盟約成立

爆破派出エクソダスブラスト!!」


 有難い事に障害物を作ってくれた――――

 そのエリサの氷の壁の前に跳び、右手の拳を壁に叩き付ける私。


 氷の壁は水蒸気爆発を起こして霧散し、私の拳の先から通路を満たすほどの業火の渦が一直線にエリサへと向かう。

 炎の渦はやがて通路の壁と床、そして天井を溶かし始め、相当な熱量が私の腕から噴き出して居るのを感じた。

 もう二度と感情で戦う事は無いと思って居たが、私はエリサと言う人物を、心底憎んで居た。 個人を殺したい程憎んで、それを実行しようとしたのは、彼女が初めてかもしれない。

 その憎しみの感情が更に炎の勢いを強めるのかどうかはわからないが、三重に張られたエリサの防御魔法が次々と霧散し、勢い余った炎の渦は、建物の外にまで飛び出した。

 魔法の射程距離が伸びたのもあるが、このままではグランセリア全体を焼いてしまうかもと、一瞬炎の勢いを弱める私――――


 だが、その選択が間違って居た事を、目の前に立って居る女性の姿を見た事で確信する。

 白ドレスは胴体部分を残して焼け焦げ、四肢には火傷を負って居たが、エリサはまだ床の上に立って居たからだ。


『結構やって下さる……ではないですか。』

『あの魔法は魔法障壁も突き破る筈なのに……。』


 言わなくても良い情報を混乱してつい口にしてしまう私。


『魔法には魔法。 純粋に幾度も魔法を重ねて耐えたのですよ。』


 ふと、エリサの右目から煙が上がっているのが見えた。


『自己修復の魔法ですわ。 ……私が何種類もの魔法が使えるのは不思議ですか?』 


 ……当たり前だ。 立体映像を飛ばす魔法、老化防止、若返り、それから念話、風雪に加えて更には自己修復、ですって?


『良い事を教えて差し上げますわ。 普通は自身の素質を伸ばして強くなる為にクリスタルを使うのですが、私のクリスタルは素質の制限を受けません。 直接自分のエウパを使う様に設定しているのですよ。』

『雄弁になったのは、また余裕が産まれたから?』


 滅茶苦茶な性能のクリスタルを自慢して来るエリサに皮肉を言う私。


『あれが貴女の全力でしょう? もう貴女に勝ち目はありませんわね。』

『どうだかねっ!』


 再びエリサに肉弾戦を挑む私。 だが、無策では無い。


炎の剣フレイムブレード!」


 今度は右手に炎の剣を召喚し、エリサを最大出力で袈裟斬りにする私。

 が、炎の剣が何か・・に弾かれる。


「なっ!」


 剣が弾かれて態勢を崩した私は、空中で身体を数回強制的に右回転させられて左肩を壁に激突させ、痛みに顔を歪める。


『言わなかったかしら? それとも思い込んでた? 私が炎の魔法を使えない、なんて。』


 エリサは瞬間的に炎の壁を自身の左側に作り出し、私の炎の剣を弾いたのだ。


『……にしても、変ですわね。 炎の剣を保持出来るなんて。』


 ……拙い。 私の素質に気付いたか?


『右腕の義手の効果なのかしら? 良い物を付けて貰いましたね。』


 私は表情を変えずにエリサを見る。 そして、再度炎の剣で斬り付けた。


『まだ足掻くんですか?』


 再び身体の左側に炎の壁を召喚したエリサ。 その壁に、勿論弾かれる私の炎の剣。

 ――――だが、反作用も応用すれば良いのよ!


