第69話 ある日の部室
「そろそろ文化祭だよなぁ」
気怠そうにスマホをいじっていた
三人はそれぞれ作業を中断して顔を上げる。
「何か決まってるの?」
「特に。俺はよくわからん」
「去年の先輩方は、謎解きゲームなんてのを作りましたよ」
「へー! 面白そうじゃん」
中学の頃に高校見学を行ったが、文化祭を見たわけではないので僕はこの学校でどのように行われているのかは全くわからない。
「どんな感じなんすか、部長」
「そうですね……土日の二日間行うんですが、保護者や地域の方を呼ぶので、かなり盛況かと」
「へぇー」
「休みの日だから他校の生徒さんも来ていることもあります。中学校の友達とも会えたりするので、かなり面白いですよ!」
中学校の友達か。僕にはあまりいい思い出がないな……。
僕の右眼を見て、一歩引いたあの表情は心の奥に引っかかっている。
「学年ごとにすることが違う上、部活で出し物をしているの特徴的です」
「そりゃすげえ。ちなみに、学年ごとってのは?」
「慧悟くんたい一年生は教室での出し物。私たち二年生が体育館でダンス。三年生が模擬店ですね」
「ほう……」
相槌を打ちながら、慧悟がメモを取る。ずいぶん熱心なものだ。
「じゃ、じゃあ、
「恥ずかしながら……。でも、来年は
「来年は来年! どんなの踊るの?」
「クラスで話し合いが行われてないので、まだわからないですね」
「ダンスか……」
仲良く会話していた間で僕が一人呟いた瞬間、智恵と初瀬川さんの二人が視線を向けてくる。え、僕なんか変なこと言った……?
「なにその、感傷に浸るような『ダンスかぁ……』は」
「雄馬くん、何を想像したんですか……?」
不快そうに眉を
ええ……。
「ふはは、くくく……」
一人隠れるように笑っているが、聞こえているし。
まあ、別にいいや。
それにしても、まだ一か月以上も先の事なのになんて思うのは僕だけなのだろうか。クラスの人たちや部活の友達同士で一致団結して何かを成し遂げるイベントごとが苦手な僕としてはあまり乗り気ではないのが正直な気持ちだ。
特に文化祭でしたいこともなさそうだし。
「雄馬はなんかしたいこととかあるのか?」
慧悟が僕の方に顔を向けて声をかけてくる。目尻が少し濡れているがわかる。
「え、あ、僕は……」
そんな曖昧な返事しかできない。特に考えていなかったせいで、急に答えを求められてもすぐに浮かんでこなかった。すると、慧悟は僕の肩を強く、いや痛くはないんだけど、叩きながら笑った。
「おまえ、高校最初の文化祭を楽しまないと損だぞ? ちゃんと考えとけよ」
「一年生はクラスの方での出し物が重要ですよ? 文科系の部活は力を入れてる所が多いですけど」
今度は智恵が話を広げていく。パソコンで作業を再開しながら語る。器用なものだ。
「クラスの方についてはまたなんか、話し合う時間があるだろ」
「あたしは模擬店の方が気になるけどね。やっぱりチュロス食べたいし」
「チュロスはこないだ食ってたろ」
「あの時はあの時でしょ! 文化祭は別腹だもん」
慧悟と初瀬川さんが二人して盛り上がる。僕には何のことやらわからなかったので、、ただ無感動に眺めていた。初瀬川さんが食べ物の話を切り出したことで、空気が再び変わった。
食べ物の話と聞いて、黙ってない人がいるのは言うまでもない。目の色を変えた智恵は、意気揚々と語りだした。
「いいですねチュロス! メープル、チョコ、抹茶、イチゴといろんな味が楽しめそうです!」
「いや、三年が出すって決まったわけじゃないかと」
「いいや、出します! 私たちのクラスが出します!」
「意見割れたらどうするんすか」
「割れません。通します」
強固として自分の意見を押し通すつもりなのか。そのイメージがふと頭に浮かんできて、くすりと笑ってしまった。
「チュロスで思い出したんですけど」
「なんか、ありました?」
「こないだ、街の方に新しいドーナツ屋ができたんですよ」
「へぇ。それが……?」
「ドーナツ屋では珍しくチュロスも売っているそうなんです!」
「えっ、めっちゃ行きたーい!」
テンションが上がった智恵をなだめるように、今度は慧悟が冷静になだめる。なんか完全に話が変わって行って気がするけど……。あれ、何の話をしていたっけな。
あ、いや、文化祭の話だ。一応、収集がつかなくなる前に戻しておくか。
そう思って会話を遮る。
「それで、そのお店に……」
「えっと、去年先輩が謎解きをやってたっていう話なんだけど……」
注意を向けんとばかりに、少しばかり声が大きくなってしまった気がした。会話が止められた瞬間、みんなが一斉に黙る。そして短い沈黙が場を支配する。
あぁ、この沈黙が嫌だからあまり言いたくなかったんだけど。ぱちくりと二度の瞬き。やはり遮ってまで言わない方がよかったか。
「いやその、えっと……」
誤魔化すにもうまく言葉も出てこない。下手すれば、余計に自分の首を絞めるしめるだけだが……。
「おお! 確かにそんなこと言ってたわ」
「完全に忘れてましたね……」
「いつの間に食べ物の話に……」
そんな驚きを含んだ三者同様の反応が返ってきたのだった。笑いながら、話は文化祭の出し物についてへと戻っていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます