有象無象

 狐族の集落から再び迷宮に戻った私達は、前線基地に斥候を派遣して周囲5kmが黒焦げになっており、敵の姿は見えないという報告を受けた。

 その戦果に湧き上がる人間の兵士達。

 そして、私達も、大きな作戦をやり遂げたという達成感に心を躍らせて居た。


 更に、フィアーデからの情報で亜人の跳躍装置も第三前線基地から東に10kmの位置にて発見し、岩場の陰に隠してあったそれを私が自分の右手で殴り砕いた。

 その跳躍装置を後で使うという案もあったが、パーシャや私が使うなら別の前線基地の近くまで飛べば良いだけなので、目下、敵の増援を阻止する為にそれを破壊したのだ。


 そしてまた迷宮の準備区画まで戻った私達だったが、敵のリープポイントを二つ奪取して更に核攻撃で敵の部隊を殲滅した私と、第三迷宮の危機を救った柊さんに、人間の最高責任者であるエリクシオーネという人物から礼賛と共に恩賞を与えたいとの話がフィアーデによって齎された。


「この世界の恩賞など要らんのだがな……。」


 乗り気でない柊さんだったが、人間の最高責任者と話が出来るというのは、私達の目的にまた一つ近付いたという事でもあるので、私は承諾し、柊さんも渋々だが承諾した。


『フィアーデ、私達はこのままの服装で良いの?』

『構わんと思うよ。 ただ、武器は携帯しない方が良いだろうな。』


 まあ、確かに、と、柊さんから貰った小太刀をパーシャに預け、柊さんは炎の魔法効果があるレイピアをリゼラに預けていた。

 リゼラは、柊さんの作戦が成功して以降、柊さんへの態度を大分変えて居た。

 まず、私と同じように名前の後に『様』を付ける様になった事、そして、リゼラが柊さんの近くに居ると顔を赤らめるようになった事、だ。

 柊さんはこの世界の人間とそういう・・・・仲になるつもりは無いので、リゼラの重いは一方通行だったが、素っ気なくされるのもまた良い・・らしい。

 私には分からない世界なので、私も知らないフリをしているが。


『それと、今回召喚者をグランセリアの一角に集めてあるらしい。』

『……それって……。』

『ああ。 エリクシオーネ様が真実を語られるのだろう。』


 流石にその言葉は響いたのか、柊さんは口元に少し笑みを浮かべて居た。


 ◇


 グランセリア。

 元々は名が無かった迷宮の最深部にある都市は、英雄エリクスによって名付けられた。

 現在のグランセリアの人口は約120万人。 その他約30万人はマルサーラの地上や迷宮区画で兵士として勤務して居るそうだ。

 第三前線基地の跳躍装置は大急ぎで復旧されたが、既に餓死した者、または突然の亜人の強襲で命を落とした者の報告が続々と集められた。

 結果、人間側の兵力は14万人にまで減ってしまっていたのである。

 今は緊急事態なので、急遽6万人の15歳以上の男女が軍に引き入れられる事が急遽決定したらしいが、私が亜人に核攻撃を加えれば、この戦争は終わるのに、と、フィアーデの報告に溜息を付いたのがさっき。

 今は人間の兵士20人を先導に、柊さんと二人準備区画から中央区へと、グランセリアの街並みを歩いていた。


「想像していたよりも……汚いな。」


 柊さんは、グランセリアの都市を見渡して言うが、正直私も同意見だった。

 10階建ての建物が沢山あって、そこに人間達がすし詰め状態で暮らして居るのだろう。 しかも、その建物の窓から物を投げ捨てる習慣があるらしく、建物の一階部分の壁には汚物か何かの汚れが目立っていて、異臭も漂って居る。