『っ!!』


 炎の剣の威力は弱まって居たが、エリサの右肩に確実に刺さり、その肩を焼く。

 ――――が、エリサの左手が私の首に伸び、私を宙に釣り上げた。


「が……あっ!」


 エリサと身長差が15cm以上ある私は、足をバタバタと前後させて抵抗しようとするが、彼女の身体に辛うじて足が届いても、踏ん張る事が出来ないので彼女の太腿を軽く蹴る事しか出来ない。

 ならば、と、ブーツをプロミネンス状態にしてエリサの太腿を焼こうとするが、炎の壁で遮られ、逆に私は両膝を焼かれてしまい、苦悶の表情を浮かべる。


『これで魔法も使えませんね。』


 くそ、ならばスキルだ! と、尻尾を動かそうとする私だが、これも言葉を発しないと発動しないらしい。

 やがて息苦しさで段々と足掻く手足の力が弱くなり、そこに更にぎり、と、私の首を絞める力を強めるエリサ。


 ――――ごめんなさい、柊さん……約束……叶え……られ……。


 やがて意識が遠くなる。

 だが、いきなりエリサの手の力が抜け、私は床に落とされた。


「えほっ! げほっ!!」


 酸素を求めて呼吸しながら、エリサを見上げる私。


「……えっ?」


 エリサの身体は、痙攣しながら、動きを止めて居た。


『な……何……が……。』


 彼女の胸の心臓あたりに血で濡れた剣の切っ先が見え、だらりと四肢の力が抜けると、その切っ先が背中へと抜けて鮮血が胸から噴き出した。

 私の身体にも鮮血が降り注ぎ、その鮮血と共に彼女の身体が私に向かって倒れて来る。

 やがて自身の血だまりにどちゃりと音を立てて沈んだエリサ。

 同時に、彼女を刺したであろう人物が視界に入り、驚愕する私。


「何で……あなたが……。」


 そこに立って居たのは、自分の良く知っている人物。

 ――――二ノ宮孝太だった。


 ◇


 あまりの衝撃的な再会に、頭が回らない私。


「僕は、既に第五迷宮を攻略している。 つまり、第五迷宮の準備区画への鍵は持ってたんだよ。」

「…………っ。」


 尻餅を付いて居た私は、彼から距離を取ろうと足を動かし、焼けた太腿の痛みで声を上げてしまう。


「ここならポーション効くんでしょ? 飲んだら?」


 無表情で二ノ宮が言う。 指摘されたのは癪に障るが、ポーチからポーションを取り出して飲むと、痛みが柔らんで行くのを感じる私。


「……君が殺した事にした方が良いかい?」

「何で……エリサを殺したの?」

「君だって殺そうとしていたじゃないか。 僕の方こそ、人間の味方の筈の君が最高責任者を殺そうとしていたのが意外なんだけど。」

「今のあなたは、何をどこまで知って居るの?」

「君が言っていた通り、エルフとドワーフは人を食ってた。 それを仕組んで居たのは、エリクス一族だって事を知って、ちょっと暗殺しに来たんだよ。」


 まるで遠足に来た様に軽々しく言う二ノ宮。


「亜人達に騙されているって事はまだ気付いてない訳?」

「何のこと?」


 ……ダメだ。 話にならない。

 そもそも何を話したら良いものか、私の頭も混乱している。


「これは命令された訳じゃない。 僕の単独行動だよ。」


 単独行動で敵の親玉を暗殺しに来るものなの……?

