荒野疾駆

 五層の出口を抜けてマルサーラの大地に足を踏み入れると、静寂の中で私達を待っていたのは満天の星空だった。

 そして、久しぶりの土の大地と、乾いては居るが本物の空気を肌に感じ、何故かそれがとても有り難く感じられ、つい身震いをしてしまう私。

 リーザに至っては、柄にもなくその満天の星空を見て、それこそ空腹も忘れて泣き崩れて居た。

 迷宮の中に何年間閉じ込められ、どの様な軌跡を辿って来たのかは分からないが、人間にとって大地とはそれほどまでに愛おしい物だったのだなと実感させられる私。


 だが、そんな喜びも束の間、上ばかりを見て足を進めていた私は、何かいやな感触の物を踏み付けてしまう。

 視線を落とすと、星空の光だけでは最初分からなかったが、目が慣れてくるとそれが肌の大半が炭化した人間の死体だと分かり、私は慌てて後ずさる。

 液体の一部が体内に残っていたのか、後退った時に踏み込んだ足からぐちゃりという粘着質な音が聞こえ、飛び退いた後咄嗟に地面の土に自分の靴の裏を擦り付けて付着したであろう何か・・の汚れを擦り落とす。


「敵の反応、ありません……。 私の探知内に生きている生物の反応も勿論……。」


 三島さんが気落ちした声でそう言うと、大きなため息を付く追跡者。 私には予想出来て居た事だが、追跡者にはつらかったらしい。

 周囲に敵は居ないという三島さんの報告で追跡者は魔法の光の玉を召喚すると、それが周囲を照らし出し、同時にこの場所を防衛していた筈の人間達の屍を照らし出した。

 中には獣人であろう死体も混じっては居るが、その屍の大半は人間で、数は……数え切れない。 元々防衛の為に作ったのであろう防壁も跡形も無く崩れ落ち、各施設も原型を留めぬ程に破壊し尽されて居た。


「本来だったらここで攻略おめでとうって皮肉を言われて、願いを叶えるチャンスを与えられたのね……。」


 大地を埋め尽くす程の量の屍に視線を落としてぼやく私。

 結局そのチャンスを使う事はたとえ施設が残っていたとしても使わなかっただろうが、と、続けて言おうとして周りを見ると、私と同じ心境だったのか、悔しさを交えた表情で大地を見下ろすパーシャ、三島さん、そしてリーザ。


「ねぇ、追跡者。 貴女の隊長は私達が願いを叶えない事を予想していたの?」

『はっきりと聞いては居ませんが多分そうなのではないでしょうか。』

「私達がここでまた暴れ出す可能性もあったのに?」

『それは多分無いでしょう。 貴女は亜人でありながら、人間を助けて私達に反抗して来たのですから。 その人間と共に最前線に行くであろう事は予想していました。』


 そう言いながら三島さんを見る追跡者。

 成程。 私とパーシャが二人だったならば間違いなく討伐されて居たが、三島さんが一緒だったから私達には攻略のチャンスを与えられたという事か……。

 手のひらで躍らされている様な感覚だが、何十人も仲間を殺されても私達を戦力として前線に送る方を優先したという判断は正直凄いと思う。

 もし私が隊長という人の立場だったならば、何も考えずに私達を殺した事だろう。

 ……まあ、今それを考えても仕方が無いので、準備区画での出来事を忘れようと頭を横に数度振る私。


「ところで、他の前線基地が無事かどうかは分からないのですよね?」


 話題を変えようと思ったのか、三島さんはそう追跡者に問い掛ける。


『分かりません。 ですが、他の基地もやられているとなれば最悪のケースですので……正直それは考えたくありません。』

「ここから一番近い基地はどっちなの?」


 私が聞くと、星の位置を確かめて北北西を指差す追跡者。


「ここで黙って居ても仕方ないわ。 急いで行ってみましょう。」


 パーシャとリーザにも首で合図をする私。 と、三島さんとリーザを脇で抱えて悪魔の翼で飛び立つパーシャ。

 迷宮の中とは違い、天井の無い大空を羽ばたくのは気持ちが良いのか、ぐんぐんと高度を上げて行くパーシャ。 と、あまりにも高度が高くなり過ぎたのか、悲鳴を上げるリーザ。

 そう言えば、パーシャとリーザは意思の疎通が出来ないのよね……。

 空中から落とされるかと思って居るのかしら。

 と、ある程度の高度にまで達すると、翼をはためかせて空中で弧を描く様にホバリングを開始するパーシャ。

 そうだ。 私も出発しないと。 空を自由に飛ぶのはさぞ気持ちが良いだろうなとつい見上げてしまったわ。


「貴女は私の腕の上ね。 じゃあ、行くわよ。」


 そうして、自分よりも20cm以上も背の高い追跡者を抱き抱えた不格好な私は、他の前線基地がある場所へと駆け出したのだった。



 ◇


 それから30分後、自分の考えが甘かった事を知る私。

 確かに速度は時速120km出せていたかもしれないが、私自身は既に汗だくになり、息が上がってしまっていた。

 と、急に速度が落ちた私を心配してか、パーシャが空から降りて来た。


『大丈夫ですか、カナ?』

『……ちょっと舐めてたわ。 全力疾走は30分が限界ね。』


 そして、喉がカラカラである。 ポーチにポーションと洗浄剤は入っているが、水を持って来なかったのが悔やまれる。


「織部さん、凄い汗ですよ。」

「三島さんも、水……持ってないよね。」

「はい……キャンプセットが使えると思ってましたので……今はポーションだけはリュックの中に入ってますけれど……。」

「はぁ……ポーションかぁ。 ほんとに飲んじゃおっかな……って、何?」


 腕に抱いていた追跡者が何か悪い事をした様な顔で私を見上げるので、何故かと問う私。


『申し上げにくいのですが……そのポーションは迷宮内でのみ作用するので、今はただの水と変わりません……。』

「はぁ!? 高級ポーションとかもあったけど、それももうただの水!?」

『そんな万能薬があったならば私達はここまで亜人相手に苦戦しておりませんので……。』


 まあ、尤もである。 こんなポーションを大量生産する事が出来てそれを前線に持って行けるのなら、人間達が戦況を逆転していてもおかしくは無い。


『ただ、エルフの作る癒しの水は本当にそのポーション並の効果があるそうです。 エルフでも一部のエルフしか作れないらしいですが……。』

「……もしかして、今の人間達のシステムでも、エルフやドワーフって人間に比べればかなり強いって事?」

『正面からぶつかったなら人間の兵士五人でエルフかドワーフの兵士一人をやれるかやれないかと言ったところでしょうか……。』


 聞けば聞くほどエルフとドワーフの脅威が増して来る。 三島さんやリーザみたいなのが五人居て、ようやくエルフ達一人をやれるって事か……。

 でも、なら私とパーシャならどうなのだろう。


「なら追跡者。 ぶっちゃけ聞くけど、私とパーシャをエルフ達と比べたなら、どっちが強い?」

『それは……貴女方でしょうね。 そう言えばクリスタルの事とイレギュラーの事を話して居ませんでしたね。 少し休憩ながら歩いてお話しましょうか?』


 断る理由も無いので、一つ頷いて追跡者を降ろし、ポーションを飲み始める私。


『クリスタルが人間の素質を決めるというよりは、その人間の素質をクリスタルで具現化させるというイメージの方が良いでしょう。 そして、貴女方は人間を殺めた事やまたは殺める行為を前の世界で行いましたね?』

「まあ……そうね。」


 私はパーシャを見た後に、ここは素直になっても大丈夫かと頷く。


『そういった危険分子を排除する為に、エリクス様が設定したのが抑制システムです。 通常の人間よりもかなり低い能力値で抑制し、LVが上がるのも抑制するシステムなのですが……副作用として半分亜人になり、更には成長すれば通常の人間よりも強くなってしまうという結果になりました。』

