第47話 その視線に意味はあるか

 食堂に着いた僕と慧悟けいご智恵ともえたちが来るまでの時間で、対策を考えることにした。いつ来てもいいように、食堂に置かれていた椅子に座った。


「行きたい場所がある、とか?」

「どこだよ? 具体的な場所言わないとボロ出るぞ」

「えっと……。じゃあ、海とか?」

「昨日行っただろ」

「うーん、じゃあ街を歩くとか?」

「全員でぶらり旅ってか? あいつらが全員納得して一日ここから離れるにはもう少し欲しいよなぁ」 


 いくつか案を思いついたが、彼女たちを誘導するには納得させられないだろうと慧悟は今のところの案をすべて却下しているのだった。


「ほかになんかないのかよ」

「慧悟が全部ダメっていうからじゃんか……」

「それはお前の案が悪いからだろうが。一個あえてスルーしたが、あれはな……」


 女子たちは朝から温泉に行っているらしく、中途半端な理由だけではこの旅館から離れてくれそうになかったため、慧悟すらも悩んでいるようだった。

 というか、僕たちに二日目の内容を連絡してくれなかったのは、実は何もすることがなかった、ということか。

 智恵のことだから何か考えていると思っていたが、少し考えすぎていたみたいだ。

 会話も途切れたところでスマホを取り出した。


「もう時間じゃないか……」


 表示されている時刻は八時二十五分。いつの間にか起きてから一時間経過していたようで、考えがまとまらないまま朝食を迎えてしまった。

 食堂の前に置かれていた椅子から立ち上がると、僕と慧悟は中に入ることにした。一応慧悟が朝食時に会うようにメッセージを送ってくれたらしい。

 ほどなくして女子たちも温泉から戻ってきた着替えたのか、火照った顔で食堂にやってきた。入り口付近に座っていた僕たちに気づいたのか、手を振って近づいてくる。

 

「おはようございます」

「おはー」


 智恵と初瀬川はつせがわさんの後ろから中学生組も顔をのぞかせる。


「いやー、朝から温泉に入ると気分が違うよねぇ。なんていうか、頭がすっきりするというかさ」

「朝のお風呂は自律神経を整えてくれるんですよ。眠気の解消や疲労回復にも効果があるらしいです」


 智恵が瑞葉の問いかけに対して、すらすらと答えている。さすが雑学に詳しいだけある。


「へー智恵さんは何でも知っているんですね」

「何でもは知らないですよ」


 感心した瑞葉みずはは顔をきらめかせた。

 なんだろう、なんか最近何かの小説で読んだ気がする会話だなぁ。いや、まぁいいか。それより今はさっきの対策の続きなんだけど……。本人たちの目の前で会話をしても大丈夫だろうか。

 そう思って慧悟に目線を送ると、なぜかにやりとした表情を向けられた。

 え、どういうことだ? 

 もしかして何か言い案を思いついたのだろうか。慧悟のことだから、今ここで彼女たちに向けて言うつもりなのかもしれない。


「席は確保したから朝食取りに行こうぜ」


 慧悟の合図で全員が並んで歩く。さっきの入り口にも書かれていたのだが、どうやら朝食はバイキング形式のようだ。

 パンやご飯はもちろん、ソーセージやベーコンといった一般的なものからスクランブルエッグやら少量のミートパスタ、納豆や温泉卵、漬物といった凝ったものまで揃っていた。果てはデザートに杏仁豆腐やらプリンやら……。朝からこんなたくさんの種類を用意してあるのには少し驚きだ。

 各自が好きなものを取っていく。一応食べ放題だからと言って取り過ぎるのはよくないだろう。そう思って、気持ち少なめによそった。

 全員がそろうのを待ってから合掌する。


「いただきます」


 食べ始めて一、二分が経過したぐらいだろうか、慧悟が持っていた箸を置いて皆を呼び止めた。


「少しまじめーな話があるんだ」


 楽しく温泉の会話をしていた女子たちは慧悟の真剣な雰囲気を感じ取ったのか、口を閉ざして一斉に目線を送った。

 どんな考えが浮かんだのだろう。さっきまで二人で考えても何も思いつかなかったのに、そんな急に出てくるなんてさすがだとしか言えない。

 全員の顔を見渡した慧悟が最後に僕と顔を合わせると、再びにやりと笑って言った。

 

「こちらの雄馬ゆうまくんが部長とデートをしたいそうなので、この旅館を出て外に行かないか?」

「「え?」」


 僕と誰かの声が重なった。


「え? ちょっと、慧悟、どういうこと?」

「え! 雄馬くんがわ、私とデート、ですか……!?」


 唐突すぎて理解できなくてついていけない僕と、顔を真っ赤にしてどもりながら、デートという単語を繰り返す智恵が同時に声を上げた。


「「ちゃんと説明してください!!」」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る