状況分析

 指切りをした後、二ノ宮君はいつの間にか私の横から立ち上がっており、向かい側のベッドに移動して腰掛けて居た。

 話に夢中になって居て気付かなかったのだが、折角三人で横並びに座って居たのに、女の子と並んで座るのが嫌だったのか、それとも気を使ったのか、まあ多分後者だろうが、なんだか彼が自分の傍に居る機会を失ったのが勿体無い気がしてしまう私。


「こっちに座ってれば良かったのに。」


 ぽんぽん、と、二ノ宮君が座っていた場所を手で叩く。


「女の子が殺人鬼を率先して自分の隣に座らせたら駄目でしょ。」


 なるほど。 そう来たか。


「大丈夫だよ。 その女の子も殺人鬼だもん。」


 なるほど、そう返したか、と、不敵な笑いを浮かべる二ノ宮君。


「なんか、織部さんと二ノ宮君って、兄妹みたいですよね。」

「「えっ。」」


 突然の三島さんの発言に、驚いて声を上げる私達。

 そして同時に、はっ、と、頭に手を当てた。

 更に、互いに、自分の頭に生えている耳を触ったのが見えて、その手をバッ、と、引っ込める。


「…………。」

「…………。」


 無言で見つめ合う私と二ノ宮君。

 私は、折角脱いだ自分のとんがり帽子を被り直し、彼は彼でシャドーウォーカーという黒装束の一部のフードを深く被り直す。


「今更隠しても……二人の耳の事は知ってますし……。」


 三島さん。 的確な突っ込みを有難う。

 無言で私は帽子を取り、二ノ宮君はフードを降ろした。


「この耳、ちょん切ったら痛いかな。」


 タヌキの耳を抑えて、上目遣いで私に言う二ノ宮君。


「何かの役に立つかもしれないから取って置こうよ。 触ったら何か気持ち良いし。」

「ちょっと待って。 今織部さんの耳、動いたよ?」

「うそっ!」


 慌てて耳に手を当てる私。

 にやける二ノ宮君。

 くそっ! やられた!


「――――あ。 ちょっとトイレ行ってくる。」


 そして二ノ宮君に文句を言おうとしたら、バスルームに逃げられたのだった。


 ◇


 トイレだけかと思ったら、ちゃっかりバスルームで部屋着に着替えて来たらしい二ノ宮君。

 その二ノ宮君と目が合って。 よう、と、軽々しく手を上げる彼に、よっ。 と、こっちも軽く手を上げる。 ちょっと彼の顔が赤いのは、泣いたり笑ったり、指切りまでした先ほどのやりとりを思い出して照れて居るからなのかもしれない。 ちなみに私もちょっとこそばゆい感じがしてる。

 さて、彼の部屋着はシンプルに木綿のスラックスと長袖のTシャツだが、彼が自分で注文した物なのでしっかり深緑色である。 森の中に潜伏したらカモフラージュ的な意味で効果は絶大だろうが、部屋の中では結構目立つ。