「じゃあ抑制するのをやめれば良かったんじゃないの?」


 三本目のポーションを喉に流し込みながら言う私。 ちなみにポーションの中身は一本あたり100ml程なので、喉を潤す目的ならば何とも物足りない感じだ。


『一度逆迷宮を12個同時に起動してしまってから分かった事ですので、設定し直すには逆迷宮を作り直す必要があったのです……。』

「でも、パラメーターにリミッターは掛けられたんでしょ?」

『それは個々のクリスタルに対して掛けたのですが、私達が神技セイクリッドアートと呼んでいるのと同じ原理で、人間・・にしか効果がありませんでした。』

「その神技セイクリッドアートってのは、準備区画でも使えてたよね。 あそこは迷宮の一部じゃないんじゃないの? 原理から言えばここと同じ様にポーションが効かなかったし。」

『貴方達には準備区画から私達人間が暮らしている次元への鍵が与えられていませんので、迷宮の効果の一部は持続しないという事になります。』

「でも、準備区画でもパーティの効果はあったわ。 ポイントも入るし、経験値も入った。 このマルサーラでもそれは同じ?」

『まず、答えはパーティはこの地では認識されない、です。 ちなみにパーティというのは後付けで迷宮内専用で作った設定で、回復士ヒーラー補助役サポーターのLV上げを助ける為に作られた物です。』

「じゃあ、ここの人達はどうやって自分を強くしているの?」

『そのクリスタルで敵のクリスタルのエウパや敵の屍からエウパを吸い上げます。 その後、エウパを自分の中に取り込む装置、神殿と呼ばれていた場所にあった装置を覚えていますね? それを使って自分の身体に負荷を掛けると、反作用でパラメータが上がったり、また下がったりします。 ただ、エウパの蓄積は残りますので、基本的な体力や魔法の使用回数などは補正が入ります。 そこに居るリーザさん、でしたか。 彼女程にまでエウパを蓄積して迷宮を攻略した者はあまり例を見ませんが、大体戦争で3回生き残れば私達この世界の人間が到達出来る程の段階だと認識しています。』

「……つまり、リーザはこの世界ではこちらの一般の兵士よりも強いって事?」

『そうなります。 迷宮を攻略した者の大半がこちらの一般兵よりは強い場合が多いですね。』

「良く寝首を掛かれないものね……結局願いなんて叶えられないし、これから戦場に送られると思ったら普通逆上するわよ……。」

『そこは貴女方に使った手と同じ、衣食住全てを握っていると説明し、また自分が人間だからという理由で単純に敵に殺される理由がある事も告げます。』


 成程ねぇ。 厭らしいが効果的だ。


「私達よりも先に誰かが私達の居た迷宮を攻略していたかどうか、他の前線基地でも調べられるものですか?」


 と、私の変わりに三島さんが追跡者に声を掛ける。

 ああ……二ノ宮君の事、気になってたんだよね。 正直私は色んな事がありすぎて少し忘れてたわ、ごめんね。


『それは、はい。 情報は共有しておりますし、最前線に兵士を送る為の管理も同じく伝達者リンカーによって共有されています。』


 そう言えば、前線基地にあった死体を私達は調べなかったが、あの中に二ノ宮君と小野寺さんが居た可能性も否定出来ない。

 が、それを今考えるのはやめようと思う私は首を数度横に振ってその考えを吹き飛ばす。

 二ノ宮君なら絶対大丈夫だ。 他の誰が死んだとしても、あの人ならきっと飄々として生きている筈だ。


「あの基地から最前線に送られて居たであろう兵士はどうなったの?」

『多分他の前衛基地に帰還していると思います。 そして、多分ですが今から向かう基地が一番近いので、そこに居るのでは無いかと思われます。』


 それを聞いて少し希望を持つ私。 三島さんを見ると、彼女もそれで元気が出たのか拳を握って気合いを入れていた。

 と、リーザも何かを追跡者に問う。 三島さんが即座に通訳してくれると、水も食料も無いまま私に追跡者を抱かせて走って前線基地に向かうのは不可能だと、汗だくの私を指して言っていたそうだ。