 と、外が騒がしくなって来て、人が集まって来るのを感じる私。 二ノ宮もそれに感付いて、踵を返して逃げようとする―――――


「待って。 ちょっとこっちに来て。」

「……抜け道でもあるのかい?」


 その時、何故彼を引き留めたのか、私にもよく分からない。

 だが、ここで別れてしまえば、お互い何も知らないまま、いつか戦場で相まみれる事になってしまう。 それだけは分かっていた。

 むしろ、そうなる予定だったのが外れてしまい、それが私にも予定外の行動をさせたのだと思う。


 私は破壊された扉から、再びエリサが居た部屋へと足を踏み入れ、屍となった柊さんの近くに歩みを進め、合掌してから彼の懐をまさぐる。


「……仲間だったのかい? この亜人のおじさん。」


 こくり、と、頷く私。 すると、二ノ宮も私の後に続いて合掌したではないか。


「この腕を作ってくれた人なのよ。」


 私は二ノ宮に義手を見せると、一瞬だけ顔を歪める二ノ宮。


「あんたを責めてる訳じゃないわ。 勝手に暴走してこの腕を飛ばしたのは私だもの。」

「でも…もう……昔みたいに苗字で呼んではくれないんだね。」


 少し寂しそうに言う二ノ宮だが、私はそれを無視して柊さんのキャンプセットのオーブを手に取る。

 ぽう、と、淡い光をオーブが放つ。 これは所有者が入れ替わったという意味だ。


「エクスパンド。」


 そう私が唱えると、目の前に扉が出現し、私はその扉を開ける。


「一旦部屋に隠れるのかい?」

「……ちょっと違うわ。」


 私は先にその扉の中に入り狐族の村へと転送すると、二ノ宮も付いて来た。

 扉を閉めて周りを見ると、目ざとく私を見つけた狐族が数人駆け寄って来る。


『ごめん。 ちょっと立て込んでるから、皆に近寄らない様に言ってくれる?』

『は、はい。 わかりました。』


 そう言って人払いをすると、私は無造作に置いてある木箱に腰かけ、ため息を一つ。

 そして、柊さんの遺品である濁り酒を見つけると、私はおもむろにその瓶に柄杓をを入れて、直接柄杓から酒を飲み出した。


「……あんたも飲む?」

「あ、ああ。 貰うよ。」


 二ノ宮は、緑の背嚢から自分のコップを取り出して、私に差し出した。

 私は無言でそのコップに濁り酒を注ぐ。


「どちらかが話し始めたら、一方的に話し続ける事になりそうね。」

「……まあ、そうかもね。」

「だから、お互い一つづつ、質問し合う事にしましょう。 まずはあなたからどうぞ。」

「ここは……どこなんだい?」

「狐族の集落よ。 ここの人達に助けて貰って、生き残ったの。」

「そうか。 ここはあの森・・・の近くなのか……。」

「次は私の番ね。 二度目になるけど、何故エリサを殺そうと思ったの?」

「人間の肉を、エウパを搾り取った後に亜人に売っているヤツが居るって聞いてね。 そんなクズのせいで僕たちが召喚されたと思うと、腹が立った。」


 聞いて、大きな溜息を吐く私。


「なんでそんな溜息を?」

「私の思惑と、半分合って居て、でももう半分は合って居ないから。」

「召喚したのはエリクス一族じゃない、と?」

「そっちじゃないわ。 エルフとドワーフも、亜人に同じ様な事をしてるの。 狐族のクリスタルが使えない子供の半分は、エルフ達の生贄にさせられてるのよ。」

「狐族も普通に兵士として亜人軍に居るんだけど……?」

「クリスタルを使える人は兵士にならざるを得ないの。 そうやって忠誠を示さないと絶滅させられるから。」

「生贄って……エルフ達が狐族を食べるのかい?」


 いつの間にか二ノ宮が質問してばかりになっているが、まあ、仕方ないと思い説明する私。


「殺してエウパだけ奪って、死体は肥溜めにでも入れてるんじゃないかしら。」

「……そんな、バカな……。」

「狸族には魂の枯渇は起きてないの?」

「魂の枯渇?」

「それも知らないのね……。 エウパを搾取し過ぎたせいで、魂の輪廻が壊れてしまっているの。 クリスタルを普通に使える子供は、一割から二割しかこの世界では産まれて来なくなったわ。」

「出生率が低いとは聞いてたけど……そういう事だったのか……。」


 ぐい、と、濁り酒を煽り呑む二ノ宮。 それを見て、柄杓からお代わりを注ぐ私。


「結局亜人のトップと、人間のトップは裏で繋がって居て、エウパと食料を都合し合って居たのよ。」

「織部さん。 君の目的は何なんだい?」


 名前を呼ばれ、ぞわりと寒気を感じる私。


「亜人のマルサーラの軍事基地を壊して、メリダを攻撃する事よ。」

「はは、亜人の兵士の前ではっきり言うねぇ。」


 乾いた笑いを浮かべる二ノ宮。


「人間には迷宮を捨てて地上で暮らして貰うわ。 エウパを使う事を禁止させて、ね。」

「そんな事人間が納得する訳が無い。」

「脅して納得させたわ。 最後の頑固なお婆さんがそれを阻止しようとしたけれど。」

「お婆さん? あの戦っていた女性の事かい?」

「若作りしてるのよ。 84歳だそうよ、エリクスこと、エリサはね。」

「っ!?」

「私も意外だったわ。 魂の枯渇を知っていて、エウパの使用をやめないなんてどうかしてるって。 でも、エウパは『不老』と『若返り』も可能にしてしまっていたのよ。 エリサは次の世代の事を考える必要が無いんだから、そりゃやめないわよね。 逆にもっと人が減って欲しかったんじゃないかしら。」

