前線基地

 結局人間による迷宮の第五層の管理は既に無効化されて居た為、本来私達挑戦者の進行を阻む為に用意するはずだった『敵』は一切発生する事はなかった。

 懸念していた亜人達の襲撃にも見舞われなかった私達は、追跡者の案内で容易に第六層への入り口、逆を言えば五層の出口へと無事到着していた。

 出入り口と言えば扉を想像するが、追跡者が指した先の通路には、青白い光の膜があるだけで、彼女曰くその先に進めば……第六層、つまり前線基地へと到達するらしい。


 さて、まだ頭の中で整理しきれない部分は沢山あったが、五層を進む道すがら追跡者が私達に話した事を時事列で表せば、こういう事らしい。


 まず、人間が住んでいた星、マルサーラという星があった。

 そして、同じ惑星軌道上にメリダという星があった。

 互いは恒星を中心にして反対側に位置しており、同じ周期でその軌道上を回っていた。

 いきなり星、そして惑星軌道などという言葉が出て驚いた私だったが、ようやく解き明かされる秘密にいきなりそんな言葉が混じっているとは思わず、不謹慎だが少し心を躍らせてしまった。


 さて、追跡者は続けて過去の歴史を語った。

 メリダには所謂『人間』が産まれる事は無く、それぞれ動物から進化したとされる亜種が産まれ、それぞの種族が独自の文化を営んで居たそうだ。

 だが、やがてメリダの文明が発達するにつれ、二つの種族が段々と力を付け始める。

 エルフ族とドワーフ族という二つの種族が。


 互いは他の種族と争う事を好まず、自然と共に生きるという考えを持っては居た。

 まずエルフは自分達の力の源であるエルフ集落の中央にある世界樹から広がる彼等の領域、通称安寧の幹と呼ばれる魔法の伝道方法である幹線を発達させる為、エルフの領域の外側の世界にある木の精を吸い上げてそれをエネルギーとして使い版図を広げていた。 その魔法の力の恩恵はエルフだけでは無く、他の種族にも分け与えられ、恭順を示した種族にはその安寧の幹から産み出される魔法の光、炎、そして冷蔵保存、治癒魔法など、ありとあらゆる分野でその恩恵が分け与えられた。

 しかしながら、木の精が吸い上げられた土地は荒野、もしくは砂漠となり一滴の水も産み出す事が無くなり、事実上その土地は死地と化してしまうのだった。

 それを分かって居ながらも、彼等は利便性の為、そして他の恭順した種族への信頼の為にも、自分達がそうして土地を殺していく事に目を背けるしかなかった。


 さて、ドワーフの方はどうだったかと言うと、彼等は彼等で地下の底に眠る地脈の力を吸い上げ、それを源に便利な道具や武器を作成していくという方法で版図を広げて行った。

 その便利な道具はエルフと同じく、ドワーフ達に恭順した種族に分け与えられ、彼等も一大勢力として広がって行ったのだが、地脈が吸い上げられた土地が凍土と化す事は、結局エルフ達がしていた事と大差ない土地を殺して行く行為であり、そして、砂漠には地脈が存在せず、凍土に樹木は存在しない事が発覚し……。

 どちらが先に手付かずの地を手に入れるか、それが互いの懸念になったのは、彼等がメリダの陸地の半分を死地に変えてしまっていた後の事だった。


 死地がまた蘇る可能性はあったと言う事だ。 だが、エルフの研究からすればその周期が2000年以上という長さであり、メリダの星の陸地の面積の狭さ、マルサーラの三分の一らしいそれが悲劇を産み出した。

 エルフもドワーフも、その手付かずの地を奪い合う為の戦争を決断せざるを得なかったのだ。

 