『それは……確かに厳しいかもしれませんが、他に行く場所などありませんし……え? 私がパーシャさんに前線基地にまで送って貰って、水と食料を取って戻って来る、ですか?』


 ふむ。 確かにパーシャの速度ならば小一時間で着くかもしれない。 全速力で走っていた私に対して、それでも速度を合わせる為に何度か旋回を繰り返していたのだから、彼女だけが直進すればもっと速いという事だ。


『わ、私がトレーサーと二人だけで飛んで人間達の基地に向かうです?』


 眉間に皺を寄せて私に念話を送って来るパーシャ。 確かに私とて追跡者と二人だけで人間の基地に向かうとなればあまり良い気分じゃないなと思うが……。


『誰かが視界に入れば念話を送れますので、いきなり攻撃される事は無いと思います。 それに、もし向かう先の基地がダメ・・だったならば、他の基地に向かう事も考えなければなりませんので、リーザさんの案が最良に思えますね。』


 パーシャの心を知ってか知らずかそう言い切る追跡者。 そう言えば彼女自身も降格させられるとか何とか言って居たが、彼女とて崖っぷちに居るのだ。 そう簡単に私達を切り捨てる様な真似はしまい。

 むしろ私達を最前線に送る事を重視している感があり、それを功績として失態を覆い隠すつもりなのだろう。

 まあ、ここは彼女を信じるしかあるまい。


『パーシャ。 お願い。』

『分かったです……何かあったら念話を送るです。』

『その時は必ず助けるわ。』


 角に触らない様に気を付けてパーシャの頭を撫でる私。


「じゃあ、追跡者。 出来るだけ上等の食料と、たっぷりの水を持って来て。」

『わかりました。 では、パーシャさんお願いします。』

「ダー……。」


 私から言われて納得はしたものの、改めて追跡者から言われると不安気な表情を見せるパーシャだった。


 ◇


 パーシャが飛び立って数分後、私と三島さん、そしてリーザは荒野を歩いて居た。

 口を開けば乾いた喉が更に乾くので、皆無言である。

 ちなみに灯りは私のバゼラルドのみであり、その炎の剣の熱波が二人を焼いてしまうので、私とは少し距離を少し置いて私の後ろに付いて来ていた。

 私達が目指すのはパーシャからの念話で存在を知った岩山。 高さは50m程だろうか。

 何もない荒野で私達を探すのは大変かもしれないと、そこを待ち合わせ場所の目印にする事にしたのだ。


 それから40分程でその目的地である岩山に辿り付いた私達。

 私は残ったポーションを飲んで喉を潤してある程度回復していたが、三島さんとリーザの疲れが限界に来ていた。

 三島さんはまだ足で歩く事に慣れて居ないのもあり、脹脛ふくらはぎが痛くてもう歩けないそうだ。 リーザに至っては、迷宮内でポーションで傷を回復したは良いものの、数時間輪姦された疲れまでは取れなかったらしい。 疲れで頭が痛いと三島さんに言って居た。


 私は二人を岩山の下で寝かせ、三島さんは自分のリュックを枕に、そしてリーザは何も持って居なかったので私のポーチを枕替わりにしている。

 私は見張り役として岩山の上に登り、そんな私にも睡魔が襲って来て居るのだが、重くなる瞼を必死に開きながらパーシャからの連絡を待つ。


 私達がこの大地に降り立ったのは夜の帳が降りてから僅か後の事だったようで、空を見上げるとまだまだ夜は長そうだった。

 と、先ほどは感じて居なかったが、急激に寒さを感じ始めた私。

 プロミネンスマントを硬化させるのをやめて元の状態に戻すと、温もりが私を包み始める。

 そうか……昼は暑くて、夜は寒い、砂漠みたいなものなのか。

 となると、下で寝て居る二人には私の様なマントが無いので大丈夫かと二人が寝て居るであろう場所を上から見下ろすと、遠すぎて灯りが届かずに様子が見れなかった。

 仕方ないので一旦岩山の上から適当な足場を見付けながら飛び降りると、三島さんの防具は防寒対策もしてあるのか、気持ち良さそうに寝息を立てて居たが、リーザは寝ながらも寒さに震えて居た。

