櫛風沐雨

「どう戦いましょうか?」


 と、私と二ノ宮くんに意見を仰ぐ三島さん。


「三島さんが昨日戦ったウサギ、あれって……もう私達には雑魚だよね。」


 ならば、と、私は、腕を組みながらそう三島さんに尋ねた。


「まあ……そうですね。 あれと戦って死ぬイメージは流石に湧きませんね。」


 と、三島さん。 まあ、そうよね。 多分私一人でも行けると思う。


「そんなモンスター相手に……6人掛かりで約5分、か。 ……正面から行けるんじゃないかな。」

「私もそう思います。」


 二ノ宮君の確信めいた言葉に、相槌を打つ三島さん。


「他に敵の反応はあるの?」


 一応後方の確認も大事だと思い、三島さんに聞く私。


「近くに反応は無いです。 私達の後方、結構離れてますが、迷宮の奥には、40くらい見えます。 ちなみに、どれも反応は緑ですね。」


 目を軽く瞑って探知を終えた三島さんの報告を受ける私達。

 三島さんのスキルにより、迷宮の二階も、一階と同じく大体正方形の形をしている事が判明し、彼女が言った奥というのは、仮に入り口を右下と仮定すると、現在私達が居る場所は入り口から左上に向かった部分。 三島さんが言う奥というのは現在の場所から更に上と左を指して居るのだろう。


「なら行くしか無いって感じね。 どうせ迷宮の入り口に帰るつもりだったから、ついでにさくっと食べちゃおう。」


 薄ら笑いを浮かべながら、小さな溜息と共に言う私。

 ついでで殺される側はたまったもんじゃないだろうが、恨むならこんなルールを作った管理者に言って貰おうかしらね。


「だね。 やろうか。」

「やりましょうか。」


 二人の返事が返って来て、それぞれ顔を見合わせる私達。

 そして軽く頷くと、自分達よりも格下の餌を求めて、迷宮の二階の入り口方面へと足を進めるのだった。


 ◇


「二ノ宮君。 明かりはどうしよう?」


 二ノ宮君のLV1魔法を一つ使って、大規模放出マッシブエミッションスタッフから召喚された、白い光の玉を指さして言う私。

 一旦、直線距離で約80m程餌から離れた小部屋に隠れた私達だが、この明かりを付けたまま強襲するのはどうかと思ったので、聞いて見たのだ。


「いや。 敢えて付けたままにしよう。 これで餌は、相手、つまり僕達がモンスターじゃなく人間だと分かる筈だから。」

「どういう事?」

「餌はまだ他の餌を食べた事が無いから、先制攻撃はして来ないんじゃないかって事。 隠蔽は上手く出来ていると思うし、それで強襲するのも良いけど、こういうフェイクが通用するのかどうかも試してみたいんだよね。」

「フェイクって……。」


 つまり相手がこちらを人間として認識して、まず気を緩めるかどうかを試したいという事か。

 流石二ノ宮君。 考える事が結構えげつないわ。

 ……えっと、一応褒めてるんだよ?


「なら、いっその事、この小部屋から出て、堂々と通路で待っていましょうか。」


 またあの目を細めて、『うふふ。』と、獲物を狩る様な独特な笑い方をしながら言う三島さん。

 いや。 相手は餌だから獲物で間違いでは無いのだが。


「いいね。 それで行こう。」


 三島さんと同じく目を細めて、かつ満面の笑顔で親指を立てて答える二ノ宮君だった。


 ◇


「あと5つくらいで角から出ます。 3……2……1……来ました。」


 三島さんの報告通り、50m程先の迷宮の十字路から、餌の姿が現れた。

 その人間達、もとい、餌も、魔法を使って光を出しているらしく、6人の餌の頭上には私達と同じ白い光の玉が浮かんで居た。

 という事は、餌の中に魔法使いも居るという事だろう。

 魔法……使いか。 私と違って遠距離攻撃とか出来るのかな。


「…………こっちに気が付いた。」


 二ノ宮くんの声で、私も餌の動向を注視する。

 白い光に照らされる姿は全部で六人。 金属の鎧が照らされて居るのが先頭の男。 盾を持って居るようだ。 その後ろに、続く二人の……多分これも男だろう。 その後ろはその三人の影になってこちらからは良く見えず、スカートらしき物が見える事から、一人か二人、女性は混じって居るようだ。