 エルフは魔法を主に戦闘に用い、そしてドワーフは様々な効果の武器、または兵器を作成し、それに応戦した。

 そして……10年という期間の最初の戦争が始まった。

 エルフもドワーフも、互いに陣営の盟主という自負があり、申し出がありながらも他の種族の参戦を良しとはしなかった。

 互いに相手を知らず、戦争に勝つ自信があったのかもしれない。


 最初の結果は痛み分けとなり、互いに人口の5%近くなる50万人が死に、そして人口の五人に一人となる200万人が負傷した。

 互いに苦汁を舐め合う結果となったが、皮肉にも人口が一時的に減った分、余剰な土地の搾取の必要が無くなり、互いに沈黙を保つ事となったのだった。


 ◇


 しかし、悲劇は繰り返される。

 人口が増え、再び新地が必要になった彼等の二度目の戦争は、それからたった30年後の事だった。

 今度は互いに自分の陣営に入って居る種族を戦争に参加する事を認め、二大連合軍として互いに戦いに挑んだのだった。

 世界樹の恩恵を多大に受けていた獣人族、そして魚人族がエルフ側の主な同盟軍、そしてドワーフの作った有用な武器を使って狩りをしていた鳥人族、そして爬虫族がドワーフ側の同盟軍として付き、その戦争は二億対二億五千万という全世界規模での大型大戦となったのだった。

 戦争が起こるであろう事は、エルフ側もドワーフ側も覚悟しており、そして、準備していた。

 エルフが準備していたのは、世界樹の幹から放たれる大型破壊魔法。

 そしてドワーフが用意していたのは、地脈の力を使った大量破壊兵器。

 互いのそれは前線に立った亜人達の命を次々と奪って行った。

 

 種族の絶滅。 それが本当にあり得る事なのか。

 その戦争は、それがあり得る事を証明してしまった。

 エルフ側の陣営の魚人族は、ドワーフが用意していた海を局地的に沸騰させる兵器で彼等が生息していた全ての海域を攻撃し、やがて絶滅に追い込まれ、ドワーフ側として参戦していた水辺に多く生息していた爬虫族はエルフの超広域氷結魔法により凍死……そして、絶滅した。

 更には鳥人族と獣人族も全体の6割の被害を出し、戦線から離脱して行ったのだった。

 互いにその種族達の無念を晴らす為と奮い上がったエルフとドワーフ。

 また泥試合となるかと思われたのだが、とあるエルフ側の技術者が超広域氷結魔法の結果、ある種のエネルギーが爬虫族の死体の上に具現する事が発見し、ドワーフ族の技術者は魚人族を殲滅させた海域に同じくある種のエネルギーが発生している事を観測した。

 そのエネルギーが、変換する前の世界樹の源に似ていると調査したエルフの技術者は、その源を世界樹の発展に変換出来ないかと色々な魔法を駆使したのだが、『器』が作り出せない為にその源を貯蓄する事が叶わず、ドワーフの技術者は自分達の地脈に取り入れる為の手段、つまりエルフの様な魔法によるエネルギーの抽出の手段が無い事に気付いた。

 さて、表向きには戦争状態だった彼等だが、ほぼ同時に互いの利害の一致を理解した彼等。

 最前線から全ての軍を引き上げて、それぞれ100名程の技術者を互いの海域及び地域に派遣し、表向きは戦争状態と言い張りつつも、極秘裏に源となるエネルギーを互いの方式に変換する技術の研究に勤しんだのだった。

 戦争状態でそれを行ったのは、それぞれ自軍の陣営の種族を絶滅させてしまった負い目があったのだろうか。 それとも他の自軍の陣営への建前だったのだろうか。

 それは私には判断出来ないが、その戦争中に急いで結果を出そうとした事は、研究に拍車を掛けた。

 ドワーフによるエネルギー貯蔵装置、通称アルギネスと呼ばれる装置と、エルフの魔法技術を応用した、エウパ抽出及び変換装置が三月程で完成を迎えたのだった。


 その装置の発現とほぼ同時に、エルフとドワーフは戦争の即時休戦を互いの陣営に告げ、遺恨は残るものの、互いを強固な同盟関係へと押し上げる事となったのだった。


 そして三年を掛けて魚人族と爬虫族のエウパを全て吸い尽くした両族は、メリダの土地を全く穢す事無く、互いに50年分以上のエウパを確保する事に成功したのだった。


 しかし、単に計算すれば、それは50年という期間のインターバルに過ぎないというのはエルフもドワーフも認識していた。

 そこで二つの種族が目を付けたのが、双子星と呼ばれていたマルサーラ。


 元々その星マルサーラの存在は認識されていたが、木の精を吸い上げても地脈を吸い上げてもその星との繋がりリンクは出来ず、それぞの発展の役には立たないだろうという観点から、資源としての価値では完全に無意味と判断されていた。

