少女一人

 朝の八時。 二人はやはり帰って来なかった。

 もう涙も枯れ果てたが、腹は勝手に減る。

 

 私は、端末からバナナとミルクを注文して、それでお腹を満たした。

 勿論、二人の為に作った煮物と塩むすびと味噌汁はそのまま置いてある。

 煮物はすこし時間をおいた方が美味しいのだ。 うん。


 なんて一瞬強がるが、不安で頭の中が一杯な私。

 外に出るつもりは無かったのだが、髪は後頭部に一つに束ねて紐で縛り、戦闘服であるタイトローブを着て待機して居た。

 ちなみに太腿の上と脇腹の破れた部分はそのままだ。 修復方法が無いので仕方ない。

 けれど、そんな破れた状態のままでも、淡い光を失って居ないので、防御力そのものはまだあると思う。

 ちなみに洗浄剤で洗って綺麗にしてあるので、もう血や脂などの汚れは付いていない。 ブーツもその通りだ。

 いつ二人が満身創痍で帰って来ても、援護出来る状態で居ないとね。


 ◇


 昼の十二時になった。

 空調は暑くも無く、寒くも無く調整されているキャンプ内。

 二人が帰って来ないのと煮物との関係は無いのだけれど、何故か煮物が臭う様な気がしてしまう私。

 丸一日経っても帰って来なかったら、勿体無いけど捨てようと決めた。


 ◇


 残念ながら、丸一日と一時間が経過した。 午後三時。

 煮物を捨て、塩にぎりも捨て、味噌汁もゴミ箱に流した。

 お昼を食べて居ない事を急に思い出し、適当にメニューから選んだのはミートソースパスタ。 36ポイント。

 美味しい筈なのに味気ない感じがして、切なくなった。


 ◇


 午後五時。 何故か時間を見ると夕御飯の支度をしないといけない気分になってしまう私だが、作る相手が居ない事を再確認して、枯れた筈の涙がまたこんこんと湧いてくる。

 そんな風に簡単に泣いてしまう自分が情けなくて、更に涙は溢れて来る。

 やがて涙と鼻水でぐしょぐしょになった顔と手と腕に嫌悪感を感じた私はバスルームに向かった。

 今日は何もしていないので、大して汚れて居ない筈なのだが、いつもよりも念入りに石鹸を泡立てて身体を洗う私。

 それは特に意味のある行動では無いだろうが、普段していない事をする事で、何か奇跡の様な物が起こる事を期待していたのかもしれない。

 勿論、石鹸は石鹸。 泡は泡。 奇跡には結びつかない。 

 それを納得するのも結局悔しくて、下唇を噛んで咽び泣く私。

 ならばせめて身体を気持ちよくして気分を変えようかと、三島さんと一緒にシャワーを浴びた時にしたのと同じ様に、長い髪を滅茶苦茶に頭の上でこねくり回して頭を洗った。

 しかし、以前よりも然程心地よさは感じなかった。

 自分がしている事のバカらしさだけは再確認出来たが。

 流れるシャワーの水音だけは、いつもと同じ音を立ててバスルームに響き、水はいつもと同じ様に排水口に流れて行く。

 頭を前に倒し、そのシャワーのお湯を頭に浴びて髪付いた泡を流す。

 途端、身体に感じる流れる泡と自分の髪の感触。

 その頭の天辺から溢れるように流れる自分の髪は、お湯と共に身体に纏わり付き、それが違う誰かに触れられて居る様な安心感とも言える様な錯覚を覚え、一瞬でもそう感じてしまった事に情けなさを感じた自分が悲しくて、お湯と共に涙を流す私だった。


