に短く、一瞬で魔法は発動してしまった。

 それはピンポン球サイズの火の球だった。 それが男の右手と左手にそれぞれ具現すると、その手をそれぞれ二ノ宮君に向かって振り付けた。

 瞬時に着弾するかと思ったが、意外にもその玉の速度は遅く、弧を描いて二ノ宮君に向かって飛んで行く。

 そこで、私も敵も信じられない物を見た。

 二ノ宮君の上着に付けられたナイフホルダーから、二本のスローイングダガーが瞬時に彼の右手によって抜き放たれ、空中にあったピンポン玉サイズの魔法の火の玉にそれぞれ投げ付け――――

 ボボン! と、宙で弾ける二つの玉。

 なんという妙技だろうか。 一瞬私は見惚れてしまう。

 それは敵も一緒だったのだろう。 敵もその爆発に気を取られた隙を狙って、二ノ宮君のショートソードの切っ先は、大剣の少年の右の肩と脇腹の、鎧の隙間を抉るように突き出された。

 やったか!? ――――そう思った瞬間、大剣を持った少年の脇腹に赤い光の膜の様なものが見え、二ノ宮君の剣はその光の膜によって弾かれた。

 今度は物理防御の魔法を少年に掛けたのか! あの一瞬で二度の魔法の詠唱をするなんて、自分には絶対に不可能だ。 なんて男なんだ……。 LVが低いなどと侮っていた自分達が本当に憎らしい。

 私が突っ込んだ時、もしあの男が火の魔法を失敗していなければ、私は今、絶対に生きてはいなかった事だけは確かで、それも悔しさを倍増させていた。

 二ノ宮君は私が弾かれた時の様に大きく後ろには弾かれなかったものの、弾いた衝撃は二ノ宮君の身体を二歩程後退させ、そこに上から襲い掛かろうとした少年の大剣。

 と、二ノ宮君から少年が離れた隙に、一陣の風の様な物を右肩に感じ、その後、パキキキキキン! と、甲高い音が、少年の上半身から聞こえた。 風は少年に向かって撃たれた三島さんの矢だったらしい。

 しかし、全て弾かれてしまった様だが……いや。 少年の体勢を崩す事には成功はした様だ。

 二ノ宮君に向かっていた大剣の剣筋は左にずれて、床に叩き付けられる。 また、固い物を叩いた痛みに顔を顰める少年。 何度も同じ事をするなよと突っ込みたくなるが、当たれば大きい一発なのは目で見て取れる。

 少年の凶刃から逃れた二ノ宮君は、後ろにステップして少年から更に距離を取ると、体勢を整えて剣を構え直した。

 少年は今度は防御態勢に入り、剣の腹を三島さんの方に向けて、味方への射線を遮る。

 あの少年も本当に見事な動きをする。


「オルトプラニテス、イクサ、ティラグレーゼ、プセント。」 


 そんな彼等の様子とほぼ同時に、私の魔法の最後の詠唱が完成する。 私の他の魔法とは若干響きが違う様だ。


加速発火イグナイトアクセラレーター!」 


 身体がぐん、と、加速される感覚。 まるで自分が風になった様な感覚だった。

 5mを1秒足らずで駆け抜け、大剣の少年に迫る私。

 そして、私の炎の剣が、その少年に向かって左から襲い掛かる。

 また青白い光が少年の身体から発し、私の炎の剣を吹き飛ばす。 が、それは計算済みで、私は吹き飛ばされた剣の勢いをそのまま自分の身体に乗せ、身体を反時計回りに一回転させると、手首を捻って今度は右から左に向かって斬り込んだ。

 しかし、またもや弾かれる私の剣。 だが、勿論それも覚悟していた私。

 今度は弾いた勢いを、少年では無く後ろ、他の餌の方へと向かわせた。

 それは瞬時の私の勝手な判断だったが、私は三島さんに大剣の少年を先にやると言っておきながら、加速した私の身体と、剣が弾かれた反動を利用して、青白いローブを纏った男に炎の剣を突き出した。

 炎の剣は、多分水と風の魔法を使っていたであろう男の腹に、まるで吸い込まれる様に、突き刺さる。

 この男は先ほど三島さんの物理攻撃である矢を赤い光で弾いたが、青白い光の魔法防御を自分には掛けて居なかったらしい。 これは殺った――――そう思った私だが、激しい爆発音にも似た音と共に、剣だけでなく、私の右手も衝撃波を伴って男の腹に突き立てられてしまった。

