帰属判定
私と戦った人間で、最後の一人となった男は完全に怯えきっていた。
私の様な小娘を前に、重装備である自身の鎧をカチャカチャと音を立てて震えさせていたのだから。
多分、自分も他の人間達の様に私に、殺されると考えているのだろうが、同じく私からはもう逃げられないのだとも考えているらしい。
私とてじゃあ勝手にお逃げなさいなんて事を言うつもりは毛頭なく、いずれ殺すつもりだ。 だが、三島さんが目覚めてこの男と会話をすれば、何かしらの情報を引き出せるかもしれないとうのはあった。
ふと男の様子を見ると、今だに盾と剣を装備している。 流石にそのまま持たせておくのは拙かろうと、炎の剣を男に向かって突き出した私は、魔法障壁を完全に削られた男の盾を飴細工の様に縦に斬り裂いた。
……これは良い鉄板になるかもしれないわね。 ズドン、と、鈍重な音を立てて地面に落ちる真っ二つにされた男の盾にそんな感想を抱く私。
男は悲鳴を上げ、その場にしゃがみ込み、既に盾を無くして戦意は喪失しているだろうなとは思いつつも、男が腰に下げている長剣も鞘ごと男の腰から炎の剣で切り落とし、更にその剣の柄を右手で持つと剣の中程を右足で踏みつけ、ぐにゃりとくの字に曲げて使い物にならなくさせた後に遠くに放り投げた。
その私の行為に呆気に取られている男を前に、切り裂かれた盾の片方を炎の剣で円状に加工し、真ん中を適度な力でブーツで踏みつけながら手で内側に押し曲げて鍋状にすると、男達が持っていた荷物の中から何かの肉や、白菜のような形をした野菜を取り出した。
あまりの空腹感にまだ調理もされていないそれを見て私のお腹の虫が空腹を訴える。 男の前ということで多少羞恥心は感じるものの、実際にお腹が空いて居るのだから仕方ない。
私は男達が持っていた次の荷物を漁ると、調味料に混じって遂に待望のちゃぷんと音を立てる液体、それが入った瓶を発見した。
急いでその瓶の蓋を空けると、匂いを嗅いで中身を確認する。 と……それは単なる水ではなく、果実の香りがほのかに漂う刺激臭がした。 何だ、酒か。 と、落胆のため息をつく私。 一瞬これでも良いから飲んで喉の渇きを押さえてしまおうと考えた私だが、酒を所持して居て、水も無いはずはないだろうと考え直すと、次の荷物に手を伸ばし、乾いた喉を必死に我慢する。
と、次の荷物こそが当たりだったようで、背負う形に作られていた大きな革袋にはたっぷりの水が入っていた。
私は乾いた喉にこれでもかと水を流し込む。 その水の味は今まで迷宮の中で飲んできた純水という訳には行かないが、渇き切った喉には極上の物に感じられた。
その一部始終を見て困惑の表情を見せる男。
「……何よ。 亜人が水を飲むのがそんなに珍しい?」
男に理解できる訳がないが、日本語でそう言い捨てる私。 すると慌てて首を横に振りながら何かを訴える男。 私の機嫌を損ねたとでも思ったのだろうか。
別にそんなに必死にならなくても今の今、あんたをどうこうするつもりは無いわよ。
私は男に構わず鍋状に加工した盾に炎の剣を近付けて熱し始める。 と、その時点で良く考えたら、食材があるなら調理器具もあったのではないかと、まだ開けて居ない荷物を眺め、同時に迷宮の中で一人で煮物を作った時の事を思い出して苦笑いを浮かべる私。