「掃除するっていう習慣が無いんですかね?」

「いや、道を見てみろ。 多分一定の時間で路上は掃除するんだろう。」

「それなら壁も掃除すれば良いのに……。」

「自分の家という概念が無いのではないか? 建物や土地の所有権は全て国の物で、個人で所有して管理する物では無いのだろう。」


 なるほどなぁ、と、建物を見上げる私。 窓から物珍しそうに私達を見る人々の姿は結構まばらであり、つまり空き部屋は沢山あるのだろう。

 絶望的な少子化も拍車を掛けて居るのか、使われている部屋は大体半分程と見受けられた。


 店も無ければ、特に何も特徴が無い街並みを歩く事約10分。 ようやく視界にグランセリアの中枢であろう金を所々使って装飾が施された一見豪華に見える楕円形の建物が見えて来た。

 流石に中央区となれば掃除も徹底されるのか、街並みはあまり変わらないものの、明らかに汚れは少なくなって来て、花壇なども見受けられる様になって来た。


「……光合成が出来るだと? そういえば光はどこから……?」


 言いながら空を見上げる柊さん。 私も釣られて空を見る。

 真っ青な青空……の様に、見えるが、どこにも太陽は無い。


「足元を見てみろ。 影が薄く八方に伸びて居る。」

「それぞれの方角に光源があるって事ですかね。」

「どれもこれもエウパのお陰、か……。」

「街を一日照らすだけでどれくらいのエウパを消費してるんでしょうね……。」


 亜人が人間を追い詰めたせいで地上に暮らせなくなったので仕方が無いのだろうが、こんな風に魂を無駄遣いしているから枯渇してしまうのだろうに。

 まあ、それが普通である世界に産まれれば、何の疑問も抱かずに人々はエウパを使った暮らしを受け入れざるを得ないのだろうが。


『ようこそグランセリアにおいで下さいました。 オリベカナ様と、ヒイラギセイイチ様。』


 いつの間にやら兵士をかき分けて私達の前に現れた貴公子風の風貌の男性が、念話で私達に声を掛けて来た。


『ここから先は私、シューツが案内させて頂きます。』


 シューツと名乗った男性は、兵士に下がる様に命令し、さあどうぞ、と、手で私達二人を楕円形の建物へと導いた。


『こちらはグランセリアの中枢である、エリクス様一族の末裔の屋敷となっております。』


 へぇ、流石救世主の末裔。 扱いも別格なのねぇ、という感想を抱く私。


『この建物が……屋敷だと?』

『そうでございます。 使用人含めて30人程しか住んでおりませんが。』


 無駄遣いにも程があるという感想は言わない方が良さそうだ、と、言いそうになった言葉を引っ込める私。


『どれもこれもエウパで作られた物だろう。 興味は無い。』


 柊さんの言葉に、ぴくりと眉を動かすシューツ。

 多分皮肉に聞こえたんだろうなぁ。


『一応釘を刺させて頂きますが、エリクシオーネ様は英雄の末裔。 あまり失礼の無いよう……。』

『知るか。 俺はそのエリクシオーネとやらに敬意を払う程の恩恵をこの世界で受けた覚えは無い。』


 そう言い切る柊さん。 直後、シューツのこめかみに青筋が立つ。


『そして、俺に何を寄越すのか分からないが、俺が求めるのは交渉だけだ。 それ以外何も要らん。』

『恩賞を拒否なさるならおいで下さらなくても良かったでしょうに。』

『交渉権という恩賞を貰うつもりだ。 尤も、フィアーデから俺達の目的は聞いているのだろう?』

『まあ……それなりに、は。』

『フィアーデの意見にエリクシオーネも賛成したと解釈しても良いのだな?』

『……それは……エリクシオーネ様から直接お聞き下さい。 12人の司令官全員はお二方の戦果を高く評価しておりますよ、とだけ。 では、私からは以上です。』


 このまま柊さんと話を続ければ、空気が更に怪しくなると察したのか、建物の入り口で立ち止まって、私達に一礼してその場から去って行くシューツ。


「何がしたかったんだあいつは。」

「……普通に歓迎したかったんじゃないですかね……。」

「召喚者の気持ちが分からんのかあいつは。」

「分かる訳無いですよ。 こうして私達を最高責任者と謁見させるだけでも特例中の特例なんですよ……きっと。」

「……俺が少し浮世離れしすぎてるのかもしれんな。 自分達でも簡単には謁見を許されない最高責任者が、召喚者である我々の拝謁を希望する事は、君の言う通り特例なのだろう。」