 私の右手を中心に、衝撃波が相手に伝わると、まるでピンボールの玉の様に私から弾き出された男は、通路の壁に向かって身体をくの字にして吹き飛び、背中から激しくその壁に叩き付けられた。

 既に男の腹には私の炎の剣によって作られた拳大の黒い穴が空けられており、衝撃でその穴から、ビシャン! と、水を叩きつける様な音と共に、内蔵と血が行き場を失って通路側に撒き散らされた。

 腹部を焼いた時に、一時的に出来た焼け焦げた薄い肉壁が、一瞬で破れたのだと思われる。

 男の身体には絶命したであろうと一目で分かる程、壁に叩き付けられた衝撃で腰から胸に掛けて大きな穴が空けられていて、まるでそこに口があるかの様に肋骨がぱくりと開いて居て、その内部にあった心臓も含める生命活動に必要な器官はそこには既に無かった。 全て飛び散ってしまったのだろう。

 やがて、血の滴る肉体は、ずるり、と、壁に血の跡を描いて床にから滑り落ちた。

 一撃必殺。 完璧な攻撃だった、と思われる……が、私自身がそれで全然問題無い訳では無かった。

 右手首、そして右肩と右肘に激しい痛みが走った。 加速した速度と、少年を斬った時に障壁によって弾かれた勢いが、右腕一本に全部乗せられたのだろう。

 あの激しい衝撃波を伴った攻撃は、相手を殺しはしたが、結局私の右腕一本を持って行ったのだった。


「****」


 その時、右横に居た炎の魔法使いの男が、こちらに右手を翳して何かを言った。

 こいつの詠唱は早い! 距離を取る事をやめ、攻撃する事を決めた私は、既に感覚の無い右手から炎の剣を左手で奪い取ると、迷い無く斬り掛かる。 左下から切り上げる様に、男の脇腹に向けての剣筋は炎の残り火を描いた。

 だが、何故か男は詠唱を止め、何か白い玉の様な物を左手に持ち、それを私の炎の剣に向け――――

 パァン! と、弾けるように私の剣はその場で弾き飛ばされ、白い玉は粉々に砕け散る。

 一時的な魔法障壁を作る道具があるのかっ!?

 というか、詠唱が囮だったのか!?

 気が付いたが既に遅く、吹き飛ばされた私の剣、それを持った私の左手は、床に強く叩き付けられる。


「ぐぅ!」


 その痛みに顔を顰めて、瞬時に右手に続いて左手も使えなくなった事が分かった私。

 だが、加速状態であった私は、自分はまだ戦えると信じ、それでも攻撃の手を緩める事は無かった。

 もう流石に来ないだろうと高をくくっていたのかもしれない。 私の両腕を潰して余裕を持って居た男の表情が、一瞬にして驚愕の物へと変わる。

 私は、折り曲げられていた左足、それをバネの様に伸ばしたのと同時に、右足を真っ直ぐ伸ばし、ブーツの裏の固い踵の部分で、男の顔を蹴り上げたのだ。 それが一瞬男にも見えたのだろう。

 ぐちん! という何かを踏み潰した様な感覚と共に、視覚的に相手の鼻を潰したのだと分かった私は、男の顔から引いた右足を今度は床に降ろし、それと同時に左足を蹴り上げた。