 私はファイヤブレイドの魔法を使ったバゼラルドを適度な距離で地面に突き立てると、ようやくリーザの震えが止まったようだ。 今では気持ち良さそうに寝息を立てている。

 しかしまあ……つい何日か前に殺し合いをしていたというのに、今は一緒に行動しているなんて運命とは分からないものである。

 こうして私の魔法に身を委ねて寝て居るのも、彼女は大分年上なのに何だか可愛いと思ってしまう私。

 パーシャの方が色素が薄いが、彼女と同じ金髪碧眼の美女。 彼女達西洋人にしてみれば普通かもしれないが、日本人の私から見れば大きい乳房が寝息と共に上下している。


「こうして寝てると貴女が殺人鬼だなんて信じられないわね……。」


 本人が聞いて居たらお前が言うなと言われそうだが、そうぼやいてしゃがむと、太ももに肘を付けて頬杖を付く私。

 しかし……私も疲れたわ。 パーシャからの連絡はまだかしらね……。

 そう考えると同時に腹がぎゅるりと空腹を訴える。 はあ、お腹も空いたわね……ん?


 今一瞬、水平線近くで青く光った星が動いたような……?


 …………っ!?


 いや!! 動いている! 誰かが居るのか!?

 私は焦って帽子を取ると、目を瞑って狐の耳を澄ませる。

 荒野を踏み付ける足の音……5……いや10以上か……。

 拙い。 こっちに向かってる。 私のバゼラルドの光が見付かったのか?

 私は寝て居る三島さんとリーザを見下ろして、どうする、どうする、と、自問自答を繰り返す。


 でも、何故こんなところに人が? 荒野を旅する必要など彼等にあると言うのだろうか。

 前線基地から最前線に飛ぶのだって、追跡者の言いぶりだと前衛基地に転送装置の様なものがあるようだ。 ならば、態々荒野を徒歩で旅する必要などあるまい。

 まさか……前線基地を攻撃してリーザを犯した亜人達か!?


 距離的にはあり得る。 私の全力疾走は人間の一日の行程をほぼこなした筈で、彼等は方向的には西からやってきている事から、哨戒しながら北に向かっているのだろうと仮定するとしっくり来る。

 もしそれが予想通り亜人だとすれば、リーザと三島さんの姿を見られるのは拙い。

 リーザがされた様に犯されて殺されるだけだろう。

 だが……亜人である狐、私だけならば?


 …………それでも有無を言わさず犯して殺されるだろうか。

 いや。 ドワーフ達は恭順を示した仲間には寛容だと追跡者が言って居た。

 言葉が通じなくても、迷い狐のフリをしてみれば……少なくとも直に殺される事は無い?

 そして後で念話でパーシャに助けを求めれば……って、今求めれば良いじゃないの!!


『パーシャ!! パーシャ!! 誰かがこっちに近付いて来てるの!! お願い、手を貸して!!』


 私は必死になって念話を送る。

 が……。 パーシャからの返答は無かった。


「くっ!! 何でよ!! 距離とかが関係するの!?」


 パーシャとの最後の念話は、岩山で待ち合わせる事を話した時だった。 それ以降、彼女からは他の前線基地を見付けた事も、辿り着いた事も、知らせは無かった。

 やはり距離なのか……? ならば追跡者の方はどうだ? って、あの人は視界内に居ないと念話が出来ない上に、こっちからは肉声で言わないと変換出来ないのだった……。

 拙い……非常に拙い。


 私は慌ててリーザと三島さんに駆け寄って二人を必死で起こそうとする。


「リーザ!! 三島さん!! 起きて!! 誰か来るわ!!」


 しかし、完全に熟睡状態の二人は目を覚ます事無く、眉を顰めて私の声に反応しただけだった。

 というか、さっき一瞬考えた通り、二人を亜人達の前に晒すのは自殺行為じゃないか?