「あの女が……エリクスだったのか……。」

「いやいや。 だから……エルフ側もその情報を持って居て、隠してるの。 わかる?」

「そもそも彼等は長寿だよ。 別に『不老』なんて関係無いじゃないか。」

「問題は彼等が知って居る事なのよ。 500年生きる生き物だって、いつかは老いを感じるものよ。 それに、短命の種族に褒美としてその『不老』を与える事が可能なのよ? 神の力を持って居るに等しいのよ?」

「……人間が居なくなったら、次の標的は亜人のどれかの種族、か。 エウパが尽きるまではそれを繰り返す……と。」

「そういう事。 あのお婆さんは私達とは違う世界とリンクさせて今度は私達の様なイレギュラーを発生させない様にシステムを作り直す気だったわよ。」

「他の召喚者はどうなったんだ?」

「私とパーシャ以外は全員あの女に殺されたわ。 ……あと、あなたも数に入れるなら、私が知っている人で生き残っているのは全部で三人ね。」

「じゃあ……全てが終わったら、この狐族の集落で暮らすのかい?」

「はぁ?」


 二ノ宮のあっけらかんとした物言いに、苛立ちを感じる私。


「ちゃんと話聞いてた? 私達の魂は前の世界から切り離されてるのよ。 私達は存在そのものが前の世界から消されて居て、この世界では子供を作る事も出来ないの。 あんたはどうするつもりかは分からないけれど、私は前の世界に帰って、自分が奪って来た魂を天に還すわ。」

「なん……だ、それ。 聞いて……ない。」


 あれ? 言ってなかったかしらね。


「だから残念だけど、あんたとあの女が子供を作ってもその子供に魂が宿る事は無いわ。」

「陽菜の事か……。」


 突然表情を暗くする二ノ宮。 亜人の基地に彼女を連れて行ってから『何か悪い事でも起きた』のかしら?


「そうそう。 あの女もあんたみたいに元気に人間を殺してるのかしら?」


 嫌味たっぷりに言ってやる私。


「…………た。」

「良く聞こえなかったわ。」

「僕が……殺した。」


 持って居た柄杓を落とす私。 中身の酒も地面に飲まれる。


「何なの……それ。」

「僕は、君を殺したくなかったんだよ!」

「じゃあこの目は何!? あの女がここを撃つのを黙って見てて、パーシャを串刺しにしたあんたは何なのよ!!」


 私は、眼帯を外して醜く陥没した右眼を晒しながら二ノ宮に向かって叫ぶ。


「君の連れの女の子のスキルなのかな。 彼女が何かを言った後、黒い薔薇のつぼみが僕たちの周りを覆ったんだ。」


 そうよ。 貴方達を道連れにする為にね。


「陽菜は右足を黒薔薇の爆発で失った。」

「…………。」


 ざまあみろ、と、一瞬思ったが、そこからどんな経緯で二ノ宮が三島陽菜を殺す事になったのか?