「織部さん。 色に突っ込むのはお互い無しにしない?」


 私の視線から察したのだろう、Tシャツの胸元を引っ張って私に提案して来る二ノ宮君。

 自分の姿を見下ろす私。 まあ、タイトローブとブーツは真っ赤である。


「深緑も赤も、返り血が目立たないから良いじゃない。」

「織部さん……吹っ切れたら何か凄いね。」


 吹っ切れたというのは良く分からないが、すんなり言葉が返せたという事は、少なくとも母との事を引き摺っては居ないのだと思う。


「そうかな。 逆に私は二人の感覚に追い付いた気分だけどね。」

「僕達って……そんなにアレな感じだったの?」

「私も結構……人としてダメな感じだったのでしょうか。」

「大丈夫。 それを言うなら私もそのアレでダメな感じの仲間入りだから。 今なら長谷川とかを、ボンッってやっても何も感じ無いと思うよ。」 


 遂に長谷川を『さん』付けしなくなった私は、右手で花を咲かせる様に、掌を上に向けて、ぱっと開いた。


「あれも『餌』と一緒でしょ? 深く考えなくても、会ったら殺しちゃえば良いんだもん。」

「きょ、極端過ぎますよ織部さん。」

「今更良い子ぶってどうするの三島さん。 あんなに楽しそうに人を矢で射殺してたのに。」

「それは……そうですけど。 一応殺した後は後悔しましたし……。」

「じゃあ、私の方がもう少し先に進めたのかな。 自分が強くなる為なら何も迷いが無いんだよね、今。」

「……僕、思うんだけどさ。 人は利益の為に戦争してたんだよね。」

「そうなの? 私は歴史とかは良く分からないから。 話が長くなるなら私達も着替えて来るね。」


 そう言って立ち上がる私。


「あ。 うん。 ごめん。 じゃ、三島さんも一緒に着替えて来たら?」

「そうですね。 じゃ、着替えて来ます。」


 と言って、車椅子に向かおうとする三島さんだが、


「あ、良いよ、そのままで。 私が三島さんの身体を持って行くから。」


 私はそう笑顔で言いながら、彼女の足元にしゃがみ込み、腰に両腕を巻き付けて、よいしょ、と、上に持ち上げて、三島さんの胸を肩に乗せる私。 力が強くなるのは便利な事だ。


「わっ。 ちょ、大丈夫ですか織部さん。」

「行ける行ける。 ほら。」


 彼女を肩に乗せたまま、その場でスクワットする私。


「すごっ!」


 と、それを見た二ノ宮君が声を上げる。


「わっ! あはっ。 ははははっ。」


 私に米俵みたいに担がれて、振り回されて、三島さんはケタケタと声を上げて笑って居た。

 私みたいなチビに、10cm以上背の高い彼女が自由自在に動かされるのが、彼女自身も面白かったのだろう。 いつもは恥ずかしそうに口に手を当てて笑う彼女が、今は両腕を私に抑えられて居たせいもあるのだろうが、そうやって私の為すがままに宙を回され、思い切り声を上げて笑っている。 そんな彼女の姿を、二ノ宮君が微笑ましそうに眺めて居た。


「二ノ宮君もやって欲しい?」

「織部さんの身体を色々触る事になるけど良い?」

「けっこうむっつりだよね、二ノ宮君。」

「えっ! 言い出したの織部さんなのに……。」


 不本意だ、と、不服な表情を浮かべる二ノ宮君を尻目に、バスルームへと向かう私達だった。


 ◇


 私が三島さんを振り回して楽しませた代わりと言っては何だが、彼女も面白い物を見せてくれた。

 三島さんの部屋着は、白銀のワンピースなのだが、彼女がそれを羽織る際、上半身だけ身体に服を通した後、シャワーの横にある金属のカーテンレールのポールに、鉄棒にぶら下が得るる様に自身を吊るし、細かく懸垂をしながら腰を揺らし、服を下に少しづつずらして、裾を太ももまで降ろすという芸を見せてくれたのだ。

 別に普通に着れば良いのに、私が彼女を担いでバスルームに連れて行った様に、何か前とは違うところを見せて、三島さんも私を笑わせたかったのかもしれない。

 実際、私はそれを見て声を出して笑ってしまった。


「何やっての三島さんっ! っははは! 何か蛇みたい!」

「蛇はちょっと酷いですよ織部さん……。」


 酷いとは言いながらも、ポールにぶら下がりながら笑顔で返す三島さん。

 あはは、と、笑いながら私も自分の赤いワンピースの寝間着を着る。 ……のだが――――上半身も下半身にもなんら抵抗無くするりと抜けて太ももまで裾が入ってしまった。

 サイズは自分に合っている筈だが、胸にも腰にも、さしたる抵抗は無かったという事で、つい口を尖らせてしまう。

 はいはい。 どうせ私は子供体型ですよ。

 

 ……なんにせよ、着心地はとても良かった。

 私の戦闘服兼普段着であるタイトローブが、文字通り結構タイトな作りなので、その状態からの開放感もあるのかもしれないが。


 ◇


「へー。 このキャンプ部屋の中から注文出来るのか。」


 私と三島さんがバスルームで部屋着に着替えた後、部屋の中に戻ると、二ノ宮君は部屋のクローゼットの横に備え付けてあった器具……食堂にあった端末に似ている器具を操作していた。

 彼の説明によると、自分のクリスタルをセットし、払うポイントは三倍だが、食料や生活用品を部屋の中から注文出来る器具らしい。 所謂、ネット通販みたいな事が可能なのだそうだ。

 念のため約一週間分の水と食料は購入してあったが、たとえ三倍の値段でも暖かい食べ物が食べられるのは正直嬉しい。 食料は干し肉やビスケット等の保存食だけだったからだ。

