第71話 友と本音と大事な相談

 二人の足音が聞こえなくなったのを見計らって、慧悟けいごは担いでいたカバンを机の上に置いてそのまま腰かけた。座ったというよりかはうちかかった。


「悪かったな、手間取らしちまって」

「別に僕はいいけど」

「あいつらの前じゃ話しにくいからな……」

「どうして……」


 あんな初瀬川はつせがわさんにわからせるような行動を……。そう聞こうと思ったが、言葉の先をそのまま口にするのははばかられた。

 彼女に聞かせたくなかったのだろう。この先慧悟が言う内容を。だからこそ僕に話がある、なんて言い方をして、あまつさえ目配せなんて。


「なんだよ?」

「あ、いや、何でもない」

「なんだよ、気になるじゃねえか」

「本当に何でもないんだ。それで何の用だったの?」

「あー」


 そこで一度詰まらせた。視線を右往左往させて言い淀む。


「あー、っとだな……」


 うまいこと言葉が見つからないのだろうか。困った表情で頬をぽりぽりと掻く。

 早急の用事ならすっと言うはずなので、何か言いにくい内容か。二人を遠ざけたことからもしや義眼についてかと思ったが、どうやら違ったようだった。

 僕は無理に急かすようなことはしたくなかったので、慧悟が自分から言い出すまで待つことにした。そのため無言の空間が二人の間に流れた。

 カチコチと短針が動く音が聞こえる。それに合わせて鼓動がゆっくりと動くのがわかる。この部室の時間だけがとてもゆっくりになった気がした。


 とりわけ僕はこの沈黙が嫌いなわけじゃない。それよりも落ち着く方だ。それなのに、なぜか心の中がもやもやするというか、じっとしていられないような心持ちがした。

 彼に声をかけたくなる。落ち着かなくて一歩踏み込みたくなる。

 それでもぐっと我慢した。

 言いにくい内容の悩みを僕は今までたくさん抱えてきた。それを急かされるのは十分に嫌なことだとわかっている。だからこそ友人けいごが僕を頼ってくれたのだとしたら、それを待つのは当たり前のことだと思う。

 やがて慧悟は決心したのか、言葉を選ぶようにゆっくりとその口を開いた。


「この前の事なんだけどな……」


 俯いていた顔が僕の目線と合う。

 若干照れくさそうな顏だった。それを誤魔化すためか、ニヤッと晴れやかな笑顔を浮かべた。


「クラスの女子に告られたんだけど、さ。どうすればいいかなってな……」

「え」


 まさかの相談に面食らってしまう。失礼かもしれないけれど、慧悟からそんな恋愛の話を受けると思っていなかった。まったくの予想外だ。相談は相談でもベクトルが違いすぎる。

 今まで僕にラブコメを知ってほしいみたいなことを言っていたが、慧悟自身の恋愛の話をしたことは一度もない。本人がひた隠しにしていたのもあるかもしれない。中学生の頃から、慧悟は女子に人気があると疑っていなかったから、その方面で悩んでいるなんて考えたこともなかったのだ。


「それでどうするかって思ってな。問題なのは――」

「ちょ、ちょっと待って!」

「な、なんだ?」

「ごめん、ちょっといきなりで頭が追い付かないというか……」

「……だよな。すまん、俺もいきなり過ぎた」


 ダメだ、慧悟以上に僕の方が動揺している。聞く前は冷静に相談に乗ろうとか考えていたはずなのに、全然話が頭に入ってこなくなっている。ひとまず、何を告白についてか……。


「答えは出したの?」

「とりあえず聞いてくれよ」

「ごめん、遮っちゃって……」

「いや、いいさ」


 誰が誰と付き合おうがその人の勝手なはずなのに、焦って僕はその答えを急かしてしまった。ちゃんと話を聞くつもりだったのに。いけない、いけない。


「俺には好きな人がいるって言ったんだけどな?」

「それで……?」

「そしたら文化祭までまた考えてくれ、って言われてよ」


 好きな人がいる――。

 その言葉に心臓がとくんと跳ねた気がした。

 あ、好きな人がいるんだ。っていう軽いノリじゃなくて、何か心にずしりと重みを感じる言葉。それが嘘か本当かわからないが、とても実感のこもった言葉だった。

 くうを眺めて、どこか嬉しそうにも悲しそうにも見える表情を浮かべていた。誰かなんて聞く必要はなかった。僕にもその相手の顔が浮かんだから。

 だからこそ疑問に思ったのだ。

 慧悟がどうして僕に恋愛相談してきたのか。答えは決まっているはずなのに……。それを言ってしまうのは傲慢だろうか。僕の勝手なのだろうか。


「断っちゃうの?」

「どうすっかなってな」


 悩んでんだ、そう呟いた。今度は俯いているせいで表情はよく見えなかった。

 慧悟は何を考えながら僕に相談しているのだろうか。それがよくわからなかった。


「文化祭には答えを出さなければならないんだけどな? すこーしお前にも考えてほしいなって」

「僕に? どうしてさ」

「ん? そりゃあ……」

「どうして僕に、相談するの?」


 なぜか言葉にしていた。

 本当は聞くべきじゃなかったのかもしれない。聞いてはいけなかったのかもしれない。でもこのもやもやした気持ちは、そうしなければ消えないと思った。

 すると、慧悟は真剣な表情で僕の方を見た。

 その真剣さがひしひしと伝わり、ぐっとつばを飲み込んだ。あっけにとられたのかもしれない。


「告白するっていう行動は相当勇気がいるものなんだよ。それを簡単に断ってもいけないって思う」

「……」

「確かに選択権は受け手にあるけど、それをやすやすと決めるなんて相手に失礼だ」

「そう、だね……」

「自分の気持ちに正直になるってのも難しい。だからこそ、簡単に断る前によく考えないといけない」


 僕に言っているのではなく、自分に語っているような気がした。どこか戒めるような言い方だ。だけれど、それはここにいる慧悟ではなくて、どこか遠くにいる……。


「人を好きになるって大変なんだよ」


 どこか辛そうな表情が、僕には鮮明に焼き付いてしまった。


「まあ」


 口調がいつもの慧悟に戻る。


「これは俺の問題だよな! 雄馬に相談しても仕方ないよな。すまんな」


 僕に考えてほしいというのは恋愛の事なのだろうか。さっき慧悟が言った言葉が頭をよぎった。うまく相談に乗れなかったことが胸をちくりと刺す。


「困ったら相談に乗るよ……」


 結局僕にできるのはそんなことしかない。友人の悩みを解決してくれる術を持ち合わせていない。この赤色の義眼では、そんな役目を負うには力不足なのかもしれない。力になりたいなんて傲慢かもしれない。


「じゃあもうかえろーぜ」


 鞄を担ぎなおしてドアに手をかける慧悟の背中を見つめながら、何か協力することはないかと僕はしばらく考え続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る