第21話 心変わりと唯一の友

 気まずそうな空気。今一つ掴むことのできない微妙な距離感。それらは部活動の終了を告げる盛大なチャイム音によって壊された。三人の目線は自然と時計へと向かった。そして、誰からともなく帰りの身支度を整え始める。

 特に僕は荷物を広げたわけでもないので、二人が荷物を鞄に詰め込む姿をぼおっと眺めていた。慧悟けいご智恵ともえの順で片付け終わる。三人そろって部室から出ると、智恵が施錠した。そのまま職員室へ返してくると言うので、僕らは先に下校することにしたのだった。


「まったく慧悟は無茶ぶりし過ぎだよ」

「ハハハ……悪いな。でも部長は喜んでたじゃねぇか」

「喜んでたのかなぁ、智恵は………って何その顔?」

「うんや別に。お前がいいならそれでいいかなぁってな」


 本当になんなんだ。慧悟は時折思わせぶりなことを言ってくるから、よくわからなくなる。はっきり言ってくれたらいいのに。

 結局この日は僕と彼女が名前を呼び合うだけで部活が終わってしまった。部活初日にして何をしているんだ僕は。もともと顔合わせのためだとは言っていたが、それよりもう少し何かやった方がよかった気がする。

 好きなものとか、趣味とか、苦手なこととか……。って、それじゃあまるでお見合いじゃあないか。

 彼女のことを全然知らないけど、それでも同じ部活に所属しているのだから、僕も積極的に聞いたりした方がいいのだろうか。その倍くらいは質問が返ってきそうだけど。


「というか、よく呼び捨てできたよな」

「え?」


 唐突に慧悟が言う。


「いや、部長の事名前を呼び捨てで読んでたじゃん。胸のリボンの色で気付かなかったのか?」

「あ……」


 今更ながらにして思い出す。彼女のリボンの色は、だった。


「部長は気にしないタイプだろうけど、を呼び捨てするのはあんまりよくないと忠告しておく」

「わ、わかった」


 この学校は学年ごとによって身に着けるリボンやネクタイの色が違う。僕たち一年は青色。赤色は二年生。そして三年生が緑色だ。

 智恵のリボンの色が赤色だったということは、二年生。つまりは僕らの先輩になるわけだ。そもそも慧悟が『部長』と呼んでいたのだから、よく考えればわかることだった。


「えっと、さん付けに直した方がいいのかな」

「お前の好きなようにしろよ。部長は気にしてないどころかむしろ……」

「むしろ?」


 僕が聞き返すと、なぜか「しまった」というような表情を慧悟は浮かべた。


「いや、なんでもねぇや。俺の勘違いだ」


 それっきり僕らの間には少し沈黙が流れていった。


「まぁなんだ、気楽に行こうぜ」


 沈黙の破ったのは慧悟だった。口元は少しだけ緩んでいて、慰めの言葉というよりはこれからのことを楽しみにしているように感じた。

 彼らとこれから過ごす時間が増えることを考えると、僕の生活も変わっていくのだろう。あの誰もいない家に帰って、家事をしたり勉強をしたりする時間が減るのだろう。何かが変わっていくのがはっきりと自分の中でわかった。

 いや、既に変わっているのかもしれない。

 喪失感のようなものがぎゅっと僕の心臓を締め付けた気がした。その痛みから逃げたくて、僕は慧悟に質問した。くだらないことでも、何でもよかった。


「そういえば、探求部って普段何をしているの?」


 その問いに慧悟はさらっと言ってのけた。


「基本は自由だぜ」

「え? どういう……」

「勉強してもよし、読書してもよし、雑談してもよし。あ、ゲームやマンガの類いは部長が禁止してるからダメだけどな」


 えっと……。


「いや自由の内容を聞いたんじゃなくてさ。探求的な、何か……」

「んー、ねぇな」


 一瞬考えたものの、本当になかったのか数秒でその思考は打ち切られた。ないのかよっ! と思わず、心の中でツッコんでしまった。


「いやまあ探求っていう重そうな名前のわりにはやってることって実際チープなんだよ。あっても生徒から来たお悩みの解決ぐらいらしいし」

「らしい?」

「去年はわりとあったって部長が言ってたが、まだ今年は一か月しか経ってねぇからな」

「あ、そうか」


 その後も去年あったという相談の内容などを話してもらい、やがて僕と慧悟の分かれ道に差し掛かった。


「話もちょうど終わったし、じゃ帰るわ」


 慧悟は手をあげて歩き出そうとする。


「慧悟」


 僕は呼び止めた。彼にどうしても言いたいことがあったから。今回の事件が無事に全て終わったときに伝えようと秘めていた言葉を。


「ありがとう」


 彼は一瞬驚いた顔になったが、すぐにフッと笑みをこぼすと、


「今度ジュースおごりな」


 そう言って背を向けると、点滅しかけている信号を渡っていった。その背中も角を曲がると、もう見えなくなってしまった。

 今回の義眼もうまく対応出来ただろうか。

 次はどんなものを視るのだろう。嫌なものは見たくないな。

 そう思いながら、僕の右眼と同じ色に染まりかけている空を眺めた。


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