 ただ、武器や防具、追加の矢などは手に入らないらしい。

 その点は納得が行かないが、そういう仕組みになっているのだから文句を言っても仕方あるまい。


「喉が渇きましたね。 牛乳って頼めるんですか?」


 彼女を肩から車椅子に降ろした後、自分の喉を触りながら言う三島さん。


「うん? ミルクってのがあるね。」

「じゃ、私のクリスタルから払いますね。 皆さん他には何かあります?」


 と、三島さんは自分の車椅子を操作して器具の前に動かすと、ストッパーを止め、よいしょ、と、片手で車椅子の手すりを掴んで自分の全体重を持ち上げた。 もう片方の手には、彼女のクリスタル。

 そしてクリスタルを器具の窪みに嵌めると、片手で全体重を持ち上げたまま器具を操作する。

 そういった一連の動作で、介助など殆ど必要ない程自由に動けるようになった彼女の姿を見て、私は自分の事の様に誇らしく思う。 更にこれからレベルが上がって行けば、それこそ指一本で自分の身体を支えたり出来るのだろうかと想像してしまった。


「あ、僕……バナナ食べたいな。 小腹空いちゃって。 織部さんは?」


 と、そんな想像をしていたら二ノ宮君が私の方を向いて何が欲しいかを聞いてきた。


「っと……あ。 フルーツあるの? じゃ、メロンってある?」

「織部さんメロン好きな顔してるもんね。」

「どんな顔よそれ! じゃ、二ノ宮君はバナナ好きの顔だよ!」

「はは。 別に良いよそれで。 ちなみにバナナって何ポイント?」

「えっと……5ポイントですね。」


 と、端末に表示されている文字を見て言う三島さん。


「じゃ、それ貸しって事で。」

「私のポイントならまだ結構余ってますから、私が払いますよ。」


 そう言えば三島さんには日用品や雑貨等を買って貰っていたが、それでも一万ポイント以上は余って居た筈だ。 このキャンプセットを買った私が一番ポイント貧乏って事か。

 生きるか死ぬかの方がポイントよりも大事なのは分かるが、一瞬あんまり私はポイントを持って無いな、などと考えてしまう貧乏性な私。


「ちなみにメロンは60Pですね。」

「……円換算だと幾らくらいなのそれ?」

「約6000円ですかね。 通常で20Pで2000円の三倍って事で。」


 微妙に高いんだな。

 しかし、一度思い出してしまった、子供の頃に食べた事があるあのメロンの味が、既に口に広がって居る。

 食べたい。 もの凄くメロンが食べたいです。

 でも、高いもんなぁ。 ここはランクを下げてリンゴかオレンジにするか――――


「ああ。 丸々一個じゃ多いですかね。 じゃ、私と半分こしませんか?」

「え? う、うん。 じゃあそうしよっか。」


 私が量の事を思案しているのかと勘違いした三島さん。

 ……まあ、そういう事にしておこう。


 ◇


「で、戦争の話だっけ?」


 メロンを半分に切って、それをスプーンで食べながら二ノ宮君に言う私。

 キャンプセットの部屋にテーブルは無かったので、適当な布を床に広げて、それに直接座って食べて居る私と三島さん。 ちょっと食べにくいので、今度雑貨屋にテーブルが売ってあったら買ってみようかな。