 その先頭の男と、後ろに付いている二人の男は、私達三人の姿を認識して――――こちらに向かって歩いて来た。 だが、相手から先制攻撃して来る様子は無い。 笑みさえ浮かべて居るようだ。

 ……相手は挨拶でもするつもりなのだろうか。

 何にせよ……二ノ宮君の思惑通り、フェイクは成功したようだ。


「織部さん。 業火ヘルファイヤ噴出エラプションの詠唱を開始して。」


 それを確認した二ノ宮君から指示が出される。


「いきなり? ……わかった。」

「三島さんはあと10数えたら攻撃開始して。」

「わかりました。」

「織部さん、大規模放出マッシブエミッションスタッフはそのまま使って詠唱して良いよ。 僕は深緑拘束ヴェルデューレストレイントで餌の足を止めるから、三島さんの取りこぼしを織部さんがやって。」

「……うん。 ――――我が親愛なる紅蓮の炎よ。 熱き魂の器ここに在り、注げよ溜めよ尊き真紅の礎を。」


 返事の後、私の詠唱が開始されると、高速詠唱ファストキャスティンググローブの効果か、気持ち悪い程ぬめぬめと舌と口が回る。 まるで声を高速再生している感覚だが、機械で高速再生すると声の質が変わるのとは違って、自分の声が覚えて居ない早口言葉を喋っている様だ。


「My lord of deep green.(我が深緑の王よ。) please provide your kindness to your faithful fellow named verde.(貴方の忠実な下僕たる『緑』に貴方の優しさを分け与え給え。)」


 二ノ宮君の詠唱も始まって――――って、はぁ!?

 何で二ノ宮くんの詠唱って英語なの!? しかもめっちゃ流暢だし!

 どうでも良い事だけど英語の成績はあまり宜しく無い私は何だか羨ましくなってしまう。

 とか、不謹慎な事を考えて居たら、三島さんの攻撃が始まった。


 シュパパパパパパパ!!


 と、車椅子の横に付けられた矢筒から、次々と矢が三島さんの弓から放たれて消えて行く。

 それは真っ直ぐに餌へと襲い掛かり――――――


「**!!」

「****!!」


 何語かは分からないが、ようやく顔立ちが分かる距離まで来た彼等は、私達と同じアジア系の様で、そのうちの男女二人は、驚愕の声を上げながらそれぞれ他の仲間に指示を出した様だ。

 だが、既に三島さんの矢は先頭に居た金属の鎧に全身を包まれた餌の身体に無数の風穴を空けて居て、その穴から大量の血液が溢れて行くのが見え――――やがてその様に全身蜂の巣にされた身体は、前のめりにゆっくりと倒れて行く。

 ――――多分それで先頭の男は終わった。 後は後方の5人、と、考えた瞬間――――自分の考えが甘かった事に気付く。

 それは正に一瞬の出来事だった。

 前に倒れかけた先頭の全身鎧の男を、青い光が包み込む。

 と、そのまま倒れると思って居たその男は、床に手を付いて身体を押さえ、まるで三島さんの攻撃など無かったかの様に平然と膝を付いて立ち上がり、未だに攻撃が続く三島さんの矢を――――――


 カカカカカン!! と、前に突き出した大きな盾で、次々と弾き返し始めたではないか。

 三島さんが放った矢が盾に衝突すると、瞬時に矢が着弾した場所が赤く光り――――障壁の様な物なのだろう、それに弾かれて斜め後ろに矢が逸れて行く。

 結果、餌が居る通路の奥の四方八方に、だが餌には何の被害も与える事無く、三島さんのミニアローは次々と弾き飛ばされて行った。

 すると、更にはその盾の後ろに一列になって隠れる他の5人。

 なんという防御力。 そうか、あれは――――盾役タンクの様な資質か……。

 さっきの超回復も誰かのスキルだとすれば回復役ヒーラーも居るのかっ!?