 ◇


 午後九時。

 キャンプの部屋の中の物、調理器具などは全て片付けた。

 何もする事が無かったからだ。

 私は部屋着に着替える事はせず、髪は後ろで縛り、タイトローブを着てブーツを履いたまま、ベッドに腰掛けて居た。

 ……まだ二人は戻らない。


 ◇


 翌日、午前五時。

 何も出来ないもどかしさと格闘しながらも、取れたような取れない様な睡眠から覚めた私。

 タイトローブのまま寝ていたので、何だか身体が窮屈だ。


「…………。」


 二人が居なくなってから一日半。 絶対に何かあったと確信する私。

 ならば、このままこの場所で待機していても何にもならないのではないか。

 そんな考えに至った私は、顔を洗って髪と服を整え、外に出る準備を始めた。


 ポーションなどのポーチの中の整理は昨日の内に済ませて居たが、他には何を持つべきかとクローゼットを確認し、結局何も見つからなくて溜息を漏らす。

 一階を攻略していた時の様なリュックサック等は背負わず、他の道具や服はキャンプの中にそのまま置いておく事にした。

 いつでもこのキャンプが開けるのなら、態々重い荷物を背負って歩く理由は無いのだから。

 その後、バゲットとカフェオレで簡単な朝食を済ませた私は、


「よし……行くか……。」


 そう自分に言い聞かせると、ゆっくりとキャンプの扉の鍵に手を伸ばす。

 鍵はシンプルな作りで、レバーを上げて横に引けば、扉の上中下と、全体で三箇所ロックされている金具が解除され、それで取っ手を引けば扉が開く仕組みだ。

 カシャン、という音が響き、遂にそのロックは私の手で解除された。

 これで……もうここからは安全な場所では無くなったという事だ。 気を付けねば。

 そう自分に言い聞かせながら、扉を引き開けて、身体をその隙間に入れて外に出る私だった。

 

 その扉を開けて出た外は漆黒の闇。 ついその闇に自分が呑まれそうな感覚に陥る。

 が、それよりも敵が居ないかどうかを確かめないと、と、周辺の気配を探る私。

 …………特に何の気配も感じないし、音も聞こえない。

 取り敢えず周りに敵は居ない様で、その点では安堵する私。


 では、まず灯りが必要だ、と、私は炎の剣を召喚した。

 見慣れた光景がそこには広がって居た。 湿っぽい石壁に囲まれた小部屋。

 私は半開きだったキャンプの扉を閉め、


縮小シュリンク


 と、命令コマンドしてキャンプセットを白い玉に戻す私。


 しん、と、静まり返った空間の中、自分の鼓動だけが自分の中で響き渡って居る。

 ……静寂は人を不安にさせる。

 思い切り叫んでこの静寂を壊してしまいたい衝動に駆られるが、もし敵や人が近くに居たら拙い、と、自重する私。

 それよりも、とにかく前に進まなきゃ。

 と、足を踏み出そうとしたが、私がキャンプを出て二人を探しに出た事を何かで伝えられないかと考える私。 もし二人がこの場所に戻って来て入れ違いになって、目的のキャンプがここに無ければ二人は混乱する事だろう。

 手持ちにある物で出来そうな事で、考え付いた事は、一つだけだった。


 私はポーチに入って居たポーションの空瓶を、小部屋のキャンプを張っていた場所に置き、せめてもの二人に対してのメッセージとしてその場に残したのだった。

 伝わると良いのだけれど……。

 

 ◇


 自分が居た小部屋の場所は大体分かって居た。

 確か中央より少し南の、西から東に通る長い通路からL字に南側に伸びた通路をもう一回南に曲がった右手の方だった筈。

 だとすれば、小部屋から出たすぐの通路を右に曲がり、突き当たった通路を南に曲がって、後は左手の壁を伝う様にして行けば二階の入り口へと辿り着ける筈だ。


 コッ。 コッ。 と、自分のブーツの足音だけが迷宮の通路の中に響く。


 その空虚な音が私がひとりぼっちだと再認識させ、三人で居た三日間の記憶が、まるで夢だったかの様な感覚を覚える。

 ――――いや。 夢なんかじゃない。

 二ノ宮君と三島さんは、私の仲間だ。

 二人に何かあったというなら、仲間である私が二人を助けなくてどうするというのだ。

 そう自分に言い聞かせ、少し引けた腰を伸ばして歩みを進めるのだった。


 ◇


 しかし、そんな風に自分を鼓舞して三十歩。

 そのたった三十歩で再び恐怖に襲われ、足を震わせる私。

 右手には炎の剣があるので、何者かに襲われても何も出来ないまま殺されるという事は無いのだろうが、真っ暗闇の通路を女が一人、一つの灯りを手にして歩くのは本能的に危機感を感じざるを得ない。