「陽菜は、怒り狂って君達に矢を射かけたんだ。」

「……それを、止めたの?」

「ああ。 足は絶対治るから、って……説得して……。」


 そこから先はあまり言いたくないのか、酒を一口飲み込むと、トントン、と、コップを人差し指で小突く二ノ宮。


「僕が黒薔薇の蕾を投げナイフで爆発させながら君達に近付いて、手当てをしようとした時だった。 陽菜は僕の後ろから君の頭に向けてバゼラルドを振り下ろしたんだ……。」

「はあ、恨まれたものねぇ。 あんなに仲良くしていたつもり・・・だったのに。」

「僕に言われても分からないよ。 何で殺したい程織部さんを恨んだのかなんて……。」


 答えは推測出来るが言わない私。 その半分は多分嫉妬で、もう半分は折角治った足が吹き飛ばされた恨みだろう。


「咄嗟に陽菜の手を止めた時、バゼラルドが僕の魔力で暴走したんだ。」

「暴走……?」

「所有者である君以外の魔力を探知した場合、暴走するんだよ、あの剣は。」

「暴走した場合どうなるの?」

「バゼラルドは自然崩壊する。 その時、剣を使って居る人を……燃やすんだ。」


 つまり、その時剣を持って居た陽菜が燃えた、と。


「全身が焼けた状態だったから、慌てて水場に向かって彼女を水で冷やした……。 だけど、焼け爛れた自分の顔を水面で見て……丸焼けになった頭を触ったら、また、君を殺してやるって騒ぎ出して……。」

「…………。」


 気持ちは分かる。 分かりたくないけど、分かる。

 折角愛しい人に会えて、これからっていう時に、足を失って、全身に酷い火傷を負ったとしたら……そりゃ悔しいだろう。


「そこで、僕も目が覚めた。 百年の恋が覚めるってあんな感じなのかな。」

「は?」

「……彼女の頭を後ろから小川に押し込んで……殺してしまった。」


 …………いやいやいやいや。 それは……ダメでしょ。


「あなた、あんなに貴方の事を好きだって言ってた子を、殺した訳?」

「でも……結局身体だけの関係だったんだよ。 自分の身体を使って僕を虜にしようとするだなんて……。」

「他の誰が言っても良いけど、あんただけが言っちゃダメでしょそんな事!!」

「ち、違うんだ。 僕は本当は陽菜よりも君の方が……。」

「ふざけるな!! あんたは樫木さんを何で殺したの!? あんたが言ってた真実の愛とやらを樫木さんが踏み躙ったからなんじゃないの!?」


 私は、つい二ノ宮の胸倉を掴んでいた。

 このまま怒りで絞め殺してやろうかとも思ったが、二ノ宮はそんな事をされても無抵抗だった。

 そんな彼に更に苛ついた私は、彼の頬を右手の拳で殴り付ける。

 激しく吹き飛んだ二ノ宮は、木箱に背中から突っ込んで、木箱に入って居た野菜を地面にぶちまけた。


「それで!? 三島さんを殺した後、エルフ達が人間を食べてるって知っても、まだ人間が憎かったわけ!?」

「僕は……何を間違ったのか……自分でも分からないんだ……。」


 私に殴られて切れた口の端の血を手で拭いながら、ゆっくりと立ち上がる二ノ宮。


「教えて……くれ……。 僕は……何を間違ったんだ・・・・・・?」

「………っ……。」


 二ノ宮の双眸には、既に覇気は無く、


「僕は、君達を……守りたかった。 それなのに……何で、僕は……。」


 彼はまるで幼い子供が、何が悪かったのか、分からない、と、親に問うように私に話しかける。


「小野寺さんと僕は、迷宮を攻略して、君達を助けようとした……。 けど、攻略の報酬なんて嘘で、僕の目の前で小野寺さんは……。」


 私の中の二ノ宮への怒気が、段々と萎えて行くのを感じる。


「僕を助けてくれた狸族は、人間がどんなに酷い事をしているのか、僕に教えてくれた……それが嘘だったって言うなら、見抜けなかった僕が悪いのかい……?」


 何が嘘で何が真実なのか、彼は手探りで探るしかなかった。

 半分が嘘だとしても、もう半分が真実だとすれば、彼にとってはそれが真実だと信じるしかなかった……。

 彼には、私の様に柊さんという知恵者が居た訳でも無い。 同族である狸族に、絶対的な信頼を置かれる、また置いて居たであろう彼に、もう半分の隠された真実を追求する意味も理由も無かったであろう。


「君の傷も、小野寺さんみたいな能力がある人なら治せると思って、亜人の基地に戻って、探したんだ。 でも、そんな能力がある人なんて居なくて……。 帰って来たら、君はもう森に居なくて……。」