 ――――拙い。 このまま撃ち続けていては、ただ矢が無駄になるだけだ。

 そう判断した私は、自分の魔法の詠唱の途中なのだけれども、三島さんの目の前を手で遮って、これ以上矢を撃たない様に指示する。

 ぴたり、と、三島さんの手が矢を撃つのをやめた。


「波打つが如く満たせその杯を。 爆ぜ狂え蜜月の時に!」


 それとほぼ同時に詠唱が半分完了した私は、餌に向かって駆け出した。

 矢がダメなら、魔法で攻撃を通すしか無い!


「Born as nameless seed. I name you verde. (名も無き種よ。 お前を『緑』と命名す。) Grow as tree, as forest, then show me your verdure! (木の様に、森の様に育ち、その時お前の新緑を見せてみよ!)」


 私の背後で、二ノ宮君の詠唱も半分終わる。

 ここからは多分私の魔法の様に、こちらの世界の言葉で紡ぐ詠唱になる筈だ。

 前に駆け出した私は、頭に浮かんだ次なる詠唱の長さを測り、この距離ではまだ遠いと判断する。

 残りの詠唱は約2秒くらいだ。 10mくらいから詠唱を開始したら良いだろうか。

 と、タイミングを測って居ると、二ノ宮君が先に次の詠唱を開始した。


「ヴィヴィエッタ、ニフテア、ララ、エルフォーテ。」


 やはり私の詠唱の後半と同じで、聞き覚えのある響き、この世界の言葉の様だ。

 自分じゃない誰かの詠唱を聞いたのは初めてだけど、何故か二ノ宮君が紡ぐ詠唱のその響きに、これから何が起こるか心が踊る私。


「アルメイエ、テオ、エルフォーテ。 深緑拘束ヴェルデューレストイント!!」


 二ノ宮君の詠唱が終わると、緑色の葉が芽吹く茶色い蔦が彼の足元からいくつも伸びて行く。

 その蔦は餌へと駆ける私を一瞬で追い抜く速度で伸び、やがて彼等の足元に一気に辿り着くと、びゅるん、と、彼等の足元に円形に瞬時に広がった。

 まるで大きな水風船を思い切り床に投げ付けた様な印象。

 その蔦が広がると、蔦の周りに緑の芽が芽吹き、やがてそれは葉になり、蔦は6人の足を絡め取り、ぎりぎりと足を締め付けながら下半身から上半身へと身体を育ち登って行く。

 盾を持った餌のその盾は未だにこちらを向いて居るが、六人の身体は二ノ宮君の魔法が掛けられた瞬間、手まで行動を止められた様だ。

 ――――よし、今だ!


「エクシマリカ、テンテエルメーズ、グレーゼ、グレーゼ、ララ、グレーゼ――――――」


 動けない目標を10m先に捉えた私は、最後の詠唱を開始して――――


 ――――足を止めた。


炎の槍フレイムスピア!」

氷塊爆破アイスブラスト!」


 あら。 私達と同じで魔法の発動部分は英語なのね。 これは共通なのかしら。

 ちなみにそういう英語は何となく分かるのよね。 なんか聞き覚えのある魔法っぽいし。


 なんて頭の中でツッコミを入れる私に向かって、全身鎧の男の後ろから上に飛び出して来て、私に向かって降り注いで来る、二つの魔法――――炎の槍と、氷の飛礫つぶて

 あ――――これは、完璧に私に当たるわ。

 なんで足を止めたかなぁ。

 餌の声に反応してつい足を止めてしまった馬鹿な自分自身を詰る。

 痛いかな? 熱いかな。 冷たい? え? こんなのが私の最後?