「そうそう。 人が利益の為に戦争をしてるって話ね。 今はその戦争の意義さえ曖昧になったけど、人は人から何かを奪う為に人を殺して居たって歴史があるんだよ。」


 むぐむぐ、と、バナナを食べながら言う二ノ宮君。

 私は、はうっ!! ああ……メロン超美味しい……。 と、顔をとろけさせながらも、


「で、それが私達と何の関係があるの?」


 と、二ノ宮君に突っ込んでみる。


「それがもっと直接的に示されたら、人は喜んでそれをすると思うんだよね。」

「何が言いたいか良く分からないんだけど。」

「私も分かりません……。」


 私に続いて、三島さんも首を傾げる。


「ちょっと状況を整理したかったんだ。 ……まず、迷宮に入るのは六人が最大人数。 それは良いかな。」

「良いか、って、そう言われたんだし、そうなんじゃないの?」


 スプーンを口に咥えて、ぷらぷらと上下に動かして遊びながら言う私。


「仮に12人が同時に転送陣に入ったらどうなるんだろ?」

「わかんないなぁ。 ランダムに6人づつ転送されるのかな。」

「そう。 答えは僕達には分からない、だよね。 分からない事だらけだからさ、まず、分かってる事だけを一旦整理してみようか。」

「そう言う事か。 良いと思うよ。」

「まず、迷宮に関して。 一階と二階はある事は分かってる。 それから続きがある事も。」

「でも、何階まであるのかは分かって無いんだよね。」

「広さは大体……口で言うのは難しいですけど、うちの学校のグラウンドって一周400mのコースがありましたよね? あれが大体10個から12個くらい入る感覚の広さが、正方形になって居る感じです。」

「え? 三島さん、そんな事把握してたんだ。」

「ええ。 言う機会はありませんでしたが。」


 頭の中でそのグラウンドを12個並べて見ると、結構広いという印象を持つ私。


「壁は石壁。 床も石。 そこにモンスターが出現する……と。 迷宮に関してはこんなところ?」

「いや。 その肝心のモンスターの部分が何かおかしい。 織部さんは気付かなかった?」

「え? ……敵が倒されたら、消える事?」

「そう。 変でしょ。 何で敵が消えるのかな。」

「迷宮の主を倒せばリポップ……じゃない、出現しなくなるんじゃないの? その主が敵を召喚し続けて居るとかさ。」


 ついゲーム用語で言ってしまい、言い直した私だが、別に言い直す必要無いのに、という目で私を見る二ノ宮君。


「じゃあ、その主っていう攻略の対象を最初に僕達に言うんじゃないかな。 ただ攻略しろって言われても、何をすれば良いのかって具体的に言わないのは、何かおかしい。」


 ふむ……そう言われるとそうだなぁ。 何を持って攻略終了とするのだろう。


「でも、それはどちらも『もしかしたら』っていう仮定ですよね。 思ったんですけど、迷宮を攻略させる事は、本当にあの人達の目的なんでしょうか。」


 あの人達、というのは、私達に攻略を指示した女や、秋月さんに極刑を下した人達の事で、私はそれを『管理者』と勝手に呼んでいた。

 確かに、その管理者の目的が迷宮の攻略だとしたら、私達挑戦者を自由にさせすぎの様な気がする。

 私が仮に他の世界から戦う人間を召喚して、迷宮を攻略するとしたら、戦えと指示する前に訓練するだろうなぁ。 そして、ネットゲームの攻城戦の様に、組織的に攻撃させると思う。


「なら、願いを叶えてくれるというのも嘘だとしたら?」


 良い事を思い付いた、と、右手の人差し指を一本立てて二人に向かって言う私。


「え……それは……。」

「そこから疑って行ったら、キリが無いと思うんだけど……。」

「そ、そうか。 そうかもね……。」


 確かにそれは考えすぎだったかもしれない。

 ほぼ全ての挑戦者の原動力である願いを叶える可能性そのものを否定するという事は、戦う意味さえも否定するという事になる。

 私の場合は、仲間が欲しいという願いが叶って居て、その原動力を否定しても戦う意味は消えないが故、そんな事を言えたのかもしれないが……二人にそれを言うのは無神経だったかもしれない。


「……話は戦争と利益の話に戻るんだけどさ。 迷宮を攻略した最初の6人が願いを叶えられるとする。 なら、あのLV50以上の人殺し集団が攻略するとしたら、あの8人の中から2人を消さないとならないよね。 彼等自身がそれを分かって居ない筈が無いと思うんだ。」

「私達よりも情報を持っている人間が、それを分かって居て、敢えて8人で行動しているという事ですか。」


 二ノ宮君の言葉に、食い付く様にして言葉を返す三島さん。

 確かに、私達よりは遥かに長い時間この世界に居るあの人達は、攻略の上限である6人では無く8人だった。 これは大きなヒントになる様な気がする。


「後で犠牲になる2人を既に決めて居る筈も無いよね。」

「うん。 無いね。 そこで利益の話。 あの8人は、僕達の様に人を殺す事で多大な利益がある事を知っていて、それを目的にしていた。 けど、それで満足している状態なんじゃないかな。」


