囮之定義

 242号室には、孝太と陽菜を除く10人の同級生が既に集まっていた。


「……遅かったじゃないか、二ノ宮。」


 その全員が集まっていた部屋に、ようやく姿を現した孝太と陽菜の二人に冷たい視線と共に浴びせられる日立の声。


「ちょっと陽菜・・と色々あってね。 30分くらい待たせたかな?」


 自分の前方に、車椅子で押して来た三島陽菜の下の名前を呼び、彼女をまるで自分の所有物の様に言った孝太に、日立は呆けた顔を一瞬見せた。

 が、その陽菜に目を向けると、孝太の所有物として実際に納得している様な顔、逆に言えば、そう言われた事がまるで本望だと言わんばかりの、恍惚とした表情を浮かべている彼女の顔が見え、


「一体何をやってるんだお前らは。」


 と、呆れた様な声を上げてしまった日立。


「いつ死ぬかどうか分からない様な状況だかね。 今したい事を二人・・でしているまでだよ。」

「なっ……。」


 はっきりとそう告げる孝太に、迷いは無く、それに絶句する日立。

 最初は何かの冗談かと思ったが、本気で孝太と陽菜の二人は、この短時間で距離を詰めて、つがいとなったのだと分かったのだ。

 それを見ていた佳苗も、目を丸くさせて、孝太と陽菜の二人を見る。

 たった一晩で変わってしまった二人の様子は、彼女が想定し得る中学生男女の二人の距離感とは、到底かけ離れて居たからである。

 彼女は、その工程が、道程が、全く理解出来なかった。

 彼女の論理、もしくは倫理から言えば、恋愛にはいくつかの段階があると定められており、その段階が全部で10あるとするならば、陽菜と孝太は0だった昨日の段階から、1から9までの段階を全て通り越して、10という最終段階に辿り着いて居た。

 佳苗は、日立の事が好きだ、と、元の世界に帰ったら告白する、と、宣言する事で、恋愛的には陽菜や孝太の先を進んでいるつもりだった。

 それがどうだ。 そう言っていた彼女の言葉が、孝太と陽菜の二人の前ではまるで陳腐な物に見えるではないか。

 

 どれだけ彼女が日立の事を好きでも、自分の大事な女としての肉体と、そして精神は、彼女が想定するステップを段階的に踏んで、その果てに想い人にようやく差し出す事が出来る。

 そう考えていた彼女の理想は、彼女なりの誇りとも言えたのだが――目前に居る二人の目には、今、微塵も迷いは無い。

 孝太の目は、陽菜が障害を持っている事も関係無く、彼女を……自分の大事な人だと語っていた。

 陽菜の様子を見ても、以前は遠慮がちに孝太を見ていた視線は面影も無く、微笑みを携えた今の視線には、何かを得た満足感が見て取れた。

 佳苗には、こうなる男女の様子に、思い当たる節は一つしか無かった。

 つまりは、精神的だけではなく、実際に肉体的にも、二人は親しい存在になったのだ、と。


「付き合ってるって……事?」


 ようやく佳苗が絞り出した声は、その質問だけだった。


「いいや。 陽菜は僕のお嫁さんだよ。」

「はぁっ!?」


 何を馬鹿な事を。 と、続けて言おうとした佳苗だったが……孝太の笑顔の中にある二つの目は、彼の本気具合を表して居て、言葉を飲み込む彼女。

 そして、陽菜の双眸を見ると、彼女は彼女で孝太の言葉に感銘を受けて居たらしく、潤んだその二つの目は、歓喜を現しているのが佳苗には見て取れる。

 孝太の言う『お嫁さん』というのは、付き合うという概念を通り越した関係に二人がなり、それを今、皆に公言しているのだと佳苗は理解したが、その現実に頭が付いて行かず、ふらりと一歩後ろによろめいてしまう。

 その時、ふと、陽菜の左手に目を向けると、昨日は人差し指に付いていた指輪が、今日はしっかりと薬指に嵌められて居て、それが貴女の遊び・・とは違うのよ、と、まるで馬鹿にされた様な気分になる佳苗。