 相手を舐めて掛かって、返り討ちに遭うなんて、なんて……情けないんだろう。


『その魔法、防御にも使えるんじゃない?』


 ――――その時、私がレベルアップした時に二ノ宮君が呟いた声が頭を過った。


業火ヘルファイヤ噴出エラプション!!」


 足元から半径2m先に、噴き上がる炎の壁。

 その炎は床から天井まで噴き上がり、こちらと餌の視界を完全に遮った。

 ボジュ! という音と、ジュワ! という二つの音が前方から聞こえる。

 炎の槍は更に熱い炎に呑まれ、氷の飛礫は瞬時に水になり、やがて蒸発させられたのだろう。

 つまり、相手の魔法を二つ共無効化する事に成功したらしい。

 心臓は高鳴り、恐怖を覚えていた事を安堵した事で認識する私。 が、安心している間など無い。 早く次の行動を起こさないと。

 ――――ならば、次はこちらの攻撃。 魔法だ。 そうだ。 早く魔法攻撃しないと。

 どれだ。 どの魔法を使えば良い?

 加速――――じゃ、ダメだ。 ただ突っ込んでも何の意味も無い。

 ならまた業火ヘルファイヤ噴出エラプションか?


 …………え?

 一度使用してから60秒間は業火ヘルファイヤ噴出エラプションはクールダウンの為に使えませんとか頭の中に出てきたんですけど!

 先に言っておくか書いておいてよそんな大事な事は!! 冷却時間クールダウンタイムがあるとか、どこのゲームの話なのよ!!


 助けを求めて後ろを振り返って見る私。

 ――――ダメだ。 周囲に炎の壁が出来て味方も見えない。

 くそっ――――どうしたら…………。

 いや。 ただ考えて居ても仕方が無い。

 まずは武器だ。 最悪エラプションの効果が途切れた後、杖だけじゃ接近戦は出来ない。

 私は左手に杖を装備したまま、炎の剣フレイムブレードの詠唱を開始する。


「我が信愛なる紅蓮の炎よ――――」


 私の魔法の詠唱は全部がそれで始まる様で、先ほどのチャージタイムの件でゲームっぽさを感じた私は、テンプレなら省略させてくれても良いじゃない、とか考えてしまう自分のそのゲーム脳が憎い。

 なんて馬鹿な愚痴を心の中で零しながらも詠唱を続け、『炎の剣フレイムブレイド!』と、私が叫ぶと、右手に現れた燃え上がる炎の刃。

 大規模放出マッシブエミッションスタッフの影響か、通常よりも丈の長い炎の剣が私の右手に具現した。

 ――――と、ほぼ同時に業火ヘルファイヤ噴出エラプションの効果が終わり、私の前後の視界が開ける。

 

 二ノ宮君の魔法の効果は…………説明に三分間有効と書かれて居た様に、現在も持続中の様で、未だに餌を縛り付けて居た。


「*****!!」


 と、餌の女の人の一人が何かを叫んだようだ。 そして、ちらり、と、その彼女は先頭の男の盾の左から顔を出してこちらを垣間見た。 二ノ宮君の魔法は、頭までは捕縛して居ないのか?

 ――――そう思った次の瞬間、


 パツン! と、盾から顔を覗かせていたその女の人の額に矢が突き刺さり、頭部を貫通し、後頭部から脳漿と血を撒き散らした。


 瞬時に、三島さんが狙撃してくれたのか! と、私の心が踊る。


 絶命したのを蔦が自動的に感知したのか、その女の人を縛っていた蔦は一瞬で枯れて塵となる。

 支えとなっていた蔦を失った女の人の身体は、かくん、と、力が抜けた様に、その場に両膝を落とし、やがて前のめりになって、自分の額から噴き出した血と共に床に沈んで行った。

 他の餌はそれを見て何かを叫んでいる様だが、私はその間に餌に向かって駈け出して、彼等との距離を詰めて居た。

 正面には、全身金属鎧のタンク

 その男の右から左に向かって炎の剣を薙いだ。


 このまま真っ二つにしてやる!


 そう意気込んで斬った私だが、男の盾は、なんでも溶かし燃やし斬り裂くと思っていた私の炎の剣をも止めた。 青白い光の膜がその盾を覆ったかと思うと、ぼふん、と、まるで棒で綿毛を叩いた様な感触を手に感じる私。 と、同時に、弾力で右後ろに向かって私の剣は弾き飛ばされた。


 ――――その盾には魔法も弾く効果があるというの!?


