第28話 初夏と義眼と秘密談
僕が教室から図書室についたときにはまだ誰もいなかった。静かな空間には外からの騒音を塞ぐように、窓がぴしゃりと閉められていた。奥の方からはパソコンのキーを打つカタカタという音が聞こえてくる。
正確にいうならば、奥の部屋で作業をしている司書の方がいるようだった。
「
少し早足できたせいか息が上がっている。考えてみればそりゃそうだ。最短でここまで来たのだから、僕が一番乗りであってもおかしくはない。
呼吸を整えるために近くにあった椅子に座ろうとした時だった。
「おや誰かと思えば。
「うへっ!?」
背後から声をかけられると同時に肩に手を置かれたことで、誰もいないと思っていた事が助長して変な声が出てしまった。
「寡黙な人だって聞いてましたが、意外とビビりさんなんですね」
振り向くと、そこにいたのはいつぞやの
「ここで何してるですか?」
誰もいなかったはずなのに、いつの間にここへ来たのだろうか。僕が気付かないだけで普通にドアから入ってきたのか? ドア付近に座っていたというのに、そんなことあるか?
「図書委員の仕事ですよ。というか放課後はだいたい図書室にいるんです」
彼女は司書室の方を指さした。なるほど、僕の背後から来たというわけか。そういえば彼女は図書委員だって言ってたな、と質問してから思い出した。
「せっかく来ていただいて悪いんですが、今週は図書室を施錠しますよ?」
「え?」
今、鍵をかけるって言ったのか? しかも今日だけでなく一週間ずっと?
そしたら僕が視たあの智恵はなんだっていうんだ。確かに図書室で勉強していたはず。一応勉強のために解放していないのかと聞くと、隣の学習室を勧められた。
いったいどういうことだ。
僕は口に手を当てて考える。少し情報を整理する必要がありそうだ。
僕は確かに義眼で「智恵が図書館にいた」光景を視た。スクリーンは緑色。確かにここに彼女はいるはずだ。図書館という場所自体に間違いはないはずだ。だとすると、何が違う……?
「彼女がいた」という仮定が違うのか。 ………ん? 『いた』? 智恵はここで勉強するという未来じゃなかったってのいうのか?
胸に湧いたひとつの疑念を晴らすべく、僕は朝宮さんに尋ねた。
「もしかして智恵が来なかった?」
「智ちゃんですか? 来てませんけど、部室にいるんじゃないですか?」
「いや部停だからさ。それでここで勉強してるかと思って」
「あー勉強ねぇ。智ちゃん頭いいですもんねぇ。あ、そういえば朝はここで自習してましたね」
朝か。
やはりそうか。僕が視た光景は未来ではなく、過去だったのだ。
ここではっきりした。
智恵が事故に遭いそうなっていた黒のスクリーンは『未来』で、図書室で勉強していた緑色のスクリーンが『過去』を表している。
まだまだこの義眼に関しては謎が多いな……。
僕はそっと右眼に手を当てた。優しく触れるようにそっと。
とにかく智恵はここには来ない。他を探すしかないか。
「ありがとうございました朝宮先輩。じゃあもう行きます」
そういって僕は立ち上がった。
「どういたしまして。それと……」
彼女は半袖から伸びた細い腕をヒラヒラと振って見せた。
「櫟井くんもそろそろ夏服に変えるべきですよ」
額から一滴の汗が右眼の淵をなぞった。
既に窓の外には時計のネジを巻くような音が重なって聞こえてきた。
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