 それで、自分がしていた事が急に恥ずかしくなった佳苗は、自らの左手をそっと自分の後ろに隠したのだった。


「僕達の事は良いから、今日の作戦の事を聞かせてくれないか?」

「あ、ああ。 なら早速ここで会議を始めるか。」

「会議? もう作戦の概要は決まってるんじゃないのか?」

「編成は決めてあるが、細かい所で色々と話し合わなければならない部分があるだろう。 まず、二ノ宮、お前のスキルの事だが、全員に隠蔽の効果があるというのは事実か。」

「その隠蔽の効果を見抜くのがお前のスキルなんだろ? 実際僕と陽菜の二人に隠蔽が掛かって居て、それを判別出来るんじゃないか。」

「という事は、織部さんは昨日からずっと別のパーティになっているんだな。 したたかな奴だよ、本当に。」


 日立の言葉に、孝太ははっとさせられる。

 そうだ。 日立は隠蔽している相手を発見できると言ったんだ、と。

 だから、自分だけで無く、陽菜も探知出来て当たり前なのだが、織部加奈を別行動させていると豪語した昨日から、多分日立は様子を伺って居たのだろう。 

 したたかなのは、どっちの方だよ、と、表情を変えずに日立を見返す孝太だった。


「彼女は基本的にこの作戦には参加しない。 あくまでも、保険だからね。」

「分かった。 その点に関しては異論は無い。 ……これが編成案だ。 目を通してくれ。」


 律儀に佳苗に書かせたらしく、一人一枚、個人の資質のとLVの詳細まで書かれた編成案の紙が、それぞれ佳苗から渡された。


 囮部隊


 日立 幸之助 金色の魔法戦士 LV10

 越野 幸太郎 白い戦士 LV6

 小野寺 里香 群青の癒し手 LV10

 石塚 栄吉 土色の重剣士 LV6

 櫛田 峰子 緋色の魔法使い LV10

 三島 陽菜 


 実行部隊


 長谷川 美弥 褐色のアーチャー LV6

 樫木 佳苗 紫の賢者 LV10

 作田 志乃 桃色のヒーラー LV6

 本宮 慎二 灰色の戦士 LV10

 三ツ池 浩作 赤色のブレードダンサー LV6

 二ノ宮 孝太


「そう言えば、二人のLVはいくつなの?」


 長谷川美弥が、陽菜と孝太の詳細の部分が空欄なので、何気無く口を開いた。


「そう言った情報の提供は今回の合意には含まれていませんよ。」


 と、にこやかに返す陽菜。


「何よ……それ。 一緒に戦うっていうのに、そういうのって、何かおかしくない?」

「良いんだ、長谷川。 最初にこの三人を切り捨て、言わば裏切ったのは俺達の方だ。 彼らがそうやって二人が自分自身を守る様に、俺達が仕向けてしまったんだよ。 ……今回、別に二人のLVの提示は必要無いと俺は思う。 それに、三島さん……で、良いのか? 二ノ宮。」

「彼女の事は陽菜と呼んでくれるか。 今は同じ苗字だからね。」

「分かった。 今回重要な位置である陽菜さんの強さは別に今回重要視していない。 探知能力があるかどうか、それが一番重要な事だからな。 LVが1だろうが、探知能力を持っている人物を見せて、囮にするのが今回の作戦だ。」

「そう……日立君がそう言うならそれで構わないわ。 悪かったわね、陽菜さん。」

「いえ。 お分かり頂けて有り難いです。」


 陽菜は、満面の笑みを長谷川美弥に返し、その笑顔があまりにも澄んでいて、逆に圧倒されてしまう美弥。

 自分以外に、何もかもを委ねて信じる者が居るというのは、これほど人間的な余裕を見せる様になるものなのか、と、少し羨ましく思いながら。


「まず、俺達が持っている魔法防御の効果のある宝珠と、ブレスレットを全て陽菜さんに渡す。 それでまず六発分の魔法防御の効果になる事だろう。 加えて、櫛田さんのLV2魔法、魔法炎盾マジックフレイムシールド、そして小野寺さんのLV2魔法群青加護ディープブルーディヴァインプロテクションで、パーティ全体に二度の魔法障壁を張る。」


