第68話 孤独と大罪を積む
短縮授業の日でも、長いこと椅子に座っているとやはり疲れてくる。僕の場合は、休み時間にほとんど席を立たないせいか、余計にお尻が痛いものだ。トイレや昼食時の購買への移動、移動教室を除くとだいたい自分の席にいる。
話す相手も
「うぅーん」
一伸びして時計を見る。首を横に倒すと、コキコキという軽い音が鳴った。もう後五分ほどすれば授業も終わる。問題を解説している先生の声もだんだん遠くなっていく。ここに来て眠気が……。
久しぶりの感覚が多すぎて、まだ体が慣れきっていないのかもしれない。話を聞いているふりをしながら、なんとか眠気を抑えようとしているとチャイムが響いた。
「じゃあ。今日は、ここまでですね。次の授業はユニット7の長文から始めます」
そう言って、学級長に礼を求める先生。
させるや否や、教卓に置かれていた大きなファイルの中から束になった印刷用紙を全員に配り始めた。後は終礼を済ませば、無事に放課後に突入するのだ。早々に藤崎先生の挨拶を終え、僕は教室を出た。
慧悟はまだ他のクラスメイトと話していたため、一人で先に部室へと向かう。
授業が早く終わったため、その分部活動の開始時間が早まる。つまり我らが『探求部』の活動が長くなるわけだ。未だに部活で何するのか、わかってないんだけど。
夏休み以来あの部室に行く機会がなかったので、なんだか懐かしく感じる。
掃除を始める生徒や同じく部活に向かう生徒の波をかき分けて進んで行く。
『今日はいつもより早く始めて、その分早く終わることにするってよ』
慧悟から送られてきたメッセージを見ながら歩く。
基本的に校内では携帯の使用は禁じられているが、先生にバレなければ大丈夫という認識がどこか生徒間で共有されている節がある。もちろん、徘徊している先生もいるが、この時間帯はほとんどの先生が会議に出ているので大丈夫だろう。
課外棟までこればあまり心配する必要もない。
ちなみに僕は基本的に使う必要がないので、電源を切って鞄にしまってある。まあ、連絡する相手もしてくる相手もいないからね。
校外では早速運動部の掛け声が響いていた。
**
珍しく部室には誰もいなかった。僕がこれまで部室に来た時には、誰かしらいるのが常だったが、今日はそうではないらしい。
とりあえず鞄を置いて、自分の定位置に座る。
ここへ入部してまだ一、二ヵ月しか過ぎていないというになぜか感傷に浸れる自分がいた。自分の居場所に帰ってきた、みたいな安心感というべきだろうか。うまく表現が見つからない。それでも僕は、この部室に来てなぜかほっとした。
最初のころは行きたくないなんて思っていたのに……。
すっかり変わってしまったな。座った机を眺めながらそんなことを思う。
誰が『ここの椅子に座る!』というのは決めているわけじゃないけど、なんとなくもう定まっている。
よく班活動をするときに作られる四人グループが机を並べる形態に、窓側の端に席を一つ加えた感じだ。その加えた机の上にはパソコンが置かれてあり、そこでよく
一方ですることが特にない僕らは、窓側から慧悟、僕と並んで座り、その反対側に
もともとこの教室が指導室ということもあってか、所狭しと物が置かれている気がする。先生が授業で使うのかわからないけど、資料の束なんてざらにある。
果てはクマのぬいぐるみまでも……。いったい何に使うっていうんだ?
普段こんな風にじっと見ることがなかったからか、新しい発見をした高揚感を抱えたまま視線を上げる。
そうして十分くらい経っただろうか。扉が控えめながらこんこんとノックされる。そして少しだけ開かれた隙間から見慣れた顔が覗き込んできた。
「ああ、先に来てたんですね!」
「ん」
「おーっす」
誰かいないかと確認を込めて開いたのか、僕が既にいたことに気づいた智恵が顔をほころばせて入ってくる。そのあとに続いて軽く会釈しながら初瀬川さんと慧悟も入ってきた。
「なによ、教室にいなかったから帰ったかと思ったのに……」
「あ、もしかして迎えに行こうとしてたのか?」
「べ、べつにそんなんじゃないし!」
座りながらぼそっと呟いた初瀬川さんの言葉を慧悟が拾う。途中で会って、ここまで来たのだろうか。軽薄そうな笑みを浮かべ、まあまあとなだめる。
その態度に不満を漏らしながらも、鞄を慧悟の前の席へと置く初瀬川さん。そこが彼女のいつもの席だ。そして智恵も自分の席に着く。
やっぱり全員がそろって初めて『探求部』が始まる気がする。誰一人として欠けてもそれはいつもの光景には思えない。
僕もここの一員になれているだろうか。自分の居場所があると思うけれど、やっぱり他人からどう見られているかなんてわからない。
人の心を知りたいというのは傲慢だ。『青の世界樹』なんてものがあったなら……。この関係性も変わるかもしれない。
それでも。
それでも、今この空間ではわからないのもいいんじゃないか。
この部室にいて僕が心から楽しいと思う限りはそれでもいいと思うから。いつも通りの三人を眺め、僕はそんなことを考えた。
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