「フィアーデからの情報ですと、国政や軍事にも殆ど口を出さないそうです。 あまりエリクスという英雄の過去の栄光を引き摺らせるのは宜しくないとの事だそうで。」

「……謙虚な人物であらせられるのかな。」


 私は柊さんのその言葉には答えず、建物の入り口から伸びた真っ白な通路を歩き続ける。

 謙虚な人物が、人間を餌として亜人に差し出す事を許すのか? 異世界から人間を召喚してその人間達の魂を食らうのか? そしてまた、フィアーデ達が亜人と通じて居る事を許可するのか?

 そんな疑問を抱きながら。


 やがて通路は大きな扉に遮られる。 扉の左右には豪華な装飾の甲冑に身を包んだ兵士が二人。

 その兵士は無言で扉を観音開きに開けると、ドーム状の広い空間、白い明かりに包まれた場所があり、その中央に一人の人物が立って居た。


 私達がドーム状の部屋に足を踏み入れると、背中で扉が閉まる音が聞こえる。

 最高責任者との謁見など、大勢の人間の前で行われるのかと思って居た私だったが、どうやら中央に立って居る人物がエリクシオーネで、彼女と私と柊さんのみで謁見が行われるようだ。


 エリクシオーネは白いケープを被っており、顔はそのケープに阻まれて良く見えないが、白いドレスは高級感溢れる物で、その人物からも何か高貴なオーラを感じた私は、一瞬歩みを止める。 柊さんを見ると、彼も警戒しているようで、エリクシオーネとの距離を測りかねて居る様だ。


『グランセリアの最高責任者であるエリクシオーネと申します。 お二方とも、そう硬くならずとも大丈夫ですよ。』


 念話でそう言った彼女は、顔を隠していたケープを上に上げ、素顔を晒した。

 銀髪の髪に、薄い緑の瞳、整った顔立ちである彼女の年齢は20台前半に見える。 私の目から見ても、絶世の美女と言っても過言では無い彼女からは、落ち着いた印象を受けるが、あまり表舞台に立って居ないと聞いて居た割にはあまりにも落ち着きすぎて居る印象に違和感を感じる私。


『私は柊。 この子は織部と言う。 お初にお目にかかりますな、陛下・・。』

『ふふ。 この国は王制という国体ではありませんの。 私の事はエリクシオーネとお呼びください。』

『では早速だが、エリクシオーネ殿、我々は恩賞を貴女から頂けるとの事だが。』

『はい。 この度、亜人連合を退けたお二方の戦功に相応しい恩賞を与えたく存じます。』

『俺にも彼女にも恩賞は必要無い。 俺達召喚者の待遇の改善を要求する。』

『……ええ。 ええ! 勿論ですとも!』


 やはりフィアーデから私達の目的は聞いていたのか、エリクシオーネは懐から宝玉を取り出すと、何か呪文の様な物を唱える。

 すると、部屋の床の一部にグランセリアの一部に集められた召喚者達の姿が映った。


『私はこれから真実をお話します。 宜しいですか?』

『……勿論だ。』


 それでは、と、宝玉を操作して自分の姿を召喚者達が居る場所に投影したのだろう、召喚者達は頭上に突然現れたエリクシオーネの姿に唖然としていた。


『だ、誰だあの美女は……。』

『この世界の人間じゃ?』


 騒ぎ出す召喚者だが、エリクシオーネは優しく話し始める。


『私はこのグランセリアの最高責任者、エリクシオーネと申します。 まずは召喚された皆様に謝罪申し上げます。』

『しゃ、謝罪? 何の事だ?』


 大剣を背負った色黒の男性が眉を潜ませて反応する。


『皆様方は、違う世界で命を落とされました。 いえ、落とす運命でした。 しかし、私達はその運命をこちらの世界に転送させるという行為で回避させました。』

『何を謝るってんだ! 感謝しかねぇよこっちは!』

『しかしながら、私達グランセリアの人間の目的は、貴方達召喚者を迷宮内や戦場で殺し、その魂を奪う事でした。』


 召喚者達に沈黙が流れる。 多分エリクシオーネの言って居る言葉の意味が理解出来ないのであろう。 だが、事実なのだ。


『迷宮の攻略の報酬など真っ赤な嘘です。 貴方達が迷宮を攻略したところで願いが叶えられる事は万が一にもありません。 それどころか、亜人との戦争に駆り出される事になっていましたよ。』