皮肉にも火力は殺傷能力が高い分炎の剣の方が上だが。
さて、瞬時に熱せられた鉄の鍋に何かの肉を投げ入れる。 そう言えばこの肉と言い野菜と言い、生の状態だったが悪くなっている様子はなかった。 冷蔵保存の魔法でも使っていたのだろうかと先程殺した水色のローブを着ていた女の方に目を向ける私だが、多分死んだ事で彼女の魔法も切れてしまったのだろう。
結局そんな事を詮索しても意味は無いので再度自嘲気味の笑いを浮かべた私だった。
目の前で肉の表面が焼け始めたので、右手に持ったバゼラルドで適当な大きさに切って、野菜と一緒に炒めて塩などの調味料を加える。
バゼラルドという魔法の武器で調理をすると言うのは何とも不思議な気分だが、たまに左手の炎の剣で火力を調整しながら右手のバゼラルドで切りながら炒めるという工程を男も不思議そうに眺めていた。
しかも、物欲しそうな顔をしているが、貴方に食べさせるつもりは毛頭無いわ……。
そう心の中で独り言ちながら酒と水を加えて少し煮込むようにする。 三島さんもリーザも多分汁物の方が身体が暖まって良いのではないかという判断からだ。
私は炎の剣を背中に止めてバゼラルドも布で拭った後に腰に仕舞うと、他の荷物の中から見つけ出した木のお椀に少し汁を入れて味見をする。
ううん……少し塩味がきつくなってしまったが、私自身の血が足りないせいなのか普段よりも塩がきつめの今の味を美味しく感じてしまう。
と、そこに男が自分も、と、お椀を持った手を出したではないか。
瞬時にバゼラルドを抜いて男の喉元に突き出し、そんな権利がお前にあるのかと睨み付ける。
この身体を切り刻まれ、更に辱めを受けそうになった事は許しては居ない。 敵と味方、殺し合いになったのはまだ止むを得ないとしても、女の性を貪る様な扱いをされそうになって良い気分の女が居る訳が無いのだ。
と、更にそこで男が取った行動に、私は唖然とさせられた。
何と男は下着だけを残して全ての鎧を自ら解除し始めたのだ。
それで許してくれとでも言いたいのだろうが、無論そんな訳にはいかないので先程食器と一緒に見つけたロープで男の両手両足をにこやかに縛り上げる私だった。
◇
縛り上げた男をその場に残して三島さんとリーザを抱えて鍋の近くに連れて来た私。
するとそれを見て何かを勘違いしたのか、急に私に罵声を浴びせ始める男。
三人で彼を煮て喰うのかと勘違いしているのだろうか。 それが滑稽で何故か笑える。
バカね。 二人は人間よ、貴方を食べるわけが無いじゃないと、彼女達の頭を付き出して見せてやる私。
すると、男の罵声が逆に強くなった。 ……ああ。 もしかして、私が彼女達と貴方を煮て食うとでも考えていたのか。
って、亜人って人間を食べるわけ?
熊とか狼とか、犬だって人間の肉を食べるんだから、もしかしたら本当に食べるのかも?
でも、それだったらリーザが迷宮で犯された理由が分からないわよね。 人間が獣に興奮しないように、獣も人間に興奮しない。 つまり、性的興奮を感じるという事は、人間と亜人は子供を作る事が可能なのではないか?