 ここに獲物が居ますよと言っているのと同じ様な感覚なのだ。

 タイトローブの短いスカートの部分が気になって仕方がないので、左手でそのスカートの裾を下に引っ張り、何とか気を保とうとする私。

 しゅる、と、自分が出したその僅かな布擦れの音に、


「ひぃ!」


 と、その自分が驚き、きょろきょろと必死に周りを見渡す。

 ……そして何事も無い事に安堵して溜息を一つ漏らすのだが、その自分が出した溜息の音の大きさにまた自分で驚いてしまう。

 まあ、何とも情けない話である。

 

 二日前まで嬉々として人を殺して居た自分は何なの? このザマは何?

 と、自嘲するも、その人を殺した事が自分の強さだと思って居た事こそが勘違いだと気付く私。

 その時自分が殺す立場に居た事と、自分が獲物になるかもしれない立場になる事とは全く別の事だからだ。

 もし私の様な存在が一人で迷宮を歩いて居て、最悪男性だけで組まれた六人のパーティに出会った場合…………。


「あぁぁぁ!!!」


 ダメだ、ダメだ!! こんな事を考えていたら本当に恐怖だけで何も出来なくなってしまう!!

 そうだ。 もう少しポジティブに考えてみよう。

 二日前に戦った人達の様に、私を見ていきなり襲い掛かる様な人達ばかりでは無い筈だ。

 …………まあ、そんな人の良さそうな人達を殺してしまったのは他でも無い私なのだが。

 ――――そうだ。 こう考えてみよう。 さっき自分で考えて居たじゃないか。

 自分は何も出来ないまま犯さ……もとい、殺される事は無いのではないか、と。

 私はこの炎の剣があり、必要なら魔法も使える。

 獲物に見えるけど、同時に狩人でもあるのだ。


『や、やめてください。』


 とか、怯えながら後退り、この炎の剣が松明代わりにしかならない様な演技をして敵を誘き寄せ、一気に斬り掛かるというのはどうか。

 …………うん。 六人を一度に斬り伏せるのはちょっと無理があるわね。

 流石に二階まで来ているなら、一階のボスである巨大な犬を倒すくらいの実力はあるのだろうし。

 けど、抗う事を考えると勇気が湧いてきた。 良い事だ。

 お。 一つ良い事を考えたら、もう一つ良い事を思いついた。

 私の得意分野は敏捷度だ。 二日前に戦った時に感じたが、私の敏捷度はこの二階を探索している挑戦者の速度を完全に上回って居たと思う。 普通の状態でも上なのに、加速も使えるのなら、もし逃げる気ならばいつでも私は逃げられるという事だ。

 これは一人ぼっちならではの利点だろう。


 …………ぼっちを利点とかで無理矢理考えてる自分が悲しいけどさ。

 

 そ、そうだ。 私にはいつでもキャンプという逃避場所があるじゃないか。

 走って逃げてキャンプに逃げ込んで鍵を閉める。 うん。 完璧だ。


 ガサガサガサガサッ。


「んっ?」


 何か紙をくしゃくしゃにするような音がしたような。

 と、その音がする方に視線を向ける私。


「…………っは!」


 目の前に現れたのは、8匹の……大きな黒い蜘蛛。 驚いて息が一瞬止まった私。

 こ……これは……どうしたものか。

 そうだよねぇ。 モンスターも出るよね。 ここ迷宮だもの。

 って――――蜘蛛が一斉にこっちに向かって飛んで来た!?


「くっ!!」


 自分が居た場所から数歩後退して、炎の剣を構える私。

 蜘蛛達は私が居たあたりの床に着地すると、今度は私を囲む様に一斉に通路に広がった。

 ……大丈夫。 大丈夫だ、加奈。 雑魚だよこいつらは。

 そうやって自分を奮い立たせ、その蜘蛛の集団に斬り掛かる私。


「るあぁぁぁぁ!!」


 腹の底から声を張り上げ、自分から見て一番右端の蜘蛛に斬り掛かった。

 人間の赤ん坊くらいの大きさの胴体をした蜘蛛の身長は50cmくらい。 その蜘蛛の胴体に向けて、右上から左下に振り下ろす様に斬り込まれる私の炎の剣。

 それは本当に呆気ない出来事だった。

 切っ先が蜘蛛の胴体の真ん中に当たったと思った途端、蜘蛛が燃え上がったのだ。

 そして、振り下ろした剣を返す手で他の蜘蛛を斬り上げたならば、その蜘蛛も瞬時に燃え上がるではないか。


「は……あはっ。」


 ――――圧倒的じゃないか。 その余裕からか、つい笑みを溢してしまう私。

 すると、蜘蛛の子を散らすとは、正にこの事か、と、言わんばかりに今度はその蜘蛛達が一斉に逃げ出した。


「逃がさないって!」


 私を驚かせた罪は重いのよ!

 蜘蛛達に追い縋ると、次々とその蜘蛛を燃やして行く私。

 暗闇で炎が踊るのと同時に、蜘蛛の身体はまるで花火の様に燃え上がる。

 斬って、返して、二つ。 次に同じくして四つ、そして……最後に――――六つ。

  

「……やった。」


 ぶん、と、刀に付いた血でも払うかの如く炎の剣を振り下ろしながら言う私。

 本当に刀ならここで格好良く鞘にでも収めるのだろうが、鞘の無い抜き身の炎の剣なので振り下ろした手が右下に降りたままになり、まあ……ちょっと間抜けな格好である。

 私は眼鏡の位置を直す様に左手の人差し指を眼鏡の中央のフレームに添えて、くい、と、押し上げ、それを戦闘終了の合図とした。


 ◇


 蜘蛛との戦闘行為は、逆に私を勇気付けてくれた。

 一人でも十分に戦えるじゃないか、と。

 その勇気が私の背中を押し、軽い足取りになった私は、程なくして二階の入り口へと辿り着いた。


 しかしまた、ここからはここからで問題である。

 これから私が準備区画に戻るとして、長谷川の件はどうなったのか分かって居ない為、安易な行動は取れない。

 しかも、二ノ宮君と三島さんが戻って来ないという事は、二人が証拠の隠滅に失敗した可能性が高いと考えられる。

 ……頭の中を整理してみれば、二人は長谷川達に捕まった可能性もあるという事か。

 捕縛されているとしたら、準備区画ならば宿屋の一室と考えられるが……どうやってその場所を特定する?

 そして、どうやって救出する?

 全く。 何もかも答えの出ない事ばかりで嫌になる……。

 考えられる事から考えて行くしかないか。

 

 まず、二人の事以外で、他の人に会った場合の対処方法だが、基本無視で良いだろう。

 あと、部屋に引きずり込まれて色々とアレな事をされるのは嫌なので、宿屋付近に近づくのはやめておくか。

 となると、私が行ける場所は神殿とピピナ商店くらいという事だ。

 その二つの場所で二ノ宮君達の情報を仕入れられるものだろうか……。


 だが、進まないと何も始まらない。

 そう決めて、準備区画への転送を開始する私だった。


 ◇


 準備区画に転送すると、私の炎の剣を含む、持続性のある魔法は解除される様だ。

 これはキャンプに入る時と同じ条件、いや、逆にキャンプがこちらの条件に追随しているのかもしれない。

 準備区画の魔法陣に帰り立ったのと同時に、手の平にあった筈の炎の剣がまるで蝋燭が吹き消される様に消えると、不安が私を襲い、つい反射的に目を瞑ってしまった。


「****。」


 ――――っ!