 日立は、脇に置いてあった水差しから水を一口飲んで喉を潤すと、淡々と説明を続ける。


「万が一の為に盾になるのは、俺と越野と石塚だ。 俺は物理防御寄りの盾持ちだが、魔法攻撃も盾と鎧が壊れるくらいは耐えられる。 一度見た敵の紫の光魔法なら、俺が六発直接受けても、装備だけで耐えられる筈だ。 越野は俺よりも盾系のスキルが強く、任意の魔法攻撃を自分で受ける火線誘導コースティクスインダクションのスキルが使えるし、石塚はタイミング良く魔法攻撃を盾で当てると、その魔法を跳ね返す限定反射リフレクティヴのスキルが使える。 どうだ、二ノ宮。 これなら陽菜さんを餌に出しても大丈夫だと思うか?」

「僕に聞かれてもな……陽菜、大丈夫?」

「はい。 行けます。」

「攻撃の方は、三ツ池と本宮が前衛、で、二ノ宮、お前も前衛か?」

「そういう計算で大丈夫だが、必要なら魔法も使える。」


 おお、と、皆から驚きの声が上がる。


「お前が魔法か。 意外だな。」

「なんでそう思われるのかは心外だけど、集団捕縛魔法と、ニードルリーフブラストっていう広範囲攻撃魔法、それから……。」

「孝太。」


 新しく覚えた魔法を言おうとした孝太を慌てて止める陽菜。


「まあ、そんな感じだ。」

「最後に何かもう一つありそうだったが、まあ良い。 ならその捕縛魔法でまずは相手の足を抑える事にしてくれ。」

「この捕縛魔法を使うと、僕自身が動けないけど大丈夫かい?」

「その間に樫木さんの遠距離魔法や、長谷川さんの遠距離射撃……。」

「日立君。 遠的って言って欲しいわね。 和弓とアーチェリーを一緒にしないで欲しいわ。」


 不服そうにそう言って、肩に掛かったポニーテールを手で跳ね除ける美弥だったが、アーチェリー使いである陽菜は、逆にその美弥の言葉にピクリと眉を上に動かした。 しかし、陽菜と美弥の装備を比べてみると、弓や鎧、小物など、どれ一つ取っても陽菜の方が一段階上の様に見え、嫉妬みたいなものなのかな、と、溜息混じりの息を一つ吐いた。


「……分かった。 その遠的で、攻撃する事になるから大丈夫だ。 しかし、今まで敵の足止めが出来る魔法が使える奴なんて見た事無かったからな……そうやって陽菜さんや織部さんと連携して生き残って来たのか、二ノ宮。」

「まあ、そんなところかな。」


 レアなスキルだったんだな、と、日立の言葉に軽く頷いた孝太は、陽菜をちらりと横目で見る。

 彼女の顔には、『ほら、最後の魔法の事、言わなくて良かったじゃないですか。』と、書いてあった。


「で、遠距離攻撃が終わったら、前衛が突っ込む。 まあ、この時点で敵が死んでくれていればその必要は無いだろうが。」

「……日立。 敵に関しての情報は、他に何か持って居ないのか?」

「それに関してはこっちの方が聞きたかったくらいなんだ。 二ノ宮、お前達は相手に心当たりがあるみたいだったが、一体何者なんだ?」

「……やっぱり相手がどんなものなのか、想定していた訳じゃないのか……。」

「どういう……意味だ。」

「まあ、そいつらだと限定出来た訳じゃないが、一度見た限りでは、白人男性が6人、白人女性が2人の八人組だった。」

「……あの紫の光を使う魔法使いは、実は複数で行動してるって事なのか。」

「そう。 多分、パーティの上限6人で組んで、一人が探知、そしてもう一人が攻撃しているんだと僕は思う。 で、その場所に居るか、同じ迷宮の階に居て、何処かで待機してるんだろうな。 じゃないと、折角殺した餌が勿体無いからね。」


 孝太の情報に、ざわめく10人。


「何故、それが分かる。 人数が少ない方が、取り分が多くなる可能性が……。」

「無い。 秋月美緒を殺した時、彼女が持っていたポイントの全てが、均等に僕達に分配されたからだ。 もし僕達が六人組だったなら、三人分のポイントを無駄にした事になる。」

「二ノ宮。 お前は単純に、俺の作戦が失敗するとでも言いたいのか?」

「いや。 悪く無いとは思う。 だけど、もう一押し必要だと思うんだよ。」

「俺達囮組も攻撃に出ないと、最悪相手の防御を突破出来ないかもしれない、か?」

「そうだね。 僕の考えた方法の一つはそれだ。 相手の防御力がどの程度なのか、僕達に全く情報が無いんだからね。 ……陽菜、探知した時、暫定的な彼等のLVはいくつくらいなんだっけ? あと、君の探知のスキルの説明をしても良いよ。」