ちらりとリーザのお腹を見る私。
まさか……今回ので妊娠とかして無いわよね。
まあ、私がそんな事を今心配しても仕方無いかと、首を横に数度振る私。
それよりも、折角作った汁物、冷めないうちに早く二人に食べて欲しい、と、未だに寝息を立てて居る二人を地面に置いて軽く揺さぶって起そうとするが、深く寝入っているようで中々起きてはくれない。
ならば仕方ない、と、お椀に水を注いで、先ずは三島さんの口元に近付けてお椀を傾けながら彼女の唇を少し濡らした後、もう片方の手で口を開けて水を無理矢理中に流し込んだ。
「げほっ! えほっ!」
むせて咳き込む三島さん。 だが、渇いた喉は自然にそれを求めたのだろう、目ぼけ眼を擦りながらも、濡れた唇を拭いながらむくりと身を持ち上げると、周りを見渡し始める彼女。
「え……こ、ここは? 織部さん? えっ。 それ……もしかして水ですか!?」
私が手に持っていたお椀に飛び付くと、喉を鳴らせて中身を飲み始める三島さん。 私はすぐに空になったお椀に二杯目の水を注ぐ。
「一体……何があったんですか?」
「えっと……ちょっと言いにくいんだけど……実は人間と戦闘になっちゃって……。」
隠しても仕方ないので全てを三島さんには話した私。
「そんな事が……織部さんにだけ辛い思いをさせて本当にごめんなさい。」
三島さんは本当に申し訳なさそうに私に頭を下げる。
「別に大丈夫だよ。 結果的には無事だったんだから。 それよりもリーザも起こして水を飲ませてあげて。 ちょっと強引だけど口をこじ開けて水を流し込めば一発で起きると思うわ。」
「…………。」
自分もその手で起こされたのだと気付いた三島さんは、少し複雑な顔をした後、私の指示した通りリーザの口をこじ開けて水を流し込むのだった。
◇
咳き込みながらも、水を求めて目を覚ましたリーザ。 彼女も水があると分かると、お椀を使って三杯の水を喉に流し込んだ。
そして、私と三島さんは男を尋問しようと相談するが、まず尋ねる手段が無い事に気付いてはっとなる。
「そうだよね……何をしていたのか、何処に向かっていたのか、質問出来なきゃ答えようも無いか。」
「……どうしましょう。 この場合このまま口封じに殺した方が良いのでしょうか。」
と、その時だった。 男が三島さんに向かって何かを口にした。
「織部さん、この人、私に、この亜人の味方なのかって聞いて来て居ますが……。」
「そう……じゃあ、頷いておいて。」
頷く三島さんに驚きの声を上げ、更に三島さんに何かを尋ねる男。
「この亜人は私とリーザを殺さないのか、って聞いて来て居ます。」
「それも『はい』で構わないと思うわ。」
続いてもしかして俺の言葉が分かるのか、それは特殊能力なのか、まさか迷宮を攻略した人間かという質問が続き、全てに肯定で三島さんに答えさせる私。
「その亜人は、有り得ないとは思うが亜人の資質を持った『元』人間かって聞いてますが……。」
その質問には、困惑の表情を浮かべる私。 私の居た迷宮では少なくとも私とパーシャと二ノ宮君が討伐対象になる事は無くなったが、もしこの男が他の前線基地から来た者で、その情報を握った上で何らかの交渉材料にされたら困ると思ったからだ。
と、三島さんの返答に時間が掛かったせいか、
「やっぱり、そうなのかって勝手に言ってます。」
そう結論付けてしまう男。 それと同時に、私が
『カナ。 聞こえるですか、カナ。』
その時だった。 急にパーシャからの念話が私に届く。
『パーシャ! 無事だったの!? 急に念話が届かなくなるから吃驚したわ。』
『私と追跡者は特殊能力と魔法が使えない場所に監禁されて居たです。 そして、今は何とか追跡者が仲間を説得出来た様で、水と食料を持ってそっちに向かっているですよ。』
そう言う事だったのか。 まあ、いきなり飛ぶ亜人に抱えられた人間が降りて来たら、そりゃ懐疑的にもなるだろう。