 身体も右後ろに引っ張られて体勢を崩しそうになった私。

 辛うじて床に付いた左足を使って、一瞬自分の体をその場に留めようとしたが、いや、まずは距離を取ろう。 と、その左足で更に床を蹴って身体を後ろに飛ばし、盾男から離れる。

 こんな訓練をしていた覚えは無いのだけれど、身体が勝手に危険を覚えたのか、その様にして、男から3m程離れると、一旦床に左の膝を付けて身を低くする私。

 盾。 あの盾は拙い。 三島さんの物理攻撃どころか、私の炎の剣まで弾くとは。

 ――――だが、その攻撃を弾かれるかもしれない盾に向かってバカ正直に攻撃した私が愚かだっただけ。

 後悔は反省を促し、右足で身体を強く前に蹴り出す私。

 前傾姿勢のまま、全身鎧の男の足元に近づくと――――

 右足を踏み込んだ状態で身体を更に低くして、唯一盾からはみ出しているその男の左足を狙って炎の剣を右から左へ薙いだ。

 重量感の無いその剣の切っ先は速く、まるで虫を手で払うが如く動く私の右手。

 その右手から伸びる炎の剣は緋色の剣筋を描き、残り火をその剣筋に残す。


 ――――それは、豆腐を包丁で切った感触に似ていた。

 抵抗は感じないが、確実に何かを斬った感触。 足を束縛している二ノ宮君の魔法の蔦を焼いた後、飴を溶かしたかの様にとろりと、溶けて斬り裂かれる男の金属のすね当て。 そして――――じゅわ! と、男の足の肉と血と脂を焼き、骨をも焼き斬る音と感触。

 炎の剣は男の脛を完全に断ち切り、炎の刃の腹は再び男の盾、下の左端の部分に当たる。

 多分そうなるだろうと予想はしていたが、青白い光が盾を包み込むと、私の炎の剣を、ぼふん、と、斬り進んで来た方向に跳ね返して来た。

 私は跳ね返った剣の軌道を少し上向きに変え、盾が跳ね返した反動を利用して男の膝を左から右に薙いで斬り抜いた。


「オォォォォ!!!」


 また肉を焼き、血を沸騰させる音が聞こえると、男から、悲痛な叫び声が上がる。 一撃目で声を上げなかったのは、斬られた時の痛みの感覚が、やっと彼の認識に追い付いたからなのだろうか。

 身体を焼き斬られる気分は――――――どんなものなのだろうか。

 想像してみてぞっとする私だが、気にするべきは完全に男の左足を使用不可能にしたという事実のみ、と、気を取り直し、炎の剣を振り抜いた手をそのまま右へと伸ばし、同時に踏み込んで居た右足で地面を蹴って前に進む。