『そ、そんな……。』


 願いに希望を抱いていたであろう女性が、足元に膝を落とす。

 続いて、何人もの召喚者達が、絶望の表情を見せ始めた。


『更に、元の世界と魂が切り離された貴方達召喚者には、子供を作ることが出来ません。 魂の輪廻が途切れているからです。』


 更に絶望的な台詞を、さも悲し気に言うエリクシオーネ。

 だが……私は見た。 見えてしまった。

 彼女の口元が、若干微笑みを作ったのだ。


『ですので、これ以上貴方達の世界から死人を召喚するという愚行を行わないと、私、エリクシオーネの名で宣言させて頂きます。』

『……っふっざけんな!! それじゃ俺達はどうしろっていうんだよ! これから他の奴らを召喚しないとか、そんな事どうでも良いんだ! 俺達はどうなるってんだ!』

『元の世界にお返し致します。』

『お、おう! なりゃ良いんだ! なぁ、みんな! 元の世界に帰れるんだぞ!』

『――――ただし、皆さまが元の世界でお亡くなりになるという運命だけは、私共の力ではいかんともしがたいのが現状です。』

『『『『えっ……。』』』』


 ……そう、だよね。 別の次元の事象に介入して、死を回避させるなんて出来る事無いよね。 それは分かっていたが……この女――――召喚者達の表情を見て、愉しんで居ないか?


『ですので、私からのお詫びと言っては何ですが、召喚者の方々6人の方に、『不老』と『若返り』の恩恵を差し上げましょう。』

『ちょっと待て! 何を言っているんだ貴様!』


 慌ててエリクシオーネに近寄ろうとする柊さん。 だが、足元に一瞬で氷が張られ、柊さんはその場から動けなくなってしまった。


『今、真実・・をお話ししている最中ですの。 無粋な真似はしないでいただけるかしら?』

「き、貴様っ!!」


 柊さんの叫びは部屋に虚しく響き、エリクシオーネは続きを始める。


『私が無作為に選ぶのは不公平ですので……そうですね。 召喚者の皆さまでお話合いをするのはいかがでしょう?』

「ふざけるな! 話し合いなどになるものか!」

『勿論、先に前の世界に戻ってお亡くなりになりたい方は、申し上げて頂ければそのようにさせて頂きますよ。』


 エリクシオーネがそう付け加える前に、既に召喚者達は話し合いならぬ殺し合いを始めてしまっていた。

 魔法が飛び交い、剣戟が響き、血しぶきが上がり、死んだ仲間の名前を叫ぶ叫喚。 だが、一度動き始めた召喚者達の動きは止まらず、


『やめて! そんな願いをこの女が叶える訳が無い!』


 私はつい叫んでしまう。


『貴女の声は届きませんよ。 それに心外ですねぇ。 私は嘘は申しませんよ。』

『不老の力なんてある訳が無い!』

『何故そう言い切れますの? ここに実際存在しているのですが?』

『は……? 何を……?』

『私、これでも84歳ですの。』

『そんな……バカな事って……。』

『少し昔話をしてあげましょう。 かつて亜人達に恭順して、産まれた人間の子供の半分を亜人に提供する人間達がおりました。』

『…………。』


 嫌な予感に、私は冷や汗を流す。


『エリクスという男の子は何をやってもダメな子でして。 義務学習が始まると知った彼は双子の妹にこうお願いしたんです。 「自分の替わりに授業に出てくれないか。 もし功績を上げれば、生贄から逃れられるかもしれない。」、と。』


 私の嫌な予感は的中したらしい。 柊さんも、エリクシオーネの言葉を顔を引き攣らせながら聞くしかなかった。


『兄は知らなかったのでしょうが、贄の選定を受けた時点で、既に身体に刻まれているのですよ、刻印が。 つまり、どう足掻いても兄が生贄から逃れられる筈が無かったのです。 我が兄ながら、愚鈍な人物でしたね。』

『……どうやって……すり替わったの?』

『兄は女装をして髪を伸ばし、妹は男装して髪を切っただけです。』


 ふふ、と、笑いながら言うエリクシオーネ。 いや、エリサ。


『……生贄の日に髪を切って自宅の前に手紙と一緒に置いたっていうのは?』

『兄に真実を教えて差し上げて、遺髪に髪を下さいと言いましたわ。 ……そこからは、何故か話に尾びれが付いてしまいましたが。』

『自分で書いたんでしょ? その手紙。』

『さあ、手紙があったかどうかは? 誰かが都合良く物語を作って下さったようですよ。』

『でも、何で男のフリなんて……。』

『貴女も女だから分かるでしょうが、戦場では味方でさえも信用出来ないのです。 だからこのようにして……。』


 エリサは短い魔法を唱えると、美女の風貌から中性的な美青年へと変わり、


『変化していたのだよ。』


 と、念話の声まで男性になっていた。


『エルフ達に入れ知恵したのも私。 15歳くらいまで育ててから食べる方が一番おいしいですよ、と。 研究結果は事実でしたから、説得力もあったのでしょうね。』


 再びエリサの姿に戻ると、話を続ける彼女。


『あら? もう終わったようですね。』

『……?』


 ふと、召喚者達の動きが静かになっており、その中央に二人の男女が立って居るのが見える。

 二人共傷だらけだが、その二人が召喚者達の『生き残り』らしい。


『俺達二人が、不老と、若返りの権利を貰う!』


 年齢は40歳くらいだろうか、の、男性が声高々に叫ぶ。

 女性は30台前半と言ったところか。 安心したのか、膝を付いて肩で息をしていた。


『あらまぁ。 不老だけでは無く、若返りもご所望ですか?』

『6人に渡す筈の恩恵だろ! 俺達二人が二つづつ貰っても問題無い筈だ!』

『……勝手な論理ですが、筋は通りますね。 では、クリスタルを手に持って、プレイエと唱えて下さい。』


 エリサに言われるがまま唱えると、ジョン・マッケーンという男性と、エリス・ヘルナンデスという女性の名前が手の甲に浮かぶ。


『では、そのまま少々お待ちください。』


 エリサは魔法の詠唱らしき物を始め、やがて二人の身体が白い光に包まれる。


『やった! これで……ずっと一緒に居られるな、エリス!』

『はい、ジョン!』


 手を合わせて喜ぶ二人。 ――――だが、二人の姿は意外な形に変化した。


『『おぎゃぁ! おぎゃぁ!』』


 赤子の姿になって、手足をバタバタと動かす二人。


『あらあら。 不老も付けてしまいましたから、このまま成長も出来なそうですね。 残念です……。』


 そして、召喚者達の居た場所の床が抜け、死体がその穴に吸い込まれるように消えて行き、二人の赤ん坊の泣き声もその穴の中に消えて行った。


『エルフさん達への賠償はこんなもので良いですかね。』


 その光景を、無表情で見ていたエリサは独り言のようにぼやいた。


『……これは何の茶番だ。』

『私は真実を話しましたし、お詫びもしましたよ?』

『エルフへの賠償とは何の事だ。』

『そちらのお嬢さんが全滅させた部隊の賠償です。』

『第三前線基地の被害の賠償はしなくても良いのかね。』

『大丈夫です。 だって、被害なんて殆どありませんでしたから。』

『なん……だと?』

『第三基地を包囲しているように見えたのは、幻像。 私が先ほど使ったような立体映像ですね。』

『亜人は既に撤退した後だったのか……。』

『迷宮に手を出すとどうなるかは十分思い知った事でしょう。 まあ、あれはあれで前線基地をいきなり襲撃したエルフさん達の私達への賠償みたいなものですからね。』