『パーシャ、追跡者だけど、今、一緒に居るの?』
『居るですよ。 彼女に何か聞きたいことがあるですか?』
『人間に襲われて、返り討ちにしたんだけど、証拠隠滅の為に最後の一人も殺してしまって良い?』
『えっ!? そんな事があったですか!? カナは無事だったですか!?』
『ちょっと襲われ掛けたり殺され掛けたりしたけど、今は無事よ。』
『それ、全然大丈夫に聞こえないですよカナ……。』
『それより、ちょっと追跡者に聞いてみて。』
『ちょっと待ってて下さい。 今聞いてみるです…………。』
肉と野菜の汁物をお椀に装いながらパーシャの返答を待つ私。
『気持ちは分かるが、私が説得するのでなんとか思い留まって欲しい、だそうですよ、カナ。』
『そう…………。』
『それから、貴女達が強いって事を知る証言者にもなるって言ってるです。』
『証言者? 何故そんな者が必要なの?』
『交渉が完全に上手く行った様ではないようです……。 私とカナを他の前線基地に帰属させるのは現在相談中だって言ってるです。』
成程。 そう言う事か……。
「命拾いしたわね、貴方。」
悔しそうな表情でに男に向かって言う私。 すると、男は何かを私に言い返した。
「自分をどうするつもりなのかって言ってます。」
「……不本意だけど、こうするわ。」
男の両手足のロープをバゼラルドで斬ってやる私。 そして、男が先程持っていた器を男の手に返してやり、男の器にも汁物を装ってやる。 それを唖然とした表情で見る男だった。
◇
その後、男と食卓を囲んで汁物を食べ、私が少し地面に横になって休んで居た時の事、追跡者と荷物を抱えたパーシャが私の炎の剣の明かりを目印にして私の横に降り立った。
そして追跡者は男と何かを話して説明した後、男が申し訳なさそうに私に向かって何かを言う。
『彼は謝罪を述べています……。 彼等は私が今行った前線基地から派遣された偵察部隊だったそうです。 私達の前線基地から亜人襲撃の報が入り、その後連絡が途絶えた為に様子を見る為に派遣されたと言う事ですね。』
成程。 それなら尚更亜人を見たら攻撃を仕掛けて来る筈である。
「……ねぇ、追跡者。 亜人と人間って交配可能なの?」
『え? そう言った前例は聞いた事がありませんが……。 何故ですか?』
「リーザは亜人に襲われたのだし、私はこの人達に襲われかけたわ。 交配可能じゃなければ何故そんな事をするのか分からないもの。」
『確かに人間が亜人に強姦された後に殺されてエウパを取られるのは良くある事ですが、性的暴行を目的に長期に渡って監禁したりする事はありません。 人間から亜人に対しても然りなのではないでしょうか。』
そう言う物なのか。 まだ納得が行かないが彼女が嘘を言っている様子は無い。
「ん? ちょっと待って。 何でリーザのエウパは取られて居ないの?」
『最後に殺してエウパを取ったと勘違いしたのでしょう。 そうですね……実際にエウパを取って見れば分かるかと。』
そう言って物言わぬ死体となった人間の一人を指差すリーザ。 私はスカートのポケットからクリスタルを取り出すと、その死体に歩いて向かう。
「確か、これで取るのよね。」
そう言ってクリスタルを指差す私。
『それを死体に付けてシェフーデンと言えばエウパが取れる筈です。』
「……シェフーデン。 これで良いの?」
『はい。 それで所得完了となります。 ……が、ここではどの位の量所得出来たか判別するのは不可能です。 迷宮システムに接続する端末が無いと、エウパの総量は調べられませんので。』
そう言う事か。 亜人達も、それぞれ基地に帰って調べなければ所得出来たかどうかは分からない、と。
『ですので、塵になった者からエウパを取るのは難しいかもしれませんね。』
「逆に言えば、不可能では無いって事?」