 私が武器を捨てて投降したとしても、人間である二人を見て私も人間の仲間だと解釈されかねない。 むしろ何故人間なのに殺さないのかと糾弾されるかもしれない。

 ならば――と、意を決した私は、二人を岩山の影に隠し、リーザが寒く無い様に二人をぴったりと密着させた。

 一瞬息苦しそうにする二人だったが、やがて逆に他の人の肌が安心したのかそれぞれが肩に顔を押し付けて再び眠り始めた。

 こっちの気も知らないで幸せそうにして! と、悔しさを交えて舌打ちを一つ鳴らした私は、リーザが枕にしていたポーチを再び腰に付けて荒野に突き刺さって居るバゼラルドを抜いて構える。


 そして岩山を背にして彼等に向かって前進した。

 緊張で手が震え、心臓がバクバクと壊れそうなくらい脈を打つ。


 やがて200m程先に人型のシルエットが見え……彼等は真っ直ぐに私に向かって歩いて来た。

 最悪……戦う事になったら……生きて居られるかしら……。

 そうだ。 先にこっちも亜人である事をアピールしないと。


 私は再度とんがり帽子を脱ぎ、地面に置いて風で飛ばない様に小石で鍔を押さえ、プロミネンスマントの脇から故意に尻尾を出してゆっくりと左右に振り続ける。

 距離は更に詰まって行き……やがてお互いが視認出来る距離まで近付き――――


 私は絶望した。


 自分に近付いて来て居たのは、14人程の『人間』だったのである。

 焦って尻尾を引っ込めて帽子を被り直すが、人間達は私の理解出来ない言語で何かを叫ぶと私を取り囲む様にして散開した。


「これじゃまるで私が相手を挑発しただけじゃないの!!」


 自分にツッコミを入れる私だが、事実そうなので悔しくてたまらない。

 とか何とか考えてるうちに集団の後方から攻撃――――矢か!?

 私はプロミネンスマントを硬化させながら自分の前方を覆い隠す。

 ゴゴッ! ゴッ! と、重い衝撃が私を襲い続け、荒地に踏ん張っていた両足がその衝撃で少しづつ後ろに下がり始める。

 くっ。 このままじゃ防戦一方だ!


「てりゃっ!!」


 私は自身に檄を飛ばす様に声を上げると、散開して私の後ろに回り込もうとしていた自分から見て右側の人間との距離を詰める。

 人間との距離は20m程だったが、僅か二歩でその距離を詰めた私に飛び込んでくるその人間の顔。

 人間は男で、驚愕の表情で私を向かい入れていた。 男はさほど重装備では無く、金属の小手や膝当て、それから胸当てと腰当ては付けて居るが、肩の部分と足の膝のあたりは無防備に見える。


「ふっ!!」


 吐く息と共に渾身の力を込めて男の左膝目掛けて硬化したプロミネンスブーツの右足を薙ぐ。


「ふん!!」

「なっ!?」


 だが、男は小手と膝当てで私の攻撃を受けると、激しい金属音と共に私の蹴りは弾かれて、体重の軽い私は弾かれた方向に飛ばされてしまう。 そして一瞬の浮遊感が私を襲い、その私にこぶし大の炎の弾が連続で飛んで来た。

 空中で躱すのは不可能。 そう判断した私は右手のバゼラルドを振って炎の弾を弾き飛ばす。

 自分でもそんな芸当が出来るとは思って居なかったが、必死だったので無意識でそれをこなし、四方八方に飛び散った炎の弾は荒野に落ちて行って、やがて数秒置いてそれが全て爆発する。