『あんたは何を考えてるんだ? 魂の枯渇に喘いで、全滅の一途を辿って居るというのに、何の目的でふざけた殺し合いをしてるんだ!?』

『問題は、エウパの力が寿命を超越したという事ですね。 もしこの事実を公表したらどうなると思います?』


 人間の寿命は約60年。 そして、老いる事の無い身体を得られるのだとしたら……。


『……人間同士で……エウパを奪い合う……。』


 悲しいかな。 そういう未来しか私には見えない。


『はい、正解です。 そして、エルフさんの上層部もその事実を隠したい。 だから現在の均衡が保たれている訳です。』

『エリクスの子孫を名乗って、隠れてこそこそと若作りしていた訳だ。』

『それは否定しないですね。 不自然では無いですか、英雄エリクスが歳を取らないなど。 だから、適度に世代交代をさせて頂きました。 先代はエリオットという名前の男性でしたよ。』


 私は、エリサの話に正直辟易していた。 最後の砦であるグランセリアを作ったのは、結局は自分の為。 迷宮を作ったのも、結局は自分の為。

 ある意味、はっきりとしすぎて居て、呆れ果てて物も言えない。

 そして、こんな話をするという事は、私も柊さんも、生かして返すつもりは無いという事だ。


『私達の世界からもう人は召喚しないって言ったわよね。』

『ええ。 しませんよ。 貴女達・・・の世界からは、ね。』


 やはりな。 そんな事だろうと思った。 違う世界に切り替えて、また1から集め直す。 今度は私や柊さんの様なイレギュラーを作らない様に気を付けながら。


『私は正直感心しております。 特にカナさん、貴女には。』

『…………。』

『まだ少女の身でありながら、幾多の苦難を乗り越えながら、人間を殺し、亜人を殺し、遂には一撃で一万人以上をその手で殺した。 右眼と右腕は戦闘で失ったのですか? 名誉の勲章ですわね。』

『私に……何をさせたいの。』

『貴女にも不老を分けて差し上げようと思いまして。』

『……ない。』

『すいません。 良く聞こえませんでした。』

『そんなもの要らないって言ってんのよ!! 私が何人もの人を殺したから、矜持までも失ったと思ってるの? 人の命を奪ってまで永遠に生きようなんて思わないわ! そして、私は貴女を軽蔑する! 全ての人間達、亜人達の代わりに、貴女を殺してやるわ!』

『あらまあ。 大きく出ました事。 丸腰で、魔法も封じられたこの部屋で、私を殺す?』

『っ!?』

「織部君。 何の考えも無しに俺達を呼び付けた訳では無いという事だ。」


 凍り付いて動かない足元を指して言う柊さん。


『成程……私達は魔法を使えないけど、貴女なら使える、と。』

『ふふ。 そういう事です。 しかし、困りましたね。 殺すとまで脅されて何もしない訳にも行きませんし……。』


 まるで新しいおもちゃを見つけた様な表情のエリサ。


『まず、ちょっとだけ頭を冷やしましょうか?』


 突如、部屋の中の温度が急激に低下し、エリサを中心に風雪が舞い始めた。

 私は慌ててマント、ブーツ、右腕をプロミネンス化するが、エリサは微笑を浮かべながら段々と風雪を強くして行く。


「ぐうっ!!」


 全身に猛烈な吹雪を浴びて、声を上げる柊さん。


「柊さん!」


 私は慌てて柊さんの元に駆け寄るが、エリサは弄ぶ様に突風で柊さんを吹き飛ばした。

 床に大の字になって倒れた柊さんの両手両足が、


絶対零度コキュートスの魔法よぉ。』


 エリサの言葉と同時に凍り付いた。


「うおぁぁぁぁぁ!!!」

『面白いですわよね。 温度が低いのに火傷するなんて。』


 氷雪に耐えながら、それでも柊さんの所に行く私。 跪いて柊さんの頭と身体をマントで覆おうとするのだが、私の身体を守ろうとするのをマントは優先しているのか、ぴったりと私の身体から引っ付いて離れなかった。

 

「織部君……頼む……。 俺の魂を元の世界に持って帰ってくれ。」

「っ!?」


 四肢を絶対零度の氷結魔法で焼かれ、眉毛も睫毛も凍り付き、息も絶え絶えに言う柊さん。


「……意味は分かるな?」


 分かるかって? 分からない。 分からないよ!


