尾生之信
ピストルを持って居た男を、迷宮に引きずり込んで殺したのが、昨日の朝。
現時刻は午後7時なので、あれから丸一日と半分が経過している事になる。
流石に潜伏するにはもう十分な時間が経過しただろう、と、私はキャンプを畳んで出発の準備を始めていた。
私は炎の剣を召喚してそれを武器にし、後はプロミネンスマントなどの手持ちで一番良い防具を全て装備し、パーシャを見やる。
彼女は現在、私の部屋着代わりのピンクのワンピースを着て居た。
そのワンピースのお尻の部分には、私が尻尾を出すための切れ目が付いており、同じく私の下着もパーシャに貸しているので、お尻の上の尾骶骨に沿って作られた切れ目からは、赤い下着が見え隠れし、更にその赤い下着に空いて居る穴からは、お尻の割れ目の上の部分が完全に見えてしまって居る。
キャンプの中では感じなかったが、外に出てみると、やはりその恰好は流石にどうかと思った私は、パーシャに背負わせて居るリュックサックの中から、彼女がかつて着ていた服を取り出した。
ちなみにリュックの中には、他には水の入ったボトルと万が一の為のポーションが入れてある。
「はい。」
そう言って服を手渡し、それに着替える様に顎で指示すると、悲しそうな顔をしてパーシャは首を横に振るではないか。
「着替えたく無いの? お尻見えてるのに?」
「ニェット……。」
私が言った日本語の意味は分かって居ないだろうが、彼女はただ嫌だと言って再度首を横に振った。
逆に、迷宮に入るときに着ていた服、前の世界の服を床にそっと置くと、私の炎の剣を指差して、『パジャルゥスタ』と、言って、私に懇願する様な眼差しを向けてきた。
「燃やせ……って……事?」
「……ダー。」
剣を軽く振って、ぼう、と、剣先の炎を揺らしながら首を傾げる私に対して、しっかりと頷く彼女。
「……過去との決別って事……か。 まあ、それも良いかもしれないわね……。」
彼女に対してそう呟いた私は、彼女がかつて履いていた下着も含めた畳んである衣服の上に炎の剣をかざすと――――瞬時に火が燃え上がった。
普段表情が良く変わるパーシャであるが、今回は至って無表情に見え、ただ青い瞳に燃える衣服を映していた。 やがて、意味は分からないが、たった一言ロシア語で何かを呟いた後には、少し目を潤ませ、衣服が完全に焼け切るまでその場で立ち尽くしていた彼女。
残り火が完全に立ち消え、迷宮の中には私の炎の剣だけが灯りとして残り、その灯りに照らされたパーシャは、一言私に礼を言った後、そっと目尻を拭ったのだった。
私は軽く頷き、迷宮の入り口に向けて歩き始める。
すると、私の後に明確な意思を持ってパーシャは付いて来たのだった。
◇
雑魚である小型の虫などのモンスターに、もし私達が出くわした場合は私の前で文字通り蹴散らされ、私の意識はモンスターでは無く、主に他の挑戦者が居ないかどうかを確かめる為のキツネの耳に集中させられていた。
ちなみにそのキツネの耳で周囲の音を聞きながら全速力で動くというのはほぼ不可能であり、パーシャのまだ股を少し開きぎみに歩くようなゆっくりな速度、つまり普通の人間が歩くよりも少し遅い速度くらいで、感知しながら進むには、丁度良い速度だった。
よって、歩みはゆっくりなので、キャンプを閉じた場所から普通の人間が走れば30分の所を、約2時間掛かるだろうと仮定し、予定では午後の九時頃に迷宮の入り口に付く筈であった。
流石にその時間帯であれば入り口にも迷宮にも人は少ないと想定しつつ、まあ、願っても居るのだが、彼等は彼等で一筋縄で行かない連中なのが居るのも重々承知しているので、もし人間を探知した場合の想定もしている。
距離が遠く、迷宮の中に入って来て居るならば現在は出来るだけ人との遭遇は避け、もし相手がこちらを探知し、追い掛けて来る様な事があるならば、勿論全力で抵抗するつもりである。
もし、その様な邪魔が入らず、予定通り準備区画に入って神殿に行く事が出来た場合は、パーシャと私のレベルを上げ、その足で武器屋に行ってパーシャの装備と私の武器を買い、再び迷宮に舞い戻るというのが現在のプランだ。
最悪、神殿で何かが起こり、足止めを食らいそうならば、私がパーシャを抱えて迷宮の二階に逃げ、ほとぼりが冷めるまでまた潜伏する事なども案の一つとして考えてはいるが、私の本心としては……今回は少し強引と見えても、攻勢に出てみたいという気持ちもあった。