 爆風で荒野の土が塵となって宙を舞い、私は一瞬視界を失う。

 だが、それと同時に地面に足が付き、私は思い切り地面を後ろに蹴る、と、私が着地した場所に氷の雨と黒い槍の束が降り注いで荒野を抉る。


 と、とんでもない人達だ……。 連携が上手過ぎる……。

 私は冷や汗を流しながら更にもう一歩後ろに下がるが、このまま防戦一方では体力を削られるだけだ。


「我が信愛なる紅蓮の炎よ――――」


 私は詠唱を開始すると左右にステップを踏みながら、先ほど私の蹴りを弾いた男の方へと向かう。

 やがて宙を舞っていた塵が落ち着いて視界が戻ると、前方5mに男の姿を発見。

 今度はバゼラルドを振り被って男に襲い掛かる。


 右下から左上に向かって薙いだバゼラルドに纏う私の炎の剣の切っ先。 炎を揺らめかせながら男に襲い掛かったそれは――――私の予想通り弾かれた。 多分魔法障壁は絶対持って居ると思った。

 私の右手に持ったバゼラルドはその反動で荒野にめり込み、ぞふりと大量の土を舞い上がらせる。

 と同時に、私は左手を前に出し、詠唱を終えた魔法を発動した。


真紅炎噛クリムゾンフレイムバイト!!」


 私の左手から炎の獣の顔が現れると、男の魔法障壁を次々と噛み砕いて行き、私は土に埋もれたバゼラルドを両手で握り、渾身の力で再度左下から右上に薙ぐ。

 男はそれを防御しようと思ったのだろう、左手の小手をその剣筋に合わせるが、飴細工の様にその小手は炎の剣によって断ち切られ、中身の男の左腕も焼かれ、剣はやがて上へと抜けて男の肩を下から燃やしながら切り、やがて左腕全体を身体から切り飛ばす。

 飛ばされた男の左腕は宙で燃え上がり、荒地へと転がって行き、呆気に取られた男の首筋に向かって両手を振り上げた勢いと共に、右足を軸にして身体を捻って左足で回し蹴りを放つ私。

 顎が砕ける音と同時に、首があり得ない程曲がって右肩に右頬が付いてしまう男。 ――と、敵は怯む事無く男と私が居た場所に向かって巨大な炎の弾を投げ付けて来た。

 直撃コースだと瞬間的に感じた私はプロミネンスマントを炎状態にして身を覆い隠す。


 すると、男の体液が一瞬で蒸発する音がすぐ前から聞こえ、熱波が私を中心に広がって行った。

 マントの隙間から外を見ると、半径5mの地面が激しく燃えており、その光景に私は顔を青褪める。 こういう上位魔法もあるのか……。

 と、そんな事を考えて居るうちに、私に向かって漆黒の巨大な槍が飛んで来て、私の左肩に直撃してしまう。


「うぁ!!」


 思わず声を上げてその衝撃に耐え――ようとしたならば、腰に持って居た対魔法アンチマジック宝珠オーブが二つ砕け散っただけで私は無傷だった。

 ポーションの効果は無くてもオーブの効果はあるのか!?

 何だか狡い様な気がするが、防具として魔法を防御する効果がある物が存在するならば、同じく宝珠オーブの様に使い捨てでも魔法障壁は作れたのかもしれない。

 だが、防御方法はあるとは言え、私にとって魔法攻撃は物理攻撃よりも厄介だ。 そして、遠距離から弓矢で攻撃されるのも同じくらい厄介。

 ならば次なる標的は……。


 私は飛んで来る氷の槍をバゼラルドで薙ぐと、魔法を使っている人間の集団、彼等の陣形で言えば後衛に向かって足を進める私。


火炎光線フレイム・レイ!!」


 迷宮の中と相変わらず発動した魔法だけは漢字と英語で変換されて私の脳に伝えられるようだ。

 その魔法を唱えた男の周辺に魔法陣が12個浮かび上がり、その魔法陣からそれぞれ炎混じりの光線が連続で射出された。

 だが、プロミネンス状態の私のマントがその光線を受けると、その全てを吸収してしまう。

 逆にその炎によってプロミネンスマントが栄養を得たが如く脈打つ様な感覚さえ覚えた。


 ――炎の奴は後回し。 まずは闇の魔法を使うヤツ!!