『命を落とした場所にエウパは残留している筈ですが、エウパの探知能力者が居ないと難しいですね。 ……と、朗報です。 この男、その能力者の様ですよ。』
男が追跡者に何かを耳打ちすると、そう続ける追跡者。 そう言う能力を持った人間も居るのか……。
『今回は、謝罪の意味を込めてエウパが残留している場所を貴女に教えるそうです。 ……皆、レベルで言えば50を超えるエウパ持ちだそうです……というか、良くこの集団を相手に一人で戦って勝ちましたね……。』
「しっかり殺されそうになったって言ってるじゃない。 で、そのエウパって間引き無しで私が取っても良いの? 迷宮では半分が迷宮自体に吸い取られるって言ってたけど。」
『作戦中でしたら所得したエウパの三割の上納義務はありますが、今回の場合は自己防衛の為に殺めたという経緯がありますので、全て所得して頂いて構いません。』
「そう……。 なら私だけじゃなくてパーシャにも吸い取らせて良いかしら?」
『それはご自由にどうぞ。 というか、エウパは言わばお金であり力であり、大量にあっても困る物では消して無いのですが、それを第三者に所得させても本当に構わないのですか?』
そんな余計な事を言って来る追跡者だが、私だけが強くなっても仕方無い。 そう考えて居る私は構わない、と、首を縦に振り、パーシャに6人分のエウパを所得する様に指示するのだった。
◇
エウパを所得した後、実際に何かを吸い取ったという感覚は全く無いために、本当に取れて居るのかと首を傾げる私とパーシャ。
『もう残留しているエウパは無いそうです。 では、少し休んでから前線基地に向かいましょうか。』
追跡者は死んだ者達の荷物の中から炎を出す道具を取り出すと、それに火を付けながら念話で私達に伝えて来た。
「そうね……正直疲れたわ。 悪いけど三島さん、リーザと一緒に少し見張りをしてくれないかな?」
道具は明かりだけ無く暖を取るにも使えるようで、追跡者と男は火の付いたそれに手を翳していた。
「構いませんよ。 むしろ、私達こそ先に休ませて貰って申し訳無いです。 と、リーザも同じくお礼を言っています。」
追跡者と私の話と現状を見て何が起こったか分かったのだろうリーザが、三島さんに耳打ちした後それを翻訳してくれる三島さんだった。
◇
それから八時間、ゆっくり身を休めた私、パーシャ、追跡者、そして男。 その間は幸いにも何事も無く、再び眠気と戦って居たリーザと三島さんが私達を起こしてくれた。
その後、軽く食事を取った後、荷物を纏めると、私は三島さんを、パーシャはリーザを抱え、徒歩でその場から追跡者が連絡を取った前線基地へと向かう。
やがて私の胸元で寝息を立て始める三島さん、そしてパーシャの胸元でもリーザが船を漕ぎ始めて居るようだ。
『何か赤ちゃんを寝かし付けて居る気分になるわね……。』
『ですね。 リーザも大人の女性の人なのに何だか可愛く思えてくるから不思議です。』
あはは、と、互いに半笑いを浮かべる私とパーシャだった。
『これから日が高くなりますので、この布で二人の顔を覆ってあげて下さい。 あと、パーシャちゃんも頭に何か被った方が良いです。』
そう言って三島さんとリーザの顔の上にそれぞれ赤い布を被せ、パーシャの頭に頭巾の様に被せて顎のところで結んであげる追跡者。
『……パーシャ、追跡者に名前で呼ばせてるの?』
自分でも分からないが、何故か追跡者のその行動に少し不機嫌になる私はパーシャに念話を飛ばす。
『いつまでも黒薔薇の悪魔って呼ばれたく無かったです……。』
『まあ、それもそうか……。』
『ダメだったですか?』
『別にダメじゃないけど、何か……パーシャを取られちゃった気がして……。』
って、そうか。 二人の仲が以前より良くなって居る事に、私は嫉妬を覚えていたのか。
『大丈夫ですよ、カナはパーシャの特別ですから。』
『ありがとう、パーシャ。 それとごめんね、変な事聞いて。』