「俺の懐に煙草が入ってる。 ……最後に、一本だけ吸わせてくれないか?」


 私は言われた通り柊さんのの懐をまさぐると、見慣れた煙草ケースを左手で取り出して、開ける。 そこには、一本の手巻き煙草が残されて居た。


「本当は、全部終わった時に……吸うつもりだった。」

「終わってない! まだ終わってない!」


 柊さんは、そんな私の言葉に首を横に振った。

 私は震える手でその最後の煙草を柊の口に咥えさせ、右手の炎で煙草に火を点ける。


「ありがとう……。」


 紫煙を吐きながら、礼を言う柊さん。

 しかし、一服だけ吸った煙草も風雪の風に巻き取られてどこかに飛んで行ってしまった。


「君の弾丸になる約束は、結局果たせそうに無いようだな。」


 魔法を封じられた私と柊さんにはエリサの氷結魔法に対して為す術も無い。

 やがて氷の礫が柊さんの両手両足にぶつかると、それぞれを砕け散らせてしまった。

 私はポーチからポーションを取り出して柊さんの口に流し込もうとするが、そのポーションもすぐに凍り付き、やがて風に巻き取られれて砕け散ってしまった。


「……最後は君の手で。 頼む。」


 私の手……で?

 グランセリアと準備区画では、殺した・・・人間が、殺された人間の魂を奪う事が出来る。

 そんな情報を思い出した私は、ようやく柊さんの、私にして欲しい事、というのが、理解出来た。

 私は、涙を堪えながら、頷いて――――柊さんの心臓に向けて炎を纏った右手を振り下ろしたのだった。


 肉が焼ける音と、血が沸騰する音、そして……。


『あら、そうなったの。 根性あるわねぇ。』


 私には意味が無いと判断したのか、柊さんが絶命したのを見て風雪魔法を止めるエリサ。


『人の命を弄ぶな!』

『……貴女に言われるとは思わなかったわ。』


 私は柊さんの死体から跳び上がって、エリサに硬化した右手を突き出した。


『魔法がダメなら物理。 ええ。 悪く無い判断ね。』


 そう言いながら、渾身の力で突き出した筈の右手が、


 パツン!!