 男の鳩尾に突き刺さる私のブーツの踵。


「おごっ!」


 身体をくの字にして痛がる男。 前のめりになったその体勢に、引き戻した左足で床を蹴ると、身体を大きく捻りながら、男の延髄目掛けて私は右の足首を振り下ろした。

 バチン! という肉と赤いブーツの革がぶつかる音がして、男の上半身は顔から地面に向けて落ちて行き、石畳の上に額からぶつかって、顔の骨の一部が砕ける音が聞こえる。

 私は更にその場で両足を使って跳躍すると、その男の後頭部目掛けて両足を伸ばした。

 ゴシャァ!! と、頭蓋骨が砕けて、脳症と血が床に弾けて、赤とピンクの花が咲いた。

 昔の私なら目を背けたくなるようなその光景も、今の私にはもう慣れた物で、他人の頭の中がぶち撒けられたその光景に、逆に身震いなんぞをしてしまう。

 が、両腕の痛みが何をやっているのだと言わんばかりに私の意識を引き戻し、私は周囲を確認すると、視界に最後尾に居た女の姿が入った。

 彼女の表情と、震える手足から、一瞬で戦意が無い事は分かったが、念の為左足を軸にしてまず女の左腕、肘のすこし上あたりに向けて蹴りを入れ、その左腕の骨を蹴り折った。

 悲鳴を上げながら、その痛みに苦悶の表情を浮かべる女。 その女の右腕に、今度は右足を軸足にして左から右へと左蹴りを繰り出した私。

 加速状態の私は、身体能力に関して言えば通常の倍程度になっているらしく、その攻撃と前の攻撃は、ある程度手加減した物になっていた。

 また思い切りやって自分の足がダメになるのを恐れたのだが、生身の人間の骨を砕く程の威力はそれでもあったようだ。

 ベキャ! と、今度は女の左腕が折れる音が聞こえ、両腕をだらりと垂らして、


「ギャァァァァ!!!」


 と、もうどうにならないと判断したのか、奇声と悲鳴が混じった声を上げる女。

 遂に、その場にへたりとしゃがみ込み、震えながら小便を垂れ流し始めた。

 その様子で、女は完全に沈黙するだろうと思えたが、私の様に足で攻撃されるのも困るので、内股になって床に座っている女の胸を、正面から蹴り飛ばして、仰向けに倒し、その場で寝てろ、と、首で指示を出した。 が、何を勘違いしたのか、まだ必死に身を捩りながら私の方から逃げようとした女。

 バカが。 と、軽く舌打ちをしながら、一瞬で女との距離を詰める私。

 その彼女の左の足首をブーツの踵で思い切り踏み付けた。

 骨が砕ける音が聞こえ、また悲鳴を上がるかと思いきや、今度はまるで糸が切れた様に意識を失い、かくん、と、首を横に向ける。

 その顔を見たならば、口から泡を吹いて、白目を向いていた。

 まあ、この位でこの女は良いだろう。


 これでこっちは終了、と、大剣の少年に視線を向ける私だったが、二ノ宮君と三島さん相手に、支援の無くなった少年一人では、地面に這う毛虫が足で潰される様な物。

 早速二ノ宮君が少年のとの距離を詰めて、攻撃を繰り出して居た。

 右の脇腹の鎧の隙間に、二ノ宮君のショートソードが突き刺さる。 予想していた通り、術者が居なくなったせいで、物理攻撃を防御する魔法は既に解けて居たようだ。

 剣に付与されている魔法の電撃が、少年の身体を痺れさせ、一時的にビクン! と、痛みと共に動きを止める少年。 そこに、飛んで来た三島さんの矢。 二本の矢は、少年の太腿を右と左にそれぞれ当たり、容易くその太腿を貫通した。


「あぁぁぁ!! あぁぁぁぁ!!」


 痛みに叫び声を上げる少年。 三島さんは、少年の身体の装甲が無い部位を狙ったのだろう。 見事な攻撃だった。

 さて、そのまま床に倒れるかと思ったが、少年はその場に持ち堪えた。

 その場を一歩でも動いたら身が崩れると分かっていたからなのかもしれないが、動きを停止した少年の足からは、大量の血が流れ出て行くだけ。

 そこに間髪入れずに、左脇腹、右の太腿の付け根、そして左肩の付け根にそれぞれ二ノ宮君のショートソードの先端が襲い掛かる。

 チャクチャクチャク! と、浅くではあるが、確実に肉を切断する音が聞こえ、その部分から滲み出る鮮血が、少年の鎧を血に染める。

 遂に少年は大剣を地面に落とし、ガラン!と、鈍重な金属音が迷宮の通路に響き渡った。

 

 二ノ宮君は剣を構えてその少年の首に向けて、突き刺そうとする。 だが、その手をぴたりと止めて、一旦こちらにちらり、と、視線を送った二ノ宮君。

 私はその意図が分からず、首を傾げるが、


「殺して良い? これ。」


 と、二ノ宮君。 なるほど。 彼も私と同じ事を考えて居たようだ。


「こっちの女はまだ生かしてあるから大丈夫だよ。」

「んじゃこっち殺すね。」


 喉元に今度は深く突き刺さる二ノ宮君のショートソード。


「ご……お…………。」


 口からこぷりと血を湧き上がらせながら、やがて地に落ちる少年。

 何故か恨みがましい視線は、殺した二ノ宮君でなく、私に向けながら。

 ごめんね少年。 でもあんたも途中は結構殺し合いを楽しんでたでしょ。

 そう言った視線を返す私だが、少年は何も語らない。

 ただ――――涙が少年の瞳から溢れるのが見えた。

 死ぬ間際、人は何を考えるのだろうか。

 少年の場合、恨みの後は、涙、つまり悲しみだったのだろう。

 死ぬ事への落胆か、それとも望みを叶えられなくなった悔しさか、それとも仲間の死だろうか。

 まだ私の奥底に残って居る良心が、チクリと傷んだが、その時同時に両腕もズキリと痛んだお陰で、私は意識をその肩の痛みの方に向ける事に専念出来たのだった。

 そうしてその少年との最後の一時は、私の胸の中の堅牢な箱の中に仕舞い込まれ、だが、事実として私達が少年とその仲間を殺した事だけはしっかり記憶に残して置くことにした。

 迷宮攻略三日目。 その日の私達の攻撃による犠牲者は、アジア系の男が三人、少年が一人、そして女が一人と暫定捕虜一人。

 こちらの被害は、私の両腕だけだった。

 

 ◇


「織部さん。 大丈夫ですか!?」

「両腕が使い物にならない状態は大丈夫とは言わないよね……。」


 私に向かって急いで車椅子を走らせて近寄って来て、声を掛けてくれる三島さん。

 何故か二ノ宮君は私に近寄って来てくれず、殺した人達の懐を探って使える物が無いかどうか探して居る様だ。

 何よ。 ちょっとくらい心配してくれても良いじゃない。


「あの……ちょっと触りますね。 織部さん。」

「え?」


 三島さんがそう言うや否や、私の腰に三島さんの右手が伸びて、腰までめくれ上がっていたタイトローブのスカートを下に引き戻してくれた。


「…………。」

「流石に下着丸出しでは……恥ずかしくないですか?」


 どの道両腕が使えなかったのでスカートの裾を下に引き戻す事など出来なかったが、この状態で攻撃していたのか私は。

 下半身を良く見ると、太腿に返り血が付いて居たり、ブーツが血塗れだったりと酷いことになっていたが、まさかパンツ丸出しで人を蹴り殺して居たとは……。

 成程。 それで気を使って二ノ宮君が側に来なかったのか。

 生きるか死ぬかの戦いをしている時に、パンツが見えた見えないなど下らない事を言うつもりは無いのだけれど、そうして気を使われると逆に恥ずかしくなってしまう私。


「まずはこれ。 早く飲んで下さい。 腕、痛く無いんですか?」 


 車椅子に座った三島さんの左手には、ポーションの瓶。 もう片方の手でコルクの栓を抜いて私に差し出した。


「め、滅茶苦茶痛いよ……じゃ、じゃあ、私がしゃがむから上から流し込んでくれる?」

「は、はい……。」


 私は三島さんの前に跪き、口を上に向けて、あーん、と、その口を開いた。

 端から見たらかなり間抜けな格好だろうが、本人達は至って真剣なのだ。

 やがてその口に流し込まれるポーション。 ぽわん、と、両方の肩が少し軽くなる。


「まだ足りないですよね。 もう一本開けますね。」


 聞こえようによっては薬物中毒の人にその薬を与えている様に聞こえるな。 気が抜けたのか、そんな間抜けな事を考えながらポーションを飲ませて貰う私。

 また、ぽわん、と、身体が軽くなり、ようやく左手の方の感覚が戻り、その左手に未だ具現している炎の剣がそこにあるという感触も戻った。

 だが、やはり右腕には酷い事をしてしまったらしい。 右の手首から下はまだ痺れて居て感覚は無く、肘と肩に少しでも力を入れると、筋を痛めたのか、ピキン、と、痛みが走る。


「もう。 無茶しすぎですよ。」

「加速がまさかあんなに凄いとは思って無かったから……。」


 そう言いながら立ち上がった私は、左手の炎の剣を右手に押し付け、今度は自分のポーチに入ったポーションを左手で取り出し、口で栓を抜いて飲み込んだ。 が、まだ右肩と肘の痛みは抜けない。