 真剣な眼差しを私と三島さんに向けて言う二ノ宮君。


「……そっか。 彼等は自分たちが迷宮を攻略する事よりも、誰にも迷宮を攻略させない事を目的として、現状を維持しているって事?」

「そう推測出来ますね。 ただ、全体の反応からすれば、彼等と同程度のLVの挑戦者も存在すると思います。」

「それは三島さんが感知出来たんだ?」

「はい。 準備区画全体では、大体の数しか覚えてませんが、20人以上は居た筈です。」

「それ早く言ってよ三島さん。 なら、彼等と共闘しようなんて一瞬でも考えた僕がバカみたいじゃないか。」

「聞かれませんでしたし……言ってもがっかりさせるだけかなって思って。 あの時の私は攻略そのものを諦めてましたし。」

「まあ良いや。 それはそれで良い事が分かったからね。 彼等が手を出せない程のLVの人も居るって事だからね。」

「良い事なの? 攻略に近い人が居るなら、先にその人達に迷宮を攻略されてしまうんじゃない?」


 二ノ宮君が、言った事に対して、それは本当に良い事なの? と、首を傾げる私。


「現時点で分かるのは、それでも攻略出来て居ないって事と、攻略する目的の人が10人以上居るなら、必ず潰し合いが起こるのが分かってるって事。 もしかしたら、その瞬間をあの殺人集団が狙っているのかもしれないな……。」

「色々考えるんだねぇ。 二ノ宮君ってひょっとして頭良い?」

「頭良い? って本人に聞く人が居るなんて思わなかったんだけど。 じゃあ、織部さんって可愛い?」

「なっ!」


 ボッ、と、顔に火が付く様に顔を赤らめる私。

 が、結局二ノ宮君が言いたい事が分かって、悔しさに口を尖らせて押し黙った。

 

「……話を戻すけど、僕達も殺人集団の様に漁夫の利を狙うか、殺人集団を相手に、攻略組の手伝いをして、最後の最後に攻略組の人達を裏切って自分達だけで攻略するって方法もあるね。」