 

 周りを見渡すと、黒いローブの男が視界に入る。 そしてその横に水色のローブを着た女が一人居た。

 二人は詠唱中の様で口を素早く動かしていた。

 私は男の方との距離を詰めると、その男の腹に向かって硬化したブーツを横から蹴る。 が、黒いローブの男は一歩下がって私のその蹴りを躱す。 そこで動きを止めては拙いと思った私は、蹴った右足の勢いで身体を捻って今度は右足を軸にして左足の踵で回し蹴りの要領で男の脇を狙う。


漆黒乃槍ダークネススピア!!」


 と、その瞬間相手の魔法は発動してしまった。 この状態で躱せるか!?

 そう思った私だったが、男は魔法の意外な使い方をした。 彼自身の左側に具現した漆黒の槍は、荒野に突き刺さるとまるで盾の様な役割をして私の蹴りを防いだのだ。

 槍を蹴るという行為は、私の足に負担を掛けた。 太腿に痺れるような痛みを感じた私は、顔を顰めてその足を引っ込める。

 そこに襲い掛かる近距離での弓矢の攻撃。 私は瞬時にマントを硬化させてその場でしゃがみ込む。

 今度は近距離だったせいか、数発の攻撃で私は体勢を崩し、左膝を地面に付けてしまう。

 そして――――同じく近距離からの――――


氷柱乱舞アイシクルワイルドダンス!!」


 私の腕ほどの長さの氷柱つららが無数に空から降り注ぎ硬化したプロミネンスマントに当たる。


「****!! **!」


 と、目の前の男が何かを叫んだ。 ポーチの中の宝珠オーブがまた二つ壊れるのと同時にマントの隙間から叫んだ男を見ると、なんと氷柱が二本も男の足に刺さって居るではないか。

 男の体温でその氷柱が溶け出すと同時に、隙間から零れ出す男の鮮血。

 同士撃ちか……。 最悪だ。

 だが私にとってはこの上無いチャンス。 まだ左足は痺れているが、右足に力を入れて水色のローブの女の懐に飛び込む私。

 そして右手に持ったバゼラルドを女の腹に突き刺した。

 が、何か固い物に当たった様な感触を感じ、私は両手でバゼラルドを持ち直すと地面を右足で踏ん張りながら、炎の剣の先端を押し付ける。

 パリン! パリン! と、魔法障壁が割られて行き、それが5枚、6枚と過ぎた時、押し付けていた壁がすっと無くなるような感覚と共に炎の剣は女の腹に吸い込まれ、やがて女の身体を貫いて切っ先は女の背中から姿を現し――――瞬時に彼女の胴体の液体が蒸発して身体全体が燃え上がる。

 そして彼女が装備していた杖と、多分懐に入れていたであろう彼女のクリスタルが地面に落ちる。


 私は踵を返すと黒いローブの男と向かい合い、もう詠唱を止めて青い顔で私を見つめて顎をガクガクと震わせているその男の首を左から右に薙いだバゼラルドで刎ねた。

 勢いがあったせいで頭も身体も燃える事は無かったが、切り口が一瞬で燃やされたせいで止血もされたらしく、首の無くなった胴体の、手がバタバタと振られ、血塗れの足が数歩前に出て来て、ぞわりと生理的嫌悪感を覚える私。


 さて、14人中3人を殺したが、相手はまだ戦意を喪失しておらず、弓矢を持った二人組と炎の魔法使いはまた私から距離を置いて、他の人間達は完全に私を四方から取り囲んで居たのだった……。

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