私が池谷さんを殺した証拠は全て隠滅出来た筈なので、私の追尾はもう不可能だと思われるし、二ノ宮君と三島さんの行方を知っている可能性のあるあの人達の誰かに接触出来れば、何か進展があるのではないか、と考えたからだ。
私の速度は、全力で動けば他人にはそう簡単には追い付けるレベルでは無い筈だし、万が一束縛された状態でも、私は『相手を殺そう』と思わなければ例え準備区画でも正当防衛として攻撃行動が出来る事を知っている。
パーシャの一件で更に二日潜伏していなくてはならなかった事に対しての苛立ちも少しあるが、そうやって手掛かりのありそうな事には色々とアンテナを張らせてみるつもりもあった。
さて、そんな事を小一時間考えて居たら、予定よりも少し早く、しかも妨害も無く、迷宮の入り口へと辿り着いてしまった私達。
遂に……準備区画に入り、神殿に行って……パーシャのレベルを上げるのか、と、そのパーシャを見る私だが、本人は何が何だか良く分かって居ない様子で、困惑ぎみに首を傾げてこちらを見て居た。
今更何故準備区画に戻るのだろうかと考えて居るのだろうか。
レベルを上げるという発想は無いのかな。 ゲームをあまりしない、とか?
というか、ゲームどころか性的に……って、ごめんパーシャ。 変な事考えたね、私。
……まあ、これから自分に何が起こるのか、楽しみにしておいたら良いよ、と、微笑んでみる私だった。
◇
準備区画に入ると、そこには丁度迷宮に出発しようとした冒険者達が少し遠目に見え、一瞬身構える私とパーシャ。
アジア系の男が二人、女が一人、黒人の女が二人に、ラテン系の男が一人。
近付いて来るその人達の装備や面構えを見た所……私は胸を撫で下ろした。 超が付く程の初心者に見えたからである。 もしかしたら今日召喚されたばかりなのかもしれない。
私にもそういう事が本能的に分かる様になった事が私自身少し意外でもあるが、誰一人として光を放つ装備を持って居ないという事と、おどおどと周りを見渡すような行動で、相手が初心者だと感じたのだ。
彼等はすれ違いざまに私とパーシャの事を興味深く見て来るが、私とパーシャがどういう状況だか意味が分かって居ないのだろう。 なんでこんなところに女の子二人が、といった疑問符が頭の上に見えそうなくらい怪訝な顔を見せながら、やがて私達の後ろに消えて行く彼等。
その先は迷宮の入り口なので、これから迷宮へと入るつもりなのだろう。
勿論それを私達が止める義理も意味も無いので、すれ違いざまに彼等が話していた言葉で、彼等が英語圏の人間だとだけは分かった。
私とパーシャは顔を見合わせると……まあ、挨拶だけはしておくか、と、彼等の方を振り返ると、彼等もこちらを見ていたので、軽く微笑んだ私とパーシャ。
それで勝手に気分を良くしたらしい彼等は、さあ行くか、と、気合でも入れたのだろう、少し足取りを軽くしながら、迷宮内部へと転送していったのだった。
「早く育って私達の餌になってね。」
「カナ?」
「冗談よ。」
首を傾げて私を見たパーシャの頭を、優しく撫でながら言う私だった。
まあ、本当は冗談では無いのだけど。
私はまだ不思議そうな顔をしているパーシャの手を引いて、神殿へと向かうのだった。
◇
神殿の中はしん、と、静まり返っており、今回は自分達以外には誰も居ない様だ。
まあ、レベルなんて普通に攻略して居れば本来そうそう上がるものでも無いのだし、良く考えたら人が居る方が珍しいのかもしれない。 週に何度も通っている私や二ノ宮君達の方がおかしいのかも。
「さて……。」
静まり返った神殿で、私はまず自分からレベルを上げようかどうか迷ったが、万が一の為に、先にパーシャに強くなって貰っておいた方が良いだろう、と、私はパーシャに私と同じようにクリスタルをポケットから出す様に指示し、そのクリスタルを端末に入れ様に指示する。
そして……端末の画面が光り、パーシャのレベルアップが始まった。
レベルヲアゲマスカ
そう真ん中に表示された文字の上、端末の上部に表示された彼女の資質は――――
クロバラノアクマ。
……もう脳内で漢字に変換してみよう。
色は……黒薔薇? で、資質は悪魔。 『悪魔』である。
キツネとか、タヌキとか、そんな人類が少し混ざっているかもなどと言う生易しいレベルでは無い。
――人外と言わずしてなんであろうかという資質。
私は、そっとパーシャを横目で見る。
と、私は彼女が召喚士に色も資質も既に教えられて居るのだと勝手に思い込んでいたが……彼女自身は……取り敢えず無反応。
何も知らなかったという事だろうか?
