孤軍奮闘

 私を取り囲んだ人間達は、一人の男の合図と共に一斉に襲い掛かって来た。

 その人間達の得物は様々。 長剣だったり、斧だったり、またショートソードだったり槍だったりと、どの人間の攻撃を優先すれば良いのか分からない私は一瞬頭の思考回路を止めてしまう。

 だが、視界に入った槍が一番先に私に触れると感じた身体は勝手に動き、その槍を持った人間とは逆方向に大きく跳躍し、背中から一回転宙返りをしながら盾と長剣を持っていた男を飛び越える私。 

 上段に右手で構えて居た男の長剣は、私が立っていた場所に向かって振り下ろされており、その剣の軌道の途中――――男の頭上であと数センチの伸びれば私に掠めるという距離でその剣を避けた私は、その男の背中側に回ると、着地と同時に男の背中に向かって燃え盛るバゼラルドを突き付けた。


「ふっ!!」


 吐く息と同時に私の両手でしっかりと持たれていたバゼラルドは、振り向こうとした男の背中と肩の間、その鎧の隙間の部分を見事に貫いた。

 鎧の中身である男の体液が蒸発する音が聞こえ、瞬く間に全身の鎧の隙間から男の身を焼いた炎が噴き出す。

 やがて灰と化した男の肉体と共に、地面に崩れ落ちて行く青白い光を放つ鎧。 全身を覆い隠す様に作られていたそれは、主人を失った後も形がそのまま残っていて何だか滑稽な気がした。


 と、私に向かって振り向いた二人の男、両手剣を持ったその二人が私に攻撃を加えて来た。

 左右同時に私を狙って来る巨大な剣。 それを私は一歩後ろで下がる事で回避するが、今度は上から下に振り下ろされる二撃目が襲い掛かる。 それもまた後ろに一歩下がって回避する私だが、その回避行動も見越して居たのか、更に下から上に返す剣で一歩踏み込み込みながら同時に攻撃して来る男達。

 今度は上体を後ろに反らしてその攻撃を回避する私。 すると、回避する為に身体を後ろに仰け反らせた瞬間に、槍を持った男の姿が私の後ろの視界にちらりと入った。

 数メートル離れてはいるが、その男の姿に嫌な予感を感じた私は、これ以上後ろに退いて両手剣を持った男達の攻撃を回避するのを止める事に決め、反らした上体を前に戻すと、左側から両手剣を私に向かって振り始めて居た男の剣を、バゼラルドを左上に斬り上げる事で弾き、その左側の男の剣を弾いた勢いを反作用として使った私は、バゼラルドを左から下へと弧を描く様に振り、更に右上へと斬り上げた。 すると、右側から剣を振り被っていた男の剣をも弾く事に成功した。

 バツツン!! と、瞬間的に炎と金属が弾き合うという妙な音が響き、私の目の前に居た二人の男は目を丸くしながら弾かれた剣によって大きく後ろに身体を飛ばされ、体勢を崩しながらよろめいた。

 絶好の攻撃の機会であるが、私はそのよろいめいた二人に追撃はせず、背中にピリピリと感じている嫌な予感を優先して、振り向き様に左足を軸にして右足を回し、硬化したプロミネンスブーツの踵を振り回した。


「**!!」


 瞬間、驚愕の声を上げた男の顔が視界に入り、それとほぼ同時に硬化したプロミネンスマントを男の槍が掠める。

 黒板を爪で引っ掻いた様な音に右目を軽く瞑りながらも、私の右足の踵は男のわき腹の上の方に命中し、男は、バキン!という胸当てを砕かれる音と共に5m程横に蹴り飛ばされる。

 鎧の破片は四方八方に飛び散り、男は荒野を土煙を上げて転がって行った。

 一瞬、その男を無力化したとぬか喜びする私だが、彼は数回地面を転がりはしたものの、最後の一回転で受身を取るとすぐに槍を持って立ち上がり、私に向かって再度突進して来た。