『……それよりもカナ、良い機会だから少し今後の事を相談しないですか?』
『今後の事? 私達が違う前線基地に帰属する事?』
『それの先の事です。 追跡者が言うには私達は前線の部隊に編入されるです。 そしたら……亜人との戦争を繰り返す日々になるです……。』
『それはまあ……そうよね。 けど、亜人との戦争か……。 パーシャは怖いの?』
『怖く無いと言えば嘘になるですけど、一度に大体三人に一人は死ぬって聞いて、ヒナとリーザが本当に大丈夫か心配です……。』
そんなに死ぬのか……。 まあ、相手が私とパーシャを集中的に狙って来ないなら、その三人のうちの一人に私達がなるとは限らないが、三島さんとリーザならば確かにそうなる可能性もある。
「ねぇ、追跡者。 貴方達ってどうしてリミッターを解除して戦わないの?」
『何ですか急に。 安全装置みたいな物ですよ。 剣を振り回しただけで肩が外れたりしたくは無いでしょう?』
「でも、私の肩は外れないわよ。 これは何で?」
『多分そのパラメーターの他に肉体強化がされているのでしょう。 筋力が上がれば上がる程に各関節も強化され、敏捷度が上がれば上がる程それを動かす筋も強化されると言った所でしょうか。』
「隠しパラメーターみたいな物か……そう言えば神力と運って結局何なの?」
『神力はセイクリッドアートを操る能力と治癒魔法に作用し、運はランダムで所得する道具や武器の
「まあ、実際に運なんて測れる物じゃないしね……そういう事だったの。」
『ちなみに、前に少し話したと思いますが、LVの概念はエウパでも経験値制でもほぼ同じで、肉体強化に使ったエウパをロックした回数がLVだと思って下さい。 なので、エウパに余裕がある時にだけ行う様に気を付けて。』
「武器を買ったり装備を修理したりするのにもエウパを使うのよね。」
『そういう事です。 エウパに余裕がある時には前線に出る事を拒否出来たりもしますね。 まあ、貴女達の場合は前線に出す事を条件に帰化させて貰うので、最初の何戦かは拒否出来ないと思いますが。』
「そう言えば、貴女や私達が居た迷宮の人達はどうするの?」
『私は多分監視役として貴女達と一緒に前線に送られるでしょう……。 あの迷宮の前線基地は、他の基地から人が送られ、迷宮の内側と外側、両方から復旧される筈です。』
そう言って前線に送られる事を嘆く追跡者。 多分特殊能力があるが故に迷宮での仕事を任されて居たが、私達の件でそれが無くなるのだろう。 可哀想と言えば可哀想な役目に就く事になると言えるが、彼女達には騙されて居たという思いがあるからだろうか、完全に同情は出来なかった。
『分かっていますよ、私に同情なんて出来ない事は。 むしろ恨んで居ますよね……。』
「どうかな。 この世界の本当の仕組みを知った今なら、迷宮が合理的なシステムだって気持ちも無くは無いし、約束通りパーシャと一緒に食料と水を持って帰って来た事を加えたら少しは信頼しても良いかなって思ってる。」
『……私達は、話しも聞かないで亜人である貴女達を殺して来ました。 これからは私達人間に有益であり、信頼出来ると判断した亜人は他の挑戦者と同じ扱いをする事を提案してみます。』
「それは無理なんじゃないの? 亜人ってだけでまるでアレルギー反応の様に恐れを感じてるんでしょ。 それにセイクリッドアートも効かないなら、やっぱり同じシステムでやるしか無いんじゃない?」
『いえ。 一つだけ判断出来る材料があります。 誰か大切な人間は居るかと討伐対象になる時に本人に聞く方法です。』
「その大事な誰かを殺されたら討伐対象になっちゃう、か。 それもちょっと悲しいね……。」
『何にせよ、人間側として貴女達亜人が戦うというのは、メルサーラの歴史では初めての事です。 もし沢山の功績を上げられたなら、他のかつて人間だった亜人への印象も大きく変わるかもしれません。』