 誰かの話し声が聞こえ、その声に反応して目を見開く私。

 自分の鼓動がまるで耳の側で鳴っている様な感覚。

 目の前に居たのは、六人組。

 その中の一人が私を指差して何かを言っているようだ。

 ――――見た目は南米系の人達だろうか。

 六人の構成は、三人が男で三人が女。

 その構成を見て、自分がいきなり性的な何か・・をされる訳で無いと一旦は安心するも、私を指差して何かを言っていた男の様子が、私を見て茶化すように言って居る様に感じる。

 仲間を全員殺されて、一人だけ生き残ったのかこの間抜けとでも蔑んで居るのだろうか。

 だが、その後ろに居た女が、その男を窘めて居る様に肩に手を置きながら何かを言っている。

 彼女の私を見る視線からは―――――憐憫の感情が見えた。


 …………同情ならば、大丈夫だ。

 そういう感情で私を見るならば当面の危機は無いと判断出来る。

 大丈夫だ――――気にしないで真っ直ぐ歩け、加奈。

 そう自分に言い聞かせ、その人達の横を素通りしようとする私。

 無論、何かをされそうならば、やり返してやると全身の神経を尖らせながら。

 私にそれ程の気迫があるとは思わなかったが、私の進む方向に居た一人の男と女が、まるで道を開ける様に横に移動した。

 ――――満身創痍でも、一人で生き残って帰って来て、未だに闘志を失っていない女、か。

 そう考えると、自ら触れたい物では無いかもしれないな。

 そう自分で勝手に納得する私。

 と、六人の中の一人が、首を迷宮の魔法陣の方に振って何かを言って、まるで皆の意識を私から逸らすように誘導したようだ。

 彼等の横を通り過ぎ、彼等は私の背中に。

 六人の足音はやがて遠ざかって行った。

 

 ……その六人を突破した事に成功して胸を撫で下ろす私。

 けれど、人に会う度にこんなに緊張していたら身が保たないな……。

 そんな事を考えながらまずは神殿へと足を向ける私だった。


 ◇


 そうだ。 まずはレベルアップだ。 打開策はまずここから考えるしかない。

 私は神殿の中を確認すると、今回は誰も居ない事にまず安堵した。

 ならばさっさと用事を済ませよう、と、入り口から一番近いカウンターに向かい、クリスタルを差し入れた私。

 馴染みのレベルを上げるかどうかというカタカナのメッセージに『ハイ』を選ぼうとしたのとほぼ同時に――――背後から神殿の入り口の扉が開いた音が聞こえた。

 びくん! と、身体を震わせ、複数の足音がどう動くのか様子を伺う為、端末からクリスタルを引っこ抜いてポケットに仕舞い、いつでも動ける様に、臨戦態勢を取る私。

 視線は端末に向けたまま、気配だけを探る……。

 複数の足音は…………私の背後を通り過ぎ、神殿の奥のカウンターへと向かった。

 

 取り敢えず、他の人達の命に興味のあるPK集団や、私に個人的に興味のある人達では無かったらしい。

 複数の若い男女……聞き覚えがる言語……多分英語だろう。

 その英語で、和気藹々と話しをしながら、多分、彼等自身のレベル談義にでも興じて居るのだろうか。

 聞き間違えで無ければ、LV4魔法マジックという言葉が聞こえ、それが本当にそういう意味だったのなら、なんとも羨ましい限りである。

 私なんてLV4どころか、3さえ覚えて居ないというのに。

 まあ、自分の才能の無さは知っていた事だ。 だから今更羨ましがっても仕方無いのだが、実力は実際に生死に関わる問題なのだ。

 だが……せめて次のレベルアップで、何か現状を打破出来そうなスキルを得られる事を願うしか無い。

 

 クリスタルを再度端末に嵌めて、今度はじっくり端末を見る私。

 自分で『プレイエ』と唱えて確認しては居たが、今回稼いだ1565100という数値には驚かされる。

 一体いくつLVが上がるのだろうか。

 そう言えば、この端末では稼いで来た経験値の量が表示されているが、前回ここに訪れた時からカウントされているのだろうか。

 ……まあ、そんな事を推察しても別に意味は無いわね。 うん。

 それよりも、と、不安を混じり合わせながらも、淡い期待で胸を踊らせながら、まずは一つレベルを上げる。

 次の必要経験値は274000となっていて、586000が次のLVの必要量。 それも超えて居るのでもう一つレベルを上げる。

 で、その次は654700。 もう一個上げられる様だ。 が、これで最後か?