召喚士が資質を言う前に、あの男達が事を始めてしまったからなのかもしれない。
と、パーシャは自分を指差して、
「ディアボル……?」
まさか自分の事? と、ようやく口を震わせながら言う。
そんなパーシャに対して、私は、何かを言おうと口を開くのだが、掛ける言葉が見つからない。
「ヤ……チョルネ……ローザ……ディアボラ……。」
黒薔薇の悪魔、と、ロシア語で自分で言って、それを反芻しているのだろう。
私も彼女の悪魔という流石に斜め上過ぎる資質に、思考が止まる。
だが……彼女が例え悪魔だとしても、私にとっては何の関係も無い。
むしろ……彼女はやはり人ではない方に回ってくれたという嬉しさの方が強い。
悪魔? そうよ……上等じゃない。
上手く口では表現出来ないので、私はパーシャの泣きそうな顔を自分の方に向かせ、頭を何度も優しく撫で付けた後、笑顔を彼女に向けて頷き、顎で、あなたの強くなって行く過程を、ちゃんと自分の目で確かめなさい、と、画面を指した。
目に涙を貯めつつ、唇を噛み締めて頷く彼女。
彼女の資質は、魔法系では無く、戦闘系でも無かった。
言わばとても特殊な存在で、ほぼ全てのスキルがパッシブで構成されていた。
しかもレベル毎に選択出来る物も無く、全てが強制的に与えられる。
レベルアップが可能な限り、『ハイ』をパーシャに選ばせた私は、そのレベルアップ毎に説明される彼女のスキルを、頭の中で漢字や平仮名を交えて変換していった。
レベル1
レベル2
レベル3
レベル4
レベル5
レベル6
レベル7
キンリョク 12 (+9)
タイリョク 18 (+16)
シンリキ 20 (+19)
チリョク 20 (+16)
ビンショウ 15 (+10)
ウン 1
「何……これ。」
手を震わせながら、同じくふるふると震える唇を押さえる私。
パーシャのレベルが上がって行く過程で、まず、黒く、鋭い羽がパーシャの背中から生え、私の部屋着の肩甲骨の部分を右と左、それぞれに切り裂いて大きく広がった。 全長3メートルはあるだろうか。
次に、金髪の三つ編みに編み込んだ髪と前髪の間、こめかみから10cm上付近から髪をかき分ける様に真上に向け、直径10cm程の漆黒の角が生えて行った。
平たく見える角の先端は細く鋭く尖っており、その先端部分から角の生え際までの角の外側の部分は湾曲しているのだが、その湾曲した部分は、まるで日本刀の刃の様に鋭くなっていた。
角自体には細かい穴が空いており、それが装飾の様に見えるため、まるで儀式用に作られた刃物が二本、天に向かって付き出されているように見える。
感覚的に分かるのだが、あれは正しく武器だろう。 下手に触ると、私の指が斬り取れてしまうような感覚を覚え、背筋を凍らせる私。
パーシャの変化は更に続いて、私の尻尾が生えて居る場所と同じ部分、尾骶骨からは、私のふわりとした尻尾とは違ってしっとりとした質感で漆黒の、ハートの形とは逆の形、スペードと言うのだったか、をした、角と同じで輪郭が鋭く尖っている先端が見える。
まるで血に濡れた様な輝きを見せる尻尾が、パーシャの意志かどうかは分からないが、びゅるん、と、鞭の様に一度振るわれると、実際にその尻尾は少し濡れて居たのだろうか、先端からぽとり、と、一滴の謎の液体が溢れ落ちる。
パーシャの尻尾から分泌されているのだろうが……何の為に?