「わかりました。 実は、私の探知では、敵の位置反応の他に、LV差、もしくは実際の強さを自分と比べた光の点で、相手の大体の強さが分かるという効果があります。 当時LV3でしたか……そこははっきりと覚えては居ませんが、その私が探知した時には相手は真っ赤な状態でした。」

「真っ赤、というのは……?」


 真剣な表情で陽菜に聞く日立。


「自分に比べて相手が強いという事になりますが、LV差で言えば40くらいだったのでは無いかと思います。」

「「「40!?」」」


 日立も含む、ほぼ全員がそのLVに驚き、声を上げる。


「絶望的じゃないか……それで勝ち目がある、と?」


 青い顔をして、呟くように言う日立。


「数字に拘り過ぎだ、日立。 これから誘き寄せようとしている奴等がどの程度の強さなのかを知って居る、これがまず大事な事で、それ程強い相手だが、自分達との実力差が、それほどあると思うのか、どうかという認識を再確認したいんだ。」

「……そうか。 俺達だって、人間のステータス上限近くになっている……その点では、相手と多分互角だ。 それに、LV10からのスキルや魔法の追加がある可能性は少ない筈……。」

「そうだね。 そして、相手はこちらをまだ舐めて居る筈。 その隙を突く事が出来れば、十分に僕達にも勝ち目はあると判断したんだ。」

「もしかして……お前達は自分達だけでも、いずれそいつらと戦うつもりだったのか?」

「そうだね。 ぶっちゃけようか。 その通りだよ。 そして、いずれ通る道なら、自分達が死なない確率を上げたいと思った。 だから君達に協力するって事。」

「そして、俺達がそれを聞いても、作戦を止めない事も知っているから、か。」

「やっと尻に火が付いた状態なんだろう? 裏切った僕達に、嫌々ながらも頭を下げて、何を言われても協力を仰ぐしか無いくらいには。」

「……返す言葉が無いとはこの事、か。 そうだな。 あいつらを何とかしないと、攻略どころか、迷宮にも入れなくなったというのが、本心だ。」

「そこまで認めるのか……。」

「意外か? 本当に俺達は崖っぷちに居るんだと、お前が今くれた敵の情報で俺の頭は一杯だ。」


 はは、と、苦笑しながら言う日立。


「まあ、腹が決まったならそれで良いさ。 だけど、僕も陽菜も死にたくないからね。 一応僕達全員で攻撃するからには、十分な勝機を信じて戦いたいと思って居るよ。」

「そうか……。」

「ただ……こちらに犠牲が全く出ないとは言い切れない。 だから、まず一つ皆に伝えたいのは、ポーションの重要性だ。」

「ふむ……ポーションか。 俺達も、長谷川さんのパーティも、ヒーラーが居るからあまり意識した事は無かったな……。」

「迷宮で受けた攻撃は大抵ポーションで治る。 死にそうになる前に、自分がヒーラーでも必ずポーションを飲んで回復して、必要ならすぐにその場から逃げるんだ。 魔法での回復手段は切り札と考えた方が良い。」