 結果、私の身体は盾男の右斜め後ろに移動する事になり、遂に横に一直線になっている餌の面々が確認出来た。

 盾の男の後ろには、大剣を背中に背負った男が一人。 いや、年齢的に私達と同じくらいだから少年というべきか。

 その身形とはアンバランスな大剣が印象的で、その少年の次には杖を持ち、ローブを着た青年が二人続く。

 多分この二人が私に魔法を撃った相手だろう。 で、その次に女の死体が一つ。 最後尾に軽装の女が居て、小型のナイフを持っている。

 もしかして、回復役ヒーラーを狙撃出来たのかしら。

 と、先ほどの三島さんの攻撃を分析する私。


 この場合、一番厄介なのはやはり盾だ。

 そう判断した私は、床に付いた右足を蹴り出して、盾男の脇腹に向けて炎の剣を付き出した。

 が、その判断は甘かった。


疾風衝撃ウィンドインパクト!」


 盾男から数えて前から三番目に居た青年から、圧縮した空気の壁が私に向かって飛んで来た。

 バシン! と、水面に身体の前面全体を叩き付けた様な衝撃が走り、私の身体は通路の壁に向かって飛ばされ、マントが靡くと同時に眼鏡と帽子も吹き飛んだ。


「いたっ!!」


 思わず声を上げてしまう私。 そして、このままでは私の身体は通路の壁に叩き付けられる! と、せめて足を壁の方に向けようとした瞬間――――


「ララメーラ、ティーレ、二段衝撃セカンドインパクト!!」


 最悪な事に、男が唱えた二撃目の魔法が私の上半身を襲った。

 今度は、頭と背中を水面に叩き付けられた様な衝撃。


「つぅ!!」


 またその痛みに声を上げてしまう私、しかし、更に私の前に待って居たのは、床。

 顔面が床に叩き付けられる! と思い、せめてそれだけは避けようと、杖を手放して顔を守る様に左腕を顔の前に出した――――が、その左腕が床に叩き付けられ、激しい痛みを腕に与え、更に左肩にもずくん! と、重い痛みを感じた。

 その痛みに一瞬顔を顰める私だが、左腕一本だけでは止めきる事が出来なかった衝撃は、私の顔面も結局石畳の床に叩き付けたのだった。

 右頬が床に当たり、頬骨にも痛みが走る。 更に、鼻にも衝撃が伝わり、ツーン、と、鼻の奥に何かが滲み出す感覚。 それと同時に右の額の部分にも衝撃を感じた。


「くうぅぅぅぅ……。」


 一旦床に沈んだ私は、苦悶の表情を浮かべながら声を上げ、だが、痛みにガクガクと身体を震わせながらも、炎の剣を持った右手の握り拳を支えにして上半身を持ち上げた。

 視界に炎の剣が入り、杖を手放したせいか、炎の剣は元の長さに戻っているのだと分かる。

 右の唇に、生暖かい液体、それと額と首筋にも同じ物を感じた私。 それが自分の血だと分かったのは、床に滴り落ちた物が見知った色、血の色をしていたからである。

 血。 自分の……血。

 それが流れるのが怖い。 これ以上の痛みも、怖い。 これ以上戦うのも――――怖い。

 様々な恐怖が私に襲い掛かり、ぞくりとした感触を背筋に感じ、身体を凍らせて身を震わせる私。

 が、死ぬのは――――もっと怖い!!


 歯を食い縛りながら、前を見上げる。

 と、眼鏡が無いのでぼやけては居るが、自分の視界に、餌と呼んでいた者達の姿が入る。

 先頭の盾を持った男は、未だに『オォォォォ!』と、叫んでいた。

 痛みを訴えて居るのかしら。 っていうか、私も痛いわよ。

 それよりも、目だ。 眼鏡が無いと何も見えない。 と、私は慌てて周囲を左右に見渡した。

 良く考えたら隙だらけの行動だったが、何故か追撃は入らず、自分の左後ろに、赤いフレームの眼鏡を発見。 その際、左に大きく振った自分の顔から、血飛沫がピピッ、と、石畳みの床に数滴飛び散った。 

 痛む左手でようやくその眼鏡を拾い、その動作と共に左肩から身体を前に一回転させ、身を低くしたままの着地と共に眼鏡を装着した。

 視界が戻って安心した私は、餌、いやもう餌とか呼ぶ相手じゃないよこれ。 敵で良い。 うん。 と、その敵の様子を覗う――――と、痛がる先頭の男以外は、何故か皆呆けてこちらを眺めて居た。


「…………?」


 意味が分からない。 何故に今、こんなにも無防備な私を攻撃しないのかしら。

 二ノ宮君の魔法の効果がまだ続いて居るとは言え、もう一人の魔法使いは既に詠唱状態を終えて居て、発動状態なのではないかと見受けられる。

 何故なら、そのもう一人の魔法使いの開いた手の平はこちらを向いて居て、その掌の中央部分が、赤く光って居たからだ。 彼が自分の系統と同じ炎系の魔法使いなのだとしたら、それは発動直前に見られる光。

 まさか、それを発動するまでも無く、私は既に終わって居る・・・・・・と見られている状態なのか……?