『……だってよ、パーシャ。 もうやる事決まっちゃったみたいね。』
私は溜息と共にパーシャに念話を投げかける。
『戦うしか無い、ですね。 そして、パーシャも、もっと強くなってヒナもリーザも守るですよ。』
『そう言えば、何で私達ってリーザの事を今は信用してるんだろうね。 あの殺人集団の一人だったのに。』
『結局、自分と似ているからでは無いですか? 他人を沢山殺してでも自分の力で生き抜いて来たのです、リーザもパーシャ達も。』
ああ。 そう言われると確かにしっくり来る。
そして、迷宮の中に居た時は強制的に敵同士だが、外に出た今なら敵になる意味も無くなった。 むしろ、共に戦う戦友になったから、仲間意識の様な物を感じてさえ居るかもしれない。
と、私達がそんな事を念話で話していると、男と追跡者がこちらの言葉で何か会話をし始めて、チラチラとこちらに視線を向ける二人。
「……なに? そういうの気になるからやめてよね。」
『貴女の強さの事を語って居たのですよ。 自分達は同数のエルフとドワーフでさえ撃破出来る自信があった。 それを一人で返り討ちにしたのは確かに良い判断材料になるだろう、と。』
「へぇ。 って、私が殺したのは彼の仲間だったのよね。 そっちこそ、全然私の事恨んで無いの?」
『全部自分達の判断ミスだと思っているって言ってます。 まあ、亜人が私達の前線基地の間に居る時点で攻撃しない道理は無いのですけれど。』
睨む様な視線を以前はずっと私達にぶつけていた追跡者だったが、少し表情を砕けさせ、はにかむ様な笑いを浮かべてそう念話を飛ばして来る彼女。
「貴女、名前は何て言うの?」
『……名前で呼んでくれるのですか?』
「そっちこそ、紅蓮のキツネとか私の事を呼ばないなら良いわ。」
『私の名前はユズキです。』
「へぇ。 私の国に居る人の名前みたいな響きね。」
『そうなのですか。 オリベカナ。』
「苗字と名前をくっつけて言うのは止めて。 加奈で良いわよ。」
『ではカナ、これから宜しく。』
と、私に手を差し伸べるユズキ。
握手の催促だと思った私は、足を止めて片手で三島さんを抱き直すと、空いた手でその手を握り返す。
が、何故かユズキは首を傾げ、ああ、と、何かを思い付いたのか表情を変えた。
『カナはこの世界の挨拶を知りませんよね。』
「この世界の挨拶? そんなのあるの?」
『こうするのですよ。』
ユズキは男に手を差し伸べると、男はユズキの手の甲に口付けをして、男も手を差し伸べると、ユズキはその男の手に口付けを返した。
「何か変な挨拶ね……。 似たような挨拶は私の世界にもあったけど、互いにするってのは見た事無いわ。」
『あなたには斬り殺されても構わないって意味です。 だから、もし片方が口付けをして片方がしなかったら大変な事になりますね。』
「変なの。 まあ、文化が違えばそういう事もあるのかなぁ。」
だが、別に嫌な感じはしなかったので、再度私の前に手を差し伸べるユズキの手の甲に軽く口付けをする私。 ところが、他人の手に口を付けるというのは意外にも妙な感触だった。 相手の体温を口で感じるというのが、家族以外では初めてだったからなのだろう。
口にユズキの体温がまだ残っている様な感覚を覚え、自分の舌で唇をぺろりと舐める私。
そして、身構えているユズキの前に手を差し出す。
『手袋、脱がせても良いですか?』
「あ、う、うん。 大丈夫よ。」
するりと
やがて、私の手の甲に唇を押し付けるユズキ。 少し濡れた彼女の唇を手の甲に感じ、やがて身を引いた彼女から開放された私の手が外気に晒される。
これ……実際やってみると結構恥ずかしいわね……。
「カナ。」
「え?」
私を呼び止めたのは片手でリーザを抱き直して空いた手をユズキと同じ様に私に差し伸べたパーシャだった。
『……もしかして、同じ事、するの?』
『ユズキとは出来てパーシャとは出来ないですか?』