「分かった。 ポイントが余っている者で、手分けしてポーションを買っておこう。 二ノ宮、一人あたり何本持って行けば良いかの目安はあるか?」

「僕は高級ポーションを常時8本携帯してる。 陽菜は腰に2本、車椅子の後ろに付けているバックパックに……今日は10本くらいかい?」

「はい。」

「成程。 結構持っていくものなんだな。 俺達なんて、予備に一本づつくらいだったからな。」

「誰かさんは一回の戦闘でその全部を空にするくらい飲んで戦ってたっけね。」

「どんな化物なんだそいつは。」

「僕達の保険さ。」

「織部さんか……。 って、待て、織部さんは魔法使いなんじゃないのか?」

「あー……かなり前衛系な、魔法使いなんだよね。」


 苦笑いを浮かべながらそう言う二ノ宮。


「ちなみに、僕達の殺した相手の7割は織部さんが魔法とか、蹴りとか、拳とかで殺してるんで、こういう作戦には本当は彼女が一番向いてるんだけどね……。」

「ならなんでやっぱり彼女が参加しないんだ。」

「腹黒い人間が何人かこっちに見えるから、手違いでそっちも殺しちゃいそうだから、だってさ。」

「はっ……なんて女だ……。 鼻からこっちを信用する気なんてねぇんじゃねぇか。」


 元サッカー部で、体格の良い越野が、そう言いながら悪態をつく。


「僕達だって君らを信用しちゃいないよ。 ただ、今回の作戦に協力する事を承諾したまでさ。」

「……そういう事だ、越野。 俺達は一度信用を失ってる事を忘れるな。」

「ったく。 偉そうに……。」

「気に入らないならお前がパーティを出て行ったらどうだ。 織部さんの様に、一人で皆から身を隠しながら、俺達を見張るなんて芸当が出来るなら、お前も俺達の保険にしてやるよ。」

「くっ……。 分かった。 分かったよ。 もう何も言わない。 お前がリーダーだって決めたのは俺もだからな。」

「中々のリーダーシップじゃないか、日立。」

「二ノ宮。 流石にお前に言われるのは良い気分じゃないぞ。 一晩で陽菜さんを昔の日本映画に出てくる様な従順な妻に仕立てあげたお前には、な。」

「日立君、私が望んだ事なんです。 孝太……夫を悪く言わないで下さい。」

「完全にお前の負けだな、日立君。」


 灰色の戦士、本宮慎二。 前の世界から日立とは比較的仲の良い人物の一人だった。

 その本宮に、肩を叩かれて、ああ、確かに、と、悔し紛れに笑う日立。


「それに、一度一緒に戦ったなら、二ノ宮君達の気も変わるかもしない。 そうだろ? 二ノ宮君。」


 普段あまり表情を見せない本宮だったが、その時ばかりは口の端を上げて笑顔を作りながら、孝太に言った。


「僕だって、君達とずっといがみ合って行きたい訳じゃないからね。 僕も陽菜も、生きて前の世界に帰りたいのも本当だ。」

「だ、そうだ。 まあ、今回は……共同戦線だ。 俺からも宜しく頼むよ。」


 そう言って手を差し出した本宮に、孝太も手を伸ばす。 すると、次々と男子が孝太に手を伸ばし握手をすると、最後に日立と握手をして、陽菜は陽菜で、女子達と握手をした。

 こうして、12人の少年少女は、殺人集団抹殺計画の仲間として、準備を進めるのだった。


 ◇


 残念ながら、準備したその日中に陽菜達が殺人集団から襲撃を受ける事は無かった。

 これまで、ずっと孝太と一緒のパーティだった陽菜は、今回初めて彼とは別のパーティになって迷宮に潜る事となり、そして、一旦迷宮の入り口に戻った。

 そして、殺人集団の探知者に陽菜自身がしっかりと探知される為、昼食を取りに酒場へと戻ったのだが、逆にそれが殺人集団を警戒させる事になってしまったらしい。

 陽菜によると、迷宮に入る前には二人程、殺人集団と思わしき反応を彼女は酒場で感知していた。 その後、陽菜が準備区画に戻ると、その二人は300番代の宿の部屋方面へと向かい、そこで六人の仲間と合流したそうだ。

 だが、合流したは良いが、陽菜達に何を仕掛ける訳でも無く、小一時間程動きがあるかどうか神殿区画に隠れて様子を窺って見たが、その部屋の八人の動きは、結局何も無かったのだ。


 その後、ならば迷宮の中に入れば動きはあるのかと考えた彼等は、迷宮の二階で適当に出没するモンスターを狩りつつ、迷宮の中で相手が仕掛けて来るのを待ってみたのだが……残念ながら相手が仕掛けて来る事はやはり無く、殺人集団との初日の情報戦は、安易に仕掛けずに様子見をしてきた分、相手が一枚も二枚も上手だったと言わざるを得なかった。


 逆に、折角相手の油断の隙を突ける初手を外した事で、次の展開に大いに頭を悩ませる事になったのは、日立と孝太であった。

 

