第29話 ロッカーに隠された答え

「あ」

「げ」


 図書室を出た僕はあれから教室、部室へと思い当たる場所を探したのだが、智恵を見つけることはできず、諦めて帰ろうと玄関に向かっていた。既にほとんどの生徒は下校しており、校内に残っているのは自習している生徒だけだった。まさか声を出して回るわけにもいかず、彼女のクラスを覗き込んだ時には、眼鏡をかけたいかにも真面目そうな男子生徒にじろりと睨まれたくらいだ。

 これ以上は探しても無駄だと感じてしまえば、それ以上のやる気は起きない。

 そうして玄関に到着したところで、短い会話が行われた。

 そこに一人の知り合いがいたからだ。その人物はなぜか自分の靴は変えているのに、何度もロッカーを開けたり閉じたりしていた。

 まるでロッカーの中身を確認するかのように。

 今思ったけど、『げ』っていう反応はちょっと傷つくな……。

 目線があったが、向こうも気まずいのかすっと視線をずらされた。


「何してるの初瀬川はつせがわさん。そこは慧悟のロッカーだよね……?」


 それでも僕は声をかけてしまった。

 別クラスであるはずの初瀬川さんが、なぜか慧悟のロッカーを開け閉めしている。何か理由があるのだろう。ないのならばそれはそれで怖いけど。


「べ、別にいいでしょっ! もう帰ったかなーとかお、思ってないんだからっ!」

「あ、慧悟ならもう帰ってるけど……」

「知ってるわよ、今確認してたもん」


 やっぱり靴の有無を確認していたらしい。正直そんな気はしてた。だったら、どうしてまだ帰らないんだ?

 今思い返せば最初に会ったときの『げ』という反応も僕個人に対してではなく、ロッカーを確認していた状況を見られたことに対して発したのかもしれない。


「ところで、さ」


 彼女はロッカーをパタンと閉めると、


「アンタ智ちゃんとなんかあったわけ?」

「別に、何も……」


 いきなり智恵のことを聞かれて、少し声が上ずってしまったように感じた。さっきの妙に焦った声からは一変して、冷静さに満ちた声音である。だからこそ、余計に僕は緊張を隠せなかった。


「じゃあなんなのよ。あの部室での微妙な空気は」


 ズバズバと切り込んでくる。

 居心地悪いんですけどーと、初瀬川さんはノックをするかのようにロッカーをコンコンと叩いた。視線は僕へとまっすぐ向けられている。

 確かにあの日、智恵は部室ではほとんど話しかけてこなかった。それまで毎日のように話していたせいで、話さないという方が逆に不自然になってしまっていたらしい。

 慧悟が気づいていたように、初瀬川さんもまたそれを察していたのだろうか。


「ケンカしたのなら仲直りしなさいよ」

「いや、ケンカじゃないと思うんだけど……」

「なら何よ」

「…………ない」

「は、なに? 聞こえないんだけど」


 わからない。自分でもこの状況がわからないのだ。

 あんなに積極的に話しかけてくれる人に会ったのは初めてだった。しかも僕もそれを拒んではいなかったと思うのだ。

 智恵と話していた時間は素直に言って楽しかった。もっとずっと彼女の話を聞きたいと思った。

 それがもう聞けなくなってしまうのだろうか。

 そんなことを考えると、なぜだか胸が急に苦しくなってしまった。

 暴力を振るったわけでも、口論を交わしたわけでもない。

 ただただ気まずい空気が流れているだけだ。


「ふーん」


 それだけだった。

 曖昧な僕の態度に対して、彼女はたった一言だけ呟いた。対して興味を持っていない、とでも言いたげな態度と言葉だ。

 そして既に興味を失ってしまったのか、背を向けて歩き出そうとして…………やめた。 

 もう一度振り返る。


「一つ言っておくわ」

「な、なんでしょう」


 初瀬川さんは人差し指をビシッと僕に突きつけながら言う。


「また部活が始まるまでに智ちゃんとの今の状況を改善しなさいよ! 分かった!?」


 彼女の勢いに押されて首を縦に振ってしまう。緊張で喉から声が出ない。だから僕は必死に首を振り続けた。

 初瀬川さんはそんな僕の反応に満足したようで、うんとうなずくと再び背を向けて帰ってしまった。


「な、何をすればいいんだよ……」


 改善と言われても僕にはその方法は全く頭に浮かんでこなかった。一人残された僕は慧悟のロッカーに手をかける。

 期末試験まであと四日の出来事だった。

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