第4話 僕と思考と一限目

「なんつーか、そりゃまた難儀なものだな……」


 今朝僕が視た未来の詳細を伝えると、慧悟けいごは腕を組んでそう言った。真面目に聞いていた彼は真剣に悩み、時折うーんと唸るような声をあげて唇を少し噛んだ。


「そうだなぁ。今回に関しては……」


 彼が何かを言いかけたときにちょうど朝礼を知らせるベルが鳴った。八時十五分。この時間にはほとんどの生徒が校内に入ってくる。それより遅く来る者は遅刻扱いになるからだ。


「すまん、昼休みにでもじっくり話そうぜ」

「いや、ありがとう慧悟けいご


 顔の前で手を切るような仕草をして、彼は自分の席へと戻っていった。教室に入って来るなり騒がしい声で挨拶してくる友人たちに同じような反応を慧悟は返していた。昨日のテレビがなんだっただの、部活の顧問がどうだのと話に華を咲かせている。クラスはやがて喧騒に満ちていった。

 僕一人だけが静寂に包まれたままだった。別に寂しいとか羨ましいという感情はなかった。一人には慣れている。一人で生きている僕にはこの静かさがちょうどなくらいだ。

 頬杖をついて遠目から慧悟の姿を眺めていたが、それにもやがて飽きてしまった。また一人で考え始めるとしよう。もともと今回視た未来はおいそれと誰にでも相談できるようなものではないのだから。

 というか、説明しても僕の妄想で片付けられるのがオチだろう。未来について語るときは僕の義眼から説明しなければならない。そうなると、必然的に僕の過去を語ることになるわけで……。あまり気分が良いとは言えなかった。

 本題は人の命に関わる話だ。たとえあの事故が確定した未来じゃなかったとしても、それでも策を練るだけの価値はあるはずだ。僕にできることは今、義眼の中に出てきたあの人を助ける方法を考えることだ。

 重要な話だからこそ信頼できる慧悟に相談したのだ。彼も彼なりの考えを出してくれるだろうが、なにより張本人である僕が一番考えなきゃいけない。


(さてどうするかな。)


 黒板の上に掛けられている丸型の時計を確認すると、もうすぐで授業が始まりそうだった。確かの今日の一限目は化学基礎だったはずだ。鞄の中から筆箱と教科書とノートを取り出して机の上に並べた。

 担当の先生は必ずと言っていいほど、最初の五分間を世間話に使う。今の時期なら桜前線の位置がどうどかなどと科学基礎の話も関わるような雑談になるだろう。まぁそれが面白いかは個人によって別れるのだが、僕はその時によって変わるタイプだ。

 ひどいときなんてその冒頭の話だけで寝てしまう奴もいる。

 とりあえずこの時間を有効活用させてもらおう。なんてさっき取り出したシャーペンを指先でくるくると回しながらぼんやり考えていると、扉が開いて四十代半ばほどの先生が授業で使う用具をかごに入れて入ってきた。


「おーい、席に着けよー。授業始めるぞぉ」


 若干間延びした声で、マスク越しのせいかくぐもった声が教室に響いた。

 幸い僕の席は教師から見て目立つ場所ではない。櫟井いちいという名前だから五十音表で早い並びになる。案外後ろとかの席よりも左右前方の方が先生の視界に入っていないのだ。

 それじゃあ考え始めるとするかな。あの少女のことを。

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