 してやったり、といった顔付きの後、真面目な顔をして言う二ノ宮君。


「私達って滅茶苦茶悪党ね。」


 と、彼の物騒な作戦に対して、悔し紛れにそう言う私。


「織部さんは自覚してると思ってたけどな。」

「ごめん。 ちょっと言ってみたかっただけ……。」


 弄られたのが悔しいからちょっと言ってみたかっただけです。 はい。


「何にせよ、可能性はまだあるって事だね。 殺人集団側に付くのも、攻略組に付くのも、僕等次第って事だ。」

「殺人集団の方は生理的に無理。 違う生物に見えるもん。」


 あんなヒゲもじゃで筋骨隆々の白人男性や、出る所が滅茶苦茶出てる女の人と肩を寄せあって戦うのは無理だなぁ。 うん。 あと目つき悪いし。


「生理的って……。 まあ、僕も心理的には何か嫌だな。 もしかしたら同属嫌悪ってヤツなのかもしれないけど、あいつらの殺しの手伝いはしたくないなぁ。」

「私も何か嫌ですね。 自分もあんな風に獲物を狩るような目で人を見るのかと思うと、嫌気がします。 これが二ノ宮君が言う同属嫌悪なんですかね。」

「三島さんも、か。 三人が嫌だって言うなら決定だね。 殺人集団側には付かない。 いつかはあいつらを排除する事を目的とする、で、決定しよう。」


 二ノ宮君の言葉に頷く私と三島さん。


「で、話は急に変わるんだけど、次は長谷川の事。 あいつ、何で池谷沙柚子さゆこを殺した事だけが分かったんだろう。」

「本当に急に話が飛ぶね。 ……でも、そう言われるとなんでだろうね。 私が殺したのは池谷さんだけじゃなかったのに。」

「僕と三島さんが殺した相手は、長谷川には感知出来なかった事になる。 池谷と他の死体は、何が違ったんだろ?」


 ふむ……違い、か。 直接血液膨張ブラッドエクスパンションを使った相手である古田を殺した事には言及していなかった。

 壁にあった血痕と肉片で、池谷だと分かったと長谷川は言っていたが……。

 床に散らばっていた彼等の死体や装備は、私が炎の剣で燃やした。 でも、肉片や血なら壁だけじゃなく床にも散らばって居た筈。

 何故、その壁に飛び散った池谷の血と肉片だけは、長谷川に感知出来たんだろう……。


「床にあった肉片や血は無くなって居て、壁だけのが残って居たのでは無いでしょうか。」

「あり得るの? それ。」


 三島さんの推測に、首を傾げる私。


「いや。 三島さん。 それだ。 結果で推測すれば、それが一番正しい。 床の証拠は全部無くなっていて、壁の証拠だけがある程度残っていた。 そういう事で考えれば辻褄が合う。 ……って、もしかして、織部さんが探知されたのって、その証拠から糸みたいに辿られて来た物なのかも。 ……そうだ。 僕達の隠蔽を看破するスキルをあのパーティの誰かが持っているんじゃなくて、犯人である織部さんの痕跡を辿っただけ。 つまり、犯行を暴いたのも、犯人を追跡したのも、長谷川が持つ同一のスキルなのかもしれない。」

「仮にそうだとしても、何で肉片と血が無くなるのよ?」

「秋月さんがムカデに襲われてた時の事覚えて無い?」

「えっ……まさか……モンスターが人の血肉を食べてるって言うの?」

「織部さんだって太腿の内側噛まれてたじゃない……。」

「思い出したら具合が悪くなるよ……。」


 内股を抑えて、ムカデに噛まれた時の苦痛を思い出す私。


「あれって、織部さんを食べるつもりだったんですか……。」

「やーめーてー。 食べられながら死ぬよりはせめてひと思いに殺されたいよ。」

「今の織部さんなら素手でも殺せるんじゃないの? あのムカデ。」

「そうかなぁ。 それでも最初にやられた敵って、なんかトラウマが……。」

「まあ、ムカデの話は置いておいて、証拠の件ですよ。 その場所に行って、証拠を炎の剣で全部燃やしてしまえば、長谷川が私達を追跡してくる糸を失うかもしれないという事ですね。」

「……なんで二階のここに来る前に考え付かなかったんだろうね、私達。」

「今だからこそ考え付いたんだろうね……。 まあ、後悔しても仕方ないよ。 今日は休んで明日からやる事にしよう。」


 それからまだ残っていた果物で小腹を満たし、ミルクで喉の渇きも癒した私達は、キャンプセットの入り口が外側からどう見えて居るのかが分からないので、一旦二ノ宮君だけに外に出て貰い、様子を見て貰う事にした。


「なんか普通に扉が見えてた……大丈夫なのかな?」


 そう言って普通に入り口から入って来る二ノ宮君。


「同じパーティだから見えてるのかな。 迷宮で使う用途として売っているんだから、そう簡単には敵には見えないと思うんだけど。」

「内側から鍵が掛けられるみたいだから、それで様子を見てみるしかないかな。 最悪蹴破られたら飛び起きるでしょ。」


 私はそれでも多分寝ている様な気がするが、二ノ宮君の言葉に一応頷いておく。

 念のため三島さんの探知でも周囲を探っておいて、すぐ傍には敵が居ない事を確認し、ようやく就寝する私達だった。

 疲れて居たのだろう、それぞれ泥のように眠り…………


 …………次の日の朝、いや、既に10時なので、昼に近いか。

 全ての戦闘準備を整えた私達は、再び一階へと戻る為にキャンプから足を踏み出したのだった。

 まず、二ノ宮君が外に出て、大規模放出マッシブエミッションスタッフで灯りを召喚し、次に外に出た私にそのスタッフが手渡される。


「……え?」


 と、一番最後にキャンプの出入口から出た三島さんが、首を傾げて軽く額を手で押さえた。

 これは何か拙い感じだと察した私はロッドを強く握り直す。


「もしかして敵の反応? まさか餌も?」

「はい。 両方です。」


 三島さんの探知によると、今現在居る場所から直線距離で150m先に、いくつかの反応があったそうだ。

 その色は全て薄い緑から濃い緑。 数は20個程だったそうだが、最初に探知してから5分程経過した後、緑の点は6つに減ったそうだ。

 つまり私達、いや、基準は三島さんになるのだろうか、から見て格下のその緑の点は、同じく緑の点10数個、多分ダンジョンのモンスターである何かを相手に戦い、6人全員が生き延びて居る挑戦者の集団だと思われる。

 餌の人数は六つ。 三島さんの探知では全員白未満の薄い緑。

 であれば――――


「よし。 やろうか。」


 二ノ宮君の言葉に頷く私と三島さんだった。

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