 ならば、自分は今どんな状態なのだ? 何がどうおかしいのか? と、一瞬視線を下に向ける。 が、赤いタイトローブの服の一部、脇腹のあたりと右の太腿のあたりが破けて居るのと、真っ赤な自分の血が付いて、赤く黒く見える部分以外に変な所は見受けられなかった。

 左腕は酷く痛むが、まだ右腕は使えるし、足は全然問題無い。


「*****………。」


 敵の女の人の一人が何かを呟いた。 何だ? 何か悲しそうな顔に見える。

 と、手の平を開いて発動寸前だった筈の魔法使いの手にあった赤い光が、パツン! と、弾けてその場で消滅した。

 同時に、魔法使いのローブの一部、二ノ宮君の魔法の蔦、更には彼の履いていたブーツの一部が焼け落ちた。

 魔法失敗マジックフェイブル。 そんな単語が頭を過る。

 私が血液膨張ブラッドエクスパンションを使わなければ、右腕が吹き飛んだかもしれない時の様に、彼の魔法が失敗した代償なのだと理解し、そうか……もしかして彼等は、私のこの身体を見て、同情して居るのだろうか、と、初めて理解した。

 二ノ宮君が言った、フェイクという言葉が頭の中に響く。 今の自分達ならば、一般的にはまだ子供の範疇に入る。

 ならばそれは、私達が人を餌として殺すという決意を固めている事を包み隠す絶好の隠れ蓑ではないか。

 ましてや、私は女だ。 それを武器にするには色気が足りないだろうが、性別がどちらか分かる程度には、女に見える筈。

 ならばここで取る方法は――――


「おはようございます。 えっと、こんにちは、かな。」


 私は額と鼻からだくだくと血を流しながらも、笑顔でそう言った後、だらりとぶら下げられた左手に、痛みを押さえる様な素振りで炎の剣を押し付けた。

 何をするつもりだ? 何を言って居るんだ? と、首を傾げる男女だが、一人の魔法使いの男は、必死になって何かを言いながら、既に事切れて居る女の仲間を指差して居た。

 その間、私は機敏な行動はせず、まず自分の左手を見下ろして状況を確かめて見る。

 左手に力は全く入らない。

 が、炎の剣は私の左の掌に吸い付く様に存在を維持してくれている様だ。

 空いた右手で、左の腰に付けているポーチからポーションを取り出すと、コルクの栓を歯で噛んで抜いて、瓶の中身を喉に流し込んだ。

 一瞬で左腕、それから顔と頭と背中の痛みが消え、すん、と、鼻を啜ると、口の中に血の味が広がる。 それを飲むのを嫌がった私は、唾と共に血の塊を炎の剣にたらりと吐き出した。

 人が見ている前でそれをやるのは恥ずかしかったが、背に腹は変えられない。

 私自身は焼かないが、既にそれは私の存在の一部では無いと認識した炎の剣は、じゅう、と、血が混じったその液体を沸騰させた。

 しかし、その行動もまた相手にとっては意外だった様で、哀れみの目を私に向けながら、何語かは分からないが何かを言って居る様だ。

 よく見ると、アジア系でも肌の色が濃い様で、南の方の人達なのだろうか。 どちらにせよ私には意志の疎通は出来なそうだ。

 左手を軽く動かして見る私。 つぅ! と、まだ左肘と手首の筋が痛むので、もう一本ポーションを取り出し、またそれを自然な動作で飲んで、空瓶を元の場所に仕舞った。

 そして、左手の炎の剣をまた右手に移して、空いた左手でポーチの蓋を閉め、ぽんぽん、と、何かの儀式の様に叩いた。

 