 だが、もし生命体が存在するならば、エウパを集める事は可能な筈だとエルフとドワーフの技術者は確信していた。


 かくしてエルフの大魔法使いが数名の部下を引き連れて斥候として数度マルサーラに転送魔法を駆使すると、その目的の生命体である『人間』を確認したのだった。


 そして次なる問題は、大軍を転送し、尚且つエウパを集める必要があるという事。

 その問題を解決したのが空間転移システム――――通称『迷宮』である。


 何も知らぬ人間界の人々は、エルフ達がレイヤー5、人間達が第6層と呼ぶマルサーラの大地の上空に転移する為の魔法陣の光が発生した時、自分達が信仰している神が現れたと勘違いし、かつその奇跡に涙を流した者も居たらしい。

 皮肉気味な笑いを浮かべながら話した追跡者。

 多分そこからマルサーラの人間達の悲劇が始まったのだろう。


 追跡者は声のトーンを落としながらも次の歴史を語り始める。

 当時、マルサーラの人間の数は、全体では定かでは無かったが、全ての国を含めておよそ二億人から三億人程ではないかという事だった。

 現代の地球から比べれば人口が少ないイメージだが、11世紀から13世紀の世界の人口がそれくらいだったとどこかで見た事がある。

 科学技術の発展が見られない彼等の様子を見れば、なるほどそのくらいの時代に空からエルフ達が降ってきたならば神とでも崇める者も居るだろうと勝手に納得する私。


 しかし、次の言葉で何を言っていいのか分からなかった。


 追跡者曰く、約二億人から二億八千万人が虐殺されたそうだ。


 そう。 子供も女も老人も、等しく虐殺され、亜人達によりエウパに変換されたのだ。

 

 ちなみに、国も民族も関係無く、自分達人間がただ虐殺されている事に気付くのに20年掛かったらしい。

 その間、マルサーラの広大な草原や森には獣人族や鳥人族がこぞって移民として押し寄せてその土地を占領し、潤沢な食料と肥沃な土地を利用してそのそれぞれ種族の数を爆発的に増やして行った。

 さて、虐殺に気付いた人間側はようやく必死で抵抗を開始したらしいが、何せ根本たる戦闘方法が鉄の剣や盾、そして弓矢など古典的すぎる上、当時の人間には魔法技術も存在しなかった。

 簡単に返り討ちにされ、また何百万人という死者エウパを亜人達に捧げる結果となったのだ。

 しかし、この抵抗はある意味エルフとドワーフにある決断を迫らせた。

 追い詰めて絶滅させるよりは、ある程度に数を増やしてから適度に搾取した方が効率的なのではないか、と。


 かくして人間達の大半を南半球の大陸に追い詰めると……そこでエルフとドワーフは提案した。


 贄を用意するならば、人間がこれからもマルサーラで生きる事を許そうではないか、と。


 その贄という条件が、人間が12歳にまで育った時点で、その半分を引き渡せという条件でなければ、もしかしたらその時の代表者は首を縦に振ったかもしれない。

 しかしながら、その時の人間側の代表はその提案を拒否し、徹底抗戦の構えを見せたのだった。


 エルフとドワーフにとって、それは意外な返答だった。

 それは長寿であるが故の二つの種族の誤算だったと言えるかもしれない。

 エルフの平均寿命は500年。 そしてドワーフは400年。

 繁殖力は人間の約半分だが、エルフの女性もドワーフの女性も、生涯に産む子の数は二桁を超えるのが当たり前だ。 その子供が12年立つのを待つだけで半分が生き残るのだから良いのではないかというのが彼等の見解だったが、寿命が60年程の人間からしてみればそういう訳には行かない。


 さて、一部の人間達は絶滅を覚悟しても尚、エルフとドワーフに抵抗する事になり、そしてエルフとドワーフは人間を根絶やしにしない為に……仕方なく手を抜く・・・・事にした。

 一部の戦闘員を残してエルフとドワーフはメリダに帰り、亜人達に自衛以外の戦闘行為を禁止したのだ。

 

 ◇


 さて、次なる提案は亜人側からは行われなかったが、亜人達のテリトリーに入らなければ手を出される事は無いと薄々感じ始めた人間達の中に、エルフとドワーフに恭順する者が現れた。

 自分達の子を以前言われるがままに提供し、かつその見返りとして保護を求めたのだ。

 これを南の大陸に押し込められた人間達は酷い裏切りだと糾弾したらしいが、結果的にその恭順した一部の人間のお陰で、人間は本当の意味で反攻を開始する事が出来たのだった。

 亜人達の侵攻から20年、そして更に一旦の停戦から半世紀が経過した時の事。

 

 一人の英雄が現れた。 名をエリクスと呼ぶ。

 12歳になった彼は、双子の妹であるエリサを亜人達に提供させられた・・・・・

 彼か妹か、二人のうちどちらかが贄にされる事は産まれた時から決まっており、本来ならば彼エリクスが贄にされる筈だったのだが……兄に扮した妹エリサは兄が家族に別れの挨拶をしているその最中に贄の列へと勝手に足を進めていたのだった。

 エリクスが英雄というならば、妹のエリサもその英雄の一人であると確実に言えるだろう。 彼女の行動無しにはエリクスが英雄とは成り得なかったのだから。


 彼女は、贄になるその日、その時まで、兄にも家族にも自分が兄の身代わりになる事を決めて居た事を隠し通したのだ。

 エリクスの類まれなる知能は周知されており、エリサと良く比べられては『勿体無い』と同じく良く言われて居た。

 エリサがいつ兄の身代わりになるのかを決めたのかは定かでは無いが、そんな世間の冷たい視線を、最後には自分の行動で見返してやるという気概もあったのかもしれない。


 エリクスが覚悟を決めて家の玄関を出た時、玄関の前には切られたエリサの長い黒髪が束になって籠の中に入っており、そして、その籠には兄宛の手紙が一枚添えられて居た。

 手紙には、さようならの挨拶と共に、『自分達の、人間達の誇りを取り戻して欲しい。』と、人間の未来を夢見た一人の少女の思いが綴られていた。

 

 エリサの行動に、エリクスはただ、涙した。

 エリサに命を貰った事と、それでもその時何も出来なかった自分の不甲斐無さに。


 ◇

 

 当時、亜人側に従っていた人間達には、数えで10歳になる時から12歳の時まで半強制的に魔法技術か武具作成技術を教わる事が義務付けられて居た。 知能の発達がエウパの量に影響がある事が既に判明していたからだ。

 逆に言えば人間達の過度な技術の発達を抑制する為にどちらか一つしか学ぶ事を許されておらず、高度な魔法や作成技術は絶対に人間達には伝えず、適度な知能でエウパを搾取しようというのが亜人達の考えで、まるで地球人が高級食用肉を扱う様な感覚だったのだろう、獣人族や鳥人族より体力は大幅に劣るが知能が高かった人間達は、さぞ美味しいエウパであったのだろう。 亜人達は人間達をもっと美味しいに食べたいと言う欲望に駆られた。

 さて、その年から自分達に恭順している人間達への褒美として、贄になる年齢を12歳から15歳へと亜人は勝手に引き上げたのだった。


 その時、贄になるはずだったエリクス本人は武具作成技術を学んで居たのだが、本来生きている筈のエリサは魔法技術を学んでいた。 つまり、それからの人生をエリサに成り済まして過ごすしかかなかったエリクスには、魔法技術の教育が成されたのだ。

 第二次性徴がまだだったエリサとエリクス。 外見的には瓜二つの二人の性別を人間でさえも見分けが付かなかった。 それを亜人達に見抜けというのも不可能な話で、エリサという人物は実は男だった、と、他の人間達と共に亜人を騙し通し、エリクスは他の人間達の協力を受けて1からの魔法技術の習得に成功し、秘密裏に武具作成技術の更なる勉学にも勤しんだ。

 

 亜人達に従順なフリをして二年半。 次の年の春に贄を出すという半年前の秋、エリクスは遂に妹の夢、そして人類の夢を叶える第一歩を踏み出した。

 エウパの仕組みは亜人達の手によって巧妙に隠されて居たのだが、魔法を使う為に必要な魔力を人間の身体から引き出す為に用意されていた道具である透明な結晶の変換器コンバーターと呼ばれる器具を、エウパを吸収できる機能を持った、現在私達が使っている様な白色のクリスタルに改造する事に成功したのである。

 変換器コンバーターでさえも作成できない人間達がその新型クリスタルを大量生産する事は不可能だったが、エリクスは仲間を集めて彼等数人の変換器コンバーターを自分の物と同じく改造を施しその技術を流布すると、更に100名の人間達に技術は広まり、その新型クリスタルを持った人間達は当時教員として赴任していたエルフとドワーフを襲撃したのである。