 ◇


 夕方の六時頃の事。

 12人が再度集まって、日立の部屋で作戦会議をする事になり、まずは明日どう行動するかの話になったのだが、


「あの……私が探知されているのは確実ですが、皆さんも探知されている可能性があるのは、分かりますか?」


 という、陽菜の一言で全員が固まった。

 そう。 探知者を探知する人間が相手に居るのは確実だったが、その他に、陽菜の様に探知が出来るスキルを持っている存在が居ないとは限らなかったのである。

 それだけに、探知や感知の重要性を理解していると考えるべきだ、と、陽菜は続けて言うと、孝太は左手の拳を握り締めて、悔しい顔を浮かべる。


「……やられた。 そうだ。 陽菜の言う通り、これで僕達12人全員が仲間である可能性があり、しかも、こちらに隠蔽のスキルを持っている人物が居る可能性も教えてしまったって事にもなるのか……。」

「孝太が悪い訳じゃなくて! 私も……今、分かった事だから……。 だ、だから……ごめんなさい。」


 孝太に縋り付く様に、彼の腕にしっかりと掴まる陽菜。


「分かってるよ。 君のせいじゃない……。」

「くそっ。 折角隠し切れて居た、陽菜さんの存在だけじゃなく、二ノ宮の事まで知られたかもしれないって事かっ!!」

「日立。 お前も過ぎた事を言っても仕方が無いじゃないか。 作戦の見直しだよ。 それしかない。」

「そうだな……分かった。」


 ◇


 里香、佳苗、峰子、美弥、そして志乃の女性陣5人が手分けして持って来た沢山の握り飯と中華や洋風のオードブルなどの食事が、男性陣の手によってベッドが部屋の奥に片付けられた日立達の部屋の床に並べられると、まずは腹ごしらえだ、と、言わんばかりに握り飯に手を付けながらまず孝太が話を始めた。


「日立。 こっちの数が判明したと仮定しよう。」

「まあ、それには俺も賛成だ。 だが、探知されたのは6人だ。 6人は何処に居るのか分からない筈だな。」


 日立も握り飯を頬張りながら、孝太と話を始める。


「だけど、数が判明したのなら、その探知している六人の近くに、隠れている六人も居ると僕なら仮定するよ。」

「ふむ……だが、迷宮に入ったり、出たりを繰り返す意味が分からないだろう?」

「そう。 だからこそ、あちらは決めあぐねて居るんだ。 僕達を攻撃するか否か。」

「あっちも怖いんだな。 自分たちがハメられるのが。」

「……例えば、僕が一人で迷宮に入って自分一人を隠蔽して、そして囮部隊が迷宮に入り、奴等が餌に掛かったと判断した後、僕が一人迷宮から戻って他の五人と合流し、その状態で一緒に迷宮に入って、隠蔽状態で追撃する。 ……これなら行けたかもしれないけど、後の祭りだ。」

「……そうだな……。」


 暗い顔をしながらも、一生懸命ご飯を貪る日立と、その一行。

 昼は軽く済ませたのもあったが、時刻は午後七時近いので、皆、お腹が空いて居たのだろう。


「だが、ある意味こちらを攻撃しにくくなったのは事実だろう。 もし、今からでも俺達がパーティを組み替えて陽菜さんを隠せば、あっちは一番警戒している、探知のスキルを持っている人物を見失ってしまう事になる。」

「そうする事によって、今度は陽菜と僕が居ない方のパーティを、囮にするって言うのか?」

「いきなりそんな事をされたなら、俺ならまるで挑発されている気分になるな。 ほら、お前らの狙っている探知者を隠したぞ、どうする、と。」

「僕はそれでも出てこない気がする。 自分達が誘われているのがバレバレだからな。」

「それもそうか……。」

「あの……。」

「何だ? 小野寺さん。」


 おずおずと手を上げた小野寺里香は、日立に名前を呼ばれた事で一瞬肩を怯ませるも、


「居ないはずの13人目を、出現させるのはどうでしょうか。」


 と、多少唇を震えさせながらもそう進言したのだった。


「……里香。 何言ってるの、貴女。」


 と、樫木佳苗が、まるで馬鹿にしたように言う。


「13人目……。」


 が、日立がその意見に、眼の色を変え、すぐに孝太を見る。

 孝太もその意図に気付いたらしく、


「今の六人のうち、誰か一人を、隠蔽から解除するのか。」


 と、小野寺里香の意見に軽く頷きながら言った。


「あ……えっと。」

「そうか。 4人と3人で別れて、時間差で迷宮に入るのか。 流石に相手はここまで読めないかもしれない、か。 良いアイデアだね、小野寺さん。」

「理由の無い行動……増えた人物……尚も隠れる探知能力者と、隠蔽工作者……。」


 孝太の言葉を、反芻するように言う日立。


「もしその3人の他に、誰か1人でも隠蔽している人物が隠れていれば……。」


 すると、そう続けて言う日立。

 そうか、彼は隠蔽した者を看破する事が出来る、つまり、位置が特定出来るのか、と、目を大きく見開く孝太。


「日立が隠蔽されて居ない側の四人の中に、そして陽菜が三人の中に居れば、相互探知が可能になるという訳か! しかも、陽菜の側に隠蔽して隠れて付いて行くのは、1人じゃなくても構わない訳だ。 何人だろうが、例えば僕を含めた5人が全員隠れて付いて居たとしても、相手はそれを探知では看破出来ない!」

「罠かどうかは分からんが、居ない筈の13人目がいきなり現れた事で、少なくとも想定内では収まらない厄介な奴等だと思わせる事は確実に出来そうだ。 やってみる価値はあるな。 良い考えだよ、小野寺さん。」


 ◇


 夕食を食べた後、一休みして準備に掛かる事にした一行。

 準備とは言っても、陽菜は殺人集団を探知しながら、再びグループを分け、小野寺里香の考えた、居ない筈の13人目を作る為の準備なので、やる事と言えば陽菜は探知をしながら身支度、他の者も、装備の確認をしながら身支度をする等、45分程で全ての準備を整えた。


「敵に動きは今のところ無いようです。 多分探知に集中していると思われます。」


 その陽菜の合図で、全員で迷宮に向かう。


「しかし、不思議なもんだな。 存在を意識して集中してなかったら、そっちの六人が、一瞬で居なくなった様な感じがしたぜ。」


 歩いて居る途中、野球部所属のだった石塚栄吉は、丸刈りに刈り上げられた自分の頭を撫でながら、そんな事をぼやくのだった。 


「スキルってのは、意識して使うみたいだからね。 これでも君達には存在を見せて居るつもりなんだけど、隠蔽のスキルそのものを強化しようと意識したせいかな。」

「本気になったら俺等からも隠れられるって事か?」

「そう。 最初は二ノ宮君と三島――いえ、陽菜さんは、日立君にしか見えなかったのよ。 で、彼が二ノ宮君を見つけたって言って話しかけてから、段々と私達にも見える様になったわ。」


 まるで日立が素晴らしいかの様に自慢気に言う佳苗。 石塚は、はいはい、ご馳走様、と、手を軽く振ってそれに答え、先頭を歩く日立の方へと駆けて行くと、


「お前も大変だな。」


 と言って金属の鎧に包まれた肩を叩く。 叩いた石塚の手のガントレットも、日立と同じ重金属のせいか、鈍い金属の音が廊下に響いて、おっと、と、手を引く石塚。


「何をやってるんだお前は。 遊びじゃないんだぞ。 俺達は隠蔽されてないんだから、音にも気を付けろ。」

「悪かったって。 ったく。 いっつもマジなんだからよ。」


 両手を広げて戯ける石塚だった。


 ◇


 最後尾には、陽菜と小野寺里香が居た。

 隠蔽されて居ない二人が不自然に見えないよう、里香が陽菜の車椅子を押し進んでおり、陽菜はその分、目を瞑って探知に集中していられた。


「あの……陽菜、さん。」

「え? 何ですか?」


 探知に集中していた陽菜は、里香の言葉にまるで現実に引き戻されるかの様にはっとした表情を浮かべて、彼女を振り返る。


「ご、ごめんなさい。 驚かせるつもりは無かったんだ……けど……。」

「え? ええ……別に構いませんが……何か?」

「えっと……その……。 13人目の、事……なんだけど。」

「ああ。 あれはとても良いアイデアだと私も思いますよ。」

「そ、そうじゃ……無くて……二ノ宮君と、陽菜さんの……保険なら、こういう時に出て来ても良いんじゃないかって……。」

「え? 何の事ですか?」

「織部さんの……事。」


 陽菜は里香にそう言われると、絶句して、俯き加減の里香を見詰める。

 里香の言いたかった13人目とは、本当は織部加奈の事だったのである。


「織部さんって……本当に生きてるの?」


 後に、その質問をした小野寺里香も、そして今は姓は二ノ宮となった陽菜も、言ったこと、そして聞いた事を、お互い後悔する事になったのだった。

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