 それを迎え入れる体勢を取る私――――だが、横、左側から風切り音が聞こえ、そちらを振り向くと、数本の矢が自分に向かって飛んでくるのが見えた。

 マントで防げば視界が途切れる。 それを嫌がった私はバゼラルドで飛んで来た矢を叩き落す事に決めた。

 次々と襲い掛かる矢を、まるで燃え盛る松明を振り回すが如くバゼラルドで宙に炎の軌跡を描き、それと同時に炎が矢の柄を燃やして行った。 だが、柄は燃えたがこちらに飛んできた矢の矢尻の勢いを完全に殺す事は適わず、プロミネンスマントに矢尻だけとなった矢がいくつか当たり、そのマントの隙間を通り抜けた二つの矢尻が私の上半身に向かって来る。 二つのうち片方の矢尻は私の胸に当たり、もう一個の矢尻は私のわき腹を掠めた。

 胸に当たった方は幸いにも矢尻の刃の腹が当たったのだろう、タイトローブを貫く事は無く致命傷にも至らなかったが、わき腹を掠めた矢尻はタイトローブを横に切り裂いて私の左のあばら骨の少し上に一筋の傷を作ってしまった。

 痛みに一瞬顔を顰めてしまうが、槍を持った男が突進してくるのは見えていたので、痛みを無視して右に向かってステップを踏んで回避すると、身体を捻って、既に胸当てが砕かれた槍を持った男の背中を右足で蹴り込んだ。

 めり、と、音を立てて、私のプロミネンスブーツのつま先が男の肩甲骨を砕いて更にその奥にめり込むと、やがて蹴りの衝撃波は前方に抜けて男の胸を破裂させた。 狙ってやった訳では無いが、心臓付近の内蔵が血と共に一気に噴き出したのだ。

 それが致命傷になり、男はその場に膝を付くと前のめりになって血溜まりの上に倒れて行った。


「――――っ……はぁ。 はぁ……。」


 さて、その男を蹴り殺したは良いものの、一連の動きで激しい汗が私の額から流れていた。

 酸素を求めようと必死に肩で息をし、震える身体と共に心臓が壊れそうな程脈打つのを感じる。

 更には先ほど傷付いた左の脇腹に身体に掻いた汗が垂れてしまい、激痛を覚えてしまった私は一瞬両目を瞑ってしまう。


 自分で視界を遮る事が戦場でどんなに愚かな事なのかは分かって居たが、痛みはどうにもならない。

 その一瞬の隙を何とかカバーしようと頭を巡らせると、バゼラルドのもう一つの能力ちからを思い出した私。

 今日のLV1の魔法の使用回数は残り3回。 そのうちの大事な1回を使う事になってしまうが、止むを得ないと判断してバゼラルドに祈りを込める。

 すると、即座に私のLVの数である9個の火の玉――――いや、私の頭くらいの大きさもある炎の塊がバゼラルドの刀身の周りに具現してその刀身を中心に回転し始めた。

 薄目を開けて周りを見ると、私を見ていた周りの兵士達は、その突然現れた炎の塊を警戒して数歩私から距離を広げる。


 私はと言えば、一瞬こんなに火の玉の威力が強い筈は無いのだがと言う考えが事前にバゼラルドから脳裏に伝えられた情報で頭に過ぎっていたのだが、それは私の炎の資質のせいなのかもしれないと勝手に納得し、バゼラルドの切っ先を弓矢を持った人間に向け、その弓兵二人に三発づつ、そして残りの三発は炎の魔法使いへと放った。


 まさか無詠唱で炎の塊が飛んで来るとは思わなかったのか、未だに攻撃態勢だった弓矢を持った二人の弓兵に襲い掛かる炎の玉。

 あいつらの魔法障壁を――抜けるか!?


 一人目の弓兵。 一つ目の火の玉が弓の弦のあたりで爆発。 炎を撒き散らし――魔法障壁を突破する事は叶わなかった。 二発目。 同じく弓の弦のあたりで爆発する炎の玉。

 と、その二発目は魔法障壁を抜け弓兵の弓を、持ち主の腕ごと吹き飛ばす事に成功した様だ。 宙に舞う兵士の弓と腕。 そして更には二発目の攻撃でガラ空きになった弓兵の胴体に三発目が着弾。

 遂にその身体の正面から爆炎を受けて身体の全体を焼かれながら、弓兵の胴体はくの字に曲がって私の視界から遠くへと飛ばされて行った。


 二人目の弓兵。 一つ目と二つ目の火の玉は障壁によって弾かれてしまったが、三発目が辛うじて左足に着弾した。 足の根本の少し下で爆発したそれは足だけは地面に付けたまま人間の身体を少し上に打ち上げた。

