第6話 僕と決意と連行人

 一段飛ばしで階段を駆け上がると肺がつぶれそうなくらい辛かった。普段運動をしていないせいか、こういう時に馴れない激しいことをして息が切れやすくなっていた。


「遅かったな。先に食べちゃったわすまん」

「ごめん、思ったより購買が混んでてさ」


もぐもぐと口を動かしながら弁当を片手にもったまま、慧悟けいごは教室に戻ってきた僕の方に目線を向けた。机の上にパンを置いて席に着くと、大きく息を吐いた。

 顔に手を当てる。どうやら無事に熱を階段に置いてくることができたようだった。


「それで今朝の相談のことなんだけど……」

「おう」

「僕はやっぱり………助けたい」

「ふむ……」


 慧悟は食べかけの弁当を机に置いて咀嚼をやめた。喉を鳴らして飲み込むと、僕の目をじっと見てきた。まるでなにかを試すかのように。そして


「まあそれが正しいよな。俺も手伝うぜ」


 僕の決意を後押しするように慧悟は優しく賛同の言葉をかけた。思わずほっと息が漏れる。そんな感じの応えが返ってくることはなんとなく予想はしていたが、実際に現実でちゃんと言葉にしてくれると安心する。


「なんだよ? 俺が反対すると思ったのか?」


 そんな僕の様子を見ていたらしく、慧悟は冗談めかして笑ってくれた。


「それじゃあ放課後からその女の子を捜すか。善は急げだしな」

「え? 放課後は部活があるんじゃ?」

「なぁに『探求部』は暇なんだよ。どうせ行っても恵佳けいかと喋るだけだからなぁ」


 恵佳というのは確か彼の幼なじみだったはずだ。名字は初瀬川はつせがわ。変わった名字だったので覚えていた。いや、慧悟が僕に覚えろって何度も言ってたせいかもしれないけど。

 慧悟とは中学時代からの付き合いだから初瀬川さんのことは知っていた。無論知っているだけで直接話したことはないけど、慧悟と仲が良いのか二人で話している光景は何度も見た。家が隣だから一緒に帰っているのは聞いていたけど、まさか部活まで同じだとは思わなかった。

 中学の頃はずっとバスケをしていた慧悟は県の選抜選手にも入るくらいうまかった。部活動でも部長を務めるくらい責任感とリーダーシップのある性格で、県大会にもチームを率いていたくらいだ。だからこそ高校でも続けていくものだと思っていた。それなのに、なぜか高校に入るとぱったりやめてしまった。

 特に大きな怪我をしたわけでもないはずなので、なにか理由があるんだろうかと思って一度聞いてみたのだが、返ってきた答えはなんだか曖昧なものだった。


「本当にモテたかったのは一人だけなんだよなぁ……」


 もともとモテるために始めたバスケが大好きになっていたと言っていたはずなのに、それがここまで情熱を失うなんて。どこか悔しそうで悲しそうな表情は僕の記憶に焼き付いてしまった。

 それにしても今入っている『探求部』とは何をするんだろうか? 文字通り探求をするということなのか?

 少し興味はあるけれど慧悟にはあまり聞きたくない。だって聞いたら部活に誘われることはわかっているから。

 この義眼を持っている限り、僕は誰とも………。


「おーいどした? 顔が暗いぞ?」


 僕の顔の前で手を振っている慧悟に気づいてすぐに思考は現実に戻ってくる。いつの間にか考えすぎていたようだ。かじりかけのメロンパンに口をつけた。考えていてもいつの間にか食べていたメロンパンは半分なくなっていた。


「おいおい大丈夫かよ。俺が部活サボるのがそんな不安か? バレない理由は考えてあるって」


 慧悟が笑いながらそう言った時だった。廊下の方から僕らがいる方へと向けて


「慧悟けいごぉ~~? いるぅ?」


 と呼ぶ声が聞こえてきた。


「げっ、恵佳だ!」


 ドアの方でクラスの女子と何か一言話していた彼女は教室を見渡して慧悟を見つけると、つかつかと僕らの方に歩いてくる。慧悟はそんな彼女の方を見て顔をしかめながら嫌そうな声を出した。

 初瀬川さんは僕らが座る机の前に立つと、僕の顔をちらと見てほんの一瞬眉をひそめる。かと思うとすぐに慧悟の方を向き


「今日は今月の予定の確認と活動ミーティングも兼ねて、昼に集まるって言ったでしょ!? 放課後もすることあるんだから!」

「あ~あ忘れてたぁ」

「棒読みで言わないでよ!!」


 目線を合わせずに既に空になっている弁当箱に視線を落としてつぶやく慧悟と対照的に、初瀬川は明らかに不機嫌な声音で問い詰めている。怒りのマークが顔に浮かんでいるのがわかるくらい怒気を孕んでいた。

 初瀬川さんは慧悟を引きずるようにして教室を出て行った。昼休みはまだ十分ほどあるが、そんな短時間でミーティングに参加できるのだろうか……。というか、慧悟一人が抜けただけで大ごとなものか。

 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ出ていくときに初瀬川さんが僕の顔を見た気がするけど……。気のせいかな?


「雄馬ぁ悪いっ! やっぱりごめんなぁ」


 そんな悲痛そうな声が教室の外へから聞こえてきた。そんな様子に目線をやる人はいなかった。その光景に慣れているのか、はたまた無視しているのか……。たぶん前者だと思うけど、それはそれでどうなのか。

 とにかく放課後には僕一人で捜さなければならなくなったようだ。

 なんだか、うまくいかないなぁ。そんなことをパンをかじりながら思ってしまった。


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