 エリクスが狡猾だったのは、大半の教員は殺してエウパに変換したが、復讐心だけでそのエルフとドワーフの教員を皆殺しにはしなかった事だ。

 まずはメリダ本星との架け橋である転送装置、『迷宮』の解明が、彼のもう一つの狙いだったのだ。

 拷問の末、変換器コンバーターの作成方法も含む全てのエウパに関する秘匿情報を引き出したエリクスは仲間達に魔法教育を受けた人間達に蜂起を促して獣人族と鳥人族への攻撃を促す様に指示した。

 同時にかつて武具作成の教育を受けた人間達に変換器コンバーターの作成方法と同時にクリスタルへの改造方法を流布し、亜人達を駆逐しつつ、人間達を人類最後の土地である南半球の大陸に集結させ始めたのだった。


 人間が亜人に勝ったという噂は瞬く間に全土に広がり、人類は最後の希望を持って南へ、南へと進んだ。

 そしてその噂は南の大陸に隠れ住んで居た人類にも伝わり始め、海を超えて渡って来るかつては裏切り者と罵って居た彼等に住む場所と食料を与え、同じ人類として結束して守りを固め始めた。


 さて、エリクスはその時、繰り返して皆に言っていた言葉がある。

 一瞬の勝利でも、正面からぶつかれば必ず人類は敗北すると。

 だから、今は南の大陸に逃げるのだ、いつか自分達の子孫が勝利を得る為に、と。


 彼の言葉の意味を完全に理解していた者は居なかっただろう。

 だが、復讐の為にやってきたエルフは彼の予想通り、大型氷結魔法を南の大陸に放ち、そして同じく復讐の為にやってきたドワーフはその凍った大地を破壊する為の兵器を南の大陸から北西に位置する大陸の海岸線から放ったのである。


 その時――――人類は既にその南の大陸には居なかった。

 『迷宮』の秘密を既に解明していたエリクスは、『逆迷宮』という結界を作って南の大陸に居た人間を他の次元へと亜人の総攻撃の前に退避させて居たのである。

 

 さて、一体逆迷宮とは何なのかというと、例えばエルフとドワーフは家の扉に鍵を掛ける習慣が無い。 同じ種族から物を奪うという概念が存在しないからだ。

 しかし、人間は違う。 家に鍵は掛けるし、大事な物は宝箱に仕舞って鍵を掛けてその鍵を持ち歩く。

 南の大陸を囲む様に設置された12個の『逆迷宮』は、その人間特有の鍵というアイデアからエルフの『迷宮』と呼ばれる転送装置をアレンジしたもので、12個それぞれの『逆迷宮』に侵入する為には鍵が必要となる。 エリクスはその鍵を、クリスタルに仕込む事で運用する事にした。

 それぞれの人間のクリスタルには、人間の波長に合わせて暗号化が施された鍵が仕込まれ、その波長と合わない人間、もしくは亜人がそのクリスタルを強奪して使用しようとしても暗号化は解除される事は無く、鍵は鍵としての運用が不可能となる。

 ちなみにその『逆迷宮』と呼ばれる5m程の高さのオブジェ周囲100mにはもう一つの次元の層があり、遠距離からの魔法攻撃や物理攻撃では『逆迷宮』は破壊不可能となっている。

 今回は、亜人がどのようにしてその次元の層を突破したのかは定かでは無いが、追跡者曰く生体だけは行き来が可能な次元の膜であるが故、敵は徒歩でオブジェまで近寄り守衛部隊を全滅させ、第五層への入り口を何らかの方法で無理矢理こじ開けたのではないかという事だった。

 それは多分リーザの言っていた魔法陣を砕いたハンマーの事だろう。 もしかしたらそのハンマーはドワーフが作った新兵器なのだろうか……。


 ちなみに人類はエルフからの大規模攻撃があった時以降、その逆迷宮を使って転移した深い次元の底に隠れ住んで居たそうだ。

 そこは光も差さぬ真っ暗な暗黒の世界であったが、万能のエネルギーであるエウパが存在した為に人類はなんとか生き残る事が出来たのだが、悔しくも、人間も亜人達と同じくエウパに依存して生きていかねばならない状況になったのは言うまでもない。