 これも致命傷だと口の端に笑みを浮かべてしまう私。

 その時、次の標的である炎の魔法使いにも三発の炎の塊が着弾していた。

 私と似たような炎の属性なので、効果があるとは到底思えなかったが、元々防御を想定していなかったのか、意外にも一発目から魔法使いが杖を突き出した方の腕を爆破した。

 2、3発目は魔法使いの肩、そして胴体に着弾し、肩は根元から吹き飛ばされ、胴体は腹から上と下に真っ二つに分けられ、上半身は爆発の炎と一緒に空に舞うとその炎に身を焼き焦がされながらやがて地面に落ちて来る。

 その上半身がぐちゃり、と、音を立てて地面に激突すると、騒然となる人間達。


 と、先程私に斬り込んで来た両手剣を持った男が何かを叫びながら炎の魔法使いの上半身の落下地点へと駆けて行き、泣きながらその遺体を腕の中に抱きしめた。

 炎の魔法使いは男の肉親だったのだろうか。 真相はどうか分からないが、殺気を込めて泣きながら私を睨んで来る両手剣の男。

 先に攻撃して来たのはそっちじゃなかったかしら? 自業自得よ。

 と、そんな事を私が考えて居る矢先、重装備の男が何かを叫んだ。 すると、私を取り囲んで居た男達がその重装備の男の方に向かって走って行き、やがて男の背中に隠れる。

 ……一体何を始めるつもりだ?


 残り七人となった人間達は一列になり、じりじりと距離を詰めて来た。

 先頭である重装備の男は大型の盾を前に構えており、先ほど私が放ったバゼラルドの火の塊を警戒しているのだと察した私。

 ならばその構えている盾は対魔法防御がしっかりと掛かっていると言う事で、ここで魔法攻撃は意味が無い。 ならば――――こちらから仕掛けてみるか?


「ふっ!!」


 多少息が落ち着いて来ていた私は、自分に気合いを入れる様に息を吐くと盾を持った男の前に飛び込んだ。 それと同時に付き出される私のバゼラルド。

 勿論その攻撃が通るとは思って居ない。 が、多少の魔法障壁は削れる筈だと考えて居た私は――甘かった。

 バゼラルドの炎が相手の盾に触れた瞬間、私は大きく後ろに弾かれたのだ。


 自分が突進した勢いと、バゼラルドの炎の威力が一気に私自身に跳ね返され、魔法反射マジックリフレクトという単語が頭を過る。

 私は結局30m程吹き飛ばされた。

 しかし、地面に落ちるすんでの所でプロミネンスマントを硬化させた私。 そのお蔭で致命傷は無かったが、地面に叩きつけられた激しい衝撃で一瞬息が止まる。

 そして、土煙を上げながら地面を何度も転がって行く私。


「…………げほっ!! えほっ!!」


 ようやく回転が止まるとその場で咳き込みながらよろよろと立ち上がる私。

 そして気付く。 自分の身体を照らす灯りが無い事に。

 しかし、右手にはバゼラルドの剣の柄の感触がある……まさか炎の剣ファイアブレイドの効果が切れたのか!?

 慌てて魔法を唱え直そうとする私だが、魔法反射マジックリフレクトの盾の事を思い出して躊躇する。 同じ攻撃をしても単に跳ね返されるだけだ。


 それにしても、何故このタイミングでいきなり作戦を変えたのかしら。

 最初からこの戦略で来てあの盾の背後から連続で遠距離攻撃を加えられて居たら、今屍になっているのは殺した7人では無く私になっていたかもしれないのに。

 そうしなかったのは……もしかして油断か? エルフやドワーフでは無い獣人の小娘一人ならば力押しで何とかなるとでも考えて居た?

 私の動きに驚愕の表情を浮かべていた事から、彼等がその私の動きを想定して居なかったのは明白だ。

 ならば……その油断をもう一度引き出す事は出来ないか?


