第55話 義眼の秘密Ⅲ
義眼をどう思うか、と
僕の答えをじっと待つ。その真剣な目に見つめられて、僕は視線を外すことはできなかった。
これは僕がどう思ってるかで義眼を回収するか否か、決めるということなのだろうか。
別によく見られようとは思わない。だが、その正直な答えが彼にとってどう思われるのかは気になってしまった。
「一言で言えば、かなり危ないものじゃないかと思いました」
「……ふむ」
鬼頭さんは目をつぶると、組んだ手の片方を顎に当てた。
「それは、どう言った意味での危険なんだい?」
「えっと……」
この質問から考えると……一言でも違う意味があるということなのだろうか。
僕はもう一度自分が率直に思ったことを伝えた。
「僕が持っている『赤の世界樹』は過去未来を見通せることで、回りの運命を変えてしまう可能性もあるわけですよね。変な言い方かもしれませんが、他人に干渉してしまうのも問題なんじゃないかと思ったんです」
「……」
「別に自分ならいいというわけでもないですが、触れてはいけない領域があると思うんです」
「……」
「それと、『青の世界樹』は……。こっちは悪用されれば相当厄介なことになると思いました。使う人によってですけど、人の心を読み取ることで人格の掌握なんかもできてしまうと思ったんですが……」
ちらりと鬼頭さんの表情をうかがってみる。しかし、目をつぶったままの表情からはほとんど何も読み取れなかった。
反応を見ながら話したかったが、鬼頭さんは相槌をあまり打たずに沈黙を貫いていた。後半は自分の言っていることに自信を持てず、弱々しい言い方になってしまったかもしれない。
彼にとって満足のいく解答になっただろうか。そんな欲が頭の中を一瞬よぎってしまった。
さっき触れてはいけない領域などと言ったが、実際には僕は智恵の未来に干渉してしまっている。それをなかったことにしようとは思わないが、だからこそむやみにやってはいけないことなんだと心から思う。
「君は能力を使ったことはあるかい?」
僕の解答をたっぷりと吟味した鬼頭さんは、ゆっくりとその言葉を吐いた。わずかに心音がはねたのを感じた。動揺のせいか、かすれた声が出てきた。
「……あります」
「それは故意に?」
「え?」
「いや、忘れてくれ」
どういう意味だ? 自分から義眼の能力を使えるっていうのか?
「そのときのことを聞いてもいいかい?」
「はい……」
嘘をつくつもりは毛頭ない。正直に全てを話そうと思った。この人ならわかってくれると思った。義眼の全てを知ってる開発者なら。
**
僕が初めて『赤の世界樹』に触れたのは、つけ始めて一週間経った頃だ。最初は何か幻覚を視たのだと思った。両親の他界、手術後の精神的不安、いろいろあって僕のストレスが重なっていたからだ。
視たのは緑のスクリーンの中にいた両親だった。いつものようにテーブルに座り、食事を摂っている姿。その光景が焼き付いてしばらく離れなかったが、不思議に思ったのが、そこに僕が映っていたからだった。
幻覚ならどうして僕が視える? それが謎だった。
それから度々未来や過去を見るようになった。部屋にこもっていて叔母さんが来る光景が視えると、その数分後にはやってきた。
それが的中するたびに、だんだん疑心が確信に変わっていった。
『もしや……この義眼は』
そんなことを思った。
他人には到底信じられないかもしれないが、僕にはそう確信するだけの証拠があったのだ。そんなことを語った。
僕の話の全てを聞き終えた鬼頭さんはゆっくりと眼鏡を外して、机の上に置いた。
「話してくれてありがとう。全部理解してあげられるとか
「……ん、ぐすっ! ……いえ」
なぜか話し終えた時には涙が止まらなかった。声も掠れてしまってうまくしゃべることができなかった。
話してすっきりしたせいか、心がぽっかり空いた気もする。
久々に両親のことを思い出したせいだろうか……?
すると鬼頭さんは沈んだ空気を換えるように、努めて陽気な雰囲気で話題を切り替えた。腕のすそを捲って、銀色の時計で時間を確認する。
「おっと、約束の時間を過ぎていたようだね。すまないが今日のところはこれで失礼させてもらおうかな」
立ち上がって荷物を片付けながら、テーブルに置いたままの名刺を指さした。
「今後は何かあったらここに連絡してくれるとありがたい。受け取ってくれるかい?」
「はい! もちろん」
出会い頭に頂いたものをテーブルに置いておいたのだが、改めて鬼頭さんは僕に手渡した。ありがたく頂戴する。一応裏を確認すると、電話番号がちゃんと書かれていた。
この人とはこれからも関係を持っておいた方がいいだろう。僕だけでは対処できない問題が起きた時には頼れる人がいてほしいから。
「では彼女にもよろしく頼むよ。またどこかで会おう」
すっと一歩引いて大きな笑みを浮かべた鬼頭さんは、カッコよく店の外へ出ていこうとした……が、レジで待っていた店員さんに呼び止められて会計をするのだった。
ぺこぺこ頭を下げて財布を取り出す姿を見て、少し笑ってしまった。
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