 と、端末を見ると、次に必要な経験値の数値は残り725000となっており、やはりここで打ち止めの様だ。

 上がったLVは3つか……良いとも悪いとも言えないが、使えるスキルか魔法が来て欲しいものだ。

 喉を鳴らしながら唾を飲み込んで、食い入る様に端末を見る私。


「…………。」


 ‥…ああ。 これは……ダメだ。

 私は何か前世で狐に憑かれる様な事をしたとでも言うのだろうか。 

 これから二人を助けに行かなければならないというのに、ほんとふざけんな、って感じ。

 掻い摘んで言えば、次のレベルのスキルはパッシブスキルでした。

 フォックスプリスティージだって。 まあ、聞こえは良いよ。 聞こえは。

 なんか高そうな雰囲気の響きがしますよね。

 けど、内容が……狐の聴覚を得て、尻尾も生えます。 …………だそうです。

 『尻尾』だそうですよ。

 耳が生えた時点で嫌な予感はしてたけど、まさかこの状況、このタイミングで来るとは、はっきり言って笑えない。

 レベルが上がった後、尾骶骨のあたりが、何かモコモコしていて窮屈だ。

 はっきり言おう。 まるで果てしなく大きな粗相をしてしまったような感覚だ。

 しかもこの尻尾、普通に大きくて長いらしい。 もう窮屈で下着が破裂しそうだ。 そのせいで下着の前の方が後ろにぐいぐい押されて股に食い込んで来て痛すぎる。


 …………やむを得ず、私は臀部に手を伸ばし、はち切れそうな下着をを少し下に降ろして、尻尾ヤツを解放した。

 まふん! と、自己主張を始め、私のタイトローブのスカートを下から捲り上げるながらそそり立つもふもふの尻尾。 その開放感で心地良いのが泣ける。

 いや……やばい。 これ本気で泣けて来たんだが。  

 これ……服にも下着にも穴空けないと、いつもお尻丸出しで居る事になるんだけど……。


「んっ?」


 ちょっとしょんぼりしたら萎んだぞ、尻尾。

 ……まさかこれ、私の感情と連動……いや、自由に動かせ――――るぞ!?

 ちょっと尻尾で自分のポニーテールを左右に揺らしてみる私。

 うわ。 尻尾の感覚もあるんだ……尻尾で髪を触るって変な感じ。

 というか、普通に動く……わね。 っていうか、尻尾の利便性って何なの?

 すくり、と、その場で立ってみる私。

 尻尾の長さは私の足よりも長く、まるで足が三本ある感覚だ。

 左足を上げて、右足だけで立ってみる――――と、おお。 尻尾が支えになっているのか、とても安定している。 流石に尻尾だけで体重を支える事は出来ないが、足の二分の一くらいの力はありそうだ。

 それなりの用途はあるのだな、と、左足を戻して椅子に座り直す私。

 ふるふる。 と、横に振られる私の尻尾。

 ――――って、こら。 勝手に振れるんじゃありません。 感情ダダ漏れじゃないですか。


 まあ、尻尾に関しては悪い事だけでは無かったという事で落ち着こう。

 それよりも、レベルアップ前よりも更に身体が軽くなった気がするが……ん?

 パッシプスキルの説明の続きが……ある?


『シュゾクニヨルホセイガツイカサレ、ビンショウドノゲンカイチガサラニカクチョウサレマス。』


 ……は? 種族による補正が追加される?

 ……で、敏捷度の……限界値? ……が更に拡張されますって事よね。

 敏捷度の限界値……パラメータには限界値リミットがあるっていうの?

 種族、つまり私は狐としての個性があり、そのお陰で限界値を突破出来たという事か。

 ――――ちょっと待って。

 更に、って事は、私は既に人としての限界値を突破していたという事にもなる?