『で、出来ない訳が無いけど……。』
と、ちょっとムッとした顔をしているパーシャを見る私。
……何だ、パーシャも嫉妬とかするんだ。 そう考えるとちょっと嬉しくなった私は、迷わずパーシャの手の甲に口付けをする。 そして、自分の手袋は自分の口を使って脱ぐと、彼女に向かって手を差し伸べる。
すると、嬉しそうに口付けを返すパーシャだった。
『……何かちょっと恥ずかしいですねコレ。』
『で、でしょ。 何か見てると平気なんだけど実際にするとちょっと恥ずかしいよね。』
互いに顔を赤くさせながら手を引く私達。 でも、これはこれで何だか悪く無いと思い始めて来たわ。 そう考えながらも口を使って手袋を履き直した私は、三島さんを両手に抱き直す。
『相変わらず二人は仲が良いのですね。』
微笑ましそうに笑みを浮かべながら念話で言うユズキ。
そう言われると恥ずかしさが増して来るので言わないで欲しかったわ。
「そりゃ、パーシャは私の
『え? それも何かの特殊能力ですか?』
「あれ? 知らなかったかしら。 パーシャは私の筋力と敏捷度を同化出来るの。 だから、彼女自身の能力と合わせれば近接戦闘だと私よりも強いかもしれないわ。」
『カナよりも強いのですか!? パーシャちゃんが!?』
と、念話で驚きの声を上げるユズキ。 すると、男も信じられない、と、パーシャを見る。
『という事は、相手が攻撃して来る時以外為す術が無かった鳥人族とも互角以上に戦えるという事ですか……。』
「鳥人族? そう言えば亜人達にそんな種族が居るって言ってたわね。」
『鳥の様に空を飛んで上から攻撃して来るのですが、この様な開けた大地では相手の方が大分有利になってしまいます。 こちらは相手が射程内に入らなければ攻撃出来ませんが、相手はいつでもこちらを攻撃出来るのですから。』
「私達人間に翼が生えた感じ?」
『見た目ではそうですね。 若干人間よりも筋力と知力が劣りますが、それでも空を自由に飛び回れるというのはエルフにもドワーフにも無いメリットです。 それが故に、ドワーフの武器を持った彼等にはエルフでさえも手こずったそうです。』
「へぇ。 でも、結局戦争では獣人族と痛み分けになったんじゃなかった?」
『良く覚えて居ますね。 獣人族は棲家をジャングルをにして居てそこを攻撃する鳥人族には不利な地形だったのと、何人かの高LVの風魔法を使えるエルフが補助したのです。 彼等の弱点は風、ですから。』
「風魔法を使える人間は少ないの?」
『少なくはありませんが、エルフ程大規模な魔法を使えるまでには至りませんので、彼等の攻撃範囲外からの攻撃というのは難しいですし、彼等も自分達の弱点を分かっているのでまずは風魔法使いを狙って来ます。』
成程……先に知っておいて良かったかもしれない。 バゼラルドで遠距離攻撃が出来る様になったとは言え、私は基本近接戦闘しか出来ない。 彼等に執拗に狙われたらパーシャを呼んで空を一掃して貰うしか無いな。 ……というか、パーシャに何かで釣り上げて貰ってタンデムの様な形で攻撃するのもアリ、か。
まあ、どちらもパーシャに頼るしか無いのは事実なのだが。
◇
それから私達一行は約八時間掛けて前線基地に辿り着き、男の証言もあって私とパーシャの実力を認めた上層部は私達のその前線基地への帰属を受け入れた。
その私達に与えられた宿舎は迷宮の宿屋と同じくらいの広さの六人部屋。 それを女五人で使う事となった。 さて、その部屋だが、冷暖房完備の上にエウパから好きな食事や武器や道具に何でも変換出来る装置も備えられており、更にはその装置でLVアップも可能であった。
そして、何日も行って居なかったLVアップを、ようやく私とパーシャは果たすのだった。
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