と、一瞬考えて、それが武器として使われた場合、他者に刺して抜く際に、その液体により膜を作り、尻尾の先が抜きやすくなる為ではないかと考えられた。
そういう意味ではかなり実用的と言えるだろうが……自分の体液によって濡れて居る部分を、いつも外に出しておかなくてはならないというのは……女としてどうだろうか。
かと言って、折角いつも抜き差ししやすくなっているその尻尾を布なりで拭いてしまえば、本末転倒となってしまうだろう。
常に濡らして居る事と、瞬時に攻撃出来る事に意味があるのだから、やはりそのままで居るしかあるまい。
やがてパーシャから、頭から足に掛けて、全体的に真っ黒な霧状のオーラがゆっくりと広がって行き、彼女を包み込む。 それが種族補正による魔法防御と物理防御のオーラなのだろう。
「カ、カナ……。」
「パーシャ……。」
パーシャは自身の角、そして羽、尻尾を触り……私達が想定していなかったレベルアップの効果による状況、スキル、容姿、その全ての変化に、思考を固まらせてしまった。
悪魔の資質などと言われても、私の様に毛の生えた耳や、獣の尻尾の様な物が生えて来るだけなのではないかと勝手に考えている自分が居た。
スキルも、私の様に近接系に近いかもしれないが、魔法などでも使えるのだろうか、などと、失礼だが勝手に想像して居た。
元のパーシャの可愛らしいイメージとは真逆な、この様な姿になってしまうなど、誰が想像出来ようか。
黒いオーラと、黒光りする翼と尻尾と角は、彼女に少女ながらも妖艶な雰囲気を漂わさせており、白い肌と金色の髪が、更にそれを目立たせる。
「シュトヤドージェンディレッチ……。」
絶望的な表情を浮かべて私を見ながら、そんな事を言うパーシャ。
意味は分からないが、私に、これからどうすれば良いの? と、聞いているように聞こえた。
「わか……んないよ。 そんな……。」
「カナ! カナッ!!」
私のタイトローブの胸元を、すがりつく様にして両手で握りしめるパーシャ。
震える彼女の桜色の唇の隙間からは、興奮しているせいか、私と同じような……犬歯のような牙が剥かれ、それが見え隠れしていた。
それが人を傷付ける為の物だと分かると、ぞくりと背筋を何かが巡り、同時に、私も牙を伸ばしたなら、こんなに威圧感を与えるのだろうかと想像し……それでようやく、はっ、と、我に返った私。
「そ、そうだよ。 私だって……似たような、モノなんだよね。」
そう言って、故意に牙を伸ばした後、口の端を片方上げて笑ってみせる私。
あれ? 牙だ。 と、それを呆けて一瞬見るパーシャだが、私の胸元に手を当てながらも、すぐに一瞬身を後ろに引いた。 多分、私と同じ様に牙という存在に一瞬恐怖を感じたのだろう。
だが、何故このタイミングで私が牙を剥いて笑ったのかと考えたのか、自分の口を動かすと、下唇に違和感を感じたらしい。 少し口を開けて、舌先で存在を確かめる様に、牙を舐める彼女。
やがて口を閉じてむごむごと何かを動かすと、牙がどこかに刺さったのだろう。 『痛っ。』という顔を一瞬見せた後、
「エト……クリック。」
そんな事を言って、なんだか安心した様な顔をして私を見返して来た。
そう。 私にとっては目に見える武器はこの牙だけだけど、パーシャにとっては角も尻尾も、戦う為の武器なんだよ……結局は。
「悪魔、か……まさかそう来るとは思わなかったわよね……。」
「ダー……。」
脱力した私に返事をする様に、パーシャも溜息交じりの言葉を返した。
「ヤ、シュビ******、****、****スヴィトエ。」
「は?」
すると、一瞬微笑んだ後、私に向かって突然何かを言い出したパーシャ。
何か意味のある言葉なのだろうが、私には……。
『これでわかるですか? カナ。』
『はっ!? 何してんのパーシャ!?』
『これで私めはカナの眷族でありますよ。』
『それ、ただ一人だけを眷族に選べるレベル7のスキルじゃないの!? 簡単に使ったらダメなヤツじゃないの!?』
『嬉しいです、カナ。 パーシャの事、心配してくれているのです?』