 小野寺里香。 半身不随の三島さんを治せたヒーラー。

 そういう存在が、亜人側にも居ると思って居たのだろう。

 だが、居なかった。 いや、居る筈が無いのだ。

 エウパを狩るのに邪魔な治療師など、人間も亜人も必要として居なかった。 どっちの陣営に属したとしても、上層部に目を付けられ、必ず始末されて来たから。

 私はそれをどうやって知った? 勿論、自分で見抜く事なんて出来なかった。

 フィアーデ達の告白と、柊さんの情報が無ければ、私だけではその真実に到底辿り着く事など出来なかった。


「数日前、突然人間から超大型の魔法が撃たれて、僕の仲間も沢山死んだ……。 自分に何が出来るのかって考えて……僕がこっそり人間の親玉を暗殺してしまえば、皆の為になるんじゃないかって……。」

「でも、さっきは人間の肉を渡してる親玉を暗殺しようとしたって言ってなかった……?」

「君が自分の属している人間のトップがそんな事をしているとは知らないだろうと思って……皮肉を言っただけだよ……。」


 どちらにしても、エリサを殺すという結論だけは、彼の意図と、私の意図が繋がってしまったという事か。


「教えてくれ……織部さん。 何でも良いから……教えて……くれ……。 僕は何をしたら良かったんだ……?」


 遂には大粒の涙を流し始める二ノ宮君。


「わ……わた……し……は……。」


 自分のせい・・で、起こってしまった悲劇、起こしてしまった悲劇が脳裏にフラッシュバックする。

 吉田を爆発させて、最初は殺そうとは思って居なかった池田さん達を巻き込んでしまった事。

 それが理由で足が付いて、私は一人迷宮で留守番しなければならなかった事。

 思えば、それが彼と私の分岐点だったのだ……。

 それから私達の歩む道が少しづつずれ始め、お互いに加害者になり、被害者にもなってしまった。


「……二ノ宮君。 貴方の仲間を大量に殺したのは私よ。」

「嘘……だろ?」

「嘘じゃないわ。 核攻撃の究極魔法で一瞬で焼き尽くしたの。」

「何で……そんな……。 そ、そうか……その攻撃でマルサーラの亜人達と、メリダを……。」

「……ねぇ、私が憎い?」


 自分で言って、私の心臓が跳ね上がる。

 私が彼に何を言わせようとしているのか自分でも良く分からないが、私の口から出た言葉は、『それ』だった。


「僕が君を……?」

「そう。」

「何で憎いだなんて……。」

「二ノ宮君。 私はあなたを憎まないといけないわ。 私達を裏切って、私の仲間を殺したあなたを憎まないといけないのよ。」

「……本心じゃないんだろ? さっきみたいに僕を恨んでる様な目をもう君はしていない。」

「エリサがどれほどのエウパを持って居たのか知らないけれど、それを全て奪ったあなたを……このまま放置する訳には行かないのよ。」

「だから、僕を憎むにするってことかい?」

「私と貴方は、会話をしなかった。 私はエリサを殺害した後、一旦狐族の集落に逃げ込んだ。 そして、貴方はエリサをの死体を発見して、グランセリアを後にした。」

「……僕が殺した事がエルフ達に知られると、殺されるから?」

「そう。 かと言って、貴方が人間側に鞍替えするとなると、狸族が困るんじゃない?」

「確かに……多分一族は根絶やしにされると思う。」

「だから貴方も私を憎んでないといけないの。」

「魂の仕組み、亜人達の企み、その全てを知った今でも、僕に亜人側に戻れって言うのかい?」

「私の代わりに亜人の拠点と、メリダを破壊出来る? それなら、交代しても良いわよ。 私を殺して、元の世界に帰って、私と皆の魂を解放して頂戴。」

「そんな事……出来る訳無い。 マルサーラの拠点は破壊出来るかもしれないけど、メリダを攻撃する方法なんて僕は持ってない……。」

「そして、人間を裏切った貴方を、私以外の人間達が許して、前の世界に帰して貰えるかしら?」

「無理……だと思う。」

「なら私達がすべき事は何?」

「……君が僕を殺せば……良い。」