 ――――まあ、それは自分に対しての『行くよ』という合図なのだけれど。


 再び全力で床を踏み出した私は、盾を持った男の横に舞い戻った。

 と、私に同情して油断していた事に気が付いた列の最後尾に居た女の人が、私に向かって何か光る物を二つ投げ付けた。

 私は、杖を手放した左手を床に付けて身を低くしようとすると、身体を前に出していた勢いがその左手を軸にして、側転する様に私の身体全体を一回転させた。

 結果、身を低くしながらもその二つの物体――――投げナイフだったのか、を、回転しながらも視認して回避し、盾の男の懐に飛び込む事に成功した私。

 右手を振り上げ、下から上に炎の剣を斬り上げると、床を焼き上げながら前に進む炎の切っ先。

 やがてその炎の切っ先は、盾の男の両腕を捉えた。 よく見たらこの男、盾以外の武器を持って居ない。 皆の為に両手で盾を持って守りに徹するとは……敵ながら見上げた男ね。 なんて考えてしまう生意気な私。

 遂に、私の炎の剣フレイムブレードは盾の男の腕に着いていた金属の装甲を溶かし、腕の肉を焼き――――両の腕を断ち切って、敵の列の前面に鎮座していた盾と腕を男の身体から切り離す事に成功した。

 ガゴン! と、鈍重な金属音を立てて、腕ごと盾が前のめりに床に落ちる音が聞こえ、それとほぼ同時に、私の剣の軌道は盾を持っていた男の胴に向かい、驚き、また恐怖に怯えた表情の男の顔を垣間見ると、私は歯を食いしばりながらも自分の右腕を左から右に振り抜いた。

 胴体は、内蔵などの柔らかい部分や血などの液体を多く含んで居るらしく、肉を焼くというよりも液体を瞬時に沸騰させる様な感覚が強かった。

 炎の剣を振り抜いた後か先か、二ノ宮君の魔法が解け、敵を束縛していた蔦が一瞬で枯れ落ちる。

 もしもう少し遅かったら間に合わなかったかもしれない、そんな事を考えながら、私は垂直に一度軽く跳躍すると、既に上下が切り離されて居る男の胴体の胸を蹴って、自分の身を背中から上斜め後ろに二回転させながら宙を飛び、敵の列から5m程後退して、やがて着地する。

 私が蹴った力で、上下真っ二つにされていた男の胴体の上半身部分は、列の二人目の男の前にドスン、と、崩れ落ち、残った下半身は指示する主を失い、蔦による縛りも失った結果、完全に床から切り離されて居る左足側へと、ゆっくりと倒れて行った。


 敏捷度が上がったせいだろうが、運動があまり得意では無かった自分がこんな飛んだり跳ねたりする動きが出来るなんて、信じられないな、などと今更ながらに考える私。


 列の二番目に居る、大剣を持ってる少年が盾を拾って、また盾を使われるかもしれないという危惧はあったが、体格から言ってそれは考えにくいので、三島さんの攻撃が可能なら、私はこのまま一旦後退しよう。

 ――――と、そう思った矢先、


針葉衝撃ニードルリーフブラスト!!」

 

 二ノ宮君の声で振り返った私は、5cm程の無数の緑の色の針が、二ノ宮君の声と共に私と敵に向かって飛んで来るのを視認する。

 私が魔法を使った経験上、味方に彼が使った魔法は当たらないと分かっていても、まるで大雨の中に飛び込まされた様な気分がして、目を細める私。

 だが、思った通り、薄い緑色の障壁が私を包み、私を避ける様にして飛び散る緑の針。

 が、それ以外の針は敵に向かって飛んで行った。


 敵に降り注ぐ緑の針の雨。 だが、私が居た居場所が悪く、丁度魔法の射線を遮ってしまったせいか、多くの緑の針は敵の腕や足などには命中したものの、致命傷を与えるには至らなかった様だ。

 悲鳴を上げながら敵は自分達に突き刺さった緑の針を抜き始める、が、列の二番目に居た少年は鎧を着ていたせいか、大したダメージは与えられなかった様で、鎧の隙間を抜けた数本の矢を抜くと、私に視線を向け、睨み付ける様な表情で、襲い掛かって来た。


 ……また私、最前線なの?

 魔法使いがこんなに前衛するなんて聞いた事無いよ……。

 ならせめて剣の他に盾の魔法も使わせてよ……。

 頭の中で愚痴を溢しながらも、必死に炎の剣を構える私だった。

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