 私がその話を聞いた上で現状を考えてみると、エリクスという人物はエウパの確保を次に重要視したと思われる。

 そこで……私達他の世界の人間達の出番という事だった。

 その結論に達した私の表情を察してか、追跡者は暗い顔で引き続き説明を続ける。


『先程は取り乱しましたが、ある程度の知識を持った生命体がエウパを抽出するのに必要なのはご理解頂けましたか?』

「まあ……そりゃ……。」

『エリクス様は、『逆迷宮』を突破される事はまず無いだろうが、私達のこの世界の人間の当時の戦力では亜人への反撃はほぼ不可能ではないかと考えていました。 ならば、足りない分のエウパも そして戦力も、他の次元から持ってくれば良いのでは無いかというある意味貴女達にとっては利己的と言われる判断を下されました。』

「はぁ……。」

『普通の人間を転送しても首を縦に振るとは限らないので、死ぬ運命の人間を召喚して『願いを叶える』と伝えるというのが……エリクス様の考えた仕組みの土台となりました。』

「その伝統は今でも続いている訳ね。」

『伝統というか……49年前の事です。 私達にとってはそう昔の話では無いのですよ。』

「はあ……だから召喚した人間同士で戦う事を勧めていたのね……。」

『そうしませんと全体が吸収装置にもなっている迷宮内でエウパを採取出来ませんので。』


 正直言って気持ちが悪い……。 私達が口にしていた物や飲んでいた物、その全ては人間達の骸から構成されていたというのか。

 だが、生きる為に数多の人間を殺してきたのもその私だ。

 今更とやかく言うべき事では無いと、気持ち悪さに蓋をする様に口を噤む。


「迷宮のシステムは以前から変わっていないのですか?」


 閉口した私に変わって、三島さんが追跡者に問い掛ける。


『システム自体は大分変りました。 パラメーターのリミッターの追加や、ポイントと経験値のエウパの配分調整、転送陣の上限の人数設定等ですね。』

「リミッターを追加したのは何故?」


 思わず聞いてしまう私。 強くなれるものを態々弱くしてどうするのか意味が分からなかったからだ。


『全てのパラメーターは厳密に言えば人間の身体が許容出来る範囲内としました。 筋力だけが高い人間が居たとして、全力で物を殴って拳を壊してしまうのと一緒です。』

「…………。」

『何か?』


 数日前に瞬間加速魔法を使って右腕を複雑骨折したのを思い出した私は苦笑いを浮かべる。


「で、転送陣の人数の上限? それは昔は無かったの?」

『ありませんでした。 ので、一度40人全員で迷宮を攻略されてしまい、その全ての人間の願いを叶える羽目になってしまいました。 その時には約束を反故にして全員を殺さざるを得ませんでしたが、そういうケースがある為に上限を設ける事にしました。』


 成程。 それで願いを叶えられそうで叶えられないギリギリの六人という縛りが出来た訳か。 というか、約束は守ると言って居た筈だが、さらりと40人全員を殺したと告白するのはどうなのだ……。


「ちなみに私とパーシャは同じ世界から召喚されたみたいだけど、それも何か理由があるの?」

『この世界と最初に次元が繋がったのは、貴方達の世界でした。 それを他の世界に変える事も可能ではありますが、推定70億人が居る世界を取り換える理由はどこにもありませんでしたね。』


 まあ、そう言われると……そうかもしれないな。 変えたら今度は一億人しか居ない世界だったという可能性もある訳だから。


 と、追跡者は話を続け、他の前線基地の迷宮も私達と同じ世界に繋がっており、そうして12個の逆迷宮でそれぞれ殺し合わせてエウパを集めつつ、そのデスゲームを回避して5層を攻略した人間達を最終的には亜人との戦闘に投入しているそうだ。

 ちなみにその戦闘の最前線だが、現在は北東の大陸の半分を奪い返す程まで伸びており、その前線からら亜人がどうやって南の大陸にある前線基地に攻め込めたのかは現在不明だそうだ。

 まあ、その前線基地とやらを突破され、人間の最後の砦である『逆迷宮』の鍵まで破壊されたのだから、人類はかなり窮地に陥っているのではないだろうか。


『逆迷宮本部との連絡が取れない以上確認は出来ないのですが、亜人が通信妨害を行いながら攻撃した事は確かなようですね。 もし本部に攻撃の情報が伝わって居たならば、貴女達の迷宮攻略を即座に中止したでしょうから。 いや、しかし本当に前線基地が突破されたのでしょうか……?』


