第5話 僕と彼女とチョココロネ
四限目の終わりを知らせるチャイムと同時に僕のお腹がなった。胃が収縮して空気が流れているせいらしい。そんなどうでもいいような雑学がふと頭をよぎった。
午前中の授業は座学が多く、課題も出されている教科もなかったため、頭の端で自己の少女のことを考えながら先生の話を適度に聞いていた。授業の合間の僅かな休み時間すらもフル活用して、今回の少女に関する答えを自分なりに出した。
絶対に助けてみせる。
交通事故で毎年数千人もの人が亡くなっている中、せめて僕の周りにいる一人くらいは助けてあげたい。名前も知らない女の子だけど、一度視てしまったから。
そう思っての決断だった。
「よぉ、答えは出たかい?」
そんなセリフと共に
「一応だけどね。……あと今日は購買のパンのつもりなんだけど」
「行ってこいよ。待ってるから」
「ありがと」
あんまり待たせるのもなんだしな。早めに行ってさっと買ってきた方がいいだろう。大事な話もあることだし。僕は鞄から取り出した財布をズボンのポケットにしまうと、席を立った。
教室に戻ってくる人の波をかき分けて、廊下を歩くのは少し大変だった。
**
この学校にはパンやおにぎりを売っている購買とラーメンやカレーなどのような簡単な料理を食券で交換する形式の食堂がある。ほとんどの学生が弁当を持参するため、一般的には教室で食べるのが多い。それに続いて、購買でパンを購入する人が多い。四限が終わってからわりとすぐに来たと言うのに、やはり購買は混んでいた。
人気のパンを買おうと我先にと押し合い、手を伸ばす生徒たちがいる中で、その集団から少し離れたところに一人の女の子がいた。その喧騒に巻き込まれまいと距離をとったのだろうか。じっと立っているようで、少し戸惑っているようにも見えた。
「っと、人のことを見てる場合じゃないか。僕も買わないと」
その集団をかき分けるようにして、やっとのことで手を延ばす。つかむものは何でもいい。早めに購入してすぐに教室に戻りたい。手のひらをめいっぱい大きく開いて適当に二、三個つかんだ。そして順番に会計を済ませてなんとかお昼ごはんを調達することができた。
その喧騒から抜け出てようやく自分が何をつかんだのかを確認した。メロンパンとチョココロネ二つ。しめて五百円なり。このメロンパンはかなり当たりだ。わりとボリュームがあるくせに二百円というわりと安い部類に入る。
人気の焼きそばパンは買うことができなかったが、これだけでもかなりの収穫だ。
すぐに教室に戻って
「うーん……どうしよう」
そんな声が聞こえてしまう。周囲はパン買い競争で喧騒に包まれているはずなのに、その子の声ははっきりと僕の耳まで届いてしまった。
いつもなら他人と関わることを自然と避けてしまう僕だったが、今日はそんな気分ではなかった。どうしてかわからないけれど、なぜかそうしないといけない気がして一歩だけ彼女に踏み込んだ。
「えっと………。よかったらこれ……」
かすれた声でそう言って、二つ持っていたチョココロネを一つだけ差し出した。
「え? あ、ありがとうございます……?」
一瞬目が合う。急に顔が熱くなって心臓が張り裂けそうなくらい激しく鼓動を打ち続けているのがわかった。自分から差し出したはずの手をひっこめたくなって、そのまま右手が震えているのを我慢するのが大変だった。
お金のことなどどうでもよかった。すぐにこの場から離れたかった。
彼女が何かを言いかけているのを最後まで聞くことなく、僕はその場を逃げ去るようにして去った。このままだと何かが僕を変えてしまうような気がして、とにかく階段を登るのに必死だった。
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