第16話 僕と彼女の勘の良さ

「お昼を一緒に食べるだけです。お礼にはなりませんよね?」


 ぐいぐいと誘ってくる彼女に対して、なんとか断る理由を見つけ出そうとするがなかなか見つからない。何か口実になるものはないかと頭を働かせるものの、空腹と動揺でどんどん焦っていく。


「えっと僕は、その、購買で」

「大丈夫ですよ。お弁当は二人分作ってきたので」


 ほら、と言って手にしていたお弁当を持ち上げる。言い訳が終わる前にどんどん潰されていくせいで、まるで歯が立たない。


「えっと、えっと、他クラスで弁当を食べるというのも……」

「ならば別の場所に行きましょう! 人がいない場所なら他に迷惑もかからないと思います」


 迷惑、ってなんだ。普通に食べるだけなら何も起こらないはずだぞ。彼女と食べると僕に何が起きるっていうんだ。

 それはそうと、こういうのを用意周到と言うのだろうか。僕が断る口実を知っていて次々と塞ぐ手際の良さ。もしかすると慧悟けいごに僕のことを全て聞いているのかも知れない。


「それに」

「え?」

「この間私にチョココロネをくれたじゃないですか。助けてくれたお礼はいいと言うのなら、そちらのお礼をさせてくださいね」

「あ、あれは君だったのか……」


 言われてはっと思い出す。

 確かに購買で困っていそうな女の子にパンを渡した記憶はあった。あの時はすぐにその場から離れてしまったため、ほとんど顔を見ていなかったし覚えていなかった。

 ここまで来るともう断れそうにない。事故に関して断れても、そういった何気ないものへのお礼を断るたいそうな理由を考えることはできない。

 なんだか言いくるめられてるなぁ、と思いつつ、諦めた僕は彼女の誘いに乗ることにした。



        **



「なんで探求部なの……」

「その方が邪魔が入らないからです」


 だから邪魔ってなんなんだ。普通に食べるだけじゃないのか。彼女の言葉の節々がどうしても意味深に聞こえるせいで、その真意を疑ってしまう。

 僕の背中を押して、部室の中へぐいぐいと入っていく。僕はおとなしく椅子に座ることにした。


「では、食べながらでいいのでお話を聞かせてください」


 お話って何のことだろうか。二人して机を囲むようにして座ったものの、彼女は持っている弁当を広げることなく、ただじっと僕の顔を見てきた。


「最初は変質者扱いしてすみませんでした。今思い返せば、櫟井くんは二度も私のことを助けようとしてくれたんですよね?」

「まあ一応は、ね……」


 一度目のことを脳内で思い返しながら、僕は曖昧に頷いた。一度目は完全に失敗だったけど。それでも助けようとした意志はわかってくれたらしい。


「それで私は思ったんです。櫟井くんの行動はどこかおかしいなと。いえ、おかしいと言っても不思議だという意味でです。あの時あの場所からどうしてトラックが近づいてくると分かったんですか?」


 核心をついた言葉に心臓がどきりと飛び跳ねた。


「いや、なんか音が聞こえて」


 さっきから冷や汗が止まらない。

 まさか気づいているのか? この義眼のことを――。


「たとえ音が聞こえたとしても、どうしてそれがトラックだと分かったんですか?」


 まずい、純粋な疑問なだけに言い逃れができない。変な風にごまかすこともできない。下手なことを言って、自分で墓穴を掘るのだけは避けたい。


「あの時の櫟井くんはまるでかのようでした」


 才条さんはじっと僕の目を見てきた。

 いや、僕の右眼を、『赤の世界樹』を見ているかのように感じた。


「えっと……」


 なんて答えるべきか。正直に義眼のことを話す気はなかった。だけども、嘘をつこうにもそれがばれてしまうのも怖い。どうしたものかと考えていると、昼休みの終わりを知らせるベルが鳴った。


「ごめん、もう行くね!」

「え、あ、ちょっと待って――」


 ここがチャンスだ。そう直感した僕は急いで教室を飛び出した。走るたびに空腹の腹が鳴り、少しお腹が痛んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る