「あなたは偶然狐族の集落に居て、それを偶然私が殺してしまった、そんな理屈、通るの?」

「グランセリアに戻って僕を殺せば良い……。」

「全てを諦めたら随分簡単に死にたがるのね。 それでも狸族の王様なの?」

「っ!?」

「私は狐族の王女よ。 彼等はエルフ達に反旗を翻す事を決めたわ。」

「狸族を……同じように説得しろって事かい?」

「それは任せるわ。 それよりも約束して欲しい事があるの。」

「……約束?」

「私を憎んで。 私も貴方を憎むから。」


 今、私は危険な状態なのだ。

 私は、二ノ宮孝太の全ての罪を、許しつつあるのだから。

 リーザとユズキを殺した事も、樫木さんを殺した事も、そして、彼が愛していた筈の三島陽菜を殺した事でさえも、私は……許しつつあるのだ。

 だが、許してはならない。 彼に殺された人達は無念だった筈。

 そして――――私が殺した人達も、無念だった筈。

 自分の罪を正当化する為かどうかは分からないが、頭の隅で、彼が犯した罪を、仕方が無かったと思いつつある事を私は自制しなくてはならない。


「君が……何を言っているのか……分からない。」


 それはそうなのだろうと思う。 彼は私の行為を、罪だとは思ってはいないからだ。

 だから、私は敢えて繰り返して言う。


「貴方は、自分の仲間を、無慈悲に、一方的に、焼き殺した私を、憎まなくてはダメ。」

「憎めないさ。 だって……僕だったら同じ事をしてた。」

「お願い。 分かって。 私の仲間を殺した貴方、樫木さんを殺した貴方、そして三島さんを殺した貴方を……私は許してはいけないのよ……。」

「そういう……事か……。」


 肩の力を抜き、項垂れるようにする二ノ宮君。


「君は、僕を許しそうになっている自分自身を、許せない。 ……そういう事か。」


 無言で頷く私。

 それは、既に彼を許しているという意味にも取られるかもしれないが、もう彼に説明は不要だと思う。


「僕は、仲間を殺した君を……許さない。」

「ありがとう。」

「憎まれて感謝されるなんて、君は本当に非常識だ。 大嫌い・・・だよ。」

「ええ。 私も貴方が大嫌い・・・だわ。」


 胸に感じる微かな痛みは、気のせい。

 絶対に、気のせいだ。


「僕は亜人の上層部を勝手に・・・調べるよ。 そして、可能な限り暗殺してみようかな。」

「私は人間側に、エリサの残党が居ないか勝手に・・・調べてみるわ。」


 二ノ宮君は私を見つめ、何かを堪える様な態度をした後、私に背中を向ける。


「じゃあ、戦場で会おう。」


 震える背中と共に、そう言う二ノ宮君。


「もう一つ約束しない?」


 その背中に向けて言う私。


「何?」


 彼は振り向かず、聞き返した。


「お互い、自殺はしない事。」

「……わかった。 君を殺すか、君に殺されるか、どっちかにしよう。」

「手を抜くのはやめてよね。」

「冗談はやめてくれ。 大嫌い・・・な君相手に手など抜くもんか。」


 黄昏時の夕焼けが二ノ宮君の背中を照らし、彼は歩き出した。

 私は、彼が丘を越えるまで、彼の背中を見続け――――


『女王様……大丈夫ですか?』


 視線を声を掛けられた方に向けると、狐族の一人が私に声を掛けて来たようで、私を心配そうに見上げて居た。


『大丈夫よ……。』

『でも……涙が……。』


 ふと、自分の頬を触ると、確かに指先に湿った感触。


昔の・・お友達だったのよ。 つい感傷的になってしまったわ。』

『そう……ですか。』


 私は頬を拭い、彼が行った丘に背を向ける。

 私は、私が、しなければならない事を、しなければ、と、自分に言い聞かせながら。

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スカーレットプリッジ -The Fox of roaring flames- 荒城夢兎 @wilsharna

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