 ◇


 私は身体の力を抜いてその場に膝を付く。 そして胸のあたりを左手の平で押さえ、その動作と同時にバゼラルドを剣の鞘に仕舞った。

 そして、苦しそうに呻き声を上げ始める。


「う………ううっ………うっ………。」


 それから間もなく人間達の一人が持って居た松明の灯りが重装備の人間の後ろから私の姿を照らし出す。

 すると、私の様子がおかしい事に気が付いたのか、盾を持った人間が何かを言うと、一人の男が盾の脇から出て来て私の様子を窺う。

 その男が何かを言うと、どっ、と、笑いが広がった。

 何故笑うのか意味が分からないが、私の事をバカにでもしているのだろうか。


 やがて盾の後ろに居た人間達は姿を現し、下卑た笑みを浮かべながら私に近寄って来る。

 戦えなくなった獣人の小娘に男が何をするのか――――分かってるよな? という顔で。

 彼等は苦しがっている私の前方にじりじりと足を進め、お互いに視線を向けて頷き合うと、一気に襲い掛かって来た。


 その瞬間――――あんたたちの考えなんか分かってるわよ!! と、心の中で叫び、


鋭利炎尾シャープエッジフレイムテイル!!」


 口ではスキルを呼称してそのスキルを放つ。 詠唱の要らない私の唯一のスキルだが、対人戦で使うのは今回が初めてだ。

 瞬時に私の周囲に現れる鋭い棘を持った無数の長い尻尾。 前回使った時はそれは自分の周囲に具現化した物だと勘違いしていたが、プロミネンスマントの裾からピンと伸びて居る尻尾の先からその無数の棘の尻尾が枝分かれして伸びている感覚があった。

 やがて、シュシュ!! と、風切り音を立てて、尻尾の先端は男達に襲い掛かる。 続いて、男達の鎧に棘が当たった金属音が響く。 残念ながら棘は鎧の防御を上回る事は出来なかようだ。 が、鎧が覆って居ない部分、太腿や腕などには突き刺さったらしく、


「***!!」


 と、悲鳴を上げながら地面をのたうち回る4人の男達。 尻尾の棘に突き刺さされた部分は真っ黒に焦げており、生きて身体を焼かれる苦痛を味わっているのだろうと窺える。


鋭利炎尾シャープエッジフレイムテイル!!」


 そののたうち回っている男達に更に追撃を加える私。 今度は地面に向かって放ったので、男達に当たらなかった尻尾は地面に当たってもうもうと土煙を上げる。

 一撃目で確実に致命傷を与えた自信が無かったが故の二撃目だったが、男達が既に得物を放り出しているのを見て、追撃は要らなかったかもしれないなと口の端を吊り上げる。

 が、一度発動したスキルは止まらない。 再び男達の足や腕、そして今度は一撃目では腕で庇っていた頭にも直撃する。

 ハーフヘルムを被っていた男の口に尻尾の先端が刺さると、顎から下が焼け落ちた。 そして兜を被って居なかった一人の眉間にも尻尾が深く突き刺さり、じゅう、と脳を焼いた。

 炎が無いのに何故燃えるのか不思議だが、多分尻尾の先端の棘は相当高温になっているのだろう。

 

「***!!」


 さて、私の尻尾の攻撃範囲の外に居た男のうち三人の一人が、何かを叫んでこちらに突撃して来た。

 多分彼等を騙した文句でも言って居るのだろうが、何を言われているのか分からない私はそれを無視してバゼラルドを再び鞘から抜いて構え、


「我が信愛なる紅蓮の炎よ、この手にその身を具現させ給え。」


 再び炎の剣を具現させようと短いの詠唱を始めた。

 だが、短いとは言っても詠唱は詠唱。 その詠唱に気を取られたその隙に――――いつの間にか死角に居た男から両手剣が下から上に振り上げられる。 上半身を反らせて何とか回避する私だが、とんがり帽子の鍔の部分をぱっくりと切り裂かれてしまった。

 くそっ!! 今度油断をしていたのは私の方かっ!?

 男の剣の切っ先は上に振り上げられ、男は同時に一歩前に踏み込んで来る。 私は右手に持って居たバゼラルドに左手も添え、振り下ろされる両手剣にかち合わせた。

 激しい火花が飛び散り、体重と鎧の重さの差からか、私は後ろに弾き飛ばされる。 だが、距離は離せた。

 そう思った瞬間の事。

 男が一歩更に私から距離を広げた事を不自然に感じ、背筋に嫌な予感が走った。

 男は、剣を真横に一閃すると、その剣の軌道に沿って弧を描いて白い光の刃が5m先に居た私に伸びて来たのだ。

 防御! と、慌ててバゼラルドを縦に構えてその光の刃に合わせる――――が、光の刃は一部をバゼラルドによって打ち消されたが、真っ直ぐ私に向かって襲い掛かり、ツパッ!! と、私の両の太腿を横に切り裂いた。


「あぐっ!!」


 鮮血が飛び散り、同時に私は痛みで両足に力を込める事が出来なくなり、今度は本当に地面に膝を付いてしまう。

 しかし、男は攻撃の手を緩めず、その光の刃を私に向かって何度も叩き付ける。

 私は必死になってプロミネンスマントに身を包み、その衝撃に耐え続ける。 が、一瞬その衝撃が止んだと思うと、今度は何か大きい岩の様な物が横から殴り付けて来る感覚。

 私はその衝撃と共に空中に浮かされ、強制的に硬化が解かれたプロミネンスマントの裾に盾を持った重装備の兵士の影が見えた。

 盾で私を吹き飛ばしたのかっ!?