 これは……結構重要な情報なのではないだろうか。

 もしかして、私や二ノ宮君などの特定の種族――――所謂資質が無いと言われる人には、初期の資質であるパラーメータが低かったり、LVアップが他の人よりも難しくなっている代わりに、人としての限界を突破出来る要素があるのか。

 ……他の攻略者の中に、私達の様に他の種族が混じった特徴がある人はまだ見た事が無いが、それはこのレベルまで到達出来た混じり者が少ないからだろうか。

 確かにまとも・・・に攻略していたならば、現在のレベルに到達するのは相当先になったか、それ以前に私達が他の誰かの餌になって居たかもしれない。

 私達は、秋山さんを殺す事で偶然にも他者を殺す事のメリットを知り、尚且つ殺意を持って同級生を殺して自分の糧とした。 果てには、名も知らぬ他人を惨殺し、ようやく得た結果がこれだ。

 改めて自分の辿ってきた軌跡が稀有である事を知り、それを喜びとして分かち合いたいが、その仲間が居ない事が悔しい。

 二ノ宮君も私の様に、レベルアップしてこの情報を得たのだろうか……。

 だとしたら、尚更すぐにキャンプに戻り、私にもレベルアップする様に促した筈だが……その途中で何かがあった、という事だろうか……。

 ――――その何かが致命的な事で無ければ良いのだけれど。


 悪い事ばかり考えても仕方が無い。

 次のレベルアップの効果を見よう。


 次は魔法だった。 LV3魔法。

 素直に嬉しいが、手放しで喜んで居る状況では無いので、尻尾だけを軽く足元で振る私。

 LV3魔法の回数は3回。 私の魔法としては5mと比較的射程距離の長い真紅炎噛クリムゾンフレイムバイトという魔法。

 効果は少し陰険トリッキーだと思う。 対象の魔法防御及び障壁を真紅の炎を纏った牙が生えたあぎとで噛み砕く魔法だからだ。 つまり、そのどちらも無い場合は効果が無いという事になる。

 私の場合、魔法が弾かれた時に使うのがその使い道だろうが、問題は詠唱がそこそこ長いという事と、効果が対象一人だと言う点だ。

 だが、どうしても自分の魔法を貫通させたい場合、この魔法の効果は絶大だろう。

 炎の剣を弾かれたりした場合は、相手に確実に魔法防御や障壁はあると判断出来る。 その場合、この魔法を使って障壁を噛み砕けば魔法は通るという事だ。

 そして、同じLV3魔法である真紅嚥下クリムゾンスワロー。 これは真紅炎噛クリムゾンフレイムバイトによって生成された真紅の炎の玉を自分の身体に取り込んで傷を癒やす魔法である。

 この魔法の詠唱は短い。 瞬時に発動出来るなら、最悪傷を負いながらも敵に突っ込み、回復した後に斬り込めるというのか……。

 かと言って、どれほどの傷を癒せるのかは使ってみないと分からないから、最初に使う時には博打になってしまうだろうな……。

 この二つの魔法はペアで使わなくてはならない魔法だが、魔法障壁破壊に、回復手段という二つの可能性が産まれたのは嬉しい。

 さて、最後のレベルアップではまた面白いスキルが来た。 もう大抵の事では驚かないわよ。


 鋭利炎尾シャープエッジフレームテールだそうだ。

 名前からすると魔法っぽいが、実はこれは魔法では無く、スキルとして使うらしい。

 だが、魔法と同じく回数制限があり、一日二回までなのだそうだ。

 私の個別の特異性からか、また変な例外が出てきたが、まあ、これも個性だと勝手に納得する私。

 スキルの説明としては、尻尾の先端――――私の狐の尻尾の事だろう。 それに炎の刃を出現させ、具現した刃で瞬時に攻撃すると書いている。 攻撃と言っても具体的にどう攻撃するのかは書いて居なかったが、窮地に陥った時に隠し球として使えそうなスキルだな。