 疑問形で言われても困る私だが、そう結論が出たのならそうなのでは? と、軽く相槌を打つ私。


「案外その前線基地とやらの人は皆殺しにされていたりしてね。」


 私がそう言うと同時に苦虫を潰した様な顔で何かを言うリーザ。 冗談でもそんな事を言うなと目が言って居た。 長身の彼女に睨みながら見下ろされると結構怖い。


「……まあ、長々と説明どうも。 それでこれから私達は五層を出て、まずはその前線基地とやらに向かう訳ね?」

『はい。』

「で、例えばだけど、その前線基地が全く機能して居なかった場合は、他の前線基地まで移動する。 そこまではわかったわ。 で、時間はどのくらい掛かるの?」

『徒歩で三日程です。』


 ……さらっと言うわね……。 本当に移動しなければならない事態になると思うのだけれど。


「その場合、食料は?」

『はい?』

「水は?」

『……いえ……ありません……。』


 ダメだこの女。 エウパに依存し過ぎてるせいか基本的な事を全然分かって無い。 エウパと装置があればどこでも精製出来ると考えて居たのだろう。 自分の浅はかさに表情を暗くする女。

 前の世界に居た時に、自分が一食我慢して母親に食事を用意した事があるが、あの時でも流石に水はあったわよ……。


「リーザ。 アーユーハングリー?」

「Hah? me? Of course I am fucking starving to death.」

「死ぬほど腹が減っているそうです……。」


 まあ、そりゃそうだ。 輪姦されて放置されて腹が減って居ない訳がない。

 しかし三日歩く、か……三日……徒歩なら時速6kmとして14時間歩くとして84km。

 私の全力疾走は多分だけど時速120kmくらい? 二時間全力は流石に無理だろうが、頑張れば三時間で何とか行ける……か。


『パーシャ。 三島さんと追跡者を抱えて飛べるかしら?』

『やってみるです。』

「三島さん、追跡者。 それぞれパーシャの左と右から腰に手を回して彼女の身体から自分の身体が離れ無い様にしっかり固定して。 あと彼女の尻尾の先端には絶対に触れないようにね。」

「は、はい。」

『ちなみに私の本当の名前は――――』

「興味無い。 黙ってパーシャに摑まって。」


 この世界の人間達の歴史を聞いた後で、一時的に協力関係にあるからと言って、あんたを完全に私の味方と認めたつもりは無いのよ追跡者。

 すると、少し泣きそうな顔になっている追跡者。 先程私とパーシャの二人で他の前線基地に行ってみたららどうなるかと脅していたが、いい気味である。


『カナ。 追跡者が重くて上手くバランスが取れないです。』


 二人を抱き抱えたまま、その場で羽ばたいてみたパーシャ。 が、飛び立ったは良いものの、空中でふらふらとバランスを崩し、床に降りて来てそうになってしまい、それを私に念話で告げる。

 三島さんは鎧も着ているのだけれど……まあ、追跡者と比べれば小柄だ。 無駄に背が高いせいか重いのだろうな。

 仕方ない。 一番嫌な方法だが背に腹は代えられない。


「パーシャ、いざとなったら三島さんとリーザを抱いて飛んで頂戴。 この重いのは私が抱っこして走るわ。」

『だ、抱っこって貴女!!』

「なら私と同じ速さで走れるの? それなら自分の足で走って貰った方が私もずっと楽なのだけれど。」

『貴女と同じ速さなんて無理です……。 私を持てるかどうか試されますか?』


 そう言ってすごすごと私に近寄ると、顔を少し赤らめて私の首に腕を巻き付けて来る追跡者。

 何だかもの凄く気持ち悪いわ……。

 私は首に回された追跡者の手をぺしんと叩いて彼女の腰を持ち上げてお姫様抱っこの形にした。

 しかし、私に筋力があるのは分かって居たが、前の世界で布団を干す時と同じくらいの感覚で気持ちが悪い。 しかも何か生暖かい。

 私は無言で彼女を床に降ろし、


「今はそのいざって時じゃないから自分で歩いて。」


 そう言って試し持ちなどと言うバカな事をした自分を後悔しながら、私は遂に第六層、前線基地へと足を進めるのだった。

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