 そして、一体何が起こったのか、何度硬化と命じても、私のマントは硬化する事は無く、20m程飛ばされた私は柔らかいプロミネンス状態のマントと共に地面に叩き付けられた。


「がはっ!!」


 私は一度大きく地面からバウンドすると、尻尾を上手く使い何とか空中で体勢を立て直そうと身体をコントロールする。 そして二度目の着地。 何とか左足から着地出来た私は……自分の愚かさを呪う。

 先程切り裂かれたばかりの足を使って何を考えて居るのだ?

 後悔は苦痛と共にやってきた。


「あぁぁぁぁ!!」


 ぷち、ぷち、と、足の筋が切れてしまいそう――――いや、実際に切れているかもしれない痛みに顔を顰める私。

 そして、先ほど一回目に地面にバウンドした時に左肩も痛めたのだろう、そちらからももの凄い激痛が私を襲って来た。


 だ、ダメだ。 早く逃げないと――――私はここで終わる!!


 私はバゼラルドを放り投げ、右手だけで必死に荒野の土をかき集める様な恰好で進む。

 それがどんなに愚かな事なのか、頭の隅では分かって居たが、カサカサに乾いて恐怖に震える唇と共に身体は必至に動いて居た。

 そして、いつの間に距離を縮めて居たのか、両手剣を持った男に渾身の力で腹部を蹴られる私。


「ぐぁ!!」


 私の身体は横に数回転転がり、眼鏡も帽子も明後日の方向に飛んで行った。

 そしてようやく身体が止まると、必死に咳き込む。


「ごほっ!! おほっ!! ごほっ!! おぷっ!!」


 何かが腹部から込み上げて来る感触。 酸っぱい味が口に広がって、だが口からは何も出ない。

 私は身体をビクン、ビクン、と震わせて、痛みに耐えながらその場に寝転がる事しか出来なかった。

 すると、ぼやけて横に見えて居た視界が誰かの手によって満天の星空に向けられる。

 そして、星空の中には、満足そうに見下ろす男達の顔もあったのだった。 嫌な予感が私を襲い、僅かに動く右手で私はタイトローブのスカートの裾を股の間に隠す。

 だが、その行為こそが男達の嗜虐心を煽ってしまう事に気付く程場数を踏んで居なかった私。


「や、やめ…………。」


 忍び寄る男達の影に向かって息も絶え絶えに懇願する私。 と、いきなり左の頬を殴られた。


「がっ!!」


 口の中が切れたのか、自分の血の味が口の中に広がり、そして鼻の下にも生暖かい何かを感じた。 きっと鼻血を出しているのだろう。

 先程よりも強く身体をぶるぶると震わせて、襲ってくる恐怖と全身の痛みに耐える私。

 ここで……私の初めても命も終わり……か。

 むしろここまで良く頑張ったと思う。

 死に掛けた事は二回、いや三回くらいあったしなぁ。


 しかし、その時脳裏に過るパーシャの姿。 そして、三島さんの姿。

 私がここで倒れたら、彼女達はどうなる? パーシャは亜人たった一人で生きて行けるだろうか。 三島さんはちゃんと二ノ宮君に会えるのだろうか?


