第22話 未知の義眼と新参者

 本をぺらぺらと捲り、視線をすばやく動かしていく。一通り通して見たが、目的のものは見つからなかった。


「やっぱりないか……」


 自然とため息が漏れる。窓が開いているのか、カーテンを揺れ動かしながら入ってきた少し暖かい風が僕の頬を撫でていく。

 今日は特にすることもなかったので、昼休みの時間を使って『赤の世界樹』に関する情報を図書室で探していた。慧悟からも何度か教えてもらったこともあったが、有益な情報はなかなか探し出せなかった。

 慧悟の見たという資料も、医療の歴史という分厚い辞典のような本であった。よく探したなと感心する一方で、僕をざっと目を通したが、それでも詳細なことは一切載っていなかった。ただ「赤の世界樹」が作られたという事実だけ。製作者の名前は鬼頭。なんて読むんだろう? おにあたま? きとう? 

 やっぱり公立の大型図書館へ行くべきか。どうせ放課後も用事がない……いや、部活があるんだった。

 仕方ない。図書館に出かけるのは休日にしておこう。

 開いていた本を閉じて、もとあった場所に戻そうとした時だった。


「何か探しているんですか?」

「うわぁ!!」


 いつの間にか後ろに立っていた誰かに声をかけられて思わず大声をあげてしまった。すぐに他の利用者たちにじろりと目を向けられる。

 ……しまった、注目を集めてしまった。


「あ、ごめんなさい。探し物に集中していたようなのでお手伝いしようかと」


 謝罪しながらそれでも小さくクスクスと笑ってしまっている女子がいた。胸のリボンを見る限り、赤色なので二年生なのはわかるのだが……。


「えっと、君は……」


 僕に声をかけてきた女の子は知らない顔だった。いやどこかで会ったっけ? 顔や名前を覚えるのが苦手なために、僕が覚えてないだけなのか。


「私ですか? 私の名前は朝宮結衣あさみやゆいといいます。図書委員なのです! 櫟井雄馬くんですよね」


 場所が場所だけに声は小さいが、それでも彼女の元気さが伝わってくるかのような自己紹介だった。

 朝宮結衣。やっぱり聞いたことがない。じゃあどうして面識のない彼女が僕の名前を知ってるんだ?


「智ちゃんから聞いてますよ。赤い目の男の子だって」


 智ちゃん? いったい誰のこと……いや、まさか。


「智恵が話したのか……」


 ハイ、と朝宮さんはニコニコしながら応じた。

 智恵ならいろんなところで僕の名前を広めてそうだなぁ、本当にやめて欲しい。 


「名前で呼び合うということは、もしかしてお二人は付き合っていたりするんですかっ!?」

「いや違うよ。ただ部活が同じなだけで……」


 まさかその同じ部活のうちの一人に呼ばさせられたなんて説明するべきだろうか。なんかもうめんどくさいことになる未来しか見えないんだけど。曖昧にごまかしてそれ以上踏み込ませないようにと、僕は彼女から一歩身を引いた。

 これ以上関わらないほうがいいだろう。何か余計なこと言ってしまわないように、他人と距離を置くのがいちばんいい。

 そう思って、彼女から離れた時だった。


「………っ!!」


 一瞬にして視界がに染まる。これは『赤の世界樹』かっ!?

 それにしても前回とは全く違う気がする。なんだこれは。どうして背景が緑色なんだ?

 やがてスクリーンが視えてきたが、不鮮明すぎて何が映っているのかはわからなかった。前回のようにはっきりしていない曖昧なものだ。場所もわからないうえに、その何かが人間なのかもわからない。

 そして正体を判別できないまま視界は元の現実へと戻る。

 気持ち悪い感覚と少しの頭痛を残して、「赤の世界樹」は消え去った。


「どうしたんですか?」


 朝宮さんはじっと僕の顔を覗き込んでくる。


「な、なんでもないよ。ただ立ちくらみがしただけだから」


 そう言って彼女を残し、図書室を足早に出る。

 出てすぐに壁にもたれかかった。そうしないと、倒れてしまいそうだった。

 今度の義眼もまたわからない所からスタートしてしまった。謎が深まる一方なものでは、簡単に推察することも行動することもしない方がいいだろう。

 だけど一つだけ言及するとすれば、彼女に関することかもしれないってことだ。

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