第53話 義眼の秘密Ⅰ

 智恵ともえから度々突き出されたスプーンに乗せられたかき氷を食べ続け、残りはすべて智恵がしっかりと完食した。出されるたびに口に運ぶ感じが、どこか餌付けされる幼鳥のようだ。

 山のように積まれていた小豆やバニラアイス、そして三食団子までもきれいに食べてしまった。

 途中で見ている方の僕がお腹いっぱいになるんだから、相当な量のはずなのに、彼女はペースを落とすことなく平らげてしまった。

 見た目は普通の女の子に見えるのに、全然大食いの人には見えないんだよなぁ。そんなに太っているというイメージもないし……っとこれは失礼かな。


「んん! これはいいですね!」 


 バニラアイスの上に小豆を乗せてぱくりと食べる。その組み合わせがよかったのか、思わず頬に手を当ててうなっていた。

 頬杖をついて眺める。

 幸せそうな表情だ。見ているこっちもつられて笑ってしまいそうなくらいだ。

 デートってこんな感じなのだろうか……。

 そういえば、二人は今頃どうしているのだろうか。僕たちと同じようにデートを楽しんでいるのだろうか。まあ僕の場合はデートと呼べるのか、はっきりわからないままなんだけど……。


「雄馬くん、なにか考え事ですか?」


 かき氷を完食した後で、温かいお茶を飲んでリラックスしていた智恵が僕の顔を覗き込んでくる。

 いかんいかん。

 考え事をしていて上の空だったのがバレてしまった。すると、智恵が指を立ててとがめてくる。


「女の子とのデート中に他のこと考えてはいけないんですよ? 相手の人に失礼です」


 少しだけ口をすぼめてみせた。

 家柄が関係しているのかは知らないけど、智恵は意外と作法や礼儀の面で厳しいところがあったりする。親御さんからしつけが徹底されているのはなんとなく予想がつくけれど、本人がすごく真面目なのも理由の一つだろう。

 食事中のマナーがしっかりしていたのは言うまでもないが、こういうデートの時の作法なんかも学んでいたりするのだろうか。

 来る日のなんちゃら、みたいな。

 『それとも女の子にとっての』的な、ネットや本に載っている文言を覚えているとか。


 この時いろいろと考え事をしていたせいか、初めてのデート?で浮かれていたせいか、この時の僕は決してやってはいけない罪を犯した。

 上の空だったのが、よくなかった。

 言ってしまってから激しく後悔する。絶対に言わないと決めていた一言を――。


「いや……『赤の世界樹』のことを……」

義眼、ですか……?」


 しまった。

 彼女にだけは義眼のことに触れてほしくなかったのに、自分から話を出してしまうなんて。

 どうやってごまかせばいい……? 好奇心が強い彼女から興味を逸らすなんて至難の業だぞ。

 根掘り葉掘り聞かれてしまい、結果今回僕が視た未来のことまで探られてしまったら終わりじゃないか。


「いや……あの、ちがくて」

「そういえば、ずっと気になっていたんですけど」

「な、なにかな?」

「身体のことだからあまり聞いてはいけないと思ってて……」


 なんだか無駄に延ばすな。言うならすっきり言ってくれた方が無駄なことを考えずに済むんだが……。


雄馬ゆうまくんの赤い目、なんですけど……」


 まずいまずい! どうしよう。

 冷や汗が止まらない。杞憂かもしれなくても最悪なことを考えずにいられない。

 これ以上は止められない、そう思った時だった。

 奥に座っていたはずのが、コツコツと乾いた足音を響かせながらこちらへとやってくるのに気付いた。

 なんだ、どうしてそんな表情をしているんだ……?

 どうして驚いた顔をしているんだ……?

 まるでなにか真剣そうな……。


「……雄馬くん?」


 僕が智恵の後ろを見ているのに気付いたのか、智恵がゆっくりと振り返る。はっと息を呑むのがわかった。

 座っていた時はそんなに感じなかったが、男性はかなりの長身だった。僕らを見下ろすような感じで、ゆっくりとその口を開いた。

 しゃがれた声だった。


「少年、今……『赤の世界樹』、と言ったのか?」


 そう言って僕の眼をじぃーと覗き込むように見てくる。僕もなにかに取りつかれたように見つめ返した。

 ……え、僕に言ったのか? 一瞬聞かれた質問が思ってもないものだったせいで、思考が止まってしまった。

 

「え、あ、そう、ですが」


 なぜか

 この人は何なんだ? どうして義眼のことに突っ込んでくるんだ?

 戸惑いの中で警戒心を漂わせながら、いぶかしむように質問を返した。すると男性は先ほどまでの真面目そうな表情を崩して、柔和な笑みをあらわにする。


「いやーすまないすまない、先ほどまで集中していたものだからね」

「はあ」


 そう言って男性は一枚の名刺を渡してきた。

 そこに書かれていたものはなんとも珍しいものだった。珍しい、というか関係あるものがほぼいないというか。


『義眼製作者・鬼頭贋作きとうがんさく


「おに、あたま……?」

「きとう、じゃないですか雄馬くん。全国で二万人しかいない珍しい苗字ですね」


 正面から身を乗り出した智恵が僕の手にしていた名刺に手をかけていた。左手が智恵の柔らかな指に触られているのに気付き、どきりと心臓が高鳴った。


「お嬢さんが正解だ。それで唐突で悪いんだが、少年と少し話がしたいんだ」

「え?」

「デート中なのは重々承知だが、私に時間をくれないだろうか?」

「えっと……」


 ちらりと智恵の方を見てみる。

 僕としては義眼の製作者と話ができるのは願ってもないチャンスだ。まだまだ何もわかっていないこの義眼について知れるなら、是非とも話がしたかった。

 この際に聞けることはちゃんと聞いておきたいのだ。

 けれどデート中なのに、智恵がそれを許してくれるだろうか。そう思って視線を送ったのだった。


「雄馬くんの好きにしていいですよ。ただ後で一つ言うことを聞いてもらいますね?」

「……ごめん、智恵」

「こういう時は謝るよりも、感謝の言葉を言うのが礼儀だと思いますよ?」

「……ありがとう」


 僕は心からお礼を彼女に向けて頭を下げた。


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