第70話 今と歴史と探求部

 話の流れは再び出し物の方へと戻る。

 智恵ともえが口にした、去年の先輩たちが謎解きをやっていたという件である。そのことについて少し智恵から詳しく語られたのだが、この部活に入部して初めて知ったことがいくつかあった。まず僕たちがこの学校に入学する前に話はさかのぼる。


「もともと私の姉が作ったんです」


 文化祭で謎解きの出し物をしていたというのは、一年前に部長を務めていた智恵のお姉さんが指導したものらしい。一年生だった智恵はお姉さんに憧れて入部したそうだ。


「でもご覧通り、二年生で入部したのは私だけなんですよね……」


 自虐的に笑って見せる。もともと正式な部活ではなく、お姉さんたちが友達と集まっていたものだったらしい。だから部員は当時の三年生だけだった。そこへ智恵が入ったというわけか。


「んで、今年に俺たちか」

「なるほどねー」


 慧悟けいご初瀬川はつせがわさんが同意する。

 まあ、身内の中で結成されたのなら他の人は入りにくいだろう。文化祭のために作ったものが、まさかこうして続いているとは本人たちも思うまい。


「というか、智恵ってお姉さんいたんだ」

「あれ、言いませんでしたっけ?」

「俺も初耳だな」

「あたしもー!」


 妹が引き継いだということか。姉が自分の居場所を作ったのと同じように、智恵も自分の居場所というものを作りたかったのだろうか。それとも、姉が残したものを守りたかった、とか。

 兄弟姉妹がいない僕にはよくわからない感情だ。従妹の瑞葉みずははいるけれど、やはり本当の家族とはどこか違うものがある。

 いったい何が違うっていうんだろうか。過ごした時間? 距離? それとも血の濃さ? それでも大切に思う気持ちは変わりないように思うけどな……。


「じゃあ、文化祭で何をしたかお姉さんに聞けばいいんじゃ……?」

「それがですね」

「?」

「今メルボルンにいて、あまり連絡が取れなくて……」

「留学ってことっすか?」


 智恵はこくりと頷く。


「えっすごい! あたしもオーストラリア行きたい!」

「いやいや、部長のお姉さんは勉強しにだろ」

「わかってるわよ」


 どこか不満そうに呟く初瀬川さんの方を見ると、机に広げられていたのは旅行のガイドブックだった。僕の視線に気づいたのか、雑誌をすごすごとしまい、ジト目を向けられる。

 いや、そんなつもりで見たわけじゃないんだけど……。


「電話とかは……?」

「私も向こうで何をしているのかわからないのですけど、あまり繋がらないんですよね」

「え、大丈夫なの!?」

「たまに国際郵便が届くので心配はしていないんですけどね」


 異郷の地に一人過ごす姉を思い浮かべ、智恵は静かに笑った。


             **


 午後六時のチャイムが鳴った。

 この学校では部活動終了の合図として用いられている。文科系の部活はこれを機に下校するのだが、運動部の人はどうも練習に熱が入っているらしかった。

 そんな彼らの掛け声を耳にしながら、僕らは帰宅の準備をする。結局この日は何をするというわけでもなく、学園祭での出し物の話も進むわけでもなく終わってしまった。


「あー、そういや雄馬ゆうま。話があるんだった」


 差も何でもないように慧悟は言う。自然に目配せをして、何か伝えたいことがあるのだと言外に含ませた。

 話なんてあっただろうか……? 考えてみるも、思い当たる節はなかった。とすると、即急の用事か内緒の方向か。

 僕はその誘導に乗ることにした。


「そうだね。じゃあ……」


 流れを作ることで自然に立ち去ろうとしたのだが、残念ながら智恵の一言でそれは遮られてしまった。


「一緒に帰るなら、私たちも待ってますよ?」


 おそらく善意だ。彼女は敢えて乗っかるような性格ではない。だが、この状況に限っては完全に悪手だった。


「えっと、あの……僕たちは……」


 うまいこと言い訳が思いつかない。下手に誤魔化したことで、あからさまに怪しくなってしまった。ここで沈黙を選ぶのは相当まずい。何か、いい感じに……。

 考えれば考えるほど焦ってしまい、出てくるのは言葉にならない音だけだった。


「……?」


 いたって純粋な目を向けられる。別に変な隠し事をしているわけでもないのに、なんだか罪悪感を感じる。落ち着け、僕。普通に、そう普通に話せばいいんだ。だけど、なんて言えばいいんだ?


「あーごほん」


 変な空気になっていたのを察したのか、わざとらしく初瀬川さんが咳払いで注目を集めた。智恵の視線が一瞬、そちらの方に向く。


「男子同士女子同士ってことで、あたしたちは先に帰ってるわ。ほら、智ちゃん! 行こ!」

「え、でも……」

「いいの! 帰りにコンビニ寄っていこ」

「あ、いいですね! それならコンビニ限定のアイスにします! 早く行きましょう!」

「そ、そうね」


 初瀬川さんが智恵の背中を押して教室から出ていったのだが、数秒後には立場が逆転しているような感じの声が聞こえてきた。出ていく瞬間に、初瀬川さんがちらっと慧悟の方を見ていたのに僕は気づいてしまった。

 智恵が残らないようにと、僕と慧悟だけにするために気を遣ってくれたのだろう。それを主張するかのような視線だった。


「わりぃ」


 そんなつぶやきがすぐそばで聞こえた気がした。


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