 という衝撃音と共にエリサの左手の掌で止められた。


『身体能力的に私が弱いとでも思った? 多分、人間の中で私が一番強いわよ。』

『黙れぇ!!』


 左足を軸にして右の回し蹴りを繰り出す私。

 しかし、エリサの右腕に防御され、その衝撃はエリサの体幹で床へと流された。

 エリサの右足が接地している床にヒビが入り、部屋全体が揺らされる。


『本当に強いわねぇ。 グランセリアの建築物にヒビを入れられるなんて、見た事ありませんわ。』


 言いながら左側に身体を捻るエリサ。 そして、彼女の左手に魔力を感じた私は、射程から逃れようと彼女の背中に跳ぶ。

 ――――が、それがフェイクだったと分かったのは、彼女の右足が後ろに突き出され、私の胸に飛び込んで来た時だった。


 防御が遅れ、私はエリサの蹴りの直撃を受け、部屋の壁に背中を叩きつけられる。

 本能的に硬化させたマントが衝撃を和らげたが、身体が半分壁の中にめり込む程の衝撃に、息が一瞬止まる。


『どうやって殺されたいですか?』


 余裕綽々のエリサに、唾を吐きたくなる衝動に駆られるが、柊さんの遺言を守る為にも、私はこのまま死ぬわけにはいかない。

 ――――つまり、逃げの一手だ。


 部屋の入り口にある扉に駆ける私。


『あらあら。 今度は鬼ごっこですか。』


 言って私の先に回り込むエリサ。

 そして、それが私の狙いだった。


「ふっ!」


 硬化した右手の掌底を、床を踏み付けた右足と共に突き出した。

 エリサはそれを防御しようと両腕を交差させるが、完全に衝撃を殺す事は出来ず、今度はエリサが吹き飛ばされる番となった。

 吹き飛ばされたエリサは扉を突き破り、部屋の外に出てしまう。


 扉の両脇に立って居た兵士は、いきなり突き抜けて来たエリサの姿に唖然とするが、主であるエリサを守ろうと私に向かって槍を突き付けて来た。


 そして、私はそれを待っていた。


物質膨張マテリアルエクスパンション!」


 右手で右側の槍を、


物質膨張マテリアルエクスパンション!」


 左手で左側の槍を――――


 ツパパン!!


 ほぼ同時に爆破させた。

 槍は鉄の礫となって兵士と、そしてエリサに襲い掛かる。

 音速を超えた速度の礫を、一部見切ったエリサだが、その全てを躱す事は叶わず、白いドレスが所々血で染まり、そして礫の一片はエリサの右眼に突き刺さった。


『わ、私に……傷を……。』


 身体に傷を負うのは久方ぶりだったのか、震えながら潰された右眼を押さえるエリサ。


『お揃いね。』


 言って私は自分の右眼を指す私。


『この小娘がぁ!』


 激しい魔力をエリサの全身から感じる。

 私も魔力を溜め、詠唱を始める。


「我が親愛なる紅蓮の炎よ。 我が拳に満たせ百の真紅の花の種を。」

『はっ! 詠唱ですって? 呑気なものね!』


 エリサは無詠唱で絶対零度コキュートスの魔法を唱え、人の頭程の大きさの塊がいくつも私に向かって飛んで来た。

 私はそれを躱す事無く、炎を纏った右手で受け止める。

 絶対零度と煉獄の炎がせめぎ合うが、


「満ちし時、踊り咲かせよその花を。 狂い咲かせよその花を。」


 二節目の詠唱で強化された炎が、絶対零度の塊を爆ぜさせ、突風がエリサと私を襲う。

 双方共にしっかりと足を床に付けて突風に耐えるが、エリサは次の魔法を唱え、そして私は詠唱の続きをする。


氷柱羅刹イシアスマキアス!』

「して、漆黒を照らせ、炎の渦で――――」


 エリサの魔法は私の足元に何十本の尖った氷柱を産み、私を串刺しにしようと迫って来る。

 しかし、炎を纏った私のブーツが、私の魔法に呼応するように更に炎の威力を高め、周囲に熱波を広げると、氷柱は私の太腿に突き刺さる前に溶け始め、いくつかのかすり傷は作るが、致命的な攻撃は与えられない。


『くっ! ウェルナ・ハルテス!』


 頭の中で意味は変換されなかったのでどんな魔法なのか分からず一瞬身構える私だったが、エリサの前に幾層もの氷の壁が出来始めた事で、それが防御魔法だと分かると、私は右の口の端を上げる。


 ――――この業火に、耐えられるかしら?


「深淵を照らせ、炎の渦で。 咲き誇れ、百の紅蓮の花たちよ!」

『ウェルナ・ヴェルテ!』


 更にエリサは自分の身体をドーム状の氷で包み込む。


「ララ、グレーゼ、フルーレ、エトマキア。」

『ふっ!』


 次にエリサは無詠唱で風雪を纏う。 先程屋内で使った物よりは範囲は狭いが、威風雪の強さはそれ以上だった。

 私の詠唱はそろそろ完了するが、エリサの防御を突破出来るのかという疑問が出始める。 まさか三重に防御魔法を使えるとは思って居なかったからだ。

 だが、もう魔法を止める訳には行かない。

 真っ向勝負と行こうじゃないの!


「エラグレーゼ、ソンフルーレ、グレーゼ、エトマキアージュ!」


 足元で、エリサの放った氷柱魔法が溶けて水になった水分が蒸発してエリサに熱風を浴びせる。

 だが、その熱風はエリサの氷の壁で遮られ、エリサは余裕の笑みを浮かべた。

 でもね……本番はここからなのよ!


爆破派出エクソダスブラスト!!」


 

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