第9話 僕と彼女と変質者

 現状を説明しよう。というか説明させてください。

 もはや情状酌量の余地もないくらいに僕が悪いのはわかっているけれど、それでも名誉のためにせめて言い訳くらいはしておきたい。このまま痴漢で逮捕されるのだけは勘弁願いたい。

 交差点に差し掛かったところで迫り来る車から彼女を救おうとするが、それは僕の勘違いでその車は過ぎ去ってしまった。

 だが駆け寄っていた僕は急に止まれず、彼女を巻き込んで倒れてしまう。

 その倒れた拍子に彼女の胸を触ってしまった。

 数秒かけて二人ともその現状を認識する。(←今ココ)

 さてこの後どうなるか? 答えは決まっている。


「な、な、なにするんですかっ!」


 彼女は張り裂けんばかりの声で叫び、片方の手で胸を隠しながら僕の顔めがけて平手打ちを放った。あ、右利きなんだなとか思ったのは一瞬で、当然の如く僕はその攻撃を受けて吹っ飛んだ。

 文字通り衝撃が来た方と反対側に倒れこんでしまう。少し頭がぐらついて視界がぼやけて見えた。女の子の力程度などと高をくくっていると痛い目を見るとはよくいったものだ。叩かれて確かに痛かったのだが、熱を帯びて少し腫れているまであった。

 当たり前の話だ。振り返ってみれば、見ず知らずの他人がいきなり自分に覆い被さってきたのだから。それも相手が男とくれば、痴漢に襲われたと思ってもしかたがないだろう。

 それは今どきの女子高生、というか普通の人間として当たり前の反応なはず、なんだけど………。


「もうっ! さっき買った鯛焼きが台無しじゃないですか!」


 どうやら彼女が怒っていたのは持っていた鯛焼きの方だった。うす茶色紙袋に鯛焼きが詰め込まれていたのか、僕とぶつかった衝撃で地面に落ちてしまったらしく、その袋から数匹が顔を覗かせていた。


「あ、あれ……?」


 てっきり変態だとか、痴漢だとかと罵られるかと思っていたのだけど、彼女にとって一番の問題だったのは客観的に見て襲われたという事実ではなく、彼女が先程買った食べ物が道路に散らばってしまったことだった。


「あぁ……、せっかくインド風もっちり桜色苺入りの抹茶鯛焼きが見つかったのに……」

「結局それ何味なの!?」


 彼女が口にした今まで聞いたことのない味の名前に思わずツッコんでしまう。

 というかおいしくなさそう。


「本日日本で販売開始されたと言われる伝説の鯛焼きなんですよ !それをどれだけ探し回ったと思って……。って変質者さんには説明したくありません!」


 あの買い食いを転々としていたのはこれだったのか。どうやらこのへんてこな味の鯛焼きを探すために、ずっと歩き回っていたらしい。

 そして今更ながら変質者の烙印を押されたようだった。全然嬉しくない。

 僕の背を向けて彼女は落とした荷物を拾い集め、最後に鯛焼きを袋に戻すと、未だ地面に座り込んだままでいる僕の方にきっと視線を送った。


「もうつけてこないでくださいね!」


 そう言うと、彼女は走って角を曲がって行ってしまった。

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