 どの道大っぴらに尻尾を振り回して歩くつもりは無いが、なるべく尻尾は隠して置いた方がこのスキルも生かせそうだ。

 私が今装備しているマジックマントは背中の肩甲骨くらいまでの長さしかないので、それを売って長いコートかマントを購入し、それで隠すのが良さそうだな。

 尻尾の付け根の恥ずかしい部分も隠せるし。


 まあ、こんなところか。 アイテムの話が出た所で、早速尻に穴の開いた下着とスカートも買わないとな……。 多分売ってないと思うので自分で作らないとならないだろうが……。


 おっと、ステータスの確認を忘れて居た。


 キンリョク 18(+5)

 タイリョク 19(+5)

 シンリキ 6(-2)

 チリョク 15(+2)

 ビンショウ 28(+9)

 ウン 1


 そして、LV1:8 LV2:6 LV3:4 これが現在使える魔法の回数だ。 最後のレベルアップで魔法の使用回数もそれぞれ一つづつ上がったらしい。

 ステータスに関しては、敏捷には種族補正が追加で入っているらしいが、それは表示されていない様である。

 通常の人間の上限値がいくつかは分からないが、これはかなり……うん。

 総合的にかなり戦えるレベルになって来ているのでは無いだろうか。

 あのアジア人と戦った時もそうだったが、敏捷度、つまり速度は、自分の物理攻撃に乗せられる事が分かった。 最終的に攻撃が当たる衝撃インパクトの瞬間には、筋力による純粋な攻撃力のステータスに速度の補正が掛かり、そのお陰で、骨を砕く様な蹴りを繰り出す事が出来たのだろう。

 後は攻撃に耐えられる肉体、もしくは武器が必要なのだが、体力がそれに該当するのなら、それもレベルと共に順当に上がっているらしい。

 結果的に今回のレベルアップは多大な自信を私に与えてくれる事になった。

 劣等感の塊だった私は、力を持てた事が純粋に嬉しく、仲間を助ける為の力にもなるであろうこの力に、打ち震えずには居られなかった。


 だが、感動ばかりはして居られない。 他の人に気付かれる前に神殿を出るとしよう。

 そう思って立ち上がる私――――ん? 破裂音。 悲鳴、血が吹き出す音、固い何かが打ち合う音。

 そんな音が狐の耳の方から聞こえた。 準備区画の何処かで何かが始まって居るのか。

 と、私の後に入ってきたグループ、その人達が居る方を見ると、そんな音は全く聞こえて居ない様子で、ワイワイと談義を楽しそうに続けて居た。

 成程。 狐の耳の方で聞こえたという事は、人の耳で感知出来なかった音という事らしい。

 方向から言えば、あれは私達が召喚された場所の筈だが……まさか?


 慌てて神殿を出る私。 何が出来るのかなんて考えては居なかったが、つい詠唱体勢に入る私。

 深く帽子を被って、尻尾はお尻のところで丸く纏める。


 音がしてきた方、神殿から出て迷宮がある魔法陣側の方になるが、そちらに向かってみると、やはり私達が召喚された部屋だった。

 現在はその扉は厳重に閉ざされ、二人の兵士がその扉を挟んで中の様子の事を話し合っている様だ。

 私がレベルアップしている間に、召喚の儀式をしてたのだろうか、先程通り過ぎた時には誰も居なかった筈だが、今はその兵士達が居た。

 兵士達は中からの念話でその部屋の中様子を聞いて居たのか、それとも中で実際に何があったのか知っているのかは分からないが、冷静にその対応を話し合って居た。

 態度だけを見れば、何が起こっても対処は可能だという余裕を感じるが、想定外の事が起こって居るのは確かな様だ。

 ちなみに、その部屋から音は外に漏れない様になっているらしく、私の人の・・耳では何も聞こえない。

 現状ではその扉の中から誰が出て来る気配も無く、ただ、その部屋の中で、何者か、いや、声からすると多分男が複数居るのだろうが、その人達が惨劇を繰り広げて居る事だけは狐の方の聴覚で分かる。

 召喚された後、いきなりこの世界の理が分かったという事か?

 けれど、この準備区画でそれをやってしまえば極刑を免れないのだが。

 ――――どちらにせよ、巻き添えを食うのは御免だ。

 と、私はその兵士達二人を放置して、踵を返して商店の方へと向かったのだった。

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