し、信じられない……。 まるで息を吸う様に大事なスキルを私に対して使うなんて……。
『も、もしかしてパーシャはカナの眷族になったらダメな感じだったのでしょうか。』
『だ、ダメじゃないけど、それ、私からは一方的に攻撃も解除も出来るけど、自分からは私に何も出来ないっていうスキルなんだよ?』
『それって、あの男をカナが蹴り殺した時からのカナとパーシャの関係と、何か違うのです?』
違わないのか……な。 いきなりパーシャと念話が出来る様になるのに驚いてしまって、少し私の頭が混乱しているようだ。
『あ、あの……カナやっぱり何か怒ってるのです?』
『だ、大丈夫。 怒ってなんていないわ。』
『では、カナ、早速カナの敏捷値と筋力をパーシャに同化させて頂いてもよろしいです?』
『え、ええ。 勿論良いわよ。』
っていうか、念話だと何か面白い喋り方になるのね、パーシャ……。
『凄いです、カナ! カナみたいな力と速さがパーシャにも使えるですよ!』
『ちなみに私、カテゴリー的には魔法使いだからね。 一応言っておくけど。』
『魔法使い、ですか?』
『そうよ。 迷宮を照らしていたのは何の炎だと思ってたのよ貴女。』
『私達が寝ていた部屋を出した様な魔法の道具だと思ってたです。』
成程。 道具か。 確かにそう思われても仕方がないのかな。
『なら、炎の弾とかを飛ばしたり出来るですか?』
『自分の周囲に炎を展開する事は出来るわよ。』
『すごいです! なら魔法で周りを焼き尽くせるですか!?』
『そこまで範囲は広くないわね。』
『……そう、ですか。 えっと、パーシャ変な事聞いたですか?』
『何故? そんな事無いわよ。』
『だってカナ、ちょっと不機嫌そうです……。』
『私だって遠くから魔法を飛ばしてみたいのよ……でも、資質のせいかそういう魔法は覚えられないの。』
『そ、そうですか。 ごめんなさい……カナ……。』
ちょっと。 貴女がそんな風に目を潤ませて私を見つめていたら、まるで私が何か悪い事をしているみたいじゃない。
っていうか、見た目悪魔なパーシャがそんな顔をしていると、私がなんだか悪魔を束ねるラスボスの様に見えて来るのが不思議だわ。
実際に彼女は私の眷族になったのだけれど。
というか、実質的には私は彼女のご主人様という事? まあ、どちらでも構わないが。
『あ。 そうだ。 これで会話が出来る様になったなら、色々と説明する事があるからね。』
『そう……でありますよね。 まず、ここって何処なんです?』
『ん……んん……やっぱり話が長くなるから後にするわ。 私にも先にレベルを上げさせて。』
パーシャのクリスタルを端末から取る様に顎で指示すると、私も端末にクリスタルを刺す。
まずは一つレベルを上げられるようであるが、まだスキルや魔法は増えて行ってくれるのだろうか……。
あまり選択肢が多くなると戦略にも困るな。 と、そんな事を思った私が浅はかだった。
《物理限界により、LV2魔法の一つ、加速発火の効果が自身を壊す事になるので、リミッターが発動し、使えなくなります。》
漢字で変換してみたが、どうだろう、この絶望感。
物理的に限界が来たから、
ファンタジーに物理限界とか要らない要素な筈なのに。
ちなみにそのレベルになった時の他のスキル? 効果? そんなのありません。
パラメーターが上がっただけで、このレベルアップでは本来何も無かった筈だが、敏捷度が規定値を超えたので、警告の様に出てしまったのだろう。
このレベルアップという過程。 あと、新しく装備を買うという過程。
これは色々と私をダメな思考に導く。
だって強くなるかもしれないと思ったら心が踊るじゃないの。
色んな期待をしたらダメだって分かって居るのに、つい心はレベルアップや新装備という言葉に浮かれてしまうのだ。
そして、思うように行かなかった時のこの残念感。
苦い。 とても苦い。 味わいたく無い苦さだ。
いっそ自分がゲーマーじゃなかったら良かったのだろうか……。
まあ良い。 次のレベルにも上げられるのだから、次は期待しないで上げてみよう。
《究極魔法の
ほら! 期待しなかったら何か良いの来た。 来ましたよ!
究極魔法だそうです! でも単体じゃ使えないんだって!
……って、使えないなら意味無いじゃない。
と、結局一喜一憂させられて悔しい私。
『究極魔法って、何ですか? カナ。』
『知らないわ。』
『知らない、ですか。 でも強そうです。 良かったです、カナ。』
しかもパーシャに慰められたわ。
でも実際、何なのだろうか。 究極というからには、多分凄いのだと思うが、発動条件と効果が分からないのがなぁ……炎関係でありそうな感じがせめてものヒントか。
溜息を付きながらも、更にもう一つレベルを上げる私。
《究極魔法の
今回は、驚きも何も無かった。
……ちなみに、前の紅蓮とくっつけたら使用可能なのかと頭で考えたならば、やはりダメなようだ。
一体究極魔法とは何なのだろうか。
ただ、この流れから行けば、レベルを上げて行けば、いつかはその究極魔法を使える条件を満たすかもしれないという希望は……あるわね。
スキルも魔法も無しだったというレベルアップの結果では、救いようが無いので、せめて前向きな思考で最終的なステータス画面を眺める私。
キンリョク 22(+4)
タイリョク 20(+1)
シンリキ 3(-3)
チリョク 16(+1)
ビンショウ 34(+6)
ウン 1
敏捷と筋力は上がった。 それだけは戦力として上がったと言える。
が、魔法使いの本分として、そりゃ無いんじゃないの? と、本当に心から叫びたい。
『紅蓮のキツネなんですか、カナ。』
『そうよ。 黒薔薇の悪魔。』
『何か思考に棘がありますです。』
『気のせいよ。 まあ、こんな感じで資質はある程度個人差があって、それに抗うのは不可能という事ね。』
『あっ……そうですか。 だからカナは耳を隠したりしてたのですか。』
『まあ、そうね。』
『パーシャ、凄い格好ですね……。』
『存在感は凄いわね。 って、誰か来るわ!』
足音が三人分、酒場の方からこちらに向かって歩いて来るのが聞こえて来た。
『カナには聞こえるですか?』
『まあ、そうね。 このまま……迷宮に行くかしら。 三人なら多分行かないわね。 こっちに来ると思うわ。』
『どうするです? 敵ですか?』
『敵と言えばそうなのだけれど……まあ、パーシャと私を前にしたら、大抵の人は……私達を敵だと思うかしらね。』
『じゃあ、どうするです? 殺すですか?』
『あ。 それ、他人を見たら微塵も考えたらダメよ。 準備区画、ここの事だけど、ここで殺意を持った場合は探知されてしまうみたいだから。』
『誰にですか?』
『私達を召喚した人の仲間よ。 く……ダメだわ。 もう今そこまで来てる。 取り敢えず後ろのブースに隠れましょう。』
『は、はいです。』
私とパーシャはブースを二つ超えて部屋の奥へと行き、衝立の影に隠れる。
『入ってくるみたい。 息を出来るだけ静かにして。』
『はいです。』
◇
「****、******」
何だ。 今度は何語だ。 白人なのと、巻き舌なのは分かるが、私には全く見当も付かない。
『パーシャ、何言ってるか分かる?』
『無理です。 ドイツ語の様な気もするですが、わからないです。 パーシャ、ロシア語と、ちょっとの英語しかわからないです。』
『困ったわね……。』
三人の人間は、女二人に男一人。
少し酒気を帯びているのか、足取りが怪しいが、三人が三人共陽気な感じで部屋の一番手前のブースに座った。
ううむ……どうしたものか……。
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