第三章

第67話 僕と始業とポニーテール

 カレンダー上でだけ夏が終わる。まだまだ太陽がさんさんと光り照らめく日々が続くが、僕ら学生は残暑の中でも登校しなくてはならない。

 休み明けというのはどうにも体がだるく、はっきりいって勉強などするようなモチベーションなどかけらもない。だが、それでも強制的に課題の提出とそれに準ずるテストが行われるわけである。


 一つ嘆息。鼻から漏れた吐息は体育館に流れていく。

 朝の全校集会では、めでたく全員が出席できたと校長先生から報告を受けて、長々としたお話を聞いているうちに眠気が襲ってくる。睡魔を追い払おうと、他の人を見てなにか意識を盗れるものがないかと探したが、ほとんど頭は下がっているばかりだった。みんな既に眠気に負けていた。


 その中でも人際目立つ勢いで、ピンと背筋を伸ばして話を聞いている生徒がいた。

 一目でわかる。智恵ともえだ。

 僕たち一年生の列から少し離れた場所で、前の方に座っている彼女は傾聴の姿勢を崩すことなく、前方を見つめている。

 新学期に入って心機一転の心持ちなのか、髪形がストレートヘアからポニーテールへと変わっていた。どこか新鮮なものを見た気がして、僕の中にくすんでいた睡魔はどこかへ吹き飛んでしまった。


 人間不思議なもので、眠気が去った後というものはまったく疲れがなくなったように、整然としてしまうらしい。完全に目が覚めてしまった僕は、そのあともずっと彼女を見ることに気を捕らわれていた。

 挨拶が終わったらしく、一斉にみんながだらだらと立ち上がり始める。かったるそうに立ち上がる生徒がほとんどだった。

 流れる伴奏。あまり聞きなれたものではないが、どこかで聞いたもの。

 どうやら校歌を歌うらしい。

 この学校に入学して半年が過ぎたが、未だに校歌は暗唱できそうにない。入学時に行われた選択式の文化科目で書道を選択した僕は、音楽にほとんど触れていない。音楽に割と力を入れているこの学校は、意外と厳しいのだ。

 

 その証拠に見回りの先生に注意されることがたまにあったりする。だからバレない程度に僕は口パクすることにした。

 僕が歌っていないことを加味しなくても、一年生がいるゾーンではほとんど声が聞こえてこない。歌っているのは全体的に合唱部の生徒か、はたまた真面目な上級生たちだった。

 気になった智恵の方を見ると、歌っているように見えた。

 彼女の性格上、口パクということはないだろう。僕とは違って真面目な智恵ならば、とっくに校歌を覚えてちゃんとこういう場で歌うことができるはずだ。

 なんだかそんな違いを認識したとたんに胸にちくりと痛みをもたらして、元々出ていなかった声がさらに詰まりそうだった。


                **


「ふぁあーあ。クソねむい……」


 教室に戻ると、あくびをかみ殺しながら慧悟けいごが僕の席に寄りかかっていた。いつもはセットされている頭が少しくすんでいた。慧悟も同じように眠気に襲われていたのだろう。涙交じりにそんなことを呟く。


 式が行われた体育館は僕らとともに熱気を閉じ込めていたので、教室に戻ってくるとまだ汗が引いた。季節的に長袖が似合う時期だというのに、まだまだ暑い。慧悟は半そでの制服をさらにまくって脇辺りまで上げていた。

 周りのクラスメイト達も下敷きで扇いだり、窓の傍まで行って風が来ないかと覗き込んだりしていた。女子陣は窓側に所狭しとくっつきあって並んでおり、男子陣は各々の席に数人で固まってだべっている。

 そんな様子を眺めながら、僕は傍にいる慧悟に話しかけた。 


「眠いというよりかは暑いよね」

「まじそれな」


 襟元のボタンを外してバサバサと振って風を取り込む慧悟。びしっと僕に人差し指を突きつけて、同意のモーションを見せた。


「今日は授業が短縮されるらしいけど、部活は何時からなの?」

「あ、授業が短くなるってマジか?」

「いや、さっきの朝会で……」


 校長の話で言ってた、とツッコもうとしたが、寝ていたのなら話は聞いてないだろうと判断してやめた。


「ほーん。じゃ、部長に確認しておくわ。あ、もしかしたら恵佳けいかが聞いてるかもしれないか……」

「そう」

「連絡あるかもしれないから、一応雄馬ゆうまもライン見といてくれよ」

「了解」


 そんな会話が終わったのと同時に、担任の藤崎先生が教室に入ってきた。久しぶりに見たが、元気な声でみんなに挨拶をしながら渋い笑顔を見せていた。

 年齢はまだ二十後半という若さもあってか、僕のクラスの女子たちだけではなく他クラスの女子からも人気があるらしい。優しいだけではなく、顔もイケメンというモテ要素を詰め込んだような先生だ。人気があるのも頷ける。


「おーい、席に着けえ」


 そんな先生の挨拶とともに、今期最初となる授業が始まったのだった。


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