 残りは一本しか無いが、大丈夫だろうか。


「織部さん。 こいつらが持ってたヤツ。 その空になったのと入れ替えておいたら?」


 私のスカートが降ろされ、もう近付いても大丈夫だと判断したのか、ようやく私に近付いて来た二ノ宮君。 死体から剥いだであろう物品の入った袋の中から、ポーションの入った小瓶をいくつか取り出して私に渡して寄越した。


「ありがと。 空瓶ってそこら辺に捨てても良いのかな。」

「わかんないけど、後でキャンプセットのダストボックスにでも入れておいたら?」

「んー。 ま、そうだね。 再利用とかしてるかもしれないし。」


 どういう仕組みになっているのかは分からないが、キャンプセットの中の部屋、食べ物などの消耗品を注文する端末の横には横幅30cm、縦幅20cm程の穴があり、説明文は無かったが、『ゴミ箱っぽい』という理由で私は食べ終わったメロンの皮を投げ入れた。

 そうしたところ、メロンの皮は匂いと共に消えたので、それからバナナの皮などもその箱に入れて見て、それはゴミ箱だと再確認したのだった。


「死体もゴミ箱に入れようか。」

「切り刻んで運ぶよりも、織部さんの炎の剣で燃やした方が早く無い?」


 ごもっとも。 別に面倒だった訳では無いが、何となく他の方法も考えてみたくなっただけなのです。

 ぐい、と、もう一本ポーションを飲む私。

 これで完璧に右腕の痛みは消えた様だ。 その腕をぐるぐると回して確かめる私。


「じゃ、目立つ死体と、壁の血痕は燃やして来るから。」

「私は引き続き敵の探知してますね。」

「僕は使えそうな物をキャンプの中に放り込んでおくよ。 織部さん、キャンプ開いてくれる?」

「あー。 うん。」


 そう言えばキャンプを開く為の玉は私が持っていたのだった。

 足を止めて、二ノ宮君に言われた通り、キャンプを展開する私。


「あ。 そうだ。 洗浄剤で綺麗にしてきたらどうですか?」


 と、三島さん。 確かに返り血や何やらで肌も服も汚れて居る私。


「後で良いや。 どうせ焦げ臭くなるし。」

「あー。 そうですよね……。 すいません……。」

  

 ◇


 通路に落ちていた肉片は大体焼いて、壁に飛び散った肉片と血痕も焼いた。

 既に三好達の死体を燃やしているので通算二度目になるこの作業だが、殺すのと違って焼くだけの簡単な作業です――――なんて事は無い。

 もうぐちゃぐちゃに潰された死体とか、変に折れ曲がった死体なんかを丁寧に焼かねばならないのだ。

 焼き肉を焼くつもりでやっている私だが、例え香ばしく思えても美味しそうには感じてはいけません。


 ちなみに焼き肉と同じで、炎の剣で死体を炙ると、血と脂は蒸発する様な音を立て、肉そのものは黒く炭化する。 だが、炭化した後に更に燃やすと白い灰となり、骨も同じく燃やし尽くすと真っ白い粉となる。

 その状態にまでなれば流石にもう人の死体とは言えず、一見しただけではただの塵にしか見えまい。


 前の世界では火葬した後、遺骨を壺に入れる作業を遺族がする筈だが、釜の温度を調節して骨だけ残る様にしていたのだろうか。 だとしたら逆に凄い技術だと思う。

 私には普通に燃やし尽くす事しか出来ないから。


 そもそも、死体を放置したところで憤慨する仲間がこの人達に居るかどうかは分からないが、誰かが誰かを殺しているという情報を極力隠蔽しようとするのが私達の目論見だ。

 だから、遺体が遺体だと思われない状況であれば問題はあるまい。

 池谷さんの事は、壁にねっとりと付いた彼女の肉片と脂と血を掃除するのが面倒だったのもあるが、一見しただけでそれが人の遺体だと感知出来るとは到底思えなかったからだ。

 結果的には長谷川が看破してしまったのだが。

 だから、今回は壁の血も炙って証拠を隠滅した。 チビな私では上の方までは届かなかったし、例え大きくても5mの天井の部分まで手が届く人間は居ないだろう。 ある程度の高さ以上に残った多少の血や肉片は流石にどうにならないので放置する事にした。