 タイトローブの胸の部分は一人の男にはだけさせられ、もう一人の男の手が私の下着を下に引っ張ろうと力を込めた瞬間の事だった。 パーシャのお蔭であるモノの存在を思い出した私は目を大きく開け、


「クリムゾンアポカライズ!!」


 と、残りの力を振り絞ってその名を夜空に向かって叫んだのだった。

 瞬間、私の周りの地面からに業火が円状に吹き上げられる。 業火は二人の男を包み込み、数度彼等の魔法障壁によって防がれるものの、次々と吹き上がるに炎魔法障壁を打ち砕かれ、やがて鎧までも溶かされ、肉体を焼き上げられて灰になって行く。

 達成感が私を一瞬襲うが、未だに立ち上がる事が出来ないどころか血を失いすぎて意識が朦朧としている私。 何を安心しているんだと自分を叱咤すると、業火噴出ヘルファイヤエラプションの効果が続いている間に真紅炎噛クリムゾンフレイムバイトの詠唱を始めようとして――先に詠唱が途中の魔法を唱え切ってからで無いと使えないとクリスタルから情報が伝えられる。


「ララヒート、ナヒートヴォル、レ、ブレテニヒテ、グレーゼ。 炎の剣フレイムブレード!」


 そして、左手に炎の剣を具現化させ、


「わが親愛なる紅蓮の炎よ――――。」


 高速詠唱ファストキャスティンググローブに祈る様にして次の魔法の詠唱を開始する私。


 ◇


 やがて炎の噴出が止み、視界が晴れる。 眼鏡が無いのでぼやけた視界で必死に回りを見渡しながら詠唱を続ける。

 痛みに耐え身を捩りながら自分の足の方に視線を向けた時、何かの影が見える。

 大きさから、先ほどの盾を持った重装備の男だと確信した私は、同時に詠唱を終える事が出来たのだった。


真紅炎噛クリムゾンフレイムバイト!!」


 パリリリリン!! と、男の魔法障壁を次々と噛み砕いていく魔法の咢。 そして――――


「ララ・エスフィリアンテ!! 真紅嚥下クリムゾンスワロー!!」


 連続攻撃である自己回復・・・・魔法を唱える私。

 薄い霧状の紅蓮の光が男の周辺から私に向かって流れ込み、私の頬と、鼻、左肩、そして脇腹、背中、両足を癒して行く。

 盾を持った男は、何が起こっているのか分からないのか、盾の横から恐る恐るごつい兜を出してこちらを覗き見ると、急に何かを叫んだ。


 その叫びは、味方が全滅した事への驚きなのか、それとも完全に回復している私への驚きなのか分からないが、男は一度叫んだ後は茫然としてその場で立ち尽くしてくれているので、私はその男の事はそっちのけで周囲の地面を必死に探し始める。

 赤い帽子が目印になり、私は自分のとんがり帽子を先に見付けるとそれを拾って被り直し、その近くに転がって居た眼鏡も見付けて一安心である。

 というか、この眼鏡も強化出来ないものなのかしらね。 ちょっと右上にヒビが入って来たんだけど。


 さて、次に私にとって大事なバゼラルドを拾い上げ、返り血と土埃に塗れた姿を男に晒す私。

 何故傷が治ってるのか不思議でしょ? 私も不思議だわ。

 そして私はもう右手にバゼラルド、左手に炎を持ってやる気満々ぶりを相手に見せる。


「ふっ!!」


 少し足を振り回して軽く身体を動かして見る私。

 動きには問題無いけれど、ちょっと胸のあたりがスース―するわ……。

 ふと自分の胸元を見るとあいつらが無理矢理はだけたせいでボタンがいくつか取れてしまっているらしく、完全にブラを周りに見せている状態だった。 これではまるで痴女ではないかと、赤面しながらマントのバックルと共にタイトローブも隠す私。


「14対1は本当に死ぬかと思わったわよ。」


 まあ、あんたも当然死んで貰うけど……あたしの痴態を見たのだからただでは死ねると思わないでね?

 と、鼻息を荒くして盾を持った男を睨む私だが、彼は最後の一人である。

 それを改めて考えると、あくまでもスタンスとしては人間側の人間である私がこのまま彼を殺しても良いものだろうかという疑問が頭を過る。

 私はまず男に戦意がまだ残っているかどうかを確かめる為、


「ルルァ!!」


 と、牽制の為に狐の牙を剥き出しにして吠える。

 すると、男は少しづつ足を後退させ、何とか私から逃げようとしている様にも見える。


 さて、これで今回の戦闘は私の完全勝利で終わったように見受けられ、ため息を一つ付くと、身振り手振りで男に飲み物と食べ物を持って居ないかどうか聞く私。

 意味が分かったのか、何度も頷いた彼は重そうな装備の金属音を立てて、弓兵達が居たあたりに駆けて行った。

 私が軽いステップでそれに付いて行くと、奇妙な悲鳴を上げて私に怯える男だった。

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