 流石にここまでやって看破されたら、もう私に出来る事は無い。

 いや。 むしろ看破した人物を褒めるかもしれないな。 良く分かったね、と。

 まあ、その後で殺すけど。


 さて、五人全員の死体を焼き終わり、泡を吹いて気を失っている女の元に向かう私。


 二ノ宮君は既にキャンプの中に死体から剥いだ武器や道具を仕舞い終わっており、その女の所に向かう私に付いてきた。

 勿論、三島さんも一緒である。 というか、彼女が居ないと話にならない。


「キャンプの中でやらないの?」


 歩きしな、私にそう聞いて来る二ノ宮君。


「……二ノ宮君って、自分の部屋の中で殺すタイプなんだ?」

「織部さん。 何か刺があるよね……もしかして僕が早く織部さんに合流しなかったの怒ってる?」

「ううん。 普通に自分の部屋で殺して証拠を隠蔽するタイプなのかな、って。」

「…………そういう考えを普通に抱くんだね……。」


 苦笑いを浮かべながら言う二ノ宮君。 むしろそれ以外にどういう考えを抱けというのか。


 ◇


 女の両手と両足は、本人が着ていた皮のジャケットを切り裂いて紐状にした物で縛り付けた。

 そして仰向けにして転がして居る彼女の口を開けて、ポーションを流し込む。

 飲み込まなかったらどうしようかと思ったが、気を失って居ても普通に液体に喉が反応したのか、こくりと喉を鳴らす女。


「**……***……。」


 瞼を少し開けて、虚ろな瞳を見せ、何かを言う女。


「ここは何処、皆は? だ、そうです。」


 女の言葉を三島さんが翻訳してくれた。

 私は親指を立てると、自分の首のあたりに向け、手首を横に振る。 途端、喚く女。


「殺したのか、だ、そうです。」


 こくりと頷く私。 また喚く女。 だが、突然諦めた様な表情になり、何かを呟いた。


「ええと……最初のは罵倒だけでしたので、最後だけ訳しますね。 これから私をどうするつもりなのか、だそうです。」


 良かった。 交渉の余地はありそうだ。

 私は自分の顔を親指で指し、


「情報。 頂戴。 分かる? インフォメーション。」


 そう女に言う私。 と、彼女は震える唇で何かを呟いた。


「貴女は可愛いし可憐だ、だけどとても強い、殺さないで、だそうです。」

「何急にお世辞言ってんだか。 んー。 どうする? 二ノ宮君。」

「僕達が知らない情報を集めたかったんだけどね。 一方通行じゃやっぱり無理なのかな。」

「そう言えば、二ノ宮君英語で詠唱してたけど、英語出来るの?」

「日常会話くらいは出来るけどね。 でも、使って無かったから怪しいよ。 一応産まれはアメリカのニューメキシコってとこなんだけどね。」

「アメリカ産まれなんだ? 意外。」

「父さんの赴任先でさ。 僕が産まれてから5年くらい居たんだけど、でも日本に帰って来ちゃったからね。」

「あ、あの。 靴を舐めるし、何でも言う事を聞きますから、殺さないで、だそうです。」

「え? ああ。 忘れてた。 じゃ、二ノ宮君英語でどうぞ。」


 と、英語で何かを聞き始める二ノ宮君。 結構発音が良いが、良すぎて何を言っているのか分からない私。


「あの……英語も分からないみたいです。 ただ命乞いしてます。」


 ……あらま。


 ボジュゥ! と、私の炎の剣は、女の額に突き立てられる。


 そして髪の毛もその頭がその一瞬後で燃え上がり、私はその炎の剣を女の身体をなぞるように動かし始めた。

 既に命令を出す頭は存在しないのに、反射からか四肢がビクンビクンと跳ねる。 不思議だ。

 そうしてつい先程まで生きていた身体を焼くというエグさにも、もう三人共慣れたもので、誰も何も言わずその様子を見送るのだった。

 

「ばいばい。 知らない女の人。」


 一応弔いの言葉を掛ける私。

 ふと、これから自分は何人の人間を殺して行くのだろうという疑問が沸き起こるが、もう二桁は超えたので、次は三桁になった時、また自分に問い掛けてみようかしらね。


 こうして、迷宮での二度目の対人戦は幕を閉じたのだった。

 そして、私達三人は安堵と共に、彼等と戦う前の自分達の慢心を後悔し、自分達が返り討ちにされる可能性が十分にあった事も、肝に銘じるのだった。

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